精霊の導き


「……やっぱり、どうにもならねえか?」

『外装はまだしも、武装のダメージが大きすぎますね。
 まともに使えるのが殆ど残ってません。
 専門の施設とスタッフでも一週間、どんなスクランブルでも3日は必要でしょう。
 率直に言って、お手上げですね……』

 朽ち果てた巨人を背に、エルマが残念そうに告げる。

 待機中のリュウセイが一縷の望みを託し、
 セレーナにビッグオーの修理を依頼したところ、彼女は快く応じた。
 もっとも、実際にそれを行うのはエルマなのだが。

 ともあれ、専門家に比肩する知識、能力を持つエルマならば、或いは。
 イングラムと共に戦ったこのマシンを、蘇らせることが出来るかもしれない……!

 しかし、その希望は無情にも打ち砕かれた。
 専門家によって突きつけられた死亡診断書。
 眼前の鋼鉄の巨人が再び立ち上がることは、ありえないのだ。

「ちっくしょう……!」

 抑えられない怒りに、リュウセイに拳に力がこもる。

 ゲームと称して命を弄ぶユーゼス=ゴッツォに。
 イングラムを殺した、名も顔も知らぬこのゲームの参加者に。
 そして、このゲームの前に何も出来ない、
 目の前の朽ち果てた巨人に何もしてやれない己の無力に。


『それにしても、この機体の頑丈さも大したものです。
 並の機体なら跡形もなく消し飛んでいても不思議じゃないですよ』

 改めてビッグオーの方へと向き直り、エルマが呟く。
 裏を返せば、それだけ強力なマシンが存在するという証左でもある。
 未だ知らぬ強敵の存在に、一行は静かに戦慄した。

「やはり、どうにもならんか」
「イキマ、大丈夫なのか!?」

 駆け寄ろうとするリュウセイをイキマは片手で制する。

「この程度の傷など、どうと言うことはない。
 それに、泣き言を言っていられる状況でもあるまい」

 イキマの言葉に、無言で俯くリュウセイ。

 参加者の過半数が死亡し、いよいよバトルロワイアルも佳境に入ってきている。
 だが、そんな状況にあって自分は機体を失い、何も出来ないでいる。
 イングラムとの遺志も、己の決意も果たせぬままに。

(何をやってるんだよ、俺は……!)

 現状でまともに戦闘が可能なのは、セレーナの乗るアーバレスト一機のみと言う体たらく。
 ハッキリ言って、今の自分は足手まといでしかない。
 いや、今ばかりではない。
 自分はこのバトルロワイアルで一体何をしたというのか。
 フェアリオンとともに、一体何をやってきたのか。

 自分に割り当てられた機体は、決して恵まれていたとは言えない。
 だが、それを言い訳にしたくなかった。
 戦場を共に駆ける相棒に言い訳がましく愚痴を言うことは、彼のプライドが許さなかった。
 それがリュウセイの戦士としての誇りであり、ロボットを愛する者としての矜持だった。

 だが、信念だけで世界は動かせない。
 力がなければ、仲間一人助けることすらできないのだ。





       ……に……を……


「えっ?」

 思わず辺りを見回すリュウセイ。
 どうしたんだ、とイキマが肩を竦める。

『あれ、何か接近してます……え!?』

 異常を伝えた直後、絶句するエルマ。
 その数瞬の後、一同はエルマの動揺の意味を知ることになる。


「そんな馬鹿な……」
「う、嘘だろ!?」
「エルマ、アル、状況は!?」
『全計器、問題なし。……目の前に起こっていることは、現実です』
『僕らが夢を見ているようなことがなければ、ですが……』

 目の前に現れたのは、ノルス・レイ。
 誰も乗っていないはずのマシンが、先ほどの戦闘で力尽きたはずの妖精が、
 突如として眼前に現れたのだ。


 パイロットはどうした。
 イキマはここだ。

 ならば、誰が乗っているのか。
 と言うより、誰が乗れると言うのだ。
 完全にルールを逸脱しているではないか。
 主催者は何をやっている。

 何の解決にもならない思考がぐるぐると回る。
 呆然と立ち尽くす一同。


 彼等の目の前でノルス・レイは静かにビッグオーの前に降り立つ。
 あまりに現実離れしすぎた光景に、一同は言葉を失う。

 よく見ると、ノルス・レイはその身に淡い光を纏っている。
 見る者を威圧する類ではなく、傍にあるものを安らげる穏やかな光。
 そして、その光は次第にビッグオーを包み込んでゆく。



 場面は変わって、ここはヘルモーズ。
 モニターに流れる映像を見て、ユーゼスは仮面に手を添える。

「成る程、精霊の力か……」

 戦闘能力が足りず、正式な魔装機として採用されなかったノルス。
 だが、緊迫するラ=ギアスの情勢において、
 動く魔装機を遊ばせる余裕はラングラン王国にはなかった。

 そこで、修理装置と補給装置を搭載し、
 支援に特化した機体として戦線に投入されたのだ。

 そこに、精霊の力―――ノルスの守護精霊、水の低級精霊『いずみ』―――が、
 何らかの明確な意志でもって、機体の力を限界を超えて引き出していると推測される。
 このE-1地点が湖に浮かぶ小島であることも、有利に働いているのか。
 それがノルス・レイを包む光の正体だろう。

 しかし、所詮それは大破したマシンを完全に修復出来るほどのものではない。
 その手の力が制限されているこの世界では尚更だ。
 せいぜい、再起動させるくらいが関の山だろう。

「上等ではないか……」

 仮面の下で、口元が愉悦に歪む。
 精霊の干渉を引き起こしたと言うことは、この世界にそれだけの混沌が満ちているということ。
 それは即ち、精霊はユーゼスの行いを古に語り継がれる破壊神に比肩すると認めたも同然だ。

 ユーゼスは嗤う。
 自らが高みに昇ってゆくことを自覚して。

「せいぜい這い回ってくれたまえ。
 私を失望させない程度に、な。クックックッ……」







 さて、場面は再びE-1地点の孤島に戻る。

 やがて2機を包み込む光は静かに集束し、辺りは再び夜の闇に包まれる。
 全てが終わったあと、そこには完全に機能を停止して立ち尽くすノルス・レイと、
 再び大地に立ち上がったメガデウス。
 しかしその姿は満身創痍―――最期の力を振り絞って、とでも表現すればよいのだろうか。

『再起動、確認しました……
 でも、火器は殆どやられたままですし、
 射撃戦では的になるのがいいとこですよ、これじゃ』

 エルマが困ったような表情で巨人を見上げる。
 一方、リュウセイとイキマは神妙な顔つきをしている。

「……どうやら、考えることは同じようだな」
「……ああ」

 念動力の素養を持つリュウセイと、妖術の心得のあるイキマ。
 彼等は己の力を通じ、ノルス・レイの意志を垣間見た。
 耳で聞く音でなく、魂に響く声として、彼等は精霊の想いを感じ取ったのだ。

 この世界に渦巻く数々の負の感情。
 悲しみが怒りを呼び、怒りが狂気を目覚めさせる。
 狂気は破壊と殺戮を呼び、新たな悲しみを生み出す。

 この先に続く熾烈な戦い、過酷な運命。
 己がそれに耐え得ぬことを知り、ビッグオーに全てを託したのだ。
 彼等に希望を残すため、ノルスはその身を捨てたのだと。


 我が肉体、未だ朽ちず。
 我が魂、未だ滅せず。

 我が力を使え。
 狂気を止めるために。
 悲しみを止めるために。


「乗るがいい、リュウセイ」
「……いいのか、イキマ?
 ノルスはお前の機体だろ?」

「構わんさ、あの機体はお前に縁の深い者が乗っていたのだろう?
 それに、あれは俺が乗るには少々狭いのでな」
『あらら、あんたも冗談くらい言えたんだ』

 茶々を入れるセレーナをイキマがジト目で睨む。
 せっかく格好を付けたのに、台無しではないか。


『リュウセイさん、ちょっといいですか?』
「ん、何だ、エルマ?」

 しかし、その発言がきっかけになったのか、エルマが神妙な様子で口を挟んだ。

『言いにくいことなんですが……ボクの分析では、このマシンの決戦兵器は
 腕のパイルから発生させる衝撃波、格闘戦による零距離攻撃です』
「ああ。……教官がセレーナとの戦いで使おうとしてたアレか。
 それがどうかしたのか?」
『ええ、そういえばそうでしたね。で、本題ですが……
 現状でそれを使った場合、おそらく肩から先が吹っ飛びます』

 リュウセイが絶句する。

 エルマの説明ではこういうことだ。
 ビッグオーが受けたのは衝撃波の類(ラーゼフォンの歌の特性を考えれば正確な分析である)で、
 関節部分のダメージが非常に大きい。
 サドン・インパクトの衝撃に耐えられるほどの強度が残っていないのだ。
 ノルス・レイやフェアリオンの部品を使っても、手の施しようがない。


「……使った後は完全にぶっ壊れちまうってことか」
『そうなります。そもそも、どれだけ戦闘に耐えられるかも未知数ですが。
 ただ、ボクも最善は尽くします。時間と資材が許す限り――』

「天上天下爆砕鉄拳……いやいや、天上天下鋼鉄粉砕拳……
 う~ん、何か違うな」

『……………』


 リュウセイの呟きに、一同はへなへなと脱力した。


( ( (本当に大丈夫なのか、コイツ……) ) )



【リュウセイ・ダテ 搭乗機体:メガデウス(ビッグオー)(登場作品 THE BIG・O)
 パイロット状態:健康
 機体状態:再起動、装甲に無数の傷。左腕装甲を損傷、反応がやや鈍っている。
      額から頬にかけて右目を横断する傷。右目からのアーク・ライン発射不可。
      頭頂部クリスタル破損。クロム・バスター使用不可。
      砲身欠損。ファイナルステージ使用不可。
      コクピット部装甲破損。ミサイル残弾僅か。
      サドン・インパクトは一発限り(腕が吹っ飛ぶ)
 現在位置:E-1
 第一行動方針:クォヴレーとトウマの帰りを待つ
 第二行動方針:戦闘している人間を探し、止める
 第三行動方針:仲間を探す
 最終行動方針:無益な争いを止める(可能な限り犠牲は少なく)

 備考1:ブライスターがブライガーに変形出来ること(ブライシンクロン・マキシム)を知らない
 備考2:フェアリオン・S、ノルス・レイの部品を使って修復中
 備考3:主に作業をするのはエルマ
 備考4:サドン・インパクトに名前を付けたがっている
 備考5:まだビッグオーに乗り込んではいない】


【イキマ 搭乗機体:ノルス・レイ(魔装機神)
 パイロット状況:戦闘でのダメージあり、応急手当済み
 機体状況:守護精霊消失、再起不能
 現在位置:E-1
 第一行動方針:クォヴレーとトウマの帰りを待つ
 第二行動方針:主催者打倒の為の仲間を探す
 第三行動方針:ユーゼスの空間操作を無効化させる手段を探す

 備考1:空間操作装置の存在を認識
 備考2:ブライスターがブライガーに変形出来ること(ブライシンクロン・マキシム)を知らない】


【セレーナ・レシタール 搭乗機体:ARX-7アーバレスト(フルメタル・パニック)
 パイロット状況:健康
 機体状況:活動に支障が無い程度のダメージ
 現在位置:E-1
 第一行動方針:クォヴレーとトウマの帰りを待つ
 第二行動方針:G-6基地へ向かい、首輪の解析をしているフォッカー、遷次郎と接触する
 第三行動方針:ヘルモーズのバリアを無効化する手段を探す
 最終行動方針:ゲームを破壊して、ユーゼスからチーム・ジェルバの仇の情報を聞き出す

 備考1:トロニウムエンジンを所持。グレネード残弾3、投げナイフ残弾2
 備考2:ブライスターがブライガーに変形出来ること(ブライシンクロン・マキシム)を知らない
 備考3:エルマは現在ビッグオーの修理中】



【二日目 19:45】





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第211話「殺戮の向こうに未来を夢見て 時系列順 第206話「悲しみの星空

前回 登場人物追跡 次回
第208話「西風が運ぶは希望の旋風か、復讐の刃か リュウセイ・ダテ 第219話「戦友の帰還を待ちながら
第208話「西風が運ぶは希望の旋風か、復讐の刃か イキマ 第219話「戦友の帰還を待ちながら
第208話「西風が運ぶは希望の旋風か、復讐の刃か セレーナ・レシタール 第219話「戦友の帰還を待ちながら


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最終更新:2025年02月11日 02:09