生き抜く、力の限り


父さんと母さんのいる暖かな食卓、曲がり角でぶつかったパンを咥えた転校生の綾波、
口は悪いけど世話焼きで僕を想ってくれる幼馴染のアスカ、
遅刻ばっかりだけど優しいミサト先生、親友のトウジやケンスケ・・・
シンジは手を伸ばす。この夢が嘘だってことは僕にだって分かってる。
でも、もう少しくらい甘美な夢の世界に浸っていてもいいじゃないか。
僕ばっかり不幸な目にあって、死んだり殺したりしたんだ。逃げたい、あんな現実からは逃げたい。夢がボヤけいていく―――


目を開けると正面に眼光鋭い銀髪の男が立っていた。獲物を狙う鷹のような鋭い瞳、がっしりとした体躯。男が口を開く。
「少年、怪我はないか?こちらに攻撃をしかけてきたので、止むを得ず気絶させた。安心しろ、雷鳳に損傷は無いようだ」
シンジは身体を確かめて見るが、少し頭が痛むだけでどこにも怪我はないようだった。
「我はゼンガー・ゾンボルト。少年、名前は?」
「僕は・・・碇、シンジです」
「ではシンジよ、単刀直入に聞くがお前はゲームに乗っているのか?乗っていないのか?」
そう聞かれてやっとシンジは現実感を取り戻した。殺し合いを奨励されるおぞましいゲームに僕は巻き込まれていたんだ・・・
「ゲームに乗ってなんか・・・いません。ゾンボルトさんにはご迷惑をお掛けしました」
「ゼンガーでいい、シンジ。それではもう一つ聞くが・・・お前は何に脅えている?」
シンジは思わずシニカルな笑いを漏らした。こんな質問を躊躇せずにするなんて凄い人だ。
しかしその遠慮のなさに何故か安心感を覚えた。
「僕は・・・逃げたい。何もかもから。僕に危害を加えようとする全てから。
大人に責任を背負わされて、ずっと僕は失う事を強要されて、」
そうやって話出すと口が勝手に動いてしまった。抱えた全てを吐き出したい、そんな思いに駆られて。
「少し幸せを得るとすぐにそれより大きい不幸がやってくるんだ。みんな卑怯だ!
期待を掛けて、利用して、自分は楽な所にいるだけじゃないか!」
シンジの叫びに目を瞑り耳を傾けていたゼンガーは、口を開き
「甘えるなッ!」
と怒鳴った。あまりの気迫にシンジの喉からカエルを押し潰したような音が漏れる。
「シンジ、お前がお前の世界でどんな目に逢っていたのかは知らん。しかし今のお前の現実はここだ。
過去に言い訳するな、未来に希望を託すな。今を生きろ。
最後の最後まで力の限り生きて、それでも成すことができないならばどこまでも逃げればいい。
だが、お前は少なくとも何も成していない。お前には逃げる資格が無い。過去に縋って逃げ道を作るなんて甘えは許されん!」
何て横暴な論理。シンジは眩暈がした。
「これ以上僕に頑張れって言うの?無理だよ、出来ないよ!こんな」
口答えしようた瞬間に大雷鳳のコクピットがけたたましい警報音を鳴らす。
「・・・敵か!シンジ、コクピットに乗り込んで大人しくしていろ!」
ゼンガーはそう言うと昆虫型ロボットへ向けて走り出した。

「フォルカ、フォルカ、フォルカァァァァ!」
うわ言のように憎き敵の名前を呟きながらフェルナンド・アルバーグは空中を疾走する。
ズワウスとフェルナンドは憎悪の鎖で結ばれ、感覚を一体化させつつあった。
同時に宿敵、サーバインに憎悪を募らせるズワウスの感覚を共有し、
ズワウスに導かれるままにサーバインを求めるようになっていた。
と、砂漠から森へと変わるその地点から昆虫型の機体が羽を震わせ飛び立つ様をフェルナンドの目が捉えた。
宿敵の姿を認め、いきり立つズワウス。最早フェルナンドの目には、サーバインの姿が憎き男、
フォルカ・アルバーグとしか感じられなくなっていた・・・悪しきオーラがズワウスを包み、少しづつ身体が巨大化していく。
ズワウスとフェルナンドの憎しみが相手を見つけ、強大なオーラ力へと変わったのだ。ハイパー化である。
「フォルカァァ!今、ここで殺す!」

『フォルカァァ!今、ここで殺す!』
百戦錬磨のゼンガーも、流石に眼前の光景には目を疑った。有機的な形状をした機体とは言え巨大化するとは・・・!
既にズワウスの体躯はサーバインの5倍ほどになっている。
フォルカ、という名には聞き覚えが無いが、あちらのパイロットが殺意に満ちているのは明らかだった。
乗機、サーバインも唸るような感覚をゼンガーに伝えていた。
(そうか、サーバインとあれには因縁があるのだな・・・)
ゼンガーは剣を構え、外部スピーカーをONにした。
「ゼンガー・ゾンボルト、存分に相手を務めよう!」
そうゼンガーが言うと同時にズワウスが黒い残像を残して突進し、猛然と切りかかってくる。
紙一重で回避に成功したが、ゼンガーは驚きを隠せない。
(あの巨体でこの速さ!そしてあの太刀筋・・・半端ではない!)
振り返るズワウスにサーバインは切りつけるが、ズワウスにはかすり傷にしかならない。オーラによって強化された装甲はぶ厚い。
弾かれて体勢を崩したサーバインへオーラを纏った剣戟が次々と迫る。かわす事に専念して何とか空中へと舞い上がった。
『逃げるなよ、フォルカァ!』

大雷鳳のコクピットでシンジは、目の前で繰り広げられる戦いに度肝を抜かれていた。
巨大化し、恐ろしい速さで攻撃を繰り返す黒い機体にも驚いたし、それを紙一重でかわすサーバインにも驚いていた。
EVAによる使徒との戦いはある意味原始的なものであり、高速戦闘はもとよりこのように洗練された戦いを見るのは初めての経験なのだ。
(でも、ゼンガーさんはこのままじゃ・・・)
こういった戦闘を初めて見るシンジにでも、ゼンガーの旗色が悪いのは分かる。
何度か隙を見つけて切りつけているものの、ダメージすら与えられていない。
心なしか回避動作にも余裕がなくなって来ているように思えた。思わずシンジは叫ぶ。
「どうして逃げないのッ!」

ズワウスの攻撃をかわしながらゼンガーは徐々に疲弊していった。
ハイパー化したズワウスの速度についていく為、サーバインもまたゼンガーの気力を糧に
速度をあげていたのである。ただ回避し続けるだけでゼンガーの身体にどうしようもない疲れが溜まっていく。
(このままではいつか切り裂かれる・・・しかしここで負けるわけには行かぬ!あちらが巨大化したならば、こちらが出来ぬ道理は無い!)
ゼンガーは気力を集中させながら迫り来る攻撃を往なす。
大振りな上段斬りを回避して、ズワウスの横っ腹に体当たりをした。体勢を整える為後退するズワウス。
その瞬間を逃さずにゼンガーは疾風のように突進する。
「おおおおおおっ!」
真正面から突っ込んでくるサーバインにフェルナンドは一瞬逡巡したが、すぐに下から剣を振り上げる。
『フォルカァ!いい度胸だなぁ!』
二つの機体が交錯した瞬間、サーバインの左腕が弾け飛ぶ。その刹那、サーバインはズワウスの背後を取っていた。
「左腕などくれてやる!さぁ、我の荒ぶる魂を食らえっ、サーバイン!」
残ったゼンガーの気合を全てオーラ力に変えて、サーバインの剣が巨大化していく。そう、まるで斬艦刀のように。
「はァァッ!斬艦刀・稲妻重力落とし!」
全身を使って振るった刀がズワウスを右袈裟に両断する。
『オオオオオ、フォルカァァァァァァ!』
フェルナンドの断末魔と共に二つになった機体が大爆発を起こした。
サーバインは勢いと斬艦刀の重みに耐えられず地面に叩き付けられる。
「我に、断てぬものなし!!」
そう言ってゼンガーは意識を失った。

シンジはコクピットから飛び出してサーバインの元へと走った。
「ゼンガーさん!!」
こんな戦い、自分では到底生きていける自信が無かったし、戦っていく勇気もまだない。
でも、まさしく全てを出し切るように戦ったゼンガーの姿を見て、彼が自らの言った言葉を完璧に実践していたことは分かっていた。
自分に期待ばかり掛けていた大人達とは違う、強烈なメッセージ。シンジは自分の中に沸々と湧き上がる衝動を感じていた。
「変わらなきゃ・・・!」



【碇シンジ 搭乗機体:大雷鳳(第三次スーパーロボット大戦α)
 パイロット状態:良好(気持ちは持ち直してきている)
 機体状態:良好
 現在位置:H-3
 第1行動方針:気絶したゼンガーを守る
 最終行動方針:???】

【ゼンガー・ソンボルト 搭乗機体:サーバイン(OVA聖戦士ダンバイン)
 パイロット状態:極度の精神披露により気絶中。少なくとも数時間はサーバインを飛ばすことすら出来ない。
 機体状態: 左腕欠損。
 現在位置:H-3
 最終行動方針:ゲームからの脱出】

【フェルナンド・アルバーグ 搭乗機体:ズワウス(OVA聖戦士ダンバイン)
 パイロット状態:死亡
 機体状態:跡形も無く爆発】

【時刻:13:15】





前回 第53話「生き抜く、力の限り」 次回
第52話「大切な人 投下順 第54話「接触
第56話「鬼に追われて・・・ 時系列順 第54話「接触

前回 登場人物追跡 次回
第14話「逃げる者、戦う者 碇シンジ 第62話「卑劣な超闘士
第35話「敵と味方と ゼンガー・ゾンボルト 第62話「卑劣な超闘士
第15話「漆黒の蝿 フェルナンド・アルバーグ



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最終更新:2024年12月22日 17:26