悪意の捻転 ◆vtepmyWOxo


【一&六】


ザク、ザク、ザクと雪を踏む音だけが響いている。
朝の陽ざしに輝く銀色の世界を乱すように、一本の線が伸びていた。
パワーライザーの隙間から吹き込む冷え切った風が、シリウスの身体を容赦なく叩く。
荒野の多いクロノス星での活動が前提のパワーライザーは、雪原の移動には致命的に不向きだった。
周りには誰もいない。
ただ無言のまま、シリウスは雪原を歩いている。


【二】

剣に取り付けた機械が低い唸りを上げる。
ウンブラの、ターバンとフードの奥に光る三つの眸が何度か瞬かれる。
この剣に念を送れば、どうやら自動で機体が転送されるらしい。
そこからもう一段階機体と『合身』することで、さらに力を得ることも可能。
乗る、というよりも融合する、に近い感触。
自らの身体の延長で、あくまで戦闘力も己の心技で決定される。
ウンブラの愛機であった「プリスクス・ノクス」にかなり感覚は近い。
もっとも武器として愛用していた遠隔円盤も長い爪も存在しないが。

「剣……人間が憎み合うために産み落としたモノ……我らの代行者……」

メリオル・エッセが関係しない場所でも、人間は憎み合い殺し合う。
それは、どこからともなく流れる負の旋律が教えてくれる。
人間は今も剣を持ち、武器を持ち、殺し合っているのだろう。

ウンブラは、巻いていたフードを脱ぎ、ターバンを晒す。
ターバンは、頭に直接まくもの。頭の形がそのまま表れる装飾品。
だと言うのに、その形は側頭部二か所で盛り上がっていた。
人に在らざるものに相応しい風貌を備えると言われるウンブラ。
その言葉の通り、ターバンの布地の隙間から覗くのは巨大な耳だった。

「聞こえる……聞こえる……肉が爛れ、血が燃える音が……」

獣独特の縦に細長い瞳孔が、左右に動く。
俗に第三の目を慧眼と呼ぶことがある。慧眼、その意は全てを見通す目。
彼女の金色に輝く獣の慧眼は、何を見つめるのか。




【三】

シリウスが、ふと足を止める。
もう少しで雪原を抜ける地点ではあるが、その先にあるものが問題だった。
遠目にも見えるのは、明らかな戦闘の様相。
巨大機械同士が激しくぶつかり合う轟音が、吹雪に乗ってシリウスにも届いた。
そこに人がいる。それも、おそらく殺し合いに乗るものが。
無論、殺されまいと抗うものもいるかもしれない。
だが、ここで飛び込んでいいものか。
シリウスが懸念する要素が、二つあった。

一つは、戦っている両者、もしくはその場の全員が卑劣な殺人鬼である可能性。
誰かを救おうにも、その場にいる全員が救いがたき悪漢であるという場合だ。
これでは、戦いに飛び込むことに意味はない。悪漢たちが潰し合う絶好の機会を殺すことになる。

もう一つは、シリウスの乗っている機体の問題だ。
このパワーライザーと、遠くで戦っている機体を比べれば、見劣りするのは一目瞭然。
加勢しようにも、逆に足手まといになりかねない。

自分が足手まといになることにシリウスは唇を噛む。
自分はアクエリオンに選ばれた人間であり、全てにおいて優秀なはずだ。
状況が状況とはいえ他者を頼るという選択が、シリウスが自尊心を刺激する。

「美しい調べが聞こえる……」

思案に集中していたシリウスの意識が、現界に呼び戻される。
身体の延長となる機体を振り向かせ、後ろを見れば、そこにいるのは小さな人影。
ボロボロのフード。その下に納められた顔にまで布を巻きつけており、まったく中身が窺い知ることができない。
雪原に点在している岩の上で、顔をどこかに向けている。

いつの間に私の後ろに回り込んだ?

不意を打たないということは殺し合いに否定的なのか?

そもそも何を言っている?

謎だらけの小人に、シリウスの頭は様々な推論を並べ立てる。
どれも推測どまりでしかない。だが、シリウスの直感は告げている。
目の前のこれは、醜い。そして、信用できない。
剣に振動を送れるか、試した時に使った剣を抜き、半身に構える。
シシオウブレードと呼ばれる倭刀らしく、僅かに添った刀身に刻まれた波紋が美しく輝いた。

「澄んだ、真っ赤な血の色をした調べが聞こえる……」

フードの顔がこちらを向いた。
いや、見ているのは自分の背後彼方にある戦いか。



「美しい……? あのような戦い、粗野なばかりで美しさなどありはしない」

背後をちらりと見た後、シリウスは零した。
巨大な鎧甲冑と、獣を繋ぎ合わせた機体の戦いは、その姿同様荒いばかりで優雅さの欠片もない。
その戦い方がどことなくアポロを想像させ、余計シリウスの気分を悪くする。

「あの戦いに美しさはない。ワタシが美しいと言っているのは……」

フードの一部が盛り上がり、その下から手が現れた。
くすみ一つない、雪原の白さに並ぶ純白の腕が、ゆるゆるとシリウスに向けられる。

「お前のことだ……お前こそ、美しい」

流石に虚を突かれたシリウス。
だが、すぐさま我に返ると、相手の言葉にさもあらんと小さく被りを振って見せる。
整った金色の髪がさらりと流れる。
アポロのような粗野な人間ではなく、まだ話の分かる相手のようだ。
少なくとも、自分の感性についていくことのできる人間ではある。

「それは光栄……いや当然か。だが、何故こんなところにいる? 何者か名乗ってもらおうか」
「ワタシは……お前の名が知りたい」
「……先に問うたほうが先に答えるべきか。私はシリウス。シリウス・ド・アリシア」

まだ警戒は解かない。
武器を構えたまま、シリウスは相手に答えた。
相手は、何を考えているのか、一度噛みつぶすようにシリウスのフルネームを呟いた。
相手の動作の一テンポ一テンポが遅い。
他者と会話することに慣れてないのがシリウスにはよくわかる。
まるで社交性が身についていない。
緊張で、外気の低さにも関わらず汗が一滴流れた時、ようやくフードの何かは口を開いた。

「ワタシはウンブラ……死をもたらす闇の影……メリオル・エッセが一つ……」

その言葉に、シリウスは素早く距離を取る。
何者なのかは知らないが、初めて合う相手に『死をもたらす闇の影』と言うのは尋常ではない。
学のないものならば気付かないだろうが、ラテン語を知るシリウスだからさらに気付く。

「『umbra』……影。そして『Melior Esse』……上位存在。
 本名ではあるまい。そして上位存在とは傲慢な……!」

しかし、そんなシリウスの言葉に対して、相手は一切緊張などを見せようとしない。

「我らは、偉大なる破滅の王に仕える奉仕種族。集めるべきものは負の心……
 感じるぞ、お前の内より漏れる黒い心を……黒い魂を……黒い翼を……」

ローブの下に手が戻っていく。
その後、もう一度露出した手に握られていたのは……両刃の西洋剣。
戦闘への意欲は明らか。



「もっともっと見せて……楽しみね……お前の心の炸裂が……」

その矮躯とは裏腹に、雪にも足を取られることなく滑るように走り出す影ことウンブラ。
その速さは、到底人間のものとは思えなかった。
瞬く間に音もなくパワーライザーまで近づくと、影が真上に跳躍。
握った剣を棍棒のように振り下ろしてくる。

「速い……だが……!」

だが、シリウスの剣の腕も、並みのものではない。
大きさの差で手間取ることもなく、シシオウブレードが相手の剣を絡みとり、相手の身体を弾き飛ばす。
くるりと身体を回転させ、やはり音もなく雪の上にウンブラが着地する。

「私はここで死ぬわけにはいかん……! 堕天翅か人間かは分からんが邪魔するなら覚悟してもらおう」
「使命感……それに隠れた感情……案ずることなくワタシに委ねればいい……」


【四】


剣、というものは意外に扱いが難しい。
爪と同じように使うことが出来ない。どうしてもぎこちなくなり、うまく使うことが出来ない。
それも、仕方ない。我々メリオル・エッセは最初からそんなものは要らないのだから。
イグニスは硬い守りで有名な研究所の施設を、素手で壊し内側に入り研究者を殺しつくした。
アクイラはその身一つで基地の崩落から瓦礫を掘り返し地上へ出た。
私より戦う力で劣るものでも、その始末。
そして、それに加えて身体の延長である機械体とも呼ばれる乗り込むべき機体が、一人一つ。
武具など最初から必要としなかったから、使い方も知らない。

それに対して、人間はどうか。
弱いからこそ、身を守るために武器を持ち、武器を使う術を極めようとする。
メリオル・エッセの身体能力を持ってしても、埋めきれない武具の練度の差。
しかし、そうやって手に入れた力は、所詮自分を守るため、他人を傷つけるものでしかない。

ワタシには分かる。
この男の、美しい顔の下に広がる、輝く美しい、どこまでも醜い感情が。
こうやって剣を振ってはいるが、心はここにはない。
ワタシでないどこかの何者へ対してのニクシミで一杯だ。
この男の根源は、闇だ。
暗い願いだ。

その色濃い臭いに惹かれ、寄り道してみればいいものを見つけられた。

美しい調べが聞こえる。

ニクイ、ニクイ、ニクイ、と。

そう叫ぶ心を自由にするのがワタシの役目。
心の皮を爪で一枚ずつ剥がし、味わい、献上する。
ワタシの役目、ワタシの願い、そしてワタシに唯一許された感情、『愉悦』。

ああ―― ……愉快だ。

ワタシは、男に自覚させる。

それこそが、このニクシミをさらに加速させる方法だから。

「お前は、ワタシを見ていない。お前の瞳に映るのは――お前が憎む者だけ」

「お前は、憎い。自分を脅かす存在が。自分にないものを持つ存在が」

「お前は、隠している。お前は、知っているにも関わらず隠している」

「お前は、自分の下にあるものに価値を無いと思っている。お前の上にあるものはいらないと思っている」

歪む、歪む。
捻じれる、捻じれる。

美しい顔が。
醜い心が。

捻じれて零れる。
絞られたココロが、悲鳴を上げ、汁を滴らせる。
ワタシの心を濡らし、渇きを癒す調べは、大きくなり続ける。



「――お前は、嫉妬している」



【五】



「私が嫉妬しているだと……」


目の前の影が踊る。
まさしく影の名の通り、捕え所のない動きでシリウスの剣が空を切るたび影が唄う。

「そうだ……お前は嫉妬している。誰かは分からない。だが、その嫉妬がお前を焦がしている。
 憧れ、焦がす。それを隠すため、嘘を塗り固める。しかし、塗り固めているものもまた油。
 さらにお前を燃え上がらせる」

影が饒舌に語る。

「私が、アポロに嫉妬しているはずがない……!」
「アポロ……それが、お前が嫉妬する相手の名か……何故嫉妬する……?」

影が、嘯く。

「お前が――人間でないからか?」

フードの隙間から洩れるくぐもった笑い声。
その瞬間、雪がさく裂した。シリウスの右手のリストバンドから輝きが漏れ、光の羽をまき散らす。
放たれたのは、今までで最大最速の刺突。振動波を込めた、生身の人間に使うのはあまりに過ぎた力だった。
音すら置き去りにするほどの速度で放たれた一撃は、天空宙心拳に応えるパワーライザーをきしませるものだった。




「おお――炸裂よ。それが、お前の闇の、憎しみの、力か……」


しかし、その一撃が空を切ったことを、シリウスはその声で知る。
一瞬で背後に回り込んでいる影。
影が、剣を納めた。

「何のつもりだ……!?」
「今は、その時ではない。お前は、人と出会った時改めて自分の醜さを知るだろう。
 そして、待ち焦がれる相手と出会い、真の自分の心を知るだろう。
 ワタシが刈り取るのは……その時」

すっと、影が別の方向を剣で指し示す。

「南に向かえ。お前により大きな力を与える機神が待っている……」
「……何故、それを教える。騙され、罠に嵌るほど私は愚かではない!」

シリウスは語尾を荒立て叫んだ。
己に課している優雅さは、既に剥がれ始めていた。

「……ワタシが?」

闇の奥のように暗いフードの、そのまたさらに奥。
浮かび上がった真っ赤な口が溶けたチーズのように横へ広がっていく。

「ワタシが? お前を騙す? 何故?」

沈黙するシリウス。
ウンブラは静かに呟いた。

「来よ、倍功夫。二段合身」

閃光が場を包み、そこに現れたのは――。



「覚えておくがいい。ワタシはいつでもお前を殺せたということを」



アクエリオンに匹敵する、巨大な機神だった。





【一&六】


ザク、ザク、ザクと雪を踏む音だけが響いている。
朝の陽ざしに輝く銀色の世界を乱すように、一本の線が伸びていた。
パワーライザーの隙間から吹き込む冷え切った風が、シリウスの身体を容赦なく叩く。
荒野の多いクロノス星での活動が前提のパワーライザーは、雪原の移動には致命的に不向きだった。
周りには誰もいない。
ただ無言のまま、シリウスは雪原を歩いている。



【シリウス 搭乗機体:パワーライザー(マシンロボ クロノスの大逆襲)
 パイロット状態:良好のつもり。自分以外を基本的に信じていない。
 機体状態:良好 シシオウブレードを所持していたようです
 現在位置:C-5 雪原
 参戦時期:原作開始直後くらい。
 第一行動方針:???(雪原を抜け、市街地へ向かうか、ダルタニアスを取りに向かったかはお任せします)
 最終行動方針:もとの世界に帰り、堕天翔を倒す。
 備考1:高速振動とパワーライザーを組み合わせて小規模の衝撃波を出すことに成功。 
 備考2:首輪解除の可能性には気づいていません。】




【七】

衣服の奥の闇の中、瞳が踊る。
歓喜に震え、彼女の矮躯が跳ねる。
求めるは、さらに熟成されたニクシミ。
ウンブラは、まだと思えば暗い心に種を植える。

そして夢見る。

悪意の花が咲き乱れるのを。
悪意の翼が空に羽ばたくのを。


【ウンブラ 搭乗機体:ケンリュウwith剣狼(マシンロボ クロノスの大逆襲)
 パイロット状況:良好 うきうき。
 機体状況:良好
 現在位置:C-5 雪原
 第1行動方針:人間を殺して負の感情を狩り集める
 第2行動方針:宇宙に上がって地上の負の感情の流れを観察する
 最終行動方針:狩り集めた負の感情を破滅の王に捧げる】


【一日目 9:00】


BACK NEXT
050:バッドラックは突然に 投下順 052:強さの在処、心の在処
046:ガンダムファイト跡地にて 時系列順 062:使徒と軍人と快男子

BACK 登場キャラ NEXT
008:倒す決意 シリウス・ド・アリシア 087:復讐するは我にあり(前編)
038:たかやの唄 ウンブラ 081:不穏な予感

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年04月13日 16:33