私…北条蓮実には年上の友達がいる。私の姉…椿姉ちゃんの友達でもある、古川優子さんだ。
いわゆる幼馴染と言うやつで、物心付いた時から何かしら一緒だったような気がする。
「あー、また負けちゃった…」
「まったく、優子は蓮実にも勝てないのか。どんくさいなぁ」
そして今も一緒に遊んでいるところで、今は某赤い配水管オヤジのレースゲームを三人対戦中だ。
結果は、椿姉ちゃんが一位、私が二位、そして優子さんは三位=…つまり最下位。
それも私と椿姉ちゃんが僅差だったのに対し、優子さんは大きく引き離されるという完敗ぶりだ。
「二人とも手加減してよ~」
「いやいや、これでも大分手加減した方なんだけど。なあ蓮実?」
「そうだよ。本気出したら周回遅れにしちゃうんだから」
「はーちゃんひどい…」
ガクッとワザとらしくうな垂れるその姿を尻目に、内心呆れ気味に溜息を吐いた。
小学五年生である私さえ相変わらず子供っぽい人だ、と思う。
昔からよく椿姉ちゃんも一緒に三人で遊んでいたが、さっき椿姉ちゃんが言ったように優子さんは何かとどんくさい。
良く言えばおっとりしてる、朗らかというのだろうが私にはマイナスイメージにしか映らなかった。
正直私はこの人に対して、言い方は悪いが見下してるような節があった。
ゲームも弱いし運動神経も鈍いしどこか抜けている、前なんて電信柱にぶつかったりしたもんだから呆れて物も言えない。
まあ、勉強に関しては椿姉ちゃんの方がボロボロなんだけど…。
ともかく、そんな人だ。
「よし、今度はぷよぷよで勝負しよ!」
そして、子供のように負けず嫌いだ。
「まだやる気? やるだけ無駄だって」
「え~、優子さんとやるのもう飽きた」
「今度は負けない! 家で猛練習してきたんだから!」
鼻息を荒くしてゲームソフトを持つ優子さんに、椿姉ちゃん共々やれやれと苦笑いを浮かべてもう少し付き合うことにした。
結果は言わずもがな、だ。
―※―※―※―※―
九月に入り少し涼しくなってきた頃、優子さんはあまり家に来なくなった。
夏休み中はしょっちゅう家に入り浸ったり一緒に遊びに行ったりしていたのに。
寂しい、と言うかいきなり来なくなると胸に穴が開いた気分だ。
「ねえ椿姉ちゃん、優子さん最近来ないけどどうしたの? ケンカでもした?」
来なくなって二週間が過ぎた頃、私は気になって椿姉ちゃんに聞いてみた。
ご飯を食べてソファーでダラけている椿姉ちゃんは、顔だけ上げると笑って手を振った。
「してないしてない。ケンカしたぐらいならすぐに収まってまた家に来るよ」
「じゃあどうして?」
「ウチの学校、もうすぐ学園祭だからさ。その発表の追い込みで暇が無いんだって」
そう言えば椿姉ちゃんが前にそのビラを私に見せてくれたっけ。
でもそれが優子さんに関係しているなんて小学生の私には分からなかった。
「もうしばらくは来れないんじゃないかな。来週の週末が学園祭だから、それが終わったらまた来るようになると思うよ」
「そう…」
来週の週末…私からしたら大分先のように思えた。それまで来ないと思うとちょっと心に穴が開いた気分だ。
そう物思いに浸っていると、椿姉ちゃんがニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべているのに気が付いた。
「どうした、愛しの優子お姉ちゃんが来てくれなくて寂しいのか~」
「愛しの…って、そんな訳無いじゃん!」
「照れない照れない。いや~顔赤くしちゃって、ウブだねぇ」
「赤くない! 椿姉ちゃんのバカ!」
あっはっは、と豪快な笑い声を上げながら私の拳を避け続ける椿姉ちゃん。
最初はそんな事は無かったのに、椿姉ちゃんがアホな事言うもんだから無駄に心臓の鼓動が強くなって来てしまった。
居ても居なくても面倒な人だ、優子さんは。
―※―※―※―※―
遠い遠い、と思っていた来週末…学園祭当日もいつの間にかやって来た。
その間も優子さんは来る事が無く、一回夕方に外門の新聞受けから夕刊を取りに行った時に優子さんが帰ってきたのを見たぐらいだ。
声を掛けようと思ったがその暇も無く玄関に入って行ってしまった。
その時優子さんは背中に黒くて大きい何かのケースを背負っていたが、あれは学園祭で使う道具だったのだろうか。
回想を止め、改めて校門を見上げる。
校門に掲げられた大きい看板には“富士糸高校 38回学園祭”と書かれ、校門の奥では既に多くの人たちで賑わっている。
初めて見る高校の文化祭に、早くもその熱気で圧倒されそうだ。私の学校でやる学芸会とは訳が違う。
「…椿姉ちゃんの教室は1-Dだっけ…」
椿姉ちゃんから貰ったメモ用紙を広げ、そこに書かれている地図を見ながら校舎へ入っていった。
辿っていくとすぐにその教室へ着いた。その教室には出し物だろうか“1-D特別写真館”との看板が出ていた。
…が、他の所と比べてずい分と静かだ。
中に人はいるのだろうか、と恐る恐る扉を覗き込むと、受付で頬杖を付いてやる気無さそうにしてる椿姉ちゃんが目に入った。
「椿姉ちゃん?」
入り口から声を掛けると椿姉ちゃんもこっちに気付き、面白いもの見つけたとでも言いたげな笑顔でこっちにやって来た。
「やっと来たか。迷わなかったか?」
「何とかね。…でも、何だか静かだねここ」
「いや~閑古鳥鳴きまくりだよ。参ったね、こりゃ」
参ったと言いつつ頭を掻いて笑う椿姉ちゃんを見て、やる気無いなこの女、と思った。
改めて見渡してみても人は数人いるだけで、壁には写真のパネルが20枚ぐらい掛けられているだけだ。
はっきり言って、地味。私だって椿姉ちゃんが居なけりゃこんな所見向きもしないだろう。
そう呆れていると、別のお姉さんが声を掛けてきた。
「椿さん、お待たせ。交代に来たわ」
「ちょうど良かった。じゃあ私は蓮実を案内してくるから、後は任せたよ」
「了解です。お疲れ様」
そのまま私は椿姉ちゃんは教室を出て行き、私も後から着いてそこから出て行った。
それからあちこち回って出し物のゲームをしたり、たこ焼きを買って食べたりして過ごしていった。
予想以上にみんなが盛り上がっていて、普通の縁日とは違う雰囲気が新鮮で面白かった。
高校生になったらみんなこういう事をやるんだ、と思うと早くも高校生活が楽しみになってくる。
「っと、そろそろ時間か。蓮実、体育館に行くよ」
「体育館? 何かあるの?」
「うん。部活とかで発表会みたいな物があるんだけど、それに優子が出るんだよ」
「優子さんが?」
そう言えば今日一日優子さんの姿を見ていない。
最初の頃はその内会えると思っていたが、学園祭の出し物に夢中になっていつの間にかうっかり忘れてしまっていた。
「優子は部活って訳じゃなくて自己参加みたいなんだけどね。そろそろ行かないといい席を取られるかな、急ぐよ!」
「だ、だから走ったら危ないって!」
椿姉ちゃんが私の手を取り走りだし、それに必死で合わせようと自分も走る。正直周囲の目が痛い。
そのまま階段を駆け下り渡り階段を通りって体育館に着くと、既に中は結構な人が座席に座っていた。
椿姉ちゃんの後について行き、隣の席に座ると額の汗を拭ってステージの方を見る。
ステージはまだ緞帳が掛かっていて何も見えない。
「このプログラムだと、優子のが始まるのはあと二時間後か」
「ふうん。…優子さんって何やるの?」
そう言えば何をやるのか全然聞いていない。あのどんくさい優子さんに何が出来るのだろうか。
何も浮かばず椿姉ちゃんに聞いてみると、ちょっとイタズラっぽく微笑んだ。
「ナイショ」
「内緒って…教えてよ」
「ナイショったらナイショ。言ったら面白く無いじゃん。…ほら、そろそろ出し物が始まるから静かにしてな」
そこで開演のブザーが鳴って照明が暗くなり、緞帳が開いて出し物が始まった。
仕方が無く聞き出すのを諦め、私もそれに意識を移す事にした。
―※―※―※―※―
出し物は劇だったり漫才だったり、はたまた創作ダンスだったりと色々なものがあった。
どれもなかなか面白く、その一つ一つに思わず乗り込んでしまった。
そうしているうちに時間も流れ、次は優子さんの出し物だ。
「次が優子のやつだ。しっかりと見とくんだぞ」
しっかり、と言われても何をやるのか知らされていないんだから心の準備と言うものがまったく出来ていない。
今までの物がレベルが高かった上に優子さんだから、あまり期待は出来ないような気がする。
何をやるんだろう、と悶々と考えているとブザーが鳴り、辺りが暗くなり始めた。
暗くなると低音の聞いたBGMが流れてきて緞帳が開いていった。
色々な小道具や張りぼてが建てられているかと思いきや、あるのはスピーカーのような機材とマイクスタンドが一台。
あと歌番組とかでよく見るギターとドラムセット、ベースという想像もしてないものだった。
予想外の光景に呆気に取られている内に優子さんと二人が舞台脇から出て来て、それぞれの位置に着いていったがそれもまた予想外だった。
(優子さんが歌うの!?)
一台あるマイクスタンドに着いたのは、ギターを構えた優子さんだ。
優子さんがギターをやっていたことも歌を歌うことも知らなかったし、何よりあの人がこんな大舞台の中心になるなんて。
別人かと思ったが、あの背格好は優子さんに間違いない。十年以上の付き合いなんだから間違えるはずが無かった。
ただその表情はこれまでに無く真剣で、いつもの優子さんよりも大分大人びて見える。
『皆さんこんにちは、糸富士高校バンド、ロータスです!』
不意に優子さんの声が体育館中に響き渡って拍手が起き、優子さんがギターを掻き鳴らし演奏が始まった。
それからはもうひたすら優子さんの事ばかり見ていた。
最初はただただ驚くばかりだったが、それはいつしか興奮と熱気へと変わっていった。
ギターの指さばき、歌声、見たことが無い程の険しい表情…普段見せる間の抜けた優子さんとは違う姿に惹きこまれていく。
熱気に飲み込まれ心臓が強く脈打っている。いや、熱気のせいだけじゃない。
興奮とは違うよく分からない感情が胸を占めていくようだ。
『どうもありがとうございました、ロータスでした!』
熱気に包まれた時間は一気に過ぎ、優子さんのその挨拶でライブは終わってしまった。
楽器を置いて舞台袖に下がっていく優子さん達にお客さんは拍手を送っていく。
「蓮実、感動したのは良いけど立ってたら後ろの人に迷惑だよ」
「え?」
言われて初めて、私はいつの間にか立ち上がって拍手を送っているのに気が付いた。
それも思い切り手を叩いていたらしい、ジンジンと手が痺れている。
指摘されて少し恥ずかしくなりイスに座ったが、それでもあの感動と興奮は冷めなかった。
―※―※―※―※―
体育館での出し物が全て終わった後、私は椿姉ちゃんに優子さんたちの楽屋である空き教室に連れていってもらった。
中では優子さん一人がギターをケースにしまっている所で、教室に入るとこっちに気が付いて手を振ってくれた。
「椿ちゃんにはーちゃん、いらっしゃい」
「ライブお疲れー。なかなか良かったじゃん」
「そう? あれでも結構ミスったりしたんだよ?」
照れ笑いを浮かべるその表情はいつもの優子さんで、ライブ中の雰囲気はまったく無い。
でも、あのギターは間違いなくライブ中に使っていた物だ。
「はーちゃんはどうだった? 私達のライブ」
「え、えと、すごく…」
「そうそう。コイツ凄い感動しててさ、拍手の時も立ち上がって思いっきり拍手してたよ」
「なっ、椿姉ちゃん!」
私が言う前に椿姉ちゃんが勝手に言い出して、恥ずかしくなって睨みつける。
けどそれを聞いて優子さんは嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。
「本当? 嬉しいな、ありがとう!」
「い、いえ…」
満面の笑みでそう言われて、ドクンと心臓が強く打った。
その鼓動はライブ中に感じたものと同じで、優子さんの表情を見てるとそれがどんどん強くなって来ているような気がする。
「あのね、ロータスってバンド名ははーちゃんの名前から取ったんだ」
「私の?」
「そう。ロータスは蓮って意味なの。蓮のように綺麗で、はーちゃんみたいに元気のあるバンド…そうしたいと思って」
「そうなんだ…」
自分の名前から取ってくれたなんて照れ臭かったけど、同時にものすごく嬉しかった。
そんな事を言った優子さんもどこか照れ臭そうで頬が赤く、二人して思わず吹き出してしまった。
「そうだ、私クラスの後片付けしなきゃいけないんだっけ」
いきなり椿姉ちゃんが大声を上げ、ビックリしてその方を見た。そんな話全然聞いてない。
「優子、蓮実の面倒見てもらってもいい? じゃ!」
「え、ちょ…」
返事を聞く間も無く椿姉ちゃんは駆け出し、そのまま教室を出て行った。
その教室のドアを閉めるとき、こっちを見てイタズラっぽい笑みを浮かべているのが見えた。
…嘘ついたな椿姉ちゃん。私と優子さん二人きりにしようと。
「…しょうがないね椿ちゃんは。はーちゃん、何か行きたいところはある? と言っても、もうそろそろ終わっちゃうけど」
「…ギター」
「ギター?」
「優子さんのギターがもっと聴きたい。聴かせてくれる?」
そうお願いすると最初は呆気にとられてたけど、すぐに頷いて別のケースからギターを取り出して手短のイスに座った。
私も近くにあったイスに座り、二人向かい合う体勢となる。
「アコギでも良い? エレキだとセットとかまた大変だから」
「うん。聴けるなら」
「分かった」
笑顔で頷き、ギターで旋律を奏で始めた。ライブでは激しい曲だったけど、今はギターが違うからか優しくて綺麗な曲だ。
それでもギターを弾いてる優子さんの姿は、やっぱり綺麗で美しくて胸が高鳴っていく…それで、私は気が付いた。
(…ああそうか。私、優子さんの事好きになっちゃったんだ)
もしかしたら、もっと前から好きだったのかもしれない。家に来なくなって寂しかったのも、好きだったからかも。
あのどうしようもない間抜けで、子供っぽくてドジで…でも、本当はこんなに素敵な優子さんが。
夕日が差し込む空き教室に、ギターのメロディが静かに響く。
この時間が終わらなければいい、ずっと優子さんと…愛しい人と一緒に居れたらいい、そう思った。
終わり
最終更新:2009年08月14日 22:11