「すごい、すごーい」
ユニフォーム姿のまま抱きしめると、従妹の茉莉は自分のことのようにはしゃいだ。
試合の直後で興奮しているのかもしれない。
私だって、テンションは上がりっぱなしだ。
なにしろあと一つ勝てば、インターハイに出られるところまで来たのだから。
「美里ちゃん、疲れたでしょ?」
「平気平気。あと2、3試合は軽いよ」
「明日も勝てる?」
「もちろん」
調子は絶好調。
今は全然打たれる気がしない。
明日の相手は去年のインターハイでベスト4になった強豪だけど、きっとなんとかなる。
そんな自信が、私だけじゃなくチーム全体に満ちていた。
「なんたって私には勝利の女神がついてるもんね」
頬をすり寄せると、茉莉は私の首に腕をまわしてしがみついてきた。
最近膨らみ始めた胸は密着してもあまり感じられなかったけど、甘い香りがする。
耳やうなじに口をつけたい衝動にかられたけど、すんでのとこで思いとどまった。
どうも、このところやばい……。
そんなわたしの葛藤なんて知らない茉莉は、憧れのお姉さんを見る眼差しだった。
「美里ちゃんかっこいい」
「でしょ。結婚したくなった?」
「うん。美里ちゃんが男の人だったら、ホントにお嫁さんにしてほしいくらい」
「女じゃダメなの? 私のお嫁さんにはなってくれないんだ」
「え、だ、だってそれは……」
戸惑ってうつむく茉莉が可愛くて、その額に軽くキスをする。
「冗談だよ」
「もう……バカ」
茉莉はそう言ってむくれたけど、ちっとも怒っているようには見えなかった。
「ねえ、美里ちゃん」
「うん?」
「あのね、明日勝ったら……プレゼントがあるの」
「ホント? じゃ頑張らないとね」
「うん。絶対勝ってね」
「任しとけ」
もう一度茉莉を抱きしめながら、私は勝利を確信していた。
大丈夫。
茉莉が見ててくれれば、私はすごい力が出せちゃうんだから。
ベンチから続く嗚咽はロッカールームでもおさまることはなかった。
もちろん嬉し泣き、なんかじゃない。
あとワンアウトで勝てたのに。
真芯でとらえられたボールは、センターのフェンスを軽々と越えていった。
必死でとった1点も、それまで守りぬいた苦労もそれで全部パー。
きれいさっぱり、逆転サヨナラ負け。
失投だった。つまり、私のせいだ。
私のせいで負けた。でも涙なんか出てきやしなかった。
なんだか感情が凍ってしまったみたいな感覚だった。
「美里、行こう」
「うん……」
返事はしてもなかなか腰を上げられなくて、私は最後に部屋を出た。
もう周りには誰もいなかった。
ロッカーから球場出入口に向かって、一人長い通路を歩く。
その先に、小さな人影があった。
「茉莉……」
足を止めた私に、口許をキュッと結んで茉莉は近づいてくる。
なんとなく気まずくて、私はそっぽを向いた。
「美里ちゃん」
下から真っすぐに茉莉は見つめてくる。
それが今は苦痛だった。
「ごめん。私、かっこわるかったね」
「ううん」
「あそこでホームラン打たれるとかさ、漫画みたいじゃない。主役は、相手の方だけど」
「そんなことない」
「あは、ホント、ごめん。情けないなぁ」
「かっこよかった!」
叫ぶような大声に、私は一瞬体を震わせた。
涙を浮かべて、茉莉は私に抱きついてくる。
「情けなくないよ!」
「茉莉……」
「わたしちゃんと見てたもん。相手の人がすごい選手だっていうのも知ってたもん。でも美里ちゃん逃げなかったじゃない。すごいよ。かっこよかったよ!」
何も言えなかった。
いま口を開けたら、言葉にならない声が溢れてしまう。
ただ、茉莉が本当にちゃんと見てくれてたのが嬉しかった。救われた気がした。
茉莉は少し背伸びして、私の頭の上に手を伸ばす。
それでようやく、私は茉莉が何か手にしてたことに気づいた。
「これ……」
私の首にかけられたのは、金メダルだった。
もちろん、折り紙で作ったようなやつだけど。
勝ったらくれるって、これのことだったんだ。
図工は苦手って言ってたのに。
切り貼りされたおめでとうの文字も、小さなお花の紙細工も綺麗。
ああ、もうダメだ。これで泣くなって方が無理。
私の目から、ようやく涙がこぼれてくる。
「わたしの中では美里ちゃんが一番だから」
「うん……ありがと」
「ねえ、だから泣かないで――」
悲しいわけじゃない。
もちろん悔しさはあるけど、いま流れてるのはそんなんじゃなかった。
なんかもう、終わっちゃったんだなぁっていう想いとか、でもやりきったっていう満足感とか、あとは茉莉への感謝とか。
いろんなものが混じった涙だった。
「お嫁さんになってあげるから」
「……ホントに?」
「え、う、うん」
「わかった。じゃ、泣きやむよ」
私は前屈みになると、茉莉の肩に額を押し当てた。
もうちょっとこうしてたら、涙も止まるはずだから。
「茉莉」
「なに?」
「チューして」
「ダ、ダメだよ、そんな」
「お嫁さんなのに?」
「わ、わたしが大人になったら、してあげる」
「なーんだ、ケチ」
「ケチじゃないよ。美里ちゃんがエッチなんだよ」
「チューしてくれたらすぐ泣きやむと思うんだけどなあ」
顔を上げて見つめると、すぐそこに茉莉の小さな唇。
桜色で、とってもおいしそう。
「もう泣きやんでるくせに……」
そうつぶやきながら、茉莉は顔を少し傾けた。
目を閉じる。
そして――。
「しょっぱい」
茉莉は眉をしかめていた。
「あー、汗と涙をたっぷり吸った唇だから」
「やめてよ、もう」
顔を見合わせると、お互い笑えてきてふきだしてしまう。
ちっともロマンチックじゃないけれど、いいファーストキスだった。
「好きだよ、茉莉」
きっと夏が来るたび、この日のことを思い出すんだろうな。
ぼんやりとそんなことを考えながら、私は茉莉を胸に抱き寄せた。
最終更新:2009年08月24日 22:43