「お誘い、どうもありがと・・・」
その朝、私はいつものように遠藤 由莉香が待ち構えている席に座ると開口一番にお礼を述べた。
この小学5年生様は、昨日のバスの中で私に一通の手紙をくれたのだ。
どんな手段で攻めてくるのかと構えていた私にとっては、あまりのオーソドックスさに拍子抜けをして多少ガードを下げてしまっていたのかもしれない。
何の事は無い。その隙を突かれたのだ。
『毎日、バスで会っているのにこうしてお手紙なんて・・・祐希さんはきっと変に思ったと思います。』
という出だしで始まったその手紙。
教室の中で休み時間にこっそりと広げて読み始める辺り、油断していたと言われても反論できない。
出だしの言葉に、
~全くだ~
と苦笑して再び手紙に視線を落とした時に気が付いてしまった。
少しピンクがかった色調ではあるが、今の小学生の女の子達が好みそうな"カワイイ"キャラクターのプリントなど一切ない、真面目な横型封筒。
改めて手にとって裏返してみるが、そんな絵どころかハートマークさえ印刷されていない無地の封筒・・・
便箋にしても、こちらは白地に舞い落ちる桜の花びらの絵が薄く印刷されているだけ。
どきついアニメキャラのプリントなど皆無だ。
この封筒も便箋もほんの2,3日前に買った物なのだろう。
一生懸命、大人びた封筒やら便箋やらを探している由莉香の小さな姿が脳裏に浮かんでくる。
文字通り背伸びしながらこれらを揃えたのだろう。
でも・・・こういうのって結構な値段がすると思った。
少なくとも小学生の、しかも養子の身である由莉香にとっては大変な買い物だったのでは?
「・・・」
何となく"もどかしい"ような、"こそばゆい"ような・・・変なコチョコチョした気持ちが自分の中で生まれてきた。
んん? 何だ、コレ?…危ないなぁ
「ふ~」
軽く頭を振り、由莉香の姿を頭の中から一旦消去して私は再び手紙に取り掛かった。
手紙は便箋にして3枚。
緑色の水性ボールペンで綴られたその手紙は、4月に初めて私を見た時の衝撃(残念ながら由莉香は"衝撃"を"衝劇"と書き間違えてしまっていた)
それから私の隣に座っているだけで自分がどれだけドキドキするかとか・・・
私の口調がカッコ良くて大好きだとか・・・
でも私に自分がどう思われているのか不安だとか・・・
いつか、私が自分を無視して違う席に座っちゃうんじゃないかと、毎日泣きたい位に緊張しているんだとか・・・そんな事が綴られていた。
~中身もオーソドックスだねぇ~
由莉香の事だから、『愛してるって言ってくれなきゃ死んでやる』なんて言葉は書かないだろうとは思っていたが・・・
それにしても由莉香のヤツ、達筆だ!
習字にでも通っているのか?そんな話は聞いたことがないが・・・
でも、字は確かにうまいのだが・・・この文面は何故か読みにくい。
字が上手いのに読みにくい?
しばらくして、私はそのおかしな現象の原因を突き止めた。
漢字だ。
平仮名は文句なく上手い。変なクセもなく、行もピシッと揃っている。
だが、漢字は平仮名の文字に比べると、文面のバランスを崩す位に大きく書かれているのだ。読みづらいと感じた原因はそのアンバランスにあった。
~そもそも・・・小学校5年生でこんな漢字は習わないだろ~
明らかに中学校からの現国から出てくるような漢字がこの手紙には何個も書かれている。
きっと、傍らに辞書を置いて書いていたのだろう。
いちいち字句を調べながらこの手紙を書き進めていったに違いない。
~面倒な事するなぁ~
漢字も、よくよく見てみればトメ・ハネ・ハライがきっちりと書かれている。
漢字だけ大きくなってしまったのは、由莉香がこの手紙の完成度を少しでも高くしようと努力した結果なのだろう。
残念な事に、読み手の私はあまりそういう細かい事は気にしないのだが・・・
・・・一体、この便箋一枚を書き上げるのにあの子はどれだけ時間をかけたんだ?
よく考えてみれば、誤字は最初の"衝劇"だけで、間違えた字を塗りつぶしたような見苦しい箇所はない。
流石は遠藤 由莉香。書き損じなしで一気に仕上げたのか・・・
それとも間違ったら、一から書き直していった・・・?
「・・・」
パソコンで文章をしたためる事が当たり前になっている世の中でも・・・気持ちを伝える手段としては手書きの文章には遠く及ばない。
そんな言葉をどこかで聞いた。・・・なるほど・・・ね
よせばいいのに、私は由莉香がこの手紙を書いている姿を頭の中で思い描いてしまった。
~私の為に~
橘 祐希の為だけに書かれた、遠藤 由莉香の手紙
そういえば、人に手紙やら葉書を送るなんてした経験を私はほとんど持っていない。
パソコンで大量製作する年賀状は、今私の考える範疇では手紙ですら無い。
手紙という物がどれだけ"オモイ"物なのかという事を、私は小癪にも小学生に思い知らされてしまった。
~これ・・・~
そんな事を考え始めてしまったから、もういけない。
自分の手元にある手紙がもはや"紙"とは思えなくなってしまった。
よくTVドラマや漫画で、女の子が一生懸命に書いた手紙を読みもせずに破り捨てる輩がいるが、今、目の前でそんな事をする奴がいたら私は躊躇無く飛び掛っていってしまうだろう。
「・・・」
改めて内容を読み返してみる。
実は予想していた事だったのだが、手紙に書かれている由莉香の気持ちや不安は7年前に私が抱いていた物とほぼ同じだった。
だからこそ手紙を受け取って開いてみたものの、さっきは真剣に目を通さなかったのだ。
しかし、この手紙を書いた由莉香の必死さを感じ取ってしまった今では、その内容も正しく真正面から読まなくては、という気分にさせられてしまったのだ。
これは非常にまずい。
どんどん由莉香の術中に嵌っていくような気がしてならない。
余裕綽々で開始のゴングを聞いて前に出た途端、きれいなカウンターを一発もらって打たれながらコーナーに押し込められていくボクサーの姿を想像して欲しい。それが今の私だ。
「・・・っ」
読み進める内に、私の中で何かが痛んだ。
痛い・・・
確かめるまでもない。7年前のあの封印した忌まわしき記憶が暴れだしている。
痛いよ・・・由莉香・・・
やめて
由莉香の告白の一つ一つが私の何かを傷つけていく。
まるで自分の失恋のリプレイを見せつけられているようで…
それでいて、その思いを事もあろうに自分にぶつけてくる由莉香が可愛く思えてくる。
もともとあの子は容姿からして可愛いのだ。これは自分とは決定的に違う。
卑怯だ。
高校生が小学生に恋心を抱くなんておかしい事だ。
今ではよくわかる。
守るべき対象ではあるが、恋愛の対象ではない。
そう、そのハズだ。
その垣根を越えようとすれば、その先には苦しみが待っている。
~私の事で困ってますか?だったらごめんなさい。
でも、私はどうしても祐希さんの事が好きなんです。嫌いになれなんて言わないでください。どこかに行けなんて言わないでください。~
こんな一文まである。
恋だ愛だという前に、遠藤 由莉香は家庭内暴力を受けている。養父からの言われもない暴力だ。
小さな彼女をとりまく環境を知っているだけに、この一文は"くる"!
由莉香本人にとってはこの文に他意はないのだろうが…それでもこれは…
卑怯だ。
封筒を開くまでは、あれほど"かまして"いた余裕はどこへ飛んで行ってしまったのだろう?
私は自分が揺れ始めていること気がついた。
揺れている…? 心が?
7年間の鎖国状態にあった私の心にヒビを入れたというのか、由莉香は!?
というか、それ以前にかよわい自分の心が何故か許せなかった。
「…」
これ以上読みふけるのは危険と判断して、私はその手紙をしまおうと机の上の封筒に手を伸ばした。
…無い
「!?」
バッと顔をあげてみると、薄いピンクの封筒は悪友にして中学からの腐れ縁である、島崎 朱里の手にあった。
彼女は私の机の傍らに立ち、じっくりと由莉香の封筒を検分している真っ最中であった。
「何してる?朱里」
朱里は封筒を裏返して差出人の名前を食い入るように見つめた。
視線の熱で封筒が燃え上がりそうだ。
「朱里」
ちょっとキツくなった私の口調に朱里はようやくこちらに視線を向けた。
「ユッキ…今週の日曜はどちらへお出かけ?」
「…○□市立美術館…」
「び…ビジュチュカン~!!? 何かやってんの、今?」
「………『伊万里焼の歴史展』実演展示あり…」
「渋っ! 渋すぎて食べられたモンじゃないわね! 何?由莉香さんって幾つの人!?」
「…33…か4」
「え…!? ちょ、マジなの?」
「嘘」
「いい度胸じゃん」
私は席を立って封筒を取り返した。
「あんっ…手荒なマネはしないでっっ!」
ワッザとらしく手を押さえ、身をくねらせる朱里を無視して私は由莉香の手紙を封筒の中にしまい込んだ。
ふと、気がつくと封を切る時に手でやったので封筒が傷んでいる…
キチンと鋏を使えばよかった…
…何やら後悔してるぞ、私
「恋する女子高生っていいわぁ」
頭上から朱里の声がする。
いまいましい・・・ 退屈しのぎの種にするつもりだな。
「ユッキを百合の道に目覚めさせ、そのお堅い心の扉を開いた由莉香さんてどんな人~?」
コイツ…周りに聞こえるように言いやがって…大体その古臭い言葉使いは何だ?
あ~あ、こいつの声に気がついたのが5,6人いるな~そんな期待された目でみられても…
「ちょっと~ユッキ、シカトはよくないぞ~」
いやでも私の目に映ろうと、しゃがみ込んで机の上に頬を落して下から覗きこんでくる馬鹿女。
うざいな~…どうしてくれようか、コイツ…
ん、と…周りもなんかこっち見てるな~ コッチミンナ~ 勘違いしてますよ~
朱里も悪気があるわけではないのはいつもの事だからわかる。最近ツマンナイと呪文のように繰り返していたこの馬鹿にとっては由莉香の手紙に一筋の光明を見出したのだろう。
迷惑この上無い。
別にそれほど窮地とは感じていなかったが、私をこの状態から救ってくれたのはちょっと意外な人物だった。
「由莉香…由莉香ちゃん?バスで一緒の?」
膠着状態となっていた私と朱里の間にわりこんできたのは学級委員長の平田さんだった。
「へ?何、委員長知ってるの」
目をまんまるくする朱里。
無理もない。
平田さんはこのクラスでもバリバリの進学組で、そりゃあ委員長という立場から私たちとも言葉を交わすことはあるけれど…彼女が心を許す友達は、やはり自分と同程度の学力を持つ一握りの娘達に限られていたのだから。
「ええ、残念ながら私たちより年下の子よ。…どう、大丈夫なの?由莉香ちゃん」
実は私は以前、平田委員長に由莉香が受けている非道について相談したことがあった。
彼女のお父様は市役所の生活課の管理職をなさっていて、こういう事に対応するセクションもお父様の配下にあったからだ。
外見からのイメージとは違い平田さんは親身に話を聞いてくれ、自分が知っている限りの知識や意見を私に教えてくれた。
しかも翌日には一枚のメモを持ってきてくれたのだ。それには、彼女のお父様の字で「生活相談窓口」のフリーダイアルの番号が記されていた。
「あんまり酷いようなら、ここに電話をかけて。 大丈夫。第3者からの通報でも全く問題ないから」
そのやりとりが私の中の平田さんのイメージを変えていた。
「ありがとう、委員長。まだ時々やられてるみたい…」
「そう…ひどいわ」
「え?何?何なの!?」
急に話が見えなくなり、朱里は慌てて立ち上がってジタバタし始めた。
いい気味だ。
「そのお手紙は? お礼の手紙なの?」
「そ。口で言えばいいのに、さ。 実際もうお礼は言われてたんだけど…」
ふふっと平田さんは優しく笑い、朱里はコンヒュ状態を深めていった。
「きっと言葉だけじゃお礼を言いきれなかったのよ! いい子…由莉香ちゃん」
ちょうどその時、休み時間の終わりを告げるチャイムがスピーカーから鳴り始め、教室内がより一層ざわつき始めた。
「力になれるかも知れないから、良かったらまた相談してね。ほら、島崎さん…何暴れてるの!席に着く!」
「え? ええ~~ワケ分かんない…」
哀れな朱里は平田さんに逆手を取られ自分の席まで連行されていった。
フフフ…ザマーミロ!
これで、他のクラスメート達の誤解も広がる事はないだろう。ありがと~平田さん!
そんな事より由莉香だ!
いや・・・私と由莉香だ。
手紙を鞄にしまい込んでも、授業中に私の頭の中は由莉香の手紙の内容が数えきれないくらい反芻されていた。
どうしたことか、2,3回読んだだけだというのに、私は便箋3枚分の文章をしっかりと頭の中に焼き付けてしまっていたらしい・・・
先生が話す内容が全然頭に入ってこない。
由莉香のヤツが閉め出してしまっているのだ。
成績落ちたらどうしてくれる…!
たかが、小学5年生にこうも夢中になる自分はどうかしてると…いや、いやいや夢中じゃない。そんな事あるもんか!
きっと…きっと私は由莉香に昔の自分を重ねて妙な気分になっているだけだ。
そうだ!きっと…そうだ! そうに…決まっている!
でも…
でも、本当にそうだとしたら… 由莉香の想いはどうなるの?
「…」
何故?
私は不意に涙を流している事に気がつき、慌ててそれをぬぐった。
何を泣いているの? 何がそんなに悲しいの?
私は・・・由莉香をどう思いたい?
ダメ?・・・今の由莉香への"好き"じゃ・・・ダメ・・・?
平たい世界史の講義が教室内をゆったりと流れる中、私の涙はなかなか止まってくれなかった。
- 渋谷の女の子に会いたい -- 大堀 (2014-11-06 16:04:55)
最終更新:2014年11月06日 16:04