「あの・・・」
「ん?」
由莉香は普段より緊張しているのか、やけに無口だった。
「手紙・・・」
横から見下ろすとショートに切りそろえられた髪の間から真っ赤になった耳朶が垣間見える。
~ふむ・・・~
ちょこっとイタズラ心が生じてきて、私はそっと柔らかそうなソレに唇を近づける。
「読んだよ」
唯一言
たったそれだけの言葉なのに、少女はビクっと身をすくませ、私から逃れるかのようにバスの窓に身を摺り寄せる。
今日は一度も顔をこちらに見せてくれない。
あれほど私を揺さぶってくれた手紙の差出人らしくない仕草に、由莉香の未成熟な"女"が見える。
逃げる由莉香を追うように私は体を傾かせ、彼女の上に覆いかぶさるように更に顔を近づける。
「・・・や・・・祐希さん・・・」
一息吹けば散り飛んでしまいそうなか細い声が聞こえてくる。
「嬉しかった」
「ダメ・・・熱い・・・」
「由莉香の手紙なんて・・・もっと熱かったんだよ・・・火傷、しちゃったんだけど・・・」
「ごめ・・・んなさい・・・」
やっぱり顔は見せてくれない。
誘っておいて、これはないだろう。
それとも・・・これもこの子の"手"なのかな?
「どうしたの・・・祐希さん、いつもと・・・違う」
ホッペをガラス窓に押し付けながら由莉香は肩を強張らせ、座席の上で私に背を向けてしまった。
真っ白いうなじが無邪気に私を誘っている。
このまま、上半身の力を抜いて彼女の身体にまとわりついたら・・・由莉香は悲鳴を上げるだろうか?
このまま、指を彼女のうなじに何本も這わせたら・・・由莉香は泣いてしまうのだろうか?
このまま、このバスに乗っている乗客が気づかぬうちに
由莉香が抗いの言葉を口にするより早く・・・
だれもが許された事のない、その桜色の唇を奪ってしまう事を・・・
私は神様に断わらなければ、ならないのだろうか・・・
本人に聞いてみた。
「っ・・・ン」
声とは認識できない悲鳴があがり、彼女は膝を抱えてしまう。
私の左手は彼女の頭の上を通り・・・無機質なバスの窓ガラスにたどり着く。
見下ろした先の身体を震わすたびに揺れる黒髪は、さては毎朝欠かさず洗ってくるというのは本当の話だったのか、心地いい香りが漂っている。
その髪を数本唇に挟み、引っ張ってやろうか・・・
泣きそうな顔をしてこちらを振り返る由莉香の幼い恥じらいをたっぷりと楽しませてもらってから・・・本当にその唇を奪ってやろう・・・
本人にそれを伝えた。
「ゆ・・・祐希さぁん・・・」
由莉香は内に篭ってしまった熱を逃すように、はしたなく口を開けると、はぁっと息をついた。
「どうしちゃったの?・・・いつもの祐希さんに戻って・・・」
とても11歳とは思えない流し目を後ろにたなびかせながら、由莉香はその見るからに甘そうな唇をわななかせた。
丸くなって震えている小学生なぞ獲物以外の何物でもない。
古くなった座席の上で抱える膝小僧が可愛い。思わずそこにキスしたくなる。
白く短いスカートから、大胆に覗かせる内腿が朝のけだるいバスの中で一際輝いている。
チラチラと見え隠れする下着もたまらなくチャーミングだ。
「由莉香・・・」
「ゆ・・・祐希さん」
ようやく由莉香がこちらを向いた。
その瞳は潤み、頬は赤らみ、その唇は淫らに濡れていた。
朝の通勤通学時間の顔ではない。
由莉香は本当に、6つも年上の私が嫉妬心を覚えるくらいの美少女だ。
そして自らの不幸な境遇にもめげずに振舞う気丈さを持ち合わせた少女・・・
その少女が私を好きだと、愛していると・・・そう訴える少女が今目の前で身の内の疼きに為す術無く弄ばれている。
私が触れれば、応えるだろう。
私はこの少女に許されるだろう・・・
その身体のそこかしこに触れる事を・・・
その条件は、私も彼女を愛する事
「由莉香」
「祐希・・・さぁん・・・ダメ・・・」
「喰らえ」
「え? ふぎゃっ!!?」
体勢と地球の重力、そしてちょうど加速したバスの車内に発生した、慣性の法則に則った力のベクトルを私は肘から手首へ、そして手首から中指へと一気に流し込んだ。
ビシィイイッ
いい音と共に私のデコピンが由莉香の額中央部に炸裂!
直撃の反動を利用して私は打って出た右肘を振り戻し、それに引きずられるようにバスの座席に身体を落ち着かせた。
哀れな由莉香が隣でのた打ち回っている。小学校5年生が朝からバスの中で悶絶とは・・・この国の将来が思いやられる。
「ッ痛!?」
一瞬遅れて痛みが走った。私の中指もそれなりのダメージを負ったようだ。
自分が取り込めるだけの全ての力を利用して放った、一世一代のデコピン。多少の事は覚悟していたが・・・爪が割れたかのようなこの激痛には参ってしまう。
どっと体を座席の背もたれに投げ出し、私は軽く自嘲気味の息を吐いた。
「まだ私には・・・早かったか・・・」
795 :「振り出しに戻る」 :2009/09/05(土) 16:17:46 ID:GxgzPIpb
「何するんですか~祐希さん!!」
うおぉぉと可愛い声で犬の様な唸り声を上げながら、両手で爆心地をサスサスしていた由莉香が食って掛かって来た。
グイッと突き出す鼻先ツンツンしてやりながら、今の私なりの答えを伝える心構えをしなければならなかった。
「手紙・・・良かった・・・」
「・・・え・・・」
「良かったよ」
「あ・・・じゃあ!」
痛みも忘れて由莉香は両手で私にしがみついてきた。
まるで別れの場面みたいだ・・・付き合ってもいないのに・・・
「・・・今は、それが答え・・・」
「え・・・」
途端に由莉香の顔が曇る・・・
~ごめん~
思わず心の中で侘びながら、私は自分にも言い聞かせるように再度同じ言葉を口にした。
「今の答えは・・・"良かった"・・・」
~ゴメンね、由莉香・・・一生懸命書いてくれたのに・・・ね・・・~
時間が欲しい
これが全てだった。
そんなにせかさないで・・・
自分でも自分がどうしたいのか・・・まだ分からないから・・・
だから、お願いだから時間を・・・くれないかな?
こんなに早く・・・由莉香が私の中に入ってこれるなんて・・・思わなかったから・・・
フフンと鼻で笑っていた小学生のラブレターに心を半ば奪われてしまったのは事実だ。
さっきのデコピンは情けなくも、ささやかでイジワルなお返しだったのだ。
「・・・」
「・・・」
由莉香の、私の腕を掴む力が抜けていくのが分かる。
どれほど、あの手紙にオモイを込めたのか・・・読んだ私にはソレが伝わっていたのでその落胆ぶりも手に取るように分かった。
~あ・・・泣いちゃうかな~
「由莉・・・」
思わず声をかけようとした私を制するように、少女は顔を上げ・・・私を真正面から見つめた。その瞳には悲しみの涙など存在せず、いつもの太陽を睨みつけているような・・・力強い目に戻っていた。
「じゃあ・・・私、待ちます! "今日"がその答えなら、"明日"はもっといい答えになってるかも知れないから・・・待ちます!」
「っ!!」
何処に・・・!
その小さい身体の何処にその力を持っているの!?
私と由莉香の違いの根源はまさにこの"強さ"だ。
私なら恨み言の一つも言えず無言で引き下がってしまうような状況でも、この子ならきっと諦めずにその次の可能性を信じて前に進んでしまう!
私ならきっと諦めてしまう遠いゴールでも、由莉香なら足を止めないのだろう!
すぐに俯いてしまう私・・・ たとえ俯いても、再び顔を上げる勇気を持っているこの子・・・
素直になれない・・・なれなかった私・・・ 素直に自分をぶつけられるこの子・・・
素直になれるのは、勇気があるからだ。
自分をさらけ出す勇気・・・私には無い。
私に持っていない勇気と、そこから生まれてくる力を持っている由莉香・・・
ああ・・・だから私はこの子に惹かれ始めたのか・・・
私、きっとこの子に憧れてる・・・ きっとそうだ・・・
その憧れは・・・ 変るのかな?
恋 に・・・
由莉香の手は音もなく、そして優しく私を離れた。
あんな曖昧な答えをした私に、それでもまだ下から視線を送る・・・「きっと・・・」という思いを込めた視線を送るこの子は、何と表現したらいいのか・・・本当に・・・すごい。
「あの・・・」
「あのさ・・・」
しばしの沈黙の後、タイミングを計ったように二人同時に口を開いてしまった。
お互い顔を見合わせ、苦笑する。
「由莉香からどうぞ」
「え・・・いいですか?」
先に譲った由莉香はちょっと口ごもった後、オズオズと私に尋ねてきた。
「あの・・・さっきの祐希さんは・・・」
「ん?ああ、ごめんごめん。フジコちゃんモードになってた。」
「ふ、フジコちゃん??」
ああ゛・・・世代の差が・・・
「「ル○ン三世」って・・・知ってる?」
「ルパ○・・・ああ!不○子さん!!」
何やら合点がいったようで、由莉香はパチンと両手を合わせた。
「そ、私にはああいう一面もあるんだぞ~ 気をつけないと・・・」
「あの・・・祐希さん・・・」
早速、フジコちゃんモード禁止令か・・・
「あの・・・ね」
由莉香はぐっと体を伸ばし、私の耳元に唇を近づけてきた。
「時々・・・フジコちゃんモードになってくださいね・・・!」
「なっ!?」
これほど心震わす小学生がいていいのか!?
唖然とする私をからかうように、クスクス笑いながら由莉香は膝の上に置いた手の上に自分の掌を重ねてくる。
~どっちが年上なんだか・・・~
嘆く私の思いを知ってか知らずか・・・
由莉香は私に対して無邪気に心を開いてくれる・・・。
私は・・・そんな彼女を見つめながら、この子となら・・・彼女自身が望む関係になってもいいのかも・・・
と、思い始めていた。
そうすれば、私は彼女を守ってみせる。
ありとあらゆる理不尽から、彼女を守り通してみせる。
無知な私は、自分がいかに無力であるかを知らずにそんな事を考えていた。
遠藤 由莉香をとりまく大人たちの事情がどれほど悪化していたのか、それを確かめる事も知らなかった。
今思えば・・・私は初恋のリベンジをしたかっただけなのかもしれない。
誰に誇る訳でもない。自分自身に私にも愛しい人がいるんだと、威張りたかったのかもしれない。
私がこうして無駄に足踏みしている間、時は流れを止めなかったのだが・・・
最終更新:2009年09月08日 01:28