稀咲鉄太にとって"マイキー"は二つの意味での核だった。
 日本一の不良に成り上がるための核であり。
 そして自分の道を阻む全ての邪魔者をひれ伏させる核兵器としての役割も持つ。
 最強だの無双だの呼ばれる不良はごまんと居る。
 だが本当の意味で無敵を名乗れる強さの男を、稀咲は彼以外に知らなかった。
 マイキー…佐野万次郎は間違いなく無敵の男だ。
 彼の戦いを一目見た瞬間に誰もがそう理解する。
 彼を評する伝聞の全てに一切の嘘偽りはない。
 万次郎は正しく無敵の不良であり。
 全ての不良は、駆け抜けていく彼の背中を必死に追いかけていくしかないのだ。
 故に稀咲は彼に目を付けた。
 これだと思った。
 この男となら天下を獲れる。
 寄せ来る敵を圧倒する"力"、人を惹き付け魅了する"華"。
 その双方を持つ類稀なる逸材、それが稀咲にとっての万次郎だった。
 この男を傀儡にしてオレは日本一の不良になる。
 信用を得るまでに一年。
 操るに至るまでに二年。
 共に東京を制するまでに三年。
 そして日本を牛耳るまでに、四年。
 十年の歳月をかけた一世一代の計画――稀咲は思いついた時点で半ば勝利を確信していた。
 その時は夢にも思いはしなかった。
 自分の計画がことごとく失敗し、挙句無様な死に様を晒してこの世を去る羽目になる等とは。
「あ? 何だテメェ」
 白い特攻服は稀咲の知らないそれだった。
 今路地裏でこうして対面している数人の兵隊。
 その年頃も、少なくとも中学生ではないように見える。
 少なく見積もっても高校生…稀咲の知る東卍は此処まで年齢層が高くはなかった。
“オレが死んだ後に作られたチームってわけか”
 稀咲鉄太が死んだ時、まだ佐野万次郎は巨悪となってはいなかった。
 稀咲は彼がそうなるよう手を尽くしてきたが…それは全てあの忌々しい"ヒーロー"によって打ち砕かれた。
 にも関わらず音に伝え聞く関東卍會の評判は、稀咲が知る頃の万次郎の人物像とは一致しない。
「黒い衝動…か」
 河川敷で聞いた無敵のマイキーの闇の部分。
 自分が死んだ後の未来でそれが胎動を始めたという事か。
 稀咲の眉根が不快そうに動いた。
 そんな彼の胸中などは露知らず、目前の兵隊は唾を飛ばして声を荒げる。
「何だって聞いてんだよ。聞こえねぇ耳なら取っちまうぞ!?」
「でけえ声出すんじゃねぇよチンピラが。東卍の評判落とす気か?」
「あぁ!? テメェみてえなガキが一丁前に東卍を語ってんじゃねえ!」
 …少なくとも傍目には、稀咲の知る水準の不良達と大差ない。
 しかし既に察しは付いていた。
 マイキーが支配する組織が弱いわけはないが――それにしてもこの世界での東卍の勢いは異常だった。
 ガキの諍いの領域を超え、今や警察や暴力団ですら迂闊に手を出せない異常な集団と化していると聞く。
 稀咲が思い描いていた未来の東卍よりも突出した暴力性。
 そこにサーヴァントの手が介在していないとは考え難い。
“…どうだ、キャスター?”
“凄いな”
 霊体化させたキャスター、埴安神袿姫に意見を伺うと答えはすぐに返ってきた。
 彼女は土の神。
 あらゆる偶像を形にする造形神(イドラデウス)。
 何かを創る事、何かに形を与える事にかけては間違いなく随一の存在だ。
 その彼女が凄いと手放しに賞賛した。
 目前の"兵隊"…自分が人間で無くなった事にすら気付いていない愚かな人形を。
“元になる素体ありきの細工である以上、私のする仕事とは趣が異なるがな。
 それでもこれは凄まじい。下手なサーヴァントならこの彼らだけでも嬲り殺しにできるだろう”
 これが関東卍會の実態。
 サーヴァントによって改造された不良達の集団。
 最初に彼らとコンタクトを取ろうと考えた自分の判断が正解だった事を稀咲は改めて確信する。
 その上で目前の兵隊達に向かって口を開いた。
「ガキだと? 上の威光ありきで成り上がった連中が何偉そうに語ってやがる」
「…何?」
「マイキーに会わせろ」
「――おい。ナマ言ってんじゃねぇぞ」
 マイキー。
 その名前を出した瞬間に雰囲気が変わった。
 瞳に宿る眼光には確かな殺意が宿っている。
 しかし稀咲も退かないし怯まない。
 日本一の不良になる為の暗躍の中で、自分の事など容易く潰せてしまうような連中と山程渡り合った。
 殺されるかもしれないという不安は、稀咲にとって折れる理由にはならないのだ。
 目を逸らさないまま続けて口を開く。
稀咲鉄太が会いに来たと伝えれば解る筈だ。
 オマエらみてぇな下っ端に用はねぇ。分かったらさっさと行け」
「…あぁ、そうか。テメェ――マスターか」
 兵隊達の目がこの瞬間明確に変わった。
 本気の殺意を前にした稀咲は袿姫に念話を送る。
 いざとなれば"磨弓"を呼べ。
 しかし結論から言うと、造形神の最高傑作が必要になる事はなかった。
「おい待てよ。何勝手なことしてんだ?」
「…っ。は、灰谷さん!?」
「灰谷じゃどっちの事だか解んねぇよアホ。いいから下がれ」
「う…ウッス!」
 …不良の中にも上下関係がある。
 それは年功序列であったり純粋な実力だったり。
 その点今稀咲を恫喝していた連中は一目で解る下っ端だった。
 だが彼らを諌めながら現れた長身の男は、違う。
 稀咲鉄太はその顔を知っていた。
 自分の計画に取り込み、それこそ兵隊として使ってやった相手であった。
「灰谷…蘭。カリスマ兄弟の片割れか……どうしてオレを庇った?」
「マイキーから幾つか名前を聞いててな。その中にオマエの名前もあったんだ」
 灰谷蘭。
 六本木のカリスマ兄弟、その片割れ。
 不良らしからぬ甘いマスクに笑みを浮かべ彼は言う。
「見つけ次第、殺す前に自分の所へ連れて来いとよ。勿論サーヴァントも一緒にな」
「なら話が早いな。丁度オレも、マイキーに会うためにそこの三下共へ接触した所だったんだ」
 稀咲鉄太佐野万次郎を求めたように。
 佐野万次郎もまた稀咲鉄太を探していた。
 その事実をどう捉えるべきか。
 確かめねばならないなと稀咲は眼鏡を指で動かす。
“どの未来を目指すかはまだ決まっちゃいねぇ。だがこの異界で死んで終わるなんざ断じて御免だ。
 生き残るため…そしてオレがオレの命題にケリを着けるため。また利用させてもらうぜ……マイキー”

    ◆ ◆ ◆

 東京都は千代田区、永田町。
 日本国における国権の最高機関「国会」が開催される議事堂。
 日本人なら誰もが知っているだろう、大袈裟でなくこの国で最も有名な建物だからこそ。
 その光景を見て目を瞠らない者は居ないに違いなかった。
 それを正しく認識できる人間が居たならばだが。
「…どうなってんだ?」
「マイキーのサーヴァントの仕業だ。詳しい理屈は知らねぇけどな」
 東京を騒がす不良グループの人間が正面から堂々と国会議事堂に入場していく光景。
 そしてそれに誰一人違和感を抱かずにいる現状。
 全てが異常だった。
 稀咲の頬に冷たい汗が一筋伝う。
「マイキーは女王に国を創れと命じたのさ。だから国の象徴を乗っ取った」
「まさか国会議事堂をそのまま乗っ取って使ってるのか? そんなわけねぇよな」
「中は全然別物だ。オマエも見たら驚くぜ?」
 どういう手段で国家の中枢を私物化しているのか想像も付かない。
 だが嘘を吐かれているとも思えない。
 そして議事堂の中に入った瞬間――稀咲は更に驚きで顔を彩った。
「…マジかよ」
 外観と中身が一致していない。
 建物の雰囲気も、そして面積もだ。
 ともすれば議事堂の全域よりも広いのではないかと言う程のホール。
 西洋風の趣に満ちた瀟洒な内装は日本国政の象徴と呼ぶにはあまりにも似合わない。
 これは議事堂と言うよりは最早――
“まるで城だな”
 キャスターの声に稀咲は無言を貫くが、同意見だった。
 これは城だ。
 マイキーという王の命令に従い築き上げられた城。
“案内役の彼とはぐれてはいけないぞマスター。此処は神域の手巧で編み上げられた異界だ。
 豪華絢爛なのは見た目だけ。もし迷えば冗談抜きに飢え死にするまで彷徨う羽目になるぞ”
“…魔術には疎いんだが、サーヴァントが何か行動を起こすにはマスターの魔力を食われるんだったな?
 なのにこれだけの備えが一ヶ月そこらで用意できるものなのか?”
“普通なら無理だ。サーヴァント側の持つ力の強大さと、マスター側の魔力プールの優秀さが両立して漸くギリギリ成立するかもしれないって所だな”
 その見解を聞いて稀咲が覚えたのは奇妙な納得だった。
 無茶苦茶な理屈であるというのにストンと腑に落ちる。
 無敵のマイキー、佐野万次郎
 誰も彼もを惹き付ける光とこの世の何もかもを呑み込む闇を併せ持った男。
 要するに彼は不良としてだけでなく魔術師としての才能も抜きん出ていたらしい。
 持つ者はとことん何もかもを持つ。
 そんなこの世の摂理を感じずにはいられなかった。
「ほらよ、来たぜ?」
 俺の出番は此処までだとばかりに蘭が一歩下がる。
 稀咲が上りかけていた階段の上から足音が聞こえた。
 思考を止めて上を見上げれば…其処に居るのは紛れもなく探していたあの男。
 ぞわりと稀咲の背筋に冷たいものが走った。
 全身の毛穴が開く感覚はきっと気の所為ではないと確信した。
「まさかオマエまで呼ばれているとはな」
 知っている。
 オレはこの男を知っている!
 稀咲の脳裏を過ぎるのは彼が扇動した戦いの一つ。
 世に言う"血のハロウィン"の日の記憶だった。
「地獄の湯加減はどうだった? 稀咲」
 佐野万次郎を憎む男。
 その憎悪を道具に使った。
 その企みは途中までは完全に思惑通りに進み。
 見事彼の本気の殺意を…かつて彼が己に打ち明けた佐野万次郎の闇の部分を引き出す事に成功した。
 最終的にハロウィンの計画は稀咲の予定を外れた所に着地してしまうのだったが、其処はもういい。
 問題は今目前で自分の名を呼んだ彼の総身から――あの時感じた黒い闇に似た気迫が常に漂っている事だ。
「意外と迷信深いんだな。地獄に行く暇もなく此処に呼ばれたよ」
 確信する。
 佐野万次郎は"成った"。
 かつて自分が想定した姿よりも尚深く尚恐ろしい姿。
 一つでも対応を誤ればこの場で即座に命を落とす。
 本能的にそれを感じ取りながら稀咲は乾いた唇を動かし言葉を弄した。
「オレを恨んでるか? マイキー」
「灰谷蘭がオマエを発見した報告をして来た時…迷ったよ」
 身が竦む。
 稀咲は今蛇に睨まれた蛙だった。
「オマエの元に直接出向いてこの手で殺そうと思ったんだ。
 正直今でも迷いがある。兄貴の事を抜きにしてもオマエは危険な男だからな」
 佐野万次郎稀咲鉄太の事を恨んでいる。
 それもその筈だ。
 稀咲は紆余曲折の末に彼の兄を殺している。
 血の繋がりのない、腹違いですらない兄。
 それでも万次郎にとってその男はかけがえのない家族だった。
 その体を撃ち抜き命を奪った稀咲を恨むのは至極当然の事と言えよう。
「稀咲。オマエ――オレに会わせろって言ったらしいな」
「…あぁ」
「オレと会ってどうするつもりだった? またぞろ利用でもするつもりだったか?」
「その通りだよマイキー。オレにとってオマエは…今も昔もこれ以上ない最高の駒だからな」
 隠し事や詭弁の類は却って命取りになる。
 そう悟った稀咲はあっさりと本音を話した。
「オレはオマエを頭脳で支える。オマエはオレの敵を武力で打ち払う。win-winのビジネスだ――悪くねぇ話だろ」
「そうだな。オマエが優秀な事はよく知ってる」
 厳密に言えば稀咲の目的は以前のそれと同じではないのだが。
 それでも当面の生存と聖杯戦争からの生還は揺るぎない大前提だ。
「そして…オマエが野心家な事もよく知ってるよ」
「あぁ、否定しない」
「今度もオレを裏切るか?」
「……裏切る事になるだろうな。罵っちゃくれるなよ?
 聖杯戦争は殺し合いだ。最後の一人になるまで延々と続くイス取りゲームだ。結局いつかはオレかオマエか、どちらかが死ぬ事になる」
「――そうか」
 万次郎の願いが何であるかは稀咲には分からない。
 壮大な事かもしれないし笑ってしまう程小さな事かもしれない。
 だが一つ確かな事は、自分の描く未来と彼の描く未来は決して同じではないという事だ。
 だから答えた。
 自分はいつかオマエを裏切ると。
 稀咲としては綱渡りだ。
 崩れかけの吊橋を渡っているような心地だった。
 しかし彼はギャンブルに勝った。
 彼の答えを聞いた万次郎が次に発した言葉は、死刑宣告ではなかったからだ。
「情報を集めて報告しろ。嵌められそうな奴が居るなら陥れろ。得意分野だろ?」
「…同盟は受けてくれるって事でいいんだな? それなら喜んで承るぜ」
「どう認識するかはオマエの自由だ。それと、もう一つ」
 任された仕事の内容に不満はない。
 東卍は間違いなくこの異界東京都の最強勢力だ。
 彼らの勢力拡大並びに弱者の傀儡化。
 いずれも異存はない。
 そして自分ならば不足なくこなせると断言できるお誂え向きの仕事だった。
 だが。
「タケミっち…花垣武道も恐らく此処に来てる。見つけ次第オレに伝えろ」
「――は?」
 続く言葉は、看過できなかった。
 今まで冷静だった脳が瞬間的に沸騰するのを感じる。
 その名前は稀咲鉄太という人間にとってあまりにも大きな意味を持つものだったのだ。
 平静など保てる筈もなく。
 気付けば稀咲は目前の万次郎に掴みかからんばかりの勢いで詰問していた。
「…嘘だろ? 来てるのか――あの野郎も!?」
「あぁ。アイツとの決着はオレが手ずから着ける」
 だから連れて来い。
 そう言い放つ彼の言葉は稀咲には最早届いていない。
 花垣武道花垣武道花垣武道
 稀咲鉄太の夢の始まりにして夢の終わり。
 時を繰り返し、己の計画を悉く打ち砕き。
 盤石だった筈の布陣を崩し…自分を詰みに追いやった"ヒーロー"。
「…なぁマイキー。ずっと……アンタに聞きたい事があったんだ」
 花垣武道という男の存在があったからこそ稀咲鉄太は不良になった。
 橘日向という愛する女を手に入れる為に、覇道の一歩を踏み出した。
 しかし矛盾かあるいは皮肉か。
 稀咲鉄太の計画は花垣武道によって頓挫する。
 花垣武道が居なければ稀咲鉄太は不良になれなかった。
 花垣武道が居たから、稀咲鉄太は目的を果たせなかった。
 稀咲の人生の全てにあの冴えない男が絡んでいる。
 そんな因縁の相手がこの世界に居るのだと聞けばもう感情を自制するのは不可能だった。
「オマエはオレに打ち明けてくれたよな。自分の中に眠り蠢く"闇"の存在を」
「……」
「オレを導いてくれって――確かにそう言った筈だ。よく覚えてる」
「それがどうした」
「"それがどうした"じゃねえ!」
 今ならば分かる。
 自分と同じで花垣もまた彼の人生を変えていたのだろう。
 自分は闇へ。花垣は光へ。
 それぞれ導く役目を果たしていたのだろう。
 だがその結末は同じにはならなかった。
 佐野万次郎花垣武道を選び稀咲鉄太を切り捨てた。
 光の為に――闇を捨てたのだ。
「そんなにもあの男が凄ぇのか? そんなにも…あんな弱ぇ野郎が捨て難いのか!?
 オレはアイツよりずっと優秀だった。ずっとオマエに多くのものを与えてやれた!
 なのにどうしてアンタはオレを切ったんだ。アンタがオレを捨てなきゃ……オレが"イザナ"に目を付ける事も無かったんだぞ!?」
「それはオマエが一番よく分かってるんじゃねぇのか?」
「…ッ」
 佐野万次郎はニコリともしない。
 仏頂面のまま彼は稀咲の望まない言葉を吐いていく。
「タケミっちは凄ぇ奴だよ。誰も彼もがオマエの掌で踊らされてた中で…アイツだけが例外だった」
「そんなの…当たり前だろうが。アイツはタイムリーパーだ。時を繰り返してんだよ! だから――」
「ならオマエが負けた理由は、アイツが時を繰り返してるからってだけか?」
 違う。
 その事は稀咲自身が一番よく理解していた。
 只未来を知っているだけのタイムリーパーならば造作もなかった。
 にも関わらず稀咲が花垣武道に敗北した理由。
 それは彼が、只繰り返すだけの存在では無かったからに他ならない。
「オレはオマエに導いて貰うつもりだった。一虎を殺してオマエに身を委ねればいいと思っていた」
 だが。
「アイツがオレを止めた。オレを光の方に引き戻しちまった」
「…その結果そうなってたら世話ねぇだろ」
「そうだな。オレもそう思うよ」
 花垣武道佐野万次郎に対してやった事は彼の救いには繋がらなかった。
 万次郎の中に渦巻くあまりにも深い闇は、それだけで晴れてくれるものではなかったのだ。
「だけどアイツはオレ以外の全員を救ってみせた。オマエの陰謀を完膚無きまでに打ち砕いて、ある筈のないハッピーエンドを掴み取ってのけたんだ」
 それでも花垣が勝者である事に疑いの余地はない。
 幸せな未来は無事に築き上げられた。
 弱虫のヒーローは無事望む未来へと繋がる線路を敷き切ったのだ。
 暗闇の荒野の中、手探りでそれを成し遂げる事の難易度は。
 花垣武道に対し浅からぬ情念を抱いている稀咲鉄太にもよく分かる。
 稀咲は自分という人間の優秀さを客観視できる人間だ。
 だからこそ分かる。
 タイムリープという"ズル"ありきとはいえ、自分の完璧な計画をああも次々打ち砕く事がどれ程難しいかが。
「オレはこの闇を導いてくれる人間を求めていた。だが東卍の連中を不幸にしたかったわけじゃない」
「…マイキー」
「オレに切り捨てる道を選ばせなかったタケミっちの勝ちだった。それだけだ」
「ああ……そうか。よく分かった。漸く納得できたよ」
 稀咲の目指す未来に佐野万次郎は常に存在する。
 だが彼の周りの人間はその限りではない。
 それもその筈だ。
 稀咲は何も"マイキー"を巨悪にする事こそが目的だったのではない。
 稀咲の目的はあくまでも彼を利用し、自分が日本一の不良の座を掴む事。
 佐野万次郎を導く事はできても…稀咲鉄太に導かれたその先に救いらしいものは一切無い。
「当分はオマエの意に沿う行動をしてやる。花垣の事も…分かったよ」
「稀咲」
 納得はした。
 しかし感情の方は収まらない。
 されど今此処で思いの丈をぶち撒ける事に益はないと稀咲はそう判断した。
 そんな彼の胸倉が掴まれ、引き寄せられる。
 至近に迫った万次郎の表情は…氷点下もかくやの冷たさを湛えていた。
「オレを裏切るのは構わない。オマエの事を信用する気は無いからな」
 ゾッとする。
 暴力も狂気も山程見てきたし渡り合ってきた。
 その稀咲が初めて明確に怖いと思った。
 格が違う――そう思わせるには十分すぎる黒い殺意。
「だが…オレに一度でも弓を引いたなら、その時こそオレはこの手でオマエを殺す」
「あ…ああ。分かった……分かったから離せ、マイキー……!」
 胸から手が離れる。
 バランスを崩してたたらを踏み、手摺に身を委ねてどうにか転げ落ちずに済んだ。
 そんな稀咲の事を万次郎は光のない瞳で只見下ろしている。
 その姿が稀咲の心には強く…強く、焼き付いた。
「行け」
 端的な言葉だけ残して踵を返し遠ざかっていく背中に吐こうとした言葉は喉までせり上がってきた所で敢えなく消えた。
 後に残されたのは全ての勝負に敗れて死んだ無様な男だけ。
 砕けんばかりに拳を握り締めた彼の形相は、相棒の道化が見たなら鼻で笑うだろう事請け合いの"らしくない"ものだった。

    ◆ ◆ ◆

「誰だ」
 酷薄に響く言葉は絶対零度のそれだった。
 総毛立つという感覚を覚えたのは一体いつぶりだったろう。
 造形神、埴安神袿姫が踏み入った其処は玉座の間。
 佐野万次郎が英霊の座から呼び出した冬の女王の逐わす処。
佐野万次郎から聞いていないかな。彼の客人、稀咲鉄太のサーヴァントだ」
 一目見た瞬間に確信した。
 これは次元が違うと。
 幻想郷には数々の猛者が居たし、袿姫自身も其処らの軟弱な英霊ならば歯牙にも掛けない自負がある。
 しかしこの女は駄目だ。
 此奴がもしも殺す気になったなら自分は確実に此処で死ぬ事になる。
 そう思わせるに足る…神をすら凌駕する膨大な霊基反応。
 ちょっかいを出すか唾でも付けるかと思ってやって来た次第だったが、その気はすっかり消え失せた。
 袿姫は大概酔狂な質をしているが――自殺志願者ではないのだ。
「あんまり見事な城だったものでな。厳密にはジャンルが違うのだが、造形を生業とする者として設計者の顔を一目見たくなった」
「よくぞ辿り着けたものだ。城の内部は迷宮化させてあった筈だが」
「其処はそれ、私も造形神(イドラデウス)を名乗っている身。迷子になる程耄碌しちゃいない」
 先刻は稀咲にくれぐれも逸れるなと警告したが、袿姫自身が勝手にそうするならば話は別だった。
 魔術的処置によって迷宮化した国会議事堂もとい冬の女王の居城をあっさりと踏破して今此処に居る。
「失せろ。貴様に寄越す仕事はない」
「言われなくてもそうするさ、何せ久々の現界だ。もう少し娑婆の空気を吸っておきたい」
 それにしてもと袿姫。
 彼女は様々な種族を知っている。
 彼女の故郷、幻想郷はひとえにそういう場所だったからだ。
 袿姫の両眼に写る冬の女王。
 玉座に坐す彼女の体は…幻想郷にも存在しているとある種族のそれに似通って見えた。
 見てくれではなく、魂レベルでの在り方の話だ。
「驚いたな。此処まで強大な妖精は見た事がない」
 妖精。
 種としての性質は同じ。
 だが内包する力の桁は明らかに違う。
「まともな世界の出自ではないな? 泰平や衰退の中ではそれだけの力は生まれまい。
 その気になれば一夜の内にこの都を滅ぼせる力を秘めている。私の眼はお前をそう捉えている」
「失せろ、と言った筈だぞ。人形師」
 ブアッ、と眼には見えない嵐が吹き抜ける錯覚を覚えた。
 ビリビリと震える大気は彼我の力の差を厭でも感じさせる。
 にも関わらず臆さず焦らず、震えの一つも起こさない袿姫もまた間違いなく傑物だ。
 しかし正面からかち合うにはあまりに分が悪く。
 そして今はまだその時ではない。
 生死の悲願を越えた再会も一段落したようであるし、袿姫の座興は早くも終え時を迎えていた。
「言われなくても帰るとも。顔が拝めただけでも満足だ」
 これは半ばサーヴァントの領分を超えている。
 どういう理屈なのか、それとも理屈など存在しない只の理不尽な現実なのか。
 いずれにせよ面白い。
 袿姫はそう感じていた。
「また会おう妖精妃。奥津城に坐す冬の女王よ」

    ◆ ◆ ◆

“何処に行ってやがった”
“佐野某のサーヴァントへ会いに行ってきた”
“馬鹿野郎が。殺される所だったんだぞこっちは”
“小心だな。男ならばもっとドンと構えておけ”
 チッと舌打ちをしながら稀咲は永田町の中枢。
 既に人ならざる者の居城に取って代わられた哀れな議事堂に背を向け歩き出した。
 その眉間には深い皺が刻まれている。
 その眼球には激しい感情の炎が燃えている。
花垣武道…」
 想定はしていた。
 死んだ自分がその運命をねじ曲げて招かれているのだ。
 生きて未来を掴んだあの男が呼ばれている可能性もあるだろうと。
 いや、そうでなくても。
 この戦いを抜けたならばもう一度奴に会い問い質したいと思っていた。
 その思いは今も変わっていない。
 だがそれは机上の空論で花垣武道との再会を考えていた時のそれとは明確に異なる姿を象った。
「居るんだな? テメェもこの東京に」
 自分の夢を阻み続けた忌まわしきタイムリーパー。
 自分が持たないものを持つ眩しい太陽のような男。
 彼が、奴がこの異界東京都に居るというならば。
「探し出してやるよ。だがテメェの首はマイキーにはやらねぇ」
 オレはその全てを喰らう。
 オレに足りないもの、オレが橘日向のヒーローになれない理由。
 全てをこの腹の奥に収めて先に行く。
「オレがオマエを倒す。認めてやるよタケミっち…オマエはオレの"敵"だ。
 ドラケンでも馬地でもねぇ……オマエだったんだろ? オレが何を置いても倒し越えるべき相手ってのは」
 外道はその汚れた魂を禊ぎ、人道へと還るか
 その問いに対する答えは未だ判らない。
 只一つ確かなのは、稀咲鉄太は新たな戦う理由を得た事。
 彼は弱虫のヒーローを認められない。
 だからこそ此処に拳を握る。
 佐野万次郎という絶対的な恐怖の冷感すら今の彼の心からは消えていた。
「首を洗って待ってやがれ。テメェの敵はマイキーじゃない――このオレだ」

【千代田区・国会議事堂(『城』)付近/一日目・午後】
稀咲鉄太@東京卍リベンジャーズ】
[状態]:苛立ち、決意
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:拳銃(予選期間中に調達)、護身用のボールペン
[所持金]:不自由する事のない額
[思考・状況]
基本方針:聖杯を手に入れる
1:花垣武道を探し出して決着を着ける。オレの求める答えを奴から引き出し、奴の全てを喰らってみせる
2:マイキーとの同盟は当面維持。しかしいずれは倒したい
[備考]
花垣武道の存在を知りました。

【キャスター(埴安神袿姫)@東方鬼形獣】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:マスターに従いつつ現世を謳歌する
1:アレは凄まじいな。どう崩す?

    ◆ ◆ ◆

「アイツのサーヴァントと会っていたのか?」
「小癪にも忍び込んできたので。潰すかどうか多少迷いましたが」
「堪えてくれて良かったよ。稀咲は利用価値がある。元が弱ぇから兵隊にしても其処までの駒にはならねぇだろうからな」
 玉座の間。
 佐野万次郎は冬の女王と相対していた。
 稀咲鉄太は既に去った。
 万次郎の血の繋がらない兄…黒川イザナの仇である彼を殺す事も考えたが。
 それは今でなくても構わない。
 使うだけ使い、搾取してからでも遅くはないだろう。
「只あの野郎が大人しくオレに使われ続けるとは思えない。切る算段は常に付けておいてくれ」
「ではその通りに。あの人形師めの魔力は覚えています。
 この玉座の間に残った残穢を辿れば、支障なく聖槍を降らせられます」
 冬の女王モルガンは異界東京都において並ぶ者のなき魔術師である。
 内包する魔力の桁は他のサーヴァントとは次元が異なり。
 それ故大概の無茶は自らがこの地で生み出した魔力プールのみで賄える。
 その上でも絶大な魔力消費がマスターを襲うのが道理の筈だが、佐野万次郎はその点にかけては傑物だった。
 よって支障なく冬の女王は君臨を可能とする。
 魔術化された聖槍、盤石の城、無数の兵隊。
 あまたの手札を持って駒を進める真冬の支配者。
稀咲鉄太――か”
 万次郎は先刻再会を済ませた男の顔を思い出していた。
 あの頃と変わらないままの姿。
 死の淵から蘇った外道。
 佐野万次郎が過去、己の闇を委ねようとした男。
「運命って事なのか。これも」
「恐らくは」
 女王の瞳は遠くを見つめる。
 何処とも知れないいずれかを。
 いや、或いは…いずれもか。
「異界とはよく言ったもの。此処にあっては、如何なる不条理も理屈となるでしょう」
 たとえそれが。
 語られるべきでない物語であったとしても。

【千代田区・国会議事堂(『城』)/一日目・午後】

佐野万次郎@東京卍リベンジャーズ】
[状態]:健康、モルガンによる強化済
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:不自由する事のない額
[思考・状況]
基本方針:???
1:稀咲を利用する。利用価値が無くなれば殺す
2:この世界に呼ばれている知人を探す。場合によっては殺す
3:…タケミっち。

【バーサーカー(モルガン)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争に勝利する


[備考]
千代田区・国会議事堂がモルガンの『城』に改造されています。
高度な魔術結界によって覆われ、内部は異界化されています。対城宝具程度なら無傷で凌ぐでしょう。
NPCに対する情報処理により本来議事堂に不似合いな人間が中へ入っていく事にも疑問を抱く者はありません。
カメラ、テレビ等写真・映像媒体の情報もモルガンの結界によって自動的に処理されています。



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キャスター(埴安神袿姫
000:空白と逆光 佐野万次郎
バーサーカー(モルガン

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最終更新:2022年09月26日 22:38