最後の一弾(続)
「信濃」射撃指揮所
顔なじみのCIC員から通話が入った。
「坂上、お前宛に海兵隊から電信が入ってるぞ。」
「俺にか?海兵隊に知り合いなんかいないぞ、なんかの間違いだろ」
「第一斉射でそのエリアを砲撃した射手を名指ししてきたんだ、お前宛だよ。読むぞ
『貴官の絶妙なる射撃にてメインディッシュを食べ損ねた厳重に抗議する、
尚奴らのメインデッシュにされなかった事を心より感謝する。』
だとさ、あいつ等全く素直じゃないな」そういって笑うCIC員。
「ああ全くだ」砲撃の手を休めず答える坂上に対し田村が声を掛ける。
「坂上、あいつ等なりの最大級の感謝の言葉だ、素直に受け取っておけ。」
「・・・・了解です、少尉。」
BETAを倒すことしか考えなかった自分の行為が感謝に値すると言われて坂上は戸惑っていた。
(俺の出来る事は復讐だけではないということか・・)
「素直じゃないのは坂上さんの方でしょ、レーザー警報!SWS15-12-06、距離80」
「了解、1番、2番 三式弾装填・・撃て! 初音、お前がそれを言うか?舞鶴に帰ったら俺のどこが素直
じゃないかよ~く説明してもらおうじゃないか」
いつもの調子の軽口の応酬が始まった。
しかし彼等の目はモニターから離れず、手は決して止まらない、適確に目標を識別し緒元を入力、
弾種を指定して、砲弾をBETAに叩き込む。
(口と手があれだけ同時に動くとは器用なもんだ。とはいってもそれを感心する訳にも行かんしな。)
「お前ら戦闘中に俺の目の前でいちゃつくとはいい度胸だ、帰ったら腕立て伏せ100回だな」
「えー少尉、困ります。これ以上腕に筋肉を付けたら男に間違われます」
「安心しろ初音、誰もお前を見て"女”とは間違えやしないさ。」
「ありがとうございますって、あれ?、ちょっとそれひどいです、坂上さん。」
さりげなく冗談で返す坂上に対し、途中で気づき、抗議しながらも微笑む初音。
(始めはどうなることかと思ったが、これだけ軽口が出ると言うことはリラックスしてきたということか。
それに"帰ったら”か、そうとも、必ず連れて帰ってやるさ)
田村は内心の思いは顔に出さず、さらに怒鳴った。「二人とも腕立追加100だ。」
「信濃」CIC室
真野湾突入から既に20分が経過した。
被害は決して少なくないが『信濃』以下三隻は今だ健在だった。
「艦長、もう直ぐ香月副指令との約束の時間です。撤退の指示を御願いします。」
「駄目だ、航海長、今ここから動くわけには行かない」
安部の意外な言葉にCIC室が静まり返った。
「艦長、本艦だけではありません、戦隊全体の耐久値が危険な状況です、一刻の猶予もありません。
私からも撤退を進言します。」
野村副長も重ねて進言するが安部はそれに答えず
「通信長、全隊放送の準備を頼む」
安部はマイクを受け取ると語りだした。
「こちら『信濃』艦長安部だ、第二戦隊各員に告げる、諸君らの奮闘により当初の目的は達成しつつある。
今だから言おう、この戦闘の真の目的は先程ハイブを破壊した新兵器、その心臓部の回収を援護することにあった。
この戦いは帝国のみならず全人類の希望を守るものだったのだ。
だが今、雪ヶ浜において撤退を待つW部隊将兵が居る。彼ら陸の戦力こそ来るべき大陸反攻において件の新兵器を
護衛する人類反撃の尖兵だ。残念ながら我々にその力がない。だからこそ、今ここで彼らを失うわけにはいかないのだ。
これより第二戦隊はW部隊撤収の直援任務に移行する。だが戦隊各艦の状況で今後の戦闘継続は極めて危険で
生還を期すものではない。指揮官として諸君らにこのような"必死”の作戦を強要する事は出来ない。
只今より退艦希望者を募る。諸君らは充分に義務を果たした、この退艦は決して恥じる事ではない。
今ここで艦を降りる者にも、今後の海軍の礎を築くという重責がある。
各艦の退艦希望者は至急後部短艇格納庫に集合せよ、以上だ。」
安部はマイクを切るとCIC室を見渡した。
「幹部の諸君、君らには済まないが私と一緒に九段まで付き合ってくれないか。」
そういって頭を下げる安部に対し、野村副長は全く動じず
「艦長、お顔をお上げください。殿は武人の誉れ、第二戦隊の最後の一花、派手に咲かせましょう。」
「副長の仰るとおりです、艦長。それに今ここで退いたら先に逝った同期の連中に大きな顔できませんし。」
航海長の言葉にCIC室に期せずして笑いが起きる。
安部には彼らに掛ける言葉が無かった。
「・・・諸君ありがとう。 航海長、至急退艦希望者の取りまとめを頼む。」
「了解しました。ですが、強要しない限り退艦者はいないでしょうな。」
「信濃」射撃指揮所
「坂上、初音よくやってくれた。お前たちは艦を降りろ、あとは俺たち年寄りだけで充分だ。」
「この寒空で海に放り出されるのはどうも。俺、九州育ちなんで寒がりなんですよ。」
「九州って佐世保じゃないですか、冬は寒いし雪も降るって言ってませんでした?」
「そういうお前はどうなんだ?」
「私ですか? 残ります。すみません、今まで隠してましたけど、実は私、金づちなんです。」
「嘘つけ、犬掻きが得意って言ってたじゃないか、第一泳げないでどうやって海軍の訓練校卒業できるんだよ。」
「いい加減にしろ、時間が無いんだ。」
普段と変わらぬやり取りに声を荒げる田村。
「・・・本気ですよ少尉」
表情を改めた坂上は海岸を指さす。
「艦長の言葉を聞いて、何をすべきかやっと判ったんです。あそこにはまだ援護を必要としている戦友がいる。
彼らもまた人類反撃の希望です。俺たちなら出来る、いや俺たちにしか出来ない、ならやるべきです。 そうだな初音」
坂上は初音を見た。
小さく頷く初音。
「そうですよ、それに死ぬと決まった訳じゃないんですから。あと少しで撤退完了なんでしょう?
少尉も坂上さんと一緒に舞鶴に帰りましょう。」
いつものように微笑む初音
だが田村は初音の手が微かに震えているのに気づいた。
その"あと少し"が今の第二戦隊にとっていかに長いのか判らぬ筈が無い。
田村は若い彼らにこのような決意を求める事になった自分達大人の不甲斐無さを呪った。
だが彼らの決意を無にすることもまた出来無かった。
「お前ら・・・好きにしろ」
「「了解!!」」
『信濃』CIC室
「本艦各部署ならびに美濃、加賀からも返信がありました。退艦希望者は1人としていませんでした。」
航海長の報告に安部はしばし瞑目し再びマイクを握った。
「諸君、共に戦えたことを誇りに思う。しばしの別れだ、先に逝った戦友たちの待つ九段でまた会おう。」
旗艦「最上」の小沢提督より目標が海上に到達したとの通信が入ったのはその直後だった。
佐渡島 雪が浜 近郊
撤収作業は重装備を放棄という小澤提督の決断により急速に終了しつつあった。
BETA群は突然SWエリアより南下を始め、艦砲射撃の音も段々戦場より遠ざかりつつある。
(果たして我々は勝ったのか、負けたのか?)
帝国第566戦術機甲連隊S(シエラ)大隊 氷室法子大尉は自問した。
(ハイブのモニュメントが破壊された光景をみた時、我々は勝利を確信した。
部下は勿論、私ですら高揚を抑える事は出来なかった。しかしその歓喜は長くは続かなかった。
モニュメントを破壊した新兵器の失探に予想外のBETA群の出現、そして不可解な撤退命令。
事前に想定された行動だというが、HQは一体何を隠している?)
氷室が率いる大隊は既に撤収を開始している。警戒の為に数名の部下が残っているだけだ。
氷室は傍らの伊隅少尉の撃震を見た。
先の第二戦隊の突入で、統制を取り戻したW部隊司令部により部隊再編を受け、臨時に氷室の指揮下に入っていた。
聞けば今日が初陣だという。初の実戦、そして仲間の死。気丈に振舞ってはいるがもう限界だろう。
だが『死の8分間』を乗り越え、この激戦を生き抜いたのだ。いい衛士になれる筈だ、ならば・・
「殿下の斯衛部隊も後退される。あと1個師団、彼らが乗船したら撤退完了だ。
伊隅少尉、ここはもう充分だ、母艦へ後退しろ」
「まだやれます。最後までやらせてください」
「お前は帝国と陸軍に対し充分に義務を果たした、後は衛士の義務を果たせ」
「衛士の義務・・ですか?」
「仲間がいかに戦ったか、それを伝えられるのはお前だけだろう?」
「!?・・・了解しました、これより撤収します。大尉、御武運を」
(さてあと20分、ここを守りきれれば撤収は完了する・・)
伊隅少尉の撃震の撤収を見送りながら氷室は思考を巡らせる。
既に氷室の「吹雪」の振動センサーは新たに接近する連隊規模のBETA群の振動を捉えていた。
ここから海岸までは切通しの一本道になっている。効率を優先するのBETAの行動パターンだ。
迂回などしない、損害を気にせず物量で押してくるに違いない。
振動パターンから判断すると、幸いな事に突撃級や要塞級はいないようだ。
機体の状況を確認する、推進剤の残量は撤収には充分だ。
問題は武器だ、今から為すべき事を考えると突撃砲の残弾は心もとない。
使用可能な武器がないか、周辺の検索を開始する。
直ぐにIFFに反応があった、「吹雪」が単機でNOEで接近してきている。
呆れた事に武器や弾薬を運用規定以上に保持させている、あれでバランスを崩さないとは相応の腕の持ち主だ。
こちらから呼びかける前に先方から通信が入った。
「どうやらパーティーには間に合ったようですね。参加させてもらいますよ。」
快活な声はS大隊の副隊長 櫻木忠利中尉、かつて氷室が所属していた教導隊以来の腐れ縁だ。
「お前に招待状を出した覚えは無いぞ中尉、撤収の指揮はどうした」
「押川大尉に頼みました、律儀な人です。教導隊のときの貸しを覚えていてくれました。」
かつて押川大尉は、自らの新設部隊の初陣の前に、直訴同様に訓練を申し込んできた。
『部下たちに生き残る自信を持たせたい。』
その熱意に負けて訓練日程に便宜を図った覚えがある。
氷室はあえて彼らを完膚なきまでに叩きのめした、これに比べればBETAと戦う方がましという位に・・
氷室の意図を汲んだ押川大尉の感謝を思い出し苦笑した。
部下思いの彼なら間違いなく私の部下達も無事に連れ帰ってくれるだろう。
「まあいい、志願して残った以上、それ相応の働きはしてもらうぞ中尉」
「お手軟らかに、大尉」 おどけて敬礼をする櫻木
管制ユニット内に警告音が鳴り響く、もう直ぐBETAを視認できる距離だ。
櫻木は持参した突撃砲の弾倉を氷室の「吹雪」に渡しながら軽口を叩いた
「BETAの連中め、俺たちを海に追い落としたんで、もう勝った気でいますね。」
「なら奴等に本当の戦争を教育してやるか」 そう真顔で答える氷室
ミハイル・ヴィットマン、独逸第三帝国の鋼鉄の騎士
ティーガー単騎で英国機甲旅団を壊滅させた伝説のタンクエース、
その伝説の戦い"ヴィレル・ボカージュ”での台詞を、期せずして引用し合い思わず笑う二人
「なるほどヴィットマンか、このノリ、まるで教導隊みたいだな。これでまりもがいたら
俺達Drunkers(D分隊)の復活だ。」
砕けた口調の櫻木、人目がないときの彼らの会話は教導隊時代から全く変わらない。
「その話はあと、来たわ。 接近戦での手数はあなたの方が多い、
私が後方から掃射、撃ちもらしたBETAはあなたが薙払う、どう?」
「よし、それでいこう」
櫻木は答えると抱えてきた長刀を大地に突き立てた。
「レディーファーストだ、お先にどうぞ」
「あら、エスコートしてくれないんだ、ならしっかり私のリズムについてきなさい!」
氷室は「吹雪」の両腕の突撃砲、さらに背部補助腕の突撃砲を前方に展開し射撃を開始した。
合計4門の36㎜砲が火を噴き、吹雪は激しい発射炎に照らされ真白に染まった
教導隊時代、その鋭さから対抗部隊から"氷柱(つらら)”と呼ばれた正確に急所を打ち抜く射撃。
いかに頑強なBETAとはいえ生命体だ、脳髄を破壊されれば活動を停止する。
濁流のようなBETAの侵攻が、堤防にせき止められるようにその勢いを失った。
「舞踏会だと聞いたんだがな、エイトビートでワルツはないだろう?」
櫻木は軽口を叩くと、回避プログラムを手動に切り替え、躊躇無くその群れの中に踏み込んだ。
無造作に飲み込まれたかのように見えた櫻木の「吹雪」、しかしBETAの攻撃は届かず紙一重でかわし続けている。
それは絶妙な間合いを手動で補正して初めて可能な手練れの芸当、
流れるように移動し決して立ち止まらない。乱戦時に迂闊に跳躍すれば光線級に狙われる。
ならばあえて群れの中に身を投じ照射を封じる。
大陸の戦いで身に付けた櫻木の戦術機動だ。
櫻木の「吹雪」の装備は増加装甲を待たず右手に長刀、左手に短刀というスタイルだ。
無力化することを主眼とした斬撃は戦車級の足を、要撃級の腕を次々と切り飛ばした。
防御は短刀を使って攻撃を受け流し、懐に飛び込んでくる小型種の止めを刺す。
長刀の切れ味が落ちれば躊躇なくその長刀を捨て、突き刺してあった別の長刀に持ち替えた。
長刀を振るうたびにBETAの体液が飛沫となって、まるで桜の花びらの様に機体を染め上げる、
剣舞を舞うが如き櫻木の戦術機動は故に"桜吹雪”と呼ばれていた。
「さすがに斯衛のように一刀両断とはいかないね、まっ元々練習機だ、機動性は申し分ないがパワー不足かな?
それにしても氷室、相変わらず"氷柱(つらら)”は鋭いな、"雪の女王”の名は伊達じゃない、
書類仕事で腕が鈍ってないかと心配してたんだぜ」
「懐かしい名前ね、いまじゃその名を呼ぶのはあなたとまりもだけ・・そういう"チェリー”も"桜吹雪”健在じゃない」
懐かしさからか、微笑を浮かべる氷室。それは、普段"氷女”と呼ばれる彼女からは想像できない、
"仲間”だけに向けられた雪を溶かすような微笑だった。
しかしそう呼ばれた櫻木の方は嬉しくなさそうだ。"チェリー”とは忠利(ただとし)を音読した
"ちゅうり”からついたTACネームだが初対面の者から絶えずその由来を誤解され続けたからだ。
「その名は勘弁してくれ、もうこの歳でチェリーボーイはないだろう」思わず懇願する櫻木
戦闘開始から10分、大地はBETAの身体で埋め尽くされた、その大半は息絶えていた。
未だに蠢くBETAもいるが、五体満足な個体は一つとしてなく放置しても脅威とならないだろう。
無尽蔵に続くかに見えたBETAの出現も散発的になっている。
「氷室、これで長刀はオーダーストップだ、砲弾の方はどうだ」
櫻木が磨耗した長刀で戦車級を地面に釘刺しにした、最後の長刀を地面から引き抜く。
「こちらもそろそろ看板よ、潮時かしら。」
氷室も残弾を考慮し先程から点射に切り替えている。
「じゃあそろそろ閉店時間かな、店仕舞いと致しますか」
櫻木に促されたその時、氷室の「吹雪」のセンサーが再び振動を捕らえた
「ちょっと待って・・・この反応はBETA?今度は・・師団クラス!」
「勘弁してくれよ、今さら師団クラスのBETA群だって。今、海岸に突っ込まれたら撤収中の連中全滅するぞ。」
「いまさら補給する暇はなさそうね。先に撤収した部隊を呼び戻したら推進剤不足で母艦に戻れない。
私たちで何とかするしかないわ。櫻木も何か使えるものがないか周囲を検索して。」
「そうはいってもここに来る時目ぼしい物回収しながら来たからな、果たして・・おい、あんなコンテナあったか?」
櫻木が焼け焦げたコンテナに近づき、表面に刻まれたコードをリーダーに読み取らせる。
「げっ、S-11だ、坑道破壊用か。こいつを起爆できれば足止めどころかBETA共全滅だ!コンテナは開きそうか?」
剣呑どころではない代物だ、コンテナの開放は一定以上の権限コードが必要だった。
「駄目、どうやら光線級に迎撃されて認証回路が焼き切れてる。それで今迄IFFに反応しなかったのね」
「よく爆発しなかったもんだ、それで降下兵団もここに放置したんだな。狙撃して起爆できないか?」
「爆発物の軌道降下に耐える特殊コンテナよ、120㎜なんて豆鉄砲。零距離で撃たなきゃ無理ね。
・・・・櫻木中尉、巻き込んですまなかった。 命令だ、早く撤収しろ」
「おい、そりゃないぜ。そんな命令聞けるもんか!・・待てよ、文句なしの大砲があそこにあるじゃないか!」
櫻木の視線の先には『信濃』がいた。
「信濃」CIC室
今海戦で最も激しい衝撃が信濃を襲った。
床下から突き上げるような衝撃で立っていた者は一人残らず床に叩きつけられた。
一瞬CIC室の電源が赤色の非常灯に切り替わるがすぐに復旧する。
「被害状況知らせ!」
「前部弾薬庫緊急注水、急げ!」
「前部兵員室火災発生、自動消火作動せず」
「衛生長、CICにも衛生兵を寄越してくれ」
安部は頭から血を流しているCIC員を抱き起こしながら命じる。
覚悟していたとは言え次々と入る被害報告に安部の顔色もさえない。
これまで信濃を光線級の照射から守ってきた舷側の自動砲塔群。
損傷が激しかった右舷側に続いて残存していた左舷側も全滅したのが痛恨だった。
ALMによる照射回避も実施したが弾数にも限度がある、防御の綻びを突くように
断続的に光線級の照射を 受けるようになった。
光線級の絶対数が減少しているのがせめてもの救いだったがとうとう重要防御区画
である弾薬庫に損傷が及んだのだ。
「前部弾薬庫注水完了、殆ど残弾がなかったのは幸いでしたな」
溜息まじりに応急長が報告する。
「これで前部砲塔は全て使用不能、残るは後部の3番主砲と2番副砲のみです。
艦長、本艦の戦闘力は30%以下を切りました。」
応急長に続いて野村副長が申し訳なさそうに報告する。
「副長、本艦の被害はましな方だ、君の責任ではない。
最も被害の大きい『美濃』に『加賀』を護衛につけ下がらせよう、本艦が最後の揚陸艦と
共に脱出する」
『美濃』は既に艦首と艦橋に直撃を受けている、浮いてる方が不思議な状態だ。
『加賀』は既に砲弾が欠乏し戦力的には『美濃』と大差ない。
ただBETA群の進路が先程から謎の南下を続けている為、雪ヶ浜は小康状態を保っている。
(どうやら生き延びたか、九段に行くのはまだ先か・・)
安部の黙考を破ったのは通信士の声だった。
「艦長、砲撃支援要請です、緊急との事で直接本艦を呼び出しています、如何しますか?」
「通信士、艦長は手が離せない、私が出よう。」
野村副長が通信を代わったが、話を聞くなり声をあげた。
「艦砲で弾薬コンテナを撃てだと、狙撃手じゃあるまいし無茶言うな」
その声にCIC中が振り向いた。
566連隊S大隊長を名乗る衛士からの通信内容は「信濃」CIC室に蜂の巣を突いた様な
喧騒をもたらした。
前部砲塔群が使えない現在、いまの信濃の火力で師団規模のBETA群を殲滅することは
不可能だ。
だが彼らがいう"コンテナの狙撃"が果たして可能なのか?
現在信濃に積んでいる砲弾は対地用の榴弾だ、その近接信管と触発信管ではたとえ
コンテナに直撃したとしても表面で炸裂するだけで隔壁は打ちぬけない。
議論は堂々巡りに陥り、何よりも貴重な時間が浪費されていった。
射撃指揮所より田村がCICの議論に割り込んできた。
「副長、意見よろしいでしょうか、”演習弾”の使用を具申いたします。」
「駄目だ、あれは徹甲弾だ、直撃しないと信管は作動しない。
いかに君と言えども誘導装置もないのにあんな小さな標的に当る筈がない。」
田村に反論する野村副長の様子に安部は疑問を抱いた。
「副長、どういう意味だ?私にもわかる様に説明してくれないか。」
訝しげに問う安部。
「申しわけありません、艦長。 実は本艦にはまだ員数外の砲弾があります。演習用機材
として登録されてますが1式徹甲弾が9発、各主砲に対し3発ずつ搭載されています。」
「員数外の砲弾?隠匿していたというのか、一体いうことだ」
「それは・・・」
安部艦長の問いに答えに窮した野村副長に代わり田村が答えた。
「艦長、それは大砲屋の誇りの為です。本来戦艦は国家の命運をかけた決戦兵器でした。
しかしBETA大戦後、戦艦は後方支援の為の移動砲台と成り下がりました。
勿論任務に貴賎などありませんが、士気の低下は否めませんでした。
いざとなれば敵艦の腹を食い破る牙を持つ、それが我等の矜持となる。
代々の『信濃』砲術科員によってこの隠匿は行なわれてきました。
ですがこの戦でBETAと直接戦い、我々は再びその誇りを取り戻しました。」
安部は険しい顔で黙って聞いていた、誰も口を挟めない。
CICに田村の声が響く。
「砲弾隠匿の責任は砲術科最先任である私にあります、如何なる処分も受けます。
しかし『徹甲弾』の使用こそ、この危機に対するもっとも有効な手段と愚考致します。
御願いです艦長。この友軍の危機に、今撃たずして何時撃つというのですか」
「『信濃』聞こえますか。」
氷室の声にも普段なら見せることのない焦りが感じられる。
「BETAが通過してからでは意味がありません、『信濃』が対応できないのでしたら
私が突撃砲による零距離射撃を実施します」
言葉の意味を理解したCICの空気が固まった。
「早く!大尉は本気なんだよ」
櫻木が回線に割り込む。
「黙れ中尉、部下の失言申し訳ありません、しかし『信濃』には早急なる回答を求めます」
数瞬の沈黙のあと安部は決断した。
「徹甲弾の件は聞かなかったことにする。副長、至急砲撃準備だ、目標弾薬コンテナ、
弾種"演習弾”やれるな?」
安部の言外の意味を汲み取った野村は感謝しつつ命令を伝える。
「!・・了解です艦長。三番砲塔、至急射撃準備、射撃指揮所、田村少尉頼んだぞ」
先程とはうって変わって苦しげな声で田村は告げた
「坂上、主砲の引き金はお前に預ける。」
息を呑む坂上に田村は続ける。
「どうやらさっきの爆発の衝撃で肩をやったらしい・・精密射撃は無理だ。」
BETA相手ならどんな小さな標的も当てる自信はある。
だが一個師団といえば4000名以上だ。
その運命を委ねられた一弾、そんな射撃を自分が出来るのか、自信がなかった。
「しかし俺には・・・」躊躇する坂上に田村は静かに語りかけた。
「以前、俺はお前には射手として決定的に足りないものがある、その答えは自分で
見つけろといったよな。 その答えはな、"平常心”だよ。
お前は復讐心の為、標的であるBETAに過剰な敵意を持っている。
その心は焦りを生み微妙な射撃のタイミングを狂わせてきたんだ。
だがな、人の心は復讐だけで生きていけるほど強くないんだ。
深呼吸して落ち着いて回りをよく見ろ。
そうすれば今迄見えないものも見えてくるだろ」
坂上は指揮所内を思わず見回した。
微笑みながら頷く初音の姿に自然と心が落ち着いた。
「お前には支える仲間がいる。守るべき戦友がいる。
この一弾は敵を倒す為じゃない、多くの命を救う為だ。
さっきのお前の言葉を聞いて確信したよ、今のお前ならできる」
彼らの会話を聞いていた安部が告げた。
「艦長だ。坂上一等兵曹、『信濃』主任射手に任ずる。彼奴らに海軍砲術の真髄を見せてやれ!」
「・・・了解です、艦長。 謹んで拝命致します。」
「こちら『信濃』、使用出来るのは後部3番砲塔の3発のみです。
先程の爆発で照準が狂っている可能性があるので最初の2発は修正弾とします。
弾着観測を宜しくお願いします。」
坂上は初めて座る主射手席から観測手を呼びかけた。
「こちら"雪の女王”了解した。砲撃のタイミングはこちらで指示する」
無理を通した『信濃』の為にも記録は残せない、"雪の女王”もはや限られた者しか
知らない二つ名を使うことで氷室はそれに答えた。
三番主砲長の報告が入る。
「三番砲塔"演習弾”装填完了、射撃準備よし。坂上、この弾は砲術科の"魂"だ、後はまかせたぞ」
「了解」
最大望遠でもモニター内のコンテナは小さく、少しでも気を抜くと、赤茶けた佐渡ヶ島
の大地に溶けこみ見失う。
しかし間違いなくここに標的は存在している、その"存在”そのものを感じとり狙うしかない。
「"見えないものを見ろ”か・・」
もはや禅問答だが、今ならわかるような気がした。
突撃級を先頭に師団規模のBETA群が土煙を上げてコンテナの有効爆発圏内に接近する。
「BETA群コンテナに接近、後500だ・・・・カウント10でいくぞ
・・10・・・5・ 4・ 3・ 2・ 1撃て!」
引き金を引く、一瞬の閃光の後、轟音と衝撃が指揮所まで襲う。
コンテナまで距離5千、秒速780mの徹甲弾だと着弾まで僅か6秒強だ。
氷室の上空を急行列車のような轟音と共に通過、次の瞬間コンテナの周辺に土煙が上がった
「初弾着弾、方位よし距離+50」
氷室がセンサーを読み取る。戦艦と
戦術機にデータリンクがない以上口頭で伝えるしかない。
「了解」
坂上の修正で僅かに主砲の仰角が上がる。
2弾目発射、3連装砲塔の中央砲が火を吹く
「2弾目着弾 距離-20修正だ、大丈夫か」
「問題ありません、次で決めます。」
外れる訳がない、坂上には確信があった。
坂上は"最後の一弾”の引き金を静かに引いた。
帝国連合艦隊第二戦隊『信濃』以下三隻、被害甚大なれど全艦健在
西部方面隊ウイスキ-部隊は総戦力の60%以上を失うも撤収に成功
その十数分後、佐渡ヶ島は、その名を冠したハイブ諸共、地上から姿を消した。
2002年 2月某日
舞鶴鎮守府 海軍病院
田村少尉の傷は以外に重く、帰港後直ちに手術入院となった。
坂上が田村を見舞いに訪れることが出来たのは様々な懸案に目処がついた
2月初旬のことだった。
田村は黙って坂上に珈琲を勧めた、海軍独特の塩を利かせた珈琲だ。
礼を言った坂上が、口をつけた所で田村が切り出す。
「艦を降りるんだってな?」
「ご存知でしたか?」
やはり『信濃』の最古参に隠し事は無理なようだ、認めるしかない。
ここは話の切掛が出来たとすべきだろう。
「ええ国連軍で衛士を目指します。今日はお別れの挨拶を兼ねて参りました。」
「よく許可がおりたな、上は反対しただろう。」
「仰るとおりですよ、陸軍は勿論、海兵隊への転属も認めないと大騒ぎになりましたが、
最後は安部艦長のご尽力で適正試験を受ける事が出来ました。
何でも百里にできる新設の訓練校だそうです。」
結局、海軍は砲弾の隠匿を不問とし、誰も処罰されなかった。
存在しない筈の徹甲弾による"最後の一弾”は戦闘詳報からも削除された。
しかし多くの将兵を救った坂上に対し、公式に感状を出すことが出来ない海軍は、
昇進と主任射手の席をもって報いようとした。
だが坂上は断った。
"復讐ではなく守るために撃つ”坂上は佐渡の経験から衛士になる道を選んだ。
しかし面子を潰された海軍は手を回し坂上の転属願いを尽く握り潰し、閑職に廻そうとした。
だが坂上はあきらめなかった。海軍省を始めあらゆる人事担当者に嘆願書を送り続けたのだ。
最後は真野湾海戦の英雄、安部艦長の口利きが決め手になった。
佐渡において知遇を得た国連軍横浜基地の香月副司令、彼女の「面白そうな子じゃない」
その一言が坂上の国連軍への転属を決めた。
「そうか、折角俺の後継者が出来たと思ってたんだがな、もうしばらく老骨に鞭打つとするか。」
「・・・すみません。」
「気にするな、砲術科の連中はなんと言ってた。」
「砲術長は怒ってました、お前の行為は海軍への裏切りだ、二度と海軍の門を潜れると思うなって」
「ガチガチの大砲屋だからなあの人は」
その光景が目に浮かぶようだ、田村は苦笑するしかない。
「初音は口も聞いてくれませんよ」
肩をすくめる坂上
「そりゃそうだろう、初音の奴、置いていかれたと思ったんだろ、お前に惚れてたからな」
「ぶぼっ」
田村の言葉に思わず珈琲をむせる。
「何だ気づいてなかったのか?まだまだ周りが見えてないなお前は、修行が足りんぞ。
大体なんで入院中の俺が退艦の話を知っていたと思う、初音に相談されたからだよ。
あいつ心配していたぞ、お前が砲術科で孤立するんじゃないかってな。」
「それで少尉はなんと答えたんですか」
恐る恐る尋ねる坂上。
「転属できるようなら黙って送り出してやれってな。
艦長が言われたよう今後の人類の反抗の尖兵は陸の戦力だ。いずれ戦艦という艦種は姿を消す、
お前のような人材を海軍に縛りつけるべきじゃない」
「それで初音はなんと?」
「さあな、それはお前が直接聞け、ただし俺から聞いたなんて言うな。
あいつはああ見えても結構繊細だからな。
真野湾で退艦命令が出たとき何故初音が残ったと思う。
最後の時までお前といたかったからだろ。
お前も初音の事をそういう風にみていると思ってたんだがな?
だからあれだけ緊張していたのに最後の一弾を撃った時"平常心”でいられたんじゃないか?
オヤジの俺が気づいてたのに当の本人が全く気づかんとはな。
初音の気持ちに応えるかどうかはお前次第だ、俺からは何とも言えん。だがいいか、初音の奴
そこまでお前の事を想ってくれているんだ、艦を降りる前に必ず答を出してやれ」
俺は本当に初音の想いに気づかなかったのか? いや違う、
かつて愛しいもの、守りたいものを失った佐世保での体験が怯えとなり、
無意識の内にその気持ちに向き合うことを拒んでいたのだ。
「人間も艦も一緒だ、帰る母港がなけりゃな、俺も退役すればそのまま舞鶴に住むつもりだ。
お前さえ良ければいつでも此処に帰ってこい。初音のことなら心配するな、俺が面倒みてやるさ。」
「少尉・・ありがとうございます。そして初音の事よろしくお願いします。」
坂上は胸の中で初音に詫びた。
(ありがとう初音。国連軍に行く俺だ、今お前の想いに応えられない。だが必ず舞鶴に戻る、
そのとき・・)
田村は頷き続けた。
「お前が復讐にこだわっていた理由は、昔自分が救えなかった命への負い目があるんだろ?」
父や母、妹の、そして佐世保時代の仲間の顔が浮かぶ、坂上は素直に頷いた。
「残念ながら全ての人を救うのは無理だ、お前が全てを背負い込む事はない。
だからこそ手が届く範囲は最善を尽くす、今はそれでいいじゃないか。
俺達の手は射程4万2千m、およそ並の人間より手が長いんだ。それだけ多くの人を守れるだろ?
今後の戦場は大陸だ、陸に上れない俺たちに代わって、お前のその腕で戦友を守ってやれ」
もはや坂上に返す言葉はなかった。他人と距離を置き深く交わろうとしなかった自分を
こうも理解し見守っていてくれた人達がいたのだ。
「大砲屋でも46センチ砲を撃てた射手は世界で何人といまい。
たった一度きりとは言えお前もその一人だ。 胸を張って行って来い、
何処に行こうとも46センチ倶楽部の一員だという誇りをわすれるな。」
坂上は黙って頷いた。今口を開けば嗚咽を抑える自信がなかった。
2002年 7月某日
帝国海軍館山砲術学校 射撃演習場
国内で長射程の大口径砲を試射しようとすれば海に向かって撃つしかない。
指定された場所は海軍砲術学校の射撃演習場、坂上は3年ぶりの母校の門をくぐった。
海に面した射座には高等練習戦術機『吹雪』が片膝をつく姿勢で駐機している。
炎天下で待たされている身としては戦術機の作り出す日陰はありがたかった。
傍らには今回試射するPZH2000榴弾砲が設置され、周囲に警備兵が気だるげに
立ち尽くしている。
強化装備を着用し射座で待機するよう命じられ既に一時間が経つが、試射が始まる様子がない。
なにやら本部のテントでは技術廠とメーカーの技術者がもめているようだ。
遠くから聞こえてくる話を聞くと、こういう事らしい。
この榴弾砲は砲身を輸入し技術廠の仕様に基づき戦術機用に艤装された。
技術廠曰く、『河崎重工が勝手に仕様書にない艤装をした。』
河崎重工曰く、『これは全く仕様書どおり。』
仕様書は百里基地に出向中の河崎重工の戦術機部門の責任者にチェックの為送ったという。
どうやらその際に独断で書き直されたらしい。
その百里基地から来たという事で自分への視線が何だか痛いような気がしたが気づかない
振りをする。
(あの"大先生”のことだ、嬉々としてやったんだろうな・・)
河崎重工から百里基地に出向している技術者、大嶋 秀の顔を思い浮かべた。
日吉に聞いた話ではあの"横浜”の息がかかっているらしい。
変わり者が多いとされる百里基地の中でさえ変わり者とみなされているから推して知るべし。
『目的の為に手段を選ばず』どころか『手段の為に目的を創造する』ような技術馬鹿、
決して嫌いではない。
だが傍から見てる分にはいいが当事者として巻き込まれる方はたまらない
問題の砲の原型は自走榴弾砲の筈だが全くその原型を留めていない。
戦場において戦術機単独での運用を考えているのか対物ライフルに似たレイアウトで
まとめられている。
口径155㎜ 砲身長8.05m 射程30km 陸上砲としては大口径といえるだろう。
しかし『信濃』で射手を勤めた坂上にとっては扱いなれた副砲のようなものだ。
暇をもてあました坂上が沖に目をやると今回の試射の標的が係留されていた。
標的艦の旧式戦艦『摂津』だ。既に上部構造物は砲弾に破壊されて残ってない。
訓練学校時代の思い出が甦る。
(そういえば一発外せば腕立て100回なんて事やったよな・・)
辛い訓練の記憶のはずだが、時の経過は郷愁へと変化させるようだ。
どうやら話が着いたらしい。坂上はこちらに向かってきた技術廠の将校達に気づき敬礼をした。
「お前が百里からきた射手か?訓練生風情をよこすとはどういうつもりだあの狸・・ 」
国連軍の坂上の海軍式の敬礼に訝りつつ技術将校がたずねた。
坂上に対し不満を隠そうとしない。
「おい訓練生、大口径砲の射撃経験はあるんだろうな?」
砲兵科の士官が馬鹿にしたように尋ねる。
田村の言葉がよみがえる。
坂上は誇りをもって答えた。
『46センチです。』
-了-
最終更新:2009年03月25日 22:35