最後の一弾
2002年 初夏 国連軍百里基地
301部隊 教官控え室
「氷室教官、坂上訓練生参りました。」
隙の無い坂上の敬礼、しかし氷室はある事に気づいた。
「その癖は直らんな、坂上。 未だに潮気が抜けないようだがここは帝国陸軍基地でもあるという事も忘れるな、
無用なトラブルを招くぞ」
大抵の国がそうであるように帝国でも陸軍と海軍は犬猿の仲だ。
坂上の敬礼は狭い艦内でぶつからないよう肘を畳む海軍式。
海兵団時代に、文字通り鉄拳で"叩き込まれた”習慣だけになかなか抜けない。
「申し訳ありません、以後気をつけます。」
慌てて敬礼し直す坂上だったが氷室は気にした風でなく
「まあいい、この度、帝国技術廠が開発中の
戦術機用の支援火砲が提供されることになった。
交換条件として評価試験を行う際に戦術機の派遣を求むという事だ。用兵者側の意見も聞きたいということらしい。
急な話だが明日の実射試験に参加してくれ。得物は155㎜砲だ、やれるな?」
坂上は困惑した。
自分の能力に自信がないわけではないが、どう考えても訓練生風情の任務ではない。
「了解しました。教官殿・・・ですが、ひとつ質問よろしいでしょうか」
「どうした。」
「何故、正規の衛士を差し置いて訓練生の自分なのでしょうか、射撃を得意とする衛士は当基地には他にもいると・・」
日頃、訓練生からアイスレディと畏怖される氷室だが、珍しく苦笑を浮かべている。
「お前の砲撃の腕をこの目で確かめたからだ。あの時の射手に此処で再会できるとは思わなかった。
佐渡ヶ島の"最後の一弾”だ。観測手の"雪の女王”を覚えているか?」
2001年12月23日
帝国海軍舞鶴鎮守府
第2戦隊戦艦「信濃」射撃指揮所
「各主砲、徹甲弾装填・・目標ニュージャージー撃ち方はじめ」
引き金を引く小さな音。
「何遊んでるんですか、田村少尉」
帝国海軍一等兵曹坂上史郎は主任射手席に座る無精髯の壮年士官に声を掛けた。
「いいか坂上、射撃手たる者は日々是精進、鍛錬を怠ってはならん。
沖を見てみろ、国連艦隊の到着だ。ニュージャージーにアイオワ、ミズーリときたか。何が国連軍だ、
舞鎮に米艦とはな。世が世なら逃がしはせんところだが。」
物騒な事をいうのは『信濃』の主任射手である田村 輝元 特務少尉、射撃の腕だけで2等水兵から
士官にまで登り詰めた叩き上げだ。
田村より年長の勤務者は『信濃』にも艦長以下数名もいない。
「少尉、妙な気をおこしても無駄だぞ、火力支援を任務とする『信濃』にもはや徹甲弾は存在しない。」
苦笑しながら答えるのは砲術長の野村中佐、『信濃』の副長にして坂上ら戦闘部門のトップである。
戦闘時は艦長と共にCICに詰める野村だ、出撃前の巡検として指揮所まで登って来たらしい。
「でも"公式”にはってことですよね?『演習弾』は降ろしてないんでしょ」
「おい、その話はやめとけ」
野村の後ろで坂上にこっそり耳打ちをするのはオペレーターの相田初音二等兵曹。
物怖じしない性格と優れた管制能力が買われて最近砲術学校より配属された。
今回が初の実戦だが、いつも微笑んでいて緊張知らずに見える。
あどけない外観とその性格から男所帯の砲術科にもすぐに打解けた。
最初に初音を見た坂上の印象は"尻尾をパタパタ振っている元気な子犬”だった。
坂上は人当たり良い方だ、だがその本心をさらすことはなかった。
相手が近づいてくると、どうしても自分から引いてしまう。
だが初音はその距離をあっさりと踏み込んできた。
最初坂上は自分の距離を守ろうとしたが、いつも無邪気な子犬のようについてくる初音の前に坂上は
負けを認めざるを得なかった。
今ではかわいい弟分?のようなものだ、彼女との会話はいつも軽口の応酬となる。
「知らないのか初音、今の言葉は『信濃』砲術科員が決して口にしてはいけない禁句だということを」
あと数年で除隊する年齢の田村にしてみれば初音は娘のようなもの、つい坂上の冗談に便乗する。
「そうだぞ初音、『演習弾』の件は絶対誰にも言うな。 あれは艦長もご存じない砲術科の切り札だ。
ばれるとしたら"火元”は新入りのお前だけだ、その時は"アレ”だ、判っているだろうな?」
「りょっ了解しました。少尉」
"アレ”とは死んだ方がマシという位の猛訓練を課すこと、昔はいざ知らず『信濃』においては体罰は禁じられている。
そんな暇があれば技量を磨くべきだという安部艦長の意向は『信濃』の新たな伝統になりつつあった。
田村の真剣な態度に直立不動で答える相田、その様子に坂上は思わず噴き出した。
「まぁ "演習弾”を使うような事にならないよう祈ってるよ、少尉」
野村副長も笑いをこらえている
信濃級1番艦『信濃』 改大和級として1944年に生を受け半世紀、世界最大最強の称号こそ紀伊級に譲ったとはいえ、
46センチ砲9門の威力はいまだ衰えることを知らない"女帝”の1人である。
対米戦をにらみ建造されたが、戦局に間に合わず終戦を迎える。
戦後の冷戦下、ソ連の極東南下への抑止力として温存されてたが、BETA大戦勃発後は海上からの後方支援
に従事している。
"彼女”は還暦を前にしていまだ敵と直接砲火を交えた経験がない"戦闘処女”だった。
坂上らの配置は「信濃」艦橋の最上部にある射撃指揮所。
これはBETA大戦の推移と関係がある。
航空機や誘導兵器の発達は戦艦を時代遅れのものとした。
ところがBETA大戦の勃発、そして光線級の出現が事態を一変した。
航空機は接近すら出来ず、ミサイル等の飛翔兵器の無力化された。
また光線級対策の為開発されたAL弾頭だが、使用時に発生する重金属雲はレーダーの精度を著しく阻害した。
これ等の要因が再び戦艦と光学照準の組合せを有効な手段としたのだ。
高い所の方が遠くまで見渡せる、それが彼らがこの場所に居る理由だった。
さすがに全てが往年のままではない、照準装置はデジタル化され、艦長は艦内のCICで戦闘指揮を取るようになった。
搭載火器の多くは自動化されレーダーや航空兵装も一新されている。
だがその独特のシルエットは建造時のままで、その優美な姿は海の"女帝”の名にふさわしい。
いよいよ2日後には国内に存在する最後のハイブ、帝国軍呼称甲21号目標の攻略作戦が発動する。
帝国の存亡がかかった本作戦には帝国海軍もその可動水上艦艇の殆んどが投入される事になる。
「大和級にミズーリ級、日米の主力艦の揃い踏みか、太平洋側の大半が集結してるだけあって壮観だな」
「作戦まであと2日です、いよいよ帝国からBETAを追い出すことが出来ますね。」
坂上の呟きに答える初音、作戦の成功を疑っていないようだ。
確かにこの光景を見れば無理もない。
「そうだな」
相槌を打つ坂上、しかしその胸中はそれほど単純ではなかった。
(帝国から全てのBETAを駆逐する。 それはいい、だがその先俺はどうしたらいい?)
そんな坂上達に田村少尉の檄が飛ぶ
「いいか、佐渡が陥落した日、海軍は何も出来なかった。今度は俺達が奴らを海に追い落とす番だ」
「「了解。」」
軍港の町、佐世保に生まれ育った坂上にとって海軍に入る事はごく当たり前の事だった。
当時はまだ戦火は遠い大陸での事、海の防人たる海軍に入って郷土を守る、その程度の気持ち
だった。
帝国にBETAが侵攻して来るあの日までは。
1998年夏、北九州から上陸したBETAはたちまち九州全島を蹂躙した。
当時、佐世保の海兵団に在籍し基礎過程を終えていた坂上たちは臨時の陸戦隊を編成し、一般市民の
避難誘導にあたった。
しかし予想以上のBETAの進行速度と物量の前に、所詮基礎訓練程度ではなす術もなく、文字通り
”喰い散らされた”。
海防艦に救助された彼らが復旧作業のため再び佐世保に戻った時、目にしたのは廃墟すらない瓦礫の山だった。
その光景は坂上が心のどこかで信じていた父や母、妹ら家族の生存の希望を完全に打ち砕いた。
明星作戦成功後、生残った水兵たちに再教育が始まった。坂上は進路を館山の砲術学校を選んだ。
水兵である坂上が直接BETAに復讐する為にはこの道しかなかった。
2001年12月25日 佐渡島 真野湾
ハイブモニュメント崩壊より14分後
「信濃」射撃指揮所
第二戦隊は真野湾に向け最大戦速で航行中だった。
既に残ったAL弾頭は撃ち尽くした、後は通常弾頭のみで戦うことになる。
幸いな事に現在のところ光線級による迎撃はまだない。
しかし重光線級の連続照射に対し、大和級譲りの耐熱対弾装甲とは言え、果たしていつまで持つか?
むしろ先手をとって光線級を殲滅すべしという方針が下された。
「大型種は俺に任せろ坂上、お前はともかく光線級だ、まず前線に浸透して来る小型種を焼払え。」
「初音、統制射撃の準備、各艦とのデータリンクを確認しろ。後方支援じゃない、本当の砲戦だ、
射手の腕に全てが掛かっているぞ」
「「了解」」
真野湾突入を前に、CICからの方針に従い次々と指示を出す田村少尉、既に先程のAL弾頭にて重金属雲が発生し、
レーダー射撃は著しく精度が落ちている。
いよいよ射撃指揮所による光学照準を中心とした統制射撃が始まろうとしていた。
統制射撃とは同一緒元で複数艦が集中砲撃を行うことであり、第二戦隊の場合、計27門の46センチ砲は
戦隊の先頭を航行する旗艦『信濃』の主任射手である田村の指に委ねられる事になる。
坂上が担当する『信濃』の二つの副砲塔、155㎜計6門。主砲の1/3の口径しかないが装填、旋回
速度ともに主砲より速く、俊敏で脆弱な表皮の小型種に対し最適の武装といえた。
(遂に奴等をこの手で叩く日が来た)
坂上の脳裏に家族や仲間の顔が浮かんでは消えた。
さすがに緊張知らずの初音も表情が硬いが緊張するのも無理はない。
作戦開始早々、W(ウイスキー)揚陸艦隊だけでも100隻近くの艦が、光線級の迎撃で沈められている。
気になった坂上は思わず声を掛けた。
「初音、お前がそんな様子だと他艦の連中まで不安になる。心配するな、いつもどおりにやればいい」
「坂上さんありがとうございます・・心配してくれるんですね」
本当にうれしそうな表情に初音に坂上は意外な一面を見たような気がした。
(初音の奴もこんな顔をするんだな)
「美濃と加賀の連中のな」
「折角感謝しているのに、素直じゃないですよ坂上さん。」
照れ隠しに冗談で返す坂上に初音はいつもの調子で切り替えす。
(しっかりしているようでもまだ子供だな)
田村はそんな二人のやり取りをきいて苦笑した
同時刻
「信濃」CIC室
安部の目に映る赤い大地にかつての緑の島の面影はない。しかし海の青さはあの日と同じだった。
(この海に眠る英霊達よ、あの日の雪辱を晴らすべく我々は帰ってきた)
佐渡がBETAの手に陥落したあの日も、安部は『信濃』と供にこの海にいた。
(あのハイブを砕いた超兵器こそ人類反攻の希望、そのメインコンピューター回収の為とはいえ
非常に危険な陽動作戦だ。全容を知らせる事は出来ないが、この任務の持つ意味を伝えねばなるまい。)
「艦長、各艦より入電、砲戦準備完了とのことです」
「航海長、例の信号旗を頼む」
『信濃』に掲揚されたその信号旗を確認した戦隊にどよめきが起きる。
安部はマイクを握ると、告げた。
「『Z旗』諸君らも知っての通りこの旗は帝国海軍において特別な意味を持つ。
第二戦隊各員に告げる、この一戦は帝国の、いや人類の興廃が掛かっている。
各員になお一層の奮励努力を期待する。」
一度言葉を切る
「我々は3年待ったのだ。今、その借りをかえす時が来た。 遠慮はいらん、彼奴等と存分に撃ち合い
戦艦乗りの本懐を果たせ・・・・・全艦一斉撃ち方はじめ」
戦艦1隻の火力は地上7個師団に相当する、合計21個師団分にあたる全ての火砲が火を噴く。
閃光、一瞬おいて襲い掛かる轟音と衝撃波、活火山の噴火に形容される情景が海上に出現する。
甲21号作戦における帝国海軍呼称『真野湾海戦』、その火蓋が切って落とされた。
同時刻
佐渡島 旧河原田一帯
作戦開始より既に数時間 西部方面隊W(ウィスキー)部隊は混乱を渦中にあった。
降下兵団に引き続きW部隊もハイブに突入、順調に作戦は推移していたはずだった。
だが、突然フェイズ4ハイブの統計値を超える大量のBETA群が地下より出現しそんな
楽観論を打ち砕いた。
さら今までW部隊を支援していた艦砲砲撃の要請が拒否された事が混乱に拍車をかけた。
自暴自棄になって吶喊を行う者、恐慌をきたし跳躍して逃げようとして光線級に灼かれる者。
「退くな、海兵隊魂はどうした、このラインを維持できないと前線が崩壊するぞ。」
「畜生、支援要請がなぜ通らないんだよ」
「知るかよ、俺たちの命より重要なモノがあるんだろ」
誰もが無秩序に無線に叫び、もはや誰が誰と話しているか判らない。
指揮系統は崩壊しつつあった。
そんな戦場の片隅にBETAに包囲され孤立した戦術機の一団があった。
前衛の突撃級は何とか回避したが小型種の浸透により退路を断たれている。
彼らは墜落したHSSTが作り出したクレータ-に潜んでいたが蹂躙されるのは時間の問題だった。
所属部隊が全滅し、再編の為後方へ下がろうとした伊隅あきら少尉もその包囲の中にいた。
「俺が援護する。ガンパレード(全機抜刀・全機突撃)だ。俺の砲撃を合図に、一気に囲みを破って脱出しろ。」
この場での最先任ということで指揮を執る海兵隊大尉の指示は自分の生存を省みないものだった。
「でもそれじゃ大尉が取り残されます!」
伊隅の心配に大尉は一喝する。
「馬鹿野郎、海兵隊はな、決して戦友を置いては逃げないんだ、どのみち陸に上がったドン亀で突撃なんてな・・」
自嘲気味に笑う大尉、砲撃の着弾観測の為、海岸線から出て来た所でBETAの奔流に巻き込まれた。
彼の乗機の海神(わだつみ)は火力と重装甲による砲撃戦に特化しており機動力は無に等しい。
突撃砲の残弾も乏しく、支援砲撃も拒絶され、救援の望みが無い状況だ。
もはや血路をひらき、独力で後退するしかない。
しかし味方までの距離は余りにも遠く、たどり着ける可能性は限りなく低い。
(ごめん、みんなの分まで戦うつもりだったけど、どうも此処までみたい。
だけどせめて、あいつらだけでも倒さないと先に逝ったみんなに合わせる顔がないよね。)
一体でも多くのBETAを倒す、伊隅はそう覚悟を決めた。
原隊からはぐれ、その場に居合わせた様々な所属の様々な機種の戦術機が長刀を手に構える。
大尉の合図で突撃に掛かろうとしたそのとき、W部隊の全通信周波数帯に警告音が鳴り響いた。
「警告音!何っ?」
「馬鹿野郎、砲撃だ! 来るぞ、さっさと防御姿勢をとれ」
「はっ、はい」
彼らの上空でその砲弾は光線級に迎撃されたかに見えた。
だが砲弾はその刹那に空中で炸裂し大輪の花を咲かす、その無数の火の粉はBETAに降り注いだ。
三式弾、本来対空用に開発された焼夷弾である。対BETA用に調整された信管は光線級の予備照射を感知し作動、内蔵された1000個近くの焼夷弾子が迎撃不能な火の雨となって小型種の表皮を焼き尽くす。
やがて硝煙が晴れた時、彼らは見た、単縦陣で湾内に突入する三隻の戦艦を。
その姿は古の唄に歌われた"黒鉄の城"そのものだった。
「"浮べる城ぞ頼みなる”か、もっと速く来いってんだ馬鹿野郎!」
相変わらず文句を言う大尉も喜色を隠し切れない。
再び全通信周波数帯に通信が入る。
「W部隊の戦友諸君、お待たせした。我ら帝国海軍連合艦隊第二戦隊、これより参陣する。」
電波、音声を問わず、佐渡島の大気はありとあらゆる歓声で満たされた。
最終更新:2009年03月23日 23:16