待機モードに入り、激しく動いていたシミュレーターがゆっくりと待機位置に戻っていく。
その中には、訓練中一度も見せたことが無い、汗だくの氷室がいた。
新OS”XM3”を使い出してから今ので100時間前後。最初こそその過敏すぎる反応速度に面を食らったが、20時間も過ぎれば従来と同程度の動きはできていた。
この時点で大分慣れ、旧OSとの差を強く実感できてはいる。従来の教育を受けた衛士でも、この反応速度があれば今まで以上に戦線を維持できる核心がある。
だが、問題はその先だ。
確かに反応速度、動作入力の途中変更に対する融通、操作の簡略化は素晴らしい。今のままでも十分に使い物になる。
だが、氷室はこのOSの本領はもっと上にあると、強く感じていた。そして同時に、「今までの教え方では本領を引き出せない」という考えにも至っていた。
少なくとも、自分にはまだまだ可能性はあると信じてはいる。だが、このOSは自分の考える可能性のさらに上を行く力を秘めている。それが解るからこそ、氷室は焦っていた。
―――どう教えればその領域に行けるのか。
その指針すら見出せていないのだ。
既にXM3の概略説明書は諳んじれるほど読んだ。その上でシミュレーターでイメージの実践を行い、実機でも試した。
だが、それをすればするほど、そのOSの天井知らずを突きつけられ、教官としての自信を否応なしに削られていくのだった。
「こんな化け物みたいなOSを考えた奴はよほどの馬鹿か天才だな………」
正直なところ、従来の教育だけでも今まで以上の成績は叩きだせる。
だが、ここは新OSの性能を最大限に引き出すために作られた場所。”従来の成績”を凌駕できる程度の成績は、端から望まれていないのだ。
それを考えると、やはり教育方法の根本的な変更を考えざるを得ない。だが、その方法が未だ見出せない。
袋小路とは、まさにこのことを云うのだろうか…
『氷室教官』
不意に外部映像がホップアップし、同時に自分の名を呼ぶ声。カメラに映し出されたのは富樫の顔だ。
「何用かな富樫副教官、私は今忙しい」
『XM3の教育方法について悩むところがあるから…ですよね』
「解っているなら話は早い………できれば手伝って欲しいのだが」
『それはそれで楽しみなんですが………その前に、良い物が手に入ったので映像鑑賞会と洒落込んでみませんか?』
「映像…?」
一瞬怪訝そうな顔をするが、あまり覇気のない富樫とは言え彼も教官だ。こんな時間とは云え遊ぶような男ではない。
彼の云う映像鑑賞…教育方法を模索する実験を蹴ってまで見せたい物に、氷室も若干興味が沸いた。
「すぐに着替える。準備は任せても?」
『既に準備は整ってるので、来ていただければすぐにでも始められますよ』
強気ではなくとも物を教えることが出来る理由を、氷室は僅かに理解した。
掻いた汗を流し終え、ブリーフィング室に入るとすでにそこにはプロジェクターの用意を済ませた富樫がコーヒーモドキを飲んで待っていた。
「待たせた―――それで、見せたいと言うのは?」
富樫の横に設けられた席に座り、差し出されたコーヒーモドキを受け取る。
「先日、横浜から送られて来た荷物の中に我が訓練校宛のものがあったんです。で、中には一つの映像記録が入ってたわけなんですが………まぁ、口で説明するより見るのが一番手っ取り早いかと思います」
「梶原教官は呼んでいないのか?」
「自主訓練をしてる連中が無茶をしてないか見てくると云って、そのままグラウンドへ。なんだかんだで、面倒見は良いですから」
「なるほど………では、その映像を頼む」
そう云うと、富樫はプロジェクターに映像を映し出させる。
それは、XM3のトライアル中の映像だった。数機の撃震と、UNブルーの吹雪との対戦記録。
序盤に見せる吹雪の機動は自分がしている機動よりも機敏だった。とにかく動く。撃震のFCSに捕捉されないよう刹那の間も置かずに動き続ける。
推進剤など気にしない一見無駄が多い機動ではあるが、しっかりとした連続した動きから、これらが訓練で身に着けた経験を基にした物であることが伺えた。
中盤は動きに追従できない撃震が、システムの裏を突いた隠密行動が目立つ。それにより動きを制限された吹雪との睨み合いが続く。
そして終盤―――ここら流れが一変する。
繰り出される機動はどちらも目を見張る物がある。あの重い撃震でダンスを踊ってみせるのも見事だが、それに追従以上の動きをしてみせる吹雪もまた、見事としか云いようがなかった。
特に近距離での36mmを機動で回避してみせる06の動きは異常だ。どういう判断でそんな機動になるのか不思議な機動を何度も見せ付ける。一度突撃砲に被弾するが、即座にその突撃砲を破棄しつつ噴射跳躍。そのまま倒立反転しながら短刀装備、着地と同時に水平噴射跳躍で突撃―――そのまま撃破。
頭がイカレてる…どういう入力を行えばそんな動きができるのだろう…反転倒立中に武装を手放す入力なんて、普通考えない。しかもそこから繋がる機動………舌を巻くとはまさにこのことを云うのだろう。
最終的に、最後に撃ち漏らしていた撃震に追い立てられている内に味方誤射されつつ無力化………吹雪側の勝利で終わった。
「どちらが古参か、解りますか?」
「吹雪だろう?ここまで卓越した動きなんてそうは」
「撃震の方だそうです」
「な………に…?」
再度映像に食い入る。富樫の言葉が本当なのかどうかを。しかし、見れば見るほど、その言葉が自分をだますための冗談ではないのかという疑問を抱いてしまう。
「この吹雪で構成されたチームは、XM3の開発者が乗っているそうです。そして、これに乗っている全員が、前日に訓練校を出たばかりの、しかも乗り出してから一ヶ月も経っていない新米衛士ばかりだとも」
「それで、この結果か………初めて新OSを試した時以上の衝撃だ…そんなお子様が古参を良い様に弄ぶとはな…」
「それも驚きですが、問題はここからですね。アクロバットはさて置き、これだけの動きを訓練兵達に要求しなければならないのですから、まず我々がこれを再現できるようになりませんと」
肩を竦め、ついでに眉間にシワを寄せる。ほとほと困ったような、そんな顔だ。
今まで彼らが行ってきた予行練習が、ただ単に既存制御技術の延長上のものでしかない………そう痛感せざる得なかった。
しかも今度は次のステップが見えたものの、そのハードルがやたらと高い。
心情的には、氷室も富樫と同じだった。「なんてものを作ったんだ」と、口には出さなくても顔に出てくる。
そこまで考え至ったところで、ふと訓練兵の一人に変わった動きをする者が居たことを思い出した。
(………そういえば、アレもある意味アクロバットだな………正しく確認する必要があるかも知れない…)
全く同じという話ではない。だが、動きの連続性に関しては似たところがある―――少なくとも、氷室は感じた。
だが、確認はともかくとして、まずは自分がその域に近づかなければ…とも思い至った。
(手始めに、この動きを再現できるようにならなければな…)
「こんなものを見せたということは………当然、付き合ってもらえるんだろうな?」
氷のような表情が僅かに歪み、そう問う。
「勿論。喜んで付き合いますよ」
笑顔で富樫は答えた。
最終更新:2009年04月26日 17:20