今日の応馬タン!

今日の応馬タン!


「ハアッ…ハアッ…ハアッ…。ちっ!!なんで…なんでこんなことにッ!?」

代わり映えしない無機質な廊下。無限に続くかのような灰色の回廊。
階数を告げる数字はまるで自身への死の宣告のようで…彼は足を止めることは出来なかった。
止めればどうなるか、結果はわかっていたから。
背後から迫る死の恐怖に抗いながら彼は、久我 応馬は走っていた。

(なにがいけなかった?俺はどこで間違えた?)

答えの出ない自身への問いかけを続けながら、応馬はまたひとつ角を曲がる。
そこで敵に出くわせば即座に全てが終わる。
そんなギリギリの選択を彼はもう何度繰り返しただろう?
額に冷や汗が滲む。生死の境、極限の状況下でもなお応馬は生存への道を探し続けていた。

(状況は最悪…。生き残る道は…。駄目だッ思いつかねぇ!)

作戦は完璧のはずだった。敵の本拠地へ先んじて潜入し、情報を奪う。
後は敵が本拠地から去るのをじっと耐えればいいだけだった。
実にシンプルな作戦。遂行の障害は何もないはずだった。
さらには、まさか本拠地まで乗り込んでは来ないと思っているであろう敵の心理の裏を突く作戦でもあった。

しかし、作戦はあっという間に瓦解した。
今現在、彼我の戦力比は実に1対30にもなっている。
応馬に手持ちの武装は無い。そもそも俊敏性と隠密性を第一に考え、必要最低限の武装のみでの敵中突入だった。
さらに応馬を最悪の状況へと陥れている事態。それは生存している味方がいないことだった。
応馬と共にこの作戦へと参加した幾人かの新任衛士、そのほぼ全てが既に発見或いは包囲され帰らぬ人となっていた。

(ちくしょう!陽平の奴もKIAかよ!残ってるのは俺だけなのか…?)

帰らぬ人となった仲間へと一瞬だけ思いを馳せる。
なすすべも無く敵の圧倒的な物量に飲み込まれ、別れの言葉すら交わせなかった仲間達。

『応馬…これを…これを頼む!せめてこいつだけでも…。俺たちを…犬死させないでくれよ…』

『応………』

死の間際に手渡された物。それを握り締めながら応馬は走っていた。

(とにかく逃げるしかねぇ!この日のために作戦を練ってきたんだ、それを無駄にする訳には…)

応馬は周囲の様子を慎重に探る。遠くから銃声が聞こえてくる。
どこかの呑気な部隊が応馬の状態にも気づかず射撃訓練を行っているのか、それともまた誰か味方が――――――。

ピッ………ザザッッ……――――。
オープンに固定している無線から時折敵の声が聞こえてくる。

『HQより各員へ告ぐ。敵は現在、基地東を兵舎に向かって進行中。なんとしてもアレを奪われるな!いいか。これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない!』

『敵は残り一人。奴がアレを持っているのは間違いない。敵との物量差は歴然だ。敵を包囲殲滅しろ。兵器使用自由だ!』

応馬の無線から了解の斉唱が響く。
いつもは天使の歌声にも聞こえるその声は、今この状況下では悪魔の囁きにしか聞こえない。

「最後の一人…か。ふっ…。おもしれぇ…!」

だがこの状況、並み居る敵を前にして応馬は嗤う。
彼の衛士としてのプライドがそして何より、自身が握り締めている苦労に見合う価値がある情報が、その嗤みを生み出していた。

(いいぜ。指揮官としての状況判断…どっちが上か勝負だ!)

じわじわと追い詰められているのを感じている応馬だったが、その目はまだ死んでいなかった。
兵舎へと一直線に駆け抜ける。

(ッ!この曲がり角、右に曲がればすぐに兵舎だ。ここを曲がれば生き残れる!だが、どうする?安易に右に曲がっては敵に待ち伏せられているんじゃ?あえて左に曲がり、遠回りしてかく乱する?それともすでにどちらも敵に固められている?クッ…どうする?)

一瞬の思考の後、応馬は判断を下した。
「……男は黙って…最短ルート!久我 応馬、推してまい…グハッ……。バ、バカな…。いつの間に…」

どちらの曲がり角でもない、左斜め上という予想外の場所から後頭部に攻撃を受け、応馬の視界は暗転した。

「右か左。悩んだ時点であなたは負けてるのよ、久我 応馬!」

そこには応馬を打ち抜いた右足を静かに床に下ろし、カメラを踏みつけながら仁王立ちする、源 雫の姿があった。









応馬達が晴れて衛士となってから数日後、新しい強化装備の配布と戦場に出るための最終チェックをかねた身体検査が行われた。

応馬や坂口 陽平ら数人の新任衛士は検査会場の隣の部屋に忍び込みカメラを構えていた。
こんなことがバレれば当然営舎入りは免れないが、久我曰く「そこに女の裸があるから!」だそうだ。

綿密な計算の元、絶対にばれない自身と確信を持って望んだ本作戦だった。

しかし―――――――。

「あれ…?久我さん?それに皆さんも…。どうしたんですか?」
という都の無垢な一言によって、全てが一瞬で打ち砕かれた。

そこから、応馬の地獄が始まった。

応馬は、都の声と共に振り向いた女性陣のギラつく目を一生忘れないだろう。

しかし応馬は満足だった。
雫によって後頭部に蹴りをくらった瞬間の光景を目に焼き付けることが出来たのだから――――――。

最終更新:2009年05月10日 03:17
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