外伝の外伝第2話

【マブラブオルタネイティヴ~暁の空へ~ 横浜の空は青いか・2話】

『くっ!?なんだっていうんだアレはよぉ!』

『照準補正が追いつかない…だと………!?こっちだってXM3は積んでるのに…がぁ!』

≪アグレッサー05、動体中央管制部に被弾。損害甚大、機能停止≫

『F-22Aじゃねぇんだ、捕捉はできてる―――できてはいるのにっ!』

『なら1発でも当てろ!相手は1機だぞ!?12機もいる俺たちが一方―――』

≪アグレッサー11、動力部及び頭部に被弾。被害甚大、機能停止≫

『どうなってんだよぉ、あの動きは!?』

 12機存在しているストライク・イーグルは既に6機にまで削られていた。
 相手は1機。
 開始と同時に十字砲火を浴びせれば余裕だろう―――その考えは、目標が行う有り得ない機動の前に脆くも崩れ去った。
 まるで誘導弾のような異常とも云える加速。
 見たことも無い直角的な機動。激しい上下機動。
 そして今まで見たことがないような、XM3を熟知してる者ならではの機動。
 さらに加えて数の多さを逆手に取ったIFFによる射撃制限を狙った妨害機動。
 そんな状態で、一時はIFFをOFFにする事で対処を試みたが、味方誤射を3度誘発されるという失態を演じることになり、結局IFFをONにしたまま戦闘を継続させられていた。
 ステルス性能を有していないのは救いであったと思いたい。
 が、むしろそれで捕捉し切れないという事実は、彼らアグレッサー部隊に対し強い精神的ストレスを与えていた。

『涼宮、機動が単調になってきてるわ。最初の威勢はどうしたの?』

「わかって……ます…っ!」

 今まで感じたことの無い理不尽な加速。
 速度計に表示されている数字は、常時1000h/kmオーバーと示している。
 関節とそれを保持する人工筋肉を重点的に強化した不知火であっても、なんとか耐えていると云う、そんな状態。
 しかも既に各部から破損防止のセーフティが引っ切り無しに作動している。
 それらは全て自動キャンセルに設定しているのだが、しかし警告音である以上、鳴る物は鳴るのである。

 積んでいるのは、以前墜落事故を起こした跳躍ユニットと同じ形状の物。
 ただし中身の制御メソッドは、一ヶ月間ほぼ絶え間なく噴射実験とシミュレーターによる仮想実験を繰り返した”生きたデータ”を元に組まれた最新の物だ。
 そして今現在もそのデータは取り続けられており、随時その制御メソッドは更新され続けている。
 そのお陰か、最初こそ尖がっていた噴射機動は、ここにきて大分滑らかな機動を描けるようにまで進化していた。

 不意に―――射撃音に遅れて警告、
       ―――コマンド追加入力、
          ―――先行入力解除、機動変更っ

「ぐぅぅ…っ!」

 取った機動の鼻先に火線が走る。
 それを察知して機動変更させた途端、加速がほぼそのままの状態で真横に機体が滑る。
 続けざまに推進方向を正面に持っていくが、またしても鋭角的な機動となってしまい、横殴りと正面からのGが立て続けに全身を襲い、視界から光が一時的に奪われた。
 それを感知した強化服が血流の制御を始め、ややあって視界が復帰する。


「やはり、まだ機体に遊ばれてるようです」

 CPで涼宮機を監視していたピアティフ中尉は、率直な意見を述べた。
 後ろに立っていた香月は何も云わず、その機動ログに眼を通していく。

「早く休みたいなら残り6機、さっさと片付けなさい。ただし、今度は接近戦でね」

『………っ!?りょ、了解―――っ!』


 射撃時のデータは取れた。後は接近戦時のデータが欲しい。
 そう云っているのを理解した涼宮は機体を捕捉してる近い一機に向け加速させる。
 アフターバーナーを使ってもそんな加速は有り得ない―――そんな既成概念を軽くぶち破る加速で弾幕を張るイーグルに、不知火が肉迫する。

『08、回避機動を取れ!喰われるぞ!』

『ま、間にあ―――』

 兵装担架に装備された長刀を取り出し、すり抜け様に両腕を斬り払う。
 ダメージ判定により戦闘能力が奪われたが、兵装担架が生きているため、戦闘継続と判断される。
 涼宮はそんな状態のイーグルを回り込んで両脇を掴み、それ自体を盾として扱う。
 02・04・09が密集している地点目掛け加速する。
 予想外の出来事と加速による重圧により悲鳴とも雄叫びとも違う声を上げる08の衛士。
 もののついでに、腕を中心としたパラメータからも悲鳴代わりに警報が鳴り響く。

『弾幕だ!弾幕を張れ!近づけさせるな!』『くそ!08が邪魔でトリガーが…』

『間に合わん、全機散開して奴を囲め!』

 IFFによる敵味方識別判定により味方誤射を避けるようFCSに制限がかかり、トリガーにセーフティがかかる。
 この地点では射撃は不可能と判断した02が指示を出して3方に散開。
 3機の中心点に対象が入った時点で一斉射して撃破を狙う―――そんな算段。
 だが、涼宮はその機動を取った時点で盾にしていたイーグルを投棄―――さり気なく管制ユニットにダメージ判定を与えて―――し、一番右側へ回避運動を取るイーグル目掛け、加速した。

「まずはひとつ…!」

 余分な重量を失ったことにより、緩急のついた強烈な加速が機体と衛士を襲う。
 だが、それを我慢してイーグルに突撃―――ぶつかる前に、長刀の根元、グリップに一番近い部分をイーグルの腰に叩きつける。

「続けて…!」

 さらに跳躍ユニットを吹かし、その後方にいるイーグル目掛け突進。
 向こうも踏ん張ろうとするが、跳躍ユニットが”2個”のイーグルと、”8個”の不知火の前では、圧倒的なまでに数が足りなかった。

『お、押し勝てない!』

『くそ、またFCSが…!?』

「はああああああああっ!」

 またしても味方が邪魔で砲撃にロックが。
 その隙に、涼宮は長刀ごと投げ飛ばすようにイーグルを押し出す。
 力任せに投げつけられた先には、04がいて、無理矢理激突されそのまま押し倒れる。
 そこに「トドメ」と云わんばかりに、2機の管制ユニットが重なる位置から串刺す―――動作がエフェクトとして再現された。

≪04・09、管制ユニット破壊。制御不能につき機能停止≫

 CPの報告を聞き終わる間もなく、涼宮は機動を開始する。

 ―――残り3機―――

 涼宮は、ただ早くこの地獄が終わるのを祈るしかなかった。



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「お疲れ様です、涼宮少尉!」

 不知火をハンガーに戻して機体から降りたところで、整備班の一人が帰って来た茜に対して労う。
 が、疲弊し切っている茜には、その声に対応できるほど体力は残っていなかった。
 未だ全身に何十キロもの重石が覆いかぶさっている感じがする。
 内蔵もぐちゃぐちゃにかき回され、胃液が今にも口から溢れそうだ。
 先ほどの整備班の一人が給水ボトルを差し出し、それを力なく受け取る。
 口に含み、2・3回咬むように味わい、飲みこ―――んだ途端、胃に鋭い激痛が走り、喉まで通った水が口と鼻に逆流した。
 慌てて口と鼻を抑えるが、まだゴホゴホとむせる。

「生きてるか、涼宮」

「先ほどの模擬戦、中々楽しそうでしたわね」

 先ほどの演習を見ていた宗像と風間がハンガーに顔を出しに来た。
 彼女らを見知ってる整備班は、久々に見る顔に笑顔で敬礼する。
 ようやく胃からくる鈍痛も収まり一頻り咽終えると、敬礼した。
 A-01部隊の間ではする必要なの無い諸作………だがここは格納庫。
 居るのはA-01の衛士だけではない。

「楽しいって………そんなモンじゃありませんよ、コレ…」

 宗像のからかい半分の挨拶に茜は真面目に答える。
 それを苦笑で流し、宗像は背に伸びる4対の跳躍ユニットに眼を向けた。
 墜落時の衝撃で先端部分ほど歪に変形しているが、その本来の姿は既に見ている。
 太陽の輝き、フレアとも見て取れるその放射状に広がる跳躍ユニットは、今でこそ動作不良により機能を停止しているが、模擬戦で繰り出されたその加速や旋回性能は衛士にとって衝撃的な光景だった。

 その模擬戦の結果は、残り2機のところまで来て不知火のセーフティが深刻化し、ついに限界を突破して動作不良を引き起こして撃墜…そのまま01・02の斉射を全身に受けて戦闘不能判定に。
 結論から言えば、負けは負け。
 しかし、1対12という数の劣勢を単純な推力頼みの機動で10機も落とせた事は、十分に評価できるものがある。
 加えて云えば、機体を壊れるまで振り回した結果と考えれば、10機撃破した末の墜落も当然という見方もできよう。

 と―――そうは思っていても、彼女が現在所属してる部隊では言い訳にもならない話だ。
 無論それはどの部隊でも同じこと。
 むしろ今回相手になってもらった中隊の方が大変かもしれない。
 12機がかりで1機落とすのに何分かかってるのかと。 

「XM3の時は楽しめたが、これは中々扱いが難儀な物になりそうだな…その様子を見ると」

「ですから、早く復隊してくださいよぉ~。中尉達もこれに乗れば解りますから。これがどれだけ常識外れなのかっていうのを」

「そうしたいのは山々なのですが…今はまだ軍医から了承を得てませんの」

「軍医…って云うと、ここ最近回されてきた再訓練部隊のことですか?」

「えぇ」と、風間は短く答える。
 再訓練部隊とは、身体の一部を擬似生体に取り替えた衛士をより早く実戦に復帰させることを主任務とする国連所属の部隊だ。余談だが、その部隊を監視監督教育する部隊もあり、こちらは不死鳥部隊(フェニックス部隊)と呼ばれ、再訓練部隊上がりの衛士達からは「鬼教官を超える鬼教官」として恐れられている。
 餅は餅屋、米は米屋に聞くのが手っ取り早いように、「擬似生体を扱うなら不死鳥部隊」と云われるほど、成熟された豊富なノウハウを持っていることで有名だ。
 そんな部隊に、宗像と風間は半分属していた。
 半分―――というは、当在日国連軍横浜基地の裏の顔、ある意味真の支配者である副指令香月 夕呼博士が半ば強引に彼の部隊を呼び出し、宗像らをA-01部隊に属させたままその部隊に配属させた結果である。
 云ってしまえば、専用コーチをわざわざチャーターしたようなものである。オルタ権限において…その名の下に発せられた言の葉は、国連という強力な後ろ盾によって強制力を有する。その言葉を無下にするということは、イコールで国際社会に対して貢献する気は無いと、そう受け止めることができる。

 ともかく、そういった経緯で訪れた部隊に半分属することとなった2名は、裏を返すとオルタネイティヴ直轄部隊とは言い難くなり、機密保持のためあまりA-01に関わることが出来なくなってるのが実情なのだ。
 にも関わらず、こうしてA-01用ハンガーに訪れることが可能ということは、その裏に香月博士の解り難い甘さが見え隠れしているのがほんの僅かだが垣間見えた。

「専門にしているだけあってどの訓練も効果的です。完全復帰はすぐですよ」

「風間少尉…」

 僅かに湿った顔をする茜に対し、風間はいつものどこか穏やかな口調で諭すように語る。
「まだまだだな」と、皮肉が混じらない苦笑を浮かべながら茜の肩を叩く宗像に、促されるように笑みを浮かべることに。

「で、これを実際に動かしてみた感想を聞かせてもらおうか。外から見ても解るが、中からの意見を聞かせてもらいたいな」

「ん~、まずですね―――」

 身体に蓄積するダメージを忘れたかの如く、茜は嬉しそうに説明を始めるのだった。
 ここしばらくは親しい顔との会話がとんとご無沙汰だった。そのせいか、その顔は疲労を差し引いても晴れやかでかつ血色が良く見えた。

「―――極論ですけど、この試作ユニットはまだまだムラが多いという印象がありますね」

「ほぅ…」

「例えば、数値では推力が100と表示されても、実際の各ユニットは98だったり109だったりで、トータルバランス的にギリギリ100っていう蜘蛛の糸で綱渡りしてるみたいな安定になってます」

「実質10以上の差が、まだ残ってるわけか」

「お陰でまだまだ揺れが激しくて、スエーキャンセラーも役に立たないというか…」

「これは、乗り心地はかなり最悪になりそうですね…」

 ゲンナリと身体をうなだらせる茜に、相槌を打ちながら苦笑する風間。

「それで―――」

「大分参ってると思ってたけど、意外と元気みたいねぇ~」

 丁度話が佳境に入ろうとした矢先、滅多にハンガーに来る様な人間ではない香月が、ニヤニヤ笑いながらそこに現れた。
 その後ろには、イリーナ・ピアティフ中尉の姿もある。

「調整率およそ50%程度だったけど、大体の形は体感してもらえたかしら?」

 その言葉に、茜は短く答える。素っ気無い返事だが、香月もよくこの程度の返事を使うことが多いのであまり気にしない。

「結果的には今回も墜落事故だったわけだけど、あの機動が今までの代物と同程度の稼働時間を確保できれば、未来はより広がる可能性が増えるわ」

 その言葉は、ここにいる者たちにはあまり意味が無いかもしれない。
 だが、それでも彼女は使う。

「しかし、あの機動を維持するには相応の保護装備が必要になりますよ?」

「そこもひっくるめて、今会議中よ」

 香月の言葉に、茜他2名は首を傾げた。

 なにせこの3人は、地下に引き篭もっている技術者達との面識などなかったのだから。



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「あれだけ強化した不知火で、ほぼ全ての関節にある破砕防止用のセーフティが作動!おまけに衛士も半死状態!
 たかだか30分程度でこれとは………まったく、富嶽の連中が作ったものは頭が悪いな!」

 例の技官らがいつもの如く会議室で話し合う。
 例によって無駄に声量が高く、頭の血管がいつ切れてもおかしくないくらいだ。
 声を嗄らし、頭に血管を浮き立たせながら、議論はさらに過熱していく。
 落ち着いて議論し合うという発想はない。あるわけがない。
 成功とは、どれだけ充実した一瞬を長く体験し、そして努力を怠らなかったかに懸っている。
 その意味では、今彼らが行っていることは、充実した一瞬をどれだけ濃縮し、濃厚し、享受しようと努力してるとも取れる。
 限りなく迷惑な話であるが。

「しかしそれ故に通常ユニットは比べ物にならん性能を発揮している。メソッドの書き換えだけでこれとなると、オーバースペックとならんかね?」

「スペックにリミッターを設けることなどいつでもできる。
 問題はそのスペックを完全に引き出せる機体だ。関節強化なぞその場凌ぎ程度にしかならんだろ?」

「では武御雷かね?売ろうとしてはいるようだがな…簡単には入手できんだろ。
 何せあれは日本だけでなく人類初の実機による最下層到達を実行できた物だからな。
 研究材料として買いたがる国はいくらでも出てくる」

「生命維持装置が起動したのが30分の間に9回。衛士がいつ死んでもおかしくない代物ですな。
 このままでは機体が使えるようになる前に衛士が使い物にならなくなる」

「とは云え、生命維持装置はそうホイホイ簡単に改良できるものではないぞ?大人しく衛士そのものを強化した方が効率が良い」

「00ユニットを作れとでも云うのか?二度手間だ。擬似生体をより戦闘用に強化した物を移植させるか…」

「着床に時間がかかるぞ………もっと現実的な発言を頼む。それこそあれだ、薬でGを感じさせなくするとかどうだ」

「判断力の一緒に低下する…それなら自律モードで動かした方が良い。だが、方向性としてはそちらが一番近いんだろうな!」

「ではあれか、手始めに薬物による骨格強化から始めるか?ついでに神経系も強化できるのもそろえよう」

 そこまで来て、教壇の前に立つ男がメガホンを片手に持ち、それを通して叫ぶ。

「貴様ら話が脱線してるぞ!我々の研究開発は衛士ではなく戦術機だ!衛士の強化なぞ米国かソ連にでもやらせておけ!」

 今の時代、人道的配慮から生体を弄ることに対して何某かの負い目や責め・バッシングを受けることは少ない。
 人類の半分が既にそれを気にできる状況ではないというのも勿論ある。
 今や人類にとって、人体実験という行為は種全体が生き残るための手段の一つとして定着しつつある。
 後の歴史でどういう扱いをされるか解り切ってはいるが、それ以上にその歴史を続けるために、生き残るための手段として、半ば黙認されているのが今の情勢なのだ。
 特にソビエト連邦のオルタネイティヴ3がこの世界の実情を物語ってると言える。
 ESPというあやふやな物を強化するために、公開されている中でも最大6世代分の人工授精及びその強化を行ったのがソレだ。
 そういった多大な血と人権の犠牲により、人類は自身の中身をより深く理解できるようになり今日の医療技術が大きく発展したのは、ある意味当然の帰結と言えるだろう。
 この開発陣のリーダー格は、そういう背景がある国を軽く並べ、全員の方向性を正した。

「今までの話を簡単にまとめるとだ!機体が壊れるって時点で使い物にならないから新しいのよこせ!
 で、いいんだな!?」

『意義なぁ~しっ!』

「結構!だがそんな簡単に得られると思ったか!我々に回る予算なんぞ―――」

「横流ししないって条件なら、回してあげてもいいわよ?」

 技官等の雑談めいた会議に雌狐が突如として割り込む。
 その後ろに追従するイリーナ・ピアティフ中尉の手には、いくつかの書類が。

「これは香月副司令…それはどういう意味ですかな?」

 教壇に立つ技官が問うが、それを無視してピアティフに技官らの手元に持っていた書類を配らせる。
 配り終わったのを確認して、香月は中身を見るよう促した。

「武御雷が数機、近い内に手に入ることになったから」

 書類の中身には、今後搬入される装備の詳細が記載されていた。
 その中に確かに、武御雷の文字がさり気なくちょこんと書かれている。

「それはまた随分と急な話ですな。で?」

 何を交換材料にしたのか―――そう言外に続く。
 これは香月 夕呼という奇人変人天才の下にいると、嫌でも身につく癖であった。
 この雌狐が”タダ”でそんな代物を獲得してくるわけが無い。
”貸し”で要求することはあっても、”借り”を作ってまで何かを得ようとする女ではない。
 それを知っているからこそ、要求に対して何某かの対価を払ったのだろうと考えに至りやすいのだ。

「”こっち”としては巻き込まれた側なんだけど…まぁ、向こうもただでさえ出し渋りしてるモノを金銭だけで買われるのも癪に障るワケ。
 そこであんた達が面白半分で作ってた”アレ”をいくつか渡すことになったわ。ここで隠れたままにするよりはいいでしょ?」

「アレ………と、云いますと………どのアレで?」

「………まさかあんた達、また変なの作ってないでしょうね?」

 呆れ顔全開で、技官等を睨みつける。
 しかし、何処吹く風と云わんばかりな態度で鼻歌を始める技官等を見て、香月は眼を光らせた。

「別に作っても構わないけど、それなりに使わせてもらうからね?」

「それは勿論。で、どのアレですかな?」

「”長刀”よ」

 その一言で、技官達は「あぁ~」と妙に合点の行った顔をした。

「なるほど、日本は”ムラクゥモ”を作ってますからなぁ」

「まぁ、あれなら別に持ち出しても構わんだろ。レールガンに使った技術の応用だしな」

「それより………武御雷が手に入るということは、その修理用のパーツも手に入るということですな?」

 ある技官の質問に首を縦に振って答える。その返答に、技官全員の目が力強く怪しく光る。

「となれば不知火を再度強化する必要がありますな」

「あぁ、フレームはそのままでも構わんだろ。関節周りは総取り替えを覚悟せねばならんだろうが」

「なぁに、今後のことを考えれば、フレームなんて飾りに過ぎないほど弄ることになる。問題なかろう」

「それにはまず各種電磁伸縮炭素帯を武御雷の物に総り取替え、装甲もモノののついでに削るとして、その後新型跳躍ユニットの制御メソッドのインストール………重量配分の再度計算で暫く寝る暇もなさそうですな!」

「構わんよ。で、生命維持の問題点なんだが」

「不死鳥部隊にある最新の擬似生体用の中に、血流制御のナノマシンあっただろう?あれを手に入れれば問題あるまい。副指令、そちらは?」

「あんた達…ここは遊び場じゃないんだけど?」

 ほっとくと好き勝手に喋るのはある種若い女子と同じだ。違うとすれば、中身に意味が無いようである点だが。それが余計に面倒臭い。

「ま、そのナノと00スーツを用意しましょう。ただ、ナノに関しては厳しく行くけどね?」

「それは勿論。で?」

 それらは何時頃手に入るのか?―――またしても言外に言葉が続く。

「武御雷が手に入るとは云っても、資料にある通り先行簡易量産型。
 既に建造を始めてるそうだから、一ヶ月以内にはここに搬入される手筈よ。
 00スーツはここにまだ予備があるからそれを。ナノは交渉次第だけど、まぁ無理ではないハズよ」

「解りました。では今後の展開も考慮して、機体側にも衛士保護の装備も考えますか?」

「いやその前に機体の重量計算が先だ」

「いやいやそれよりもナノの改良だろう常識的に考えて」

「常識に捕われてるような輩は出て行け!それより不知火と武御雷のすり合わせが先だ!」

「すり合わせなんかより電磁伸縮炭素帯の再計算の方が先だろうが!!」

「おぉぉぉおおぉ落ち着け!!そんなことより試作跳躍ユニットの出力をだな―――」

 ―――落ち着いて話し合える輩など、ここにはいなかった。



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 富嶽重工業第6兵器開発室の室長はに幾人かの役人が訪れてた。
 その半数が日本帝国城内省からの役人で、もう半数が在日国連軍の幹部であった。
 ここに来る目的なんてもの一つくらいしかない。
 それを解っているからこそ、室長はこれでもかというくらい憤慨していた。

「狐の次は狸のおねだりか…っ!私を馬鹿にするのも大概にしてもらいたいものですな!」

 一人の日本人として、職人として、科学者としての自尊心を大きく傷付けられる。
 自分が開発してきた代物、試作跳躍ユニットをこうも好き勝手に持ち出されることに対して、室長は大分薄くなった髪をかきむしり、ヒステリー気味に吼える。
 今現在調整しているのは、横浜から送られてきたデータを元にしているが、この室長の場合は横浜のやり方とは方向性が違う。
 横浜のやり方が出力に物を言わせた半ば暴走に近い状態での調整とする一発博打屋なら、こちらのやり方は低い出力から順に安定させてていく堅実家と云える。
 その地道な調整もあってか、ようやく30%まで安定させることに成功させたというのに、またしても、しかも帝国側にではなく国連に渡せと云われている。
 納得すことなど、できるはずもなかった。

「その件に関してなのですが…」

 そう云って、在日国連軍の幹部は書類の一つを差し出す。
”それがどうした”と吼えながら、書類を破る勢いで奪い取る。
 頭に血が昇っていても一応は科学者。視界がうっすらと白くなっている中でも、文字くらいは読んでみせる。
 そして読むにつれ、室長の顔は赤からゆっくりといつもの青白い肌へと変化していく。

「これは…本気…なのか…!?」

「それは勿論。モルモットがなくてさぞかし辛かったでしょう」

 そういう幹部は、かけている眼鏡を指で押し上げる。
 レンズは蛍光灯の光を反射して、室長からは幹部の目を見ることができなかった。
最終更新:2010年01月22日 19:10
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