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続・縁 円 ~始~

【続・縁 円 ~始~】

 厳しい訓練にも大分慣れ、与えられたノルマをほぼ全員がこなせる程度になってきたある日の事。
 何時もの如く早朝ランニングから始まり、ライフルを担いでの基礎体力作り、座学、模擬格闘戦、射撃訓練と粛々にこなす、そんな日の事。
 最初の頃は口を開けて走る者が多かったのが、息を切らして走るのがほとんどいなくなった、いつもの日の事。

 その日は恨めしいくらい快晴で、A分隊の日課になっている雫からの気合の入ったお言葉を受けて始まった訓練は快調に教官達が課したノルマをこなしていた。
 別段、氷室教官が設定したノルマが低いわけではない。また、無駄に高いわけでもない。
 個々と分隊の成績を見て、クリアできるか出来ないかギリギリのラインを見極めて、その上で設定したノルマなのだ。
 だと言うのに、この301訓練部隊はそのノルマを上は余裕で、下は下でギリギリではあるが合格していた。
 余裕が出る予定は無かった。だが上位分隊はノルマに対しかなりの余裕を持ってクリアしている。特に不可解だという認識は無い。単純に伸び幅が大きい子達なのだと考えれば、こちらも教え甲斐があると思える。
 それに訓練部隊全体を通して、源 雫の牽引力が強いも要因の一つに上げられるだろう。自身が率いる分隊だけでなく各分隊も面倒を見ているお陰か、全体を通しての連携では十分に水準を満たしている。普通、この手のお節介は訓練段階に意図的体験させる縦社会の構図では非常に煙たがれるものだ。そうでなくとも1つの集団に外野が口を挟むのは、特に日本人は快く思わない。
 それを差し引いても源 雫は全体の成績向上を促してる。事前に指揮官講習を受けさせているのもあるだろう。それと相乗する形で、彼女は全体を率いていると見る。
 なお、このノルマは教官達のみが知り、訓練兵達には一切教えていない数字である。それでもなお、ノルマを達成してることを考えると、「個々の性能が今後の訓練課程に追従できる” 最 低 限 ”の性能を得たのだ」というのが、教官全員の見解であった。

「渚、もっと脇を締めた方が弾が当たるんじゃないか?」
「そうですか?―――あっ、ホントです。ありがとうございます、朋也くん」
「気にするなよ、渚のためさ」
「朋也くん…」
「夫婦のじゃれあいは休憩時間にやってくれ…こっちの腕が落ちる…」

 休憩中に恋人同士が乳繰り合うのを見せ付けられるのも、それはそれで萎えるものがあるが、今はそれが今後の成績に繋がる可能性がある以上、抗議せずにはいられない。
 B分隊にあって一番気難しいと云える中岡の抗議は、ある種全体からの抗議と言えなくも無く、結果として反省せざる得ない朋也と渚。

「向こうはアツいな。暑いのはこの炎天下の空以外いらないのだが」

 C分隊所属の坂下 智子は汗一つかかず丁寧に、かつ豪快に指切り点射を気合を入れて繰り返した。
 同分隊、新河 秋雄もその隣で撃っているが、汗だくになろうが、目に汗が入ろうがお構いなく、ただひたすら撃つ。まるで「これが今の仕事だ」と云わんばかりに、ひたすら事務的に。
 さらにその隣で撃つ阪口 陽平は、訓練についていける程度の体力はあったが口が利けないくらい弱っていた。もっとも、他のC分隊の面々も似たような有様で、彼一人をやり玉に挙げる事はできないのだが。
 C分隊の面々は個性的だが、どこか協調性が無かった。

 そのC分隊の隣ではF分隊の有田 遼平が分隊の仲間に射撃のコツを教えていた。
 彼自身は口下手で、話を聞く分には特に不具合は無いのだが、説明をするとなると事の他重労働になる。それはを聞く側にとってもそうで、F分隊の面々は大分慣れてきてはいるが、それでも辛いものは辛い。
 決して嫌われてるわけではないが、言葉がいつもどこか重い彼の話に付き合うのは、女性陣にとってそれは一歩引かれる因子の一つであった。
 とは言え、F分隊唯一の男性訓練兵である以上、頼られることも多く、また年齢の割にはどこか少年っぽい顔立ちから好意をもたれることも多々ある。

「撃つなら迷うな。迷うなら撃つな。それだけの判断で戦友の命が一人守れる」

 実際に戦場を経験した者が発する言葉は、あらゆる意味で”おもい”。「重い」上に「想い」が乗ってる分、嫌でも”重み”が増す。
 それが彼女達にとって重過ぎる言葉であっても、今後同じ戦場で立つかも知れないのなら、彼はそれを無視して必要な知識を教えるだろう。
 それが”戦友”にとって、大事になっていくものなのだから。自分が大事にしてきたのだから。

 一方、同じく射撃場に立つ悠希はというと―――

「まぁ、的には当たってるよな」
「………円のギリギリなんて外れてるも同じでしょうが」

 国連標準装備のライフルを降ろし双眼鏡で的を覗くと、ある種の芸術とも云えるくらい的に描かれた円の外枠をなぞるように穴が開いていた。正直、狙って撃ったんじゃないかと勘繰りたくなるくらい、綺麗に外枠”だけ”を打ち抜いてる。
 50mという、割と初期段階にクリアすべき距離でありながら、この結果に雫はジト目で悠希を睨まざる得ない。しかし悠希自身は「はて?」という顔しかしていない。

「これはこれは…ある意味天才ですね。手を抜いてるとも云えますよこれ?」
「でも、凄いと思いますっ!悠希さんって格闘戦も凄いですけど射撃も凄いんですね!」
「おいおい都、その凄いは別の意味になるぜぇ?あれじゃ曲芸だって、これだけで飯食えるって」
「ある意味曲芸、曲芸と言えば四十八手、四十八手と言えば諳んじれるこのオレっしょ!」
「悠希、これ投げてみて」

 妙なポーズを取って皆の注目を引こうとするも、もはや慣例行事と聞き流す一同。その中で雫が悠希に模造短刀を手渡す。
 それを受け取り、一度的を見て軽く短刀を弄んだ後、再度的と向き合う。
 投擲するには遠く、かと云って射撃する上では経験者なら特に難しい距離でもない。弓矢であっては相応の張り無くして当てられない距離。
 それを―――投げた。

「………ぁ~?」

 放物線を描きながら、ソレはまるで的に吸い込まれるように―――突き刺さった。ど真ん中に。

「「「………えぇぇぇぇ!?」」」

 一同の反応に「だよねぇ。そうなるよねぇ」というどこか達観を通り越して呆れた顔になる雫。解っていた事だが、細長い物を投げるのは得意なのだ、この男は。
 当の本人は「やっぱりこっちが当てやすい」と云うだけで、再度ライフルを担ぐ。

「―――って、ちょっと待ちなさい森上くん!今の何!?」
「悠希、テメェ今まで手抜きしてたのか!?」
「ゆ、悠希さんなんでもできるんですか!?」
「ん?いや、ここに来る前から棒手裏剣やら投げる練習はしてたからな」
「さらりとおかしな言葉を口にしましたよこの人?どう思います勝名の奥様?」
「どっか頭がおかしいと思ってたが真性だったぞ斎藤ん宅の奥さん」
「うっほー!人妻ですか若奥様ですか!?オレいっちゃってもいいんです―――アクロバァァァットッ!?」

 酷い云われようのオンパレードで、若干落ち込む悠希。その影で勝名に投げ飛ばされる久我の姿があったが、学習しない者に対しての扱いはもはや固定しつつあった。

 投擲行為自体は元々剣術の一つの術であり、実はそれほど驚かれるようなことではない。棒手裏剣等投げることで相手に隙を生じさせて間合いを詰めるのは、真っ当な戦術の一つなのだ。それを卑怯呼ぶのは筋違いなのである。
 そも、”投げる”行為自体は鉄砲を撃つよりも身近な行為だ。ちょっとした紙屑を捨てる時でもできるし、道端に転がる石でもできる。人が投げられない物は、自身の筋肉全てを用いて持ち上げなければならないような物以外無いとも言い切れる。
 的なんてもっといい加減にできる。適当な看板に投げることも、ゴミ箱にだって、小さい的が欲しいなら適当に色を付けた石にすることだってできる。
 火薬類を用いない弓矢でさえ、その威力から一定の空間を用意せねば危険とされ制限が設けられているのに比べれば、格段に練習も安易で使いやすく、そして高威力と云えるだろう。
また、石を適当な袋にひっかけて、遠心力をつけて投げればその飛距離は倍近く伸びる。そのまま振り回しても簡単な鈍器にもできる点でも、投擲という行為がどれだけ優秀か解るはずだ。
 少し前の時代でさえ戦場での死亡率が弓に次ぎ投石によるものが多かったのを考えれば、投擲そのものを軽んじれるハズがない。いや、できはしまい

「貴様等…雁首揃えてお茶会か?随分余裕そうで私も教官として鼻が高いぞ?」

 あまりに無駄話が長かったせいか、氷室に目を付けられた。
 全員の顔から血の気が引き、条件反射で背筋が伸びる。この数ヶ月間の間にみっちり叩き込まれた、ある意味不名誉な条件反射。

「そうか…そんなに遊びたいのか。なら私が遊び場を提供してやろう」 

 しかしその氷室は、怒ってはいるものの、いつか見たような滲み出るサド気質の笑みがそこに浮かんでいた。
 何かある―――そう直感した雫は、いくつもの懲罰パターンを頭の中で連想し、そして気が滅入る。
 だが、いつもなら吊り上がった眼をより吊り上げて怒鳴り散らすタイミングになっても、何故か今回はそこまでいかない。

「あの…教官…?」

 意を決し、発言を許可してもらおうと手を上げたが―――

「喜べ貴様等。301訓練部隊全員、バカンスに連れてってやろう」

 雫の呼びかけを無視し、氷室は思いっきり含みのある言葉を、全員に聞こえるよう声を大にして高らかに云い切った。

 ―――総戦技評価演習の始まりである。
最終更新:2009年11月04日 05:23
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