その者達が来ることは、予定には入っていた。
別段、この事に関して云えばおかしなところはなにもない。正規の手続きでアポイントメントを取得していたし、スケジュールにもキチンと入っていた。
が、しかし。が、しかしである。
香月 夕呼にとって、目の前の応接間に設けられた席に鎮座する”モノ”は、不審者と呼ぶ以外、何者でもなかった。
その”モノ”の隣に一見爽快感のある印象を与える笑みを向けるスーツ姿の男性がいなければ、問答無用でMPを呼び出すレベルの外見だった。
一見、香月と同じく白衣を羽織るこの男。やや猫背で、だらしくなく縛った―――隣の男が締めてやったのだろう―――ネクタイの先を、ワイシャツの中に入れている。だが、この程度なら地下で暴れてる技師陣の中にもいるのだから、特に気に留めるほどでもない。が、問題は首から上、特に顔である。
その顔の半分を、メカメカしいバイザーで覆い隠しているのだ。何をもって、そのようなモノを装着しているのか。先に検問を受けた際の報告を聞かなければ、この場で外させていただろう。
そのバイザーの下には、眼球が無いのだという。あるのは、脳へと繋がるワイヤーが数本、眼球の代わりに収まっているのだと。
「―――あぁ、これ?気になるよねーやっぱ」
バイザーの男は、香月の奇異の視線に気付き、指でバイザーを叩きながら口元を愛想が良さそう広げ、歪ませた。
「これ、擬似生体の眼球を生成するまでの間に使う義眼なんですよー。えぇ、何を隠そう、これも当社の目玉商品の1つでしてねっ。あ~、先に云っておくけど目玉の目玉商品とか、そんなつまらない親父ギャグは狙ってませんぜ?って、もう云ってるって?いやぁ、鋭いツッコミだねぇ!ワタクシ、感服致しましたっ。
まぁそれはそれとして、擬似生体って生成に時間かかるじゃない?その間、目が不自由なのは辛かろうってことで、網膜投影技術を応用して作ったのが、この特許出願中の最新医療機器”メガバイザー”!
眼がバイザーになるからってメガバイザーって!眼がバイザーになるからって!
カッコイイネーミングでしょ!?あまりのサムさに感性が一周して笑えちゃうシャレも混じっててサイ―――」
「すみません、こちらの技術者が無礼をいたしました」
おもむろにバイザーの男の隣に座っていたスーツ姿の男が、バイザーの男の頭を掴み強引に頭を下げさせた。
一度咳払いし、仕切りなおすスーツ姿の男。
冷めた眼でそれを流し見つつ、最初に交換した名刺に視線を落とす。
『業羅科学・第三研究所専務・業羅 基樹』
こちらはスーツ姿の男から受け取ったものだ。
会社の名前と同じ苗字を名乗る男………滅多にないこの苗字で、たまたま同じだった―――ということはないだろう。しかも専務…となれば、十中八九この男は、業羅科学の創業者に連なる親族だ。
業羅科学といえば、BETA大戦初期か前辺りに国主導で擬似生体技術を研究していたチームが、その技術を足がかりに独立し立ち上げた会社だ。創業初期は擬似生体を請負、次第に
戦術機に使われている電磁伸縮炭素帯の開発にまで首を突っ込んでくるようになった変り種。その運営は会社の名前にも使われている”業羅一族”が一手に引き受け、会社を堅牢なモノとしている。
一方で、色々とクサい事もしているとの噂もある。裏世界を渡り歩く癌細胞とも陰口のように揶揄されてたりもする。もっとも、その程度の事はこの”横浜”も負けてはいないのだが。問題は、軍部でのみ関係が強い横浜と違って、障害者という一般人にも関わる企業故に、その悪名の広さは横浜を上回る点だが。まぁ、今はこの話はどうでもいいだろう。
もう1枚の名刺に眼を配る。
『業羅科学・プロジェクトメインチーフ・大神 忍』
こちらはもう1人の男、バイザーを付けた不審者のものだ。その風貌、喋り口、どちらも潜入工作には向いていない。特徴があり過ぎる。そういう意味ではまだ隣の男の方が潜入工作向きといえる。かも知れない。
一見目が行きやすいのはそのバイザーではあるが、そこを差し引いても全体的な雰囲気がどこか作り物めいている。どこがおかしいとは、指摘できないが、間違いなく”何か”がおかしいのだ。そう見ていると、少しずつその”何か”が見えてきた。
よく見れば、猫背の割に姿勢がやけに良いのだ。動作も機敏過ぎる気もする。そのくせ各所作はモーションを切り貼りしたかのように正確無比。そのせいか、存在感がやけに「胡散臭い」と強く感じられた。
「あ、もしかしてオイ―――ワタクシに興味を示される?うれしーねぇ。
どうです香月 夕呼さん、この売り込み終わったら食事でも―――はいはい、自重するよすればいいんでしょ。ったく、基やんはこれだから生真面目過ぎるって云われるんだ。
とまぁお察しの通り、ワタクシの体は全身に渡って擬似生体で構成されておりますよ。
えぇ、そちらにも過去に何度か技術供与してますよー。何に使ったかはまったく存じませんがね?」
「………そう、でしたわね」
………さり気なく、この男はとんでもない事を言い放った。
全身が擬似生体など、普通はそこまで突き進んだやり方はしない。元々、欠損した部分を補うための技術であるが、全身に施さねばならない理由が、ない。
―――それこそ、既に脳しか残っていないという状況でなければ。
「我が社、業羅科学の自慢は擬似生体技術の精度とその安全!
その両方を同時にアッピィィールゥッ!するためには、こうやって自分自身が擬似生体の塊になることこそが、最大のスェエエエエルスェッになるのです!
あ、ちなみに聞かれる前に答えておきますが、眼球を擬似生体にしないのは趣味です」
(このノリは、どうにもやりにくいわ…)
日本人にしては、やけに軽薄だ。しかし軽い割にどこかしか重い。あたかも自分の意思で擬似生体の塊になったと云わんばかりに、その服を脱ごうとしている。それを必死に抑えている業羅専務。
軽く溜息を吐き、話を促すことで全体の主導権を握る。
「………それで、今回はどんな御用でしょう?娯楽の提供でしたら事務に話を通してからにしてくださる?」
「すみません、身内の者が粗相を………話をさせていただきます。
今回見てもらいたいものは、こちらです」
業羅は持っていた堅牢そうなケースから、1枚の黒いプレートを取り出した。両端に、端子を差し込むための金具が設けられてはいるが、それ以外は別段おかしなところは見受けられない。
「当社が売りにしているのは彼の云う擬似生体技術ともう1つ………電磁伸縮炭素帯の技術があります。
そしてこちらが、我が社の最新技術を投入して製造された製品の、その試作品となります」
「試作品?」
わざわざ来て、試作品なんて中途半端なものを持ち出す馬鹿な会社だっただろうか?
同席させていた技師陣のまとめ役に目配りすると、似たような顔をしているのが見えた。
「そーいやさ、ここでなんか面白いモノ作ってるそうじゃない?それにコッチも1枚噛ませてもらいたいわけですよ」
「………ま、隠すほどでもないから、ここで追求する気はないけど」
宣伝は一切してないのだが。ついでに云えば、あれでも一応軍事機密だったりするのだが。
ここで行っている試製跳躍ユニットの試験は、国連内部でも良い反応はそう多くない。むしろ、日本を快く思わないソ連や統一中華は、露骨に反対声明を出している。曰く「オルタネイティヴ4を完遂したからと云って調子に乗るな」とか。特にソ連はオルタ3の成果を奪われた上で、その一部が第4計画で重要な役割を果たしただけでなく、人類の願望であり悲願の「オリジナルハイヴの攻略」を成功させたこの事実に対し、非常にご立腹のようだ。「島国の人間が他人の服を着て作戦を成功させただけだ」とも。
負け惜しみとも云える言いがかりだが、香月にとってはその事はさして重要ではない。
問題は、今現在この基地に潜伏している『難民解放戦線』の連中の中に、そこから指図を受けた連中がいるのかいないのか、だ。
これを掴みさえすれば、今騒いでる連中を黙らせることができる。そのためにも、今は多くを発言しないように心がけてはいるのだが。
人の言葉が額縁通りには行かないトップの社交界に入り浸っていれば、嫌でも使える人間・使えない人間、裏が多い者少ない者、等々を見分ける力が付いてくる。
その眼を持ってして、この大神 忍という人物は、底が深いとも、浅いとも、見分けるには時間がかかりそうだった。
「おや?てっきり隠してるのかと。まぁーいいや。
それはそれとしてさ。多分純正品のパーツじゃまともに使えないって話も聞いたからさ。
そこで我が社が自信を持って押し付けるこの試作パーツを―――」
「まずそのパーツの説明をキチンとしてもらえるかしら?」
「あ、はいすみません順番間違えましたごめんなさい。
うぉっほん。では気を取り直して」
「………なんともやり難いですな」
(………アンタ達と同類でしょうが)
隣の技官長のボヤきに、内心でツッコミを入れる香月。
「まずは、口で説明するよりも、実際に見てもらいましょーか。基やん、端子セッツ!」
どっちが主導権を握っているのかまったく謎の関係の中、業羅はプレートの両端にある端子にケーブルを繋げる。
「まぁ、これは見ての通り電磁伸縮炭素帯なわけですが」
云いながら、ケーブルの先にある小さなパネルにあるボタンを押す。と、プレートが横へと大きく伸びた。
そのまま続けて、伸縮を3度繰り返す。
「………それが、何か?」
技官長はつまらなさそうに、話を進めさせる。香月も同じなのか、さっさとしろと云わんばかりに目つきが険しい。
「まぁまぁまぁ。通常はこの程度ですがね。ではこれでっ!」
大仰にあるボタンを力一杯押す。と、プレートが緩やかにカーブを描いて、そして止まった。さらにもう一度、ボタンを押すと元の平らなプレートへと戻っていく。それを先程と同じく3度繰り返してみせた。
「………それで?」
「お………おぉぉ………ぉぉぉぉおおぉ………!?」
香月の反応は、先程と同じだった。が、技官長の反応は、先程とは打って変わって、幽霊でも見たかのような顔をしていた。
「ふっふっふっ。流石の科学者である香月博士でも、わかりませんかな?」
「………」
「まぁ仕方ありませんわな。専攻が違えばその分野で何が凄いのか凄くないのか解りませんし!
ワタクシも数年前まではそうでした、そうでしたとも!
技術なんて解ってる奴が見なきゃどれも同じなんて、どっこでも同じなんですよ!だからこうやってオイじゃなくてワタクシ共は誠心誠意を込めてご説明させて頂いてるわけなんですが!」
「何が、言いたいのかしら?」
「は、博士!これ、これ欲しい!すっごい欲しい!」
「アンタ、いきなり何を言い出してんの!?」
「買って買って買ってぇ!これ絶対欲しいって!絶対使い道あるって!買ってくれたらもっといっぱいおもちゃ作るからぁ!
業羅のっ、これは当然それなりにデータは出揃ってるんだろう!?」
「えぇ、勿論。そのために持ち込んだんですから」
業羅 基樹は、ここぞとばかりに爽やかな笑顔で言い放つ。
「まずは説明をお願いしますわ。そうでもしていただけないと、こちらもおいそれとは買えませんので」
「はっはっはっ。お任せを!
これは『電磁自由伸縮炭素帯』と呼称した代物で、今回見せたのはその中でも一番変化がわかりやすい『ルート・1.5甲』を持ち込ませていただきました。
こちらは未完成ながら、自重を支えるトルクの確保を目指した代物で、これの開発に成功すれば、メインフレーム無しでも自立が可能が戦術機が作れるって寸法ですぁ!」
「どう考えても夢物語ね………そんなもの、本気で作れると思ってんの?」
無脊椎動物は軟体であるため、ある程度好き勝手に形を変えられる反面、強靭な硬さを得ることはできない。反対に脊椎動物は、好き勝手に形状を変えることはできないが、その代わりとして屈強な体を得ることが出来る。
この大神 忍が語るこの新しい炭素帯は、無脊椎動物に強靭な体を与えることが出来ると云っているのと同義だった。
夢物語と吐き捨てる気持ちは、無理からぬことである。
無論、それは大神 忍も理解していることなのか、大きく頷き賛成してみせた。
「さっきも説明した通り、まだまだ未完成でね。それなりのは作ってはいるけど今後の研究でどうにかってことで、1つ。
んでもって、実は他にも別アプローチで作られたのもあるんだけど」
「ま、まだあるのか!見せろ、勿体つけず見せろ!ケツの穴までじっくりと!」
「はっはー、おっさんノリがいいね。ワタクシそのノリ大好き!嬉しくって余計なことを口走っちゃいそうだよ!
でもまぁ、こういうのはやっぱり口で説明するより、実際に見てもらって判断してもらいたいのがこちらの心情なわけでして」
バイザーの一部が動き、まるで眼を光らせたかの如く演出する。
………この男に抱く”胡散臭い”という印象に、また1つ理由が付いた。
しかしそんな事は他所に、大神はさらに言葉を続ける。
「どうです?ウチの試作炭素帯を使った機体との模擬戦とか、楽しんだりしません?」
「………それがそちらのやり方ということ」
「どーりで基地に見かけん戦術機トレーラーが4台も搬入されてたわけだ」
口で説明するよりも実際に見てもらう。
それは、実戦主義が信条となっている軍人には、1番解り易いセールス方法ではあった。
「こちらにも準備があるので、午後1ということでよろしいかしら?」
「イヤッター!もちのろんです!
てことで香月さん、昼食がまだでしたらワタクシとご一緒に―――」
「では、こちらも準備がございますので、先に仕度済ませてきます。
詳しい話は、その後でよろしいかしら?」
相方の暴走を実に手慣れた様子であしらい、話を進める業羅。
その後は、軽く連絡方法について話し合い、一区切り付いた時点でこの場は解散となった。
「稼動時間…ですかぁ?」
A-01用に設けられた戦術機格納庫の中に鎮座している試製跳躍ユニットを装備した不知火と格闘していた技官の一人が、香月博士の質問に対しオウム返した。
技官はひとまず現状のデータを手持ちの液晶ディスプレイを使って眺め、しばしうんうん呻る。
と、不意に親指・人差し指・薬指の3本立てて、それを香月博士に突きつけた。
「30分!」
「それ以上は?」
「動く”だろう”、”かも”、”かな?”の、どれかがお好みですかな?」
要するに『保障はしない』が動くと言う事だ。
30分とは、以前中隊規模に1機で挑んだ際の数字だ。
「このTYPE-94…九尾(ナインテール)は、所詮前回墜落したのにちょっと関節を弄ったのと、測定器という測定器を無理矢理積め込んだセンサーユニットを、これまた無理矢理跳躍ユニットの間にくっ付けただけの奴ですから。
実質前と変わりませんて」
「でも30分は動くのよね?全力稼動で」
「そこは保障します」
”そこを超えたら保障しないけどね”と、言外に続く。
「後、防衛戦以来ほったらかしてた不知火があったわよね?あれも2機ほど動かせるようにしてもらえる?」
「そりゃ基本的には直ってますからすぐにでも動かせますが…なんです?また模擬戦でもやろうって?」
「先方のセールスマンが、説明するより実際に見せた方が早いって云うからね。
中々面白そうな物を持ってるみたいだから、他の研究室に引き篭もってる技官達を引っ張り出して観戦でもしてなさい」
「はぁ…まぁ、何人か声をかけてみますわ」
”そんなことより九尾の強化に時間を割きたい”と言いたげな顔をしながら、技官はそう答えた。
が、実際のところ、これの開発も行き詰っていたのは確かだ。
武御雷が後数週間で来ると言われているのものの、現物はまだここにはない。そうなると、今できることは精々来た時のためのデータ収集だ。
ここでいくら弄ったところでどうなるか解らないのであれば、またぶっ壊すつもりで振り回してもらおう…
気乗りしないまでも、技官の頭はそんなことを気だるそうに考えていた。
「午後から始めるから、それまでによろしく」
残り3時間しかないのに、香月博士はそういうことをサラリと言ってのけるのだった。
機体の確保が出来た時点で、香月はブリーフィングルームに来ていた。
やるべき事は多々あったが、それを抑えてでもしなければならないことを、それをするために。
そこではある部隊の、午前中の訓練の結果についてデブリーフィングを行っていた。
前に立つ強面の男がその目の前に座る世代や人種がまばらの、実に国連らしい多国籍な衛士達に厳しいお言葉を叩きつけている。
あまり時間を取られるのも色々問題あるため、香月は適当なところでそこへ割って入っていく。
「朽木大尉、少しよろしいかしら?」
「これは副指令、こちらに何か御用ですか?」
字面だけ体裁を整え、口調は字面よりも険しく男…朽木は云い、敬礼した。
「堅苦しいのは無しにして頂戴。それより、1つ良いかしら?」
「この再訓練部隊に?それとも、我々に?」
「訓練部隊の方ね。より詳しく云うなら、いつもの2人に」
「………あの2人が何か?」
ちらりと、席に座る2人…宗像と風間に視線を向ける。
「あの2人を午後の模擬戦に使いたいから、持っていくわ」
(………相談事ではなく、決定事項としての確認か)
色々面倒事を持ち込む2人ではあったが、それもここに極めりと云った感じか。
名目上は再訓練部隊に属する2人だが、実際は所属がかなり曖昧な宗像と風間である。元々彼女らの古巣でもあるためか、他の再訓練部隊の者達よりも比較的自由にこの基地を動き回っているのは知っていた。しかも、ただでさえ機密が多い軍事基地の中でも、とりわけ機密箇所が多い横浜基地の中を。
その2人が、今度は再訓練期間中にも関わらず妙な事に駆り出されようとしている。
それは、自分の部隊を他人が勝手に弄繰り回すような不快感を感じるには、十分な理由だった。
「…仰る意味は理解できますが、あの2人はまだ再訓練期間中であります。
そのような体が不自由な者を出すわけには―――」
「あぁ、使うのは今回の模擬戦だけだからそんなに気を回す必要は無いわ。前線に出すわけでもないし。
問題ある?」
「………」
大有りである。が、この横浜基地に居る以上、ある程度この女狐の横暴に我慢することはとうの昔に覚悟できていた。
それにこの女狐はこちらが折れたところで、再訓練部隊への威厳は損なわれないよう、それなりに配慮をした話し方をしている。
再訓練部隊側が良い悪い関係なく、横浜基地側の都合で持っていくから、その確認だけしてくれ………と。そういう言い方をされたのだ。
要は、ここで頑なに意地を張ることで、こちらの威厳を損なわず、しかし向こうは無理難題を押し通す悪名の高さを見せ付ける。そんな打算だらけの芝居を、強要されていると云えばよいか。
もっとも、そんなことを気にしなくても、向こうはオルタネイティヴ第4計画の代表である。こんな回りくどいことをしなくても、必要になったらオルタ4権限で持っていくことは可能なのだ。
―――結局、これは茶番でしかない。
「………」
「無言は肯定と受け取るわよ。それじゃ宗像と風間は適当に切り上げて頂戴」
さも当然の如く、颯爽と香月はブリーフィングルームから出て行くが、その呼び出される事になった2名には、皆目見当も付かなければ、同時に非常に迷惑な話であった。
別室のブリーフィングルーム。そこには先に呼び出された宗像・風間の2名の他、実質上香月にとって唯一の手駒となる涼宮 茜少尉が席に座っている。
その前には朽木の代わりと云わんばかりに香月博士が教師の如く立つ。何故か、妙にその姿が今まで以上に様になっていた。
「さて、アンタ達を呼んだのはちょっとしたお遊びをしてもらうためなんだけど。まぁ、ちょっとした模擬戦だけど、勝ち負けは重視してないわ。
相手は企業が飼ってる忠犬が4機。機種は不明。そいつらの性能を見極めてくること」
一見、非常に簡潔な内容である。が、”性能を見極める”という言葉が、3人に余計な考えを与えさせた。
「性能の見極めはこちらでもやるけど、実際に相手することになるアンタ達の意見も貴重な情報になるから、そこは頼むわよ」
「1ついいですか?」
「何、涼宮?」
手を上げることもなく、座ったまま質問する涼宮。これは、ここ数ヶ月、ほぼマンツーマンでミーティングをして来た時の癖である。普通なら教育的指導を受ける所業であるが、香月は特に気にした様子もなく、話を促す。
「模擬戦と云いつつ、やることは機体の情報収集である…ということは、セールスか何かでしょうか?」
「まぁそんなところね。適当に相手してあげなさい」
「了解です」
「ちなみに、データ収集も兼ねてるから”九尾”を使うわよ。ナノは投入済みよね?」
「はい」
「宗像と風間は不知火で出てもらうわ。コールナンバーは、2人がA-01部隊から抜けているのも加味して涼宮が01、宗像は02、風間が03よ。
多少階級の前後があるけど、そこは臨機応変にね」
「「「了解」」」
「それじゃぁ、午後1…イチサンマルマルだっけ?その時間に開始するから、それまでに準備しときなさい。以上よ」
「敬礼!」
宗像の号令に、3人は敬礼する。無駄なことと云われるが、やはりそこは軍人である。いくらボヤかれようと、やめるわけにはいかなかった。
1度うんざりした顔を見せた後、香月はブリーフィングルームから出て行く。それと入れ替わるように、ピアティフ中尉は3人に資料を回す。人数が少ないのですぐに行き渡り、それを確認すると正面に立ち、各種状況の説明を始めた。
勝負は制限時間無しで、どちらかが全滅した時点終了。使用兵装は自由に選択でき、しかし待ち伏せや隠密モード等の機体性能に依存しない戦術は使用禁止。
要するに、全面的な機体性能でモノを云わせる真正面からの真っ向勝負ということだ。回避のために遮蔽物を利用するのはありだが、そこに一定時間待機することは許されない、と。ほぼ殴られたら殴られっぱなしのノーガード戦法を、両者に強要するその内容。
「先方の情報はいただけますかしら?」
「こちらです」
先ほど手渡した資料の中から外該当のページを開く。
http://www29.atwiki.jp/teito?cmd=upload&act=open&pageid=18&file=%E6%A9%9F%E4%BD%93%E7%B3%BB%E8%AD%9CVer0.1.xls
「提供された資料によると、F-15とF-4、F-16にTYPE-94………のカスタムが1機ずつとのこと」
「改造機……です、か」
戦術機という巨大なモジュールのカスタマイズというのは、そう出来るものではない。
特に軍としては足並みを揃える意味でも、一律の性能を求めるため極端な改造は控えていることが多い。最前線に限って云えば、パーツが無いなら世代間を無視してパーツを組み込むことも度々あることだが、軍隊という組織上、改造機というのはまず有り得ないものと受け取られている。
限定的にあるとするなら、それはパッケージされた改造キットを用いることくらいで、大々的でかつ個人仕様に合わせた改造というのは、現実的に考えても有り得ないことだ。
しかし、今ピアティフ中尉の口からそれぞれ異なる4機種の戦術機が告げられ、しかもそれらが改造機という情報がもたらされる。”軍隊”ではなく、”企業”だからこそ出来る事なのだろう。もっとも、3人はその事を知らないのだが。
普段抱えていた常識をぶち壊してきたのが、どこから湧いてきたかも解らない集団というのは、地味に納得がいかないものがあった。
「資料によるとそれぞれにコードネームが設けられ、F-15が”雷電”、F-4が”震電”、F-16が”遠雷”、TYPE-94が”迅雷”とされている」
「1・2・3世代機の混成部隊………ということは、かなり特殊な機体ということですわね」
「外観情報は提供されていないので、演習中に確認すること―――以上。そのほか、細かい資料は今から手渡すので、模擬戦開始前までに確認しておくこと」
一通り説明を果たしたピアティフ中尉は敬礼してブリーフィングルームを出て行った。
3人は一息つきながらもそれぞれ椅子を持って円形になるよう集まる。
「………さて、作戦会議と洒落込みたいところだが」
「久しぶりに組むと云うのに、こうも急ですと何から手をつけたら良いのか悩みますね」
宗像と風間は苦笑しながらも、今の状況に対して愚痴る。
もっとも、それは表面的な部分でしかなく、実際にはそれほど困ってるわけではないというのを、茜は知っていた。
「ざっと資料に目を通した感想だと、どれも関節と本体側のトルク強化が主立ってるみたいですね」
「F-15の”雷電”はルート・1とか云うのを使ってる…と。他にはルート1.5やら乙だの甲だの…
こう見てみると、ルート・1を基点に3つの異なる仕様の炭素帯があるということか」
「つまりは、その4つの性能を見極めろと云うことでしょうか」
「相変わらず無理難題を押し付けてくれる人だ…」
よくよく考えてみれば、相手がどういう素性の者なのか、3人は知らされていなかった。
知る必要が無いから教えなかったのは解っているが、しかしそれでもこれから行う模擬戦について、もう少し教えてもらいたかった。
とは云え、既にこの場を去った人に文句を言うのは筋違いと言うもの。それに、与えられた情報の中で最善を尽くすのが軍人である。そもそもとして、文句を云える立場ではなかった。
「涼宮、”キュウビ”とか云うのは例の試作の跳躍ユニットのことか?」
「はい。8基の跳躍ユニットに1基のセンサーユニットで、尻尾が9つあるように見えることからそういうコードネームを付けられてます。
あと、前の模擬戦の際、衛士側にもある程度手を加えないと乗れないことが解ったので、今は実質私専用の機体になってます」
「衛士にもある程度手を加える…?そこまでしなければ乗れない代物なのか?」
「えぇっと、内蔵の全取替えとかそんな大きく手術するとかじゃなくて、血流制御を行うナノマシンを注入されてる程度ですよ。ほら、擬似生体の固着促進剤に入ってる奴です」
「どの道、その”九尾”は涼宮しか乗れない………か」
「その上で、連携を考えないといけませんね」
「とは云えこちらは3機に対し、向こうは4機だ。数の上では既に不利。
そこをどうやりくりすべきかだが………」
「そこはもう、脚を使って撹乱しかありませんよ。動いて動いて動きまくって、こっちが主導権を握るしかないです。
それに数が少ないなんて、BETAが相手の時は当たり前のことじゃないですか」
茜の、いかにも前衛的な発言に、宗像と風間は今はもう居ない…しかし強く印象に残る人の面影を感じ、微笑を浮かべた。
「………え、っと。なにか?」
「…速瀬中尉に似てきた…と思ってな。あの人なら、こういう時はそう云いそうだ」
「確かに、相手の出方が殆ど解らないという状態は、BETAに通じるものがありますわね。なら、こちらはこちらのスタンスで行かせていただきましょう」
「となれば、スタンダードな陣形になるが、前衛が涼宮、中衛が私、後衛は風間になる。いいな?」
「「了解」」
「涼宮は”九尾”の加速性を生かしてとにかく撹乱すること。向こうが撹乱されている間に私と風間で各個撃破する。
………真っ向勝負である以上、これくらいしか作戦は立てられんか」
「仕方ありませんよ。でも、それを捻じ伏せるのが私達です」
「ふふ………ますます速瀬中尉に似てきましたね」
「それはそうですよ、私が目指してたのは速瀬中尉なんですから」
やや雑談になりかけた作戦会議を、宗像は手を叩いて区切らせて模擬戦の準備に入ることを指示した。
………3人の間にはもう、半年以上の空白は存在していなかった。
「ところで実際、どうよ?」
「何がだ?」
外部格納庫へ通じる廊下を歩きながら、大神は隣を歩く業羅 基樹に唐突に話を振ってきた。
「勝つ勝てるもさる事ながら、どれが売れそうってところ」
「勝つ勝てるって………お前は100%勝利できると思ってるのか…?」
相方のビッグマウス振りに軽く辟易してみせる。が、その大神は特に気にした様子も無く口を動かす。
「何云ってんの、オイラが手塩を込めて丹念に作った代物だよ?富嶽の変な跳躍ユニット程度にゃ負けんよ」
「そこは時の運次第だろうけど。売れる売れないの話なら、堅実なモノが売れると思う」
「てことは”震電”の?アレ売れるかなぁ、あれ自分で作っておいてなんだけどまったく動かないよ?」
「けど関節保護には有効だからね、あれは。そういう忍は?」
「オイラは断然”雷電”だね!なんたってアレにゃ―――」
「おっと、口を滑らせないように」
口を押さえ、余計なことを云わせないよう対策を採る。
このなんてことはない廊下ではあるが、どこに”耳”があるか解らないのだ。この基地が用意したものもあれば、商売敵が置いていったものも、ある場合があったりもする。
自重せよ、ここはマイホームではないのだ。と、基樹は言外に続けた。
丁度廊下も途切れ、外へ向かう玄関に辿り着く。そのまま2人は外に出ると、
「ま、何にせよ売れる売れないは午後の模擬戦次第ってことで」
そこに待機していた自社の社員達に挨拶した。それに応じてそれぞれ規律の無い疎らな返事が返ってくる。
「どーだい、準備はできてるー?」
「これは、主任。準備は大詰めといったところです」
戦術機カーゴの前で待機していた糸目の中年男性は、振り返りながら答える。
丁度リフトアップをしようとしていたのか、カーゴがゆっくりと起き上がる。戦術機サイズの塊を起こすだけあって、結構な轟音が響く。
「今回はセールスが目的だから、派手に動いて有用性を見せ付けてくれ」
轟音が収まると、基樹はそんなことを話す。
「勝ち負けは関係ない、と?」
「どーせなら勝とーぜー?既存ので負けるようなおもちゃは売れねーしさー」
「それは無論。やるからには………」
「私達は商売するために来たんだ。そのためのアピールは当然勝利こそが1番話が早い。口先よりもね。
そこはキミも解っているんだろう?」
糸目の中年にそう問いかけると、静かに頷く。
「ところで、こちらの情報はどれだけ流してるので?」
「え?あぁ~、回りくどく云えば」
「ヒトコトで済ませような、主任?」
「はいはい。売りの関節だけだよん。それ以外のは余計な情報っしょ?」
「………それはお前、もしかしなくても…」
何か言いたげに顔を歪ませる基樹だが、「何か問題でも?」と云わんばかりのどや顔で迎撃する忍。もっとも、本人の顔は半分バイザーに埋まっていて口以外の表情はわからないのだが。
「となれば、このままフードはかぶせたままでいいか。ご配慮、感謝します主任」
「おうおう敬え崇めろ奉れ。これで負けたら赤っ恥どころか首になって職にあぶれる事になるからこのアドバンテージを大事に使え」
「ただの億劫とサボりが上手く行っただけなのによくもまぁそこまで威張れるもんだ………」
「億劫だからって資料集めをサボったわけじゃねーし!ただ集めるの忘れてただけだし!」
「………お前はどうしてそう云わなくて良いことをベラベラと……っ!」
糸目の中年の前で、大の大人が本気の取っ組み合いを始める。清潔そうな顔からでは想像できないえげつない技を駆使する業羅に対し、同じくえげつない技で応酬する大神。見る分にはある意味に置いては面白いが、しかしこれにかまけてる場合ではない。
「こちらの装備が知られてない…というのは、真っ向勝負においては非常に有用です。有り難く使わせていただきますよ」
「でも隠しすぎて結局使いませんでしたーってのだけは無しよ?デモストレーションなんだから」
「派手にやりますよ。勝ってしまう程に」
「おしおし、やっぱ岩谷ちゃんは解ってんね!流石大陸でも実戦経験者!物事見えてんねー!」
「ま、そうプレッシャーを与えるのもかえって逆効果だ、その辺にしておけ忍。
ともあれ、頼むよ岩谷くん」
「はっ」
糸目の中年………岩谷は敬礼すると、最後の調整のため立ち上がった戦術機の元へ向かった。
その背を見ながら、大神はこんなことをのたまう。
「これで売れなかったらオイラたち完全にほされるなー」
「あえてツッコミをいれなかったが………一人称、元に戻ってるぞ。気をつけろよ?」
「おぉっと………どうにもワタクシって慣れないなぁ。もうやめていい?」
「だぁめ。ほら、こっちも調整あるんだから行くぞ」
「うぃー…」
業羅にネクタイを掴まれ引っ張られながら、自前の指揮車へと向かっていった。
最終更新:2011年07月15日 10:17