21-2

 人の評価というのは、1度覆されるとそう易々と持ち直せるものではない。
 それは評価が高ければ高いほど、難易度を跳ね上げる。
 それが意図した失言、行動であれば、まだどうにかできただろう。
 ましてや、ちょっとした失敗なら尚の事。
 しかし、森上 悠希の犯した失態は、己が意図したことではない。むしろ自分自身ですら理解不能の現象だった。
 である以上、悠希はこの失態に対し、何らかの対策を打てずにいた。
 そして、1度覆された評価は、そのまま放置すると、すればするほど、その評価が根付き、覆す事を困難にさせる。
 そしてその結果が、「全員の基礎応用課程Dの突破」を達成されなかったことと、そこから発生される罰によるペナルティが合わさって、悪意はより加熱する。
 それはやがて、”イジメ”という形で表面化する。
 しかし、不幸中の幸いと云うべきか、物理的に悠希をどうこう出来るのは実質的にいないため、口によるイジメに留まっていた。
 それを良いことと捉えることはできなかったが、このまま放置する他ないことも、雫は同時に理解していた。
 結局は悠希の問題。雫がどうこう云っても、解決する問題ではない。
 ………したくてもできないのだから、せめて睨みを利かせて封殺するしか、できなかった。

「また墜落か…よくもあそこまで綺麗にできるよねぇ」

「あれで私達の足を引っ張ってるんじゃ笑い話にもならないよ」

「結局脳まで筋肉ってことなのかな?機械音痴にしても酷いわよ」

「あ~、意外とあるかも機械音痴!テレビの付け方さえ解らないとかありそう!」

「あははッ、自動ドアの開き方も解らないとか?」

「確かに自動ドアの前で右往左往してそう!」

「あ!だから源さんの後ろを歩いてるんだ!だってそうじゃない、いっつも森上くんって源さんの後ろにくっついてるし!」

「なるほど~…あれは機械音痴を隠すためだったのかぁ~………あっ」

 あれは………E分隊とD分隊の女子達だろうか。
 PXで姦しく雑談している女子達が見えると、雫に気付いた1人が一瞬「ヤバッ」と思って口を閉ざし、それに気付いた面々も気まずそうに俯く。
 彼女達なりに、今までの発言がマズイということは理解しているのは解る。
 だから雫も、その隣を悠希に代わってついて歩く都他A分隊の面々もあえて何も云わなかった。
 ………いや、食ってかかろうとする勝名を久我と綾華が必死に抑えていたか。
 そのA分隊の中に、悠希はいない。今はまだ、補習の最中である。
 しかし何も云わないとはいえ、それでも抗議はしたい。よってあえて、わざと、意図的に、D・E分隊女子陣の隣に陣取る。そこは普段B分隊が陣取っている場所ではあったが、あえて、今回はそこを選んだ。
「ふぅ…今日も頭が痛いですね。覚えることが多すぎです…」
「でも慣れてみれば結構面白いものね、戦術機って。XM3というのもかなり簡略化もされていれば、私達の意図をちゃんと汲み取ってくれて、これを考えた人は本当に凄いわ」
「ですが…機動自体はある程度連続した入力になるから結構簡単に覚えられたのだけれども、パネル操作関係は覚えることが多いですよ?」
「装備されてる各種観測機を使えば3Dマップも作れるなんて…戦術機って凄いですよねぇ…」
「オレは細かい作業が難しすぎる………指先使った制御だな」
「あぁ~それボクもだぁよ。短刀で1平方mの物体に当てろとか無茶です…ていうか無理…」
「それでも出来るようにならないと後々泣くわよ久我」
「そうは云いますがね分隊長どの~…」
「もっと長刀みたくズバーンッ!ってやりてぇのよオレは!短刀でチマチマやってられねぇって!」
「でもでも勝名さんっ、BETAの中には密着してくるのも居るって聞きますよ。そういうのに対応できないと大変じゃないですか!?」
「そうですね。自分は良くてもそれで仲間を失うことになれば、きっと私は自分を一生許さないでしょう。ですから勝名さん、できるようになる努力は続けるべきです」
「できないからって諦めたら、後で一生『なんであの時もっと努力しなかったんだ』って嘆くのは自分………ってことね。なるほど、参考になりますわ」
「久我まで…ッ!?くっ…わ、わーったよ、できるようになるまで特訓するさ!これで良いんだろ!?」
「えぇ、それで良いわ勝名。その特訓には私も付き合うわ。私もまだまだなところ、沢山あるし」
「「「……………………………」」」
 姦しく喋っていたD・E分隊は先ほどとは打って代わり、殆ど無口になっていた。
 対してA分隊の面々は気にせず何処が悪くどう難しく、どうやって改善すべきかを話し合う。
 それは中身のある話で、実質陰口でしかないE分隊にとって、それは当てつけのように感じられた。
 もっとも、これは意図したわけではない。
 元々A分隊はこの手の話をすることが多く、何か問題があればこうやって反省会は頻繁に行われていた。今回もその流れで、いつも通りのことを話しているに過ぎない。
 しかしD・E分隊の面々にとっては、やはり当てつけ、嫌がらせの部類に感じることも、また事実だった。
「―――ッ!何よ、当てこすりのつもり!?」
「まるで嫌がらせみたいに!陰湿なのよね、そういうの」
「おうおう、やんの―――モガッ」
「はーいカッチーナはちょぉ~っとお口にチャックしましょうねぇ~」
「ここで拗らせるわけにもいきませんからね…」
 ついに耐え切れず、かみつくE分隊の面々に食い付く勝名を久我と綾華が二人がかりで抑え込む。もはや慣れたもので、あっさり抑え込まれる。地味に宿舎での久我状態だ。
「そうね………そういうつもりはなかったのだけれど、そう感じさせてしまったのなら謝るわ。ごめんなさい」
「謝るのなら、何故こんなことをするの?」
 それは言外に、「陰口を叩く遊びの邪魔をするな」と、云っていた。
「身内の悪口を聞いて気分を良くする人は稀だと思うのだけれど?」
「む…そ、そうね。それは悪かったわ。でも、彼のせいでいらない罰を受けたのは事実よ。これだけは引かないわよ?」
「えぇ、そこはこちらも理解してるわ」
「なら、何か用?わざわざ隣に陣取るなんて、何か云いたいんでしょ?」
 D・E分隊女子陣の代表として上原 瑞穂がそう問い迫る。
 その問いに、1度眼をそっと閉じ、思案するような態度を見せて一呼吸置き、そして眼を開く。
 その表情はいたって普通だった。
「特にないわ。強いて云うのなら、陰口をやめさせたかっただけよ」
「………それだけ?」
「えぇ。私が云ったところで、悠希の問題は解決しないのだから、なら云うだけ無駄でしょ?」
「そ、れは…そう、だけど………」
 悠希のことなのだから、もっと食い付いてくると思っていた瑞穂にとって、その返しは少々肩透かしだった。
 もっと怒声を上げながら私達を罵るのかと思っていた。
 もっと的確に、こちらの痛い部分を突いてくると思っていた。
 だが、実際はなんとも当たり障りのない返しか。
 逆に拍子抜け過ぎて、反応に困ってしまった。
「勿論、貴女達の不満も解るわ。今までトップ面をしていたのが、今じゃ最下位。
 しかも全体に迷惑をかけるような結果を出せば、何がしかの不満を抱いて当然よ。私だって何か云いたいわ」
「なら、彼にちゃんとするよう源さんから云ってよ。これじゃ、訓練部隊全体の士気に関わるわよ?」
「確かにそうなのよね…頭が痛いわ」
 と、一寸おどけて見せる。この仕草に、一寸場の空気が緩む。
「でも、だからと云って陰口を叩いたりイジメに走るのはお門違いでしょ?
 ほどほどにしておかないと、悠希でなくとも痛い目に見るわよ」
 それは脅しでもなんでもなく、先ほどまでA分隊が話していたようなことをした方が良い―――と、警告していた。
 この訓練部隊でトップレベルの戦闘力を持つ悠希が戦術機を使えないということは、つまりは戦場で彼に頼ることはできないということ。頼れないということは、自分を守ってくれる人がいなくなるということ。
 自分より強い者が1人いなくなる―――この事実は、十分に彼女らに危機感を与える要素となる。
 戦場では安全が確保された状況はまずない。その中で、自分より間違いなく強い者が近くに居るというのは安心感を抱くに十分な理由となるが、同時にその者がいなくなった場合、自身を確実に守ってくれる者が1人、消えるという事にもなる。
 そうなった時、誰が自分を守るのか。
 その時、自分はどうするのか。
 緊急時、動けるのか。
 そして今、そのもっとも信用できた男1人がいつ脱落してもおかしくない状況に立っている。
 それを考えれば、ここで陰口を叩いてる暇よりも、自分が強くなる方法を考えた方が、遥かに有意義。死にたくなければ、自分を鍛えなければならない。
 ―――雫の言葉には、そういう意味が込められていた。
 それに気付いた数名が、急に血相を変え、
「あ、あ~悪い!わ、ワタシ急用思い出したわ!な!?」
「う、うん!そ、そうだね!私も急いで出さなきゃいけい書類があったんだった!」
「え、ちょっと、なに?急にどうしたの?」
「ほらッ、貴女もやることあったでしょ!行くわよ!」
「え、何?何なの?」
 その意味を理解した者と、しない者。
 差は大小あったものの、しかし理解した者がしていない者を引き連れて動き出す。
「………はぁ、そういえば私も”やること”があったわ。悪いけどこの話は後日、日を改めてしましょう」
「えぇ、また後で」
 バツの悪そうな、気まずそうな顔を見せながらも瑞穂はその場を去っていく。

 ―――さきほどまでの喧騒が、まるで無かったかのようにPXは静寂に包まれる。

「―――ハんッ!とんだ腰抜け野郎ばっかだぜ。口ばっかで云われなきゃ出来もしねぇ!あれがオレ達の仲間って思うと虫唾が走るぜッ!」
 その静寂を粉々に砕いたのは、不快感を隠しもしない声音を撒き散らす勝名の言葉だった。
 むしろ声音どころか、態度からすら苛立ちを露骨に出していく。
「そう悪口を云うものじゃありませんよ勝名さん。彼女達の主張も、一定の理由があってのことですし」
「だからって悠希をあんな風に云わなくったって良いだろ!?」
 いつもの静かな態度で落ち着くよう、綾華は云い諭すがどうやら日に油のようで。
 しかも久我がそこにニトロをぶち込む。
「でもさぁ、ほら。”他人の不幸は蜜の味”っても云うじゃない?陰口が楽しくなるのは仕方ないんじゃない?」
「そんなシリの穴がちぃせぇことで納得できるかよ!あのな久我、オレが頭にきてるのは、本人の前で云わないことなんだよ!
 云いたいことがあるなら本人に直接云えばいいじゃねぇか!それを外堀を埋めるみたいに周りだけでベチャクチャベチャクチャ云いたい放題云いやがって!あれでもマ○○ついてんのかあいつら!?」
「か、勝名さん下品ですよッ。それと1人で熱くならないでくださぃ」
 久我の言葉と云う名のニトロがぶち込まれ、そこから自ら補助可燃物を生み出して自己吸気状態に入った勝名を都が必死に消火活動に入る。
 しかし1度燃え出した不満は中々消えることはなく、綾華・都・久我が必死に宥めるしかなかった。
 が―――
 急にそれまで黙っていた雫がテーブルを平手で叩いた。大きく小気味良い音が響き、テーブルが揺れる。
 急な音と、突飛な行動に全員が一斉に止まる。
「喧嘩したいのなら外でやって。止めはしないから」
「ぶ、ん隊長…?」
 静かな物言いではあったが、どこか怒気が含まれた口調は、今までになく威圧感を放っていた。
 それだけに、それまで怒り狂っていた勝名もすっかり意気消沈してしまい、ただ雫の次の言葉を待つ状態に。
「あ…あ~、勝名さん!ちょっと銃器整備で忘れたところがあるのでちょっと教えていただけますか!?」
「え、は?何云ってんだ綾―――」
「そ、そうです!私も忘れたところがあるのでそこを教えてください!」
「ボクも女性の体について少々教えていただき―――タッキング!?」
 久我はいつものパターンにしても、唐突に提案を出した綾華と、それに便乗する都が勝名の両脇を固め、引き摺るようにPXから出ていく。それにボディブローをもらった久我がもがきながらもその後をついていった。
 一寸、都は雫の方を振り向くが、一巡した後そのまま綾華達と共に去って行った。
 ………再度、PXに静寂が訪れる。
 その中で雫は、1人ぽつんと座り続ける。その眼は、先ほど怒気を含ませた時と同じように、ずっと虚空を睨み続けていた。
 だが………心は虚空へは向かってはいない。
 その頭に、心に渦巻くのは、その渦巻きの中心にあるのは、悠希のことだ。
 思っていた以上に、雫は自身が堪えているのを実感した。

 ―――悠希はもう、隣に立ってくれないのかも知れない。

 いつか来るだろうとは思っていたが、まさかどちらかの命が奪われる戦場に立つ前に、こんな場所でこれを強く意識させられるとは。
 そしてこれが、思っていた以上に雫にとって情緒を不安定にさせる要素になりつつもあった。
 源 雫は森上 悠希とセットととして見られるように、雫もまた、悠希という存在に依存していた。
 それは丁度、”人”と云う字が、ヒトがヒトを支えるように。
 雫の心は常に、”悠希”という支えがあって維持されてきた側面がある。
 これは本人すら今の今まで気付けなかったことだった。彼とて、良かれと思ってのことだったはずなのだ。
 だがしかし、今はその支えが失われそうになっている。
 そのことから知らず苛立ちも積り、陰口で済ませている上原 瑞穂達に当たり散らしている。
 一見すれば、ただ窘めているように見えたのかも知れない。だが実際は、雫にとってはただの憂さ晴らしでしかなかった。
 悠希が、想い人が悪く云われるのは今は仕方ない。それに、悪く云うのが居れば、悠希に悪い虫は付かない………
 そうでなくとも悠希は雫に仕えているというのを、内外に知らしめている以上、そんな娘は現れぬはずだ………
「………浅ましい」
 ………そこまで考えたところで、自分の考えの醜さに反吐が出た。
 あまりに自分に都合が良過ぎる。彼の事など一欠片も考えてはいない。
 その癖いなくなることへの恐怖に苛立ちと不安を抱えている。
 なんと醜いことか。
 なんと浅ましいことか。
 なんと矮小なことか。
 男1人がいなくなるだけでこうまで心が弱くなるのか。
「………でも、それ………でも………」
 それでも………悠希に、居て欲しいと思っている。
 いくら考えを切り替えようとしても、頭の片隅には必ず「なんとかして残って欲しい」と強く願っている自分が居る。
 あまい………甘すぎる………なんて心が弱い………
 これが源 雫の本質だとでも云うのだろうか………こんな脆い心が、自分の本質なのだろうか………
 そう考えてみると、凄く泣きたくなってくる。
 いや…視界が既に揺らいでる………もう、あと何秒もしない内に涙がとめどなく溢れてしまいそうだ………
「こんな………そんな………ッ」
「どうしたんだい雫ちゃん、珍しく1人じゃないかい」
「え―――ッ?」
 急な声に、思わず驚く。声をした方…正面にはPXの番人、百里基地の胃袋を支える小さな鉄人、流石 千代が立っていた。その皺だらけの両手には湯気が立つプラコップが握られていた。
「ど、どうしたましか流石さん」
「それよりお茶どうだい?合成玉露だけど」
「あ、はい。いただきます…」
 前に座り、渡されたプラコップは熱く、入れたてなのがすぐに解った。
 フーフーと息を吹きかけ少しずつ、しかしなるべく音を立てず飲み込んでいく雫。
「戦術機に乗れるようになってからはどうだい?大変かい?」
「え、えぇ。覚えることが多くて毎日頭の中ぐちゃぐちゃですよ」
「ふふふ、その時期の若い子はみんなそう云うよ。覚えられるかーって、騒ぐ子もいたねぇ」
「そうなんですか?でも、気持ちは解ります」
「私は乗ったことないから解んないけど、やっぱりみんな通る道ってことかしらねぇ」
 ややスローテンポの言葉に苛立つことなく、雫はその会話に付き合う。
「乗り始めはみんな騒ぐもんだよ。わかんないわかんないって、あの子達もそうだったねぇ…」
 そういう流石の眼が、不意に遠くを見るものに変わる。
 その意味は、雫も理解できた。
 見知った人達が、戦場に行ってしまった―――という、その事実を。
「でもねぇ、みんなその内面白くなってきて、あぁでもないこうでもないって、良くここで騒いでたもんだよ」
「………」
「それでも………ねぇ。やっぱりできなくて辞める子もいたわよ。何がどうしてなのかは、私は解らないけどねぇ。
 それでも、その子は、みんな泣きながらこう云うんだよ。『みんなの力になれないのが悔しい』ってねぇ。
 でも、同じ分隊の子達も同じように云うんだよ。『一緒に戦えないのが悔しい』って」
「………あの、流石…さん?」
 云いたいことがよく解らない。
 悠希の件で思い当たる節にぶつかる話はあったが、だが何故今その話を?と、思う。
「ま、世の中理不尽が多いってことだよ。BETAなんか、そのひとつでしかないよ。
 生きてる内は、いろんな嫌なことや我慢できないことがたくさんあるもんさ―――って、ちょっと余計なこと云っちゃったかねぇ。
 雫ちゃんはどうしたんだい?何か悩み事かい?」
「いえ………そ、の」
 自分の浅ましさに絶望していたところ―――なんて、云えるわけもなく。
 非常に云い難く雫は妙に押し黙る。
 その姿は、普段訓練部隊を引っ張る娘とは思えず。
 それでも流石はじっと待つ。
 溜め込んでいると、見えていたから。
「も…もしかしたら………」
 その重い口がゆっくりと開く。が、すぐに淀み、その顔に暗い影を落とす。
 それでも流石はじっと待つ。
 渡された合成玉露がぬるくなってきた頃、雫の口がゆっくりと、静かに動いた。
「分隊の1人が………悠希、が………もしかしたら、やめさせられるんじゃないか………って」
「それは法子ちゃんから云われたのかい?」
「いえ………でも、今のままだと遠からず………」
「なるほどねぇ…そうかい………」
 流石は渋くなった合成玉露を一口喉に通す。
 渋味に顔をしかめながら、プラカップに残る合成玉露を見ながら軽く揺らす。薄緑の液体内に漂う茶葉の細かい欠片が中央に留まりながらも僅か踊るのが見える。
「悠希ちゃんはそのことを気にしてる様子かい?」
「表向きは気にしてない風を装ってますけど………多分………いえ、きっと一番悔しい思いをしてるのは彼です………」
 ―――自分が気にしても、仕方ないのは解ってるんですが………
 雫はそう言葉を続け、より深く項垂れる。
「このままじゃ、一緒に訓練校を卒業できない………一緒に戦えないと思うと…支えてもらえないと思うと………どうしても………」
 気付けば、自分の心情を口にしていた。
 云わなくてもいいことを口走っていた。
 それでも、解っていても、口は動く。
「ずっと一緒だった悠希がいなくなるって………あの人がいなくなるなんて…!そんなこと考えたことなかったから………そんな………!」
 その長い髪に隠れてよくは見えなかったが、流石の眼にはグスグスと泣く、小さな子供がそこに居るように見えていた。
 いや、彼女からすればこの基地にいる半分以上は子供にしか見えていない。
 彼女自身が歳を取っていることもあるが、それ以上に、この基地にいるのは若い者が多い。
 それが戦争なのだと解っていても、戦争で失われた命の代わりが………若い命が”こんなトコロ”にこうして居ることは、とうに慣れたし納得もしているが、それでも良い気はしない。
”こんなトコロ”………そう、ここは”こんなトコロ”と表現すべき、そんな場所なのだ。
「人類の砦」だの「国の守護神」だの色々と耳障りの良い謳い文句や字面を並べようとも、結局は費やした命を掻き集め、それを消化する場所。
 それが国や国民を守ることだというのは理解している。こういう場所がなければ、とっくの昔に人類は滅んでいることも。人が生きる上で必要な場所だということも。
 だが…だからこそ、子供たちの人生を、大切な一生を、二度と戻らない時間を吸い尽くすこの場所は、流石は好きになれなかった。
 源 雫がただ幼馴染が落ちるということだけのために泣くことも、森上 悠希が1人悩むこともなかった。ここで話を聞く必要だってなかった。
 時代が悪い―――そう吐き捨てるしかないのを解っているからこそ、流石は何も言わない。
 そんな場所だからこそ………流石はそんな子供たちの支えになりたいと思っていた。
 年寄りの余計なお世話かも知れない。それでも流石は支えになりたいと、心からそう思っていた。
 だからこそ、悩む子供たちの苦しみの捌け口になれたらと考える。
 何もできない年寄りなら、年寄りらしく。
 年配者らしく。
 今この瞬間だけは、この小さな子供を優しく包み込みたい―――と。
「いいかい雫ちゃん」
「………は、い」
 シワだらけで水仕事で荒れたその手でうな垂れる雫の手を取ると、はっとした表情で顔を上げる。そこには泣き顔が張り付いていたが、流石はそれすらも包み込み、
「雫ちゃんが諦めちゃ駄目だよ。幼馴染だったんじゃない?
 なら、雫ちゃんが信じて、手伝ってあげなきゃ駄目じゃないさ。
 正太郎さんの話じゃ、ロボットが来るまでまだ時間があるそうじゃないか。
 なら、その時まで頑張って支えなきゃいけないよ」
「私が………ささ、え、る………?」
 その言葉に、雫の中に何かが………一陣の風が吹いた―――ような気がした。
「好きな人くらい支えてあげなきゃ女が廃るもんさね」
 穏やかな言葉と、荒れて少し痛いけれども暖かな手で包みながらそう諭す。
 そんな何気ない言葉ではあった………が、雫にとってはある意味において救いの言葉だった。
 悠希と離れ離れになる苦しみ。
 支えを失うことへの苦しみ。
 源という立場の苦しみ。
 それらのシガラミをひっくるめて、その上でもやることはあると教えてくれた流石。
「あり…がとう、ございま………ぅ……ッ!」
 そんな流石に、雫は感謝の言葉と涙を流しながら、その手を握り返した。
 その手が与える歳不相応の握力に、流石は心を痛めながら。
 その言葉を、笑って受け止めていた。

21-1に戻る / 第22話
最終更新:2011年12月21日 10:49
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