あれは………E分隊とD分隊の女子達だろうか。
PXで姦しく雑談している女子達が見えると、雫に気付いた1人が一瞬「ヤバッ」と思って口を閉ざし、それに気付いた面々も気まずそうに俯く。
彼女達なりに、今までの発言がマズイということは理解しているのは解る。
だから雫も、その隣を悠希に代わってついて歩く都他A分隊の面々もあえて何も云わなかった。
………いや、食ってかかろうとする勝名を久我と綾華が必死に抑えていたか。
そのA分隊の中に、悠希はいない。今はまだ、補習の最中である。
しかし何も云わないとはいえ、それでも抗議はしたい。よってあえて、わざと、意図的に、D・E分隊女子陣の隣に陣取る。そこは普段B分隊が陣取っている場所ではあったが、あえて、今回はそこを選んだ。
「ふぅ…今日も頭が痛いですね。覚えることが多すぎです…」
「でも慣れてみれば結構面白いものね、
戦術機って。XM3というのもかなり簡略化もされていれば、私達の意図をちゃんと汲み取ってくれて、これを考えた人は本当に凄いわ」
「ですが…機動自体はある程度連続した入力になるから結構簡単に覚えられたのだけれども、パネル操作関係は覚えることが多いですよ?」
「装備されてる各種観測機を使えば3Dマップも作れるなんて…戦術機って凄いですよねぇ…」
「オレは細かい作業が難しすぎる………指先使った制御だな」
「あぁ~それボクもだぁよ。短刀で1平方mの物体に当てろとか無茶です…ていうか無理…」
「それでも出来るようにならないと後々泣くわよ久我」
「そうは云いますがね分隊長どの~…」
「もっと長刀みたくズバーンッ!ってやりてぇのよオレは!短刀でチマチマやってられねぇって!」
「でもでも勝名さんっ、BETAの中には密着してくるのも居るって聞きますよ。そういうのに対応できないと大変じゃないですか!?」
「そうですね。自分は良くてもそれで仲間を失うことになれば、きっと私は自分を一生許さないでしょう。ですから勝名さん、できるようになる努力は続けるべきです」
「できないからって諦めたら、後で一生『なんであの時もっと努力しなかったんだ』って嘆くのは自分………ってことね。なるほど、参考になりますわ」
「久我まで…ッ!?くっ…わ、わーったよ、できるようになるまで特訓するさ!これで良いんだろ!?」
「えぇ、それで良いわ勝名。その特訓には私も付き合うわ。私もまだまだなところ、沢山あるし」
「「「……………………………」」」
姦しく喋っていたD・E分隊は先ほどとは打って代わり、殆ど無口になっていた。
対してA分隊の面々は気にせず何処が悪くどう難しく、どうやって改善すべきかを話し合う。
それは中身のある話で、実質陰口でしかないE分隊にとって、それは当てつけのように感じられた。
もっとも、これは意図したわけではない。
元々A分隊はこの手の話をすることが多く、何か問題があればこうやって反省会は頻繁に行われていた。今回もその流れで、いつも通りのことを話しているに過ぎない。
しかしD・E分隊の面々にとっては、やはり当てつけ、嫌がらせの部類に感じることも、また事実だった。
「―――ッ!何よ、当てこすりのつもり!?」
「まるで嫌がらせみたいに!陰湿なのよね、そういうの」
「おうおう、やんの―――モガッ」
「はーいカッチーナはちょぉ~っとお口にチャックしましょうねぇ~」
「ここで拗らせるわけにもいきませんからね…」
ついに耐え切れず、かみつくE分隊の面々に食い付く勝名を久我と綾華が二人がかりで抑え込む。もはや慣れたもので、あっさり抑え込まれる。地味に宿舎での久我状態だ。
「そうね………そういうつもりはなかったのだけれど、そう感じさせてしまったのなら謝るわ。ごめんなさい」
「謝るのなら、何故こんなことをするの?」
それは言外に、「陰口を叩く遊びの邪魔をするな」と、云っていた。
「身内の悪口を聞いて気分を良くする人は稀だと思うのだけれど?」
「む…そ、そうね。それは悪かったわ。でも、彼のせいでいらない罰を受けたのは事実よ。これだけは引かないわよ?」
「えぇ、そこはこちらも理解してるわ」
「なら、何か用?わざわざ隣に陣取るなんて、何か云いたいんでしょ?」
D・E分隊女子陣の代表として
上原 瑞穂がそう問い迫る。
その問いに、1度眼をそっと閉じ、思案するような態度を見せて一呼吸置き、そして眼を開く。
その表情はいたって普通だった。
「特にないわ。強いて云うのなら、陰口をやめさせたかっただけよ」
「………それだけ?」
「えぇ。私が云ったところで、悠希の問題は解決しないのだから、なら云うだけ無駄でしょ?」
「そ、れは…そう、だけど………」
悠希のことなのだから、もっと食い付いてくると思っていた瑞穂にとって、その返しは少々肩透かしだった。
もっと怒声を上げながら私達を罵るのかと思っていた。
もっと的確に、こちらの痛い部分を突いてくると思っていた。
だが、実際はなんとも当たり障りのない返しか。
逆に拍子抜け過ぎて、反応に困ってしまった。
「勿論、貴女達の不満も解るわ。今までトップ面をしていたのが、今じゃ最下位。
しかも全体に迷惑をかけるような結果を出せば、何がしかの不満を抱いて当然よ。私だって何か云いたいわ」
「なら、彼にちゃんとするよう源さんから云ってよ。これじゃ、訓練部隊全体の士気に関わるわよ?」
「確かにそうなのよね…頭が痛いわ」
と、一寸おどけて見せる。この仕草に、一寸場の空気が緩む。
「でも、だからと云って陰口を叩いたりイジメに走るのはお門違いでしょ?
ほどほどにしておかないと、悠希でなくとも痛い目に見るわよ」
それは脅しでもなんでもなく、先ほどまでA分隊が話していたようなことをした方が良い―――と、警告していた。
この訓練部隊でトップレベルの戦闘力を持つ悠希が戦術機を使えないということは、つまりは戦場で彼に頼ることはできないということ。頼れないということは、自分を守ってくれる人がいなくなるということ。
自分より強い者が1人いなくなる―――この事実は、十分に彼女らに危機感を与える要素となる。
戦場では安全が確保された状況はまずない。その中で、自分より間違いなく強い者が近くに居るというのは安心感を抱くに十分な理由となるが、同時にその者がいなくなった場合、自身を確実に守ってくれる者が1人、消えるという事にもなる。
そうなった時、誰が自分を守るのか。
その時、自分はどうするのか。
緊急時、動けるのか。
そして今、そのもっとも信用できた男1人がいつ脱落してもおかしくない状況に立っている。
それを考えれば、ここで陰口を叩いてる暇よりも、自分が強くなる方法を考えた方が、遥かに有意義。死にたくなければ、自分を鍛えなければならない。
―――雫の言葉には、そういう意味が込められていた。
それに気付いた数名が、急に血相を変え、
「あ、あ~悪い!わ、ワタシ急用思い出したわ!な!?」
「う、うん!そ、そうだね!私も急いで出さなきゃいけい書類があったんだった!」
「え、ちょっと、なに?急にどうしたの?」
「ほらッ、貴女もやることあったでしょ!行くわよ!」
「え、何?何なの?」
その意味を理解した者と、しない者。
差は大小あったものの、しかし理解した者がしていない者を引き連れて動き出す。
「………はぁ、そういえば私も”やること”があったわ。悪いけどこの話は後日、日を改めてしましょう」
「えぇ、また後で」
バツの悪そうな、気まずそうな顔を見せながらも瑞穂はその場を去っていく。