22-1

 努力は、報われなければ意味を為さない。

 頑張りましたが無理でした―――では、何にも抗えない。

 抗えないのでは、努力した意味はない。

 意味を欲するために、努力してきたのではない。

 欲しかったのか、確かな力だ。

 どんな運命にも抗い、打ち勝てるだけの力が。

 どんな敵だろうとも、彼女だけは守れるだけの力を。

 その結果、己がどれだけ歪な存在になろうとも。

 それだけを強く思い続けていた。



マブラヴ・オルタネイティヴ~暁の空へ~ 第22話「重(かさね) ―――幾層にも積むこと―――」



 地下戦術機格納庫はこれまでにないほど賑わっていた。
 18m級の戦術機を多数格納することを想定されたこの格納庫は、戦車などの格納庫とは比べ物にならないほど巨大で、そして広く作られている。
 日本の地下にこれだけ広大な空間を作れることも驚きであるが、そこに設備を納めることもまた、驚きに値する。
 各種設備は使い古された物が多いが、そのどれもが新品同様に磨き上げられ、塗装剥げしていた物も全て塗り替えられている。
 照明は流石に新品を使われているが、そのどれもが力強い光をそこにもたらしていた。
「うわぁ~、初めて来ましたけど、凄いですねぇ」
 都は驚きに固まっている301衛士訓練部隊一同を代表するように、開口1番そう云った。
「へぇ~…新品に見えるけどどれも使い古されてるのばっかりだ。こりゃ流石さん頑張ったなぁ」
 日吉 梓は身を乗り出し、眼下に見える各種設備を見ながらそう云う。
「日吉さんって、そういえば整備部隊からでしたっけ」
「そうそう。新品同様の格納庫は初めてだけどね」
 雫の問いにそう答える日吉は血が騒ぐのか、格納庫内をアチコチ見周す。
「半年離れただけで、随分と懐かしい気になるよ」
 その言葉はどこか、寂し気な印象を与えていた。が、
「そんなに寂しいなら、今夜一緒にどうです姉貴?」
「へぇ、私を口説こうってのかい久我ぁ?」
「お、おふぅ!?に、握らないで!袋ごと竿を握らないでぇぇぇ!」
 いつもの久我に、全員が呆れの溜息を吐く。
 そんないつものじゃれ合いをやっていると、
『―――よーし、起こせぃ』
 スピーカーから響く渋い声。
 そして僅かな間を置いて、駆動音を立てながらガントリーが起きあがる。
「「「「「おぉぉ~………………」」」」」
 完全に起き上ったそこには、97式戦術歩行高等練習機―――英名TYPE-97、通称を【吹雪】と名乗る戦術機が、その雄々しい姿を格納庫に居る面々に見せつけるように立った。
 その姿に、ある者は興奮を、ある者は感慨を、ある者は懐かしさを、ある者は険しい表情でそれを見上げる。
 地下に映える蒼穹色の【吹雪】はまるで新品かのような光沢を放っていた。
「―――ってこれ、新造じゃん!?」
「解るの姉貴!?」
「日吉さんって呼べ!」
「痛い痛い痛い、ごめんなさいぃぃぃぃ!」
「流石だな日吉。元整備兵は伊達ではないか」
 そう云いながら現れたのは、氷室だった。その手には分厚い書類があったが、日吉はそれがなんであるかすぐに解った。
 それらは各機体の受領書と、使用する部隊の書面上での登録書だ。あれを処理しない限り、ここに並ぶ【吹雪】は訓練兵たちを乗せることは無理だ。
「そりゃぁまぁ。これでも散々触ってきましたから………しかし無茶しますね。
 新兵ならまだしもそれ以下の訓練兵に新造なんて」
「私に云うな………司令のゴリ押しだ。曰く『使い回しは変な癖がついてるかも知れないから使いたくない』だそうだ」
「新造だって似たようなもんじゃないですか。アチコチ堅くて整備だって大変なのに」
「新造で困るのはそれくらいだろう。使い回しで修理するだけで何週間も費やすわけにもいかないからな」
「ですがいくらなんでも整備の短縮にはなりませんよね?」
「それなんだが………丁度いい、全員居るな」
 と、云いながらも早朝から全員居ることに呆れつつも、特に咎める事無く次のことを通達した。
「2日後より実機による模擬演習を始める。シミュレーターと違って、実機は壊すと整備兵に殺されるからな。
 それまでにシミュレーターで壊さないことを覚えて来い」
『えぇ!?』
 その通達に、全員が驚きを隠せなかった。
 それはそうだろう。通常、戦術機が搬入されても即座に動かせるわけではない。新造だろうと使い回しだろうと、事前にチェックを済ませなければ使用許可が下りないのは同じなのだ。
 それは大抵1週間はかかるものが、到着早々使えると云われれば、驚きもする。
 特に戦術機が来るのを心待ちにしている者は、事前にそういうものだと情報を仕入れていくため、尚の事驚かずにはいられなかった。
 それは整備兵という形で関わってきた日吉とて同じことで、
「流石に飛ばし過ぎじゃありませんか!?」
「殆どの点検はメーカーにある内に済ませてるそうでな。後は横浜経由で寄越されたOSの書き換えが殆どなんだそうだ」
「OSばっかりは何故か横浜を経由しないと入手でいませんからね………しかし、それですと無茶どころの話ではないですよね?」
「あまり詮索するな。私も頭が痛い」
 何が無茶なのかは、流石に解る者は少ない。
 が、その話し振りから相当力技をこなしたことは、容易に想像できた。
 そして同時に、この部隊にかけられてる期待の大きさ、重大性を強く意識せざる得なくなった。 
「午前は戦術機整備の実習だ。眺めるのも良いがほどほどにしておけ」
 手にした書類を軽く振りながら、全員に聞こえるように云うとこの場を去っていった。
「さて、少し近くで見ていかないか?なぁに、整備の邪魔さえしなけりゃ大丈夫だって」
 そう云って、日吉は先に下層整備エリアへと向かう。慌てて雫らも追いかける。
 下層に降りると、日吉は辺りを軽く見渡す。と、お目当てを見つけたのか、そちらの方へ手を振り、
「流石さーんッ!ちょっと見学良いですかぁ!」
 良く通る声に気付いたのか、手を振っていた方向にいた、腕組みをした長身のサングラスを付けた男性が軽くこちらを見る。と、小さく頷き、近場にいる整備兵を捕まえ訓練兵達の元へ走らせた。
「なんだよ日吉、あんまり見ないと思ったらお前いまさら訓練学校に落とされたのか?」
 駆け寄った整備兵が開口一番、そんなことをのたまった。
「なんだよ、ここに来たンなら食堂で会うだろ?気付かなかったのか?」
「整備兵は常に一致団結だからな。周りのことより戦術機、それ以外は雑音なんだよ!」
「はいはいそれで、アンタは一応の監視役なんだろ?サクっと案内しちゃってよ」
「相変わらず可愛げがねぇ女だぜ………まぁいい、そこの1番機なら管制ユニット周り以外は終わってるから近づいても良いぜ」
 妙に親しげに語る整備兵はそう云いながら手前に直立ホールド状態にある【吹雪】の足元へと案内する。
「あの…日吉さん?」
「ん?あぁ、前に一緒に仕事してた仲間だよ。さっき声かけたのはここの整備部隊の長、流石 正太郎准尉。陸軍本部に行けば幕僚達が出迎えるとも云われてる、整備の神様だよ。
 あの人にかかれば、どんな不良品でも新造同様の光沢と性能に蘇るってことでも有名さ」
「なんでそんな凄い人がここに………?」
「それは………多分、司令だろうね」
 戦術機過程に入った途端、雫の耳にはやけに司令という言葉が飛び交うことに気付いていた。
 以前からそうではあったが、今はより強くこの基地のトップという存在がチラつく。
(ただのお飾りな司令ってことではないみたいだけれど………腹に何か抱えてそうね、その人)
 基地運用に長けた人ではないのは確かだ。
 間違いなく、目的ありきで動いてる。それを強く意識させる。
 こうまで露骨だと、新OS………XM3専門の対応部隊というのも嘘臭く感じる。
「どうした?」
「え?あぁ、ちょっとね」
 不意に悠希に声をかけられ、軽く驚くもののすぐに持ち直し、【吹雪】の足元へ向かう。
 見上げると、胸のあたりから見えていた先ほどの踊り場の時よりも、大きく見えた。
「………雄々しいわね」
 以前、この基地で見た時は遠くから、金網越しからのものだった。日の光もありその姿はよく見ることができなかった。
 だが今は、これをこんなにも間近で見ることができる。
 それを強く感じられる中で、もっとも胸の中で渦巻く感情を口にすると、その言葉となった。
 一見すると流線形のラインが女性的な印象を与え、やもすると貧弱と思えそうなところを、各所の直線的なラインが力強さを誇示してくる。
 特に肩の積層装甲のような形状が印象的で、これと頭部の形状が貧弱な印象を打ち消し、雄々しいと思わせていた。
「これで練習機なんだって云うから、凄いよな………」
 中村のつぶやきに、何人かが頷く。
「くぅ~ッ!早く乗りてぇぜオレ!シミュレーターもいいけどよ、やっぱこういうのは本物に乗ってこそだろ!?」
「お、解るねぇ嬢ちゃん。シミュレーターは楽でいいが、やっぱ実機が一番ってもんさ!」
 勝名の滾る想いが噴き出るのを感じたのか、整備兵がそれにノる。
「【吹雪】のベースとなった機体は【不知火】を作る上で作られた試作機の内の1機でな。これは使い回せるラインはとことん使って【不知火】に直接乗る前の練習機として採用されたんだ。
 第2世代のF-15【陽炎】からの【不知火】は機動特性が違うってもんでな。いきなり乗せるには問題があったのさ。だから、この【吹雪】が必要になったんだ。
 戦術機通な奴らにしてみりゃ、日本初の第3世代機は94年に採用された【不知火】よりも、この【吹雪】が最初だって云われてる代物なんだぜ?
 その理由はな、さっきも云ったが【吹雪】のベースとなった試作機は、今の【不知火】となる原型機より先に出来上がってたから。
 後になって作られた【不知火】が出てこなけりゃ、コイツが国防を担ってた何気に凄い代物なんだぜ」
『おぉ~………』
 整備兵の説明に誰がともなく驚きの声をあげる。
 まだ新兵以下の者が多ければ、当然付随すべき知識もそう多くはない。
 座学でもまだ教えてもらっていない話をこうして聞けたのは、新鮮な気持ちだった。
「ちなみに知ってるかいみんな。戦術機の足は人間のソレとは違うって」
 そんな整備兵の隣に立ち、日吉も自慢話に混ざる。
「どういう意味ですか?」
「良く見てみなよ、膝ブロックがやけに大きいだろ?」
「そうですね…人とは違うと云うより、もっと別の形状をしてそうですね」
「これはね、”逆四重関節”って代物で、云ってしまえばここだけで4箇所の関節を持ってるって事なんだよ」
「あ、日吉!俺が説明したかったのを!」
「まぁまぁ。ここがなんでそんな関節してるかってーと、足全体で衝撃を殺す他にも、もっと衝撃を殺せる構造を求めた結果なんだよ」
「つまり、この膝ブロックがある程度伸縮して、衝撃を吸収させる…ってことですか?」
「正解だ朝倉ちゃん。この巨人の衝撃を殺すためには、やっぱり通常の関節だけじゃ殺しきれなかったんだな」
 そうして日吉はさらに話を続ける。
「―――特に日本国産のは」
『その辺にしておけよ日吉。整備の邪魔だ、出て行け』
 長く続くかと思えたご高説は、突如降り注ぐような怒声がスピーカーから響いた。
 その声の主は―――流石 正太郎だった。見れば、管制ユニットに続くキャットウォークからマイクを使って睨みを利かせているのが解る。
「あちゃー………やりすぎたか」
「ははは、ざまぁねーでやんの。勝手に整備兵部隊を抜けた罰だ、有り難く受け取っとけ!」
「好きでやめたわけじゃ」
『テメェもだ!さっさと持ち場に戻れェ!』
「りょ、了解!じゃ、じゃぁなひよっこ共!」
 逃げるように去る整備兵を見て、訓練兵達は時間を思い出す。
「あ、そろそろ行かないと朝食逃すわ!全員全力疾走!」
 雫の号令に、全員が走り出す。
 ダッシュで消えゆく様は、実にひよこのように見えた。残念ながら、愛らしいとは到底思えないものだったが。







 朝食後は早朝の指示通り格納庫での整備講習となった。
 もっとも、この場合の整備講習というのは実機を直接触るものではない。
 そういう事は本職の仕事であり、訓練兵達の仕事は主に用意された未整備のパーツの整備・調整・校正となった。
 氷室は2日後の模擬演習に向けての準備があり、この講習には出ておらず富樫が代わりに引き受けていた。
「教官、ここのところがよく解らないのですが………」
「あぁ、ここはですね、ここはいきなり調整するのではなくまず個別に分けてですね―――」
 講師として呼んだ整備兵数名と混じって富樫も指導に加わる。その人柄故に怒鳴り散らすような人ではないが、鞭に属する物を持っているためそれなりに恐れられている。
 そんな彼ではあるが、こういう場面ではやはり聞きやすい教官として訓練兵達からは重宝されていた。
 ………あまり良い傾向ではないのだが。
 それはともく。
 火器類の整備を経験した手前、ある程度の機械に対しては耐性は出来てるものの、機械慣れしていない者………特に女性陣にとっては何気に鬼門となっていた。
 銃器ほど複雑ではない小さなパーツの整備を任されたとはいえ、戦術機の代物である。相応の頑強さと精密性、パーツ間の噛み合いや微調整は、火器には無い複雑な手順を要求される。
 その複雑怪奇な手順は1度教わった程度では理解できず、手を止める者も多いのが実情で、富樫の呼び出しの多さはいつもより多かった。
 当然、梶原も駆り出されてはいたがその多さに見かねた整備兵も何名か手伝いに来る始末。
 整備兵達も、ここ数年のこの時期はこうなることが解ってもいたので、むしろ予定調和とも云える。
「しかし…毎年見ますがやはり女性には難しいんでしょうねぇ?」
「機械弄りは男の仕事ですからな。当然と云えば当然でしょう」
 富樫のボヤきに梶原が相打つ。
 実際、整備兵は男性であることが多い。これは戦術機適正から弾かれたことも理由の1つとなるが、やはり力仕事が多い点が理由として挙げられる。
 戦術機はその巨大さからパーツもそれに応じた大きい物が多い。取り外し自体は専用の機械で行うが、どうしても人の手を使う時も出てくる。その時、元々体の作りが頑強になるようになっている男性の方が、色々と都合が良いのだ。
 また、男性の方が幼少期の頃から機械に対する興味を持つ事が多いのも理由の1つとなるだろう。もちろん、そういうことに興味がない者もいるが、それを比較的安易に受け入れられているのもデータとして出ている。
 そんな理由からの梶原の発言ではあったが、
「あ、聞き捨てなりませんね教官。女だからって整備できない―――なんて事は云わせませんよ?」
 そう云って食いかかって来たのは日吉だ。
「むッ」と一瞬不機嫌そうに顔を歪めるが、しかし彼女の言い分もまた事実であるため深く言い返せない。
「日吉くんは整備兵上がりでしたね。腕は落ちてませんか?」
「はい、この程度は整備兵になってからずっとやらされてきた事ですから慣れたもんですよ」
「結構結構。身に付けた経験を忘れてないようですね」
 機体整備という仕事は、見た目以上に知識と経験が物を云う。
 特に日本の整備兵は、”職人”と称されるほどに戦術機という機械に精通している者が多い。流石 正太郎はその中でも五指に入る人材である。
 日吉もそんな彼の下についていた時期もあったが、その時の経験と知識は早々抜けることはない。
 工具を持ってみれば、ついさっきまで頭の片隅に追いやっていた整備手順が思い出され、パーツを手に取ればその平均数値が頭の中に蘇る。
 そのまま作業を進めようものなら、特に深く意識せずとも整備手順をこなしていき、訓練部隊の誰よりも早く整備を終えていた。
「それでもやっぱり、速度は出ませんね。忘れてるところもいくつかあった気もします」
「半年も別の事に集中していたんです。その速さがまだ残っているのは重畳とすべきでしょうなぁ」
 富樫の言葉に短く返事を返す日吉。
 ふと何気なく視線を周りに向けると、森上 悠希の姿が視界に入った。 
 ここ最近の低調から不貞腐れてるものと思っていたが、神経が図太いのか普通に全体の中に混ざっている。
 彼への侮蔑は富樫と梶原の耳にも入っていた。梶原はむしろいい気味だと吐き捨てるように云い個人的な理由で特になにも対策を取っていないが、対して富樫は全体への悪影響を懸念していた。
 イジメに類似することは、一時の通例行事としてみることはできても、それが長く続くようなら不和…あるいは亀裂が全体を蝕む危険がある。それはやがて大きな亀裂となり、全体の指揮に影響を与え、最終的には(大げさではあるが)作戦全体に支障を与えることにもなり兼ねない。
 それをあと一歩の所で踏み留めているのは、源 雫を始めとするA分隊の面々だ。
 個々人の性能は云うに及ばず、源という存在はカリスマ性を帯びており、その彼女もまたそれを意識した立ち振る舞いをしている。それに追従する形で動くA分隊の面々もまた、その後押しとなり内外にその存在感を強くしつつある。
(………それが源ということなんでしょうかねぇ)
 何時如何なる時も堂々と立ち振る舞う姿は、やもすると軍隊の部品になることを強要される場所では強く輝いて見える。
 そういう場合、大抵は出る杭を打ちたがる者が出てくるものだ。しかしここは訓練校、口で云われたことは実力で黙らせることが出来る場所。
 そのことを最大限生かしての彼女は、それまで悠希という存在を使って訓練部隊内で存在感を高めていった。
 今現在はその残滓に寄り添う形に見えるが、意外にも悠希以外の分隊員の頑張りによりその代替をこなしている。それによりA分隊の成績は、全分隊中3位を維持していた。
 素直にこれは驚くべきことだろう。
 今まで森上 悠希という存在に引っ張られてきた者が、その者のカバーをしている。
 仲間を守るために。苦しんでる仲間のために。
 順調に結束は強まっていることに、富樫は喜びを感じた。
(後は、それが各分隊に伝播することですかねぇ…)
 しかも、富樫のこの杞憂は既に解消しつつある。
 イジメよりも自己の研鑽を―――それを皆、意識しつつある。
 普通であれば、多少率先する者が居ても、動く者は少ない。特に分隊という枠組みを与えられた者達にとって、意識しなくとも枠組みの外と中という線引きをしてしまうものだ。
 そんな中での雫の、A分隊の影響力は素直に驚嘆すべきだろう。
「あとは…彼の問題ですかねぇ………」
 誰にともなく富樫はさり気なく悠希へ視線を向けながら呟く。
 あの問題さえなければ、特に悩むことはなかっただろう。補習の時間ももっと別の事に費やせたはずなのだ。
 さらにはこの訓練部隊の存在意義が問われるような事にはならなかったはず。
 ………特に適性をトップで抜けた者がこの体たらくでは、この計画自体を疑問視する動きも出てくる。
(氷室教官は、『問題ない』と云ってましたが………)
 恐らく司令に掛け合ったのだろう。その結果が「問題ない」であれば、それは仕方ないことだ。
 惜しい―――とは思う。
 それだけの個人の才を持ちながら、適性をトップで抜けながら、ただ実際に戦術機を動かせないだけで落第者の烙印が押される。
 これが通常の衛士訓練校なら、仕方なしと受け止められもしただろう。しかし、ここはXM3に特化し、そしてそのための教育すら参考に用いられる特殊な場所なのだ。
 だからこそ、惜しい。
 その才が戦術機にも生かせたのなら、もっと良いことであったろうに。
 普通の訓練校なら、離脱後もその才能から良い様に扱われただろうに。
 XM3という新OSがなければ、もっと輝いていたかも知れないのに。
 素直に衛士になれたなら、きっと彼の戦闘能力が何倍に増幅され、その力は部隊だけに留まらず国をも救えるかも知れないだろうに………
 実に惜しい………富樫はそんな想いを込めながら、黙々と作業を続ける悠希の背を見ていた。
「―――富樫さんよ、ちょっといいかい?」
 不意に声をかけられ、振り向く。と、そこには長身の男―――流石 正太郎の姿があった。
「おや、正太郎さんじゃないですか。どうかしましたか?」
「ちょっと換装作業で問題が出てな。日吉、いいかい?」
 換装だというのに何故そこで日吉が?と思うが、彼女の軍歴の中には横浜基地が入っていたのを思い出した。
 それも丁度、XM3が作られた時期の頃のだ。
 なるほど、なればその時期に整備兵をやっていた彼女ならある程度XM3の搭載方法についてある程度のノウハウがあると見ていいだろう。
 逆に、ここの基地の整備兵達にとってはまだ触れたことのない未知の代物となる。いくら実機をそのままシミュレーターに使っているとは云え、それに積んだ経験はあっても実機となればまた話は別になるのだろう。
 そう納得すると、
「解りました。彼女ならこの程度の講習は不要ですし、好きに連れていってください」
「ありがとよ―――日吉ッ!ちょっとツラ貸せ」
「はい?」
 呼ばれた日吉は、1度正太郎の存在に驚き、次にその言葉を理解して富樫に視線を送る。頷く彼を見て了承済みと判断し、すぐさま席を立った。
「何がどうしたんですか―――」
「ちょいとな。まぁ行きながら話す―――」
 歩きながら説明を聞く日吉と正太郎が、格納庫の向こうへと去っていく。
 その背中を見送ると、富樫は全員に向かって云う。
「さて、そろそろパーツ整備は出来ても良いころですよ。衛士と云えど、こんな簡単な整備くらいはできなければなりません―――」
 富樫の言葉に、全員が慌てて整備の速度を上げる。
 慣れないこととはいえ、富樫はそれに追い討ちをかけるようにさらに言葉を続け、全員の手の早さを上げていった―――







 戦術機が到着して1日が経過した。
 基礎体力作りが主だった総演前の訓練と違い、シミュレーターによる訓練が主になってきた今では大分疲れの溜まり具合も緩やかになっていた。
 それは実機と違いシミュレーターという機構上、ストレスを感じることは少ないのが起因となっている。特に体感的に加速Gを再現していても、実機と比べればそんなものは粗末な物であり、疲労もそこそこに納まってしまう。
 無論シミュレーターの動きと操作による疲れはあるし、基礎体力の向上によるところも大きい。が、自身の体重を動かす事と違い、訓練後の疲れには大分余裕がある。
 そのためか、訓練後は前と比較しても笑顔で居る者も多かった。
 もしくは、体力を持て余して走り込みに出る者も居る。
 それらは悪影響を与えるわけでもなく、むしろ良い傾向であるため氷室は何も云わず、雫もまた指揮官講習を受けつつもその様子を観察できる程度には、余裕を持てていた。
「しかし驚きましたね。私達が乗る機体が全機新造だなんて」
「あぁ、傷一つねぇピッカピカの代物だったな。あれを維持してきたいもんだぜ」
「いやぁ~、カッチーナ的にはそれ無理じゃないですかい?」
「あぁ?そりゃどういう意味だぁ!?」
「そりゃぁ…まぁ……云わなくても、ねぇ?」
 綾華・勝名・久我の3人がワイワイ話しているのをBGM代わりに、悠希の手持ちにあった書物を読む雫。
 話に入るのも分隊内連携の1つではあるが、そこまでキッチリカッチリしなければ維持できないほど脆い関係ではないという確信もあることから、今は文化的活動に勤しむことを決める。
 都はここ最近、自由時間になると時折階級持ちの兵に呼び出されることが多くなってきた。そして今日も、呼び出されているためA分隊に割り振れられた宿舎にはいない。
 悠希も同じく宿舎にはいない。が、もっともこちらは補習を時間が許される限り費やされているため、都ほど解り難い理由ではない。
「それにしても、ここンところ都の呼び出し多くねぇか?」
「云われてみれば………総演前と比べても随分と多くなってますね」
「分隊長ー、なんか知ってます?」
「―――さぁ、皆目見当も付かないわ。都の話し振りじゃ、ただの定期検査らしいのだけれど」
「ふーん………ま、何かあれば都の奴が何か云うさ」
「そうですね。呼び出されても何かあるようでもないですし」
 皆がそう納得して別の話題に移っていく。その横で、雫は都の行き先についてを思考した。
(………都は、あの念力の件ね)
 正式な通達ではないし、都から直接云われた訳でない。が、1人だけ定期的に呼び出され、そして彼女だけにある特異性という2点もあれば、深く考えずとも何がしかの検査や実験が行われているのは間違いない。
 仮に実験であったとしても、普段の生活における態度や入浴時に投薬を受けた形跡もなかったのだし、非人道的な事はしてないと見ていいと判断できる。
 もっとも、これで催眠処理をされていれば生活中における態度には出ないので解らないということにもなるだろうが………
 ともかくとして、雫はそういう判断を下していた。

 そんなA分隊宿舎の前では、丁度己の責務を終えた者同士、悠希と都がバッタリと遭遇していた。
「そっちも帰りか」
「はい。今日も”アレ”の調査でした」
「ん。そうか」
”アレ”―――今のところ、都にしか見られない特異な力。【念力】の調査だと理解し、短く返事をする。
「乱暴に扱われないか?」
「はい、そこは大丈夫です。みなさん良くしてくれてます」
「そうか。なら、いい」
 そう云って、小さく頷く悠希。
「でも悠希さんは………大分疲れてませんか?」
「まぁ…な。毎日撹拌機の中に居るようなもんだからな………」
 普段あまり疲れを見せない悠希の顔に、都ですら解るほど疲れの色が見える。
 それでも「疲れた」とは決して云わない。口に出すわけにはいかなかった。
 きちんとは体験してなくとも、都も似たような体験はしているのでそれを苦笑で受け流す。
「それで………大丈夫そうですか?」
「………」
 普通に制御できる程度には問題は解決したのか―――という都の問いに、悠希は沈黙を選ぶ。
 その意味を汲んでしまった都は、バツの悪そうに顔を伏せる。
「気にするな。都が悪いんじゃない」
「でも………」
「道はこれだけじゃない。なんとかなるさ」
 ………なんとかするしかない。
 言外にそう強く思いながら、不安そうに見上げる都の頭を撫でた。くすぐったそうにするも、それを無抵抗で受け入れる。
「さて、消灯時間も残りわずかだ。早く入ろう」
「はいっ」
 そう云ってドアを開けA分隊宿舎に入る。
「あらお帰り悠希。都と一緒だったの?」
「あぁ、すぐそこでな」
 自分のベッドで本を読む雫が、声で迎え入れる。それに応じつつ、自分のベッドへ向かう悠希と都。
「何を読んでるんだ?」
「うん?平家物語」
「………あぁ、あれか」
「悠希の手持ち、借りちゃっててごめんね?」
「いや、気にしなくていい」
「そう?読みかけなら悪いことしたなぁって思ってたんだけど」
「既に何度も読んでるからな。気にしなくて良い」
「なら、いいのだけれど」
 他愛ない話。何気ない会話。
 しかしそこには、悠希になるべく傷つかない、戦術機に関する話題をなるべく避けた内容を選んでいた。
 何がキッカケで戦術機関連の話題に飛ぶかは解らない。
 だが何もしないで、ただ見守るのは嫌だ。
 ならば少しでも、言葉を選びながら気を紛らわせる方を選ぶ。
 雫はそうして、少しでも悠希の鬱憤を紛らわせる努力をしていく。
「ところで悠希、こういう話知ってる?」
「うん?」
「なんでも横浜基地の裏手にある丘で告白すると一生別れることがないって話」
「なんでまた隣基地の話が?」
「日吉さんがね、向こうの基地に居た時そんな話を聞いたんですって。この話自体は割と最近らしいのだけれど」
「それは都市伝説とかそういう類では…」
「いいじゃない、夢は必要よ。悠希はそういうことしたいって思える人いないの?」
「………どこをどう飛躍するとそうなる?」
 怪訝そう………というより露骨に警戒された。無論冗談だが。
 ある程度おどけられる程度にはまだ余裕があると解った雫は、軽く咳払いして場を仕切り直し、
「んっん………ないならいいの、ないなら。それで」
「ん?そうか………?」
 不思議そうに雫の顔を眺める悠希。
 その一部始終をベッドに隠れて眺める綾華、勝名、久我という名の生物3匹。
 ここからおちょくろうか―――と立ち上がったところで、廊下の蛍光灯が消えた。
「ほらみんな、消灯の時間よ!早く寝なさい!」
 雫に促されながら、素早く自分のベッドに入っていく面々。久我に至っては、素直に勝名に縛られてからベッドに飛び込むという華麗にして無駄のない無駄な動きを披露してくれる。
 もはや全員慣れっこであったため、特に感慨はなかったが、ともかくとして全員そのまま安らかな闇の中へと誘われていった。


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最終更新:2011年12月21日 10:47
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