地下
戦術機格納庫はこれまでにないほど賑わっていた。
18m級の戦術機を多数格納することを想定されたこの格納庫は、戦車などの格納庫とは比べ物にならないほど巨大で、そして広く作られている。
日本の地下にこれだけ広大な空間を作れることも驚きであるが、そこに設備を納めることもまた、驚きに値する。
各種設備は使い古された物が多いが、そのどれもが新品同様に磨き上げられ、塗装剥げしていた物も全て塗り替えられている。
照明は流石に新品を使われているが、そのどれもが力強い光をそこにもたらしていた。
「うわぁ~、初めて来ましたけど、凄いですねぇ」
都は驚きに固まっている301衛士訓練部隊一同を代表するように、開口1番そう云った。
「へぇ~…新品に見えるけどどれも使い古されてるのばっかりだ。こりゃ流石さん頑張ったなぁ」
日吉 梓は身を乗り出し、眼下に見える各種設備を見ながらそう云う。
「日吉さんって、そういえば整備部隊からでしたっけ」
「そうそう。新品同様の格納庫は初めてだけどね」
雫の問いにそう答える日吉は血が騒ぐのか、格納庫内をアチコチ見周す。
「半年離れただけで、随分と懐かしい気になるよ」
その言葉はどこか、寂し気な印象を与えていた。が、
「そんなに寂しいなら、今夜一緒にどうです姉貴?」
「へぇ、私を口説こうってのかい久我ぁ?」
「お、おふぅ!?に、握らないで!袋ごと竿を握らないでぇぇぇ!」
いつもの久我に、全員が呆れの溜息を吐く。
そんないつものじゃれ合いをやっていると、
『―――よーし、起こせぃ』
スピーカーから響く渋い声。
そして僅かな間を置いて、駆動音を立てながらガントリーが起きあがる。
「「「「「おぉぉ~………………」」」」」
完全に起き上ったそこには、97式戦術歩行高等練習機―――英名TYPE-97、通称を【吹雪】と名乗る戦術機が、その雄々しい姿を格納庫に居る面々に見せつけるように立った。
その姿に、ある者は興奮を、ある者は感慨を、ある者は懐かしさを、ある者は険しい表情でそれを見上げる。
地下に映える蒼穹色の【吹雪】はまるで新品かのような光沢を放っていた。
「―――ってこれ、新造じゃん!?」
「解るの姉貴!?」
「日吉さんって呼べ!」
「痛い痛い痛い、ごめんなさいぃぃぃぃ!」
「流石だな日吉。元整備兵は伊達ではないか」
そう云いながら現れたのは、氷室だった。その手には分厚い書類があったが、日吉はそれがなんであるかすぐに解った。
それらは各機体の受領書と、使用する部隊の書面上での登録書だ。あれを処理しない限り、ここに並ぶ【吹雪】は訓練兵たちを乗せることは無理だ。
「そりゃぁまぁ。これでも散々触ってきましたから………しかし無茶しますね。
新兵ならまだしもそれ以下の訓練兵に新造なんて」
「私に云うな………司令のゴリ押しだ。曰く『使い回しは変な癖がついてるかも知れないから使いたくない』だそうだ」
「新造だって似たようなもんじゃないですか。アチコチ堅くて整備だって大変なのに」
「新造で困るのはそれくらいだろう。使い回しで修理するだけで何週間も費やすわけにもいかないからな」
「ですがいくらなんでも整備の短縮にはなりませんよね?」
「それなんだが………丁度いい、全員居るな」
と、云いながらも早朝から全員居ることに呆れつつも、特に咎める事無く次のことを通達した。
「2日後より実機による模擬演習を始める。シミュレーターと違って、実機は壊すと整備兵に殺されるからな。
それまでにシミュレーターで壊さないことを覚えて来い」
『えぇ!?』
その通達に、全員が驚きを隠せなかった。
それはそうだろう。通常、戦術機が搬入されても即座に動かせるわけではない。新造だろうと使い回しだろうと、事前にチェックを済ませなければ使用許可が下りないのは同じなのだ。
それは大抵1週間はかかるものが、到着早々使えると云われれば、驚きもする。
特に戦術機が来るのを心待ちにしている者は、事前にそういうものだと情報を仕入れていくため、尚の事驚かずにはいられなかった。
それは整備兵という形で関わってきた日吉とて同じことで、
「流石に飛ばし過ぎじゃありませんか!?」
「殆どの点検はメーカーにある内に済ませてるそうでな。後は横浜経由で寄越されたOSの書き換えが殆どなんだそうだ」
「OSばっかりは何故か横浜を経由しないと入手でいませんからね………しかし、それですと無茶どころの話ではないですよね?」
「あまり詮索するな。私も頭が痛い」
何が無茶なのかは、流石に解る者は少ない。
が、その話し振りから相当力技をこなしたことは、容易に想像できた。
そして同時に、この部隊にかけられてる期待の大きさ、重大性を強く意識せざる得なくなった。
「午前は戦術機整備の実習だ。眺めるのも良いがほどほどにしておけ」
手にした書類を軽く振りながら、全員に聞こえるように云うとこの場を去っていった。
「さて、少し近くで見ていかないか?なぁに、整備の邪魔さえしなけりゃ大丈夫だって」
そう云って、日吉は先に下層整備エリアへと向かう。慌てて雫らも追いかける。
下層に降りると、日吉は辺りを軽く見渡す。と、お目当てを見つけたのか、そちらの方へ手を振り、
「流石さーんッ!ちょっと見学良いですかぁ!」
良く通る声に気付いたのか、手を振っていた方向にいた、腕組みをした長身のサングラスを付けた男性が軽くこちらを見る。と、小さく頷き、近場にいる整備兵を捕まえ訓練兵達の元へ走らせた。
「なんだよ日吉、あんまり見ないと思ったらお前いまさら訓練学校に落とされたのか?」
駆け寄った整備兵が開口一番、そんなことをのたまった。
「なんだよ、ここに来たンなら食堂で会うだろ?気付かなかったのか?」
「整備兵は常に一致団結だからな。周りのことより戦術機、それ以外は雑音なんだよ!」
「はいはいそれで、アンタは一応の監視役なんだろ?サクっと案内しちゃってよ」
「相変わらず可愛げがねぇ女だぜ………まぁいい、そこの1番機なら管制ユニット周り以外は終わってるから近づいても良いぜ」
妙に親しげに語る整備兵はそう云いながら手前に直立ホールド状態にある【吹雪】の足元へと案内する。
「あの…日吉さん?」
「ん?あぁ、前に一緒に仕事してた仲間だよ。さっき声かけたのはここの整備部隊の長、流石 正太郎准尉。陸軍本部に行けば幕僚達が出迎えるとも云われてる、整備の神様だよ。
あの人にかかれば、どんな不良品でも新造同様の光沢と性能に蘇るってことでも有名さ」
「なんでそんな凄い人がここに………?」
「それは………多分、司令だろうね」
戦術機過程に入った途端、雫の耳にはやけに司令という言葉が飛び交うことに気付いていた。
以前からそうではあったが、今はより強くこの基地のトップという存在がチラつく。
(ただのお飾りな司令ってことではないみたいだけれど………腹に何か抱えてそうね、その人)
基地運用に長けた人ではないのは確かだ。
間違いなく、目的ありきで動いてる。それを強く意識させる。
こうまで露骨だと、新OS………XM3専門の対応部隊というのも嘘臭く感じる。
「どうした?」
「え?あぁ、ちょっとね」
不意に悠希に声をかけられ、軽く驚くもののすぐに持ち直し、【吹雪】の足元へ向かう。
見上げると、胸のあたりから見えていた先ほどの踊り場の時よりも、大きく見えた。
「………雄々しいわね」
以前、この基地で見た時は遠くから、金網越しからのものだった。日の光もありその姿はよく見ることができなかった。
だが今は、これをこんなにも間近で見ることができる。
それを強く感じられる中で、もっとも胸の中で渦巻く感情を口にすると、その言葉となった。
一見すると流線形のラインが女性的な印象を与え、やもすると貧弱と思えそうなところを、各所の直線的なラインが力強さを誇示してくる。
特に肩の積層装甲のような形状が印象的で、これと頭部の形状が貧弱な印象を打ち消し、雄々しいと思わせていた。
「これで練習機なんだって云うから、凄いよな………」
中村のつぶやきに、何人かが頷く。
「くぅ~ッ!早く乗りてぇぜオレ!シミュレーターもいいけどよ、やっぱこういうのは本物に乗ってこそだろ!?」
「お、解るねぇ嬢ちゃん。シミュレーターは楽でいいが、やっぱ実機が一番ってもんさ!」
勝名の滾る想いが噴き出るのを感じたのか、整備兵がそれにノる。
「【吹雪】のベースとなった機体は【不知火】を作る上で作られた試作機の内の1機でな。これは使い回せるラインはとことん使って【不知火】に直接乗る前の練習機として採用されたんだ。
第2世代のF-15【陽炎】からの【不知火】は機動特性が違うってもんでな。いきなり乗せるには問題があったのさ。だから、この【吹雪】が必要になったんだ。
戦術機通な奴らにしてみりゃ、日本初の第3世代機は94年に採用された【不知火】よりも、この【吹雪】が最初だって云われてる代物なんだぜ?
その理由はな、さっきも云ったが【吹雪】のベースとなった試作機は、今の【不知火】となる原型機より先に出来上がってたから。
後になって作られた【不知火】が出てこなけりゃ、コイツが国防を担ってた何気に凄い代物なんだぜ」
『おぉ~………』
整備兵の説明に誰がともなく驚きの声をあげる。
まだ新兵以下の者が多ければ、当然付随すべき知識もそう多くはない。
座学でもまだ教えてもらっていない話をこうして聞けたのは、新鮮な気持ちだった。
「ちなみに知ってるかいみんな。戦術機の足は人間のソレとは違うって」
そんな整備兵の隣に立ち、日吉も自慢話に混ざる。
「どういう意味ですか?」
「良く見てみなよ、膝ブロックがやけに大きいだろ?」
「そうですね…人とは違うと云うより、もっと別の形状をしてそうですね」
「これはね、”逆四重関節”って代物で、云ってしまえばここだけで4箇所の関節を持ってるって事なんだよ」
「あ、日吉!俺が説明したかったのを!」
「まぁまぁ。ここがなんでそんな関節してるかってーと、足全体で衝撃を殺す他にも、もっと衝撃を殺せる構造を求めた結果なんだよ」
「つまり、この膝ブロックがある程度伸縮して、衝撃を吸収させる…ってことですか?」
「正解だ朝倉ちゃん。この巨人の衝撃を殺すためには、やっぱり通常の関節だけじゃ殺しきれなかったんだな」
そうして日吉はさらに話を続ける。
「―――特に日本国産のは」
『その辺にしておけよ日吉。整備の邪魔だ、出て行け』
長く続くかと思えたご高説は、突如降り注ぐような怒声がスピーカーから響いた。
その声の主は―――流石 正太郎だった。見れば、管制ユニットに続くキャットウォークからマイクを使って睨みを利かせているのが解る。
「あちゃー………やりすぎたか」
「ははは、ざまぁねーでやんの。勝手に整備兵部隊を抜けた罰だ、有り難く受け取っとけ!」
「好きでやめたわけじゃ」
『テメェもだ!さっさと持ち場に戻れェ!』
「りょ、了解!じゃ、じゃぁなひよっこ共!」
逃げるように去る整備兵を見て、訓練兵達は時間を思い出す。
「あ、そろそろ行かないと朝食逃すわ!全員全力疾走!」
雫の号令に、全員が走り出す。
ダッシュで消えゆく様は、実にひよこのように見えた。残念ながら、愛らしいとは到底思えないものだったが。