第15話

 日本帝国城内省政威大将軍執務室。
 そこにはほんの数ヶ月前が懐かしくなるような仕事の山が広がっている。
 それを極当たり前のように処理していくこの部屋の主、煌武院悠陽。
 2001年12月5日のクーデター事件を皮切りに佐渡島攻略戦、横浜基地防衛戦、そして桜花作戦と大規模な作戦が続いた今の日本は、目に見えるほど疲弊している。経済は大きく傾き、今にも日本という櫓が瓦解しそうなほど。
 それを後一歩、寸前のところで踏ん張れているのは、彼女がいるからに他ならない。
 最近では、武御雷の国連輸出も決定打も彼女の一声があるのも大きい。今は意地と見栄を張るべき時ではないと。その張る意地と見栄が無くなる瀬戸際なのだと。
 今現在、日本帝国が保有する全体の砲弾数は数ヶ月前の4分の1にまで落ち込んでいる。佐渡島戦の次に予定していた作戦への砲弾の過半数を、横浜基地の防衛に使ってしまったのだ。
 さらに戦術機の数も、いや衛士の数が大分減っている。戦術機は未使用の予備機が余っているが、これらは最新OS”XM3”の換装は終わっていない。既に世代関係なく100機ほど前線基地に送られてはいるが、まだまだ足りてないのが現状だ。
 もっと深刻なのは、衛士の数だ。若い男子は既に希少で、現在確認されている訓練兵の8割は女子であるという報告もある。また、出生率も近年右肩下がりだとも。
 衛士の数が少ないのは国防だけでなく、今後の戦略にも影響する。それを解消するために今現在、各訓練学校の衛士訓練カリキュラムを短縮するという手段にさえ手を出してる事態だ。
 ………この愚行を支えているのは、XM3という魔法があってのこと。
 確かに前線での衛士の基礎体力低下の声は良く聞く。だが、『死の8分』を越えた新人衛士の数は、現時点で旧OSでの数字を遥かに上回っている。基礎体力が低下し、満足な訓練が施されていないこの時点で、だ。
 もしかすると、教育課程を見直す必要があるかもしれない。それもXM3に対応した、新しい教育課程を。
 と、そこまで考えた時、事務机の上にある電話が鳴った。迷わず取る。

「何用ですか?」
『工廠の麻野からお電話です。91番でお取り下さい』
「解りました………悠陽です」
『殿下、麻野です。御所望されていた物の組立が完了しました。見学に来られますか?』
「そうですか…アレが…意外と早かったですね」
『それはもう、殿下の珍しい”たっての願い”でしたから。して?』
「今から参ります。30分もあればそちらに到着するハズです」
『解りました。お待ちしております』

 通話が切れたのを確認して受話器を置き、悠陽は古き政威代将軍の衣装を翻してその場を立つ。

「真耶さん」
「ここに」

 音もなく悠陽の横に現れる赤い斯衛服を着た女。真耶と呼ばれた女は事務室のドアを開け、「車を用意させております」と事務的に告げる。それに特に気分を害した様子もなく、悠陽は事務室を後にした。


 城内省は広い。それこそ、一つの基地として機能しているだけに、相応の装備が施されている。他の基地と比べて無いものは、高価な電磁カタパルトや打ち上げ施設等の宇宙行き用の設備くらいか。
 逆にあると云えば、軍用の基地としての機能より外見に気を使われた本拠地だ。まるで古の時代に建築された”城”が、近代的な軍設備とのアンバランスっぷりを際立たせている。
 それが良いことなのか悪いことなのか、悠陽にはよく解らないことにしていた。出来てしまった以上は、それを使うしかない。その程度の認識で良い。
 城内省の軍施設の間を黒塗りの60メートルリムジンが走り抜ける。見た目はふざけているが、侮ってはいけない。これでも増加装甲並の強度と耐弾性を持っているのだ。戦術機の36ミリ程度では打ち抜けはしない。まさにスーパーカー。
 やがてリムジンは一つの戦術機格納庫に辿り着く。外壁が紫色に塗装されていた。
 その建造物の前に、黄色の斯衛服を来た男と黒い斯衛服を着た数名の男女が待っていた。
 彼らの前にリムジンが横付けされる。運転手が降りてきて、彼らの前に当たるドアを開けた。悠陽が見えた瞬間、斯衛服を着た彼らは敬礼する。

「ご苦労、麻野 正二中将。急な要求によくぞ応えてくれました」
「はっ、殿下。お言葉ありがたく頂戴致します」

 麻野 正二係なく、彼にとって悠陽―――城内省では戦術機管理・維持を受け持っている男だ。武御雷の開発にも関わっていた者で、悠陽が所望する”物”の開発主任に抜擢された。
 その性格は実直そのもの。何事に対しても真っ直ぐに立ち向かい、そして思った事を口にする。だがそれは、悪口と言うより改善すべき要素を的確に口にしていると取った方が良いだろう。
 坂本 一馬とも顔見知りで、同じく武御雷の開発に尽力した間柄でもある。
 その性格は、悠陽であろうと関に駄目な部分があれば当然そこに口を出してくる。周囲の者はそういう部分が「煩わしい」や「立場を弁えない不届き者」と思っているようだが、悠陽にはそうに思えなかった。むしろ学ぶ部分が多いとさえ、思っている。

「して、物は?」
「この中にございます。早速参りましょう」

 そう促され、悠陽は紫に塗装された格納庫の中へと入っていった。



 政威大将軍専用ハンガー。兵器としてその存在を許されながら、専用などと言う酔狂の極みを体現する空間。それを罪と呼ぶか雅と呼ぶかは個人の感性に任せるしかない。
 その空間の中央に、一機の全身を将軍のパーソナルカラーである紫に染めた戦術機が虚空を睨んでいた。
 その胸元に掛けられたキャットウォークに立ち、悠陽はその鬼武者の面とも取れる顔を睨む。

「これが正式名称00式戦術歩行戦闘機・弐型………武御雷・弐型です」

 麻野は、目の前の鬼武者の名を口にする。

「不知火・弐型の開発データを元に全ての部品を日本で製造した物を使用した最新鋭機でございます」

 武御雷・弐型―――そもそも壱型が存在していないのに、それを弐型と呼ぶ特異な機体。
 それは前の武御雷”Type-00R”の次の機体、つまり二番目の武御雷という意味合いがある。また、不知火の壱型が元との差異が無かったことも関係している。外見が大きく変わったのは弐型からである。さらに言及するなら、企業との駆け引きも関係している。主に富嶽と米国の企業との利害について。さらに云うと、複雑で政治的な駆け引きも絡み合った結果でもあるのだが。
 外見的に大きな変化が解るのは両肩だ。元の武御雷には無かったスラスターが設けられ、その上に装飾も兼ねたカバー兼カーボンエッジが被せられている。
 次に目に付くのは顔だ。中央の近接格闘にも用いれる大型センサーマストはそのままだが、その横に以前より大きな”角”が左右対称に生えている。また、側面のセンサーマストがより肥大化し、よく見れば接続部に稼動用のモーターが仕込まれていた。当初は衝撃拡散自在繊維なる物を取り付ける案もあったが、すぐに消えてしまった余談がある。
 そして気付き難いが、腰………と云うより、太ももの側面にもスラスターベーンが設けられていた。
 その他にも目に見える、見えない細々とした変化により、その姿が前よりも強く鎧武者という印象を強くしていた。
 その姿を改めて凝視する麻野の眼には、欺瞞の色が強く出ていた。

「正直なところを申しますと、将軍には純国産の物に乗ってもらいたいのでしたが………如何ともし難い事に、不知火・弐型の性能は当初の予定よりも高くなりましてな…」

 そこで一度言葉を切り、じっと武御雷を見つめる悠陽の横顔に眼を移す。

「現在これの完成度は7割と言ったところでしょうか。何せ不知火とは違いますからな。実際に動かしてもいないので不具合も確認しなければなりません」
「良い、任せます」
「はっ」

 顔を浅野に向け、そう短く返すとまた、武御雷・弐型に視線を戻す。

 悠陽の胸の中には、色々なものが渦巻いていた。
 何故これがもっと早く完成させることができなかったのか。
 これがあれば、もしかするとあの者も助かったかも知れない。
 これがあれば、私もあの場に居られたのかも知れない。
 あの日、光と共に血だらけのあの者を見たとき、安らかなあの者が見えた時。
 気持ちは確かにあの者の隣にいただろう。だが、本当はちゃんと隣にいてやりたかった。
 色々な負の部分を背負わされたあの者の隣にいてやりたかった。
 最後に聞こえた、つぶやくような声を、私は忘れないだろう。
 そして思う。この紫の鎧武者を見て。
 あの者が駆った現代の侍の化身と同じ色。見かけは違えど、この世に二つとない存在。
 ならば、私はこの者と共に歩み続けよう。共に果てよう。
 戦う間でしか合間見えることはできないが、でもせめて、大事な時に共に歩めるように。
 だから、この名を授けよう。

「汝、我が半身にして我が刃―――名を”皆琉神威”とす」
「殿下!?」

 その言葉を意味する所を知る麻野は戦く。
 その名は、その名を持つ刃を持つ者は、ここにいてはいけないモノ。
 だが悠陽の眼は正気であり、同時に決して譲らぬ覚悟が凛然と輝いていた。

「如何なる者が異を唱えようと、私は意に返さぬ」
「ですが、それでは他の者に示しが…」
「聞く耳持たぬと申した」

 語気を強め、だが淡々と”事実”を口にする。
 冷や汗が背筋を流れる。
 何を言っても無駄。それが眼と、態度が物語っている。
 こういう時の殿下は猪突猛進だ。いや、決断力があると言えばいいか。
 だが、これは承服するわけにはいない。少なくとも、その意味が解る者には耳が痛くなるような単語なのだから。
 浅野個人から言わせてもらえば、その案は採用したいのだ。むしろ大歓迎だと言える。
 だが、世にはそれだけでは済まぬこともあり、この懸案は、闇に葬りたい物だった。

 だから、一つだけ妥協案を示す。指揮系統に面倒事が発生しそうな気もしたが。

「斯衛の立場からすれば、承服しかねることですが」

 咳払いし、間を置く。やたら頑固そうな顔をして。

「ご自身がそう呼ぶ分には、私からは何も申し上げることはございません」

 その返事に、悠陽は僅かに頭を下げた。政威大将軍としてではなく、煌武院 悠陽個人として。
 そこに、タイミングを見計らったように赤い斯衛服を着た女―――月詠 真耶がどこからとも無く現れた。

「殿下…そろそろ公務にお戻りください」
「もうそんな時間でしたか。では麻野、”皆琉神威”は任せました」
「はっ殿下。”武御雷・弐型”は必ずや来るべき時までには完成させてみせます」

 そう言い、敬礼する麻野。それを背に、悠陽はこの場を去った。


「だから、ここは迂回すべきです!」
「いいえ、ここは強行突破で行くべきよ」

 サバイバル実技演習中、源 雫と齋藤 綾華は目の前のトラップ郡を前にどうすべきか議論していた。
 先にクリアしたB分隊が30分というこの訓練部隊の最短記録を叩き出し、それを越えるために雫らは演習に挑んだ。
 既に開始から20分が経過―――その事が、意地でも上回ろうとする雫から判断能力を奪っていた。
 目の前のトラップ郡を迂回した場合、30分以上のタイムでクリアすることになる。だが、突破できれば夢の20分台でのクリアが可能………なのだが、そのトラップ郡は多くの分隊を飲み込んだ魔の泥沼。先にクリアしたB分隊ですら、ここを迂回してのゴールだった。
 だから、雫は負けたくなかった。目の前にあるトラップ郡にも。B分隊にも。
 そう思うからこそ、余計に正しい判断能力が奪われていく。凝り固まった思考故に。

「あ、あの!そろそろ動かないと時間が…」

 都がタイムを気にして発言する。が、今回のような場合は逆効果であり、

「あぁ~もう!どっちにすんだよ!早く決めろよ!」

 じっとしていられない勝名を煽る結果に。さらに業を煮やし背もたれ代わりにしていた樹木を叩く。
 そんな姿を見てオロオロする都に抱きつこうとする久我を踏みつけて抑える悠希。久我がカエルが轢かれたような悲鳴を上げる。

「で…僕個人としては迂回がいいと思うんですが」

 踏まれたまま、自分の意見はしっかりのたまう我等が久我。間抜けだがそこに惚れる憧れる。

「男の癖に何云ってんだ!ここは真正面から突っ切るしかないだろ!」
「でもでも、それだとトラップに引っかかった際のタイムロスが…」

 徐々にまとまりを失っていく分隊の面々。
 綾華はこの中で、未だ特に何も主張していない悠希に目を向けた。

「森上くん」
「あん?」
「貴方は迂回すべきか、正面突破すべきか意見はありますか?」

 森上 悠希はこの中でもっともサバイバル技術に長けている。というより、他の技量が低いだけというのもあるが。
 そのためA分隊の中では、この手の演習に対しては、彼の意見を多く取り入れることが多い。元々は分隊長である雫からの提案でもあるが、彼の知識は信用できるものだったし理に叶っていたので、そのことに対して一切の疑問も抱かなかった。

 ………この時までは。

「ん?正面突破だな」
「―――っ!?」

 予想外の反応に驚く綾華。普通に考えても、トラップの山を抜けるには相当の目と判断能力、そして解除能力が要求される。それを彼が理解してないなんてことは有り得ないハズだ。彼もそんな万能ではないし、そこは自分でも承知のはずだ。

「結論から言うわ。悠希を先頭に正面突破を試む。他の者は全周警戒。いいわね?」
 雫の言葉に、各々の返事を返す分隊員。
 意見が3対3と分かれてしまった以上、その後の判断は分隊長に任される。そのための肩書きでもあるのだ。

「時間が惜しいわ。早速準備して」
『了解』

 議論に奪われた時間を取り戻すかのように、A分隊は慌しく準備をしてトラップ郡の海へ突入していった。


『………』

 百里基地国連陣営側PX。そこでA分隊は反省会の真っ最中。
 結局、トラップ郡を切り抜けたものの、31分という結果に終わってしまった。
 トラップの数が予想よりも多く、また無効化の対処に時間がかかってしまったのが原因だ。また、都が見逃したトラップにひっかかり、それを助けるべく久我が身を挺して庇った事、その治療に時間を食ったのも要因に挙げられる。
 理由は上げ出せばきりが無いほど挙げられるが、問題はそこではない。
 意思統一がちゃんとされていない事、それで余計なタイムロスが生まれた事。この二つの問題に氷室から激しく追及された。
 そういうことで今、こうして反省会をやってる最中なのだが、最初の10分以降無言が続くこと30分。
 私の意見が正しかったと云い、頑として退かない雫と綾華。その二人の間に立ちあたふたしている都。もうどうだって良いよという勝名。半分寝ている久我。そして悠希は、そんな現状を眺めているだけ。
 しかし、いつまでもこうしてるわけにも行かず………不意に、悠希が立ち上がりPXを出て行こうとする。

「も、森上さん!まだ終わってないですよ!?」
「後で結論聞かせてくれ」

 都の静止を振り切り、悠希はPXを出て行った。

「つ、連れ戻してきますっ」

 それを追うように、都もPXを出て行った。二人の背中を見送るように、雫と綾華はそのドアを見つめる。

「森上さんっ」
「ん?都か。お前も我慢できなくて出てきたか?」
「違いますっ、連れ戻しに来たんですっ」

 兵舎付近にある僅かな芝生。そこに寝転んでいた悠希の横に立ち、胸を張ってそう云い張る都。威厳を出そうとしているんだろうが、外見のせいかお世辞にもあるようには見えない。

「まぁお前も座れよ。あんな息苦しい場所にいて疲れたろ?」
「う………ぅ…す、少しだけ、ですよ」

 そう云って、都は悠希の隣に座る。空は既に暗く、星空が見えている。悠希はそれを見ていたようだ。

「………どうして、迂回って言わなかったんですか?」

 教科書通りなら、目に見えてトラップが多い場所を通らずに避けるべきだった。だが、悠希が選んだ道はその中を突っ切る事。彼ほどの知識、実力なら迂回突破でも問題なかったハズなのに。趣味やノリで奇抜な行為を選ぶような人ではないと、少しの付き合いだが知った都には、今回の事がよく解らなかった。
 その質問に、悠希は短く答える。

「雫が中央突破だって言ったから」
「………………え?」

 予想外の答えに、流石に固まる。その単純明快な理由が、あまりに単純すぎて、逆に理解できなかった。

「それ…だけですか?」
「あぁ、それだけ」

 続く言葉に、また言葉を失う。それが当然と云わんばかりの悠希の顔を凝視する。

「どうしてですか?森上さんならもっと現実的な意見が………」
「ん~、そうだな………都、自分の武器…銃でも刀でもどれでもいいや、ともかくそれが自分の云う事を聞かなかったら、どうする?」
「え?」

 突然の問いかけに頭の中が真っ白になる。が、すぐに思考を再開し、問題に対して一生懸命考える。
 一瞬だけ、自分の”ちから”のことを言われたと思ったが、悠希はこの事をまだ知らないはず。なら、ここは単純に、言葉通りの問いであるハズ。

「え…と、多分使えないと判断して投棄します」
「そう。それが正しい判断。使えない武器は捨てるに限る。それが兵隊ってもんだ」

 悠希の言葉に、頭に?マークがぽかんと浮かぶ。何を当たり前の事を?と。

「俺は雫の剣だ。その持ち主がこうしたいと言ったから、俺はそれに従う。剣が自分勝手な判断で動かれちゃ、持ち主は困るだろ?」
「そう、ですけど………その例え、よくわかりません」
「………ま、剣士衆なんてもう誰も覚えてねぇよな」

 そう云って、悠希は隣に座る都の頭をクシャクシャと撫で、立ち上がった。背中についた埃を払い、背伸びする。

「さて、いい加減終わったろうしそろそろ雫んトコ行くかぁ」
「え?なんで解るんです?」
「あいつはそんなに我慢強くないからなぁ。もう葵達んトコ行ってもいいぞ?万が一続いてたら呼びに行くから」
「はぁ…」

 最後に「じゃぁな」と手を振ってその場を去っていった。
 人間的な意味で「どこか変わった人だなぁ」と、都はぼんやりと思っていた。


 念のためPXを見に行ったら案の定というか予想通りと云うか、反省会はとっくに終わっており、誰も起こさなかったのか久我だけが取り残されていた。
 それを確認した後、座学室やら中岡らが遊んでいる体育館、宿舎、グラウンドと見回っていく。
 教官室に居るのか?と思った矢先、そういえば屋上にはまだ行ってないことを思い出して、急ぎ足で階段を駆け上がっていく。

 屋上に辿り着くと、その端で蹲っている雫を見つけた。誰かと一瞬こちらを見て、すぐに目線を戻す雫。
 何も云わず近づき、隣に座る。横目で雫を見ると、どこか不機嫌そうだ。
 だが、その事に何も云わず、悠希はただじっと隣に座り星を見上げている。
 ただ、じっと時間が過ぎていく。

「………少し、頭に血が昇ってたのね」

 ぽつりと、雫がつぶやく。

「また、悠希に頼っちゃった………ごめんね」

 悠希は雫の意に反する行動はできない。少なくとも命令が絶対の状況の中では。それを解っているから、どうしても力技が出来る悠希を頼ってしまう。それでは自分を磨くことができないから、出来る限り頼らないようにしていたのに………ちょっと気が緩むとコレだ。
 どうしても、悠希に頼ってしまう。彼を子供の頃から知っているから。ずっとその背中を見ていたから。
 長い付き合い故に雫は彼のその鍛錬された技量を知っており、自分には無いものを持っている彼が居るから、そしてそれが自分のためにあるのを知っているから、どうしても頼ってしまう。
 そんな自分が嫌で、そこから逃げ出すように誰も居ない夜の屋上へ逃げ込んだ。

「なら、齋藤に謝らなきゃな」
「うん…」
「仲間内で争ってたら、B分隊にゃ勝てないぜ?」
「うん…」

 普段とは微妙に態度が違う悠希。普段は雫の言葉に従うだけの男が、今は彼女に対して意見している。これもどういう意味があるか、雫は知っていた。
 普段は源家に仕える”剣士衆”と呼ばれる集団の一員”森上”として振る舞っている。雫に付き従い、主の願いを叶える忠実なる剣として。
 が、二人だけの時は、少なくとも周りに人がいない時は、ただの幼馴染”悠希”になる。歳相応の運動神経が良い、ちょっとえっちな男の子に。
 この使い分けは、悠希が勝手にやっているだけだ。雫がやってくれと云ったわけではない。多分、ある年齢に達してからやるようになったから、その辺りに森上家の長から何か言われたのだと思う。

「じゃ、早い内に謝りに行こうぜ。それとちゃんとした反省会もな」

 そんな色々をひっくるめても、悠希は笑って雫に接する。それが当たり前なのだと。
 そんな悠希に促され、一度頭の中で自分の反省すべき点を整理する。
 それらがまとまると、雫は立ち上がった。お尻についた埃を手で払う。

「行くわよ悠希っ、いつまでもこんな場所で足踏みしてる暇なんて無いわよっ!」
「了解我が姫、さっさと謝りに行こうぜ」
「くっ………人がやる気出したってのにアンタは…!」
「ははは、悪い悪い。それより行こうぜ」

 出鼻を挫かれた雫が恨みがましい目を向けるが、それを笑い飛ばして悠希は雫の背中を叩いて先に行くよう促した。予期せぬ痛みで悲鳴を上げるが、気にせず連れて行く。



 同日の深夜、綾華と雫、そして悠希とで就寝時間を過ぎても今後の相談をしていたのがバレ、A分隊全員が早朝ランニングと腕立て腹筋をいつもより多めにやらされる羽目となったのはどうでも良い余談である。



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第16話に続く
最終更新:2010年01月22日 18:30
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