白銀の雷光

Facing each other world1

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1:平行世界

 その日もカイは自室の机に向かい、書類に目を通し、署名する。
いつもと変わらぬ時間を送っていた。
国際警察機構長官という立場になってから、現場に出る事は少なくなり、代わりにデスクワークが大半を占めるようになった。
一つ溜息をついて、不謹慎を承知で、あの頃<聖騎士団>の方がよかったと、苦笑を浮かべ思いを馳せる。
デスクワークは苦手ではない。けれど、好きでもない。
身体を動かしている方が、自分には合っていると思っていたし、なによりいらない心配をしなくていい。
もう一度溜息をつくと、カイは再び作業に戻った。

 闇が落ち、時計が日付けの変更を知らせる頃。
ようやく一区切りをつけ、遅い帰宅となった。
人通りの無くなった大通りをひとりで歩く。
 ー?!ー
カイは突然、平衡感覚を失った。
身体を包む不可思議な浮遊感。
目を開けているにも関わらず、上下左右の区別がつかない暗闇の中、崩れ落ちるかと思った瞬間、それは突然元に戻った。
カイはそこにちゃんと立っていた。
ほっと安堵の息を吐き、辺りを見回して愕然となる。
自分は帰宅途中で、パリの街の大通りを歩いていたはずだった。
しかし、周りの風景は明らかに別物で、木々が茂り、森の中だという事が伺い知れる。
視線の先にはポツリポツリと明かりが見え、近くに街か村の存在が見て取れた。
(これは一体…どういう事だ?)
思考が錯乱する。
事態が全く把握できない中、ここでこうしていても仕方ないと、カイは小さく瞬く明かりに向かって歩き出した。
少しずつ大きくなる明かりと共に、膨れ上がる不穏な気配。
街の入口まで来て、噎せ返る血の匂いに目眩がした。
咽の奥を競り上がるものを必死に堪え、カイは辺りの気配を伺いながら、慎重に歩を進める。

 どうやら一足遅かったようだ。
無惨に引き裂かれた死体の他に、何も見つける事はできなかった。
それらはまだ生暖かく、それ程時間が経っていない。
片膝をつき、重なるように積まれた死体を検分する。
カイは死体の傷口に見覚えがあった。
ーギア!
それでも一つの疑問が残る。
ジャスティスの死後、ギアはそのほとんどが休止状態になり、厳重に封印されている。
現在活動しているギアはー
おおよそこういった殺害ができる個体ではない。
これはどう見ても、Bクラス、獣型のものだ。
爪や牙で引き裂かれ、原形を留めず、肉塊と化した人々の亡骸に祈りを捧げる。
ーあなた達の無念は必ず晴らしてみせます。だから、どうかせめて、その眠りが安らかであらんことをー
祈りを終え、ゆっくりと立ち上がり、踵を返して歩き出した時。
禍々しき獣が、闇からカイに踊りかかった。
寸前まで全く気配に気付かなかった!
まるで、闇の一部が切り取られ、現れたかのように自然だった。
「くっっ」
間一髪、紙一重でその一撃をかわす。
ギアと対峙するには今、武器がない。
『封雷剣』は、国際警察機構に保管中だ。
明らかな形勢不利に、カイは舌打ちした。
 剣があれば、Bクラスのギアごとき、何の問題もない。
ただ、カイは今丸腰だった。
己の肉体のみとなれば、いくらBクラスだとて迂闊に動けない。
ーどうする?!
隙を見せれば、一気に襲ってくるだろう。
慎重に間合いをとりながら、神経を集中させる。
こういう状況で、焦りは禁物。
死線を潜り抜けた、聖騎士団での経験が役に立った。
ギアは、圧倒的な優位により、捕らえた獲物を弄ぶかのように、幾度となく攻撃を仕掛けてくる。
流れるような、無駄の無い動作でギアの攻撃をかわしながら、カイは手元に剣のない事を悔やんだ。
ー封雷剣があれば!!
そう強く願った刹那。
カイの眼前に、眩い光が広がった。
「な…?!」
余りの眩しさに、一瞬視界を閉じる。
光はやがて一点に収束し、そこに現れたのは、手元にあればと願った封雷剣だった。
「キシャアァ!!」
「!!」
襲いかかったギアを反射的に両断する。
グシャリと鈍い音を立て、ギアは地面に転がった。
「どうしてこれがここに…?!」
カイの手に収まっているそれは、紛れもなく封雷剣で、謎は謎のまま、どんなに考えても答えは出なかった。
半ば強引に、開き直るかのように現実を現実として受け入れ、そこでようやく切り捨てたギアに目を向ける。
?!
そこには何もなかった。
あるはずのギアの死体は、煙りのごとく消えていた。
(今日は不思議な事ばかりだ。)
長い悪夢を見ているようだった。
ー夢ならば、覚めればいいー
カイは悪夢を振払うかのように、振り返る事無く、誰もいなくなった街を後にした。



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