白銀の雷光

Facing each other world5

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5:光と闇と

 陽は傾き、オレンジ色に染められた街並みが、遠くに絵画のように見える。
夕闇が迫る一時の賑やかさの溢れる中、<カイ>はとりあえずの目的地にたどり着いた。
すれ違う人々は、慌しく行き来している。
雑踏にまぎれ、途中服を買い着替えた。
さすがに警察機構の制服は、そこにいるだけで人の注意を引く。
犯罪者でなくとも、視線を集めるのだ。
目立ってはならない今の<カイ>には無用のものだった。
今日の宿を求め、中心街から外れた路地に足を向ける。
中心地は人の目につきやすい。
自分の存在を出来る限り避けなければならない<カイ>にとって、それは極当然の選択だった。
ダウンタウンの一角の、古びたホテルに入る。
ダウンタウンというところは基本治安がよろしくない。
表立って歩けないものたちが、息を潜める場所でもある。
しかし、裏を返せばいらぬ詮索をされないということ。
そういうもの達の暗黙の了解。
自分に関係ないことは、詮索しない。
今の<カイ>には都合のいい隠れ場所でもあった。
『部屋をお願いします。』
ホテルに入り、ロビーにいる無愛想な男に声をかけた。
男は古びたテレビから顔を上げると<カイ>を一瞥する。
「先払いだ」
愛想も何もない、そっけない返事が返された。
カウンター脇に、ボロボロになった料金表が貼ってある。
<カイ>は男に金を渡した。
男は変わらず無愛想なまま、キーを<カイ>に渡し
「3階だ」
ただそれだけを言うと、男はまたテレビに視線を戻し見始めた。
<カイ>は狭い階段を上り、3階の部屋に入る。
そこはこじんまりとした部屋で、中にはベッド以外何もない。
窓にかかったカーテンは古ぼけて、ところどころほつれているのが見て取れた。
裸電球のオレンジの薄暗い光が、部屋をぼんやりと照らしだす。
シングルの簡潔なベッドが置かれ、白いシーツだけは糊が利いた清潔なものがかけられていた。
ベッドに横になった<カイ>に、すぐに深い眠りが訪れた。

自分は夢を見ているのだと思う、ふわふわとした浮遊感。
なぜか高い位置から見下ろしている。
賑やかな街並みに不吉な気配。
賑わう人々のすぐそこまで、ギアが迫っている!
<カイ>は必死に避難するように叫ぶが、人々は<カイ>はおろか、ギアにさえ気付いていないふうだった。
あっという間だった、ギアの群れが人々を襲い、街の中はむせ返るような血の匂いで溢れた。
30分もしないうちに、生きている人はいなくなり、ギアは悠々と街を去った。
何もできないまま、<カイ>は見ていることしかできなかった自分を責めた。
(…てください)
小さな声。
直接頭の中に響いているようだった。
(た…けてください)
途切れ途切れで聞こえるか細い声。
『誰?…貴方は誰です?』
突然街の景色は光にかき消され、<カイ>は光の中に浮かんでいる。
光の中で、ふわりとなにかが、目の前に下りてきた。
女性がひとり、<カイ>の前に立った。
ごめんなさい…
女性は静かに<カイ>に謝罪した。
私は…多くを召喚できる力がありませんでした…
そこで、一番の適任者を召喚するしかなかった…
あなた以外…思いつかず…
了承もなにもないままに…あなたをこんなところへ連れてきてしまいました
本当に…申し訳なく思っています
女性はもう一度謝罪を口にする。
『やはりここは…私の居る世界とは違うんですね?』
静かに女性の言葉を聴いていた<カイ>が女性に問う。
そのとおりです
ここは本来あなたの居る世界とは別世界
平行世界のうちの1つです
…突拍子もない話でごめんなさい…
でも、本当のこと
この世界の死を司る者が、あなたの世界から大量のギアという異形を召喚しました
大量の死者を従え、力をつけ…この世界の秩序を自分に都合のいいものにしようと企んだからです
もちろん、合意できようはずがありません
この事態に私は対抗するため…バスティア…死を司るものが召喚した世界から、あの異形を排除する存在を召喚することにしたのです
しかし…召喚には問題があります
それは私も…バスティアも同じ…
大量のものを一度に召喚しようとすると…本来のそのものの能力が薄まります
100のものを召喚すると、元の1の能力の100/1にしかなりません…
ですが、1を召喚すれば…そのものは1の力を持つ
『なるほど…だからあのギアは弱かったのですね?』
その通りです
<カイ>はランクの割りに弱かったギアに納得した。
『なぜ、その死を司る者は大量にギアを召喚したのですか?』
本来、この世界は他の世界と繋がることはありません
違う世界同士、干渉しあうことはないのです
そのため、他の世界から強制的に召喚されたものは…
その世界のものには見ることが出来ないのです
なのでギアはこの世界のものには見えていません
『ちょっと待ってください、ならばなぜ、私は見えているのですか?』
<カイ>はもっともな疑問を口にした。
それは…大量召喚でないためです
大量召喚は能力だけでなく、存在そのものも薄くしてしまう。
1つのものを召喚した場合、存在が薄まることがないため、その世界でも見えてしまうのです
<カイ>は妙にその説明で納得した。
あの倒したときに何も残らず、まるで最初から存在しなかったように霧散したギアの秘密はそこにあったのだと。
お願いです
どうか…この世界を助けてください
勝手なお願いなのは…承知しています
でも…バスティアにこの世界の秩序を握られては…この世界は滅びてしまう
『乗りかかった船です、私にできることなら出来る限りやりますよ』
<カイ>は微笑して女性を見た。
ありがとう…
ありがとう…異界の騎士様
気をつけて…バスティアはきっとなにか手を打ってきます
私も…出来る限りのサポートを…
女性の話は突拍子もないものだったが、<カイ>は妙に冷静に聞いていられた。

光が急速に収束して目が覚めた。
はっとなって飛び起きた<カイ>の目に飛び込んできたのは、古ぼけた天井。
夢?
それにしては随分と生々しい話だったと<カイ>は思い起こしていた。
夢か真か。
それはもうどうでもいい
自分に都合のいい夢を見たのかもしれないが…
ギアを狩っていけば、いずれ元の世界へ戻れるのではないか。
カーテンを開け、街並みを見やる。
一つ大きく屈伸して<カイ>は古ぼけた宿を後にした。



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