白銀の雷光
タソガレドキ
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thrones
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その日はとてものどかで…柔らかな日射しの中、心地よい風が
一日篭りっぱなしで、仕事に追われるカイの頬を優しく撫でていく。
一日篭りっぱなしで、仕事に追われるカイの頬を優しく撫でていく。
最近では珍しく、事件も起きず―
気味の悪いぐらい平穏で、カイはすぐに仕事を終え、手持ち無沙汰になった。
(珍しい事もあるものだ。いつもこうなら私も楽なのに…)
揶揄するように笑みをもらし、時計を見る。
まだ、時刻は5時をまわったばかり。
「ん。決めた!」
しばらく考え込んでいたカイだったが、やがて、散らかった机を手早く片付け席を立った。
ここのところ、ずっと帰りは深夜になっていて、酷い時には日付けが変わっていた事も
一度や二度ではなかった。
こういう日くらい、早く帰らせてもらってもいいだろう―
何かが起きて、帰れなくなる前にさっさと帰ってしまおうと、カイは後の事を
ベルナルドに押し付け、警察機構を後にした。
気味の悪いぐらい平穏で、カイはすぐに仕事を終え、手持ち無沙汰になった。
(珍しい事もあるものだ。いつもこうなら私も楽なのに…)
揶揄するように笑みをもらし、時計を見る。
まだ、時刻は5時をまわったばかり。
「ん。決めた!」
しばらく考え込んでいたカイだったが、やがて、散らかった机を手早く片付け席を立った。
ここのところ、ずっと帰りは深夜になっていて、酷い時には日付けが変わっていた事も
一度や二度ではなかった。
こういう日くらい、早く帰らせてもらってもいいだろう―
何かが起きて、帰れなくなる前にさっさと帰ってしまおうと、カイは後の事を
ベルナルドに押し付け、警察機構を後にした。
いつもと変わらない景色。
それでもこの通りを歩いて帰る時は、もっと暗くなって人通りが疎らになっているから、
今日みたいに大勢の人の中を歩くのは新鮮だった。
「あれ?」
カイの足がピタリと止まる。
大通りに面した一角。そこに小さな店がちょこんと建っていた。
中を伺うと、どうやらカフェのようで
(こんなところに、カフェなんてあっただろうか?)
漠然とそんな事を考えながら、カイはなぜか立ち去る事もできずにいた。
それでもこの通りを歩いて帰る時は、もっと暗くなって人通りが疎らになっているから、
今日みたいに大勢の人の中を歩くのは新鮮だった。
「あれ?」
カイの足がピタリと止まる。
大通りに面した一角。そこに小さな店がちょこんと建っていた。
中を伺うと、どうやらカフェのようで
(こんなところに、カフェなんてあっただろうか?)
漠然とそんな事を考えながら、カイはなぜか立ち去る事もできずにいた。
行き交う人々の誰もが気付いていない。
まるで存在していないかのように前を、そしてカイの横を通り過ぎていく。
店の看板はなく、ただ、ドアのノブに『Welcome』と書かれた
プレートが下がっているだけで、客も見当たらない。
不思議に思いながらも、カイは何かに引き寄せられるかのように、店内に足を踏み入れた。
その店は本当に小さく、7人も入れば満席になってしまう程の広さしかない。
けれど、なぜか不思議と落ち着ける雰囲気が漂う、居心地のよい空間だった。
まるで存在していないかのように前を、そしてカイの横を通り過ぎていく。
店の看板はなく、ただ、ドアのノブに『Welcome』と書かれた
プレートが下がっているだけで、客も見当たらない。
不思議に思いながらも、カイは何かに引き寄せられるかのように、店内に足を踏み入れた。
その店は本当に小さく、7人も入れば満席になってしまう程の広さしかない。
けれど、なぜか不思議と落ち着ける雰囲気が漂う、居心地のよい空間だった。
「あら? 久し振りのお客様ね」
突然声がかけられて、カイは声の主を振り返った。
そこには、いつの間にか1人の女性が立っていて、穏やかな笑みを浮かべている。
「どうぞ」
カイに席を勧め、女性はカウンターに落ち着く。
「…ありがとう、ございます」
戸惑いながらも礼を述べ、カイは躊躇いがちに腰を下ろした。
突然声がかけられて、カイは声の主を振り返った。
そこには、いつの間にか1人の女性が立っていて、穏やかな笑みを浮かべている。
「どうぞ」
カイに席を勧め、女性はカウンターに落ち着く。
「…ありがとう、ございます」
戸惑いながらも礼を述べ、カイは躊躇いがちに腰を下ろした。
「なにか悩みごと?それとも路に迷ったのかしら?」
唐突にそんな事を聞かれ、カイは目を丸くした。
―この人は一体何を言っているのだろう?―
言われた事に思い当たらず、困惑する。
「違うの?おかしいわねぇ」
女性は小首を傾げ、悪戯っぽく笑ってみせた。
「ぷ…」
そのあまりにも子供っぽい仕種に思わず吹き出して、
「そう…見えます?」
戯けて反対に聞き返してみる。
「ん~~~~どうかしら?」
急に真顔になると、女性はなにか手を動かしはじめた。
やがて、店内にとてもいい香りが溢れて。
唐突にそんな事を聞かれ、カイは目を丸くした。
―この人は一体何を言っているのだろう?―
言われた事に思い当たらず、困惑する。
「違うの?おかしいわねぇ」
女性は小首を傾げ、悪戯っぽく笑ってみせた。
「ぷ…」
そのあまりにも子供っぽい仕種に思わず吹き出して、
「そう…見えます?」
戯けて反対に聞き返してみる。
「ん~~~~どうかしら?」
急に真顔になると、女性はなにか手を動かしはじめた。
やがて、店内にとてもいい香りが溢れて。
カチャリ。
小さな音を立てて置かれたティーカップは、一目見ただけで分かる高級品で、
中に注がれた黄金色の紅茶も、ティーカップに負けず劣らずの逸品であることが伺える。
「あの…」
オーダーをした覚えのないカイは、伺うように女性を見た。
「ああ」
察した女性が口を開く。
「ここね、メニューないのよ。その人に一番いいものをお出ししているの」
あっけらかんとそう言われ、にっこりと微笑まれるに至って、
カイはそれ以上聞く事ができなかった。
職業柄、どうしても疑い深くなってしまうのは仕方がない。
どうも納得する事はできなかったけれど、強引に納得する事にする。
カイは、出掛かった言葉を紅茶と共に飲み込んだ。
小さな音を立てて置かれたティーカップは、一目見ただけで分かる高級品で、
中に注がれた黄金色の紅茶も、ティーカップに負けず劣らずの逸品であることが伺える。
「あの…」
オーダーをした覚えのないカイは、伺うように女性を見た。
「ああ」
察した女性が口を開く。
「ここね、メニューないのよ。その人に一番いいものをお出ししているの」
あっけらかんとそう言われ、にっこりと微笑まれるに至って、
カイはそれ以上聞く事ができなかった。
職業柄、どうしても疑い深くなってしまうのは仕方がない。
どうも納得する事はできなかったけれど、強引に納得する事にする。
カイは、出掛かった言葉を紅茶と共に飲み込んだ。
「ねぇ、よかったら話してもらえないかしら?色んな事を聞くの好きだから」
まるで、友達が集まって雑談するような気軽さで切り出され、
カイは思わず絶句してしまう。
「…構いませんが…聞いていて楽しい話題ではありませんよ?」
「気にしない、気にしない♪」
「はぁ…」
(なんと言うか…アクセルみたいなヒトだな…)
毒気を抜かれて気のない返事をし、ふいに浮かんだ脳天気な笑顔に苦笑する。
まるで、友達が集まって雑談するような気軽さで切り出され、
カイは思わず絶句してしまう。
「…構いませんが…聞いていて楽しい話題ではありませんよ?」
「気にしない、気にしない♪」
「はぁ…」
(なんと言うか…アクセルみたいなヒトだな…)
毒気を抜かれて気のない返事をし、ふいに浮かんだ脳天気な笑顔に苦笑する。
「今でこそデスクワークなどしていますが、以前は戦いの最前線にいました…」
カイは諦めたように息をつき、静かに語りはじめた。
カイが歩んできた道は決して楽しいものではない。
毎日が戦いの日々。人の生死を見てきた辛い記憶。
そして―…
今なおカイの心に突き刺さる棘。
知らなければよかった。でも…知ってしまった。
もう…後には戻れはしない。
頭では理解している事も、その上で受け入れようと誓った事も嘘ではない…
けれど。
知っていようが知るまいが、関係ない事。
そこに全く変わる事なく存在し続ける
脳裏に蘇るタバコの臭い。男のシルエット
それは、カイの中で確実にしこりとなって残り、心を掻き乱す。
誰よりも強く焦がれ、何よりも憎らしいと思う。
女性は口を挟む事はせず、ただじっと耳を傾けていた。
カイは諦めたように息をつき、静かに語りはじめた。
カイが歩んできた道は決して楽しいものではない。
毎日が戦いの日々。人の生死を見てきた辛い記憶。
そして―…
今なおカイの心に突き刺さる棘。
知らなければよかった。でも…知ってしまった。
もう…後には戻れはしない。
頭では理解している事も、その上で受け入れようと誓った事も嘘ではない…
けれど。
知っていようが知るまいが、関係ない事。
そこに全く変わる事なく存在し続ける
脳裏に蘇るタバコの臭い。男のシルエット
それは、カイの中で確実にしこりとなって残り、心を掻き乱す。
誰よりも強く焦がれ、何よりも憎らしいと思う。
女性は口を挟む事はせず、ただじっと耳を傾けていた。
「どうすればいいのか…自分でも分からないんです」
力なく口から漏れた偽りない言葉。
自分でもらしくないと思う。
今まで決して見せる事のない弱さ。
―なぜこんなに、正直に心の内を打ち明けてしまったのだろう―
ここにある空気が、そうさせたのかも知れない。
「心配いらないと思う。だって…」
女性は言葉を区切ると、カイの胸に手を置いた。
「答えはココにあるんですもの」
そして、にこりと微笑む。
「え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなくて、カイはまじまじと見つめた。
そこには、先程と変わらぬ笑顔が向けられていて。
「大丈夫。自分を信じて。この扉の向こうで、あなたはその答えを見つけるはずよ」
女性は店の扉を指差した。
それは、この店の唯一の出入り口。
あの簡単なプレートが掛けられたドア。
なにか釈然としないまま、カイは席を立つ。
それでも…なぜかは自分でも分からなかったけれど、胸につかえていたものは
幾ばくか和んだように感じられた。
「ありがとうございました。紅茶、美味しかったです」
紅茶の代金をと、財布を探る。
「いらないわ」
「…は?」
何度か瞬きを繰り返し、随分間の抜けた声を返す。
「気にしないで」
「あの…そういう訳には」
「ぷっ…あはははは」
困惑して狼狽えるカイに、女性はとうとう可笑しくなって吹き出した。
「あなた、真面目すぎるのよ。少しは肩の力を抜いた方がいいわ。
あなたのためにも…ね?」
「…ご忠告感謝します。」
苦笑を浮かべ一礼すると、カイは扉に手をかけた。
力なく口から漏れた偽りない言葉。
自分でもらしくないと思う。
今まで決して見せる事のない弱さ。
―なぜこんなに、正直に心の内を打ち明けてしまったのだろう―
ここにある空気が、そうさせたのかも知れない。
「心配いらないと思う。だって…」
女性は言葉を区切ると、カイの胸に手を置いた。
「答えはココにあるんですもの」
そして、にこりと微笑む。
「え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなくて、カイはまじまじと見つめた。
そこには、先程と変わらぬ笑顔が向けられていて。
「大丈夫。自分を信じて。この扉の向こうで、あなたはその答えを見つけるはずよ」
女性は店の扉を指差した。
それは、この店の唯一の出入り口。
あの簡単なプレートが掛けられたドア。
なにか釈然としないまま、カイは席を立つ。
それでも…なぜかは自分でも分からなかったけれど、胸につかえていたものは
幾ばくか和んだように感じられた。
「ありがとうございました。紅茶、美味しかったです」
紅茶の代金をと、財布を探る。
「いらないわ」
「…は?」
何度か瞬きを繰り返し、随分間の抜けた声を返す。
「気にしないで」
「あの…そういう訳には」
「ぷっ…あはははは」
困惑して狼狽えるカイに、女性はとうとう可笑しくなって吹き出した。
「あなた、真面目すぎるのよ。少しは肩の力を抜いた方がいいわ。
あなたのためにも…ね?」
「…ご忠告感謝します。」
苦笑を浮かべ一礼すると、カイは扉に手をかけた。
「がんばってね。未来は与えられるものじゃない。
その手で切り開くものだから」
閉じる扉の向こう、後ろ姿に掛けられた言葉に、カイは弾かれたように振り返る。
そこはいつもの大通り。
まだ日は沈んでおらず、多くの人々でごった返している。
時刻は5時30分前。
時間はほとんど経っていない。
―?!―
カイは慌ててドアを探す。
けれど、あの扉を再び見つける事はできなかった。
(夢?)
それにしては、随分リアルだったと思い起こす。
その手で切り開くものだから」
閉じる扉の向こう、後ろ姿に掛けられた言葉に、カイは弾かれたように振り返る。
そこはいつもの大通り。
まだ日は沈んでおらず、多くの人々でごった返している。
時刻は5時30分前。
時間はほとんど経っていない。
―?!―
カイは慌ててドアを探す。
けれど、あの扉を再び見つける事はできなかった。
(夢?)
それにしては、随分リアルだったと思い起こす。
『がんばってね。未来は与えられるものじゃない。
その手で切り開くものだから』
その手で切り開くものだから』
店を出る最後に、女性が言った言葉が蘇る。
ふっと笑みを漏らして、大きく吸い込んだ息をゆっくりと吐き出すと
カイは再び、夕日に包まれた通りを歩き始めた。
ふっと笑みを漏らして、大きく吸い込んだ息をゆっくりと吐き出すと
カイは再び、夕日に包まれた通りを歩き始めた。