路地を歩いている集団が居る。
目の周りにひび割れを作った、奇妙な四人の集団と、その中心を歩く怪人と黒衣の組み合わせだ。
「どのように、このサーヴァントを見つけ出した」
「U.T.Aちゃんの配信(ライブ)、良い曲でしょう?」
孔富は一見噛み合わないような返答を返す。
しかしその実、彼らが向かう先にいる相手のサーヴァントとは、たった今配信している新進気鋭にして爆発的ヒット中の歌い手"U.T.A"だ。
「予選期間中に活動開始。異常な技巧(テクニック)。まあそれだけでも疑うには足りるけど…決め手は患者さんからの噂話(フォークロア)ねえ」
「"夢世界に誘う歌"か。全く良く調べている」
うんざりとした調子で、キャスターは返す。
正体不明、声だけの配信者、U.T.Aの曲を聞いた者のごく一部が夢の世界に招かれ、本人と合うことが出来るという与太話。
しかし与太話も、"この冬木でだけ集中的に聞かれる"という状況が揃えばそれは、聖杯戦争への関わりを考えざるを得ない。
実際にライブ配信を聞くと、即座に眠ることまでは確認している。
睡眠の必要のないサーヴァントであるキャスターのみが配信を聞いて確認することにしているのは、その対策だ。
「貴様の麻薬製造も、目標のペースに達していないというのによくやるものだ」
「…それも、一息に解決出来るカモ、ってちょっと期待してるのよねえ」
"地獄の回数券(ヘルズクーポン)"は問題ない。もとより戦闘員に配るためのもので、必要以上の在庫はあっても無駄だ。
問題なのは"天国の回数券(ヘブンスクーポン)"のほうだ。必要物資の購入のための売却分を計算に入れると、どうしても"大海嘯(タイダルボア)"に必要な量に達しない。
東京で使用する量と比べれば、人口の少ない冬木では多少減りはする。それでも膨大な量の麻薬が、薬効を発揮する濃度まで上げるには必要だ。
元の世界でも長期間溜め込んだ麻薬(クスリ)と、長年築き上げた生産ラインを組み合わせ決行するものだ。たった準備期間一ヶ月でやったこととしては、寧ろとても上出来と言える。
本戦期間に入ってなお作り続け、それでもまだ足りないとしても。
これに関してはキャスターは安堵している。
例えサーヴァントとして呼ばれただけだとしても、医神として、無差別な麻薬テロは望む所ではない。
積極的に何かをせずとも潰えるのであれば、それに越したことはない。
「居場所の発見に関しては、原始的な方法が使えたわ」
孔富は麻薬製造のために、大量の人材を抱えている。
その人員の一部を使い、配信のアーカイブを漁らせた。アーカイブなら、通常のNPCでも夢に落ちることはない。
「とにかく、"配信(ライブ)に紛れ込んだ、外部のノイズ"を洗わせたの」
「場所は概ね特定(オープン)出来た。今から、そこに行くって話」
今も、配信が行われている。ならば目的のサーヴァントもそこにいるはずだ。
目的地は、この路地の先の小さなレンタル音楽スタジオ。
(全く、病人と薬物中毒者共が)
孔富は"歌い手のサーヴァント"を、多少強引な手を使ってでも確保しようとしている。
例えば、引き連れた四人の極道。彼らと孔富は、全員が高性能なノイズキャンセリングヘッドホンを所持している。
サーヴァントが配信をしているなら、マスターもその場にいる可能性が高い。彼らはマスターを捕縛するための要員だ。
目的のスタジオは、もう目の前にある。
周囲の極道たちが目配せをして、荷物のヘッドホンに手を伸ばそうとした瞬間。
横合いから。
息を強く、吸う音がした。
歌いはじめる直前のように。
"…直ぐにヘッドホンを"
キャスターは即座に孔富に警告の念話を送り、杖を変化させた刃を飛ばす。
しかしその刃は、空中に現れたハ音記号に弾かれ逸らされる。
霊体化を解除し、姿を表したサーヴァント──バーサーカー、ウタの歌を阻止することは叶わない。
一呼吸の猶予が終わる。
「"新時代は この未来だ"」
力ある歌声が、路地を満たす。歌手として間違いなく頂点に位置する、力強く技巧ある歌声…というだけでは勿論ない。
「"世界中全部 変えてしまえば"」
路地が、色を変えたように錯覚するほどの歌。
文字通りに力ある歌は、ただ一音で不意を突かれた極道たちの意識を眠りに落とす。
そしてバーサーカーの周囲には、音符の兵士が現れ、倒れながらもキャスターの追撃をいなす。
「"変えてしまえば"」
バーサーカーはそこで歌を切り、孔富を見下ろす。
他の極道が倒れている中で、彼だけは立っていた。
「向こうでお話しようと思ってたのに。準備がいいんだね」
孔富は、異形の肉体の反応速度とキャスターの警告により、ノイズキャンセリングヘッドホンで歌から身を守ることに成功していた。
その代償として、バーサーカーの声に応えることも出来ない。
「…攻撃の意思はない、とでも言うつもりか?」
対話を仕掛けてきたバーサーカー相手に、キャスターも一旦武器を収める。
(配信の歌は、続いている。けれど声で分かる。眼の前のこいつは間違いなく"U.T.A"本人だ)
(──夢世界に招く能力だと判断した時点で、予測しておくべきだったか。こいつは"夢世界側"から配信をしている)
「攻撃してくる気だったのは、あなた達じゃないの?こんな怖い人たち集めて、歌から耳を塞ぐ対策までしてさ。私は単にあなたたちと、向こう──えっと、夢の世界でちゃんと話したかっただけ」
けどまあ、こっちでもいいよね。
そう言いながら、バーサーカーは笑う。
「そっちのマスターさんは色んな意味で、聞く耳持たない感じだから──キャスターさん。あなたと話そうか」
「まずはあなたたちの、素性を聞いてもいいかな」
★★★★★
繰田孔富がここに連れてきた極道たちは、"救済なき医師団"程の精鋭ではない。
そもそも"NPCを抵抗の余地なく夢に導く"敵サーヴァントを想定した戦場だ。彼らは主に敵マスターを確保するために動かす手数であり、それ以上を期待はされていない。
しかしそれでも、"地獄の回数券"の扱いに習熟した彼らは大多数のマスターに対して理不尽な災厄そのものだ。
二階建ての一軒家を飛び越せる脚力。50メートル先の人間に、日本刀を命中させられる投擲力。撫でるのと変わらぬ速度で、物理鍵を解錠(ピッキング)出来る技術力。
その程度の能力は、当然何かしら持ち合わせた次元だ。
一人だけですら、十分に一般人マスターを令呪を使う暇なく暗殺出来る戦力。
それが四人揃って、この白黒の子供一人に勝てない。
「ただ眼の前のものを否定したくて、感情のままに暴力を振るう。それで何かが変わるとでも」
「──ぁ」
極道の一人が振るう警棒が、白黒の少年──
オモリに届く前に落ちる。極道は喉を押さえ、白い床に倒れ込む。
(思考を乱す、呼吸を封じる、奇妙な戦闘技術。"地獄の回数券"で強化された視覚でも、全く攻撃の予兆が見えねえ。こいつは──なんだ?本当に人間か?)
既に立っている極道は一人だけ。
他の極道たちは、このただ白い空間の床で、どこからともなく伸びる"赤い手"で拘束されていた。
赤い令呪が、
オモリがマスターであることを表している。
彼ら極道はまだ、自分たちが夢に落ちたことすら自覚せず
オモリと相対している。
それゆえにマスターを拘束するために彼に襲い掛かり、このザマだ。
「あなたたちは、ただ他人に求めることしか考えていないクズだ。誰かに与えようとしたことなんてないクセに」
オモリの悪罵は、いっそ自嘲のようにすら響く。
全く、相手にされているように思えない。
ただゆっくりと、
オモリが歩いてくる。拳銃を持っているというのに、まるで通用する気がしない。
「怪物(バケモン)ガァ…」
それでも恐怖に抗って、引き金を引く。何回も何回も。
あっさりと弾丸は
オモリに当たる。
「本当は解っているのに、それでもまだ間違い続けているんだ。自分でそれを選んでいる」
オモリは明らかな致命傷を負いながら、なんら意に介さずこちらにナイフを向ける。そのナイフは赤く染まっている。
「手前(テメ)ェ…死ねよ!」
弾切れを起こした銃を投擲(な)げるも、ナイフで弾かれる。その隙をついて、素手で
オモリの首を狙う。
オモリが僅かに体を屈める。
「そうだね」
「あなたたちみたいな人は、死ねばいいのに」
オモリの目の奥底を、見てしまう。
それは自閉した精神の果てだ。
闇を深く見てきた極道ですら、一瞬足を止める程の。
きっとここが現実なら、こうはならない。
極道の精神は闇に擦れていて、可哀想な子供だろうが狂人だろうが殺すことに躊躇いはない。
けれどここは夢世界(ホワイトスペース)。精神の世界。
擦れて鈍った共感力を飛び越えて、精神の奥底に直接
オモリの精神が干渉する。
それは不可避の一撃だ。
その手が
オモリの首に届く前に、極道は赤い手に捕われた。
★★★★★
「その男の名は
繰田孔富。極道の闇医者で、僕のマスターだ」
キャスターはバーサーカーの問いに答える。
キャスターは内心、孔富とこのバーサーカーが直接対話することにならなくて良かったと直感していた。
(おそらく、この二人は悪い意味で相性が良い)
同じ病を抱えた精神病者が対話をするのは、回復期においては価値あることだ。
しかし劇症期に下手に対話することは、寧ろ病気の悪化に繋がる。お互いに足を引き合い、最悪の自体になりかねない。
「…極道…ジャパニーズマフィアの闇医者、ね。それがどうして、私たちを狙うの?」
下手に嘘をつくべきではない。
「孔富が志す"救済"、その一端として利用出来ると考えたからと聞いている」
「…"救済"?」
バーサーカーの顔色が変わる。
「もしあなたたちが、NPC…って言われてる、この聖杯戦争の舞台に生きる人たちを救おうと考えているのなら、確かに私が協力出来るのかも」
「待て。その話の前に確認をさせろ」
キャスターは眠る極道たちを見下ろす。呼吸のペース等に異常はないが、妙に苦しそうに見える。
「この寝てるやつらは、無事なんだろうな」
バーサーカーは"電伝虫"を取り出す。妙に大きなモノクロで、無表情なカタツムリだ。
『こっちは終わったよ』
『キャスター。はじめまして。僕は
オモリ、バーサーカーのマスター』
カタツムリが喋りだす。
一切の感情が乗っていないような子供の声で、マスターを名乗る。
「そのカタツムリが、マスターなのか?」
訝しむキャスターに、バーサーカーは吹き出して笑う。
「ははっ…違う、違うよ。これは"電伝虫"。ちょっと工夫すると、夢の中とこっちを繋いで話せるんだ」
『キャスター。まず前提として話す。僕は今、こっち──夢の中で、あなたたちの手下を捕まえてる』
『先に仕掛けてきたのは彼ら。僕はいつでも、彼らを殺せる』
淡々とした口調のままで、
オモリはキャスターを恫喝する。
キャスターにとって孔富の部下のチンピラの命はそこまで比重が大きい、という訳でもない。しかしそれでも、意図して見捨てる気にはならない。
「チッ、話をしようという相手に対する態度とは思えんな」
『別にこっちも、殺そうというつもりはない。僕には手段があるってことを、知ってほしいだけ』
バーサーカーは憂い顔で、
オモリに言う。
オモリはバーサーカーの言を聞き流し、キャスターに問う。
『僕が聞きたいのは、あなたたちの陣営について。"羂索"──ケサ、仏教の僧侶の服を着た、額に縫い目のある男。"宿儺"──4つの目、4つの腕を持つ呪いの王。この二人は居る?』
その質問は、全くキャスターにとって意味不明なものであった。
「知らんな。その二人の存在すら知らん」
"白"の円卓では、すべてのマスターとサーヴァントを確認した。
サーヴァントの真名こそ確認していないが、明らかに当てはまりうる存在はいない。
『僕たちの陣営では、その二人をこの聖杯戦争での最大の障壁と考えてる』
「それだけ言うからには、証拠があるのだろうな」
オモリとバーサーカーは、ケイから聞いた彼らの悪行と、持ちうる能力について話をする。
呪霊操術、肉体を乗っ取る術式、悪辣な策略家、死滅回游。
十種影法術、切断術式、膨大な呪力、伏魔御廚子。
聞くごとにキャスターの、眉間のシワが深くなる。
(──こいつらの話が本当なら、確かに厄介な奴らではある。特に宿儺はおそらくこの聖杯戦争でも天辺に座する類の強さだろう)
(だが──)
「分からんな。何故、お前らがそいつらを狙う?」
「各陣営には五主従が居る。何もお前らが、そいつらに直接対処する必要もあるまい」
「…別に、私達だけで対処している訳でもないけれど、それでも私達がその二人に立ち向かってる理由はあるの。」
「私の願いが、NPC…この電脳世界で、私の歌を聞いてくれた人たちも含めて、救うためだからだよ」
バーサーカーが、キャスターの言に答える。
「私は知ってるの。この世界の人たちが、心ある人間だって。聖杯戦争のために作られた世界だとしても、そこにいる人間を殺していい訳ない」
「羂索も宿儺も、人を大量に殺して恥じない人たちだよ。彼らを残したら、必ずこの世界でも人を殺める。私はそれを止めないといけないの」
キャスターは眉を顰める。
この女の言葉は一見正しくは聞こえるが、いかにも危うい。"英霊"とはそういうものでもあるにせよ、明らかに個人でどうにかするべき枠を超えている。
孔富の"救済(すく)い"と同じように。
「私が聖杯に願う願いはね。私の宝具を──ウタワールド、夢の世界をもっと完全な世界にすること。本当の、新時代にするんだ」
「元の世界だけでなく、この電脳世界も、
オモリの世界も──みんなを、歌で救うの」
「私の力、調べたんだよね。私の"ウタワールド"は、聖杯なんてなくても、誰もが願いを叶えることが出来る場所。私はみんなの願いを、私の世界で叶える」
「だからさ、キャスター。あなたのマスターも、救いを望んでいるんでしょ?。なら、私たちとあなたたちは手を取り合えるんじゃないかな」
バーサーカーは笑顔で、キャスターに協力を提案する。
キャスターは断言する。
「断る」
「バーサーカー。お前の狂気は聖杯と、この僕の診断が保証している」
(こいつを、孔富に近づけるべきではない)
キャスターはそう判断した。
バーサーカーは目を細め、心外そうにキャスターを睨む。
「何ソレ。挑発のつもり?だったら意味ないよ──」
「確かに、私はやり方を、救う手順を間違えたのかもしれないけどさ。聖杯が、マスターが、私の願い…新時代は間違ってない、ってはっきり教えてくれてるんだ」
(──こいつは、何を言っている?)
キャスターは心中で疑問を呈する。マスターはともかく聖杯が個人に語りかけるなど、あるはずもない。けれど目前のサーヴァントは明らかに、聖杯の意図を確信している。
バーサーカーの狂気に由来する妄言だと切り捨ててよいものなのだろうか。
だが、思考を深める前にバーサーカーの瞳にはっきりとした敵意が浮かぶ。
「話は、もういいよね?」
「私達に手を貸してくれないのは残念。みんなが幸せになれる未来が、すぐそこにあるはずなのに」
(来るか)
"孔富、手下どもを連れて下がれ"
キャスターは杖を構える。
キャスターは戦闘に特化したサーヴァントでこそないが、アポロン神の子たる神話の英霊だ。
耳を封じた孔富と倒れた極道たちというハンデを抱えた上で、不明な攻撃手段を持つバーサーカーを牽制し退路を作る。
その程度のことは、十分可能なはずだ。
──そこで。
キャスターの背後から、声がする。
「いいえ。もうちょっとお話ししましょ」
「私のサーヴァントは気に入らなかったみたいだけど…私は貴女の救済(すく)い、とっても興味深かったワァ」
(孔富、貴様…)
「なんだ」
「話を聞いてたの。なら、最初から私の歌をいてくれてれば良かったのに…」
(話が始まった時点で、ヘッドホンの電源を切っていたのか…!)
思えば、あれほど関心を持っていたサーヴァントを前に孔富は静かすぎた。
念話で、バーサーカーの話の内容をキャスターに逐次確認する程度のことはして良かったはずだ。
それをしなかったのは、最初から話を全て聞いていたから。
(イカれた愚患者共め)
確かに、相手は対話を仕掛けてくる姿勢を示していた。
一度仕掛けて通用しなかった攻撃である歌を、明らかに耳を封じている相手に再度ただ試すのは考えにくい。
それでも、相手が気まぐれで一声歌えばその時点で目論見は破綻する危うい賭けだ。
キャスターは沈黙する。どのようにこの状況を打開すべきか。
「それで、極道のお医者さん。あなたは私たちに、協力してくれるの?」
バーサーカーは冷徹に、話を進める。
「ええ勿論。あなたの救いはとても賛同出来るものだし──"宿儺"と"羂索"とやらは、間違いなく落とさなければならない相手でしょう」
「もう一度確認するね。あなたたちの陣営には、どっちもいないって意味だよね?」
「ええ。"白の陣営"には、そいつらに当てはまるようなのはいないわ──ところで、バーサーカーちゃん。あなたの陣営を聞いても?」
あっさりと自分の陣営を明かした孔富に、寧ろバーサーカーが動揺する。それを補うように、
オモリが応える。
『"青"だ』
気を取り直したバーサーカーが、なおも詰問する。
「それだけで、信用するとは思わないで」
「あなたが本当に、私たちに協力してくれるって言うんなら──"白"の他主従の、情報を教えてくれる?」
「大丈夫。あなたが、聖杯戦争に勝つ必要なんてないんだよ。協力してくれるならちゃんと、私が救ってあげるから」
「‥ちょっと待って(タンマ)。
オモリくん、説明を貰ってもいいかしら?」
あまりにも一方的な要求と、意図の読めない宣言に孔富は狼狽する。
『バーサーカー。その言い方では伝わらない』
『Dr.アナトミー。この聖杯戦争の
ルールには穴がある。聖杯大戦の勝者は、他陣営のサーヴァントが全滅した段階で決まる。一方マスターの消滅には、サーヴァントの消滅から六時間の余裕がある』
『つまり、この聖杯戦争を勝ち残る方法は、最後の陣営になることだけじゃない。勝ち残る陣営に協力し、最後に自分のサーヴァントを自害させる。そして勝利した陣営の願いで、自分の願いを叶えればいい』
「私は約束するよ。もしあなたが、本当に協力してくれるなら、私のファンと一緒にあなたも、この狂った聖杯戦争から絶対に救う。あなたの願いの叶う世界を、私が作ってみせるって」
「──成る程、ねェ」
彼らが自覚しているのかどうかは怪しいが。青のバーサーカー主従が要求しているのは、協力や同盟というレベルではない。
隷従だ。言葉はまともそうに見えても、彼らの主張は、"言う通りにするなら願いのおこぼれに与らせてやる"という次元に過ぎない。
そして厄介なのは、彼らにはその主張を押し通せるだけの戦力がある。
絡め手寄りとはいえ、この目前のサーヴァントの力も中々に規格外だ。
夢を操り影からNPCに、マスターに干渉する宝具と、神代のサーヴァントであるキャスターをして後手に回る本体性能。
("協力"ならいいのだけれど…この主張はちょっと、オイタが過ぎるわねえ)
「少し、考える時間を貰えないかしら」
「…いいよ。だけど考えるなら、夢の中でいいよね?大丈夫、歓迎するよ。私の歌を聞いて、ゆっくり考えて」
バーサーカーの目が、危うい光を帯びる。
この辺りが潮時だろうと、孔富は判断する。
「キャスター」
「分かっている」
孔富の声より前に、キャスターは杖を変型させている。
最初に咄嗟に放った一枚の刃とは次元の異なる、医神の手術刃(メス)の雨が、バーサーカーに飛ぶ。
「その程度で、どうにかなるとでも思った?」
バーサーカーがペンライトを振るうと、空中に五線譜が現れる。盾と化した五線譜が、手術刃を絡め取り無力化していく。
孔富の行動を抑止するため、音符の兵士が動く。彼にだって、余計なことをさせやしない。
「だから、無駄なんだってば。無意味な抵抗はやめにして、私の歌を聞いてくれればあなたたちだって──」
路地に小さな、ガラスの割れる音が響く。
その意味をバーサーカーは理解していなかったが、直後に気がつく。
「配信が、途切れてる?あんたたち、何を…!」
「お前らは、手の内を晒しすぎだ」
残ったキャスターの杖が変形し、鞭のようにしなる。防御の緩んだバーサーカーの手から、モノクロの電伝虫が奪われる。
「そもそも僕たちは、配信を行っているサーヴァントと接触するためにここに来たんだ」
「このカタツムリ──電伝虫が、お前が夢世界側から配信をしていたカラクリだ。なら、電伝虫とは別に、インターネットに繋いで配信する物理的設備が必要になる」
「お前は配信の設備をこの路地のスタジオに設置していた。だから僕たちは周辺由来のノイズで、この場所が特定出来たんだ。──ここまで分かれば、話は早い」
「こんなカタツムリはこの世界に存在しない。お前の魔力で動いているアイテムだ。なら──魔力探知で位置を把握できる」
長々と孔富と話してくれて助かった、とキャスターは独りごちる。
キャスターは魔力探知が特別得意という訳ではないが、それでも魔術師(キャスター)のクラスだ。
これほどの近距離で、存在を知っている魔術具の探知に十分に時間を割ける状況下だ。なら詳細な座標まで含めた探知も極めて容易い。
バーサーカーに飛来した手術刀の雨は、デコイに過ぎない。
本命は、配信を担う電伝虫の排除のために飛んだただ一本の手術刀だ。
「駄目ヨォ、バーサーカーちゃん」
「視聴者(ファン)は大事にしないと。急に配信を打ち切ったら、みんな不安になるわよ」
「──あんた、逃げるの?」
一瞬の動揺。その隙をついて、"怪物医"は異形の速度で動いていた。白衣の下から伸びる四本の腕が、眠る極道たちを抱えあげている。
「誰より視聴者(ファン)を想ってるバーサーカーちゃんが、配信の復旧に直ぐに向かわないってコトは…
オモリくんが動いてるのよね?なら、私が逃げても問題がないってコト。そうでしょう、
オモリくん?」
入念な彼らは、当然バックアップの配信設備くらいは用意しているだろう。
それでもそれを使うためには、現実で誰かが動かねばならない。
キャスターの手中の、モノクロな電伝虫の沈黙が孔富の言葉を雄弁に肯定していた。
オモリは既に、夢世界から現実へ戻っている。
ならば、人質はすぐには殺されない。
そして間もなく訪れる配信時間の終了とともに、夢世界は一旦解除され彼らは現実に戻ってくる。
(元よりこの子たちが本当に人質を殺すとは、あんまり思ってないケドねえ。私としてもどっちでもいいし)
「あなたたちの救済が素晴らしい、って言ったのは本当(マジ)よ。手を貸す気だって、本当にあるわ。でも──手を組むなら、対等(タメ)よ」
「そのカタツムリちゃんは貰っていくわ。その代わり、コレあげる」
孔富が手先だけで器用に投げた紙の束が、バーサーカーの手中に収まる。
「これ、あんたらが使ってる──」
「"地獄の回数券(ヘルズクーポン)"。私の救済(すくい)に、みんなを導く切符(おクスリ)よ。一回分を千切って舌下投与。それだけで大抵の傷は治るし、身体能力も大幅に向上するわ」
「またお話ししましょ。歌の救世主(メシア)さん」
孔富は楽しそうに、キャスターは不機嫌そうに、路地から去っていく。
バーサーカーはそれを、ただ見守る。
「まあ、いいよ」
"白"の陣営の情報、"地獄の回数券"、孔富との連絡手段。協力の意思。
"友好的な話し合い"で得られたものとしては、十分ではあるだろう。
この辺が落とし所だ、と示した孔富に、ここは乗っかるとする。
少なくとも態度は協力的な相手で、ここで無理して戦う必要もない。
「…またね、極道のお医者さん」
そう理解していても、バーサーカーの呟きには拭いきれない嫌悪が滲んでいた。
★★★★★
バーサーカーは
オモリの家へと、霊体化して帰還した。
オモリは起きており、ウーバーイーツで遅い昼食を頼んでいた。
彼の時代にはピザ屋のデリバリーくらいしか食事の配達サービスは存在していなかったが、インターネットの概念自体は
オモリも元から知っている。
聖杯の知識をもとに配信の準備を行っていた彼らは、現代のサービスにもある程度習熟していた。
バーサーカーは配信機器を確認する。この家には配信に向いた、防音設備のしっかりしたピアノルームがあり、彼らはそこに予備の配信設備を設置していた。
この部屋は
オモリが近づきたがらないので、バーサーカーも彼に配慮してあまり使わないようにしていたが、今回は仕方なかっただろう。
バーサーカーはステーキは嫌いではないにせよ、彼に任せるとステーキを選ぶ頻度がかなり多い。
というか寝起きにビーフステーキはどうなのだろうか。重すぎるのではないか。そもそも頼んだ
オモリが毎回残している。
オモリは雑に頷き抗議を黙殺すると、食卓の席を引いて座るように促す。
「食べながら話をしよう。バーサーカー」
★★★★★
現実でも話をするようになったのは、聖杯戦争を戦うことを決めたあの日からだ。
バーサーカーの目に映る夢世界の"
オモリ"は無敵の、ある種怪物じみた少年だ。
サニーの自己愛と自己嫌悪から産み出された、夢世界の主人公。
現実でこうしてステーキを上品に小さく切って食べる姿を見ると、そのような印象も少し薄れる。
夢世界で武器としているナイフも、こちらではただの食器だ。
オモリだって、現実では"サニー"とそう変わらない行動しか取ることは出来ない。
「次回からの配信は、この家で行うほうがいい」
「本戦に入り、宿儺や羂索という存在が明らかになり、僕たちを狙う者まで現れた。外部にそれと分かる時間に、あなたを僕から大きく離すほうがリスクがある」
それでも、きっと"サニー"ではなく"
オモリ"であるからこそ。
このような極限の殺し合いで、恐怖に囚われずに行動出来るのだろう。
それがサニーのイメージする、冒険譚の主人公だから。
そんなことを考えながら、バーサーカーは二皿目のステーキに手を伸ばす。
飽き飽きしたつもりでいても、このステーキは確かに美味しい。
「そうだね。配信をやめる訳にはいかない。今度こそ正しくみんなを救えるって、ちゃんと証明するんだから」
本来、この配信はリスクなく敵マスターを削るための、罠でしかないはずだった。
NPCに真の意味での心がないなら、バーサーカーの歌を聞いてもウタワールドに至ることはない。
ならば、バーサーカーの歌はNPCにとってはただの天上の美歌であり、マスターにとっては予知不可能な、致命的な攻撃となる。
この計画は、一部は正しかった。
「フユキのNPCには、心がある。フユキの外の書き割りの人間たちとは違って。なら、あなたが彼らを救おうとするのは分かる」
推測が間違いだと分かったのは、配信を始めてから少し経ったあとのことだった。
同接数が爆発的に増えて以降、明らかにマスターではない一般人がウタワールドに来るようになった。
配信を切った後に少し話してみると、彼らの共通点はすぐに分かった。
冬木の人間であること。
「ありがとう。
オモリ。──今日の配信、昼間なのにとても沢山の人が聞いてくれてたよね?」
「前よく来てたのに、最近見かけなかった人も結構いたんだ。夢の
オモリより小さな、癖毛の男の子とか、お医者さんをしてるって言ってた女の人とか。聞いてみたら、いやこれまでも来てた、ってみんな答えたんだ」
「…"ワールドリセット"」
オモリはコミュニケーション能力に欠けているが、頭は悪くない。バーサーカーは即座に理解されたことに驚きつつ、補足する。
「そう。きっと一度──予選の戦いに巻き込まれて死んでたの。そして、蘇って記憶の補完をされた」
「私の歌を聞いてくれた人たちが死んで。そしてこれからの本戦で、きっと私が何もしなければ同じくらい…いや、もっと死ぬんだよ」
冬木のNPCは心無い人形ではないと知ってから、バーサーカーはずっと迷っていた。
この世界で、歌を聞いてくれた人たちを救うべきか。
救う計画自体は、ずっと立てていた。
それでも、ただ聖杯戦争のことのみを考えるのなら、NPCのことなど考えないほうが早い。
自分だけならばともかく、
オモリのことを考えると踏み切りきれない部分があった。
けれど。
「駄目。私は聖杯戦争を許せない。ここは大海賊時代と同じ、強い人が我を押し通して、弱い人たちはただ死ぬことしか出来ない場所だよ」
「私はみんなを、この狂った聖杯戦争から救う。そんなことも出来ないなら、"新時代"を作ることなんて出来ない」
「
オモリ、お願い。力を貸して」
「あなたがそう望むのなら」
一切れのステーキを飲み込むと、
オモリはあくまで淡々とバーサーカーの言に応える。
「あなたの、聖杯戦争の終わりまでNPCを眠らせ避難させて、最後に連れて行く、というやり方は僕にも良いことがある」
「良いこと?」
バーサーカーは首を傾げる。
「あなたが今回隠した力──夢世界に来た人たちの体を動かせる力を使えば、安全な範囲でよりあなたの歌を届けられる」
連鎖的な大規模な歌の展開。元の世界でも行ったそれは、大量のNPCをウタワールドに引き込むからこそ出来る戦術だ。
「それに、僕の安全もより守れる。僕のこっちでの姿を知ってるのは、あなたしかいない。だから、眠るNPCの中に紛れられる」
「あ」
バーサーカーは三皿目のステーキを食べ終わり、目前の"
オモリ"を見る。現実では"
オモリ"は白黒の子供──では、ない。
「
オモリ」と言う名も、白黒の子供の姿も、声変わり前の高い声も。
星の円卓で青の陣営に見せた姿は、全て夢の中だけのものだ。
「名前も顔も、声だって分からないマスターを」
「冬木中にいる、眠り続けるNPCたちの中から見つけるのは、とても難しいはず」
夢の中で特徴的な姿をしていることが、逆に迷彩として機能する。
現実世界における
オモリの外見は、この街ではありふれた東アジア系の、育ちの良さそうな少年だ。
雰囲気や顔立ちは、たしかに夢の
オモリに近いものはあるけれど、成長期を含んだ四年の差はかなり大きい。
星界円卓で現実の"サニー"の姿ではなく、
オモリとしての姿を取った原因は、一つはあの場所が夢世界に近い存在であるからだろうと二人は推測していた。
けれどバーサーカーはもう一つ、理由があると信じている。
"
オモリが黒い羽に触れたのが、夢世界であるから"だ。
オモリは夢世界から呼び出されたのだと、夢世界もまた、聖杯が一つの世界として認めたのだと信じている。
それが、彼女の根幹を為す思想だ。
四皿目のステーキに手を伸ばしながら、バーサーカーは
オモリの言を咎める。
バーサーカーは、生前の世界の技術に詳しいという訳ではない。それでも、英霊の座に至る英傑の類ならばこの工作ですら、破りうるのだと理解している。
「羂索とかいう呪術師は、呪霊で広範囲を探索できる…‥ってケイが言ってたでしょ。それに、探知に長けたサーヴァントだってきっといる」
見聞色の覇気。世界すら滅ぼし得る『トット・ムジカ』を打ち破った、条件次第で夢世界と現実の垣根すら超えて探知できる極点の観測技術。
バーサーカーはその名は知らないが、技術の存在は知っている。
都市一つを丸ごと探知出来るような英霊すら、あるいは存在するのかもしれないと理解している。
「あと…シブヤって街を更地にした、
両面宿儺。そんな攻撃手段があれば、隠れててももうあんまり意味ないよね」
ケイから警告された二人の敵。羂索と宿儺。
ただ聖杯戦争を勝ち抜く上で、障害となる強敵という意味だけでなく。
NPCの生存を目指すバーサーカーにとっても、自身の──サニーの生存を目指す
オモリにとっても、羂索と宿儺は最大の敵だ。
広域破壊手段とそれをなんら呵責なく使用出来る人格を併せ持つ、彼らを落とさなければならない。
「バーサーカー」
皿の上のステーキはまだ半分程残っていたが、
オモリはそれ以上食べるのを諦めてナイフを置く。
「Dr.アナトミーと、手を結んで良いのか」
オモリは状況を理解している。羂索と宿儺という脅威がいる限り、それ以外の陣営は結託して彼らを落とすのが最善だ。
彼の言葉を信じるならば、
繰田孔富はどちらとも陣営を共にしていない『白の陣営』に属する。ならば、青の陣営と白の陣営は共同戦線を張るべき。
机上の計算の上では、自明な道理だけど。
オモリはそっと、机の上の「地獄の回数券」に目を向ける。
オモリは夢世界に落ちた極道たちから、
繰田孔富の陣営の情報を得ている。
勿論、孔富もその程度の状況は想定していただろう。彼の聖杯戦争における戦略等の重要事項は、全く彼らは知らなかった。
とはいえもちろん、末端の構成員からでも引き出せる情報はある。
「あの人はドラッグを作り、子供を戦いに巻き込み、普通の人たちを殺して──それを問題だとも考えていない」
「彼の言う救いが、あなたの救いと同じ意味だとは思えない」
現実の
オモリは、夢世界の
オモリより少しだけ感情が分かりやすい。
予選期間を共にしたバーサーカーには、彼の声が確かな嫌悪を孕んでいることが理解できた。
バーサーカーは、半分になった
オモリのステーキに目を落としながら呟く。
「そうだね……私も、孔富は嫌い」
「あの人は悪い海賊と同じ」
「孔富は悪い人で、本当に願いを共有してるかも全然分からない」
それでも、確かなことがある。
「悪人でも、信用出来なくても……あの人は、救いを求めてるんだよ」
「なら……なら、私から手を離す訳にはいかない」
悪人だから、罪人だから救うべきでないと言うのなら。
真っ先に救われる資格がなくなるのは、自分たちだから。
バーサーカーが飲み込んだ言葉を、
オモリは察する。
オモリはもう何も言わず、そっと半分になったステーキを差し出した。
「…別に、食べたいとかいう訳ではないんだけどな」
口では不満そうにしながら、それでもバーサーカーは笑顔を見せた。
【D-5・サニーの家/一日目・午後】
【
オモリ@OMORI】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし/赤いナイフ(夢の中)
[道具]:地獄の回数券
[所持金]:豊富?
[思考・状況]
基本方針:サニーのために、聖杯を手に入れる
1:バーサーカーが望むなら、NPCを救う
2:Dr.アナトミーは組むべき相手。けれど信用しきれない
3:宿儺と羂索に対処する
[備考]
【バーサーカー(ウタ)@ONE PEACE FILM RED】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:地獄の回数券
[思考・状況]
基本方針:聖杯を手に入れて、"新時代"を作る
1:やっぱり、この世界のファンも救いたい。
2:あの極道(
繰田孔富)は嫌い。けれど救わないといけない
3:宿儺と羂索、なんとかしないとね
[備考]
★★★★★
「随分と上機嫌だな」
不機嫌そうに、キャスターは言う。
拠点の一つである廃診療所に戻った"怪物医"は、電話で"地獄の回数券"の製造状況を確認していた。
"U.T.A"のライブが終わるとすぐに眠っていた極道たちは目覚め、新たな指示を与えられ去っていった。
この古い木の匂いと、新しい消毒剤の匂いがする診療所には、今は孔富とキャスターのみが残る。
孔富は電話を置くと、キャスターに微笑みかける。
「ええ。勿論」
「期待通り、いや期待以上だわ。あの子たちは本当にこの世界を"救済"しようとしている」
「…病人どもが。まずは自分の治療に専念してから世界を治すと言え」
接した時間こそ僅かだったが、キャスターの医師の感性は、あの"U.T.A"を名乗るバーサーカーも、"
オモリ"を名乗るマスターも孔富と同様の病人だと告げていた。
無論、病気は患者により一人ひとり違う。彼らの病名は別かもしれないが、行動は同じだ。
「それで、どうするつもりだ。あいつらの言葉に素直に乗って、"宿儺"や"羂索"と戦うのか」
「あの子たちの力にはなってやりたい所だけれど、私達だけで戦うのはまあ無理でしょうネェ。やるなら"白"と"青"の同盟戦──かしら?」
彼らの話を信じるならば、宿儺と羂索はそれだけのことをしてでも落とす価値はある。
孔富は机の上に置かれた、モノクロの無表情な電伝虫に目をやる。
「まあ、"白"の円卓に話を持っていく位はしてあげましょう。その先は"青"の出方次第ねえ」
又聞きの間接的な情報とはいえ、有力な敵の情報と他陣営の方針の共有は陣営にとって有用だろう。
そこまで考えて、キャスターは疑問に思う。
「何故、お前は奴らにそこまで入れ込む?」
「奴らの主張する"宝具を使い、死ぬしかないNPCたちを助け出す"ことが、お前の狂った主張に叶うのか?」
バーサーカー主従の主張は、自らの病状を鑑みぬ冒険的な願いだ。実行者が彼らであるというリスクを鑑みれば、キャスターには成功の見込みなどない奈落にしか見えない。
それでも、主張自体は平和的だ。
"麻薬の齎す人工の幸福の下で殺す"ことを救いと呼ぶ孔富の願いとは、反するものに思える。
寧ろ偽りの電脳世界の中で、世界の真実を知らないまま聖杯に溶けていくことを救いと呼びそうな男だ。
「キャスター。貴方は彼女の宝具をどう使って、NPCを救うつもりだと思う?」
「…聖杯を使うのだろう?あの女の宝具は、おそらく奴の固有結界に近い。夢という限定された、特殊な形態で展開する代わりにあのような万能性を持っている。ならばイメージを、願いを具現化する聖杯を使えば奴は、万能の世界そのものを避難所として現実に──」
「いいえ、違うわ」
「あの子たちは魔術の知識もない。聖杯の知識だって、聖杯から与えられたものだけのはず」
「あの子たちは──与えられたものを、その通りに使ってるだけ。あの夢を操る、夢のような力は、そのままでNPCを救えるの」
そうでなければ、あの子たちはNPCを救おうなんて言わないわ。
孔富はまるで見透かしているかのように、彼らの思考を言う。キャスターはその姿に不気味なものを感じ、それでも反駁する。
「…妙なことを。夢想の幸せと、音楽で心を救ったとしてそれがこの滅びゆく世界では何にもならない。そんなことなど、奴らも理解しているはずだ」
「だから、そうではないのよ。あの子たちの言う救いって言うのは──夢の世界に、NPC皆を連れて行くこと」
「文字通り、この病んだ世界の全てを、肉体すら捨て去ってね」
根拠などないだろう。
簡単に言い放つことの出来るはずの言葉は、しかしキャスターの喉で止まっていた。
バーサーカー主従の、夢の世界と現実を等価に語るような言動。バーサーカーの、夢の世界に心そのものを導く能力。その狂った結論は、確かにシンプルな答えであった。
「それはただの殺人だ。病める神の箱庭で心を飼われる結末を、救いと呼ぶだと…!」
「見解の相違ね。彼女の世界も完璧ではないかもしれないけれど、この偽りの世界に比べれば随分とましでしょう」
孔富は救済者を志す者の一人として、敬意を持って話す。
絶句するキャスターに、孔富は話を変える。
「ねえ医神サマ、"創世記"──ノアの方舟のエピソードはご存知?」
「…聖杯の知識にある。僕の嫌いな話だ。傲慢にも正しきノアとその家族以外のすべての人々を罪人と断じ、大水に流した愚かな神の物語に過ぎない」
そのようなことをすれば、地上の叡智のどれほどが失われたかすら分からない。
キャスターは嫌悪を顕にする。
「あの子の救いは、神サマがノアを救ったやり方と同じ。福音を──あの子の歌を聞いた人たちだけを救う。このやり方じゃあ、どうしてもすべての人を救うことは出来ないわ」
バーサーカーの言う救うべき"みんな"というのは、飽くまで彼女の歌を聞いた人たちでしかない。
けれど孔富は、より多くを救うことを志している。
この病んだ世界の、総てを。
「だから救済(すく)いましょう。方舟に乗れなかった人たちを、私達の大洪水(タイダルボア)で」
バーサーカーが計画を実行し、冬木を眠らせる。NPCを安全な場所に避難させ、あるいは手駒として使う。
そしてその後に孔富が上水道に麻薬水を流し、残りを救う。
バーサーカーが冬木の有意な割合の人々を眠らせるなら、彼らは水を消費しなくなる。
消費量が減れば、都市の水利システムは取水量を制限する。──つまり、より少ない量の麻薬で、必要な濃度に達することが出来る。
聖杯戦争という観点で考えれば、バーサーカーの歌と水道の麻薬水という全く異なる二つの脅威に、同時に対応せねばならない状況を他主従に強制出来る。
孔富の救済にとって、あのバーサーカー主従は最適な相方だ。
近しい願いと、噛み合った目的。
「ああ医神サマ──貴方は創世記の洪水を、罪人への罰だと言ったけれど、私はそうは思わないわ。神サマが下さったのは罪人への救いよ。この病んだ世界で生き、罪を重ね、苦しむことから救って下さったの」
預言者のように、孔富は聖典の言を弄する。
その目には憧憬と、使命感がある。
表情だけを見れば、徳ある宗教者のようにすら見えた。
しかし彼を──彼ら病める救済者を放置すれば、現出するのは地獄に他ならない。
孔富は満足そうに、さらなる準備のために廃診療所を去っていく。廃診療所には、キャスターがただ一人残された。
(愚患者、共め…!)
身の丈に合わぬ救済を志すオルガマリーがましに見えるほど、この聖杯戦争には病める救済者たちがいる。
繰田孔富。"
オモリ"。青のバーサーカー。
"
オモリ"と青のバーサーカーは、確かに善性で誰かを救おうとしていたはずなのに、なぜそれ程に──孔富に思考を同調され、看破される程に墜ちたのか。
その病の根源は、一体何か。
(治さなければ、この僕が)
彼ら病めるものたちに対処出来るのは、キャスター──医神たる
アスクレピオスに他ならない。
ただ戦い倒すのみならず、彼らの病を治す。
それが出来るのが、医の英霊たる
アスクレピオスだ。
暗い廃診療所で、医神はただ一人決意を固めていた。
【B-6・廃診療所/一日目・午後】
【
繰田孔富@忍者と極道】
[状態]:健康
[令呪]:残り二画
[装備]:驚躯凶骸(メルヴェイユ)
[道具]:地獄の回数券
[所持金]:豊富
[思考・状況]
基本方針:聖杯による衆生の救済
1:"大海嘯(タイダルボア)"の準備を進めましょう
2:あの子たち(バーサーカー主従)を応援するわ。あくまで対等(タメ)でね
3:宿儺と羂索、何か対処するべきでしょうね
[備考]
【キャスター(
アスクレピオス)@Fate/GrandOrder】
[状態]:健康
[装備]:アスクレピオスの杖
[道具]:医療器具
[思考・状況]
基本方針:医療のために
1:
繰田孔富、
オモリ、バーサーカー。愚患者共をそれでも治す
2:宿儺と羂索については、あの二人の言を信じるべきか…?
[備考]
最終更新:2024年01月13日 11:02