――時刻は、今から九時間程前へと遡る。

 深山町の外れ、名を柳洞寺という山寺の境内に佇む男の影が一つあった。
 黒の長髪、神経質さが窺える怜悧な顔立ち。
 山寺に佇めばその姿は修行僧か修験者を思わす。
 夜の境内は静かな物で、季節が季節なだけあり虫の声一つ聞こえては来ない。
 だからこそ白色の静寂が満たす其処に黙し佇む男の姿は荘厳であると同時に奇怪だった。
 間違いなく美しくそして麗しい。
 故に同時に、見る者は例外なくこう思うのだ。
 間違いなくこれはヒトではない。
 ヒトの形を持つだけの別種であるとそう気付く。
 妖魔神仙、はたまた精霊現象の類か。
 美しい顔で顕れるという点を踏まえれば悪魔でさえ似合うかもしれない。
 凶兆を運ぶ存在と…広義においてそう認識されているという点では寧ろそれが一番近かった。
 男の名は痣城。
 尸魂界にて死神と成り、そして大逆者の汚名を欲しいままにした怪物である。
 かつては八代目"剣八"。
 されど今は何者でもない痣城の双也。
 最強、罪人と来て次は英霊の肩書きを与えられた男が立つこの柳洞寺はこと冬木市という土地の中で無視の出来ない価値を秘めていた。


「良い場所じゃない。解りやすく要石だ」
 柳桜寺とは冬木龍脈に対しての要石。
 この地にとって心臓と呼んでもいい重要地点である。
 電脳世界での聖杯戦争にてそれが一体どれだけの価値を持つかは未だ不明だが、少なくとも無価値という事は有り得まい。
 だからこうして訪ねて来る者も当然居る。
 それは痣城にとって魂胆通りの展開であったが、同時に不測の事態でもあった。
 靴音を憚る事なく響かせながら現れた男の素性を痣城双也は知っている。
 来訪者が"彼"であったその一点だけが、痣城にとって想定外だった。
「まさか君が来るとは思わなかったな」
「誘ってたのはそっちでしょ。折角応じてやったんだからもうちょっと嬉しそうにして欲しいね」
「それは否定しない。だが、普通に考えれば星界円卓を委ねられた頭目が初手から出て来るというのは常識外れだろう」
 痣城の言葉に男の眉が微かに動いた。
 目隠しで双眸を隠した、銀髪白磁の青年だった。
 風体こそ異様であるが、布で覆っていても地顔の良さが隠せていない。
 天性の美貌を宿した…柳洞寺の番人を演ずる死神と並んでも微塵とて見劣りしない神域の英霊。
「よく知ってるね。君何色?」
「『黒』。クラスはセイバーだ」
「ふぅん。夜の運動くらいの気持ちで出て来たんだけど…こりゃ思いの外大物を引けたかな」
 何故初対面の、他陣営の英霊が自分の素性を知っているのか。
 『青の陣営』のリーダーのサーヴァントであるという事実を当たり前のような顔で言い当てられたのか。
 只者ではない。少なくとも…予選で多少屠って来たサーヴァント達とは文字通り格が違うようだと『青』の呪術師(キャスター)は確信した。
「夜の境内で本音でも語り合うかい? 僕としては何でもいいけどね。其処らの雑魚なら兎も角、君とならそれなりに有意義なお話が出来そうだ」
「折角の誘いだが遠慮しておこう。君程の大物が食い付いた以上、多少の味見はしておかなければ同僚達に申し訳が立たない」
「そりゃ残念。にしても味見ね。まるで次があるみたいな口調だけど」
 クックッと喉を鳴らして笑うキャスター。
 その声からは隠し切れない喜色が滲んでいた。
 目隠しに手を掛けゆっくりと取り払う。
 瞬間晒された眼光が、境内の気温を一気に十度以上は引き下げた。
 それは間違いなく錯覚に過ぎなかったが、彼の眼にはそれ程の存在感が伴っていた。
「この僕に遭っておいて生きて帰れると思ってんの?」
 …この聖杯戦争が異常な点は数多存在するが。
 中でも一二を争う異常性は真名の重みであろう。
 英霊にとって、真名を知られる事は手の内を暴かれたのに等しい。
 アキレウスの踵。アーサー王の聖剣。メドゥーサの魔眼。
 いずれも知っているかどうかで戦況がガラリと変わる要素だ。
 しかしこの"Holy Grail War"ではそれが形骸化している。
 異なる枝葉の世界から招来されている以上、共通の歴史という物が存在しないからだ。
 真名の特定は同じ世界から来た人間にでも頼らない限りほぼほぼ不可能。
 だからこそ――当然のように相手の真名を"知っている"痣城という英霊の異常さは際立っていた。
「聞きしに勝る怪物だな。『青』の呪術師、五条悟よ」
 当然呪術師…五条悟もそれを理解している。
 故に油断は微塵たりともない。
 そもそも彼程の術師ともなれば、対面した時点で敵手の力量なぞある程度察せられるのだ。
 一目見た瞬間から悟っていた。
 強い。間違いなく並の英霊ではない。
 そして今、それは単純な力量の大きさのみに限った話ではなくなっている。
 如何なる手段を使っているのかは定かでないが、このサーヴァントは他人の情報を覗き見る力を持っていると知れた。
「挑発のつもりだとしたら愚策だね。自分の価値を示す事で上手に立てるのは、相手が自分より弱い奴な時だけだよ」
 これが通常の聖杯戦争だったならその時点で一人勝ちだったろう。
 この男には単騎で聖杯戦争を終わりに導けるだけの力がある。
 であるならば、事と次第によっては此処で摘んでおくのも悪くはない。
 開幕戦と呼ぶには余りに巨大すぎる力と力が静寂の境内にて相対する。
 その沈黙を最初に破ったのは五条悟の方だった。


 速い。
 痣城が瞠目する。
 瞬歩。破面で言う所の響転(ソニード)。
 瞬く間に視界の端と端を行き来出来るような技術が彼の居た尸魂界では既に普遍的な物となって久しかった。
 その彼をして驚愕を禁じ得ない程の速度。
 だが其処に目を止め思考を止めている暇は一瞬が精々である。
 音に届く速度で間を詰めた五条が握った拳。
 空間が歪む程の呪力を込めた鉄拳が、間抜け面を晒した敵手の頭を殴り砕くからだ。
「遅ぇよ」
 キャスタークラスは近距離戦を不得手とする。
 そんな常識を五条は初手から破却した。
 轟と大気を揺らしながら炸裂する拳撃が痣城の顔面へと吸い込まれていき――
「では、此方は"甘い"と返そう」
 そのまま空を切った。
 今度は五条の顔に驚きが浮かぶ。
“避けられた? 違うな。僕は確実に当てた筈”
 単なる回避とは違う。
 恐らくこれは"透過"だ。
 何らかの理屈で攻撃が素通りさせられた。
 暖簾を腕で押すように、霧を相手に拳を放つように。
 五条が下手を打った間にも痣城は次の行程へと移っている。
「――滲み出す混濁の紋章、不遜なる狂気の器、湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き・眠りを妨げる」
「見てくれ通りの生真面目だな。それともそっちの世界じゃ術の基本は引き算じゃないのか?」
「爬行する鉄の王女 絶えず自壊する泥の人形 結合せよ 反発せよ 地に満ち己の無力を知れ」
 詠唱と共に高まっていく魔力の波長。
 数多の術師を高みから見て来た五条をして評価は高い。
 これだけの術が行使出来るならば呪術師の世界では一級は軽く飛び越せよう。
 流石は聖杯戦争。
 時空と世界線を超えて万夫不当の英霊達が集う蠱毒の壺。
 類稀なる逸材であるのは大前提の、強者際物達の見本市なのだと改めてそう理解した。
「破道の九十・黒棺」
 刹那、五条を襲ったのは重力であった。
 通常の数百倍以上の黒い重力が彼を囲む。
 否、表現としては捕らえると評した方が適当だろう。
 黒棺という名はこれ以上ない程的確に術の体を表していた。
 棺の内側は常に極限の圧縮を受け続け殺人的な高密度で固定されている。
 逃げ場はなく、生き延びる余地もまた存在しない死神謹製の棺桶。
 英霊だろうと囚われれば只では済まない。
 通常ならば致命傷、そうでなくとも満身創痍が相場。
 だが――
「箱ん中入れられるのはちょっと嫌な思い出があってね」
 黒棺の内側から白い手が突き出した。
 力づくで棺がこじ開けられ、死神の奥義が悲鳴をあげる。
 そのまま左右に割り開かれた事で大きく裂け消滅する黒棺。
 棺の残滓は五条が放つ呪力に消し飛ばされた。
「良い術持ってんじゃん。僕には合わなそうだけど」
「…!」
 五条が再び痣城に接近する。
 咄嗟に退避しようとするが遅い。
 振るう手足が痣城の像を捉える。
 だがそれだけだ。
 捉えただけですり抜ける。
 五条が如何に強くとも存在しない物は殴れない。
 理不尽には理不尽を以って対抗するという最適解を痣城は体現していた。
「…成程ね」
 五条の六眼が月明かりの反射を受けて輝く。
 物理接触を無効化するというだけでは恐らくない。
 五条悟の呪力は規格外だ。
 単純な透過のみでは間違いなくボロが出る――よって多少なり複雑な手順を踏んで透過を実現させているのだろうと考察する。
「散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる」
 次の詠唱が来る。
 さあどう卸してやろうか。
 五条が笑うが、その笑みが次の瞬間消える。
「君臨者よ、血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ」
「何?」
 目前で行われている詠唱と並行して、五条悟の背後から声が響いたからだ。
 それだけではない。
「鉄砂の壁 僧形の塔 灼鉄熒熒 湛然として終に音無し」
「自壊せよ。ロンダニーニの黒犬。一読し、焼き払い、自ら喉を断ち切るがいい」
「滲み出す混濁の紋章、不遜なる狂気の器、湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き・眠りを妨げる」
 東西南北あらゆる方向から同時に響く痣城の声。
 その正体は、柳洞寺境内の石畳や樹木から生えた人間の口腔だった。
 まず口が生えて詠唱を行い、それに合わせて手が生え掌印を結んでいる。
「千手の涯て 届かざる闇の御手」「滲み出す混濁の紋章」「心理と節制、罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ」
「焦熱と争乱、海隔て逆巻き南へと歩を進めよ」「滲み出す混濁の紋章」「光を落とす道 火種を煽る風 集いて惑うな我が指を見よ」
「光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔 弓引く彼方 皎皎として消ゆ」「動けば風、止まれば空、槍打つ音色が虚城に満ちる」
「不遜なる狂気の器、湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き・眠りを妨げる」「心理と節制、罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ」
「君臨者よ、血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ」「爬行する鉄の王女、絶えず自壊する泥の人形」
「結合せよ、反発せよ、地に満ち 己の無力を知れ」「心理と節制、罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ」
 先刻まで痛い程の静寂を保っていた柳洞寺境内は今やあらゆる方向からの声で満ちていた。
 鬼道詠唱の大合唱。
 無数の唇と手が術師一人では到底不可能な域の多重並行詠唱を行っている。
 やがてそれが終わり静寂が戻って来た時、五条悟は嵐の前の静けさという言葉の意味を実感した。


 境内が混沌と化す。
 重力が、雷が、蒼火が、その他あらゆる鬼道が天変地異宛らに深夜の境内を満たした。
 それは正しく絨毯爆撃であり飽和攻撃の大瀑布に他ならない。
 逃げ場等微塵もなき死神によるキリングフィールド。
 五条悟の影もこの地獄絵の中では矮小なるヒトガタ一つでしかなかった。
 呑まれていく。喰われていく。
 塗り潰されていく――だが。
「NPCを呪骸代わりに使ってんのか」
 混沌の中から平然と響く声がある。
 次の瞬間、彼の術式が混沌をねじ伏せるべく狼煙を上げた。
「此方の世界では義骸と呼ぶ。一目で見抜くとは良い眼をしている」
「電脳世界の人形って事はつまりデータって事だろ。ならその内側に介入可能な空白があるってのは不自然な事じゃない」
 円を描いて廻る巨大な力。
 それが黒棺を削り取り、千手皎天汰炮を押し返し、黄火閃と蒼火墜も同様に蹴散らした。
 術式順転・蒼。
 鬼道の混沌絵巻を片っ端から引き寄せてその上でねじ伏せ調伏した。
 五条悟がやった事は理屈自体は単純明快。
 圧倒的な呪力と最高峰の術式、そして無二のセンスが合わされば結果を生み出す為の方程式等幾ら単純でも構わないのだ。
「君の力の正体も何となく見えて来たよ。羨ましいね、やりたい放題じゃないか」
「君に言われたくはないが、否定はしない。憤りでも覚えたか」
「いいや? 素直に褒めてるよ。これが人間素体にしてるってんならクソ野郎と思ったかも知れないけど、君はそれを許容するタイプには見えない」
「買い被られた物だ。目的を果たす為に必要ならば、人間だろうが人形だろうが構いはしないさ」
「そうかい」
 よって五条悟、未だ健在。
 無傷を保ったまま痣城双也の殺し技を突破する。
 痣城も驚きはあったが此処までは予想出来る範疇だった。
「もうちょっと遊ぼうか。試してみたい事が出来たんでね」
「奇遇だな。私も、君の不敵を崩してみたいと感じていた」
 よって此処からが戦の本領。
 五条悟痣城双也
 双方共に勝算を抱いて動き始める。
 ――五条には痣城を殺す理由がある。
 サーヴァントの真名にすら迫れる情報感知能力と抜きん出た強さ。
 まだ正体を特定し切れていない攻撃透過の術。
 自分だから相手が出来ているだけで、他の『青』の面々が遭遇すれば最悪命を取られかねない。
 殺せるなら殺せるで構わない。
 だからこの時五条は間違いなく殺す気だった。
 ――痣城にも五条を殺す理由がある。
 対面して改めて実感した。このサーヴァントは余りにも強すぎる。
 次元が違うと言っても言い過ぎではない。
 聖杯大戦に参加している全サーヴァントを引っ括めても彼の相手が出来るサーヴァントは片手の指で足りるだろう。
 可能ならば殺しておきたい。それは必ずや自分達の益となる。
 だからこの時、痣城もまた間違いなく殺す気だった。


「…ッ!?」
 瞠目したのは痣城だ。
 五条が未知の手立てを出して来た訳ではない。
 彼がやった事は余りに在り来りな一手。
 それを極めて高度な領域と水準で行っただけに過ぎない。
“まさか、この男――ッ”
 呪力の出力を只々引き上げているのだ。
 際限なく、出し惜しみもなく何処までも。
 攻撃を透過する相手に対して出力の向上で応じようとする等浅知恵も良い所に思える。
 しかしこと痣城双也というサーヴァントに対してはこれ以上なく覿面だった。
「辛そうだね。てなるとやっぱりそういう事か」
 …痣城の宝具『雨露柘榴』。
 その能力は"融合"である。
 あらゆる物体と自らの肉体を融合させるのだ。
 実体を持つかどうかさえ条件とはならない。
 会合の場で両面宿儺に真名を突き付けた理由。
 五条悟の強さと素性を知っていた理由。
 その答えは一言で説明が利く。
 ――痣城双也は、予選を終えた時点で既に冬木市の全域と融合を果たしているのだ。
 だからこそ融合範囲内で起きる全ての事象は彼の既知の事項と化している。
 やろうと思えば直接マスターの元に姿を現し一人一人殺す事だって可能だ。
 常時空気とも融合しているから攻撃を受ける事もなく、故に戦闘においても情報戦においても痣城は原則として無敵である。
 それこそ、空間そのものを攻撃する手段でも敵方にない限りは。
「空間と自分を混ぜて攻撃を凌いでるって事は…空気でも消し飛ぶくらいの力をぶつけられたらひとたまりもないって事だろ?」
 無論、通常はそんな事等出来る訳もない。
 普通の英霊は痣城双也に何も出来ないだろう。
 だが――五条悟は特異な英霊だ。
 彼は強い。特別に強い。
 種さえ割れればそのハードルは彼にとって超えられない物ではないのだ。
 それは奇しくも…かつて『痣城剣八』が敗れ去った後代の"剣八"がやってみせたのと同じ理屈。
「消し飛ばしてやるよ。この一帯ごとな」
「ぐ、ッ……!」
 圧倒的な力で空間ごと破壊する。
 その絶技さえ適うならば、融合した痣城は単に的が大きくなっているだけに過ぎない。
 無敵にも等しい斬魄刀『雨露柘榴』。
 其処に存在する唯一の弱点を五条悟は撃ち抜ける。
 だからこその最強。
 だからこその、『青』の首魁だ。
“これ程か、五条悟――”
 痣城も実感を伴って理解する。
 この男は間違いなく怪物で。
 そして"彼"の同類だと。
 剣八を名乗っていた頃の自分に挫折を与えた戦闘狂。
 その面影を否応なしに見出させられてしまう。
 だが痣城も無策で挑んでいる訳ではない。
 鬼道の連打で攻略するのは恐らく困難。
 であればリスク覚悟の博打を打って突破するまでだった。
“キハハハハ! 賭けるじゃないか。焦ってんねぇ!”
“此処で斃せるならば、それに越した事はない”
 『雨露柘榴』の能力は融合。
 その対象は何も無機物だけとは限らない。
 生命体との融合――それこそが痣城の持つ真の矛だ。
 先代の剣八を斃し八代目の座を手にしたあの日にも用いた、予見不能の反則技が最強の術師に牙を剥く。
 生物との融合は痣城自身にも激烈な反動を齎すが、この五条という男はそうでもせねば手に余る相手だと確信していた。
 世界と混ざる咎人が不可視の魔の手を伸ばす。
 こうしている今も出力を上げ続けている五条の霊基へそのまま接触。
“――殺った”
 後は八つ裂きにするだけ。
 勝利を確信する痣城であったが、彼が思考を維持出来たのは其処までだった。
「――――が」
 五条悟に触れたその瞬間。
 痣城の思考が弾けた。
 いや違う。
 弾けたのではなく、引き伸ばされた。
“何…だと……ッ”
 情報が完結しない。
 思考さえもが迂遠に歪曲されていく。
 咄嗟に『雨露柘榴』による融合を解除する判断へ至れたのは不幸中の幸い。
 だがそれですら遅かった。
 脳内を犯す超莫大の情報量が彼に防御不能の痛打を与える。
 痣城の目鼻からドロリと血が垂れ落ちた。
 それが彼の喰らった毒の猛悪さを物語っている。
「君の力、まだ正確に理解した訳じゃないけど――なかなかえげつない物持ってんじゃん。正直驚いたよ」
 膝を突いた痣城に五条は言う。
「只、相性が悪かったね。僕の術式は『無限』だ」
「…無限……?」
「そう、無限。僕は常に無限の殻に覆われてる。君は僕に触れようとして、その殻に触れちゃったって訳」
 五条悟の生得術式『無下限呪術』。
 呪力によって生じさせる無限という現象、それが彼の術式の正体だ。
「……自身を冒すあらゆる物理的事象の低速化……だけでは、ないな」
「無限だからね。其処に宿ってる情報量の消化に掛かる手間も無限回だ」
 痣城双也は五条を殺す為に彼への接触を行わなければならない。
 しかし五条は常に無限の殻に守られ、融合を図れば彼に触れる前にその周りの無限に触れる羽目になる。
 するとどうなるかは先の一幕が何より如実に示している。
 無限の情報量と同回数の思考強制は、尸魂界の死神でさえ耐えられる物ではなかった。
 痣城にとってはまさしく天敵。
 五条悟に対して『雨露柘榴』は機能を果たせない。
「退くかい」
「退く。殺される訳には行かないのでな」
「あぁそう。良いよ良いよ、別に追わないから。好きに逃げるといい」
「…解せないな。私が君ならば逃がさない」
「だって君、僕が必死こいた所で簡単に逃げ切っちゃうでしょ。無駄なカロリーは使わない主義なんだよね。それに」
 手痛い初戦となったが得られた物はある。
 無駄ではなかった――よって撤退が最適解。
 算盤を弾いた痣城に対する五条の言葉は不可解だった。
「君を殺すかどうかは半々って所だった。確かに君の力は厄介だけど、利用出来るならこれ以上ない人材だと思ってね」
「何?」
「そっちの陣営に羂索って縫い目頭か、宿儺って化け物が居ない?」
「…答えると思うか?」
「それも半々。居るのが羂索なら答える意味もないだろうけど、宿儺なら話も違うんじゃないかなって考えてる」
 両面宿儺
 会合の折に初めて対面したあの悪魔を痣城は今も燦然と記憶している。
 あれもまた化け物だ。
 ともすればこの五条悟に並ぶ。
 いや、その上を行っている可能性さえあるだろう。
「僕は連中を殺さなくちゃいけない。聖杯を狙うにせよそれ以外の幕引きを狙うにせよ、あのロートル共は邪魔過ぎるんでね。
 個人的な事情を差っ引いても早めにどうにかしときたいんだよ。だからその為に助力願えるんなら万々歳って訳」
「論ずるにも値しないな。私のマスターは聖杯を求めている。自軍の兵器をみすみす売り渡す兵士が何処に居る?」
「嘘つき。利口な君が奴らが生き続けてる事の意味を解ってないとは思えないな」
 その言葉に痣城は沈黙を返した。
 少なくとも否定は出来なかった。
 『赤の陣営』首魁、呪術師羂索。
 そして自分達と同じ『黒の陣営』に潜む悪魔、呪いの王宿儺。
 彼らにとって敵味方の概念が一体どれ程の価値を成すか。
 そんな物、有って無いが如しだ。
 あれらは死神以上に人外の価値観で生きている。
 醜悪なる破面共ですら、ああまで救えない悪性を抱えては居まい。
「僕と遭った事実と得られた物は君の好きに使えばいい。その代わり、話がしたくなったら僕の所を訪ねて来なよ。映画でも見ながら話そうじゃない」
「…君が最強を名乗るに相応しい力を持っている事は理解した。だが余りに自信過剰だな」
 痣城は続ける。
「君は宿儺に"圧勝"出来るのか?」
「無理だろうね。つーか一回負けてるし」
「その君が何故、そうも大上段から事を進められる? 私ならば慎重を期する。宿儺という兵器を利用して最悪の事態を生まれる可能性を危惧する」
「君に対する期待が半分。もう半分は――まあ、持って生まれた病気みたいなもんかな。
 僕って生まれた時から最強だったからさ。そうやって生きる以外のやり方知らないんだよ。今更弱い奴の気持ちとか考えても解んないしな」
 余りに傲岸不遜な台詞に閉口を禁じ得ない痣城。
 そんな目前の彼にさえ憚る事なく、五条は言った。
「とはいえ今度は僕がチャレンジャーだ。それなりに弁えて頑張るよ。連敗は流石に沽券に関わる」

    ◆ ◆ ◆

 とうとう聖杯大戦が始まってしまった。
 クリスマスに浮かれる気分にはとてもなれない。
 自宅の自室で緊張に心を張り詰めさせているひなこは、己のサーヴァントへとおずおず念話を送る。
“セイバーさん、その…傷は大丈夫そう?”
“問題ない。元々肉体に負った損傷は軽微だ”
 痣城双也が満身創痍の状態で帰投して来た時は驚いた。
 会合を終えて星界円卓から戻って来るなり出陣し、其処で戦闘を行って来たらしい。
 自分の従僕が傷付いた姿を見るのはひなこもあの時が初めてだった。
 動揺と不安に曇るその顔を前に、痣城は己の不甲斐なさに歯噛みした。
 ――侮っていたな。
 ――聖杯大戦、一筋縄では行かないようだ。
“得られた物も少なからずある。それと天秤に掛ければこの負傷は必要経費の範疇だ。相対的に見れば充分に釣りが来る”
“…ならいいんだけど……”
“『青の陣営』の呪術師、五条悟の手の内。世界との融合による俯瞰だけでは確認出来ない部分まで識れた。
 この情報は『青』と渡り合う上で必ず大きな意味を持つ。『赤』の羂索らが持つ情報の優位に追い付けたと言っていい”
 痣城はひなこに対して全てを語った訳ではない。
 彼が敢えて語らぬままにしているのは、戦いの最後に五条が持ち掛けてきた話に関してだ。
 羂索と両面宿儺に対する協力しての対処。
 羂索に関しては一先ず置く。
 あの外道は確かにこの上なく厄介だ。
 早い段階で潰せるならばそれに越した事はない――問題は両面宿儺
 奇しくも同じ『黒』の旗本に居る、五条悟を超える悪魔に関してである。
“キハハハ! 考えてるね、考えてるね! どうすれば一番この子の為になるかって頭回してんね!
 いやあすっかり保護者ヅラが板に付いたもんだ! 似合わねー! 嫌いじゃないけど! ヒヒヒヒヒヒ!”
 宿儺は危険だ。
 それは間違いない。
 その毒を御す事を選ぶか、それとも体外に排出するか。
 痣城は岐路に立たされていた。
 確信がある。
 この判断は必ずや、自分とひなこの結末を占う物になるだろうという確信が。
“そうじゃないだろ痣城双也。アンタが真にひなちゃんの為に考えなくちゃいけないのは――”
“…解っている”
 だがそれとは別に。
 『雨露柘榴』の言う通り、痣城にはもう一つ考えねばならない事があった。
“『瀬崎愛吏』の存在。それを伝えるか否かを、私は決めねばならない”
 痣城は冬木の全てを知覚下に置いている。
 だから当然、ひなこにとって最大の意味を持つだろう少女の存在も感知していた。
 白雪の中に息絶えた少女はまだその事を知らない。
 共に永遠に飛び立った比翼連理の片割れが。
 その狂おしいまでの愛情を寄せる対象が、この世界に存在している事を知らない。
 痣城は選ばなければならない。
 ひなこが知るか。それとも知らないままでいるかを。
 選択出来るのは彼だけだ。
 再拾得の旅はまだ途中。
 痣城双也はまたも試される。

【B-9・花邑家/一日目・午後】

花邑ひなこ@きたない君がいちばんかわいい】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]
基本方針:聖杯を手に入れ、あいちゃんとやり直す
1:セイバーさん大丈夫かな…

【セイバー(痣城双也)@BLEACH Spirits Are Forever With You】
[状態]:ダメージ(大)、冬木市全域と融合
[装備]:
[道具]:
[思考・状況]
基本方針:マスターに聖杯を献上する
1:瀬崎愛吏について伝えるかどうか。
2:キャスター(五条悟)については…
[備考]
※宝具『雨露柘榴』によって冬木市全域と融合を果たしています。
 市内の何処にでも瞬間移動が可能な上、市内で行われた事象は全て痣城の把握範囲内にあります

    ◆ ◆ ◆

「マジ反則だわ、あの優男。その気になれば一人で聖杯戦争終わらせられるねありゃ」
「…その反則と一人で勝手に事を構えて来た申し開きをまだ聞いていませんが?」
「良いじゃん、硬い事言うなよ。現にほら、僕無傷だし」
 痣城と五条の戦闘から半日弱程経った正午過ぎ。
 穂群原学園、その高等部の教室に『青の陣営』のリーダーを務める少女の姿はあった。
 今日は休日だ。よって授業も当然無いのだが、ケイは学校の中を彷徨いて時間を使っていた。
 只の暇潰しという訳でもない。あくまで今は待機時間。何かあればすぐに向かえる手筈を整えてある。
「寧ろアドの方がデカいよ。あの『黒』のセイバーは多分、この冬木で起きてる事象を全部知覚してる。
 僕らが今此処で話してる内容も多分全部筒抜けだ。イェーイセイバー君見ってる~!? 聞こえてたら二回咳払いしてよ! なんつって」
「筒抜けなら何故先生は念話を用いる事もなく、わざわざ実体化して寛いでいるのでしょうか」
「必要になったら切り替えるさ。どうも霊体化ってのは性に合わなくてね。どうせなら久方振りの現世を満喫したいし」
「理解不能。先生の精神は合理的観点から見ると贅肉塗れの肥満体と形容出来ます」
 五条悟の眼から見た痣城双也の印象は"厄介"以外の何物でもなかった。
 彼の力の全貌を知れた訳ではまだないが、片鱗だけでも反則級な事はよく解った。
 自分や宿儺のような例外の強者が居なければ痣城は一人で聖杯戦争を終結させていただろう。
 戦争であろうが大戦であろうが変わらない。
 彼の力は余りにも"戦争"に向き過ぎている。
 反則性、そして万能性においては自分でさえ及べないに違いない。
 痣城双也はその気になれば大戦の参加者を超速で殺戮出来る。
 それが解っただけでも許可無しの初陣に打って出た甲斐はあったと五条はそう認識していた。
 事後報告を喰らったケイの方は堪った物ではなかったが。
“それで。宿儺についての情報は得られたのですか?”
“はぐらかされて終わり。でも多分無関係じゃないな。僕の読みが正しければ、宿儺は黒陣営に居る”
 両面宿儺は必ず斃さなければならない。
 彼が居る聖杯大戦は即ち地獄だ。
 最終的に何処を目指すにしろ宿儺の打倒は必要不可欠。
 満足して丸投げして来た課題が、再び五条の前に現れた形となった。
“とはいえ宿儺に関しては急いだら事を仕損じるのが見えてる。ある程度慎重にやんないと元の木阿弥だ”
“では、まずは”
“そうだね。羂索のクソ野郎を殺しときたいかな、あのメロンパン入れになら10:0で勝てるから”
 やるべき事は多いね。
 愚痴るように零しながら、だが五条悟は輝いていた。
 彼は躍動している。
 間違いなくこの聖杯大戦は、彼の中の渇きを潤し続けていた。
 先の痣城双也もそうだ。
 あのレベルの使い手が平然と闊歩する戦場であれば、如何に五条悟と言えども退屈している暇はない。
「時に先生。メロンパン入れとは何ですか」
「え? 頭開いたら脳味噌出て来るからだけど」
「それが何故、メロンパンという表現に繋がってくるのか理解不能です」
「…知らない? IQサプリ」
「私は王女(アリス)の<Key>ですので。サプリメントの類は必要としません」
「マジかぁ…。悠仁にも『そんな番組あったっけ?』って言われたんだよなぁ……」

【C-2・穂群原学園高等部/一日目・午後】

【ケイ@ブルーアーカイブ】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:光の剣:スーパーノヴァ
[道具]:
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]
基本方針:キヴォトスに帰る為に行動する
[備考]

【キャスター(五条悟)@呪術廻戦】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:
[思考・状況]
基本方針:???
1:なかなか面白い奴らが居るなぁ…。
2:宿儺を斃す。今度こそね。
3:羂索殺す。逃げ切れると思うなよオマエ
[備考]


前の話:期末テストに備えて/ロストワンの号哭

次の話:方舟の救いと洪水の救い



Before Character name Next
000:Good Evening,World! ケイ
キャスター(五条悟
000:Good Evening,World! 花邑ひなこ
セイバー(痣城双也

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最終更新:2024年01月04日 10:53