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――20XX年某月某日、人理継続保障機関フィニス・カルデア内、医療室にて――

 『千夜一夜物語』。よければ感想を聞かせてくれるかな。

 無謀……だと感じました。
 多くの女性が殺されているという前提がありながら、凶王の改心に期待するというのは分の悪い賭けです。
 生物の原則として自身の命を最優先に考えるならば、逃げるのが合理的です。

 ……かもしれないね。
 でも――人間の善性とはそういうものなんじゃないかな。
 特別な力を持たず特別な生まれでもない、そんな“普通の人”でも、自分以外の誰かのために立ち上がる事ができる。だからこそ人類という種は、今日まで生き続けてきたんだろう。
 ボクはそれを好ましく思うんだ。そして――いつかマシュも同じように感じてくれたら嬉しいな。






 どこかで気持ちが浮き足立っていたか、もしくは希望的観測に縋りたかったのかもしれないと、ちとせは己を顧みた。
 着回しができるくらいの背格好であるキャスターに手持ちの衣類一式を貸し出して、久々の二人揃っての外出。クリスマス特有の賑やかな街のムードを眺めながら、名もなき人々の成す空間に溶け込みながら。コンビニで買ったカップ入りのホットコーヒーを手に勤しむ、軒下での会話。
 この構図自体が、一時の気分転換の意図も含んでのことであることは、お互いに理解しているつもりだった。それでも、ちとせの憂鬱の元凶である人物への楽観視まではするべきでなかったか。

「『両面宿儺』との和解は不可能。その前提で考えるべきです」

 ぴしゃりと、キャスターは言い切った。
 その雄弁な、しかし冷徹に諌めるようでもある声が、キャスターの断固とした態度を物語っていた。

「…………うん、まあ、私も全然期待できそうにはないなあとは思ったけど、本当にゼロなんだね」
「はい。万に一つの可能性もありません」

 『黒の陣営』の会合を終えてから暫くの後、既に目星をつけていた人物との接触というキャスターの提案に乗り、街へ出ている最中の会話だ。
 アイドルとしての黒埼ちとせのプロデュース方針である、高潔に高貴に大衆を従わせる魔の女王……というキャラ付けとは、根本的に別物。人の理の外側に在る者であると、只人のちとせですらその身で確信せざるを得なかった、本物の邪悪。
 プリテンダーのサーヴァント、両面宿儺
 彼がちとせ達にとって協調的な働きに終始することは、どの程度期待できるものだろうか。そんな問いかけへのキャスターの返答が、断絶の確信だった。

「あれは、正真正銘の凶王です」

 怒りや癇癪で民を殺す。気慰みか気紛れでも殺す。特に理由が無くとも殺す。
 言葉が通じるのは、ただの戯れのため。意思を尊重し合うことはできない。己以外の命の重みを慈しまず、そのことを恥じる気も無い。
 根本的に、我々とは別の生き物。恐るべき呪いが、人の形を成しているだけ。 

「すごく実感の籠った言い方。一回会っただけなのに……それってやっぱり、生きてた頃の王様が同じだったから?」

 英霊シェヘラザードのルーツとされる説話集『千夜一夜物語』については、ちとせも幼心には知っていて、キャスターとの出会いを機に改めて触れていた。
 シェヘラザードが登場するのは、語り部自身が主役となる物語だ。

「ええ、まあ……察しはつくのですね」
「なんとなくね」

 最愛の妻の不貞行為を目の当たりにし、怒りにより発狂したシャフリアール王は、妻を処して尚尽きぬ憎悪に突き動かされるように、国中の処女を一人また一人と招いては殺し続けていた。
 シャフリアール王の凶行に立ち向かうため、シェヘラザードは自ら王の殿へと飛び込み、夜話を毎晩聞かせることで虐殺を食い止めようとした。
 最終的に、シャフリアール王はかつての良識を取り戻し、シェヘラザードと共に子をなし、幸せな家庭を築いたのだという。
 掻い摘んで述べれば、このようなめでたいハッピーエンドのお話であった。

「……王様って、改心したんじゃなかったっけ?」

 キャスターは、沈黙を続ける。その反応こそが、何よりの答えだった。
 伝承とは、後付けの創作の継ぎ接ぎが実態であることも珍しくないとはよく言われるが。もしシェヘラザードの逸話もまた、読後感の良さを求めた後年の編集者によって脚色されることになった、実態と異なるものだとしたら。
 シェヘラザードの生涯の、本当の末路とは。

「ごめんね。やっぱり言わなくていいや」
「痛み入ります」

 今はまだ、語るべき時ではない。
 キャスターがちとせに真相を打ち明けるための、気持ちの整理がつくのを待つだけのことだ。
 ともかく、今のちとせ達にとって重要なのは、両面宿儺の善性を期待してはならないという事実。その上での、彼への対処だ。
 ルール上、『黒の陣営』に所属する宿儺は、ちとせ達の敵ではない。ただし、彼の興味が陣営戦という構図の内側に留められている間に限り、だ。
 この大戦の盤面そのものをいつでも破壊し得る、それだけの自信を持つ宿儺を、いつまで御しきれるものだろうか。この懸念は、『黒の陣営』全員の共通認識といって差し支えないだろう。
 赤羽と名乗ったリーダーは、『黒の陣営』の勝利を保証するとは言ってくれたが。確実性は、既に揺るがされている。

「そのくらい怖い王様が相手だから、今から会いに行く子にも、もしもの時には一緒に倒しましょうって話をするんだもんね」
「はい。あのアーチャーが聖杯の獲得に積極的であるか否かは不明ですが……ひとまずの共闘を持ちかけることには、意義があると考えます」

 宿儺への対抗手段を、早期のうちに確保しておく必要がある。『黒』以外の三つの陣営の力を、一時的に借りてでも。最悪の場合、宿儺の討伐に総出で臨むことも視野に入れながら、だ。
 宿儺の矛先が他の陣営だけに向けられたまま、何の不都合もなく聖杯戦争を完遂できる……なんて、容易く吹き飛ぶ可能性には賭けるわけにいかない。

「その子、何か光るものがあったの?」
「少なくとも、戦闘能力については不足ないかと思います。マスターと思しき女性と話している途中にワイバーンをけしかけてみましたが、彼らは撃退してみせました」
「あっ、奇襲したんだね……」
「ほんの小手調べです。本気で殺すつもりはありません。向こうとしても、修練の機会にはなったでしょう」

 予選期間中に行った偵察で、何組かの主従を捕捉することができていたという。
 本戦開始の時点で、既に殆どが脱落してしまったようだが。その後でも尚残された選択肢が、キャスターが『金色の少年』と評するアーチャーであった。

「これ以上の根拠となると……少し、説明に困ってしまうのですが」
「ふぅん……ま、いっか。ここはキャスターの判断を信じるよ」

 ちとせ達の敵は、他の三陣営と、そして宿儺。その前提を常に意識しつつ、立ち回らなければならない。

「それで、他の人達にも同じことを相談していって、ゆくゆくは対宿儺サークル大結成!」
「ええ」
「どうせ、そのうち解体しちゃうのにね」
「ご尤もです」

 一時的な共闘関係を、いつ反故にするかはわからない。
 たとえば、その者を切り捨てたところで、宿儺の打倒の成功率には影響しないと判断できた時。
 たとえば、宿儺に次ぐ脅威性を持つ故に、いっそ討ち死にしてくれた方が望ましいという邪魔者がいた時。
 たとえば、万が一にも予想外に早く宿儺と再会することになり、面従腹背を疑われたことへの釈明を余儀なくされた時。
 卑劣なやり方との誹りを受けようと、何より自分達の死だけは絶対に避けなければならない。そのためなら、時には礼儀も投げ捨てることになるか。

「必要とあれば、適度に間引く。そのように仕向ける。機を見て、流れを見て、私達の利になるように動く」
「全方位に裏切りの準備しながら、口では仲良しを謳うんだ」
「この方針が最も妥当であると、判断しましたから」

 『不夜城』に下り、『カルデア』と組み、『魔神柱』との同盟に立ち返る。地底を舞台にした特異点でかつてのキャスターが行った、二転三転の鞍替えと裏切り。
 それに近しいことを、この電脳の冬木でも再度行うまでのこと。必勝法には至れなかった手法であるが、今度こそ成功させてみせましょうとは、キャスターの弁だ。

「……鳥と獣は仲直りしたけど、蝙蝠は仲間外れにされました」
「イソップ寓話ですね」
「正解。語り部さんが知らないわけないか」

 『千夜一夜物語』よりも更に前から語り継がれる古典の一節を、引き合いに出す。
 対立する二者のどちらにも愛想を振り撒いて保身に走る者は、最終的に双方から見捨てられて孤立する……という真っ当なメッセージの込められたエピソードだ。
 この話に則れば、ちとせに待っているのはバッドエンドのデッドエンドだが。

「鳥も獣もみんな喧嘩で死んじゃえば、もう怯えなくたって済むのかもね」
「せっかくです。祝宴で出るはずだったご馳走も独り占めしましょう」
「綺麗なお城に引っ越して、優雅な暮らしでも始めちゃう?」
「お天道様の下だって、堂々と羽ばたけますからね」
「あはっ。私達、良い子のみんなには聞かせられない話しちゃってる」

 みんなで力を合わせて、悪い王様をやっつけました。めでたしめでたし。その後、清く正しいお姫様は故郷に帰り、末永く幸せに暮らすこともなく、死にました。
 ……そんな終わり方など、ちとせは望んでいない。聖杯戦争を生き抜いた後も、人生は続くのだ。
 巨悪を打ち破る勇者の首元を噛み千切り、最後に生き残るのは『卑怯な蝙蝠』。無垢な子供の納得など得られるわけもない、悪辣な物語の始まりだ。
 黒埼ちとせはまだうら若い少女であり、しかし、不条理を割り切りその当事者になってしまえる程度には、成熟していた。御伽話(フェアリーテイル)じゃいられないと、開き直れてしまう程に。

「自分の足で歩けシンデレラ」
「え?」
「そんな歌があるなあって思い出しただけ。夢は他人に託すな、ってね」

 ガラスの靴で歩く新たな地平は、憔悴を強いる旅路となることだろう。何人ものお姫様達を踏みつけていく両足は、見るも無惨な真っ赤だろう。随分と酷なことを言うものだと、呆れてしまうが。
 悔しいくらいに、真理でもあった。謳歌を許される勝利者(シンデレラガール)の玉座は、極少数しか用意されていないのだ。

「……さむいね」

 手袋ごしに、隣に立つキャスターの手を握る。
 羽虫を叩くも同然に、ちとせを殺せる両面宿儺。奴を倒すために外部へ協力を求めることが既に陣営への謀反であると、或いは協力を求められたのに不本意に切り捨てられたと、ちとせを殺す理由を得ることになるだろう誰か。
 聖杯大戦という団体戦でありながら、実質的には孤軍での戦いとなるこの街で唯一、絶対に途切れない繋がりだと信じている同胞の手は、暖かかった。

「ちとせ。貴方は、利己的に在ることを是としました」
「そうだね、知ってる」
「……されど貴方にも、万人の幸福に思いを馳せる瞬間が確かに在った。この事実を、私は忘れません。誰に語り継ぐことも、許されないのだとしても」
「そっか……うん」

 キャスターの言葉は、所詮は共犯者同士の慰めでしかないとしても、心地よい響きに思えた。
 とっくに冷めたコーヒーの、最後の一口を飲み込む。吐息が白い寒空の下でも、身体は凍えていない。






 両面宿儺が『黒の陣営』の面々の前に姿を顕し、己こそが絶対の覇者であると皆に知らしめたあの瞬間、キャスターは失意の底へと叩き落とされたような心境にあった。
 ああ、またか。
 私はまた、暴君の膝元に身を置いてしまったのか。
 些細な不手際一つで殺される可能性に、また怯え続けるのか。
 そんな絶望の再来を前にしながら、しかし、キャスターの心はへし折れなかった。
 言葉を失い、恐怖を堪えるように両拳をぎゅっと握りしめていたちとせの後姿を見た途端。ここで弱音など吐いている場合ではないと、無理矢理にでも己を奮わせることは叶ったから。

 ちとせは生を望んでいる。ただし、単に命を失わないだけでなく、充足感のある人生を歩むことまで含めての望みだ。
 両面宿儺という厄災が過ぎ去るのをただ俯いて待つだけになってしまえば、それは最早、隷属という形での魂の固定化。宿儺に、否、死への忌避感という永遠の呪いに苛まれ、生ける屍として余生を無為に終えることを意味する。
 希望の灯を源とするアイドルとしての、死も同然だ。
 ちとせが未来で紡ぐはずの華々しい物語を、黒墨に沈めてはならない。そのために彼女を支え、生命だけでなく自尊心も守らねばならない。
 正義のためには戦えない。己のためにも戦わない。ただ、貴方の未来のために戦うと決めたのではないか。
 籠城という基本方針に軌道修正をかけ、リスクを伴う外出という自発的な行動と。宿儺への反抗の下準備という、生存のためには無謀で非合理的でもありうる方針を提案するに至ったのは、そういう事情も含めてのことであった。

 キャスターは思案する。ちとせの安全な立場を、より確実なものとする方法を選ぶために。
 キャスターは交友する。ちとせのコンディションを心身共に良好に保つこともまた大切だから。
 キャスターは追想する。思い出したくもない大敵に立ち向かうには、彼自身の思想信条、素性に嗜好に所作の中の癖一つも把握しなければならない。
 果たすべき数多くの責務を背負い、それでも身一つでは到底届かぬ限界があることを嫌と言うほど理解しながら、キャスターは身勝手にも祈願する。
 ああどうか、これから邂逅する少年が、私達を都合よく守ってくれる、善良な者であってくれと。

 ……キャスターが何故、かの少年に強い興味を持ったのか、実は、キャスター自身にも判然としていない。
 美少年と呼べる紅顔に惹かれたのか。その瞳に宿るカリスマ性でも感じ取ったのか。或いは、『アガルタ』の地でキャスターの運命を変えた、あのケルトの王のことを思い出したからか。
 キャスターは、未だに知らない。もうすぐ対面しようとしている少年の、その素性を。
 金色の風格を纏う少年の真の名は、ガッシュ・ベル
 民に慕われながら生涯を遂げた善なる魔王が、全ての命の抹消を目論む化物を絆の力で討ち果たした、幼き頃(リリィ)の姿。
 両面宿儺とは断じて相容れず、そしてきっと、黒埼ちとせともいつの日か決別するのだろう『優しい王様』との謁見まで、あと少し。



【??・??/一日目・午後】

黒埼ちとせ@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]:健康(持病を除く)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:聖杯を手に入れて、長生きする
1:まずは仲間探し。いつか裏切るとしてもね

【キャスター(シェヘラザード)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:
[思考・状況]
基本方針:ちとせに聖杯を捧げる
1:金色の少年(ガッシュ・ベル)と接触する
2:両面宿儺への対抗手段を確保する

[備考]
※予選期間中、オルガマリー・アニムスフィア&アーチャー(ガッシュ・ベル)の存在を捕捉しました。
 使い魔(ワイバーン)との戦闘を行わせましたが、それ以外に取った行動の有無は、後続の書き手さんにお任せします。
※現在、アーチャー(ガッシュ・ベル)との接触が可能と思われる場所へ移動中です。
 具体的な場所は、後続の書き手さんにお任せします。


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000:Good Evening,World! 黒埼ちとせ
キャスター(シェヘラザード

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最終更新:2024年04月19日 00:40