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36スレ第8戦(3)

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匿名ユーザー

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……勝負は、何も障害物の無い、だだっ広い平原で行われていた。
場所を指定したのは八雲紫であった。見渡す限りの草原、足場も十分に良好。
このような場所を指定した理由は一つ――ここが、妖夢たち剣士にとってこそ、有利な場所だと踏んだからだ。
相手にとって、有利な場所を指定する。
一切の罠を張らず、真っ向から待ち受ける。
これ以上無いくらいに、自分に不利な舞台を整えることで。
八雲紫は、自分の中から、驕りと油断を消し去ったのだ。

「あなたと仕合うのも、ずいぶん久しぶりね。妖忌」
「そうですな。あの時の自分は、まだまだ小童に過ぎなかった」

言葉を交わしながら、互いの得物を何度と無く重ねる二人。
妖忌は二刀。その二刀に長短の差はあれど、そこに乗せられた殺気は変わらない。
紫は一本の傘。軽く振るっているように見えるが、それでも妖忌の刀とまともに打ち合っている。

「ふふ。懐かしんでる余裕は、無さそうだけど」
「そこまで言っていただけるとは、光栄ですな。もっとも――手の内は幾らでも隠しておられそうですが」
「あらあら、買いかぶりよ――」

動きは妖忌のほうが数倍速い。
速いだけではない。妖忌は、常に気配を断って動いている。滑るように足を運び、泳ぐように体を流す。
振るわれる刀にのみ込められた殺気は、瞬きの間に紫の首を狙う。
故に――真に恐るべきは、妖忌よりも数倍遅い動きで、その刀を受け流す八雲紫だ。
妖忌の動きの先を読んでいる――どころの話ではない。
戦いの流れ全体を読めていないと、ここまでの動きは為し得ない。

「紫殿。あの時は届かなかった我が二刀――今こそ届けてみせましょう」
「あらあら、情熱的なのは相変わらずね――いいわ、いつでも受け止めてあげるわよ」

妖忌は動く。紫との差を更に近づけるために。
紫は待ち受ける。妖忌の底を見極めるために。



「ふん――随分マシになったじゃないの」
「…………」

妖夢は言葉を紡がない。無言のままで、縦横無尽に飛び回る。
口を開く間があったら体を動かす。より速く。より軽く。
対峙する幽香――こちらは紫とは違い、既に幾つもの手傷を負っていた。
ただでさえ短かったスカートも幾つも穴を開けられ、その向こうの肌もじんわりと赤く染まっている。
だが――それらは全て、かすり傷でしかない。
ダメージと呼べる傷は、まだ負ってはいない。

「でも、戦い方はあんまり変わってないわね? うろちょろうろちょろ、目障りな羽虫みたいよ?」

対する妖夢は、全く手傷を負っていない。
だが――既に体中が、冷たい汗に濡れていた。

「ほら、また避けた。もう、いつまでこんなこと続ける気?」
「っ……!」

幽香が傘を振るう。
幽香の動きは、決して機敏とは言えない。紫と同じように、のんびりとさえ見える。
だというのに、大振りでスイングされる傘だけが、とてつもない速度なのだ。
対している妖夢からすれば溜まったものではない。幽香の体の動きと、傘の速度とが一致しない――見切ることができないのだ。
それでも妖夢が生き延びているのは、その歩法のおかげだろう。
何も無い空中を蹴り、駆け回る歩法。鋭角的に空間を支配する動きだ。
機動性のみであれば、妖忌を上回り、鴉天狗さえ凌駕するその歩法で、妖夢はぎりぎりで、幽香の傘の狙いを撹乱することに成功している。
すれ違い様に一刀。
狙い過たず命中。
だが、やはりかすり傷。

「ねえ――そろそろ、止めにしない? 逃げ回るの」
「――そうだな」

初めて妖夢が口を開いた。どうせこのままでは手詰まりだ。
次が最後だ――決意を胸に、妖夢は駆けた。


最後の一手。
それは妖忌も同じだった。今までに無い速度で、これ以上に無い力強さで、妖忌は両刀を振るった。
対する紫は、傘を使わなかった。
両腕で、受けた――ように見えた。
刀と腕が触れた、その瞬間に、紫の両腕に結界が現れた。
刀が、結界に阻まれ――

「憤ッ――!」

結界を、叩き斬った。
神速で展開された紫の結界――その結界さえ、妖忌は斬ってのけた。
だというのに。

「残念でした♪」

紫には届かない。
斬った結界の向こうには、スキマが口を開いていた。
ぱっくりとスキマに飲み込まれる二刀――妖忌の手には、何の手ごたえも返ってこない。
慌てて手首を翻す妖忌――その瞬間、スキマの中の二刀によって、スキマが斬られた。
――今まで紫がスキマを使わなかった理由がこれだ。防御に使おうと回避に使おうと、妖忌には全て斬り伏せられる。
故に、結界の向こうにスキマを作った。妖忌に、あるか無きかの隙を作るために。
紫が、防御に使わなかった傘を、思いっきり振りかぶって――

紫の背中から、血しぶきが散った。
紫の背後――今の今まで気配を断っていた妖忌の半霊が、妖忌の姿を取って紫を斬っていた。
これこそが奥の手。八雲紫を斬るために、妖忌が手にした熟練の技――

「!?」

そして背中の傷を、省みもせずに、紫は、妖忌を傘で叩き伏せた。
轟音。
八雲紫の、渾身の妖力を込めた一撃だ。
一瞬で、妖忌の意識が奪い去られる。
その、倒れ付した気を失う刹那の間に、妖忌は理解した。
何故、紫が、結界で己の背中を守らなかったのかを。
いかに不意を突かれたとて、紫ほどにもなれば、反射的に結界を張れるはずだ――妖忌は元より、その結界ごと、紫を斬るつもりだった。
ましてや、紫は四重に強固な結界を張れる。
正面の二刀を阻んだ、二つの結界。
同じ結界で、背中を守れたはずだ。
だから、紫は背中をあえて斬らせた。
結界を張るはずだった妖力で、妖忌を打つほうを選んだのだ。

「あなたの刀、今度こそしっかり受け取りましたわ。そして――」

最後の一言は、妖忌には届かなかった。だが、妖忌は聞かずとも、何を言われるかがわかっていた。

「今度も、私の勝ちよ」


一方、妖夢は半霊を使わなかった。あえて、自らの剣技のみで幽香に挑んだ。
幽香の振るった、大振りの傘。
妖夢はそれを、まずは楼観剣――長刀で受け止め――

「――っぐ――」

当然、それだけで受け切れはしない、幽香の膂力に押し切られそうになる。
妖夢は立て続けに白楼剣――小太刀を楼観剣に重ねる形で振り下ろし、食い止める。
だが、それでもまだ、足りない。
幽香の力に、妖夢は吹き飛ばされそうになり、だが、それでも。

「ぐ――――ぁぁああああ!!」

無理やり、傘を受け流した。
風圧だけで脳震盪を起こしかける、それほどに強烈な一撃を、何とかやり過ごす。
そして、受けた刀を返し、
がら空きの、幽香の体に叩き込もうとして――

「……え?」

振った刀が、両手で掴み取られた。
幽香の体は、がら空きなどでは無かった。
両手が、しっかりガードに回されていた。
あの、傘が受け流された瞬間に。幽香は、両手を傘から離していたのだ。

「なかなか頑張ったわよ、貴女――次があったら、またやりましょう♪」

そして、刀を封じられ、身動きの取れなくなった妖夢に、幽香は力強く踏み出し、
渾身の頭突きを、妖夢の脳天に、

まともに当たっていれば、妖夢は死んでいた。
事実、妖夢は死を覚悟していた。
死を覚悟しながら、生を望んだ。
考えてやったことではない。修練の結果に身に着けた動きでもない。
本能が抗った。

幽香の頭突きを、妖夢の頭突きが受け止めた。

完全に不意を突かれた。幽香は最後の瞬間に、勝利を確信してしまっていたのだ。
予想外の衝撃を受け、わけがわからなくなっていた。
だがそれでも、幽香の両手は二刀を握っていた。しっかりと、巌のように固く。
だから、妖夢は刀を手放した。
刀に力をこめたままの幽香の体がよろけ、たたらを踏む。
その幽香のみぞおちを。
妖夢の抜き放った、鞘の一撃が、正確に貫いた。



背中に負った傷を治そうともせず、紫は幽香と妖夢の決着を見届けた。否――治すだけの妖力が勿体無かっただけのことだ。
その紫の前で、妖夢が幽香を打ち倒した。
これ以上は無い決着だった。
急所を突かれた幽香は、そのままずるずると崩れ落ちた。
ぴくりとも動かなくなる――死んだわけではないが、しばらく起き上がれないのは確実だった。
そして、鞘の一撃を放った妖夢は、倒れた幽香を反射的に目で追っていた。
反射的に。
そう、意識してのことではない。

「妖夢、あなた――」

紫が声をかけた。びくん、と、妖夢が声に反応する。
一瞬、意識が紫に向いた。
紫の目に、焦点が合った。

「あ、……紫、様……?」

だが、意識が戻ったのは、その一瞬だけだった。
幽香の頭突きを受けてから、ずっと気絶したままだった妖夢は、それだけを呟いて、また気を失い、今度こそ地面に倒れ伏した。

「あらあら、自分が気絶してたことにも気付いてなかったみたいね――」

結果だけ見れば、幽香と妖夢は相討ちかも知れない――だが、本人たちはどう思っただろうか。
気絶した幽香の顔は、悔しげに眉を寄せている。
気絶した妖夢の顔は、誇らしげに目元を緩めていた。

「ファイトの結果だけ見るなら、私たちの勝ち、ってことになるんでしょうけどね」

そんな単純なものではないし、何より幽香は納得しないだろう、そう考えながら――
緊張の糸が切れた紫は、そのまま大地にぶっ倒れた。

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