星を継ぐもの(1977) 創元社SF文庫

1981年度星雲賞海外長編部門賞受賞作

ジェイムズ・P・ホーガン

05/06/06担当:ちゃあしう


1・作者紹介


ジェイムズ・パトリック・ホーガン

1941年ロンドン生まれ。航空機関連からコンピューターセールスへ転向。いろいろな理系企業を渡り歩き、その後アメリカへ移住。「2001年」に触発された処女長編「星を継ぐもの」でデビュー。

2・代表作


「星を継ぐもの」「ガニメデの優しい巨人」「巨人たちの星」「内なる宇宙」「Mission To Minerva(未訳)」 

以上が「巨人たちの星」シリーズ。その他、「終局のエニグマ」「創世記機械」「量子宇宙干渉機」

「未来の二つの顔」「断絶への航海」「時間泥棒」「未来からのホットライン」「プロテウス・オペレーション」

「造物主の掟」「造物主の選択」「マルチプレックス・マン」「インフィニティ・リミテッド」「ミクロ・パーク」

そして(日本における最新作)「揺籃の星」など

3・あらすじ


 大型企業複合体IDCCの一科学部門、メタダインに勤めるヴィクター・ハント博士にUNSA・国連宇宙軍からお呼びがかかる。月面基地の建設現場で真紅の宇宙服を着た死体が発見されたのだ。コードネーム「チャーリー」と名づけられた死体とその所持品に対して直ちにあらゆる角度からの調査が開始される。所属:不明。身元:不明。死因:不明。死亡推定時刻:5万年前・・・

謎が謎を呼ぶ調査。新たな事実はまた新たなる謎を生む。果たしてこの死体の謎はすべて解明されるのか?そして、木星ガリレオ衛星群のひとつ、ガニメデの氷河の奥からも、宇宙船の残骸が発見される。その関連は?

4・登場人物など


  • ヴィクター・ハント
原子物理学者 トライマグニスコープを開発 UNSAに出向 後に転職
  • クリスチャン・ダンチェッカー
生物学者 絵に描いたような偏屈・意固地な科学者だが、おいしいところは・・
  • グレッグ・コールドウェル
国連宇宙軍航行通信局ナヴコム(NAVCOM?)本部長 柔軟で臨機応変な上司
  • リン・ガーランド
コールドウェルの秘書 さまざまなグループの連絡役も勤める 
  • ドン・マドスン
言語学者 ルナリアン語解読に力となる 通称「風狂専門馬鹿」
  • ロブ・グレイ
メタダイン工学部長 ハントの(いちおう)相方
  • 「チャーリー」
月面で発見された「ルナリアン」第一号 セルター基地整備員として配属される
  • コリエル
「チャーリー」の相棒(こちらは本名) 巨漢で賭け好き。女に目がない 
  • 「シリル」
人類と類人猿とのミッシング・リンク(注:失われた輪(リング)ではない

5・テーマ・考察


 多くのヒトが「星を継ぐもの」は本格ミステリーである!と評論している(考古学SFと見る人もいる)。最近は小野不由美推薦!なんてオビがついてますな。実際、謎が提示され、その解明だけがメインのSFというのは珍しい。近年の作品群のように謎がぽんぽんと掲示されては、答えを暗示するだけで解明されずに終わるなどということも無く、続編につながる部分以外種明かしが行われる。もちろん謎の解明にはそれなりの理論付けが行われ、読者に対して非常にフェアである。登場する科学技術の背景もトライマグニスコープ・超融合爆弾・反物質大量破壊兵器アニヒレーター・ガニメアンの駆動システムなどを除けばそれほど現在のものと外れていない。少々強引なところ(体の構造から重力場を推測し、太陽までの距離を測る、月と地球の引力に関するいくつかの表現etc)などもあることから、「星雲賞でこれをハードSFとして推薦した人間は(以下検閲により削除)」(石原藤夫・SFマガジン82年6月)などと悪口を言う人間は存在するものの、謎へのアプローチが多面的かつ科学的なところはなかなか。まぁ、別にハードSFとして読まなくてもいいんだと私は思うのですが。

 謎解きのメインはルナリアンの起源について。ルナリアンは人間に極めて酷似した外観を持ち、骨格・酵素等もほぼ現在のホモ・サピエンスと同等である。しかし、地球上には「5万年前の超古代文明の遺跡」は存在しない。ハントが地球外起源、ダンチェッカーが地球起源という視点で謎に迫っていく。「進化は結果的に似た究極の理想形を生み出す(例:魚類のサメ・哺乳類のイルカ・爬虫類のイクチオサウルス)」という考え方については現在も議論が尽きないので一概に地球外起源は否定できないとは思うが、教授が缶詰の魚の骨格を、ガニメアン骨格と対比・対応してゆくさまはお見事。(ルナリアンが缶詰にしていたということは、今の地球人もミネルヴァの魚料理が食べられる?)

 はじめのシーンは、古典的未来アイテム:エアカーにVTOL旅客機が登場し、紛争は減少してその分を宇宙開発につぎ込む国連宇宙軍UNSA(注:谷甲州の航空宇宙軍のような純軍事組織ではない)が誕生している、とあまりに明るい未来を描きすぎな印象があるが、その後のハント・グレイ・スタインフィールドといった「理系人間」の生態をつぶさに描いているところは興味深い。ぜひご自宅のコーヒーにも「酸化第二鉄」のラベルを…という冗談は置いておいて、ハントの進学・就職・移籍などの部分はホーガン自身の人生経験が反映されているそうだ。ダンチェッカーは往年のチャレンジャー教授(注:コナン・ドイルのSF的作品に登場する万能科学者。専門は何だ?)的な古典SF的科学者そのもので、彼の偏屈さと洞察力が強調されてるだけなのは少々残念。彼の素顔ももうちょっと描いてほしかったところだ。それでもラストの「解決編」で主役を食ってみたり、慣れない冗談を言おうとしてみたりと大活躍。がんばれ主人公!(違)

 研究や分析ばかりで無味乾燥な文章になりがちかと思わせて、「チャーリーの日記」という重要アイテムをすえてくるところはうまいと思う。宇宙戦闘描写などは「本家」にはかなわぬものの、種族の生存だけを目的に、最終戦争へと向かっていった自分たちをむなしく思いながら筆を置いた日記のラストはなんともいえない余韻を残す。個人的にはコリエル関連のエピソードがもうちょっと読みたかったがな!とくに通信隊の…(ぉ)

 そしてラストのダンチェッカー教授による種明かしとエピローグ。ここで初めてタイトルと内容との繋がりがはっきりする――”Inherit The Stars”「星を継ぐ者」。”Star”でも”The Star”ではなく、”The Stars”だ。「継ぐ」のは決してこの小さな水玉ではないのだ! 

ダンチェッカー教授の言葉を「超人間中心的な利己的発言」ととるか「人間の無限の可能性をあらわした素晴らしい発言」ととるかはヒトによって分かれるかもしれないが、とにかく、これこそが「センス・オブ・ワンダー」なんだっ、文句あるか!と私は言い切ってしまいたい。

 これはこれで話として十分なラストを迎えたわけだが、話はまたまたダンチェッカーの独演会のために、もとい、別の謎の解明のために次回作、「ガニメデの優しい巨人」へと続くのである。これは次回のお楽しみ。

6・コレに興味を持ったヒトにすすめる作品


もちろんホーガン作品はぜひ。

エドモンド・ハミルトン「虚空の遺産」


月面で古代の軍事施設が発見された。どうやら人類はかつて太陽系に広がる帝国を築き上げていたらしく、さらに大宇宙に挑もうとしていた矢先に宇宙の敵に先制攻撃を受けて文明を喪失したらしい。大宇宙の謎を求めて、探検隊は残されていた超光速宇宙船で出発するのだが・・・スペースオペラの大家の描く異色作。

グレゴリイ・ベンフォード「夜の大海の中で」


 突如軌道を変更し、地球への衝突の危機が迫る特異小惑星・イカルス。ナイジェルは火星探査ミッションへの参加の予定を変更され、爆破のためにイカルスへ赴くが・・・

一人の科学者の生き様とその人生の節目ごとに太陽系に出現する謎の無機物体の調査を描く。こちらも実は人類の…

あと、解説で言及されているアルジス・バドリス「無頼の月」はSFマガジン1961年8月~11月号に連載されているそうだ。物質転送機を使って即死トラップ満載の月の遺跡に挑む話(だが、実際は違う)らしい。でも抄訳。

7・少々ネタ談義


タイトル 傾向と対策


映画:「機動戦士Zガンダム 星を継ぐ者」 TV:ジーンシャフト第一話「惑星を継ぐ者」

漫画:戸田尚伸「惑星を継ぐ者」 TV:ふしぎの海のナディア最終話「星を継ぐ者」などなど

「Z」で継ぐのは何だ?もしや予告編に出てきた木星?

やっぱりあるある翻訳上の注意点


「スカイライン」=「地平線」、タイコ=ティコ(チコ)・クレーター かの石板*1発掘地点

「アニヒレーター」(Annihilate 全滅・壊滅させる Annihilation 物質・反物質の対消滅を意味する)*2

「原理と機能を一言で表している」といわれても、ちゃんと解説しないと分からんと思うがコレ。第一、英語でそうなっただけのような。

「ファーザー・クリスマス」 サンタクロースの俗称(おもにイギリス)

その男、所属不明につき


 「それは歴史の中で隠蔽された過去の宇宙飛行士では?」なんて言葉も期待してたんだが。

しかし、真紅の宇宙服って月面での戦闘では目立つ。整備班専用なのか(でもコリエルの戦闘服は青)実は殺る気満々で、戦闘力当社比30%増なのか。「2001年」のボーマン船長を参考にしたというのが一番かも。

ルナリアン


SF世界では、月の住人は「ルナリアン」が標準(プラネテスのノノ、ガンダム0083のニナも自らこう名乗っている)。ウエルズの作品での月の住人は「セレナイト」。ムーリアン・ムーシャンは少々語呂が悪いので使用されない…のだろうか。ムーンレイスなんて言い方もあるが。

トライマグニスコープ


ニュートリノビームで内部を透視する機械は鈴木光司「リング」シリーズの三巻目「ループ」にも登場する。「ループ」はヒトガンウイルス・人工生命といいネタは持ってきてるんだが、それまでの「リング」「らせん」の世界を「(検閲)」にしてしまうのはいかがなものか。とにかく、現在の技術ではニュートリノを捕らえることそのものがなかなか難しいので実用化は難しいだろう。あらゆるシールドを貫通する通信手段としてなら有望かも

ちなみに、私はリング・らせん・ループをSFとして興味深く読みましたが、映画版は見たことがありません(何)

プロローグ


折りたたみテントやヘルメットの飲食用チューブ(通例、自殺用の毒薬なんかも入ってたりする)の記述は無いが、チャーリーやコリエルたちはどうやって月面(基地外)で缶詰や食糧コンテナの中身を食ったのだろうか?

ちなみにコリエルが「巨人」とされているのは、決して彼がガニメアンだからではない。

ルナリアンの「巨人伝説」


記述を見る限り、ルナリアンは自分たちの進化の途中に去っていった巨人たちを何らかの形で記憶していた?

なんとなく「オーバーロード」(幼年期の終わり)とかを思い出させる設定ではある。

エピローグ


SF映画なんかでありそうな展開。オーパーツ(その時代にあるはずのない遺留物 Out Of Place ARTifacts)ネタ。

このラストについて、センス・オブ・ワンダーの「駄目押し」とする好意的な意見が巻末に出ている一方、「SF的に大きな落とし穴」と評する動きもある。(「プロテウス・オペレーション」巻末 川又千秋の解説より) 別にそこまで悪いと思わないがなぁ。ちなみに、「2001年」に影響を受けながら、ここは「3001年」を先取りしてるかも。

2018.11.22 Yahoo!ジオシティーズより移行
http://www.geocities.jp/tohoku_sf/dokushokai/inherit_the_stars.html
なお、内容は執筆当時を反映し古い情報に基づいていることがあります by ちゃあしう
最終更新:2019年03月26日 00:07

*1 『2001年宇宙の旅』における「TMA・1」こと第2モノリス

*2 なお、『全滅領域』で有名になったように?正しい発音は"アナイアレーター" 古参レイヴンやニュービーニンジャヘッズにはなじみか by移行者