半人半霊の半人前

半人半霊の半人前 ◆gcfw5mBdTg




 妖怪が人を襲うのに御誂え向きの佳い夜。
 人間の手が加えられていない、どこか妖しい雰囲気の街道。

 街道の夜を覆う静謐な静寂に雑音が混じり始める。
 砂利は忙しなく音を立て始め、落ち葉は吹き散らされていく。

 その原因は人間を逸脱した身体能力を以って息一つ切らさずに加速を続ける少女。
 人間換算では十代前半といった幼い体躯。
 肩の辺りで切り揃えられた、闇の中でも尚輝く銀髪。
 銀髪を彩る漆黒のリボン付きのカチューシャ。
 透徹な海の色の双眸は決して下を向かず、前へ、未来へと進む意思を籠めている。

 少女の傍らには、ふよふよと漂いながら少女のスピードに離されずに同行している青白い人魂。
 この幽霊は会場に生息している訳ではなく、さりとて少女の支給品でも無ければ、参加者の成れの果てでもない。

 幽霊の名は少女と同じく魂魄妖夢。
 魂魄家は代々が人間と幽霊のハーフという特殊な家系なのである。
 半人半霊と名付けられた魂魄妖夢の種族は、人間部分だけでも幽霊部分だけでも不完全。
 両方が備わって初めて魂魄妖夢という一つの存在を構成している。

 妖夢は道中幾度となく視界を左右に揺らし、主である西行寺幽々子を見つける為、遮二無二に疾走している。
 時折、西行寺幽々子の名前を零し言葉は白い息となって消えていく。

 居場所に見当を付けられれば良いのだが、目安になりそうな西行寺家の住居は地図に載っていない。
 性格から居場所を判断しようにも、雲のように掴み所の無い西行寺幽々子の心中は長年を共に過ごした妖夢ですら読み取れた試しは無い。

 人との遭遇を望んで駆け回り、逢えた人が幽々子様ならばそれでよし。
 友好的な他者ならば幽々子様の居場所を尋ね、敵対的な他者ならば切り捨てる。
 必然的に妖夢はこのような運分天分に任せた方針に落ち着いた。

 逢う人によってしか行動を決められない妖夢にとって、人がいそうな所ならば何処に行った所で同じ事。
 そして何処に行っても構わぬのなら、利がありそうな目的地を定めるのが道理。

 しばしの刻を経て、一時的な目的地である香霖堂を視界に捉える。

 妖夢は以前、此処に捜し物の情報を尋ねる為に立ち寄った事がある。
 今回の用事も同じく捜し物を求めての訪問だ。





 魂魄妖夢が捜し求めるものは西行寺幽々子を除けば二個。

 どちらも先程の戦いが原因だ。

 相手の名はフランドール・スカーレット
 幻想郷でのパワーバランスの一角を担うスカーレット家の次女。
 彼女を知っている参加者に名簿を見せ、この中で誰が一番凶悪かをアンケートすれば確実に上位に入るであろう悪魔。
 妖夢が彼女を躊躇せず不意討ちしたのも、そのアンケートに彼女を挙げるほどの悪印象を持っていたからだ。

 そして妖夢は、そのフランドールに不意討ちしたにも関わらず敗北した。
 襲撃は悟られ怪我一つ負わせられず反撃を貰うという醜態を晒す。
 戦況が悪化する前に離脱し怪我を今後に影響は無い程度に抑えたとはいえ、惨敗した事にはなんら変わりは無い。

 自らの脆弱さを再認識した妖夢が香霖堂へ求めるものの一つは刀剣類。
 西行寺幽々子の捜索が最優先目標ということに変わりは無い。
 しかし、捜索の邪魔にならない程度には剣士としての本領発揮を求める必要がある。

 魂魄妖夢は、冥界にある西行寺家の専属庭師と西行寺幽々子の警護役の二代目を勤めている。
 だが、警護の役目を勤めるには非常に心苦しい問題があった。

 それは……西行寺幽々子が警護である妖夢よりも強いということだ。
 死を操るという幻想郷でも屈指の能力を持ち、能力を抜きにしても折り紙付きの実力である。
 西行寺家の警護といっても実質は露払いとなんら変わりない。
 生真面目で愚直な妖夢は、常々其の事を悔やみ、今は何処かへと去った師匠の教えに従い未熟を克服しようと日々習熟していた。

 要は……西行寺幽々子よりも弱い妖夢が傘一本で勝てるような相手を斬り捨てたとしても、西行寺幽々子にとって意味は薄いのだ。

 例え弱くとも、害を為す者を見逃すつもりは無い。
 しかし、その程度の者を斬った所で幽々子様の助けになっていると胸を張れるものか!
 この地で、幽々子様に仇なす輩を斬り潰し、皆と共に幻想郷へと帰還してこそ魂魄家の責務を果たせる!

 幼き体に宿したプライドに従い、魂魄妖夢はそう考えている。

 そして妖夢は刀剣類の入手方法に考えを巡らせ。
 参加者の持ち物が没収されていたとしても、施設に置いてある物はその限りでは無い可能性に思い至る。
 その可能性から地図の施設での刀剣類の記憶を探り、地理的にも近い香霖堂に思考が行き着いたのである。





 香霖堂へと訪れた二つ目の理由は…………吸血鬼の爪に裂かれた事が原因である。

 胸から腰まで縦一閃。
 怪我自体は浅く出血も既に止まり、然程の問題では無い。
 日々の全てを仕事と鍛錬に費やしている妖夢は、この程度では支障が出る柔な鍛え方はしていない。

 問題は斬られたという事象。

 人体の中心線を縦に浅く切り裂かれ、被害が肉体だけというのは在り得ない。
 五本の鋭い爪を備えた右手を翳し、胸から腰まで振り下ろしたのだ。

 ――当然、その軌跡には布が有る。

 胸元に黒く可憐なリボンが付いた半袖のYシャツ。
 Yシャツの上に羽織られたエメラルドグリーンのベスト。
 細い身体の輪郭を膝まで包む、少女の証である緑のスカート。

 暴虐の爪の軌跡に巻き込まれたこの三点からはビリビリッと、いう小気味良い音が流れ。

 上着は左右にだらりと花弁を開き、なだらかな起伏が見受けられる白雪の肌を覗かせ。
 スカートの上端が破られ、最後の砦を秘する為のドロワーズが少々露出し。
 清潔感ある柔らかな生地のドロワーズは、血液の細い川により純白の一部を朱に濡らしてしまった。

 年頃の女性が胸部に使用する必需品は、必要性が未だに見受けられないのか元から身に付けていない。
 もし身に着けていても、双丘を支える部分を繋げるラインの戒めを解かれ、上着と同様に用を成さなくなっていた事だろう。

 妖夢は生来から、物事の影響を受けやすいという利点にも欠点にも成りえる強力な感受性を持っている。
 そんな妖夢にとって、眩いばかりの肌が覗くこの状況は非常によろしくなかった。

 耳まで真っ赤に染め、露になった胸元に細い指を磁石のように圧力を籠め露出を防ぐ為に這わせている。
 必死な努力ではあるが、それでも時折、ひんやりとした空気が透き通るような白さの柔肌を撫ぜていく。

 危険を察知すれば、流石に指も離れるだろうが……妖夢としては余り想像したくない事態に違いない。
 参加者は一人を除いて女性だけとはいえ、年頃の乙女としてこの様な格好を誰かに見られるのは堪えるだろう。

 精神衛生的にも危ないが、過度の肌の露出は戦闘にも悪影響をもたらす。
 若く半人前である妖夢の精神統一は未だ未熟。
 意識の一部だけを思考の外に押し出すなどという器用な真似は望めない。

 幽々子様を守る為ならば、と必死に堪えて戦う事ならば出来る。
 しかし、堪える為に思考を分散しては戦力の低下を招いてしまう。
 軽視できる事態ではない。

 妖夢が香霖堂へと訪れた二つ目の理由は衣服。
 家屋ならば衣服は確実に有るという至極当然の考えからである。

 余談だが現在、妖夢の瞳が前だけを見ているのは、目線を下に向けたくないという意思も少々混じっている。






 ――で、今に至る。

 静けさの響き渡る闇夜。

 一般家屋に比べて、かなりの大きさを誇る。
 洋風とも和風とも判別できない不思議な建築様式の屋敷。
 人間と妖怪の境界である魔法の森の入り口に存在する、古道具屋、香霖堂。

 枝の隙間から差し込む幽かな月光が、その全貌を明かしている。
 玄関の近くには塵の様に積み重なっている、信楽焼きの狸や壷、箱、など様々な道具。
 野外に置いてあるという事は恐らく不良在庫なのだろう。

 周囲には魔法の森の木々が牢獄の鉄格子のように立ち並び。
 裏には鍵の付けられた倉と、漂白されたように白い花弁の桜が聳えている。

 思いもよらぬ運命に巻き込まれ、見知らぬ土地へと送られた。
 そんな妖夢にとって見覚えのある光景を肉眼で確認した事は感慨を抱かせた。
 安心感からか、寂しさからか、幽かに笑みを漏らす。



 妖夢は一通り視線を巡らせ周囲の気配を探ったが、異常は感知できない。
 音を発するものは時たま吹く風だけである。

 最後に屋根の上をチラリと確認し。
 礼儀正しいという印象を他者へ与える立ち振る舞いで扉に手を掛け、足を踏み入れる。

 扉に細工がされているのか、カランカランとその場に深く、重くベルが鳴り響いた。
 闇夜の静寂に響くその音色は聞く者に不安と恐怖を感じさせる

(お邪魔しますね)

 心の中で一礼し、硝子の窓から差し込む月光を頼りに悠然と眼下に広がる光景を見回す。

 店主の座る為の椅子。
 春だというのに片付けていないストーブ。
 大きい壷や机などの家具。
 他には商品として、御菓子や茶などの嗜好品、種々雑多な道具類。

 調査の結果、辺りの空間からは妖夢と道具以外の気配を感じない。
 妖夢は奥へと歩みを進める。

(たしか、玄関の商品群を抜けた居間に――)

 妖夢は店の玄関を抜けたすぐ先の居間までは上がったことがある。
 その際に飾り棚に置いてる剣を目撃していた。

 美しく鍛え上げられた白刃。
 人を害する為に生み出された道具とは思えない神々しさ。
 香霖堂へ剣の入手へ向かうという案には、一度この剣を扱ってみたい、という思考も一端も担っている。

 妖夢は居間へと繋ぐ障子を開き、飾り棚へと目をきらきらさせた期待の眼差しを向ける。
 夢に想いを馳せる子供のような顔だ。


 しかし、妖夢の瞳に剣の姿は影も形も映らない。
 其処に有るべき筈の霧雨の剣はすっぽりと失われていた。

 表情が寸秒、凍てつく。
 自らの希望が裏切られたことに気づいたのだろう。
 脱力感に見舞われた妖夢は、その場にぺたりと座り込み。

(うー……幽々子様のお役に立つには必要なのに……)

 施設に置いてあっても没収されるのか、先客がいたのか、運悪く店主が所持していたのか。
 唯、此処での入手が不可能であるという事実だけが残っていた。

(私の剣がぁ……。何処へいったんだろう……)

 恨めしげに虚空に理由を問うも答えは返ってこず。
 むむ、と苦虫を噛み潰し、未練がましく飾り棚を一瞥した後、暗然たる心持ちで別の部屋へと赴く。






 目的は台所の包丁。
 出来れば刃渡りの長い物が好ましい。

 数度しか訪れたことは無く、構造に詳しいわけではない。
 必死に記憶の糸を手繰り寄せ、店主が餅や茶を運んでいた方向を頼りに暗い廊下を進み台所へと辿り着く。

 釜戸に、鍋に、まな板。
 幻想郷における一般家庭となんら変わらない風景。

 西行寺家の台所を預かる者として包丁の在処に素早く的確に目星を付ける。
 二度ほど、戸棚を開く音が響いた後に、牛刀と中華包丁を手の内に収める妖夢。
 拝借し、慣れた様子ですらりと鞘から抜き刀身を凝視する。

(手入れは……十分かな。一応は古物屋ということね)

 中華包丁をスキマへと放り込み。
 刃渡り30cm程の牛刀は鞘に収め、腰の背中側に結び、取り回しのきくようにする。

 包丁の中では長いといえるが、短刀の代用品にはなっても長刀の代用品には及ばない。
 妖夢の愛用していた楼観剣は、使い手の身長に匹敵するという並の武芸者では扱えない程の長刀なのだ。
 心許ないが、長刀の代用品にはリーチの有る傘を継続して使うほか無い。






 妖夢は近場の布巾を水に濡らし傷口付近の血をしっかりと拭きとる。

(このドロワーズもなんとかならないかな……)

 血に濡れたドロワーズも腹部の血と同じように拭き取りたい。
 しかし、吸水性に優れている素材を使われたドロワーズは水分を逃がさずに吸収している。
 乾かす時間も予備の下着も無い今、脱いで水洗いする訳にはいかない。
 妖夢はドロワーズを物憂げに見つめ、染みを多少薄めようと乾いた布巾で少々拭き取り、それで我慢する事にした。




 台所での用事を済ませた妖夢は第二の目的である衣服の捜索に移る。
 居間へと戻り、片っ端から箪笥を開けると、早々に妖夢の知り合いである博麗霊夢の巫女服が鎮座していた。

(何故、霊夢の服が香霖堂の箪笥にあるんでしょうか……)

 二人の関係を詳しく知らない妖夢の脳裏に当然の疑問と店主の歪んだ人格が浮かびあがり、視線が冷ややかになるが。
 幸いにして、近くに置いてあった作り掛けの巫女服と裁縫道具により評価を今一度正された。

 その後も妖夢は居間の箪笥捜索を続け。
 箪笥には女性の衣服が二種類、男性の服が一種類の計三種類の衣服が全て複数詰められている事が判明した。

 一つ目は先程の紅白巫女服。
 一見すると全てが同じように見えるが、リボンの色や細かいデザイン等に変更点が垣間見える。
 ただ、腋の露出と色彩が紅白で構成されている事だけは全てに共通していた。

 次に霧雨魔理沙の黒白エプロンドレス。
 霊夢の巫女服と比べれば変化が見られるが、やはりこれも似たような物が多い。

 最後に店主の着物。
 青と黒の境界が所々に配置された彩り。
 上半身はインナーの上に和風とも中国風とも取れない着物、下半身はズボンという構造の衣服。
 腰から前と左右に一つずつ垂れている細い前掛けが目を惹く。
 大体は妖夢ではぶかぶかになるサイズだったが、幼少時の物と見受けられる小さいサイズも少しだけ混じっていた。
 それでも男女の差かサイズは妖夢より多少大きい。

 下着は残念ながら見つからなかった。
 女性の衣服があっても女性の下着まであるとは限らない。
 万が一あったとしても別の部屋なのだろう。
 悠長に贅沢を言える状況ではない妖夢は時間を惜しみ、泣く泣く下着を諦める。





 沈黙。そして少しの思案。
 内容はどの衣服を選ぶか。

(ましなのは……これかなぁ)

 妖夢は今日何度目かも分からぬ溜息をつき、店主の着物を選ぶ。

 決め手はスカートの有無。
 スカートでは派手なアクションをとる際躊躇を招く危険性がある。
 幻想郷には女性が多いというのも相まって、普段ならスカートでもなんら支障は無い。
 しかし……今の血に濡れたドロワーズでは否が応にも注意を惹き付ける。

 もし誰かに見られたとしたら――散々口汚く罵られるか、盛大に呆れられるか、遠い眼で下手な同情をされるか。
 見られる覚悟があっても妖夢の精神に傷が付くのは想像に難くない。
 当然だがドロワーズを脱ぐのは論外である。


 衣服も決定し、全てが静止した空間の中、脱衣を始める妖夢。

 早めに済ませよう、と破れたベストに手を掛け袖から右腕……左腕と順番に抜いていく。
 闇の中に、乾いた衣擦れの音だけが響き……四色で構成された上半身から緑色は失われた。

 次いで、Yシャツ。
 中央の布が無くなったYシャツはベストと同じ要領で容易に脱ぐことが出来る。
 指を掛け、柔らかな二の腕を歪ませながら、袖から腕を抜きさる。

 まだ温もりが抜け切っていないYシャツが、ふぁさっ、とベストの上へと舞い降りる。

 防衛線も解かれ、肢体が余す所なく晒された。
 妖夢は少し落ち着かなさそうに、視線をあちらこちらへ彷徨わせる。
 純白の雪原には、微かに震える、穏やかな初々しい丘陵。
 すっとした綺麗な首のラインが魅力的な曲線を見せる。
 呼吸に合わせ上下するお腹は小さく上品な臍のくぼみを中心に程よく締まっている。
 盗品を着用する後ろめたさと少々の緊張により、雪のように白い肌に汗のヴェールを浮かせている。

 妖夢は隆起の少ない控えめな上半身に視線を落とし、真っ白なお腹に残る傷を視界に入れる。
 傷を細い指の先で、軽く、ごく軽く、肌を馴染ませるようにゆるりと撫でる。
 くすぐったさを感じながら、切なげに眉を寄せた。

 刹那、うっすらと汗で濡れた白雪の表面を冷たい風がさらりと撫でていく。

 …………っ……ぁ。
 蛇が背を舐めるが如く不快な感覚は背筋を駆け上って本能に警告を与え。
 隙間風であることを瞬時に理解していても体に動作を強制させる。

 びくりと双肩が跳ねる、と同時に優しく包み込む様な感覚が胸元を覆った。
 刀を精妙に扱える指を絡め合い、母性の象徴の麓から頂までを護るように重ねている。
 心臓がドクンドクンと脈打っているのを手で感じ、びくり、と身体を一瞬すくませた。
 内心の微かな動揺を抑えつつ、ほう、と切ない息を漏らす。
 その姿は女の子独特の甘い芳香が漂ってくるかのような錯覚すら感じさせ、やたら妖しく見えた。

 若干の心の余裕を取り戻した妖夢は、肌を這いよるように指を動かし下半身を守る留め具へと到達させる。
 手の動きに合わせて視線は動き、泳ぎ、ちらちらと見つめている。

 一瞬逡巡、そして留め具を抓み、外す。
 儚い抵抗を見せたスカートは、やがて、するりと滑り。
 小さく、とても小さく聞こえる、ぱさりと布切れが落ちる音。
 足指にスカートが絡まり、下肢がびくりと震える。

 生まれたままの姿から靴下とドロワーズの二糸を隔てた、無垢な乙女の肢体。
 裸身を守る無防備に晒されたドロワーズ。
 真っ白なそれの一部が、ぐじゅりと、濡れている。

 肌寒さを覚えた妖夢は、いとけない仕草で、内股気味に寄った太ももをもじもじと擦り合わせる。
 血液の冷たい違和感が恥ずかしいのだろう。

 空気が漏れるようなかすかな音が喉から漏れた後、脚を曲げ、素早くスカートを抜き取った。


 脱衣を終わらせた妖夢。
 着衣を始める為に、怯ず怯ずと替えのズボンを手に取り、下半身の前に合わせる。
 張りのある、ほどよく肉付きのいい脚を差し出し、片脚ずつズボンの内側に収めていく。

 次は、手の甲手前まで袖の丈がある漆黒のインナー。
 インナーは妖夢の肌にぴったりとフィットし体の線をくっきりと浮かび上がらせている。

 次は着物。
 複雑な構造に戸惑いながらも、両袖を通し、環にした紐を肩口に通し、帯を締め。
 最後に多少のサイズの差を修正する為に着物の袖とズボンの裾を折り曲げ調整する。
 互いの熱が平衡化していくにつれ肌に馴染んでいき、妖夢の青味を含んだ白い頬が綻んだ。

 何事も無く終わった事に安堵の溜め息をついて胸を撫で下ろす。





 全ての用事を済ませた妖夢は表情を引き締め、踵を返し玄関から外に出る。

 心残りは衣服と包丁の代価。
 生真面目な妖夢はその事に少々の後悔と一抹の不安を覚える

(ここの店主に貸しを作ると、碌な目に遭わないのですよね……)

 素直に代価を払っていく、という案は実行できない。
 なにしろ、西行寺家の庭師兼警護の仕事は無給かつ無休という厳しい労働環境。
 当然そこに勤めている妖夢は、お使いなどを除けば基本的に無一文なのだ。

 店主への謝罪の言葉を心中に創り出しながら。
 入店時と同じく、扉をカランカランと鳴らし、星の瞬くその世界の下へと足を踏み出す。

 香霖堂から去る前に裏の桜を眼に映す。
 花弁が雪のように白い、妖艶な雰囲気を醸す桜。
 妖夢はこの異常な桜を見て、白玉楼の狂い咲く桜をこよなく愛していた主、西行寺幽々子の幻影を想起する。


(――幽々子様。必ずや、私は貴方のお役に立ってみせます)

 従者として、敬愛する者として、魂魄妖夢として、心中に言葉を漏らす。
 傍らの半霊がその言葉に応えるように、くるり、と回った。

【F-4 香霖堂前・一日目 黎明】
【魂魄妖夢】
[状態]胸から腰にかけての軽い裂傷
[装備]八雲紫の傘、牛刀、香霖堂店主の衣服
[道具]支給品一式、中華包丁、魂魄妖夢の衣服(破損)、博麗霊夢の衣服一着、霧雨魔理沙の衣服一着、不明アイテム(0~2)
[思考・状況]他者への聞き込みと足での捜索による幽々子様の発見、そして護衛。
       危害を加えそうな人物の排除。相手が悪ければ引くことを辞さない。


35:盗まれた夢/Theft of Dreams 時系列順 38:歯車であること
36:マヨヒガの黒猫(マインドラビリンス) 投下順 38:歯車であること
12:矛盾~ほこたて 魂魄妖夢 68:108式ナイトバード


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最終更新:2009年06月22日 23:01
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