ホワイトアウトな奥遠和の監視網 ◆27ZYfcW1SM
「はぁ……やれやれ、だわ」
眼下に広がるは等間隔に置かれた石。石の下には人間だったもの……
死者の骨が眠っている。
ここは無縁塚。幻想郷に迷い込んだ名のとおり、親族者のいない無縁の者たちの墓場だ。
そんなところをスタート地点に指定されれば、気分が萎えるのも肯ける気がする。
今背中を預けている桜の木にはもう、今か今かと春を待っているように紫色のつぼみを膨らませている。
この様子じゃ満開は近いだろう。
もっとも、この紫色の桜を見て騒ごうと思う者は幻想郷には居ないのかもしれないが。
「支給品もこんなのだし……」
それは長くて、重い、もともとの道具なら草を刈るための道具、小野塚小町が持っていた死神の鎌だった。
スローイングナイフを好んで使用している彼女にとっては、この鎌は接近戦特化であり、腕に負担のかけるほど重い。だからあまりうれしくなかった。それでも、ちゃんとした武器に出会えたことは幸運であろう。
墓地で大鎌を持った自分。
傍から見たら死神に見えるかも知れない。
「それはそれでカッコいいかもしれないけど……」
ぐっ、と鎌を持ち上げた。
「今は、面倒ね!」
自身の体をコンパスのように回転させ、大鎌を墓の一つに向かって投げた。
グオングオンと禍々しいほどの風切り音を発しながら大鎌は中を滑る。向かう先には一つの墓石があった。その墓石には『なぜか』薄い氷の膜のような羽が生えている。
墓石が劣化していたのか、はたまたこの鎌の切れ味が異常なのか、その墓石は砕け散った。
墓石の向こう側から出てきたのは淡い青の髪。頭だけが墓石から覗いている。
咲夜はだるそうに反作用でこちら側に戻ってきた鎌を地面から抜いた。
「出てきたらどう? 頭が丸見えよ。頭隠して尻隠さずって言葉あるけど頭すら隠してないあなたは馬鹿?」
するとあわてたように頭が引っ込んだ。
「……頭かくして馬鹿丸出し」
「馬鹿っていうな!」
「馬鹿隠して姿丸出し」
咲夜は相変わらずの冷めた目線で砕け散った墓石の上に立つ妖精を眺めた。
墓石の上に立つ妖精は胸を張ってずらずらと言葉を並べた。
「ふん! このまま何も喋らなかったら見逃してあげたって言うのに、あんたって本当にば……」
「さてと」
再びコンパス運動、もちろん手には先ほど拾った大鎌が握られている。いや、今放された。
「なななななな!」
突然飛んできた鎌に驚いた
チルノはバランスを崩し、墓石の上を転げ落ちる。
結果的には鎌をかわすことが出来た。
鎌は相変わらずグオングオンと音を立ててチルノの居た場所を通過して、奥の桜の木に刺さった。
「な、なにするのさ!」
「決まってるじゃない。見逃してくれなさそうだから力でねじ伏せようかと思って」
「そ、そんな……いや、まてよ」
チルノは考えた。相手は人間だ。そしてあの凶悪な鎌は今投げて手元に無い。
「ふふん! それなら私にも考えがあるわ。全力でやっつけてやる」
「あらあら? 今までは全力じゃなかったのかしら?」
「ふん、ふん! 今からはLunaticよ」
記憶の奥底に眠っていた情報だが、咲夜は時を止める能力以外特別な能力は無い。
だから白黒みたいに通常ショットが魔法ではなく、ナイフなのだ。
時を止める能力は驚異的だが、自分の能力と同じく殆ど封印されているとしたら、素手の人間相手に自分が負ける要素が無かった。
だけど、咲夜は冷静にこう返した。
「なら私はLunaticシューターになるわ」
「ああ、もう! 怒ったぞ! 喰らえ、氷符「アイシクルフォール」」
小さな氷柱型の弾幕が咲夜を包み込むように展開される。
自称Lunaticの弾幕で放った氷符はEasyに比べれば密度は濃い、しかし、Lunaticと称するには少ないだろう。
おまけに咲夜の体力は満タンだ。すいすいと避けられてしまう。
「だー! 避けるな」
「避けるものでしょうに……あ! 言い忘れてたわ」
避けながら咲夜はチルノに話しかける。チルノはこいつ集中しろよと思ったが「なにさ!」と返した。
咲夜はとても申し訳なさそうに言った。
「ナイフがないから弾幕張れないの」
「え?」
弾幕が張れない? ということはノーショット?
こちらは弾幕を張るのに体力を消費するため、時間制限がある。
ならば避け続けるほうが楽か?
実を言うと答えは楽ではない。
本当の弾幕ごっこなら空中を飛ぶため、避けるのは比較的楽であり、弾幕を張るほうが負けてしまう。
しかし、今は地上戦だ。
足を回せばそれだけ息が切れるし、カロリーの消費も激しい。
空を飛ぶ場合は全方向に逃げ場があるのに対し、地上は水平360度以内と行動が制限されるから、避けることも難しくなる。
チルノは思った。この勝負……勝てる!
っと思ったのが浅はかだったのは言うまでも無い。
「だからしっかり避けてね」
咲夜が何かを投げた。最初は石ころだと思った。しかし自分に当てるにはあまりにも力が無い。ほら、足元に落ちてしまった。
「やーい、はずしてるよー!」
「だから避けなさいって」
「え? それどうい……」
次の瞬間、その投げたものが爆発した。
「へぇ、思った以上の効果ね」
咲夜は倒れたチルノを見ながら呟いた。
そのチルノはというと、目をまわしている。
突然五感のうちの2つをつぶされて混乱しているようだ。
フラッシュバン。
またはスタン・グレネードと呼ばれる武器。
強烈な閃光と大音量で敵を無力化させる装置である。
破片手榴弾と違って、殺傷能力は殆ど無い。
「あんまり強い相手に喧嘩売るとひどい目にあうわよ。氷精さん」
警告ともアドバイスとも取れる事を一言残し、咲夜は木に刺さった鎌を抜いた。
「まぁ、この氷精に負けるほどお嬢様たちは弱くないでしょう。ああ、早く見つけなければ」
咲夜はチルノを横目に紅魔館へと足を向けた。
【D-1 平原・一日目 深夜】
【十六夜咲夜】
[状態]健康
[装備]死神の鎌
[道具]支給品一式、不明アイテム(0~1)、フラッシュバン(残り2個)
[思考・状況]さて、どこに行きましょうか?
【チルノ】
[状態]気絶
[装備]なし
[道具]支給品一式、不明アイテム(1~3)
[思考・状況]気絶中
「あやややややや、さすが紅魔館のメイド長。あっという間に倒してしまいましたよ」
無縁塚から少し離れた木の上。幻想郷のブン屋、射命丸文は一部始終を観測していた。
名簿のマージンに『咲夜:鎌、爆弾』と書かれた。その下に『チルノ: 』と書かれてある。
そのデータを見てうんと呟く射命丸。
「殺さなかったところを見るとこのゲームには参加していないか……? 氷精はどうでもいいや」
射命丸はふっと微笑んだ。
このゲームはいわば戦争。
私は殺して回る積極的な参加者と考えよう。
そして、私以外にも積極的な参加者がいることは事実だ。
戦争行為をするには経済力が必要だ。
一発銃を撃つのに一発の銃弾の値段だけ、一発のミサイルに何千万円と……
戦争に勝つには戦力、戦略、運。
運はどうしようもない。個人戦なので戦力の増強も難しい。しかし、戦略ならいくらでも編み出すことが出来る。
戦争=このゲームなら、戦力=個人の能力・武器、そして経済力=体力だ。
わざわざいずれ減る参加者に無駄な戦争を吹っかけて、経済力を削る位なら、情報を集めて軍備増強をし、最後の敵国を打ち破るほうが効率も成功率も高い。
待っているだけで利益を得られる。さらに動いたらもっと利益が得られる。
私は動く。情報操作だ。
戦争は情報戦が主だ。
その情報に間違いが含まれたら戦場は混乱する。
嘘の情報は百発の銃弾よりも強力だ。
たとえ話だが、あのメイドが私みたいな積極的な参加者という嘘情報をばら撒けば、チームを作るような消極的な参加者はあのメイドを警戒、うまくいけば殺してくれるだろう。
ほら簡単、私の手を汚さずにメイドを殺せましたとさ。
積極的な参加者が優勝を手に入れたいならば、私は戦場を手に入れたい。優勝はそのおまけだ。
「さてさて、もっと情報を手に入れますか」
射命丸は次の観測地点を目指して跳躍した。
【D-1 一日目 深夜】
【射命丸文】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]支給品一式、不明アイテム(1~3)
[思考・状況]情報収集&情報操作に徹する
殺し合いには乗るがまだ時期ではない
最終更新:2009年05月16日 18:29