紅の門番と紅い神様と

紅の門番と紅い神様と ◆Ok1sMSayUQ





「うー……どうしましょう……」

 とぼとぼと森を歩きながら紅魔館の門番こと紅美鈴は自分の主人や同僚のメイド長、他の紅魔館の面々のことを考えていた。
 殺し合い……弾幕ごっこのようなものならともかく、本気でやるのだとしたらとてもじゃないが参加する気になんてなれない。
 実際美鈴も最初に『棄権する者はいるか』と尋ねられたときに手を上げたのだが、運が良かったのか悪かったのか指名はされず、自分の首が弾け飛ぶことはなかった。

 その事実に安心する一方、未だ己は悪夢の渦中にいるのだと思いもする。
 首筋で冷たく光っている金属の感触。触るたびにこれは夢ではないのだと認識させられる。
 最後の一人になるまで血で血を洗って……

 腕に覚えがない、というと嘘になるが弾幕以前の実力勝負でも、どう足掻いたって紅魔館の主であり、自分の主人でもあるレミリア・スカーレットには勝てないし、そもそも勝負する気も起こらない。
 というより、紅魔館の面子で勝てるような相手がいるかどうか……少し考えて、美鈴の口から出たのは諦めを含んだため息が一つだった。

 無理だ。一秒ではじき出した結論を噛み締め、ならば殺し合いに乗ることなく生きて帰るにはどうすればいいのかと考える。
 一番手っ取り早いのは実力があり、尚且つ頭の切れる人間(か妖怪)にくっついて行動することだ。

「……お嬢様ですね」

 異変を解決している紅白の巫女とはそんなに親しいわけではないし、大体紅魔館の門番である美鈴は知らない連中の方が多いのだ。
 結局はレミリアに集約するということか。まあお嬢様なら大丈夫だろうと思いかけて、ふと考える。

 ……レミリアは本当に自分を必要としているだろうか?



 確かにレミリアとはそれなりに長い付き合いであるとはいえ、つまるところ主人と従者の関係でしかないし、専ら身辺の雑事は十六夜咲夜に任せている。戦力的にも自分はそこそこ強い程度にしか思われてないだろうし、実際そうであるという自覚は悲しいことに、ある。
 人間の里では腕比べに丁度いい妖怪、なんて噂が立っていたのを苦笑して聞き流していたのを思い出す。
 しかも何でも華麗かつ瀟洒にこなせる咲夜だけではなく、知識の本とも言えるパチュリー・ノーレッジや全てを破壊する能力の持ち主であるフランドール・スカーレットという最強、いや最凶の矛がいる。

 こうしてみるとなんで自分が紅魔館にいられるのだろうと思うくらいのプロフェッショナル集団である。
 果たしてこの面子に比べて、自分の重要度は如何ほどだろうか。考えてみて、美鈴は泣きたくなってきた。
 いてもいなくても差し障り無い程度の実力……物語で言えば敵陣に突撃して帰ってこない将兵の一というところだろうか。
 実際、主人のレミリアは我侭かつ尊大だ。言わば帝王的存在の彼女が自分のために命を張ってくれるか、と聞かれると……

「いけませんいけません! 何考えてるんですか私は! 使い捨ての駒にされるだけだなんてこれっぽっちも……あー、でも……」

 最近自分との会話も少なくなってきたし、あんまり名前で呼ばれてない気がするし(おい、とかお前、くらい)。
 最初の説明の時だって自分が手を上げていたのを尻目にレミリアは終始冷静な様子で手も上げなかった。つまりレミリアは何か嫌な雰囲気を感じ取っていたわけで、それも見抜けなかった自分はとんでもない間抜けということで……

 暗澹たる思いが立ち込め、美鈴の頭を暗く閉ざす。考えれば考えるほど見捨てる要素が増えていくのだ。
 主人のことが信じられないというわけではないが、疑う要素は無視できる量ではないのもれっきとした事実だった。
 かといって、他に無条件で仲間に入れてくれそうな友人などがいるはずもなく、美鈴は己の狭い交友関係に愕然とした。

 戦うも地獄、逃げるも地獄。
 将棋で言う『詰み』の状態なのだと認識した美鈴は走馬灯のように昔に思いを馳せることにした。いわゆる現実逃避である。



 庭の手入れ、最近真面目にやってなかったなあ。もう少し綺麗にしておけばよかった……
 お昼寝の回数を減らしてちょっとでも新しい武術を身につけておきたかったなあ。
 その他、あれが食べたいあの本を読んでおけばよかった休暇を取って旅行にいきたかったなど願望を連ねてみるが、それにしても自分には心残りなことが少ないのかと呆れるだけだった。
 こんなのだから自分は紅魔館でも一番下の立場なのかもしれないと嘆息して、こうなったら人目のつかない場所で隠れつつ寝ようかと半ば自棄になってきたときだった。

「穣子ー! み~の~り~こ~! どこー!?」

 いきなり聞こえてきた大声に美鈴の心臓が大きく脈打った。恐らくは知り合いか誰かを探しているらしい声は留まるところを知らない。
 お姉ちゃんだから出てきなさい、とか食べ物あるから出てきなさい、とか幼児の母親のような口ぶりで叫び続ける。本人は必死なのだろう。
 それにしても無警戒に過ぎる。殺し合えと言われ、殺さなければ殺されるという状況で自分の居場所を知らせているようなものだ。
 現に自分は彼女の存在を感知し、さっそく声の元に辿り着く事ができた。

 紅葉の模様をあしらえた赤い色の服と、頭にアクセントのように添えられた紅葉の飾り。
 美鈴が知っている人物ではない。見たこともない。人間なのか妖怪なのかすら分からない。
 だが唯一分かることは、このまま彼女を放置しておくのは危険だということだ。自分は戦意がないから良かったようなものの、もし凶悪な妖怪にでも見つかったら間違いなく襲われるだろう。

 しばらく考えた末、美鈴は警告の意味も含めて彼女の前に出て行くことにする。放っておいてもよかったのだが、
 もし次の瞬間にでも襲撃されて死のうものなら美鈴としても気分が悪くなるだけだったし、初めて遭遇した人物だ。
 世間話くらいはできるだろうと踏んでのことだった。無論、美鈴自身のお人好しな部分が一枚噛んでいたのもあるのだが。

「あの~……別人ですみませんが……」
「穣子ー! じゃなかった……せっかく頑張って声出したのに……」

 がさがさと現れた美鈴に明らかに落胆し、肩を落とした彼女には若干の心労が見て取れた。『頑張った』なんて言うあたり普段は大人しいのかもしれない。
 なんとなく話が合うかもと考えた美鈴は礼儀正しく、ぺこりと一礼してから話を始めた。

「ええと、こんばんは……ですか? 紅美鈴、『くれない』に、美しい鈴って書いて美鈴です」
「あ、ご丁寧にどうも……秋静葉、『あき』に静かな葉っぱで静葉。名前の通り秋の神様なんだけど……そういえばその名前、聞いたことがあるわね。紅魔館ってところの門番さんだったかしら?」

 意外なことに目の前の人物、ではなく神様は自分のことを知っているらしい。神様は幻想郷でも珍しくはない存在だが、紅魔館、しかもその門番のことまで知っているのは驚きだった。
 はい、と頷いた美鈴に、静葉は微かに笑って続ける。

「人間の里にはよく行ったりするから。秋限定だけどね。もっとも、お喋りしてるのは妹の穣子の方なんだけど」

 ああ、と美鈴は納得する。人間の里に行くのなら紅魔館の門番の噂を聞いていてもおかしくない。やたら世間話が好きな妖怪だ、と。
 人間とよく話していることが思わぬ形で役に立ったのに感謝しつつ、美鈴は「妹さんを探しているみたいですね」と話の本題に入る。

「ああ、やっぱり聞かれてたか……恥ずかしい……うん、穣子って妹がいるんだけど、全然見つからなくて」
「まあそうですよね。なんだかここ、凄く広そうですし」
「美鈴さんも誰か探してるの?」
「え? 私……私は」

 はっきりとは言い出せず、もごもごと口ごもってしまう。何しろ先程まで主人や同僚が自分をどう扱うかについて考察し、不安を感じる結果になってしまっただけになってしまっていたのだから。
 逆に美鈴はあることを尋ねてみる。

「あの、変な質問で申し訳ないですが、どうして妹さんを探そうと?」
「? 本当に変な質問ね。妹だからに決まってるじゃない。あの子明るくて人懐っこいけど、こんな状況だもの。早く会って安心させてあげなくちゃ」


 そう言う静葉の目には、自身もどうしていいか分からないという怯えを含みながらも姉としての責任を果たそうという決意の色が窺えた。
 当たり前すぎる言葉と行動だったが、美鈴の心を直撃するには十分過ぎるものだった。

 姉妹という家族関係ではないにしても、自分はといえば同僚も主人も信じきれず、役立たずと捨てられるのが怖くなり挙句逃げ出そうとしている。
 神様ですらどうしていいか分からないという状況でありながら、それでもやるだけのことをやろうとしているのに。
 恥ずかしいと思いながらも、それでも不安は拭いきれない。静葉のように何が何でも合流しようという気持ちにはまだなれない。

 だがそれでも、このまま自棄になって何もかもを投げ出してしまおうという選択肢は消え失せていた。
 妥協案に過ぎないかもしれなかったが、今はこうしようと内心に決意して、美鈴は話を持ちかける。

「あの、もしよろしければ静葉さんのお手伝いをさせてもらえませんか?」
「え? 一緒に探してくれるの……? それはいいんだけど、どうして?」
「あはは……私の同僚や主はなんというか、とても強いので、探さなくてもいいかなって思いまして……だから今困ってる静葉さんの手助けをしたいだけです。いけませんか?」

 苦笑しながら理由を述べる。もちろん今語ったことの全てが本心というわけではない。まだ自分は逃げているだけなのかもしれない。
 それでも協力者が現れたことに喜びの表情を見せた静葉の顔色を見れば、決して間違ってはいないという思いを抱かせた。

「ありがとう、助かるわ。まだどうしたらいいのか分からない状況だけど……よろしくね、美鈴さん」
「ええ、こちらこそ。静葉さん。……それと、あんまり大声出しながら歩くのはどうかと……状況が状況ですし」
「あれは……その、全然誰もいないものだから、なんというか……ううん、そうね、気をつけるわ」

 己のミスに気付き、迂闊さに失笑しながらも自分に向けて差し出された手をしっかりと握る美鈴。

 この手から伝わる温かさが、希望の道標となりますように……そう願いながら。

【F-1 北部の森・一日目 深夜】
【紅美鈴】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]支給品一式 不明支給品(1~3)
[思考・状況]基本方針:とりあえず戦いたくはない
1.静葉と一緒に穣子を探す
2.紅魔館メンバーを探すかどうかは保留


【F-1北部の森・一日目?深夜】
【秋静葉】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]支給品一式 不明支給品(1~3)
[思考・状況]基本方針:妹を探す。後のことはまだ分からない
1.穣子を美鈴と一緒に探す


14:月の頭脳の苦渋 時系列順 16:夜空に輝く太陽
14:月の頭脳の苦渋 投下順 16:夜空に輝く太陽
紅美鈴 41:たなびく真紅/Crimson Wisps
秋静葉 41:たなびく真紅/Crimson Wisps


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最終更新:2009年04月19日 18:08
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