Gray Roller -我らは人狼なりや?-(前編)

Gray Roller -我らは人狼なりや?-(前編) ◆ZnsDLFmGsk



 目に映る世界は目まぐるしくその色を変えてゆく。

――14人、死んじゃったんだね

 みんなの何が変わったのだろう。
 私も何かが変わったのだろうか。

 みんなは何か変わったのだろうか。
 それは幸せなことか不幸なことか。


「つまり端的言って私は、因幡てゐを殺すべきだとそう思うのです」

 伏し目がちになりながら、やたら低いトーンでさとりが言った。
 話し合いがとてもスムーズに、そして希望溢れる良い方向へ進んでいた最中の事だったので、
その空気の変化は少々恐かった。
 いや、言い訳は止めよう。 実際は“やはりそうなのか”という思いが強かった。
 話し合いがやたら円滑に進んだのだって、きっと皆がソレから目を逸らしたがっていたからだろうし……
 理想論に傾倒していながら肯定的に話し合いが進んだのも現実から逃げる口実代わりだったんだと思う。

 ……そう、わかっていながら、けれど、私はやっぱり認めることが出来ないんだろうなぁと、半分諦める様に思った。

 せっかく脱出の糸口が見つかったんだ。
 もう誰も殺し合わないで済む方法が見つかったんだ。
 後は皆で協力し、計画実現に向けて全力を尽くす。
 ……それでいいじゃないか。
 それだけじゃ駄目なのか? それで万事解決じゃないのだろうか?

 私達の間で、空気が落ちてゆく音が聞こえる気がした。



※※少し前※※



――呼んでいるのが『殺して廻る側』だったらどうするの?

 始まりは罪悪感からだったかも知れない。
 “おそらくその可能性は薄いだろう”私がそう答えて、そしてパチュリーは死んだ。

 もし私がパチュリーの疑問にもっとちゃんと向き合っていたら?
 もし私があの家からパチュリーを連れ出したりしなければ?
 パチュリーも同意していた。
 そう言い訳は出来る、だがそんな苦し紛れの言い訳に何の意味があるのか。
 私が原因の一端を担っていた事実は変わりはしない。
 そして当然にパチュリーが生き返ってくる訳でもない。
 こんな、言い訳なんて……自分が感じる罪を減らそうっていうだけの浅ましい行為だ。

――ここにパチュリーをおいていこう

 私は……何だ?
 何様なんだ?
 流されてしまった、自分が死ぬ可能性を削りたいと思ってしまった。
 悪い考えではないのだろうが、けれどそれはきっと卑怯な思考だったと思う。
 だから、その重苦しい罪悪感を紛わす為に私は一層仇討ちに必死になった。
 ああ、始まりは確かに罪悪感からだった。
 己の身に積もる罪をひたすら憎しみに変換し続けた。

 そう……私、上白沢慧音はその時から、深い怒りを、憎悪を抱き続けていたんだ。
 私達を騙し、パチュリーを撃ち殺したあの巫女を……
 こんな馬鹿げた殺し合いに乗って他者を傷つける、そんな自分本位な考え方しか出来ない馬鹿共を……
 私は確かに、殺してやりたい程に激しく憎んでいた筈だった。
 ……その筈だったんだ。

 けれど皮肉な事に、ああ、本当に悲しい事に……
 私の頭の中を支配していた、その刺々しい憎悪の塊を打ち砕いてくれたのは……

 因幡てゐ、彼女の行いだった。

 今思うと本当に虚しい、実にどうしようもない只の錯覚みたいなものでしかなかったが、
私はてゐに対して一種の尊敬の念みたいなものさえ抱いていたんだ。

 私は此処を酷薄な弱肉強食の世界だと思っていた。
 強者だけが生き残り弱者はただ淘汰されるだけの、そんな極悪なルールが支配する場所だと思っていた。
 けれど、てゐが私に教えてくれたんだ。
 この世界では強い者だけが生き残るんじゃない。
 それがこの世界の“悪”なのではないんだと……
 受け入れることの強さ、幻想郷や皆を信じる心を……
 そんなキラキラとした素晴らしい精神を確かにて学び取った様な気がしたんだ。

 ああ、強さって何だ? 簡単に他人を殺せる事か?
 てゐはどうだ、あの第一放送の時……
 私が白楼剣を強く握りしめ、てゐを殺そうと考えたあの時、一体何をした?
 何も……そうだ、てゐは何もしなかった。

――その剣、なんなら抜き身のままでもいいよ

 気づいていなかった訳ではない。
 私が剣を振り下ろす訳がないと、そう私を“信じて”くれていたんだ。
 素晴らしい精神力だと思う、殺されそうになりながらも……
 死ぬかも知れないというのに“それでも”他人を思いやる事の出来る強さ。
 半分、もうそれは狂気だと言っていい。 普通は無理だ。

 ああ、そうだよ此処は弱肉強食なんかじゃない。
 生き残ってしまうのはきっと心が弱い者ばかりだ。
 心の弱さ故に他人を蔑ろにしてしまった可哀想な者達だ。
 きっと死にたくなくて、救われたくて、足掻く事しか出来なかった者達だ。

 思えば、私は何だかんだと後ろ向きに考えすぎていたのかも知れない。
 きっと殺し合いの場という事を意識し過ぎていたんだ。
 ああ、そうさ、皆幻想郷の仲間じゃないか。
 冷静なつもりでいたが、結局私もこの世界の空気に毒されていたのだろう。
 相手が乗っているか乗っていないか、善人か悪人かなんてそんな二極化した物の見方しか出来ず、
排他的になって疑心暗鬼に振り回されて、全くそれでは“乗っている連中”と同じではないか。
 いや、連中には“生きる為”という絶対的な理由が在ったが私にはそれさえ無かった。
 自分勝手な正義感を振りかざして行為を正当化していただけだ。

 善悪の判断を、この法も秩序も奪われた世界で、閻魔ですらない私が決める?
 人妖の命の価値を、善悪を、私なんかが決めて良いのか?
 違うだろう。 間違っているだろ。

 私達は……幻想郷は違った筈だ。
 相手なんて関係なく皆が好きに生きて、それでもちゃんと信頼関係が成り立っていた。
 異変を起こした側も起こされた側も最終的には仲良くなれる、そんな関係を私達はずっと築いてきたじゃないか。
 命名決闘法の意味は……スペカルールは一体なんだったんだ?

 14人、それは確かに死んだのだろう。
 けれど悲観する必要なんて無いはずだ、猜疑心を広げる必要は無いはずだ。
 きっと皆はただ“生きたい”って思っているだけの筈なんだ。
 そうさ、迷子みたいなものさ。

 教え子が、誰かが間違ったのならそれを正す。
 そして正解へと導いてあげるのが“先生として”私の在るべき姿ではないのか。
 それこそが心半ばに命を失った者達が望んでいることではないのか?
 パチュリーより私に引き継がれたこの“工具箱”の意味ではないか?
 生きる為の道を探して彷徨っている皆に、
『ほら、もう殺し合う必要なんか全くないんだ』って教える為の……
 乗ってる者も乗っていない者も皆を救う為の、その為の物ではないのか?

 それが一番正しい、“先生として”私が歩むべき道じゃないか。

――その剣、なんなら抜き身のままでもいいよ

 あの言葉を受け白楼剣を鞘に収めたあの時、同じく胸中の尖った感情も溶かされていた。

 てゐが犯人だと解った今でもその想いが間違いだったとは思わない。
 てゐの行いの全てが嘘偽りで、打算に満ちた演技だったとしても……
 全部が私の勘違いが生み出したちっぽけなただの幻想だったとしても……
 それでも私は確かにその時、感動に打ち震えていたんだ。
 てゐを通し錯覚でも幻想でもない“何か”を確かに私は学び取った筈なのだから。

 ……だから、もういいじゃないか。

「慧音! 早苗だ! パチュリーを殺した早苗だ」

 さとり達に言い寄られて必死に、まるで怯える様にてゐが叫んでいた。
 私が振り上げた殺意に確固とした信頼を以て答えてくれた“あの”てゐが……
 まるで焦っているみたいに、汚い本心が透けて見える様な杜撰な演技で、
“さとり達を殺してくれ”と、そう私に訴えていた。

 そうさ、解っていた。
 ああ、解ってはいたんだ。
 けれど、でもそれでもやはり“そう”だったんだと再確認してしまって、私は途端に悲しくなった。
 なんでこうなってしまうのだろう。
 てゐの嘘なんて、もうどうでも良かったのに……
 ちゃんと言ってくれたなら、そしたら受け入れてやれたかも知れないのに……

「――もうやめないか?」

 幻想の砕ける音を遠くに聞きながら、私はてゐのその呼び掛けを拒絶した。

 するとあっけなく、ほんとにあっけなく問題は解決してしまった。
 小町の乱入こそあったが、それでも大きな変化は無く。
 てゐは私の庇護を受けられず捕まり、私と早苗の間の誤解やわだかまりも氷解した。
 そうして事件はあっさりと解決へ向かい始めた。

 はぁ……溜め息が出てしまうね。
 何だろう、万々歳といった所なのに不思議な倦怠感が身を包んでいる。
 疲れてしょうがない。
 動くのも億劫な……張り詰めていた糸が切れてしまった感じだろうか。
 まだ殺し合いは続いている。
 気を抜くには早すぎると、そう頭では解っているんだがね。
 まったく、これは一体どうしたものか。
 ああ、ほんと活力が沸かない。 どうにも“心に”力が入らないよ。
 危機感やら何やらがすっぽ抜けて、心に穴でも空いてしまったのだろうか?
 果たして心と言うのは、風船みたいに萎んでしまう物だったのだろうか?

 ……まぁ、別にいいのか。
 元より1日中ずっと気を引き締めてはいられないんだ。
 なに簡単なことさ、気苦労が多くてちょっと脳髄が休息を求めているだけのことだ。
 少しすればまた冷静な自分に戻れる筈だ。 そうさ、すぐにいつもの自分が戻ってくる。
 そう考えて私は、今自分がやるべき事に集中することにした。

 私はスカートの端を破り取り縄代わりとして、てゐを後ろ手に固く縛る。
 そして、ちゃんと自由が奪われている事を、近くさとり達に見せた後、
早苗の事を殺人犯だと誤解していた事を深く謝罪した。

 そうだ、きっとこれから先は色々な物事を“4人で”乗り越えていく事になる筈……
 些細な蟠りも解消しておきたい。
 もう私は旧知の者達と争ったり、憎しみ合う姿は見たくないんだ。

 謝罪は笑顔を以て受け入れられた。
 寧ろ“私の方こそ誤解されるような事をしてすみません”といった感じで、
早苗は謝った私以上にオロオロと申し訳なさそうな顔をしていた。
 何というか、こんな僅かなやり取りの中でも、早苗の人の善さみたいなものが伝わって来て、ほんのり胸が温かくなる。

 ああ、きっとまだ大丈夫だ。
 私達なら今度こそうまく行く。

「なぁ、今後の事で話し合いたい事があるんだ……」

 博麗神社へ向かう道すがら、私達は今後の方針や脱出方法について話し合う事になった。

 パチュリーの死。
 出だしこそ悲しいものであったが私達はこうして和解することが出来た。
 これを犠牲の上に成り立ったものだとは思いたくない。
 大丈夫だ、きっと話し合いは良い方向に進むだろう。

 何となく、早苗の笑顔を見ているとそう思えた。



※※脱出会議にて※※



 起点となったのは早苗の素朴な疑問だった。
 広げられた地図を眺めながら、早苗が『そういえば』と地図の一点を指さして疑問の声を漏らす。

「他は全部山に囲まれているのに、どうしてここだけは無いのでしょうか?」

 指さされた場所はA-1、彼岸と記された場所だった。

「山の代わりに川があるからでしょう」
「でも川なら簡単に渡れるんじゃないですか?」

 さとりと早苗の間で軽い会話がなされ、そこで知識に長ける慧音がその疑問に答えを出す。

「その川は三途の川だから生きている者にはどうやっても渡れないのさ」

 そこでまた『あれれ』と早苗が疑問の声を上げる。

「三途の川ってことは、あの、死んだ人が渡るってあれですか?」

 その通りだと答えながら、慧音は何処に疑問点が在るのかと不思議そうに首を傾げた。
 しかし一方早苗の方は何やら得心がいったらしく、満足そうにその次……
 慧音、さとりにとって聞き流せない事を口走った。

「へぇ、あの世……彼岸って幻想郷に在ったんですね」

 外の世界から幻想郷にやって来た早苗だからこそ出てきた言葉。
 本人してみれば幻想郷での新しい発見と言う程度の軽い言葉だったのだが、
その言葉は投げ掛けられた慧音やさとりに大きな衝撃をもたらした。

 彼岸は果たして幻想郷の一部なのか?
 答えは否、彼岸は幻想郷とは異なる別の世界である。
 では果たして地図に記載された“此処の彼岸は”この世界の一部だろうか?
 答えは出せない、分からない。
 だが仮に“此処の彼岸も”幻想郷と同じように別の世界なのだとしたら、この世界と元の幻想郷は三途の川を跨ぎ、
彼岸を介して繋がっているのではないか?
 確証は無い。 ただのそれは想像でしかなかったが、しかしそれは重要な事であった。
 何故なら、もし繋がっているのなら三途の川を渡る方法さえあれば元の幻想郷に帰れるやも知れないからだ。
 さとりと慧音は、早苗の発した一言から同じくその考えに至る。
 そしてまた同じようについ数分前の出来事を思い出し、同時にその“方法”に思い至った。

 三途の川渡し、死神“小野塚小町”の存在。

 慧音はずっと薄暗く感じていた魔法の森が一瞬明るくなった様な錯覚を受けた。
 絶望的だと思っていた脱出に希望が見えた気がしたのだ。
 それから慧音もさとりも堰を切ったようにあらゆる可能性を検討し、話し合った。
 当の早苗は自分の言葉から始まった筈なのに話について行けず、だたぽかんとしていた。
 だが、そんな早苗でも遂に物事が良い方向に動き始めたのだと雰囲気的に分かった。
 つい先程まで両耳をぴってりと垂れ下げ、死刑宣告を受けたかのように項垂れていたてゐもまた、
うって変わって明るく朗らかな顔で話し合いに混じっている。

 慧音はその話し合いを包む和気藹々とした空気に言い知れない喜びを感じた。

 ああ、やっぱりそうなんだ。 皆、殺し合いなんかを望んでいないんだ。
 ちゃんとした方向さえ見つかれば、助かる方法さえ分かれば誰も争ったりしない。
 そうだよ、ははっ、皆協力出来る。
 助け合えるんだ。

 脱出の話し合いは、終始ほぐれた明るい空気の中で行われた。
 せっかく灯った希望の光を誰もが消したくないと思ったのだろう。
 内実打算に満ちた思考を回していたてゐでさえそう考えていたのだから、他の者達は尚更である。
 ただそれだけに、話し合いが盛り上がれば盛り上がるほど、
冷静沈着な態度を崩さず、ずっと仄暗い空気を纏い続けているさとりの様子は周りから浮いて見えた。

「さて、それでどうやって三途の川を渡るかだが……」
 歩きながら、やたら嬉しそうに身振り手振り大きく慧音が切り出した。
 慧音が出して来た案は幾つか有ったが、その中でも特に有力なものとして以下の二つが選ばれた。
 1.小野塚小町の協力を得て、死神の船を使う。
 2.八雲紫の協力を得て、境界を操る能力を使う。

 そしてそこから派生するように話し合いは進行し、
それぞれの案を成功させる為に重要な事は何かと言う話へと発展した。
 そこで1の案を成功させる為に話し合われた重要な事柄は次の三つ。
 小町の協力を得られる事、小町が距離を操る能力が使える事、そして死神の船を手に入れる事である。
 ひょっとすれば死神の船は小町以外にも扱える可能性はあったが、
例え扱えたとしても、どれだけの距離があるかも分からない三途の川を渡るには、どうしても距離を操る能力が必要な為、
やはり小町の協力は絶対条件であった。

 しかし、この案で一番の問題は小町の事ではない。
 寧ろそれより死神の船が手に入るかどうかの方が不安要素が多かった。
 何故なら、小町の能力制限に関してはうってつけの“制限解除装置”が既に手元にあり、
小町の協力を得る事に関しても、つい先程の会話から小町が確りとした意志の元動いている事が分かっており、
また少なくとも古明地さとりに対しては協力的な姿勢を見せていたからだ。
 故に消去法でいって、一番の問題点は死神の船の調達となった訳だ。
 それに何より、この世界が主催者によって創られているとすれば、
そんな脱出の助けになるような道具を残しておくとは考えにくかったというのもある。

「やはり支給品等を当てにして脱出を試みるのは無謀なのでは無いでしょうか」

 さとりのその疑問は誰もが思っていながらも口に出来ずにいた、所謂“公然の問題点”であった為、
間を挟まず直ぐさま打ち消すようにして慧音が反論する。

「いや、大丈夫だろう。 何より悪い方向にばかり考えても仕方がない。
 不可能かどうかを論じるより、今は可能性を少しでも広げるべきじゃないか?」

 制限解除装置や首輪を外せるかもしれない工具箱が支給品として配られているのだから、
脱出用の船だってあるかも知れない……
 ああ、所詮は予想に過ぎない。 勿論に無い可能性だってある。
 さとりの言う様に、全てが罠で脱出に利用できない可能性は十分に有るだろう。
 けれどそれは神社に辿り着き皆と合流し、首輪や諸々の解析を進める中で最終的に分かることであり、
何も今結論を出すべき事では無いんじゃないか?

 船の事も、脱出そのものについても前向きに検討すべきだと、慧音はそう強くさとりに説いた。
 それに船の件に関しては絶対条件でも無いのだ。
 何故なら2の案である紫の境界能力を使う場合には、必要なのは制限解除装置だけであり死神の船は必要無い。
 故に、取り敢えず脱出に関しては2の案をメインに進め、1はその代案……
 何らかの事情にて、そう、余り考えたくは無いが紫が死んでしまった場合等に推し進めていけば良いのではないか。

 討論の末、脱出方法に関する話し合いは、概ねその慧音の案に沿う形で決着した。
 しかし当然、誰もが諸手を挙げてその案に賛成した訳ではない。
 現段階では余りに情報が少なく、脱出案の拠り所、その殆どが想像と仮定によって成り立っていたからだ。
 あの懐疑主義的なさとりも流石に脱出そのものに反対意見を述べたりはしない。
 それは現段階で意見を根拠不十分と切り捨てるのは早急であると言う、慧音の意見があったが故である。
 そして実際、慧音は実に多くの脱出案やその可能性を示してはくれた。
 けれど、さとりにとってその殆どは最早“脱出案”と名付けるのもおこがましい荒唐無稽なものばかりであった。
 案を否定はしない。 否定するにも情報が不足しすぎているのは確かである。
 しかし流石にこれは問題であろうと考え、どの案も一応は頭に留めておくがその代わり、
行動に移すのは最低限実現可能なレベルの案だけに絞るべきだと……
 つまり、他の団体との交流の中で実際に脱出案として提唱するのは、
最も無難な2の案だけに留めるべきだとさとりは提案した。

 慧音はそれに強く反対する。
 脱出案をひとつしか伝えないでいれば、その可能性が潰えた場合に皆の希望がなくなってしまう。
 さすれば対応の遅れ如何によって、皆がまた恐怖に駆られ望んでもいない殺しに走ってしまう事も有り得るのではないか?
 それを防ぐ意味でも、確実性の有る案だけでなく考え付く限りの案を皆に伝えるべきだ。
 それにさとりは確実性だとか実現不可能だとか言うが、それは私達の主観に過ぎず……
 私達にとっては達成が難しく思えても他者にとってはそうではない場合もあり、現在では達成困難な案も、
多くの者に伝わり賛同者が増えれば実現し得るのではないか。
 ……と、そんな風に慧音はさとりの説得を試みる。

 しかしさとりも中々折れはしない。
 慧音の意見は伝聞によるリスクを考慮していない、不確定要素を濫りに増やすべきではないと反論する。
 そも、物事とは例えどんな小さな事であれ口外すれば幾らかのリスクを伴う。
 特にこういった、情報を受ける側の理性的な対応が望めそうに無い場合には尚更である。
 恐らく此処で無責任に情報をばらまく行為は多大な被害を生み出すだろう。
 例えば、達成困難な半ば妄想に近い様な案を誰かが信用し、またそれが他者に伝播し、
結果、私達の預かり知らぬ所で、多くの者を巻き込んで悲惨な失敗をする。
 その様な事だって普通に有り得るのだ。
 しかもその場合、その問題はその者の失敗それひとつでは終わらない。
 被害に巻き込まれた者達が、その原因……
 脱出案の出所である私達に怨恨を抱く可能性もあり、またその案の失敗を受けて芋ヅル式に他の案の信用性が下がり、
結果また疑心暗鬼が蔓延し、皆を巻き込んで殺し合いが勃発する事も有り得る。

 両者は中々に意見を曲げなかったが、
早苗やてゐの仲裁を受け最終的にはお互いが少しずつ歩み寄る事によって合意した。
 “死神の船という不安要素を抱えているが一応1の案も代案として提唱する事を認める”という、
さとりの妥協の末の合意である。

 そうして脱出それ自体の手段、方針が定まり。
 次に議題に挙がったのは首輪であった。
 特にその解除法や技術者について深く話し合われた。
 進行はやはり脱出案の時と同じ様に、慧音が主に可能性を広げ、多彩な案を出す事に従事し……
 逆にさとりは可能性を狭め、出た案を厳選し優良なものを残す事に従事し……
 残る早苗とてゐは二人の仲裁や補完といった、中立的立場からの意見を出すことに従事した。
 最初で役割分担を話し合った訳ではない。
 それは個人個人が自然と自分にあった役割に填っただけのことである。
 対極的な意想を見せるさとりと慧音は言わずもがな、
残る中立的な立場の早苗とてゐにしてもその立ち位置には理由があった。
 早苗は性格上言い争うという行為が苦手であり、また皆が言い争う姿も見たくなかった為、
どうにか穏便に話し合いを進めようと努めた結果、それが仲裁、中立的立場に落ち着いたのである。
 てゐも似たようなものだ。
 パチュリー殺害という前科持ちであるが故大きな発言権が得られず、けれどそれでもどうにか話し合いを誘導しようと、
舵を取ろうと術策を巡らした結果が、話の補完による印象操作という援護支援的な立場であった。

 慧音とさとりの影に隠れて早苗やてゐの意見はぱっとせず余り目立たないが、
実際にこの完全な対立構造において一番影響力を持っていたのはそういった中立的立場の発言であった。
 勿論立場的な意味合いを無視しても、彼女らの意見には慧音達に劣らず素晴らしいものがあった。
 例えば早苗はメンツ唯一の外来人という事もあり、在住の者達に比べ意見が非情に奇抜かつ柔軟であり、
有用性こそ低めだが、時には皆を暫く唸らせる様な確信を突いた意見を言う事もあった。

 てゐにしても幻想郷において五本の指に入ろうかという古株である。
 このメンツにおいては最も多くの経験や知識を有しており、話し合いにおいても有用な情報や意見を多数もたらした。
 そう、てゐの情報には確かに有用なものが多くあった。 それは誰もが認めざる得ない。
 けれど残念な事に“パチュリーを殺している”という事実は彼女のもたらす情報を歪め、その印象を大きく損ねた。
 案そのものは非常に有益なものであるにも関わらず、その殆どが確り取り合って貰えず無視されたのである。
 さとりはてゐの情報に耳を傾ける事で騙され、罠に嵌められる事を極端に怖れたが故に最初から取り合わず。
 どちらかと言えばてゐに寛容であった慧音でさえも、てゐの意見に耳を貸しその言葉を引用こそしたが、
それは“殺人者であれ認められる、信じられる”という事をさとりに見せつける為の言わばポーズとしての意味合いが強く、
実際に提案を取り入れる事は少なかった。

 これは話し合いの体裁を取り繕っただけの言葉のぶつけ合いである。
 議論が進行するにつれ膨らんでゆく奇妙な雰囲気を誰もが感じていた。
 恐らくその渦中の人物であるてゐは特に、既にしてもう明確な予感があったと思う。

 今すぐにでも逃げ出したいその空気の中で、けれど拘束されたてゐにその選択肢は無い。
 いや、実際には彼女程の演技力と明晰な頭脳があれば、
話し合いを掻き乱し逃げ出す為の隙を作る事は不可能では無かったであろう。
 しかし現実として彼女はその策を実行に移したりはしなかった。
 普段は大胆に詐欺や悪戯を敢行する彼女が、どうして今回に限っては余りにこじんまりとした印象操作に徹しているのか?
 理由を挙げるとすれば、それは今現在の彼女の精神状態にこそある。

――その剣、なんなら抜き身のままでもいいよ

 そう、始まりはてゐ自身の誤解からであった様に思う。
 “いや、遠慮させてもらうよ。悪かったな”
 そう答えた慧音の申し訳なさそうな表情の意味に気付いていたならば起こり得なかった事。

 てゐは誤解していた。
 慧音は自分を信じて疑いもしない実に“甘い”思考の持ち主なのだと。
 実際に“てゐを殺すつもりはない”という一点においてはその考えは間違いでは無かったのだが、
それも含めて、てゐはずっと誤解していたのである。
 そんな誤解の上で幾つもの幸運に助けられ生き延びながら、
てゐは“こんなぬるい相手なのだからもっと上手く行く筈なのに”と寧ろ自分の不運を嘆いた。
 そしてあろう事か、“そんな不運の中で”自分がまだちゃんとやっていけているのは一重に才能なのだと、
自らの策謀や演技力に因るものなのだと自惚れた。
 その自信は間違いでは無い、間違いでは無いのだがそれはそれとして自惚れの代償は直ぐに払わされた。

――もうやめないか?

 膨らんだ自信は稚拙さを招き、ここ一番という所で演技を誤った。
 予想にも予測にも無い、慧音の想定外の反応を前にてゐは自らのミスを痛感した。
 けれど諦め悪く打開の光明を探すてゐは、慧音に自らを殺す意志が無いと言う発言を受けて安堵した。
 生かされているのならばチャンスはまだ在る筈だと。
 この時点では“まだ”てゐは自らの手腕への自信を滾らせていた……
状況は最悪に向かっている、けれど自分ならば何とか出来る、とそう思っていた。

 てゐが誤解に気付いた時、けれど既に新たな誤解が生まれていた。

 いや、ちょっと待ってよ。 慧音に私を殺す意志が無いとして、それは“いつから”だ?
 もしかしたら、そう、もしかしたらあの時に慧音が手にした白楼剣の意味は……
 慧音が剣を抜き鞘に収めるまでの間、その前後に何があった?
 まさか既に? もしかして更に以前から?

 ひとつの誤解が氷解した時、不運を実力で乗り切ったという自己評価は完全に反転していた。
 身を拘束された自身の状況と照らし合わせて、てゐの今までの自信や境遇への考えは崩れた。

 実はずっと見え透いた嘘ばかりを吐いて居たのではないか?
 相手が慧音以外であったなら既に死んでいたのでは?
 だって私は今の今まで、内心を読まれていた事にすら気付けていなかった!

 恐怖が襲った。
 自信もへったくれも無い。
 何だか全てを見透かされているような、そんな怖さが常に付きまとった。

 故あって……話し合い、口八丁な詐欺師てゐの得意分野においても彼女は大胆な行動を取る事は憚られた。
 長年の勘が大丈夫と言っているにも関わらず自らの力量を信じ切れなかった。
 自信喪失、詐欺のスランプ中とでも言おうか……

 それが現在、因幡てゐが大人しい理由であった。

「……という理由から考えて、能力制限は首輪の持つ力では無いと予想しています」
 因幡てゐがいずれ訪れるであろう審判の日を前に戦々恐々として居る合間にも、さとり達の話し合いは進んでいた。
「やはり世界そのものが持つ力場とでも言いますか……
 能力制限はそう言ったモノの影響、もしくは主催者本人が持つ力に因るものだと思います」

 首輪を外しただけでは能力は解放されず、大した解決にもならない。
 さとりの意見はそう言ったモノであったが慧音はそこまで絶望を覚える事は無かった。
 理由は解っている。
 その状況すら打開し得る制限解除装置が既に手元にあるからだ。
 故に慧音にとってその意見はその重要性を再確認する程度の意味合いしか無かった。

 しかしそうは思えど、やはり何もかもが主催者の掌の上に在る様で気味が悪い。
 脱出の要となる物は全て“用意された”物である。
 そこから慧音はひとつ主催側の意図というものを推測してみた。

 そう、これは一種の挑戦なのではないか、実験なのではないか。
 幻想郷の皆を敢えて最悪の状況に叩き込み、
その中で全員が協力し最善の選択肢を見事選び取れるか見ているのではないか。
 永琳だって幻想郷に住む者だ。
 皆への愛着もきっとあるだろう、悪意だけの存在なんて在る筈がない。
 そうさ、きっと私達は試されているんだ。

 ……楽観論過ぎるか?

 思い付きはせよ口には出せなかった。
 さとりに厳しく反論されるのは目に見えて居るし、推測が事実だろうが間違っていようが……
 脱出が、用意された逃げ道が本物だろうが罠だろうが……
 どちらにせよ私達はそこに縋るしかないのだ。
 ならば私は心に希望を持ちたい、この希望をわざわざ口に出して否定されたくは無い。

 弱気になって居るなぁ、と思いつつも想いは変わらない。
 私はただ全力でこの希望に賭ける。

「さあ、首輪の持つ力についてはもういいだろう。
 今度はそれぞれ首輪を解除し得る技術者について候補を挙げていってくれ。
 少なくとも私は6人は知っているぞ」

 慧音は落ち込みがちになっていた自分を励ますつもりで、議題を明るく前向きなものへと切り替えた。

 技術者という事で真っ先に候補に挙がったのは河童、河城にとりであった。
 慧音の持つ工具箱にしても元は彼女の持ち物という事もあり、期待は十分である。
 次に名前が挙がったのは香霖堂の亭主、森近霖之助。
 物珍しい道具を多量に扱った経験がある事も含め、
特に“道具の名前や用途を知る”という首輪解析に役に立ちそうな能力から候補に挙がった。

 その話にはさとりが並ならぬ興味を示した。
 霖之助が参加者唯一の男性である事実が例の男性の声と関連付いて怪しく思えたのだ。
 勿論、偽名を用いてさとりの性を隠している手前……
 自らが霖之助を疑っている根拠、永琳の心の声に触れる事は出来ない。
 さとりは胸中の不安を伝えられない歯痒さを感じながら、
ただとにかく首輪解析の候補者として聞き出せる限りの情報を聞き出した。

 せめて霖之助が主催側であるという“可能性”の話だけでもするべきかと悩んだ。
 理由は曖昧にして、ただ“可能性”を述べるだけなら大丈夫ではないか?

 悩みはしたが、さとりは結局その際に自らが負うだろうリスクを考え、思い留まった。
 勿論、最悪の状況を避ける意味でもこの情報は共有した方が良い事はさとりも解っていた。
 自分の考えが酷く利己的で自分勝手なものだと言う事もまた解ってはいたのだ。
 けれどじくじく痛む気持ちを誤魔化しながら“それでも”と考えるさとりは、
それが後々自分苦しめるだろう事も解っていてただ先延ばしにしたのだ。

 そんなさとりの心境を知ってか知らずか、その後も何事も無かったかの様に緩やかに話し合いは進行した。

 まるで霖之助の事などどうでも良い事であったかの如く進んでゆく話し合いを見て。
 “ああ、もっと言及されたなら私も洗いざらい話さざる得なかったでしょうに”と、さとりは若干残念に思った。
 それが慧音達の責任で無い事は当たり前に身に染みて解っている。
 残念などと思うその思考自体が自己中心的な、独善極まる幼稚な思考だと、自身を顧みて、
そのどうしようも無さに嫌悪感を募らせた。

 さとりの想いと裏腹にやはり話し合いは進む。
 候補者は増えていったがさとりの心は晴れなかった。

 月の進んだ技術を持ち、また主催者である八意永琳に一番近い人物だとして、
蓬莱山輝夜、及び鈴仙・優曇華院・イナバが候補に挙がる。
 慧音は主催者である永琳自身すら候補者として挙げたが、
直ぐに“危険すぎて接触出来ない”と言うさとりの意見を受け、可能性から除外する事になった。
 ならば同じく永遠亭の輝夜や鈴仙にしても主催側の息が掛かっているのではないか?
 参加者の中に主催者自身が居るのだ。 協力者だって紛れ込んでいてもおかしくない。
 そんな風にさとりが疑惑を投げ掛ける。
 実際さとりは、てゐが殺しに乗っている裏にも主催側の思惑が在ったのではないかと疑っていたのだ。
 それとまた別に、これは霖之助について話せずにいる弱い自分の足掻きみたいなものでもあった。

 しかしそんなさとりの言葉は直ぐに因幡てゐによって否定される。

「永遠亭だからといって一枚岩とは限らないでしょ?
 少なくとも私にお師匠様からの言葉はなかったよ。
 ……まぁ、こんな状態でまだお師匠様ーなんて呼んでいいのか分かんないけどさ。
 でも身内の誰かが間違いを犯してるなら止めたいって思うのが普通じゃないかな?
 こんなの保身に走った私が言う事じゃないんだろうけど、やっぱり鈴仙達まで疑って欲しくないよ。
 それに、悲しいけど今のお師匠様に着いていく協力者が居るなんて思えないよ。
 ほら特に皆“一人しか生き残れない”って言われて此処に連れて来られて居るんだし」

 てゐはそう言って俯いた。
 耳もぺとりと垂れ下がりその姿はいつもより小さく、さとりにはそれが憐れに思えた。
 言葉それ自体は全然信用出来ていないというのにそう思えてしまうのだから不思議だ。
 大別すればこれはきっと同情心に含まれるのだろう、
けれどさとりには自身の感情がもっと汚いものに思えてならなかった。

 そしててゐは、そう、やはり全て演技であった。
 言いながらも“一人しか生き残れない”という自分の言葉を全く信じてはいなかった。
 元より不死者、蓬莱人が参加する様な殺し合いだ。
 前々から考えていた通り最低でも三人……
 主催側の気紛れ次第で更にもっと多くの生存者が出てもおかしくないと、そうてゐは考えていた。
 だとすれば“参加者の中に協力者が居る”という話も強ち否定できるものではないだろう。
 そこまで考えてしかしてゐは……
 そう、確かにさとりの話の妥当性に気付いておきながら、けれどその情報が自分に何の利ももたらさず、
寧ろ今現在に一番不利になるのが自分だと解っていたが故に否定したのだ。

「そうだよ、誰もが殺し合いを望んでいるなんて考えにくい。
 必ずこちらに協力してくれる者はいる筈さ。
 それに仲間内に裏切り者が居るなんて考え方は良くない、集団に疑心暗鬼を生んでしまうからね」

 これはてゐの読み通りに、慧音が賛同する形で声を上げた。
 この意見には早苗も賛成的な様子で、半ば数に押し切られる形でさとりは黙り込む。
 自業自得とは言え“協力者”の疑惑を打ち明けられないさとりは辛かった。

 「それで、候補者最後の1人は誰なんですか?」

 思いを紛らわすつもりでさとりは慧音を急かす。
 慧音は『あー、うー』と歯切れ悪くなんだか微妙な、バツの悪そうな顔をしていた。
 それで最後には笑いながら、最後の1人、候補者の名前を読み上げた。

「東風谷早苗、外来人だ。 外から来た人間だけあって外の進んだ技術や知識を有している筈……」

 ……!!

 急に自分の名前が呼ばれてドッキリびっくりした早苗さん。
「わわ、私はそんなすごい知識なんて持ってないですよっ!」
 あたふたと手を振って、上がり気味に慧音さんの言葉を否定します。
 その慌てた姿が余りに可笑しく、また可愛らしかったので、
思わずさとりさんも気が弛み、クスリと笑みを零しました。
 そして……
「ふふっ、なんだ早速“候補者”が1人減ってしまいましたね」
「そうだね、いきなり可能性が1個減っちゃったね」
「ああ、全くだ。 これは困ってしまったな」
 みんな一緒に笑いながら冗談のように言って早苗さんをからかいます。
「あうう、すみませんー」
 早苗さんはちょっと申し訳なくなって恥ずかしそうに頭を下げますが、みんなは“気にしなくていい、
最初から誰も期待してなかった”などと、とんでも無い事を言って可笑しそうに笑いました。
「そんなっひどい、それはちょっとあんまりですよっ」
 軽くぷくーと頬を膨らませて拗ねる早苗さん……
 不機嫌そうに振る舞っていますが、けれどこの些細な会話によって場の空気が軽くなった事に気付いていて、
その表情は何だかにやにやと喜びを隠しきれずに弛んでいました。

 暫くは仄かに明らんだ空気の中、他愛ない談笑が続けられていた。
 しかしその中でさとりの笑い声だけが少しずつ乾いたものへ、曇った笑顔へと変わっていった。

 因幡てゐも当然に予感はしていたのだろう。
 でなければ話し合いの中、彼女の誘導は意味を成さない。
 さとりも解っていた……

 チラリさとりが視線を送ると、てゐはさとりにだけ見える様ににやりと笑った。
 ああ、ほらやっぱり……解っている、彼女も気付いていた。
 もう既にさとりも話し合いの中、慧音が奇妙な空気を発している事に気付いていた。
 彼女の発言の裏側も、その心に巣くう気持ちの正体も……
 それを因幡てゐが利用しようと企んでいる事も既に解っていた。
 てゐもとっくの前に私に対する演技は止めている。
 私は騙せないと、騙す必要が無いと向こうも既に解っていたのだ。

 ああ、そうですね……やはり“今”なのでしょう。
 本来なら、それは真っ先に議題に挙げるべき事柄です。
 情報交換も済み、脱出の話し合いも決着しました。
 後は神社へ向かい皆と合流するだけです。
 だから、もういいでしょう。
 そう、私達の仲が決定的に“こじれる前に”聞き出せるだけの情報は貰いました。

 そしてさとりはこのぬるい空気を終わらせる為に、敢えてその話題を切り出した。

「もういいでしょう、脱出の件も一段落しました。
 和気藹々と会話に花を咲かせるのも結構ですが、私達にはまだ解決すべき事があるんじゃないですか?」

 皆の声がぴたりと止み、一瞬で場の空気が静けさの中に落ちる。
 早苗の顔にはまだ笑みが居残っていた。
 慧音は複雑な心境でさとりから顔を背ける。
 てゐは多くの策謀を胸に秘め、不安そうな演技をしながら……
 けれどただ真っ直ぐにさとりの眼を見ていた。
 それを同じく真っ直ぐに見返しながらさとりは告げる。

「パチュリーさんを殺害した因幡てゐ、その処遇がまだ決まっていないでしょう?」

 慧音は自分の中で、やっと、今頃になって何かが完全に崩れたのを感じた。
 さとりはずっと冷めた表情をしている。
 皆、秒という感覚がどんどんと長くなるのを感じていた。

「確かに今から私が提案することは、酷く道理に反した、残虐な事に聞こえるかも知れません。
 けれどこの殺し合いの中いつ裏切るかも分からない人物を連れ歩くリスクを考えれば、
選べる選択肢はもう少ないとは思いませんか?」

 この一言から、再びさとりの戦いが始まる。

「つまり端的言って私は、因幡てゐを殺すべきだとそう思うのです」


90:亡き少女の為のセプテット 時系列順 92:Gray Roller -我らは人狼なりや?-(後編)
91:早朝より始まりし愚かな選択 投下順 92:Gray Roller -我らは人狼なりや?-(後編)
81:少女の森 因幡てゐ 92:Gray Roller -我らは人狼なりや?-(後編)
81:少女の森 上白沢慧音 92:Gray Roller -我らは人狼なりや?-(後編)
81:少女の森 古明地さとり 92:Gray Roller -我らは人狼なりや?-(後編)
81:少女の森 東風谷早苗 92:Gray Roller -我らは人狼なりや?-(後編)
80:So why? ルーミア 92:Gray Roller -我らは人狼なりや?-(後編)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年03月04日 18:37
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。