第二回放送 ◆27ZYfcW1SM
城の中の一室。本来なら殿様が居座るべき場所に男は座っていた。
その風景は異色。
畳の上にキャスター付きの椅子が置かれ、その横には肘の高さ位の高さで直径が1メートルくらいの小さな円形のテーブルが置かれている。
真っ白なテーブルクロスが掛けられ、テーブルの上には焼き鳥やモツ鍋、大根のサラダなど、居酒屋で出される料理と1つのビールジョッキが置かれていた。
ビールジョッキには既に黄色い液体は無く、白い泡だけが浮かんでいた。
男はうーんと唸り、考える。
いまさらながら考えが足りなかった。
沢山つまみを出しておきながら、ビールの量が少なかった。
1杯目のビールを半分ほど飲んだときに気がついた。
とき既に遅し、ビールの残量は少なく、おなか一杯になるほどのおつまみだけは残った。
事前に準備はしていたためビールは出そうと思えばいくらでも出すことができる。しかし、2杯目に手をつけるか悩んでいるのだ。この男は。
現代科学の最先端で作った首輪を全員にしているのだからここは安全である。
だが、かといって酒に酔っていいのだろうか? っと。
このゲームの準備に追われ、最近は飲酒量が減っていた。ゲーム開催でようやく酒が飲めると思ったら、やっぱり飲めないとなると、これから先を完遂できる気がしない。
自衛隊の訓練でこのような話を聞いたことがある。50キロだか100キロだったかは忘れてしまったが、その距離を走り終え、ゴールに着いたときに教官は言う。
「よくやった、では、後10キロでゴールだ」っと。
そういうと10キロの数倍走ったはずの自衛隊員が次々と脱落していくらしい。
目標があって人はがんばること、または我慢することができる。その目標に手が届く……そう思った瞬間に目標が遠ざかってしまったら人はやる気というものを失ってしまう。
このゲームには『目的』と呼べるものはもちろん存在している。
その目的のために努力と我慢を続けてきた。そして、目的を達成するのはゲームが終ったとき……
お酒を飲むことができなくても、きっと彼はこのゲームを見守り続ける仕事をするだろう。
「恥ずかしすぎて死にそう」って言うが実際に恥ずかしい目にあっても死にはしないだろう。それと一緒のこと。
仕事は完遂する。違う点はただ一つ、最後に残るガッツだ。
ZUNはビールジョッキを持って立ち上がる。向かう先は業務用のビールサーバーだ。
畳の上に置かれた業務用のビールサーバーは奇妙の一言といえよう。
彼はそのミスマッチを特に気にする様子も無くジョッキを注ぎ口に近づけると、一気にレバーを引いた。
ガッツ、またを志気ともいける。
お酒は注意力が散漫になると国土交通省が口をすっぱくして言っているが、彼の場合はお酒は気力回復のキーアイテム以外の何物でもないのだろう。
2杯目のビールを注ぎ終え、椅子に座ろうとしたとき、机の隅に置かれていたノート型パソコンからサウンドが流れ始める。
月時計 ~ ルナ・ダイアル
一日目、昼の放送の準備に入るためのアラームだ。デスクトップの時計は11時30分を示している。
ZUNは放送の原稿を作るために一度机の上を片付けるとノート型パソコンの前に腰を下ろした。
程なくして原稿は出来上がった。
死者が前放送よりも少なかったこともあって数分で出来上がってしまい、放送をするまでの時間はだいぶあまることとなる。
そこでZUNは『箱庭』の機能の一つ、リプレイ機能を発動させた。
リプレイはその名の通り、過去に行われたプレイヤーの動きをそのまま再現する機能である。
いくら多才のZUNでも一人で5、60人近くのプレイヤーの全てを知ることはできない。
参加者の会話も同じ時間軸では1人か2人が限度だから9割近い会話は盗聴されていない。ただ録音されているだけだ。
このままでは絶対の結界があるとしても万が一が発生する可能性は跳ね上がってしまう。
そこでこの機能が活躍する。
見直す、聞きなおすことによって不穏分子を見つけ出す。
単純にして強力な機能だ。
真っ先に再生を選択したキャラクターはもちろん博麗霊夢だった。
箱庭の小さな霊夢は男の期待に応える動きを見せる。
アリス・マーガトロイドの凶弾を華麗にグレイズし、古明地こいしの奇襲を流す。
ハリウッド映画顔負けのアクションだとZUNは思った。
美しく、華麗に、そして強く……
惚れ直すという言葉が妥当な感情を抱く。
是非ともこんな『デジタル』としての存在ではなく現実の姿を持って自分の前に立ってほしいものだ。
ZUNが神主で霊夢が巫女。
同じ立場のようで少し違う。
ガラスのような壁だけが今の二人を遮っているのだった。
霊夢のリプレイを見終わった時は放送の2分前だった。
あわてて原稿を引っ張り出す。
えーっと軽い発声練習を行った後、ZUNは箱庭へと声を投げかける。
「皆様、お体の具合はいかかで? 私でも死んでしまったら蘇生の薬は持っていませんからね。
一つの命を大切に……
でも、大切にしないといけないのは自分の命だけ。第一回の放送のときよりペースが落ちています。
もっと元気よく殺し合いをしましょう。何事も元気が一番ですもの。
それでは死んでリタイアとなった方々のお名前を発表しますわ。
秋穣子
犬走椛
キスメ
八坂神奈子
魂魄妖夢
アリス・マーガトロイド
以上、6名。残り34名。力を持った者も数でぶつかれば勝てるかもしれないわね。でも、生き残れるのは一人ってことを忘れちゃ駄目よ。今は協力しているふりかもしれないから気を抜いたら寝首をかかれるわよ。
自分の命よりも重いものって何かしら? それが思いつかなかったら優勝を目指してみては?
次に禁止エリアの発表を行いなす。一度しか言いませんから聞き逃すことのないように。
15時にB-4、18時にF-5、禁止エリアはちゃんと迂回しないと首輪は爆発するから地図はちゃんと見ることをお勧めするわ。
では、次の放送を聴けるようにがんばりなさい」
ZUNは放送を終えると、テーブルに置かれたビールを飲むと大きくため息をついた。
既にこの時点でZUNは一つの大きなミスを犯した。あえて制限をかけた八意永琳を大きく手助けする大きなミスを……
恋は盲目。
どっちにしろ放送はしなければならなかったが、八意永琳は午後0時の現時刻、敵対しているはずの洩矢諏訪子と対面しているのだ。
八意永琳を主催者としてだまし続けるためには声を変える、または『この放送は事前に録音している』などのフォローが必須だったはず。
なのにZUNはそれをしなかった。ほかならぬ霊夢のリプレイを時間ギリギリまで観ていたせいだ。
愛が裏目に出た瞬間である。
一方通行の愛ほど辛いものは無い……
【E-2・一日目 午後0時】
【のこり34人】
最終更新:2010年07月09日 21:24