暗い雨の中を、歩くように ◆Ok1sMSayUQ
アリス・マーガトロイドの家は、薄暗い魔法の森にあるにしてはやけに明るい。
そういう立地条件を選んで居を構えたのかもしれないし、たまたまそうだっただけなのかもしれない。
とにかく、まあある意味、彼女のお陰で、博麗霊夢は現在の時刻が夕方なのだと窺い知ることができた。
差し込む夕日が小野塚小町を照らし、影を作る。
ちょうど頭の部分の影が霊夢の足元にかかっていた。ナイフで詰めるには少し遠い。
それを意識して小町も距離を保っているのだろう。彼女は仕事熱心というわけではないが、能力はある。
そして自分は狭い家の玄関に立たされている。簡単に避けられはしない。
手持ちの武器ではどうにもならないと判断した霊夢は、ナイフを逆手に持つとそのままポトリとスキマ袋に落とした。
「ふうん、流石に状況を見極められるだけの余裕は取り戻したか。ふらふら彷徨ってたのを見たときはどうしようかと思ったけどねぇ」
こう、幽霊みたいにさ。そう付け加え、おどけてみせた小町に、霊夢は一瞥を返しただけだった。
冗談も皮肉の一つも言い返さない霊夢に、やれやれと頭を掻いた小町もトンプソンを下ろし、
「ま、世間話はここまでにして」と前置きして続ける。
「単刀直入に聞くよ。あんた、もう殺してるだろ?」
「ええ」
僅かな逡巡もなく霊夢は頷いた。それは事実だし、第一この血糊を見れば明らかな話だった。
小町が人を殺したかどうかの是非を問うていないことは分かった。そもそも認めない立場なのなら、とっくに殺されている。
私を利用したいのだ、と霊夢は当たりをつけた。殺せる人物を、小野塚小町は必要としている。
「なら話は早い。あたいと組まないかい、博麗霊夢」
今度は流石に即答できなかった。
ある程度想像の範疇だったとはいえ、こうもストレートに切り出すとは思わなかった。
こちらを睥睨する小町の顔は、影に隠れていまいち判然としない。
真顔なのか、笑っているのか、それとも?
少し考えた霊夢は、ここで小町と組んだ場合についてのメリットを上げてみた。
まず単独で戦う必要がなくなることが大きい。
霧雨魔理沙と戦ったときに実感したことだが、複数に同時対応するのは難しい。
本来なら回避することなど造作もないはずの
フランドール・スカーレットの攻撃だって直撃してしまった。
八雲紫の介入がなければ捕縛されてもおかしくはなかったのだ。
そのことを考えれば、援護を期待できる上に戦力も分散させられるメリットの大きさは値千金だ。
だが一つ、決定的な疑問点があった。
「あんたが私に協力する理由が分からない」
この一点に尽きる。同じ幻想郷の住人とはいえ、小町とは知り合い程度の仲でしかない。
霊夢からしてみれば、例え手を組むにしても小町は候補に上がらない。その程度のものだ。
「お前さんが幻想郷に必要な人間だからさ。でなけりゃ、とっくに冥土送りにしてるよ」
「私が博麗の巫女だから助けたと?」
「察しが良くて助かるね。お前さんは優秀な巫女だし、博麗大結界の管理者だ。生かす価値はあるし、手を組む相手としても申し分ない。
あたいの欲しい人物像と一致するってわけさ。守りながら殺してく、ってのは性に合わないし、難しいからねぇ」
あっさり殺すと言ってのけた小町に目をしばたかせた霊夢だったが、
死神である小町の立場を考えればその選択も当然なのかもしれなかった。
彼女にとっては、死など重たくもない。ただ誰を選び、誰を捨てるかということしか頭にない。
魔理沙のように、命そのものに拘ってなどいない。
その意味では霊夢と小町は同質だった。
「その言い方だと、他にも生かしたい奴はいるみたいね?」
「そりゃね。冥界のお嬢様は幽霊の管理に必要だし、地獄の閻魔様だって必要だ。他にも……まあ、お前さんなら分かるかな」
そういうスタンスか、と霊夢は納得した。
要は、幻想郷を維持できるだけの人材を生かしたいのだ。
ますますもって似ている。どうあれ、幻想郷のためにという目的は全く同じなのだ。
「じゃ、一つ聞いていいかしら」
「なんでも」
「その中に、あんたはいるのかしら」
愚問を、とでも言いたげに小町は唇の端を歪め、肩を竦めた。
「仕方のないことさ。あたいみたいなのは代わりはいくらでもいるけど、四季様とかの代わりはいないんだからね」
「死ぬのが怖くないの?」
「別に……死んでも、まあ多分虫くらいには生まれ変われるだろうさ」
諦めたようにしながらも、僅かに目を逸らしたのを霊夢は見逃さなかった。
死ぬのが怖くない、というわけではなさそうだ。仮になかったとしても、多少の未練は残しているということなのだろう。
或いは、自分の立場そのものに対して迷いを抱いているのか。
幻想郷のため、というのも建前に過ぎないのかもしれない。
本当は上司である四季映姫を守りたいだけというだけなのかもしれない。
どれでも関係のないことだし、深入りするつもりはなかった。
それに、小町は一つ勘違いをしている。
代わりなんていくらでもいるのだ。
冥界の管理者も、地獄の閻魔も、博麗の巫女でさえも。
幻想郷に絶対必要な存在なんてどこにもいない。
だから、自分達は殺し合わされている。
どこかにいる誰かが望む、何らかの目的のために。
それが何なのかを確かめるつもりはなかった。
自分はただ異変を解決するという『役割』を果たすだけだ。
霊夢は、だから自分は私情で動いているのではないし、この哀れな小町とも、
いくらでも代用の利く命を守ろうとする魔理沙とも違うのだと断じた。
森近霖之助を殺したのは『博麗霊夢』ではない。
あれは自分とは違う別人で、動揺していたのも自分ではない。
心だって痛まない。魔理沙のことも、どうとも思わない。
そう、違う。今も尚、内奥に巣食い、チリチリとした違和感が残っているのも、心の痛みなどではない。
私は誰も想わない。想われようとも、思わない。
常に自分達は孤独でしかないのだから……
「いいわ。手を組んであげる。ただし」
僅かに残る違和感の正体から目を逸らすように、霊夢は小町に意識を集中させた。
今は目的を達成することだけに専念すればいい。
どのようにすれば、効率的に異変を解決できるか。
それだけを考えていればいい。
なんのことはない、今までと同じようにすればいいだけだった。
「私はあんたほど選別するつもりはない。私の目的は異変を解決することだけ。
邪魔になるのならあんたの上司だろうが、神様だろうが殺す。それが飲めれば手を組んでもいい」
ここで拒否されようが、それはそれで構わなかった。
トンプソンを下げた今、小町に不意討ちを食らわせて離脱することは容易いことであるし、
頭のいい小町がここで意地を張って交渉を決裂させることを選ぶとは思えない。
案の定、小町は渋々といった表情ながらも分かったという風に頷いた。
「……まあいいさ。その時はその時だ。霊夢、お前さんは確かに守る価値はある。けどね、『絶対』じゃないんだよ」
そんなことは分かりきっていることだった。
博麗の巫女など、所詮はその程度の価値でしかない。
小町も、紫も過大評価しすぎている。
そんな役割など、誰にでも務まるというのに。
「分かってるわよ。言われなくてもね」
霊夢は笑った。
それはいつもの陽気な笑みとは違う、
分不相応な評価を下している者たちに対する嘲笑だった。
霊夢自身、気付いてはいなかった。
殺し合いを始めたとき以上に、命への価値を見失っていることに。
それは、霖之助を失ったと同時に、霊夢が壊してしまったものなのかもしれなかった。
【F-4 魔法の森 一日目・夕方】
【博麗霊夢】
[状態]霊力消費(小)、腹部、胸部の僅かな切り傷
[装備]果物ナイフ、ナズーリンペンデュラム、魔理沙の帽子、白の和服
[道具]支給品一式×5、火薬、マッチ、メルランのトランペット、キスメの桶、賽3個
救急箱、解毒剤 痛み止め(ロキソニン錠)×6錠、賽3個、拡声器、数種類の果物、
五つの難題(レプリカ)、血塗れの巫女服、 天狗の団扇、文のカメラ(故障)
不明アイテム(1~5)
[基本行動方針]力量の調節をしつつ、迅速に敵を排除し、優勝する。
[思考・状況]
1.小町と共に行動
2.とにかく異変を解決する
3.死んだ人のことは・・・・・・考えない
【小野塚小町】
[状態]身体疲労(中) 能力使用による精神疲労(小) 寝起き
[装備]トンプソンM1A1(50/50)
[道具]支給品一式、64式小銃用弾倉×2 、M1A1用ドラムマガジン×3
[基本行動方針]生き残るべきでない人妖を排除する。脱出は頭の片隅に考える程度
[思考・状況]
1.霊夢と共に行動。重要度は高いが、絶対守るべき存在でもない
2.生き残るべきでない人妖を排除する
最終更新:2010年12月20日 23:44