夜が降りてくる ~ Evening Star ◆Ok1sMSayUQ
「参りましたね……」
橙色の夕日の色は、もう夜が近いことを示している。
にも関わらず、古明地さとりと東風谷早苗は未だ魔法の森を抜け出ることが出来なかった。
理由は単純なことだった。幻想郷に不案内過ぎた。それだけのことだった。
地底暮らしも長いさとりに地上の地理など詳しいわけがなく、加えて標識も目印もない森の中となれば尚更だ。
スピードを速めるために飛んでいるにも関わらず、
逐一コンパスを見ながらの飛行なので歩いているのと変わらないくらいの早さなのだ。
これでは何のために空を飛んでいるのか分からない。
さとりの背中で眠る早苗の容態は、今は小康状態のようだが、決して安心できるものではない。
人間は妖怪と比べれば遥かに脆い。妖怪は精神の病にさえ気をつけておけばよく、病気などでは死には至らない。
「だとしたら、先ほど死に掛けていたのは私ですね」
精神の病という自分の言葉に対して、さとりは一人ごちた。
嘘を付き、心を遠ざけ、気付いたときには既に失っていた。
ほんの少しだけ自分にわがままになれば、簡単に手に入っていたものなのかもしれないのに。
ずっと探していた答えを、見つけられたかもしれないのに。
古明地こいしとの切れてしまった絆、繋がっていたはずの家族の糸を……
仲が悪いわけではなかった。今でもこいしとは、それなりに良好な関係ではある。
だが同族として、家族としてはあまりにも冷めた関係にあった。
こいしが心を閉ざしてしまったことが要因であるのは間違いない。
何故心を閉ざしたのか。何故サトリの尊厳を捨てるような真似を。
事実を知った当初は激しく責め立てたものだった。
今にして思えば、あの時から自分は嘘を付いていたのかもしれない。
妖怪としての立場、尊厳。そんなものは建前に過ぎず、心を読めなくなってしまったことに恐怖を抱いていたのだろう。
自分の掌の外から出てしまった妹に、どのように接すればいいのか分からず、対処法を失ってしまったからだ。
所詮は嫌われ者。そうして考えることすら放棄してきた頭に、慮ることなどできようはずもなかった。
だから逃げた。面倒見をペット達に任せ、ひたすら
地霊殿の仕事に没頭してきた。
根本的な問題を解決することから目を背け、時間が何とかしてくれるだろうと何の根拠もなく信じていた。
そうしたところで、本当の意味で解決するはずがなかったのに。
卑怯者だ、とさとりは思った。
妖怪らしくなどというのは言い訳でしかなく、心と向き合うのを恐れていた。
妹のこいしでさえ、正直に心と向き合ったというのに。
心の強さを手に入れたいとさとりは願った。
早苗がみんな分かり合えると何の打算もなく信じていたように。
上白沢慧音が自らの汚さを知りながらも歩み寄ろうとしたように。
受け身でいたくなかった。
漫然と流されるだけで、自分の意志ひとつなく、それを仕方ないと諦めてしまいたくなかった。
これ以上失うのが嫌だから。妖怪の尊厳なんかよりも余程大切なものがあると、ようやく気付けたから。
そのためにもまずは早苗をどうにかする必要がある。
自分の心の安寧のために、と言えばそうかもしれなかったが、それでいいとさとりは思う。
純粋な善意だけで行動できるほど、自分は妖怪ができてはいないのだから。
とはいえ、半ば迷ったこの状態を早急にどうにかすることが今は重要だ。
こうしてみると、今まで迷わずに済んだのは幻想郷の地理に詳しい慧音がいたからなのかもしれない。
全く、失ったツケは大きすぎたと嘆息するが溜息をついていても始まらない。
しかし手段がなさ過ぎる。
コンパスを見ながらの行軍は思った以上に遅く、その上気を抜けばすぐに別方向へと向いてしまう。
他に手早く方角を知るには星を読むなどの方法があるが、そもそもまだ夜ではない。
というより、太陽はどこから昇ってどこへ沈むのだったかすらさとりは覚えていない。
地上に殆ど出たことがないのでこんなことも忘れている有様だった。
「参りましたね……」
半ば口癖になりつつある台詞だったが、冗談で済ませられるような状況ではない。
ましてこんな時に戦闘に巻き込まれでもしたら……
そんなことを考えていると、突如さとりの周囲を四角形の光条が幾重にも囲んだ。
「なっ」
罠だと感じる暇もなかった。連鎖反応でも起こすように光条はさらに連なり、グレイズする隙間すらなくなる。
完全に閉じ込められた形となり、さとりは已む無く早苗を抱えたまま地面に降りるしかなかった。
幸いにして――いやこんなことになった時点で不幸としか言いようがないのだが、
光条は自分達を囲みはしているものの、それ以上動く気配を見せない。
恐らく触れればダメージは受けるだろうが、あくまで閉じ込めているだけだ。
ならばここには意図がある。傷つけない罠に意味はないからだ。
圧倒的不利な状況に立たされながら、それでもさとりは冷静に周囲を観察していた。
早苗を守るという意志があったからなのかもしれないが、それが理由なのかはまだ判然としなかった。
「誰かいますね。出てきてもらえますか」
聞こえるかどうかは分からなかったが、取り合えず周囲に呼びかけてみる。
これが意図的なものであるとするならば、どこかで見張っている者がいる。まずはそこに接触しようと考えた結果だった。
「流石に地霊殿の主は動じないものね」
返答は上から返ってきた。
見上げた先では、木の枝に腰掛けた女がいた。
流れるような金糸の長髪に、派手な色のドレス。
傲慢とはまるで違う、余裕という言葉そのものを体現したような物腰。
距離は少し離れていて心は読めなかったが、誰なのかはすぐに察しはついた。
「八雲紫ですか」
「よくご存知ね」
「有名ですよ。地底では、貴女も」
「光栄ですわ」
「悪評ですが」
一瞬拍子抜けしたような顔になったが、すぐに無表情に戻して「それはどうも、古明地さとり」と返してきた。
やはり幻想郷の賢者、そうそう安い挑発には乗らないようだ。
厄介な相手に出会ってしまったものだと思いながらも、問答無用の攻撃に晒されなかっただけ幸運だと考えるようにする。
無論疑問は山ほどあった。こちら側が迂闊だったにしても、どうして捕縛の真似事をしているのか。
こちらが地霊殿の古明地さとりだと気付いているのなら、自分の存在のマイナスには気付いているはずだ。
心を読めるという事実は、それほどまでに悪影響なのだ。
だからこそ、さとりは自分の境遇を変えようともせず、嫌われ者のままでいいと断じてきた。
抗ったこともないから、その先にあるものを見ようとしなかった。いや、見えるはずもなかった。
今はおぼろげにだが見える。抗った先にある、儚いけれども自分の望む未来が見える。
故に、さとりは今だけでも自分のことを信じようと思った。
「こんなところに閉じ込めて、何用ですか」
「そうね……どうされたい?」
紫の目がスッと細まる。それはこちらを見定める、変容を確かめんとする目だった。
けれども、そこに一つの違和感を覚えた。こちらが試されているという感覚はなく、
自分達を通じて紫も何かを、今まで信じられなかったものを確かめようとするような雰囲気があった。
それが何なのかは分かるはずもない。ならば、存分に見せてやるだけだ。今はやるべきことをやればいい。
「取り合えずここから脱出させてもらおうかと。急いでますので」
「……その、人間のために?」
流石に賢者は察しがいいようだ。今はさとりの背で気を失うようにして眠っている早苗を指差してくる。
さとりは臆面もなく頷き、紫を見据えた。だが返ってきたのは、分からないという冷めた視線だった。
「そんな役立たず、殺しちゃいなよ」
こちらの思惑など知ったことではないというように、この場で最も現実的かつ残酷な選択肢が差し出される。
押し付けていると言っても過言ではない。その意志がありありと見えていたから、さとりは逆に動じることはなかった。
寧ろ、抗うべきものの正体を定かにしてくれたことで、より鮮明にどうすべきかを判断することができた。
特に反応もしないさとりに対して、紫が言葉を重ねる。
「その子は人間。それも大した力を持たない、脆い人間ですわ。
何の理由があって一緒にいるのかは知りませんが、そうしていることに意味はない。
そもそも妖怪の本分を外れている。邪魔なだけよ、そんな荷物を背負っていても。
だから捨ててしまいなよ。そんなことよりも他にやることはいくらでもある」
「意味はあります」
紫がつらつらと並べた理屈の数々をこの一言で一蹴できるよう、さとりは声を大にして言った。
そして背中にある早苗の存在を確かめた。意識を凝らしてみれば聞こえる、命の鼓動がすぐそこにある。
ただの生死以上の重さを持って、さとりの意志に火を灯してくれている。
その安心感があるから、さとりは躊躇なく次の言葉に踏み出せた。
「人間も、妖怪も関係ありません。私は、私が望むから早苗さんを助ける。それだけです」
理屈なんて必要ない。
自分がそうしたいから。
それだけのことでこんなにも強い意志を持てるのか。
言い切った後で、さとりは自分の言葉に驚きを覚えていた。
妖怪は人を襲うもの。そんな言葉に従って動いているだけの自分と比べて、なんとさっぱりした気分だろうか。
この気持ち、貴女に分かりますか?
今度はさとりが見定めるように、紫の瞳を覗きこむ。
紫は僅かに顎を下げ、睥睨する顔から向き合う顔へと変わった。
「……人間なんて、役に立たないのに。勝手なことばかりして、愚かで、自分の都合だけを押し付ける」
吐き捨てるような口調は、そうであるはずだと意固地になっているようにも感じられた。
心を読めば、分かるのかもしれない。
だがさとりに心を読むつもりはなかったし、そうする必要もなかった。
上辺の理屈や論理を、盲目的に納得するつもりがなかったからだ。
心を読めば正論は考えられるのかもしれない。だがそれが何を動かす?
現に自分だって、早苗の正直で誠実な気持ちに惹かれてきたではないか。
心を読む能力を否定するつもりはない。けれども、それだけに自分の全てを任せる気もない。
さとりは自分が感じていることを、正直に告げた。
「その一面があるのは確かです。でも、それが全てではないでしょう?」
嘘をついてきた自分。嘘は欺瞞と悪だと断じていた自分を、早苗は嘘で人が救えることもあると言ってくれた。
嘘も方便。言葉にしてしまえばそれだけのことだったが、それを素直に信じさせてくれる力が早苗にはあった。
紫の言うように、自分達妖怪を騙し虐げてきた人間もいるなら、早苗のような優しさを持つ人間だっている。
それは人間に限らない。ここにある存在は全てが別々で、なにひとつとして同じではないのだということを、さとりは知った。
「役に立つ、立たない、そんなことは些事です。私は早苗さんが必要だから――友達だから、助けたい。
やるべきことがあって、それが二の次だとは言いません。ですが、切り捨ててしまえば失くしてしまうんです。
失くしてしまったら、もう何も戻らないし、取り戻せない。
気付いたときには、それが大切なものだったということを思い知らされて……」
紫の瞳が僅かに揺れ、困惑の色を宿したのが見えた。
言い負かされたという風ではなかった。ただ、どうしてと誰かに問いかけているようでもあった。
気が付けばさとりを取り囲む光条は薄れ、もう十分に通り抜けられる隙間ができていた。
今ならば十分に逃げ出せるだろう。だが、取り立てて足早に逃げる必要はなさそうだった。
いつの間にか木の枝から地面に降り立っていた紫が、もうこちらを拘束する気はないと証明していた。
「貴女まで、そう言うのね」
僅かに見えた紫の心の中には、一抹の寂しさが窺えた。
いや読むまでもなかった。顔に刻まれた苦笑が、寂しいと感じさせるのには十分すぎた。
これが本当に妖怪の賢者か? そう思わせるほど、紫の姿は見た目相応の少女ほどに小さくなっていた。
「行きなさい。もう貴女達に興味はない」
そう言い残し、去ろうとする紫。
その背中に「待ってください」とさとりは呼び止めた。
反射的に呼び止めてしまったのか、それともこのまま行かせてはならないと思ったのか判断はつかなかったが、
やってしまったことは仕方がなかった。
動きを止めた紫に対して、どう言ったものか数瞬悩んだ挙句、さとりはこう言ったのだった。
「実は今、道に迷ってまして」
* * *
「参ったわね……」
この状況に対して、或いはまたここに戻ってきてしまったことに対して、紫は何度目かも分からない溜息をついた。
こんなことをしている場合ではないのに。
一刻も早く盤上から抜け出し、ゲームをひっくり返さなければならないのに。
進むどころか逆戻りしているではないか。
双六に例えれば、賽を振ったら逆方向に進んでいるようなものだった。
釈迦の掌から抜け出す奇想天外……と考えれば格好はつくが、それまでから考えればただ流されたようなものだった。
森近霖之助はどう思うだろうか。滑稽と笑うか、それとも嗤うか。
詮無いことだと分かっていながらも、紫は霖之助の姿を思い出さずにはいられなかった。
どうして。
どうして、謝ったりした。
契約なんてただの言葉遊びだったのに。
あの時交わした、いつもの何気ないやりとりが今は重石となっている。
八雲紫を、より小さくする。
自分は無力で、孤独で、ただ虚勢を張っているだけなのだと。
飾り立てていたメッキは剥がれ、畏れられる大妖怪の姿などどこにもありはしない。
そうなのだろう、と紫は納得もしていた。我が式神に守られ、博麗の巫女を止めたのは人間と妖怪のハーフで、
挙句の果てには人間ごときに仲間になれと説得される始末だ。
どこが、大妖怪か。
霧雨魔理沙と分かれてきたのは半ば意地を張ったのかもしれない。
人間に過ちを認め、人間と同じ位置に立つなど。
拒否しなければならなかった。
妖怪は人間を見下すもの。
自分達より遥かに脆弱で、僅かな年月で死に、その上狡猾で愚か。
理屈の上で考えれば、自分のような存在が上位であることは明白だ。見下して当然。
だが古明地さとりはその理屈を違うと言った。
毅然とした態度で言い放った、私は私の意志に従うという言葉が、魔理沙とひどく重なった。
自分と同じ妖怪までもが紫の論理を否定したのだ。
いや、と紫は自分の言葉を否定する。
紫の論理ではない。幻想郷の論理、だ。
結局のところ、自分で考えた言葉などどこにもありはしない。
誰かの言葉を借り、それを正しいと言い張っていただけのことなのだろう。
あまつさえそれを認めず、魔理沙の元から去った。
愚かなのは、どっちだ。
けれども一方で、幻想郷を知る紫の存在が、幻想郷の論理を簡単に否定してはならないと言っていた。
人間は妖怪を退治し、妖怪は人間を喰らう。
その基本形を元に、人間と妖怪は反目し合うものとして幻想郷の
ルールは構築された。
そうしなければ、妖怪は何のために生きているのか分からなくなってしまう。
妖怪の寿命は長い。その上大体のことは簡単に出来てしまう。
人間のように仕事や趣味に生き甲斐を見出せるほど単純でもない。
だからある程度の争い、戦いが必要だった。
規模はどうでもいい。ただ人間の平和が長くは続かないように、必然として争わせる必要があった。
敵として見る相手がいれば、取り敢えずはそれに対抗心を燃やし、暇を潰せる。
現在のスペルカードルールはこれらの構想を元に構築されたものだ。
言わば戦争ごっこ。日常の遊びであると同時に、妖怪の本分を全うし、飽きもしない。
人間と妖怪は戦い続けることで存在できる。
戦いをやめた瞬間、妖怪は膨大な時間に押し潰され、死に至る道を進むだけだというのに。
自らの考えが上手くいっていたからこそ、紫はさとりの言葉が、魔理沙の言葉が信じられなかった。
妖怪が戦わず、人と手を取って生きてゆけるものか。
――だが、その論理も、自分が抜け出さなければならない盤上の論理ではないのか。
ルールから逸脱しなければならないと言っておきながら、その実縛り付けられているのは誰か。
自分が愛し、創ってきた幻想郷。
友人を、我が式神を奪い、殺せと命じる幻想郷。
どちらを信じ、どちらに相対すればいいのか。
言葉を全て弄び、その深くまでを考えてこようとしなかった紫に、無条件の信用など出来るはずがなかった。
だからこそ、疑うことしかしてこなかったからこそ、霖之助も藍も死んだのではないか。
自らの失策のツケを代わりに支払う形で……
しかし理屈で考えれば考えるほど、袋小路に入り込む。最終的に殺しあうのが一番の解決策だという結論に達する。
ゲームなどひっくり返さなくていい。ここが幻想郷であるなら、そのルールに従っていればいい。
霖之助も藍も、仕方のないことだったのだと、愚か者の当然の結末なのだと笑えばいい。
それが、正しいことなのだ。
は、と紫は嘲け笑った。とどのつまり、自分も同じだ。
霊夢と同じ立場でしかない。
「う……」
それを自覚した紫の膝元で、汗ばんだ顔が苦悶の表情に変わっていた。
東風谷早苗だ。道に迷ったというさとりを永遠亭まで案内する羽目になり、そればかりかこうしてお守りまで任される始末。
移動してきた車はさとりが運転出来ないのと、紫が腕が使えないというので今は放置しておくことになっていた。
つくづく外の世界の知識があった霖之助の存在が貴重だったと思い知らされる。
さとり自身は現在永遠亭で薬集めに奔走している最中だった。
何故紫がお守りを任されたのかというと、目ざとく腕に残る毒の傷痕を見つけられたからだった。
曰く、「薬を途中で落とされたら困る」とのことだった。
ならばと紫は「私がこの子を殺すかもしれないわよ」と言ってみたのだが、さとりは何食わぬ表情で、
「『興味はない』んでしょう?」
と言ってきたのだ。心を見抜くさとりのことだ、本当に脅威はないと判断したのかもしれない。
けれども、何を下らないことを、とでもいうようなさとりの顔は読心能力を使ったものとは思えず、
紫に苦い気持ちを抱かせたのだった。
そんなに、今の自分は虫も殺せないように見えるのだろうか。
早苗の表情は苦しそうで、傍目にも熱が酷いことが分かる。
たかが病気のひとつで、こんなにも苦しむ。
早苗の首に爛れていない方の手をかける。柔らかな首筋の感触と、手袋越しでも伝わる熱。
ほんの少し手に力を入れ、締め上げれば……この人間は死ぬ。
スッ、と腹の底が冷たくなった。
ここは幻想郷で、
八雲紫は妖怪で、
東風谷早苗は人間だ。
簡単なことだ。
もう失うものもない。
愚か者が選ぶ道としては出来すぎているが、
それでも、幻想郷がそうしろと言うのなら――
「お母……さん……」
その瞬間、紫の口から声にならない声が漏れ、指が震えた。
お母さん。そう言ったのは早苗だ。
上気した顔はまだうなされているとしか思えず、この言葉も寝言に違いない。
なのに、どうして、自分が震えている?
理性ではただの寝言だと分かっていても、紫の頭は揺れるばかりだった。
たかだか家族の名前を呼んだだけではないか。自分が呼ばれたわけもない。
布団にくるまっているから、体が昔のことを思い出して、そういう夢を見ているだけなのだ。
自分なんて何一つ関係ない。
それなのに、
泣いているのは、どうして?
家族と呼べる者がいることに対する羨望なのだろうか。
孤独すぎる我が身を、改めて思い出した結果なのだろうか。
ここ数百年以上泣いたことなんて、なかったのに……
泣いてはいけない。
大妖怪が泣くな。
泣いたところで誰が慰めてくれる?
慰めてくれたところで、自分にそれを受け入れる資格があるか?
理性は次々に語りかける。それでも洪水のように押し寄せる感情の波を制御することが出来ない。
ご無事で、何よりです。
契約を守れず、済まなかった。
彼らの言葉が蘇る。
なぜ、私に気をかけるの?
私は自分から離れていったのに。
簡単なことだった。
霖之助は友人で、藍は家族だったから……
孤独なんかじゃない。
その思いが理解と共に広がり、それを受け入れることが大妖怪の尊厳をなくすと分かっていながら、紫は拒むことをしなかった。
そうしなければいけないと思った。思い出まで捨てることが、どうしても出来なかった。
今家族と呼べる者が誰一人としておらず、帰るべき場所に誰もいなかったとしても。
「うぅ……」
それは早苗も同じか。
さとりから聞いた。正確にはこれまでのいきさつを聞く中で話題に出てきたのだが、
守矢の神々も既に息途絶えたらしい。
八坂神奈子は放送を聞いて知っていたが、洩矢諏訪子も命を落としたのだという。
しかし早苗は辛さをおくびにも出さず、行動を続けていたらしい。
人間の癖に意地を張る。そう思う一方で今は、それが人間の強さなのかもしれないとも思った。
人間は集団を作る。そうしなければ生きられないからだと思っていた。
けれども、それは一つの側面を切り取ったに過ぎない。
たとえ何かを失っても、また欠片を繋ぎ合わせてやり直そうとする気持ちを持っているから、寄り集まるのかもしれない。
それは、紫の考える妖怪という存在が持たないものだった。
「でも、それも違う」
妖怪も同じだ。その気になりさえすれば、人間と同じく寄り集まれるのに。
どうして今まで自分は気付かなかったのだろう……
紫は手を早苗に伸ばし、ゆっくりと汗ばんだ額を撫でた。
ん、と僅かに身じろぎして、早苗はふにゃっとした笑顔になった。
釣られて、紫も微笑していた。涙はもう出ていなかった。
早苗はきっと夢の中で、母親の姿を見ているのだろう。
紫と早苗は、赤の他人でしかない。
でも、せめて、今この時だけは。
紫が望んで止まなかった、家族でいたかった。
【F-7・永遠亭 一日目・夕方(限りなく夜に近い)】
【八雲紫】
[状態]正常
[装備]クナイ(8本)
[道具]支給品一式×2、酒29本、不明アイテム(0~2)武器は無かったと思われる
空き瓶1本、信管、月面探査車、八意永琳のレポート、救急箱
色々な煙草(12箱)、ライター、栞付き日記、バードショット
[思考・状況]基本方針:主催者をスキマ送りにする。
1.八意永琳との接触
2.ゲームの破壊
3.幽々子の捜索
4.自分は大妖怪であり続けなければならないと感じていることに疑問
[備考]主催者に何かを感じているようです
ゲーム破壊の手を考えついています
【古明地さとり】
[状態]:健康
[装備]:包丁、魔理沙の箒(二人乗り)
[道具]:基本支給品、にとりの工具箱
[思考・状況] 基本行動方針:殺し合いには乗らない
1.少女薬剤捜索中・・・
2.
ルーミアを止めるために行動、ただし生存は少々疑問視。出会えたなら何らかの形で罰は必ず与える。
3.空、燐、こいしを探したい。こいしには過去のことを謝罪したい。
4.工具箱の持ち主であるにとりに会って首輪の解除を試みる。
5.自分は、誰かと分かり合えるのかもしれない…
[備考]
※ルールをあまりよく聞いていません(早苗や慧音達からの又聞きです)
※主催者の能力を『幻想郷の生物を作り出し、能力を与える程度の能力』ではないかと思い込んでいます。
※主催者(=声の男)に恐怖を覚えています
※森近霖之助を主催者側の人間ではないかと疑っています
【東風谷早苗】
[状態]:重度の風邪、精神的疲労、両手に少々の切り傷、睡眠
[装備]:博麗霊夢のお払い棒、霧雨魔理沙の衣服、包丁、魔理沙の箒(二人乗り)
[道具]:基本支給品×2、制限解除装置(少なくとも四回目の定時放送まで使用不可)、
魔理沙の家の布団とタオル、東風谷早苗の衣服(びしょ濡れ)、上海人形
諏訪子の帽子、輝夜宛の手紙
[思考・状況] 基本行動方針:理想を信じて、生き残ってみせる
1.さとりと一緒にルーミアを説得する。説得できなかった場合、戦うことも視野に入れる
2.人間と妖怪の中に潜む悪を退治してみせる
最終更新:2010年07月29日 20:16