二人の“ワタシ” ◆J78.yIiAeg
『妖怪の山』に棲む妖怪は、その殆どが排他的です。
それは、私達天狗は勿論の事、河童とて例外ではありません。
本来ならば山の妖怪が他所の妖怪と協力する事自体、珍しい事なのです。
そうそう、以前、外の世界の神様が山に来た時も、最初は皆快く思っていませんでしたね。
あの時は天魔様が直に交渉されて無事に友好関係を築く事ができましたけれど。
今では山の発展にも、ネタ的な意味でも貢献してくれているので感謝していますよ。ええ、本当に。
―――尤も、その神様は二人とも死んでしまったのですけども。
となると、あの神社はどうなるのでしょう?
やはりあのネタを提供しない方の巫女の物になるのでしょうか?
むむ、だとしたらスクープの予感ですよ。
【実録! 巫女が神になるまでの3日間!】
晴れてネタを提供してくれる巫女になる訳です。
今後の動向に目が離せませんね!
いや、そもそも今は生きてるかどうかも判りませんが。
さて、これでまた一つ記事を書くためのネタ候補が増えました。
採用するかどうかは別にして、ネタになりそうな物は残しておくのが基本だしね。
それに、写真さえ撮れれば捏造だって利くし。
メモメモ……っと。
「どう? 少しは慣れた?」
「ええ。もう普通に使う分には問題ないわね」
「そうなの? 流石新聞記者って所かしら」
「そりゃ、幻想郷最速だからねー。仕事も早くて当然……あれ、もう書き始めてるんだ?」
そう言ってにとりが画面を覗き込んできます。
……それ、自分でマナー違反だって言ってなかったっけ?
いや、何もやましい事は書いてないので見られても平気なんだけどね。
「今はまだネタになりそうな情報をメモしてるだけよ。丁度操作の練習にもなるしね」
「あー、そう言えば文花帖も今手元に無いんだっけ」
「そうなのよねー。本当は手書きが一番いいけど、無い物強請っても仕方ないし」
文花帖と言うのは、ご存知の通り天狗が持ち歩いている手帳のことです。
勿論、私も何時もなら持ち歩いているのですが……今更ながら、これも没収されていました。
なので、何かメモするものが欲しかったのですよ。名簿の余白部分だけじゃ全然足りませんからね。
だからこれにメモ帳機能が付いていたのは有り難いです。
「……ねえ、文」
「ん?」
「図々しいとは思うけど……これからもそれ、使うならさ、私からも一つだけ頼みがあるんだけど。いいかな?」
「ええ。どうぞ。聞けるかどうかは内容によるけどね」
「ありがと。それで、頼みっていうのはね……」
―――時は遡り―――
にとりとレティ、そしてサニーミルクが捕らえた人影。
如何にも愛想の良さそうな笑顔を浮かべ、軽く手を振りながら近づいてくるその姿。
この中ではにとりだけがその人影の正体をよく知っていた。
―――同じ山の、『仲間』だから。
「間違いないよ、文だ!」
「文って、例の鴉天狗……って、にとり!?」
レティが問いかける間も無く、既ににとりは文の元へと駆け出していた。
呆気に取られたレティとサニーミルクだったが、それだけ文を信頼していると言う事なのだろう。
文の事は妹紅からも聞いているし、信頼してもいい筈。そう思い直し、すぐににとりの後を追った。
「文、無事だったんだ! 良かったよ……」
「私がそんな簡単にやられますかって。にとりも、今までよく無事でいられたわね」
「うん……」
「? 何かあったの?」
「……色んな事、あったよ。何から話せばいいか、わからないくらい」
「そう……。でもこうして無事に再開できたんだから、まずはそれを喜ばないとね」
「……そうだよね。うん、お互い無事でよかった!」
文と再開したにとりは、殺し合いの場に居るとは思えない程の笑みを見せていた。
やはり同じ山の妖怪という事もあり、想う所があるのだろう。
「にとり、本当にあの天狗の事信頼してるんだね」
「ええ、そうみたいね」
山の妖怪同士の仲間意識が強い事は、レティも知っている。
レティとしても、信頼できる仲間が増えることは喜ぶべき事だ。
文は相当な実力者と聞いているので、尚更心強い。
だが……
「……信頼、ね」
ふと、レティが立ち止まった。
(私は、あれだけ信頼されてるのかな? 少し前に会ったばかりなのに? ……そんな訳、無いじゃない)
直前までにとりに明らかにするつもりだった、自らの罪。
しかし、今のにとりの表情を見た後ではとても切り出そうとは思えなかったのだ。
あの表情を見た事のない自分は、本当に信頼されているのだろうか。理解を得られるなんて、それは自らの願望ではないのか。
そんな疑惑の念が、レティの心にふと浮かんでしまった。
疑う事を覚えたレティの心は、少しずつではあるが、しかし確実に蝕まれつつあった。
「レティ」
「…うん?」
レティの心中を察したのだろうか? サニーミルクが、レティの方を向いた。
にとりとは対象に、弱気になっている事が明らかなレティの表情。
サニーミルクはそんなレティを真っ直ぐと見つめた。そして、たった一言だけ、声を掛けた。
「大丈夫!」
それは、余りにも単純で、真っ直ぐすぎる言葉。
それをサニーミルクは、満面の笑みで口にしたのだ。
大丈夫、と言うのはどういう意味だろうか? にとりが理解を示すという事か。本当に信頼されているという事か。
否、サニーミルクは妖精の中でも頭は回る方ではあるが、そこまで明確にレティの思考を読み取れる程ではない。
しかしそれでも、その言葉はサニーミルクが自分なりに考えた言葉だった。
それは直前の真っ直ぐ前を見据えた瞳が、そして今の、純粋過ぎる笑みが証明していた。
「…… ありがとう。サニー」
「えへへ~」
今のレティにとって、本当の心の拠り所は全てを知って尚、共に居るサニーミルクだけだろう。
にとりも萃香も、そして妹紅も仲間ではあるが、事実を知らないのだ。どこか後ろめたい心は隠せない。
では、もしも彼女がレティの前から居なくなるような事があれば。
その時に何が起こるのか。レティはどうなってしまうのか。
それはまだ、誰も知る由も無い事である。
「レティー! サニー! 何してるのさー!」
「っと、私たちも早く行きましょう」
「うん!」
どうもー、毎度お馴染み射命丸です。
この度はにとり達を紅魔館へと送り込むべく、接触を試みた次第です。
接触の方法は色々考えてはいたのですが、あまり大声は出せないのでこのような形に落ち着きました。
勿論、にとり達がゲームに乗っている可能性、私を怪しむ可能性も考えてその後の対応も考えていましたが、その必要は無かったようですね。
それにしても、幾ら同じ山の妖怪だからって、ちょっと迂闊すぎじゃない?
これじゃ紅魔館に送り込んでも何一つ出来ずに殺されそうじゃない。
少しお灸を据えてあげる必要があるかな。そうじゃないと送る意味がありませんしねー。
まあ、そんな事をした所でにとり達が殺される事は変わらないでしょうけど。
…… 椛の、様に?
『よくも椛を!』
『あんな間の抜けた子、どっちにしても生き残るなんて土台無理な話だったわよ』
『必ずや私の手で制裁を下してやるわ……っ』
『椛なんか別にどうだっていいじゃない』
……いけない。
あの時の感情がまた甦ってきた。
相反する筈の、でも間違いなく、どちらも自分の本心。
『どうでもいい訳無いじゃない。椛は私と同じ山の仲間でしょ?』
『これは殺し合い。生き残れるのは一人だけ。椛の死は既に決まってるようなものじゃない』
『殺し合いに乗らなくても、ここから脱出する術はあるかも知れないわ』
『貴方も“私”なら判るでしょう。そのような油断が死を呼ぶことを。現に私はこの殺し合いに乗っているのだから』
お互いに一歩も譲らない、二人の『私』。
答えなんて出る筈も無い、不毛な口論。
当然だ。だって私にとっては、どちらの言い分も正しいのだから。
――……や?
うん?
――文ってば!
ふとすると、にとりが私の顔を覗き込んでいました。
心配しているように見える… のは、私の錯覚でしょうか。
「あれ……」
「大丈夫?」
「あ、ええ、大丈夫だけど」
「……無理、しなくていいからね。同じ仲間じゃないか」
どうやら意識が虚ろになっていたようです。
一体何やってるのよ、迂闊なのは私の方じゃない。紅魔館での事といい、さっきからこんな展開ばっかり。
相手がにとりだから良かったものの、下手な相手だったら殺されてたわよ。
「えー、どうやら心配おかけしたようで」
「いいんだってば。気持ちはよく判るしね」
「はい? 気持ち? 何の話よ?」
「いや、今の話だけど……」
「……………」
……本当に、何やってるんだか。
えー、さっきから見苦しい場面ばかりで申し訳ありません。
そうでした、今は情報交換の最中なのですよ。
私の方から話を進めていたのですが、椛の名前を出したところであのような事態に……
本当にすみませんでしたー。
「やっぱり鳥頭ね」
「う……」
「サ、サニー、遠慮なさすぎ……」
何時もなら妖精の戯言なんて適当に流すところですが、今回は反論できません。不覚。
いや、実を言うとですね、半分ぐらいは当たっているのですよ。
記憶力だけはあまり良くないのよねー。
だからメモを残すための手帳は手放せなかったんだけど、支給品には無かったし。
あ、支給品と言えば。
「そう言えばあなた達、私のカメラ見てない?」
「文のカメラ?」
「ええ。別に私のじゃなくてもいいけど。カメラが無いと落ち着かないのよねー」
「カメラかぁ。私の支給品には無かったけど、レティはどう?」
「私の支給品にも、無かったと思ったけど…………」
む? 何でしょう。
レティさん、何か考え込んでいるようですが。
「ちょっと待って……」
「あ……」
レティさんが小さめの方のスキマ袋を漁り始めました。
そこの妖精の分でしょうか?
それにしては、当の妖精本人は複雑な表情を浮かべていますけど。
「あれ、もしかしてその袋の中にカメラあったの?」
「えっと…………」
「…………」
「?」
気になりますね。レティさん、どうも様子がおかしいです。
妖精の方も、心なしか落ち着きが無いような。
何か臭うなぁ。後で探りを入れたほうがいいかも。
「……? 何かしら、これ」
レティさんが取り出したのは、何やら小型の、ハートマークが洒落てる黄色い機械らしきもの。
はて、気のせいですかね? どこかで見た事あるような。
ま、この場にはにとりが居るのでそんな事考えても無駄なんですけどね。ほら、案の定口を開きましたよ。
「なんだ、やっぱりカメラあるんじゃないか」
「え、これが?」
「うん。折り畳み式のね。外の世界の機具を参考に私達河童が作ったのさ」
「あー。そう言えば、他の鴉天狗がこんな感じのカメラ使ってるのを見たような」
「持ち歩きやすい形してるからね。でも、気のせいかな? 微妙に形に違和感があるような……」
見覚えがあったのはその所為でしたか。どうでもいい事ですけど。
でも、にとり達がカメラを持ってるのは好都合と言っていいでしょう。
まさかこの殺し合いの場で記念撮影なんてしないでしょうし、にとり達がカメラを必要とする理由は無いでしょうから。
「では早速ですが、このカメラ、私に譲ってもらえません?」
「……そうね。私が持ってても仕方ないし」
「決まりですね。ではこちらに」
「ちょっと! 自分は貰うだけ貰うなんてずるいじゃない! こっちにも何か寄越しなさいよ!」
「……はぁ。じゃあ、この小銭の中から好きなのとっていいですよ」
「えー、ドロップとか無いの? …あ、でもこれはきれいかも」
妖精は小銭の中から幾つか選んではレティさんのスキマ袋に入れていきます。
それをレティさんは何を言うでもなく、ただ若干の笑みを浮かべながら眺めているだけ。
あまり袋の中身がごちゃごちゃするのはいい気はしないと思うけどなぁ。
「ちょっと待った!」
「ん、どうしたのよ?」
「やっぱりだ。これ、唯のカメラじゃない。……いや、“なくなってる”が正確かも」
「……誰かの手が加えられてるって事かな」
「うん。レティ、これに説明書か何か付いてなかった?」
「説明書って……。あ、これがそうかな?」
レティさんが袋から取り出したのは、一枚の白い紙切れ。多分、説明書とはこれのことでしょう。
と、それにくっ付いている透明なピラピラは、もしかして“セロテープ”と言う奴でしょうか。
確かこれは、外の世界では身近な物を貼り付けるために使われるそうです。
と言う事はこの紙切れ、機械に直接貼り付けてたの? だとしたらかなり扱いが雑ですね。
見た所、レンズに傷が付いているなんて事はないですけど。
「ちょっとそれ、見せてもらっていい? 後、カメラも」
「ええ。どうぞ」
「変な事して壊さないでよ? 私が使うんだから」
「わかってるって。えっと、何々……」
にとりが、カメラを片手に説明書を読み始めました。
手が加えられてるって事はつまり、改造されているという事。
もしかしたらカメラの他にも使える機能があるかも知れないわね。
改悪の可能性もあるので糠喜びは出来ませんが。
「お待たせ。いやー、結構驚かされたよ」
「ということは、改良されてるのかな」
「間違いなく改良だね。カメラの他にも色んな機能が付いてるし」
「ほー。例えば、どんな機能?」
「まず一つは、このボタンを押すと……ほら」
「……成程ね」
開かれた真っ白い画面に、にとりがボタンを押すと文字が出てきました。
つまりこれは、手帳機能。内容も保存できるようで、これがあれば手帳要らずと言う事でしょう。
ふむ、確かにこれは便利かも。
「次に、今は確認できないけど、遠い人と通話が出来る機能があるみたいだね」
「そんな事できるの?」
「うん。電波も問題無いみたいだし、使える筈だよ。と言っても、それをするにはこれと同じような機械が人数分必要なんだけど」
「そうなの……この袋の中にはこれ一台しか無かったけど」
「もしかしたら他のは、誰かの支給品の中にあるのかも」
通話機能ですか……私には必要無いかな。
どの道、最後まで生き残れるのは一人だけ。協力したって……
いえ、やめましょう。忘れろ私。こういう時には話を変えるのが一番です。
「こほん、他に機能は無いのですか?」
「後は電子メールっていう、文章を相手に贈る機能があるみたい。これも一台だけだと出来ないけど」
「……改良と言ってもそれなら実質、追加機能は手帳機能だけね」
「そういうことになるかな。でもこれから使う機会があるかも知れないし、知っておいて損は無いさ。はい、文」
「頭の中には入れておくわ。説明ありがと……ん?」
あれ、このボタンは何でしょう? にとりからは説明されてませんが。
「にとり、このボタンの説明されてないんだけど」
「ああ、それね。弄らない方がいいよ」
「はい?」
「説明書にはそれがどういうものなのか書いてないんだよ。『定時放送の合間に1回押せる』とだけ書かれてたけど」
「……そう。その説明なら爆発したりとかはしないかな」
「そうそう、最初このカメラに違和感を感じたのもそのボタンが原因で」
ピッ
「って、ちょっと文!? 話聞いてた!?」
「使える機能かもしれないでしょ。どんな宝でも使わなかったら持ち腐れるじゃない」
「文ぁ~」
「放送の合間に1回しか使えないなら今が丁度いいわ。えっと……『受信中』?」
一体何を受信すると言うのでしょうか。ワクワク。
いえ、建前じゃないですよ。
これも取材魂といいますかね、何だか隠された秘密を暴くみたいで楽しくなります。
「と、終わったみたい。これは……」
「……画像ファイル、かな?」
「ねえレティ、“がぞうふぁいる”って何?」
「私もよく判らないけど、画像って言うくらいなら、画像が出てくるんじゃない?」
「そうなんだ。ねぇ、私にも見せてよ!」
「こらこら、あんまり強引に覗き込むのはマナー違反だからね」
画像ファイルですか。それぞれに01、02、03と言った具合に番号で名前付けされています。
さて、これは何なのでしょうか?
見たところ、日付、時刻を基に昇順になら、ん、で……
「まさか」
『定時放送の合間に1回』
そこから考えられる事は?
嫌な汗が、吹き出てくる。
押してはいけない、押しちゃ駄目。
そんな声が、頭の中で反響する。
……でも、ここまで来て、今更引き返せますか。
それに私の思い違いの可能性だって、あるんだから。
「早くしてよー!」
「一体何なのかしら……」
「……! 待って、文、これって――」
私は、01と書かれたファイルを……開いた。
それは、恐らくこの世で最も『不浄』を現すものだろう。
そこには『希望』も『奇跡』もない。
生を謳歌した者の姿ではない。天命を全うした者の姿でもない。
敢えて言うならば、それは『この世界の末路』を淡々と映していた。
『殺し合いという現実』だけが、そこにはあった。
画面に映されたのは、山の神様である『洩矢諏訪子』の亡骸に他ならない。
彼女に限らず幻想郷の住人は皆、個性の強い服装をしている。
だからそれが彼女である事に確信を持つのは、難しい事ではない。
―――喩え、顔で判別する事ができなくとも。
「……どうして」
「……にとり?」
「どうして、こんな事、するんだよ……」
暫しの沈黙から、一番最初に口を開いたのはにとりだった。
その表情は、先程見せた文との再会に喜んだ表情とは大きくかけ離れている。
怒り、悲しみ、苦しみ。そんな負の感情を必死で抑えようとしているのが、その震えた声から伝わってくる。
「私達は妖怪だよ。そりゃ過去には色々あったさ。人間と殺し合った事もあったよ。
……でも、あの結界が張られてからは皆、変わってきたじゃないか!」
「にとり……」
「最近じゃ、人間と仲良くしようとする妖怪だって増えてきたじゃないか!
私だってようやく人間の事、『盟友』って呼べるようになったんだよ! それが今の幻想郷の姿じゃなかったの!?」
それは、仲間を殺され、怒りに震える萃香の姿と重なって見えた。
あの時は萃香を慰めたのは他ならないにとりだったが、怒りを感じなかった訳ではない。
ここに来て、今まで押さえ込んでいた物が噴出してきたのだろう。
「どうして、こんな殺し合いに乗るんだよ……くそっ!」
にとりの叫びに、その場に居る者は、何も答えることができなかった。
……椛も、こんな死に方だったわね。
再び沈黙が場を制する中、文の頭に浮かんだのは『仲間』の死だった。
先程、自分に「忘れろ」と言い聞かせ、思い出さないようにしていた、その感情。
ここで再び、その時の感情を思い出してしまった。
文は、幻想郷の中でも特に長く生きている妖怪の一人だ。
だから、外の歴史の事も耳にはしている。……その内容が、如何に馬鹿げているのかということも。
この世から妖怪が幻想となった大きな理由の一つ。それが、「人間は、人間同士で争うようになった」事。
同属同士で殺し合いを始めたのだ。妖怪達の感性からは信じ難く、酷く愚かに見えただろう。
『私達は幻想郷で、大きな争いを無くす事に成功しつつある。ここまで来て、外の人間達と同じ道を辿るつもり?』
『今は生き残る事が最優先なのよ。これが幻想郷の意思である以上、逆らう事はできないの』
『……私だけ残ったところで、それはもう私達の“”幻想郷じゃないわ』
『……生き残らなければ“”幻想郷に帰る事はないのよ』
再び言い争う二人の私。
『幻想郷の意思に従おうとする私』と『幻想郷の在り方を守ろうとする私』。
どちらの『私』も私にとっては正しい。
だって、二人の奥に在る想いは、同じものだから。
――ああ、そうか。
――何故、私の中に『私』が二人居るのか、今になってわかった。
――私は、こんなにも幻想郷を“愛していた”んだ。
今回の異変が幻想郷の意思だというなら、私は逆らえない。
私達は、幻想郷が無ければこの世にもあの世にも居ないだろうから。
でも、私の愛していた幻想郷は――
仲間達で集まって、酒を飲み始めると決まって昔話になった。
『今の妖怪は弛んでいる』『若かった頃は何百と言う、向かってきた人間を倒した』
――そんな話をする奴の顔は、決まって笑っている。
皆、心の何処かで思っているのかも知れない。『殺し合いが無くなって、本当に良かった』って。
今にも争いになりそうなのは外の世界と同じ。どこか危うくて、今にも崩壊してしまいそうで。
でも、決してそうはならなかった。私達や博麗の巫女が、そうはさせなかった。
それが私達の、精神で人間より劣る妖怪の、何よりの誇り。
――その誇りを捨てる事は、妖怪として死んだも同然じゃない!!
私にとっては幻想郷の意思も、在り方も、そのどちらもが大事。
優劣なんて、付けられる筈がない。
――でも、選べる選択肢は一つだけ。
――なら、私はどうすればいい?
私は――
「……早く紅魔館に向かわないと。フランが待ってる筈だから」
「……そうね。絶対に、この殺し合いを止めないと」
「うん!……」
「待ちなさい」
「え、文? どうしたの?」
「今行っても殺されるだけよ」
「……どういうこと?」
文は一つ息を置いて、こう続けた。
「今、紅魔館には、お嬢様とその従者が居るわ。……殺し合いに乗った、ね」
今、私達は萃香さん、妹紅さん達と合流するべく、人里へと向かっています。
何故そんな事になったのかと言いますとですね……
『紅魔館には私が一度向かいましたが、フランさんは居ませんでした』
『……じゃあ、一体何処に行ったんだろ』
『何処かで足止めを食らっている可能性が高いわね。殺し合いに乗った者と交戦中なのかも』
『! なら、助けに行かないと!!』
『何処にいるのか検討もつかないのに、闇雲に探し回っても駄目よ。それに、萃香さんと妹紅さんも気がかり』
『え……』
『あの二人、このままだと真っ直ぐ紅魔館に向かう事になるわね』
『……そうだ。萃香達はあの吸血鬼が館に居る事を知らない』
『ええ。今は無事でも、このままなら不意打ちの形になる。恐らく殺されるか、命は助かってもかなりの深手を負うことになるわ』
『……知らせなきゃ!』
『にとり、でも……』
『文は勿論、人里に向かうんだよね!』
『当たり前でしょ。仲間が危機に瀕してるって言うのに、見捨てる訳には行かないしね。……レティさんは、どうしますか』
『……レティ?』
『……判ったわ。私も一緒に行きます』
とまあ、こんなやり取りがあったのですよ。
そうそう、私が今持っているカメラの先程の機能……名付けるなら、『死体念写機能』でしょうか。
これはどうやら、定時放送でしか知り得る事の無い情報のうち、現時点での死亡者を画像で先に知る事が出来る機能のようです。
余り見たい物ではないのですが、情報は知っておくに越した事はないですからね。全部見ましたよ、はい。
……色々と思うところはありましたが、それはまた別の機会に。
「……文、でいいかしら?」
「ええ。何でしょう?」
「確か貴方の仕事って、新聞記者よね?」
「ええ、幻想郷最速を売りに、的確な情報を素早く届けるのが仕事です!」
えっへん、と少し胸を張ってみた。
事実、速さならどの天狗にも負けない自信がありますよ!
「……なら、一つ頼んでもいいかしら」
「はい? なんでしょうか」
「今回の異変の事……記事にして欲しいのよ」
「……どうして、なんて聞くのは野暮ねー。判りました。殺しの記事を書くのは苦手ですけど、努力してみます」
「ありがとう。それとね……」
「まだ、何か?」
「レティ、でいいから」
「……判ったわ、“レティ”」
「……ねえ」
「うん?」
「私も、サニーでいいよ」
「ああ、そう言えば居たわね。妖精さん」
「ムカッ! 折角邪魔しちゃいけないと思って黙ってたのに! 何よそれ!!」
「冗談よ。よろしくね。“サニー”」
「……うん、文」
この二人とは全く面識が無い訳ではありません。
とは言え、やはり新しい『仲間』になるためにはこういう儀式が必要なのでしょう。
「じゃ、文も新しく加わった事だし、萃香達と合流しないと!」
「妹紅さんには私から説明するわ。ただし、これから向かうのはあの人里だという事は忘れないように」
にとり、サニーが力強く頷きました。
が、レティさんは、何だか曖昧な頷き方。
どうしたのでしょう?
「あの……」
「……レティ? どうしたの?」
「人里に着いたらね……皆に、聞いて欲しい事があるの」
「……え?」
「…… ここでは、言えない事?」
「そうじゃないけど……皆の前で、知ってもらいたい事だから」
「判りました。今はレティの事を信じましょう。にとりもそれでいい?」
「え、あ、うん」
ふむ、やはり何か事情があるようですね。
ですが、どうやらこの場に居る私とにとり、それと、サニー……は、もしかしてその事情を知ってるのかな。
とにかく、持ち物をあっさり曝け出した所を見るに殺し合いには乗っていないのでしょう。
皆に聞いて欲しい話のようですし、今は深追いしない様にしておきましょうか。
今、このカメラのメモ帳には二つの、そして三人分の想いが綴られています。
一つは、殺し合いの無意味さを伝える為の、この異変の新聞記事。もう一つは ――
こうして、幻想郷に平和が戻りました。
【めでたしめでたし】
……新聞記事の締めじゃないなあ、これ。
にとりの頼み事。それは、新聞記事の終わりにこの文を入れるということ。
それは、これだけの犠牲者が出ても尚、希望を捨てないというにとりの想いの表れなのでしょう。
ですから、記事が書ければこの文は必ず入れるとします。
――でも、御免なさい。にとり。それにレティ、サニーも。
――もしかしたら貴方達の想いを、私は、裏切る事になるかもしれない。
文はまだ揺れていた。二人の“私”の間で。
にとり達を紅魔館へと送る事を止めた理由。それは、今は殺す気になれなくなった、というだけなのだ。
『幻想郷の意思に従おうとする私』と『幻想郷の在り方を守ろうとする私』。
果たして文は、そのどちらに傾くのだろうか?
――それもまた、まだ誰も知る由も無い事なのだった。
【C-3 人里付近 一日目 夕方】
【河城にとり】
[状態]疲労
[装備]なし
[道具]支給品一式 ランダムアイテム0~1(武器はないようです)
[思考・状況]基本方針:不明
1.萃香達と合流する。ある程度人が集まったら主催者の本拠地を探す
2.皆で生きて帰る。盟友は絶対に見捨てない
3.首輪を調べる
4.霊夢、永琳には会いたくない
※ 首輪に生体感知機能が付いてることに気づいています
※永琳が死ねば全員死ぬと思っています
※レティ、妹紅、文と情報交換しました
【
レティ・ホワイトロック】
[状態]疲労(足に軽いケガ:支障なし) 、精神疲労
[装備]なし
[道具]支給品一式×2、セロテープ(7cm程)、小銭(光沢のあるもの)、サニーミルク(S15缶のサクマ式ドロップス所有)
[思考・状況]基本方針:殺し合いに乗る気は無い。可能なら止めたい
1.萃香達と合流する
2.この殺し合いに関する情報を集め、それを活用できる仲間を探す(信頼できることを重視)
3.仲間を守れる力がほしい。
チルノがいるといいかも…
4.自分の罪を、皆に知ってもらいたい
5.ルナチャイルドはどうなったのかしら
※永琳が死ねば全員死ぬと思っています
※萃香、にとり、妹紅、文と情報交換しました
【射命丸文】
[状態]健康
[装備]短刀、胸ポケットに小銭をいくつか、はたてのカメラ
[道具]支給品一式、小銭たくさん、さまざまな本
[思考・状況]基本方針:不明
1.今は萃香さん達と合流する事が優先
2.このまま殺し合いに乗る? それとも……
※妹紅、天子、にとり、レティが知っている情報を入手しました
※本はタイトルを確認した程度です
※リリカがレミリアの軍門に下ったと思っています
※小銭のうち、光沢のあるものは全てレティの袋に入れられました
はたてのカメラにはカメラ機能の他にメモ帳、通話、電子メールといった普通の携帯電話の機能があります。
もう一つの機能として、『死体念写機能』が追加されています。
これは、定時放送の合間に1回だけ押せる機能で、前回の放送から現時点までの死亡者の遺体を念写するものです。
遺体が何らかの理由で失われていた場合、何も表示されません。(付近に居る第3者は写りません)
最終更新:2010年12月20日 23:48