北風と太陽、冬空の旅人

北風と太陽、冬空の旅人◆CxB4Q1Bk8I



 太陽が沈んでいく。

 地上を闇が包んでいく。

 地底の太陽、霊烏路空は、地上の支配者が変わるのを、ただじっと眺めていた。
 太陽のなくなった世界は、誰のものなのだろうかと、曖昧な疑問が湧いて、そのまま消えた。

 湖の傍では、白く踊る霧が黒い影へと姿を変え、全てを覆い隠さんと蠢いていた

「……何か嫌な感じ」

 身を包む寒気とも違う不快感に、空は体を震わせる。
 羽に纏わり付いた水滴が、ふるふると振られて飛び散った。

 抜け切った霊力を再生成する、何かが身体の中を蠢くような感覚と、未だ続く地獄のような高熱で、神経は空に休息を許さなかった。
 ぼうっとする頭では、モノを考えるのは難しかった。
 目や耳や鼻で感じる情報を、そのままに受け止めるだけの、時間が過ぎていく。

 ふと目を近くに移すと、隣で眠る氷精の頬には、流れた涙が、氷を滑る水滴の跡のように残っていた。
 よく聞き取れない彼女の寝言を、ぼんやりと聞き流しながら、空は再び湖に視線を移した。

「綺麗な水」

 どれだけ不気味な影がそれを覆い隠そうとも、透き通った湖は全てを反射する鏡のように輝いて見えた。
 チルノの住処であり、そうでない場所。
 彼女が帰るはずだった場所で、そうでない場所。
 日の沈む前に見た綺麗な景色が、自然と思い返された。

「……飲めるかな?」

 火照った体は、冷たい水を欲していた。
 立ち上がって水辺に寄ろうとするが、何かがそれを阻んだ。
 ガチャ、という無機質な音がして、腕が引っ張られる感触があった。
 空は少し考えて、思い出した。
 ああ、そうだった。私とチルノは、今、繋がれたままなんだ、と。


「んにゃ……っ、な、に」

 目を擦り、チルノが殆ど寝言のような声をあげる。

「あいたた、あちゃ、ごめん、起こしちゃった」

 空がわたわたと手を振る。
 チルノは不機嫌そうにムッとした表情を見せた。

「ごめんってー。綺麗な湖に見惚れちゃったんだ」
 空は、あはは、と笑ってみる。
 特段気に掛けることも無い、いつもの軽いやり取りのはずだった。

「怒らないよ、あたいオトナだもん。それより休もうよ。もう夜だよ」
「えっ? あ、チルノ?」

 予想もしていなかったチルノの反応に、空は混乱する。
 チルノは、寂しそうな表情を見せて目を逸らした。

「あたいは疲れてるの。おくうも休んだら」

 再びチルノは座り込んだ。
 しかし休む素振りは見せず、ぼんやりと湖を眺めている。
 空にはよく分らなかった。チルノは今、何を考えているんだろう。

「ね、ねぇ、チルノ?」
 普段はそんなことは気にしないけれど、今はひどく気になってしまう。
 チルノとの距離がこんなにも近いせいなのか、それともこの異常な状況がそうさせるのか。

「あ、熱いの? はい、冷やしてあげるから」
 チルノの手が空に翳される。
 熱っぽさが少し消えて、思考が多少クリアになった。
「うん、ありがとー。……まぁ、それは、そうだけど、そうじゃなくてっ」
「じゃあ、何?」
 チルノの向けた眼差しに、空はたじろいだ。

 その一瞬、確かに、チルノの瞳は、氷のように冷たかった。
 流した涙が氷結し、薄い氷の幕になってその瞳を覆っているかのようだった。

 さとり様なら、それが何かわかるかもしれない。でも自分ではわからない。
 だから、空には、聞くしかなかった。
 仲間と、友達と認めたチルノが、どうして、そんなに悲しそうな顔をしているのか。
 この場所が、どうしてチルノの帰るべき場所では、ないのか。


「うん、ね、気になるんだけど……」


 その時、聞こえた。
 空はただ、広い空を見上げた。
 チルノも顔を上げ、どこにもいない声の主を探した。

 第3放送。太陽よりも高い位置から、氷よりも冷たい八意永琳の声が、世界に響き渡る。


 嘘だ。
 そう叫びたかった。
 こいし様まで、死んだなんて、嘘だ。
 そんなに誰かが死んだなんて、嘘だ。
 ここで起きている事全てが、嘘だ。

 嘘である事が、一番、自分にとってうれしい事だと、わかっていた。

 でも、声に出たのは、「嘘だ」じゃなかった。

 嘘じゃない、これが、今起こっていること。
 それもまた、わかってる。

「なんで? どうして!?」

 理解は出来る。でも、納得は出来ない。
 受け止めることはできる。でも、受け入れることは出来ない。

 空は自由な片腕で、頭を強く抑えて左右に小さく振った。
 背中の羽が、随分と重く感じられた。

 自分の描く家族という暖かい世界から、二つの大事な命が消えた。
 その片方は、自分が奪った。それを、改めて認識せざるを得なかった。
 喪失。あの時の片隅の感情。咽び泣いた私を包んだ全ての感情。

 ああ、こういうことか。
 だから、きっと、チルノは泣いていたんだ。
 私が帰る家。チルノが帰った湖。
 今までの日常はそこにはない。
 それは、幸せがなくなった、寂しい世界があるだけだ。

 そこに帰っても、私たちは、元通りにはなれない。
 チルノは仲間達と笑いあうことが出来ない。
 私は、笑顔でただいまを言う事が出来ない。
 ふと、さとり様の、悲しそうな顔が、過ぎった。あの時声を上げて泣いた、私の姿も。

 当たり前だった日々が、目の前から消えていて。
 それは、とても、悲しい、ことだと、知った。

 ぽっかりと空いた空間の白さに、空は酷く狼狽して、
 その隙を縫うかのように、溢れそうな感情が流れ込む。

 辺り構わず、全ての力をぶっ放したい、そんな気分に駆られた。
 ゼロになった霊力では何も出ないだろうけれど、そんなことは大したことじゃない。
 怒りと、悲しみ。ずっと溜め込んできたそれらが、体を突き破らんと暴れる。

 放送という火種が、感情の火薬に火をつけて、
 心は今にも全てを巻き込み世界を紅蓮の炎に包もうとするほど燃え上がる。

 そのまま、世界を炎に包んでしまえば、全ての苦痛から逃れられるかもしれないと、その時だけ、感じた。

 ぴたり。

 冷たい感覚が、空の頬に伝わってきた。
 夜の闇の中だけど、随分とハッキリと、目の前が見えた。
 チルノが左の掌を、空の右頬に当てていた。
 ほんの少しだけ、心配そうな表情で、チルノは空を見ていた。

「あ……チルノ……」

 荒れそうだった気持ちが、少しずつ鎮まっていくのを感じた。
 冷たい手が、熱くなった気持ちを程よく冷ましてくれた。
 なんだか、よくわからないけれど。すごく、落ち着く。

 遠い世界に飛んでいた意識が、空の元へ戻ってくる。
 自分の体に感じる違和感にようやく気付き、その手元に視線を下ろした。
 手錠で結ばれた小さな手を、空はその全ての力で、握り締めていた。
 おそらく、放送を聴いてから、ずっと。
 自分の燃え上がる心の暴走を、全てこの手に注いでいたのかも、しれない。 

「あ……」
 掠れた声しか出なかった。
 手を離した。氷のように透き通った肌に、赤く指の跡が残っていた。
 握り締めた自分の掌を見た。溶け出した氷なのか、酷く濡れていた。

「ごめん、私」
 口を開いた。感情に任せて彼女に痛い思いをさせてしまった事を、謝らなきゃと、思った。

「全く、おくうは、あたいがいないと全然ダメね!」
 だが、チルノは、全く、何事もなかったかのように、大きな声で勝ち誇ったように言った。

「え、あ……」
 空が呆気に取られていると、チルノは、白い歯を見せて笑った。
 ぱちん、と耳元で可愛らしい音がした。
 チルノが空に当てていた左手で、ほんの少し頬を叩いた。

「元気はどこにいったのさ! おくう! そんな顔して最強なんかになれるわけないじゃない!」

 チルノが右手で空の左手を強く握り返す。
 締め付けられる痛みを感じるけれど、それは何故かとても心地よいものだった。

 空も、思わず笑顔になる。

「は、はは! 言うじゃない、チルノ」
「ふふん、あたいはオトナだからね!」
「あははっ、オトナって言うのはこれくらいは大きくならないとダメダメ!」
「あーっ! チビって言ったー!」

 ひとしきり笑って、再び静寂が戻って、空は呟いた。

「ありがとう、チルノ。私を制御してくれて」
 空なりに、言葉に心を込めるけれど。
「え? 何言ってるのさおくう? 熱のせいでバカになった?」
 そんなの、あんまり意味の無いことだ。

「ううん、それはもとから……って、違うわよ!」
 思わず突っ込みを入れて、空はむぅと頬を膨らませた。それでも、顔の笑顔が崩れない。
「あはは! じゃあ何さ? よくわかんないよ?」
「んー、じゃあ、わかんないままでいっか」
「あっ! 今バカにしたでしょ! ずるいよおくう!」

 私達は、そんなこと、言葉にしなくても、いいんだ。



 二人は、太陽の沈んだ、その向こう側を、静かに眺めていた。
 霧は今も黒い影となり、二人を包もうとしている。
 それでも、今は嫌な感じはしない。

「ねぇ、チルノ」
「何さ?」
「さっきチルノがさ、泣いちゃった意味、わかったよ」

 チルノは一瞬表情を歪める。なんて似合わない表情なんだろうと、空は思った。
 そして、チルノの眼を見て、誓うように言った。

「帰ろう、絶対」
「え?」

 チルノが怪訝な顔をする。
 空は高らかに叫んだ。

「こんなところじゃなくてさ! ただいまって言ったら、おかえりって言われる、そういう場所に帰ろうよ!
 私がいて、さとり様がいて……、こいし様とお燐と、あと……あと、みんな! みんながいる場所に!」

 空は両手を羽のように大きく広げる。
 チルノの右手は空の左手に引っ張られて高く掲げられた。

「私達は最強でしょ! 最強なら出来ない事なんかないの!
 だから、絶対に、私達の家に、帰ろう!」

 あの時折れかけていた、自分の気持ちを再確認するように、空は叫んだ。
 暗い湖の隅々まで、その宣誓の声だけが響き渡った。

「……うん! あたいの湖は、みんながいて、もっとキレイで……えっと、もっとすごいから!
 きっとおくうにも、見せてあげる!」

 チルノの表情が明るくなる。
 さっき元気付けてくれたお礼、とばかりに空も白い歯を見せた。

「よし、約束!」

 強く視線を交わすと、どちらとも無く、歩き出す。

 さぁ。

「いくよ!」
「どこへ?」
「どこか!」

 地図にない場所へ。
 帰るべきどこかへ。

 その道がどんなに険しくて、どんなに障害があったとしても。
 私達は、きっと二人で最強になって、そのどこかに辿り着くと信じてるんだ。

【C-3 霧の湖 夜 一日目】

【チルノ】
[状態]霊力消費状態(残り4時間程度で全快)全身に打撲 強い疲労 心傷
[装備]手錠
[道具]支給品一式(水残り1と3/4)、ヴァイオリン、博麗神社の箒、洩矢の鉄の輪×1、
    ワルサーP38型ガスライター(ガス残量99%) 、燐のすきま袋
[思考・状況]基本方針:お空と一緒に最強になる
1.前に進む。
2.メディスンを殺した奴(天子)を許さない。
3.ここに自分達を連れてきた奴ら(主催者)を謝らせる。
4.必ず帰る。

※何か違和感を感じとりました。
※現状をある程度理解しました


【霊烏路空】
[状態] 霊力1/3(残り4時間程度で全快) 疲労極大 高熱状態{チルノによる定時冷却か冷水が必須} 右肩(第三の足)に違和感
    左手に刺傷 左翼損傷 全身に打撲 頭痛 心傷 
[装備] 手錠
[道具] 支給品一式(水残り1/4)、ノートパソコン(換えのバッテリーあり)、スキマ発生装置(二日目9時に再使用可)、 朱塗りの杖(仕込み刀) 、橙の首輪
[思考・状況]基本方針:チルノと一緒に最強になる
1.前に進む。
2.メディスンを殺した奴(天子)を許さない。
3.必ず帰る。

※何か違和感を感じとりました。
※現状をある程度理解しました


※空の左手とチルノの右手が手錠でつながれています。妹紅の持つ鍵で解除できるものと思われます。
※メディスンの持っていた燐のスキマ袋はチルノが持っています。
 中身:(首輪探知機、萃香の瓢箪、気質発現装置、東のつづら 萃香の分銅● 支給品一式*4 不明支給品*4)


142:らびっとぱんち 時系列順 144:悪魔の住む家
142:らびっとぱんち 投下順 144:悪魔の住む家
133:違和感№909 チルノ 154:東方萃夢想/Imperishable Night
133:違和感№909 霊烏路空 154:東方萃夢想/Imperishable Night


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最終更新:2012年01月14日 23:34
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