DECOY

DECOY ◆27ZYfcW1SM




 東の空から月が昇り始める。
 太陽は西の山に隠れ、すでにオレンジ色の光で空を薄く照らすだけだった。
 人間の時間は終わった。これからは妖怪の時間だ。

 そう思えた……

 しかし、対峙する人間は言った。

「あなたの時間も私のもの」

 月光に照らされた銀の頭髪はそう、月のように光を受けて美しく輝いている。
 私たちよりもよっぽど妖怪じみている。目つきや身のこなしを見ても、その者から漂う覇気もすべてが妖怪であった。

 私の時間は奪われてしまった。
 私は今のまれている。

 乾燥した唇を舌で撫でた。さて……どうしようか……

 悠長に考えている暇はなかった。
 十六夜咲夜は手に持った一振りの大型ナイフを振りかぶって大地を蹴った。
 まるで蛇が地面を這うような動きで私たちに迫る。

 私は迎撃を余儀なくされた。
「ええい!」

 スペルカードを詠唱する時間はなかった。
 私が持つ寒気を操る程度の能力で作り出した冷気による弾幕を前方にばらまく。

 以前彼女に「黒幕、弱いなぁ」と言われただけあり、私の弾幕を十六夜咲夜は難なくかわして弾幕を一本のナイフのように突き進む。

「水符「河童のポロロッカ」」

 しかし、レティの弾幕によってわずかに咲夜の足は凍った。
 その隙ににとりはスペルカード(技)を発動させる。

 視界を覆う広域攻撃の潮流が咲夜に迫った。

 しかし、せっかく発動させたスペルカードも咲夜は表情を崩すことはなかった。

 弾幕の密度はレティのそれと同じく低い。
 理由は簡単だ。首輪による能力制限、そしてここには水がないからだ。

 レティの弾幕は周りに寒気があることによって、初めて弾幕を作ることができる。
 にとりは違い、水がなくても弾幕を形成こそすることはできる。
 しかし、レティと同じく、火力はその場に存在する媒体によって決まるのだ。

 咲夜は腕を前に組んでその弾幕を浴びる。威力は無いに等しい。
 精々風の強い日の波打ち際ってレベルだった。

「駄目だ、効いてないわ」
「くっ……」

 サニーミルクは悲鳴に近い声をあげた。
 私も唇を噛む。

 過失とはいえ、リリーホワイトを葬り去ったレーザーを持つ私が十六夜咲夜に当てなければダメージにならない。

 しかし、私の弾幕は火力があるものの、密度、速度が他の者の弾幕に劣る。
 おまけに、いまだ寒さは残るとはいえ、春が近い。私の体力も万全ではない。
 火力を高めるために力の消費が激しく、無駄打ちしてはすぐに体力が切れて息切れしてしまう。

 バッドステータスが山積みな状態での強敵との対峙。
 じんわりと絶望が広がり始めた。

 死の恐怖を感じたのは何年ぶりだったか?
 それより今はその死の恐怖より怖い恐怖を味わっている。

 私は片目でにとりの姿を見た。

 負けるわけにはいかない。パワー、スピード、精度で劣るならあとはブレインで勝つしかない。
 思考が止まった時こそ負けだ。

「そこよ!」

 私は寒気集束レーザーをにとりのポロロッカに向けて打ち込む。
 急速に水が凍り、それは大きな氷塊へと変化した。

 波に乗ったその氷塊は巨大なひとつの弾丸となって咲夜に飛ぶ。

「っ!!」
 咲夜は波飛沫によって目をつぶったことが仇となる。

 鈍い音が響き渡る。

「やったか!?」
「いいえ、人間でもあれぐらいじゃ死なないわ」

 私の予想は的中した。

 キュン!
 絹を擦ったような音が聞こえた。直後に氷塊の一部が粉砕する。

 そして氷塊の陰から何か細長い物が見えた。あれは鎌だ。それも農作業で使うような小さな奴ではない。
 とてつもなく大きな鎌だった。

 それが氷の砕けた部分に噛みつく。
 鎌の本来の仕事は刈り取ること。氷の上半分をその鎌は刈り取ってしまった。

 十六夜咲夜が半分になってしまった氷を踏みしめて現れる。
 先ほどの攻撃によるダメージか頭部からの流血があり、顔を赤黒く染めている。
 手にはナイフの代わりに巨大な鎌が握られていた。

 スピードではなく、火力を選んだと見える。
 先ほどまで持っていたナイフはエッジから煙を出しながらメイドエプロンの腰ひもに引っ掛けてあった。

「あのナイフ、何か仕掛けがあったみたいだよ。たぶん銃が組み込まれてるんだ」

 にとりがすぐにナイフの機能を見破る。
 武装までが劣るというバッドニュースに私は思わず苦笑いを浮かべた。

 あの隙間袋にはほかに何が詰まっているのか興味が湧いてきた。

「にとり、弾幕を出して! 細長い奴よ」
「え、わ、わかった」
 私は咲夜によって破壊された氷の破片を拾い集めながらにとりに指示を出す。

 にとりは自機狙い形式の連続した水の弾幕を作り出す。
 私の冷気によって水は凍り、その弾幕は一本の柱となった。

「これで完成よ」
 拾った氷の破片をその先端に着ける。

 寒気が水を媒体にして具現化した氷の三又の槍、トライデント。

 近接武器がこちらにもできた。それはつまり近寄れば勝てるという相手の戦術をつぶすことを意味する。
 咲夜も敵が近接武器を持っていることを認識する。

 ブオン!

 大鎌がうねりをあげて振り下ろされる。

「う、受け止めた!?」
 サニーミルクは驚きの声をあげた。

「だってさっき氷は切られたじゃない!」
 サニーミルクの言い分はこうだ。さっきの氷塊が切れる鎌なら細い槍など切れるだろう……と。
 にとりがそれを説明する。
「氷は温度によって硬度が変わる。低温になればなるほど硬くなるんだ」
 他にも当然いくつも要素があるが、レティが握る氷のトライデントは鉄よりも硬い。

「今度はこっちの番よ」
 トライデントで鎌をやり過ごすとレティはトライデントを突き出した。

 咲夜は兎のように飛び跳ねて距離を取ろうとする。

「逃がさない!」
 槍はもともと突く道具だ。いくら逃げようが突く動作に必要な前後運動。
 槍は咲夜の体を求めて食らいつく蛇のような動きを見せた。

 咲夜は鎌の大きな刃を盾代わりにして防ぐ。しかし、取り回しが遅い鎌だ。
 幾多の蛇を防ぐには重く小さい。

「隙あり!」
「しまっ……!」

 3つ叉の槍、トライデント。その特殊な形状によりある動作が可能であった。
 大鎌は咲夜の手から離れて宙を舞った。

 又の部分に鎌を引っ掛けてはじくことだ。

「もらったわ!」

 トライデントの刃が咲夜に向けて喰らいつく。

 キンッ!

 その理想とは的外れな音が腕から伝わった。
「な……に……」

 トライデントは一本のナイフによって肉を喰らうのを阻止されていた。
「欝陶しいわね……ハァ……ハァ……この制限」
「時間……操作……」

 私は『何秒』時間を止められたのだろうか。
 止まった時間で秒というのはおかしいかもしれない。とりあえず何秒か? だ。

 それほど長い時間ではないことは私が殺されていないことでわかる。
 おそらく一瞬、長くても1秒くらい。

 私はステップを踏んで距離をとった。
 弾幕ごっこは人間にも勝利をもたらすルールであるが、彼女にとっては勝利を絶対のものにさせない鎖だ。
 時間停止は命のやり取りではチート以外の何ものでもない。

 時間停止によってすべての者は抵抗を忘れる。
 抵抗ができなければ心臓にナイフを突き刺すことなど容易い。
 それがたとえ箸でミジンコをつまみ上げることができるほどの目を持った者でもだ。

 彼女が勝負の最初でその能力を使わなくて本当によかった。
 オフェンスではなくディフェンスでその能力を使って本当によかった。

 しかし、能力が使えないと高を括っていたが、その考えを改めなければならない。
 見たところこれほどの短時間を止めるだけでも体力をごっそり持って行かれたようだ。

 長時間の時間停止が無いにせよ、時間停止後に攻撃が確実に入れられる範囲に入ればこの戦い、負ける。

 トライデントを強く握り、私はメイドを睨みつけた。


「氷の槍なんて物騒ね」
 それに思った以上に硬いし。
 私はナイフに付けられている銃の機構に予備弾を詰め込んだ。
 カチッと音を鳴らしてセーフティが掛かる。

 飛び道具がこれの他にただの食事用のナイフとフォークだけなのが心細い。
 時間の操ればこんな雑魚簡単に沈められるのに、殆どそれができない。
 能力が使えないだけでこんなにも私は弱くなってしまうんだなと今まで能力にばかり頼ってきた戦闘を思い出しながら、今の力で片付ける方法を考える。

 その方法は簡単に浮かばなかった。当然なのだ。能力がない私などただのメイドに過ぎないのだから。

 近接には自信があるものの、妖怪の腕力に敵う通りはなかった。
 おまけに大型とはいえナイフだ。リーチが違いすぎる。
 今までの近接格闘はナイフを投げるという選択肢があったおかげでリーチの差を埋めていたようなものだ。

 あの槍のリーチは有に2mはあるだろう。2mの距離を詰めるのには最低3回ほど攻撃をかわさなければならない。

「いいベットね」



 レティ・ホワイトロックは肌で感じた。
「こいつ……なにか仕掛けてくる」

 それはにとりやサニーミルクにも感じたことだった。
「気をつけてレティ!」

「来たわ!!」

 咲夜はナイフを手にもって大地を蹴った。

「はぁ!!」
 グオン!

 巨大な氷のトライデントが咲夜の上半身をなぎ払う。
 いや、躱されていた。

 腰を低くしていた咲夜が飛ぶ。

 しかし、次弾はすでに装填した。
 トライデントのなぎ払いの動作から直ぐに突きの体制まで移行する。

――シュン!


 トライデントが空中に舞うメイドの体に向けて突き進んだ。

 幻想郷の住民は空を飛べる。
 しかし右に行っていた体が急に左に行くことはできない。
 世界には慣性というものがあり、たとえ常識が通用しない幻想郷とて慣性の法則はその存在が観測されている。
 トライデントが咲夜の体に到達するまでの僅かな時間に慣性を殺すなど出来るわけがないッ。
「もらった!」

「レティ!!」
 にとりが叫んだ。

「しまっ……」


 確かに、ナイフを持っていた。しかしそれはあの大きなナイフではない。
 食卓で使うようなごく小さな切れ味の悪いナイフだ。
 焼いたハンバーグを切るくらいしかできない。よく調理されたステーキを切ることしかできないあのナイフだ。

 それを銃機構が付いたナイフとは別の手に持っていた。
 恐らく袖の中に隠していたのだろう。
 メイドがそれを投げるまでの時間はトライデントが咲夜の体に喰らいつくまでの時間より早かった。

 投げられた一本のナイフは私に向かって飛んで来る。
 私の視界をぐんぐんナイフの鈍い銀色が占めていった。

 鈍い音だった。
 刀で切ったような鋭い音じゃない。どっちかというなら木槌で叩いた音の方が近かった。

「――――――!!」

 声にならない悲鳴が喉の奥から這いずり出た。
 左目からの視覚情報が途絶え、代わりにナイフが生えているという感覚が焼けるような痛みと一緒に送られてきた。

「レティ! レティ!!」
 サニーミルクはなんども私の名前を叫んでいる。
 私は生き残った右目でサニーミルクとにとりを見た。
 二人とも不安そうな顔で私を見ていた。

 私は悲鳴を押し殺して叫んだ。
「負ける! もんですかぁぁあああ」


 メイドは勢いが死んだトライデントを躱してすでに接近していた。
 通常弾幕すら生成する時間はない。
 どうするか? こうするんだ!!

「あああああああああああああああ!」
 目に刺さったナイフを引き抜いた。
「え!?」

 十六夜咲夜が声をあげた。

 大型ナイフを突き出したまま咲夜は突っ込んでくる。
 その体に向かって目に刺さっていたナイフを突き出した。

「ぐふっ!」
「ぐあぁっ!」

 肩に深々と刺さった巨大なナイフ。血がどくどくと心臓の鼓動に合わせて流れ出る。

「……ざまあ無いわね」
 十六夜咲夜はフラフラと後ろに下がった。
 純白のエプロンが赤く染まっている。

「……ひどい無茶をするわね。驚いたわ」
 カランと音を立てて食事用ナイフが落ちた。

 咲夜は顔にあぶら汗を浮かべながら強がった表情を見せた。
 ダメージは決して小さくはないみたいだ。

 しかし、致命傷ではない。痛みも一時的なものだろう。
 恐らく出血もいずれ止まる。

 私のほうが圧倒的にダメージは大きかった。
 そんな私に十六夜咲夜はこう言った。

「引かせてもらうわ」

 目の前にカランと金属の円柱が落ちる。

「閃光弾!」
 にとりが言うと同時にフラッシュバンは爆発した。

 恐ろしいほどの音響と白い光が私を包んだ。
 感覚機関が復活したころには十六夜咲夜の姿はなかった。
 残ったのは血のついた小さな食事用ナイフだけである。


「レティ、大丈夫……じゃないよね! 早く治療しないと!」
 にとりが慌てて駆け寄ってきた。
 そのにとりに私は氷のトライデントを突き出した。

「私の寒気をかなり込めたから少なくても半日は溶けないと思うわ。持って行きなさい」
「え?」
 にとりはきょとんとした表情を浮かべた。

「私疲れちゃったからここでしばらく休んでいるわ。にとりは早くここから離れなさい。
 いつ吸血鬼がやってくるか分からないもの」

「ならレティも……」

 私はサニーミルクの声を遮って言った。
「ごめん、私今は走れないわ。吸血鬼は歩いて逃げられるほど甘く無いと思うの」

 近くから聞こえていた別の戦闘音も今は聞こえなくなっていた。
 天狗と吸血鬼、どっちが勝ったのかわからない以上、最大の危機(吸血鬼)から逃げなければならない。
「私は天狗と合流するから大丈夫よ。さ、早く行きなさい」

「で……でも……」
「大丈夫だから」

 にとりは後ろ髪を引かれる思いを抱いていますよー的な表情を浮かべながら去っていった。
「ちょっと……血、流しすぎたかな」

 私は大声を上げて笑う膝に鞭を打ち、立ち上がると冷気で流れでてくる血液を凍らせた。
 激痛が私の中で弾ける。
 全身の傷を凍らせるころには意識が朦朧としていた。

「流石に限界……ね……ちょっと、おやすみ」
 岩の影に背中を預けて私は意識を手放した。



【C-3 人里付近 一日目 夜中】

【レティ・ホワイトロック】
[状態]気絶、左目損傷、左肩に刺創
[装備]なし
[道具]支給品一式×2、セロテープ(7cm程)、小銭(光沢のあるもの)、食事用ナイフ
[思考・状況]基本方針:殺し合いに乗る気は無い。可能なら止めたい
1.萃香達と合流する
2.この殺し合いに関する情報を集め、それを活用できる仲間を探す(信頼できることを重視)
3.仲間を守れる力がほしい。チルノがいるといいかも…
4.自分の罪を、皆に知ってもらいたい
5.ルナチャイルドはどうなったのかしら

※永琳が死ねば全員死ぬと思っています

【河城にとり】
[状態]疲労
[装備]氷のトライデント
[道具]支給品一式 ランダムアイテム0~1(武器はないようです)、サニーミルク(S15缶のサクマ式ドロップス所有)
[思考・状況]基本方針:不明
1.とりあえずこの場から離れる
2.萃香達と合流する。ある程度人が集まったら主催者の本拠地を探す
3.皆で生きて帰る。盟友は絶対に見捨てない
4.首輪を調べる
5.霊夢、永琳には会いたくない

※ 首輪に生体感知機能が付いてることに気づいています


【十六夜咲夜】
[状態]腹部に刺創、頭部打撲
[装備]NRS ナイフ型消音拳銃(1/1)個人用暗視装置JGVS-V8 
[道具]支給品一式*5、出店で蒐集した物、フラッシュバン(残り1個)、死神の鎌
    NRSナイフ型消音拳銃予備弾薬16 食事用ナイフ(*4)・フォーク(*5)
    ペンチ 白い携帯電話 5.56mm NATO弾(100発)
[思考・状況]お嬢様に従っていればいい
[行動方針]
1.一時撤退、その後どうしようか?
2.このケイタイはどうやって使うの?

※出店で蒐集した物の中に、刃物や特殊な効果がある道具などはない。
※食事用ナイフ・フォークは愛用銀ナイフの様な切断用には使えません、思い切り投げれば刺さる可能性は有



154:東方萃夢想/月ヲ砕ク 時系列順 159:信仰は、はかなき者達のために
157:墜ちる 投下順 159:信仰は、はかなき者達のために
150:それは決して、無様ではなく。 レティ・ホワイトロック 160:行き止まりの絶望(前編)
150:それは決して、無様ではなく。 河城にとり 160:行き止まりの絶望(前編)
150:それは決して、無様ではなく。 十六夜咲夜 160:行き止まりの絶望(前編)


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最終更新:2011年05月14日 00:23
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