それは決して、無様ではなく。

それは決して、無様ではなく。 ◆CxB4Q1Bk8I



 そういえば、今は冬だった。半ば忘れかけていた、或いは必要性を感じない故に思考の外に追いやっていたそれを、今感じていた。
 なんということもない。風を切れば、その冷たさが頬に、腕に、脚に、露出された全ての肌に染みるからだ。
 夜の空には月が見えていた。
 満月を背景に弾幕戦をすれば、嘗て話を聞いた、ある異変の再現のようではないか。
 倒すべきは紅の名を冠する吸血鬼。異変に挑むのは紅白の巫女ではなく、傍観者である筈の天狗であったが――。
 射命丸文は、高く舞い上がると大きく旋回し、レミリア・スカーレットが追ってくるのを待った。
 彼女が自分を敵と認識していると、文は確信しているが、万が一にでも彼女が先ににとりらを殲滅するようなことがあってはならないからだ。
 あってはならない、という言葉のその中身は、自分勝手な打算の崩壊のことを言うのではないと、今の文は自信を持って言える。
 楽しくいられる幻想郷に、戻るために、きっとそれを“わかってくれる”彼女たちを失うのは、悲しい――否、寂しいと思ったからだ。
 尤も、そのような心配も無用だったのだろう、レミリア・スカーレットは僅かに遅れるだけで、幻想郷最速を自称する射命丸文へと肉薄してきた。
 一気に文より高い位置にまで舞い上がると、華麗にターンし、一直線に文へ向かって降下してくる。
 その手には剣を持つ。――或いは刀にも見えなくもない。
 一見ただの量産型の剣のようだが、鑑賞にも堪えうる美しさも秘め、不思議と曰つきの代物にも見える。
 だがそれを振るう吸血鬼は、自身こそが支配者だと思っているのだから――その手に如何な価値のものを持っても、それを使い捨てることができるだろう。

 レミリア・スカーレットの一閃目は、剣とは思えない轟音を立てて、大きく仰け反った文の眼前の空を斬る。
 その瞬間に生み出された風に乗り、文は再び大きく後方に跳んで距離をとった。
 今まで文がいた位置に入れ替わるようにレミリアが立ち、やはり文より高度の高い位置に陣取った。

「いきなり接近戦で短期決着を狙おうなどと。貴女らしくないのでは?
 もしかして、焦っておいでですか?」
「何を言っている。先ほどから死にたい死にたいと泣き喚いている赤子がいるから黙らせたいまでのことよ」

 文の挑発めいた問いかけに、レミリアはにやりと不敵な笑みを浮かべた。
 だがその笑みに含まれた感情は無い。動物的な、相手を威嚇するための笑顔に近いだろう。
 そして、それは吸血鬼であり、王であり、レミリア・スカーレットである彼女が放てば、生きとし生ける全ての存在を畏怖させるに足るほどのもの。
 少なくとも、彼女自身はそう思っているのではないかと、文は思った。

「あやや、赤子とは笑えますね。これでも貴女よりは長く生きている身。年長者は敬えという言葉を知っておいでで?」
「知らないわ。それは僅かな寿命に縛られた人間の戯言に過ぎない」
「知っておいでではないですか。いえまぁ、私も戯言だとは思っておりますが」
「その愚かな組織を、上に立つものが力以外に拠ってそれを維持しようとした末に残った、苔生した首輪だ。
 それに縋り付いている人間は気付いていない。本当に上に立つべきは、力と威厳を持って玉座に座る、ただ一人であるべきだと。
 言うまでもなく、それはレミリア・スカーレットであり、
 ――それ故に、私に敬うべき者など存在し得ない」

 レミリアはそう圧するように言うと、掌に魔力を集中させる。
 紅の大小の弾がそこに生成され、レミリアの一声で放たれようと待機している。

「大半の妖怪は、そう思って生きてきたでしょうねぇ。自分たちが上に立ち、その力の侭に振る舞うことを善しと。
 それが今までの幻想郷で、誰もそれに疑問を抱かなかったのは、我々とて、苔生した首輪に縋っていたということだとは思いませんかねぇ?」
 文はレミリアの言葉を認めたうえで、されど受け入れまいと言葉を放つ。
「……その結果がこの惨劇だというのなら、それを否定しなくてはいけないというのも事実でしょう!」
「喧しい天狗だなッ!」

 僅かに苛立ちを見せて、レミリアは手の中の魔力を解放する。
 文を一直線に狙う紅の大小様々な弾幕が、連続で発射される。
 文はそれを少しずつ左右に振ることで分散させながら、レミリアへ接近する。
 自分だけを狙うならば、それを避ける事は容易い。俗にチョン避けと言われている、簡単な技術だ。 
 文は短刀を構え、素早くレミリアに切り込もうとする。

「甘いッ!」
 その手の中に生成された弾幕を、レミリアは今度は一度に解放する。
 だがそこまでは文の想定の範疇。もちろん楽ではないが、避けられない弾幕は無いのだ。
 広範囲に撒かれた弾の中を、掻い潜るようにして文はさらに接近を試みようとしていた。
「……ッ!」
 風を感じて体を翻す。弾幕と変わらぬ速度で、レミリア自身が文へと突っ込んできたのだ。
 一瞬早く身をかわした文の元いた場所、剣が縦に大きく空を斬る。
 剣は再度、文の肉を断つことに失敗した。僅かに剣先の届いた文の短いスカートには、縦に鋭くスリットが入った。
 体勢を立て直すために大きく身体をひねる。スリットの隙間から、白い肌と、更に白い何かが見え隠れする。
 僅かでも反応が遅れていたら、文の身体は真っ二つになっていただろう。

「おお、怖い怖い」
 茶化すように言いながら距離をとる文だが、実際今の一閃は冷や汗どころの危うさではなかった。
 こうして弾幕を放たせ大きく動かさせるのは、レミリアの消耗を加速させるための作戦で間違いないが、
 その前に一度でもこちらがダメージを受けてしまえば、それで勝負は決してしまう。確実な方法というわけではない。
 レミリア・スカーレットは、癪だが、相当の実力者であることに疑いは無い。
 挑発は効果的だが、隙を見せるのは自殺行為に等しい。

「ふん、避けたのね。偶然はもう続かないわよ。運命は私の味方」
「それはどうでしょう。コインの裏表を決めるのは運命では無くて、その時吹く風の強さだと思いますよ」
「コインとは笑わせるわ。この勝負はサイコロで、貴様は7を出さなくては勝てない」
「おや、サイコロは6面だけだと思っているのなら、既に貴女は誤っているのですがね」

 相手のペースに乗らないように、相手のペースを乱すように、謎掛けのような会話が続く。
 このような言葉遊びは、片方が止めてしまえば成立しない。
 されど、相手が止めないことを、お互いに知っている。
 下らぬと内心思っていても、止めることなどありはしないと。
 それは、プライドの高い彼女たちは、余裕のないことを、相手に明らかにしてしまうことを、嫌うからだ。
 たとえ妖精相手に激昂した、その動揺を見透かされていたとしても、彼女は、吸血鬼であり、
 たとえ自分が望む幻想郷のために、他者を見下す自分を見直そうとしていても、彼女は、天狗であった。

「同じ土俵で勝負すること自体があり得ないと言っているのよ、下衆が」
 レミリアは、再度高く舞い上がり、文の前方、高さにして彼女の身体3つ分高い場所から文を見下ろす。
「本当に見下ろされたくないんですねぇ。真っ白なドロワーズが丸見えですよ、お嬢様」
 茶化すように文は言う。これは既に愚弄の部類かもしれない。
「くだらないわ。それを恥じる文化など持ち合わせていない」
「はぁ。てっきり、『見せてんのよ』でも仰るのかと」
 我ながら相手を余りに軽んじた発言だ。思わずニヤけてしまう。

「ふん、天狗の戦法は知ってるわ。素早い動きで相手を翻弄するのが得意と聞く」
 急にレミリアが話を変えてくる。文は時が近いと身構える。
「あやややや、よくご存知で」
「ならば何故そうしない。今の貴様は待ちの姿勢だ」
 レミリアは霧雨の剣を両手で握り、再び構える。勢いをつけて、飛び掛ろうとする構え。狼ではない、百獣を従えようとする獅子の瞳だ。
「おそらく、そちらの思った通りですよ」
「時間稼ぎのつもりか。でも、その隙にあの下級妖怪らを逃がすのは無理ね。咲夜は優秀な掃除係。チリひとつ逃すものか」
「いえ、時間稼ぎではありません。――貴女相手に本気を出すまでもない、ということです」
「……減らず口をッ! 二度と吠えられぬようにしてやるッ!」
 レミリアがついに、怒りを表情に出した。
 無だった瞳に、明らかに怒りという炎が灯る。否、燃え盛る。

「レミリア嬢! お言葉ですがそこは、本当の強者ならばこう言うべきところでしょう!
 『ククク、面白い! ならば本気を出させるまでよ!』 と!」
 この勝負だけは、自分に軍配が上がったのだ。文はそう確信し、にやりと笑みを浮かべた。

 レミリアは構えた霧雨の剣を片手に持ち替え、空いた左手を大きく外側に突き出した。
 彼女の武器は、剣だけではない。
 吸血鬼は全身全てが凶器であるし、レミリア・スカーレットほどの能力があれば、仮初であれその魔力で形成される武器を持つことも出来る。
 スピア・ザ・グングニル。伝説となった槍を模した細かな弾の集合体が、レミリアの手の中で形作られていく。
 槍と剣の二刀流。悪魔であるが故か、正道とは言いがたいそれさえも、レミリアならば映えていた。

「その全ての言葉を後悔させてやるわ!」
 レミリアが腕を振り下ろし、槍を模った弾幕が、文を狙って放たれる。
 同時にレミリア自身もまた、剣を握って文へと迫る。
 文は紅い槍を身を屈めて回避し、突っ込んでくるレミリアの剣先が届く前に大きく飛び上がった。
 チリチリと弾に掠る音がする。レミリアが切る風の音が聞こえる。
 自分の下にレミリアを見る。彼女は剣を大きく振り上げ、文を追撃しようとしていた。
 そうはさせまいと、文が右足を大きく振りぬく。
 高下駄の先がレミリアの頭上を掠り、2、3本の青髪が舞う。
 気にした様子もなく、レミリアは至近距離からさらに紅の弾を連続で放ち、剣を振るう。
 文は弾を引き付けながら回避し、手にした短刀で剣を薙ぐ。力負けして腕が痺れたが、剣の軌道は文から逸れた。

 明らかに、殺しに来ている。相対するものを震え上がらせる吸血鬼の本気だ。
 だが、文にも勝算はある。レミリア・スカーレットは、その力とプライド、或いは威厳というものか、それのために、
 威力や見栄えと引き換えに、多くの力を消耗する技、そういったものを多用する。
 まして、自分が彼女を愚弄しているとなれば、尚更その実力差を知らしめようとするだろう。
 幻想郷ならば、その身体能力や底知れぬ妖力でどうとでもなったものだろうが、この場ではそれは不確かなものだ。
 だから、レミリア・スカーレットは、文よりも早く、消耗する。
 それまで耐えることが出来れば、文の勝機は必ず訪れる。
 ただ、その持久戦を一瞬で決着付けてしまうほどの破壊力を、レミリアは持っている。
 それに、メイドと対峙しているであろう3人も心配だ。
 レミリアの相手をしながら彼女らを助けることはおそらく不可能だろうが、自分が早く決着をつければ助けに行くことができる。
 文は挑発と言葉遊びを駆使しながら、一瞬たりとも自分の隙を見せぬように、相手の見せた一瞬の隙を突くために、その全力を傾斜するつもりだ。

「私も本気になるとするならば――今こそ、その時でしょうかね」

 独り言のように呟いて、文は再度レミリアから距離をとった。


【C-3 人里付近 一日目 夜】

【射命丸文】
[状態]健康
[装備]短刀、胸ポケットに小銭をいくつか、はたてのカメラ
[道具]支給品一式、小銭たくさん、さまざまな本
[思考・状況]基本方針:自分勝手なだけの妖怪にはならない
1.今は萃香さん達と合流する事が優先
2.皆が楽しくいられる幻想郷に帰る

【レミリア・スカーレット】
[状態]腕に深い切り傷(治療済)、背中に銃創あり(治療済)
[装備]霧雨の剣、戦闘雨具
[道具]支給品一式、キスメの遺体
[思考・状況]基本方針:威厳を回復するために支配者となる。もう誰とも組むつもりはない。最終的に城を落とす
1.文を殺す。
2.キスメの桶を探す。
3.映姫・リリカの両名を最終的に、踏み躙って殺害する
4.咲夜は、道具だ

 ※名簿を確認していません
 ※霧雨の剣による天下統一は封印されています。




 そういえば、今は冬だった。彼女にとって最も大事であった筈のそれは、今まで優先されるべき他の事象に遮られていて、久々に思い出した。
 なんということはない。今自分たちに無色の瞳を向けてくる悪魔の従者の銀髪と白い肌が、まるで雪のようだと思ったからだ。
 自身もまた、そのように形容されることがある。白。色のない白。冷たい色。落ち着く色。全てを覆い隠す雪の色――。
 レティ・ホワイトロックは、傍目、行き場をなくして立ち竦むような姿で、十六夜咲夜と対峙していた。
 その後ろでは、河城にとりとサニーミルクが、ハラハラといった表情で見守っている。

 十六夜咲夜が吸血鬼に命を受け、こちらを“始末”しに動き始めたとき、レティは考えるまでもなく、一歩彼女たちの前に出た。
 逃げることは出来ない。十六夜咲夜はそれほど甘い相手ではない。第一、射命丸文だけをこの場に残していくわけにはいかない。
 現状を考え、そう結論付けたとき、レティにはそれだけしか選択肢が無かったのだ。
 武器は無い。制限された能力と弾幕のみで、この強敵の相手をしなくてはいけない。
 にとりは、貴重な技術者だ。その命だけでなく、腕さえも、傷つくことは自分たちの未来を失うことに直結する。
 サニーミルクに戦闘をさせることは出来ない。彼女には一片の戦闘力すら与えられていない。
 だから、自分が前に出るしかなかった。
 自分が負けたら、そのときこそ、全ての希望が潰えることのような気がした。

 にとりの、サニーの自分を止めようとする声は、聞こえていた。それでも。
 守るための力を、欲しいと願ったのは、事実だった。
 隠し事。敵との遭遇、仲間となった者との別離。全てが、この身に背負った罪だからなのだろうか。
 否、浄罪という意味などちっぽけなもので、守りたいというのが本当の気持ちだ。
 おそらく、射命丸文の気付いた感情と、それは近似するものだろう。
 その感情を、レティは戸惑いをもって受け入れた。
 仲間のためというのは、究極の打算の結果なのかもしれない。孤独で誇り高く、何より妖怪であるレティには、そうとも思えてしまう。
 それでも、サニーミルクの言うように、“ひとりでもいい”とは、思えなかった。
 弱くなってしまったのかもしれない。怖いものが、一つ増えてしまったのだから。

 ここは、私に任せて。
 レティは、視線で、二人にそう伝えた。
 これは、死地に赴く戦いかもしれない。
 されど、逃れられない戦いだ。

「レティ! 一人でなんて無茶だよ!」
 にとり。本気で心配してくれているなら、私は嬉しい。でもそれは、私の罪を知らないから。
「レティ! 一緒に逃げよう! 天狗のお姉ちゃんもすぐ逃げられるでしょ!」
 サニー。貴女は私の味方をしてくれた。でもそれは、あの“説明書”に縛られているから。

 容易く崩れるかもしれない関係のために、自分はここにいるのだ。

「にとり! 戦いが始まったらサニーをつれて逃げて!
 もしサニーを縛る鎖が断たれたなら……もっと遠くへ。
 私がこの勝負に勝てたなら……迎えに行くわ」
 悲痛な決意、人はそう言うかもしれない。しかし自分にとっては、茶番なのかもしれない。

「それと……伝えてなかったことが、あったわね」
「聞きたく、ないよ」
 にとりの声は、既に涙声だ。
「そうよね。それを言う暇は、もうないものね――」

「お覚悟を」
 断罪する者のような、咲夜の声がする。
 もう、その距離はいくらもない。月明かりだけでもその表情が読めるほどだ。
 迷いのない目だった。それほどまでに、主を信頼し、絶対だと思っているのだろうか。
 自分には無い、その価値観を、彼女は持っている。そこに些かの揺るぎも不信もない。
 それに、レティはある種の羨望すら、感じた。

「思い直してはくれないかしら」
「それは、ありません」
 されど、冷たく、重い。雪よりも、もっと。
 他者の為に冷酷になるということは、果たして幸福や本望となり得るのだろうか。
「以前、一度だけ戦ったことがあるでしょう。私は黒幕だけど、普通よ?」
「だから、どうだと?」
 人間であるが故に、彼女は慢心もなく、言葉遊びを続けることもない。
 或いは余裕が無いとも言えるかもしれない。それでも、彼女は妖怪とは違うのだと、レティも認めざるを得ない。
「相手は私だけで十分でしょう。彼女たちを見逃してはくれないかしら」
「始末せよとのお言葉なので、それはできないわ」

 主の命令。それのために、何の躊躇いも無く、彼女は自分たちを皆殺しにするだろう。
 レティはそれを理解した。唇をぎゅっと噛む。
「私は、負けられないのよ」
「それは、私とて同じこと」
 ナイフを握り、咲夜は大地を蹴る。
 こちらが武器を持たぬことを見透かして接近戦を挑むつもりだろう。

「にとり、サニー! 逃げなさいッ!
 貴女たちにしか出来ないことのためにっ!」
 レティは、そう叫ぶと、その手に妖力を集め始めた。
「ッ! ごめん、レティ!
 でも言い残したこと、あとでちゃんと言ってくれなきゃ許さないよ!」
 にとりは、何か叫び続けるサニーミルクをむんずと掴むと、一目散に走り出した。
「そう、逃げて! 私を信じて!」
 それで、いい。自分だけが、ここに残る。だから、振り返らないで。
 勝敗を気にするならば、たとえ自分が倒れたとしても、彼女たちが逃げれば、私の勝利だ。
 不思議と、そんな気持ちになった。そんなことは、初めてだった。
 それは、ひどく心地よいものだった。

「僅かに欠ける満月の下、孤独に咲く夜の花を枯らす――冬符『フラワーウィザラウェイ』!」
 レティを囲うようにして放たれたレーザーが、弾幕の渦となってレティを中心に展開される。
 月だけが照らす闇の中、真白に視界を遮るほどの濃い寒気の渦がレティを覆い、その一部が光線のように十六夜咲夜を狙い放たれる。
 十六夜咲夜は速度を落とし、その弾幕の隙間を縫うようにゆっくりと接近を試みた。

 戦場の判断力と分析力で、咲夜はこの場にいた誰よりも優れているだろう。
 対するこちらは丸腰で、決して戦闘が得意とは言えない。
 決して優位ではない戦い。それでも――。

 咲夜の受けた命は、“始末”であった。
 その言葉の意味するところは、レミリアの意思を汲めばただひとつ、咲夜でなくとも理解可能な、殲滅命令。
 操り人形でなければそれを拡大解釈で都合よく処理しようものだが、十六夜咲夜はそうはしないだろう。
 完全で瀟洒な従者は、主の意向を正確に受け取るはずだ。
 ――それ故に、咲夜には必ず、自身の意識しない隙が生じる。
 それを、待つ。レティに与えられた勝機は、僅かだ。


「っ!」
 咲夜がレティを囲うレーザーの渦を越えようとしていたとき、レティの視界から、彼女の姿が消えた。
 よもや、時間停止をこの場で使うとは思えない。第一、そもそも使えないだろうと踏んでいたレティは、状況の把握が一瞬遅れる。
「消え……?」
 気配を感じハッと右に顔を向ければ、十六夜咲夜は既に自身のすぐ隣にまで肉薄していた。
 レティ自身が放っていた白い寒気の渦、靄に身を隠して接近したのだ。
 その頬は寒気の中で赤く染まり、銀の髪の所々に霜のようなものがついている。
 されど動きは緩むことも無く、眼は変わらぬ無を映し、ただ愚直であるだけのおもちゃの兵隊のように、レティに踊りかかってくる。
 レティの能力と、弾幕の性質を一瞬で判断したから、それが出来たのだ。
 体を蝕む寒気の影響が出るよりも早く、相手を仕留めるという意思が、あったのだ。

 レティは、目を閉じることも、出来なかった。
 それは本当に時が止められていたかのように一瞬だったから。
 だからこそ、それを、見た。
 レティに刃を突き立てる寸前、十六夜咲夜は、確かに、浮いたのだ。
 初めて、咲夜は色のある表情を見せていた。一般的に言うならば、それは驚愕に近かった。
 次の瞬間、おそらく彼女の意図した方向とは反対に、彼女は、飛んだ。いや、飛ばされた。
 咲夜の持つナイフが月光を受けて、レティの後方へ光の軌跡を描いていた。
 十六夜咲夜は、ある種美しいと評したくなる動きで、崩れかけていた身体を曲芸のように捻り、体勢を立て直す。
 地面とグレイズすると、その勢いと身体のばねを利用して、腕だけで自身の身体を遠くへと飛ばす。
 両脚で着地すると即座に振り返り、レティを見た。
 レティもまた、驚いた様子で横を見る。
 そこには、したり顔の河童と妖精が、赤い顔をして、腕を組んで立っていた。

「危なかったじゃないか。一人でなんてやっぱり無茶だよ」
 にとりはそう言うと、レティの肩をぽんぽんと二度叩いた。
「……どうしてここに」
「まぁいい作戦だったよね。レティの弾幕はさ、相手に隠れる場所を与えるけど、こっちもその隙にそこに身を隠せるわけ。
 いやでも、寒かったよ。息もできないくらいにね。凍っちゃうかと思ったよ」
 ――背の高い咲夜が身を隠せるほどの白く深い寒気の中に、背の低いにとりと妖精のサニーが身を隠せないはずはない。
「出来なくてもサニーの能力を借りてたけどね。それにもやっぱり、レティに注意を引き付けてもらわないと駄目だったかなぁ。
 まぁさすがに、一撃で仕留めることは出来なかったけどさ。やっぱり、あの人凄いよ」
 にとりは笑っていた。清々しげにすら見える。 
「あの人間を油断させるために茶番までしちゃったよ、いやあ、結構私の演技もなかなか、かねぇ?」
「レティの言葉で結構本気で泣きそうだったくせに。よく言う河童だわ!」
 にとりの言葉に、サニーミルクがツッコミを入れる。

「レティは、私から離れたら駄目でしょ。 置いて逃げるわけ、ないじゃないの」
 サニーミルクが、屈託のない笑顔で言った。
 それは逆でしょう、と突っ込むのは野暮な気がした。あの説明書は、本当は自分を縛っているのかもしれないと思った。
「敵を欺くにはまず味方から、ってことね。本気で、騙された気分よ。もう」
 レティは、やれやれといった風に肩をすくめる。
 されど、心は冬の晴れ空のように、透き通るような感覚があった。

 そう。ここに――
「河童を知らないんだね、盟友よ。私ら、相撲なら自信あるんだ。無防備な相手を飛ばすことくらいなら、朝飯前ってわけ」
 自分の為に死地に飛び込んでくれる者が、いる。

 ひとりでいいとは、私は言えない。
 疑うことが、全て、意味の無いことなのではないかと錯覚させるほどの、澄んだ瞳をした、彼女たちがここにいるから。

「それにさ、レティ」
「……そうね」

 そして、レティは思い出した。
 自分たちが協力することで、一人の強敵を退けたことを。
 レティには、その時が初めてだった。今、本当の意味で、それが“協力”だったのだと、知った。
 ここでは、1対1の戦いだけを、しなければならないわけではない。
 だから、力を合わせることが出来る。
 こんなに簡単なことなのに、私は、思いつきもしなかった。
 私が妖怪だから? 寂しい妖怪。プライドに支えられただけの孤独な妖怪……だった。
 でも、今は。
 にとり。萃香。妹紅。文。そして、サニーミルク。支えあえる。背中を任せることができる。

 十六夜咲夜は、この程度で敗北を認める人間ではない。
 奇術師はいくつもネタをすぐに出せる場所に仕込んでいるものだ。
 きっと、二手三手先には、自分たちの考えもつかない方法で、主の命令に忠実であるために自分たちの命を奪おうとするだろう。

 それでも。

「さぁレティ、力を合わせて、あいつを倒そう!」
「レティ、私に出来ることあったら言ってね!」

 たとえそれが、自分の罪を知らないが故の、自分に縛られているが故の、一瞬の幻だったとしても。
 その言葉は、何よりも嬉しくて。

 たとえ、誰かを守れるような力を、自分が持ち得ないとしても。
 今ならば、負ける気はしなかった。



【C-3 人里付近 一日目 夜】

【レティ・ホワイトロック】
[状態]疲労(足に軽いケガ:支障なし) 、精神疲労
[装備]なし
[道具]支給品一式×2、セロテープ(7cm程)、小銭(光沢のあるもの)、サニーミルク(S15缶のサクマ式ドロップス所有)
[思考・状況]基本方針:殺し合いに乗る気は無い。可能なら止めたい
1.萃香達と合流する
2.この殺し合いに関する情報を集め、それを活用できる仲間を探す(信頼できることを重視)
3.仲間を守れる力がほしい。チルノがいるといいかも…
4.自分の罪を、皆に知ってもらいたい
5.ルナチャイルドはどうなったのかしら

※永琳が死ねば全員死ぬと思っています

【河城にとり】
[状態]疲労
[装備]なし
[道具]支給品一式 ランダムアイテム0~1(武器はないようです)
[思考・状況]基本方針:不明
1.萃香達と合流する。ある程度人が集まったら主催者の本拠地を探す
2.皆で生きて帰る。盟友は絶対に見捨てない
3.首輪を調べる
4.霊夢、永琳には会いたくない

※ 首輪に生体感知機能が付いてることに気づいています


【十六夜咲夜】
[状態]健康
[装備]NRS ナイフ型消音拳銃(1/1)個人用暗視装置JGVS-V8 
[道具]支給品一式*5、出店で蒐集した物、フラッシュバン(残り2個)、死神の鎌
    NRSナイフ型消音拳銃予備弾薬17 食事用ナイフ・フォーク(各*5)
    ペンチ 白い携帯電話 5.56mm NATO弾(100発)
[思考・状況]お嬢様に従っていればいい
[行動方針]
1.にとり、レティ、サニーを始末する
2.このケイタイはどうやって使うの?

※出店で蒐集した物の中に、刃物や特殊な効果がある道具などはない。
※食事用ナイフ・フォークは愛用銀ナイフの様な切断用には使えません、思い切り投げれば刺さる可能性は有



152:仰空 時系列順 156:ウサギは寂しくなると死んじゃうの
154:東方萃夢想/月ヲ砕ク 投下順 156:ウサギは寂しくなると死んじゃうの
150:いたずらに命をかけて 射命丸文 157:墜ちる
150:いたずらに命をかけて レミリア・スカーレット 157:墜ちる
150:いたずらに命をかけて レティ・ホワイトロック 158:DECOY
150:いたずらに命をかけて 河城にとり 158:DECOY
150:いたずらに命をかけて 十六夜咲夜 158:DECOY


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最終更新:2011年03月19日 00:27
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