19年前の歌声の日 ◆27ZYfcW1SM
まず、今の私が幸運であったとしよう。
もっとも、その前が最悪中の最悪であったために、これ以上下がることが無かったと言っておくが。いや……最悪の底など無いのかもしれないから、もっとひどい展開もあったかもしれない。
私たちが現在居る場所は、再思の道から三途の河に向かうルートを逆方向に進んでたどり着く、【G-3】と言うところらしい。ところで【G】ってどのように発音するのだろう? そんなことはさておき、私たち……つまり、私のほかにもう一人の人物が隣に居た。妖怪を人物と言うのはどうかと思うが、いちいち言い方を変えるのも馬鹿らしいので人と言う事にする。
「ぐーるぐるぐーる♪ 犬のお供を引き連れてー♪」
前言撤回しようかと私は手を頭に添えた。もちろん頭痛がするからである。おまけに鳥目になりそうだ。ちなみに、お供になった覚えはまったく無い。
隣に居る妖怪は
ミスティア・ローレライ。夜雀の妖怪である。彼女との出会いは至って良好だったと言えよう。
――さて、今日も元気に哨戒任務に就こう。
そう思った矢先に起こったあの理解不能な
ルール説明会。私は剣と盾をもって滝の辺りに向かって飛んでいたはずだ。滝と天狗の里の半ば辺りであった。下には激しい上流域の川がごうごうと流れている辺りだ。空中で突然、寝不足から来るような淡い睡魔が襲ってきた。昨日はしっかり寝たのに、否、天狗である私に睡眠など殆ど必要ない。なのに睡魔が襲ってきた。それも淡さが急速に濃くなり瞬きを5回もするときには意識を失い、川の激流に向かってまっさかさまに落ちていた。
で、次に意識を回復したときには、あの酒蔵の中に居たわけである。鼻が利く私はすぐに酒蔵と気づいたわけだ。
そこで始まる、薬師のルール説明。
それは何の冗談ですか? と、思った。
幻想郷で異変を起こすことはよくあることだから笑って済ますことが出来ただろう。しかし、今回の異変は意味が分からないし笑えない。
まずスペルカードルールを採用していない時点で笑えない。これでは血で血を洗う戦争になってしまう。それを望んでいるのならもっともなことだが……
そして、八雲紫などの幻想郷のトップクラスの大妖怪や、伊吹萃香・星熊勇儀(敬称略)の鬼まで参加しているではないか。もはや私のような下っ端に死ねといっているようなものである。スペルカードルールを採用していない時点で死刑宣告は確定したも同然だ。
ルール説明が終り、ゲーム開始した時点で、私の選択肢は逃げる、襲われたら自身のみを守る。それ以外残されていなかった。
何もしないわけにはいかないと思い、私は食料や武器が入っているらしい袋を背中に斜めに掛け、辺りを警戒しながら歩き出した。
そして、彼女に出会った。発見するのは簡単だった。
「~~~~♪」
近くから美しい歌声が風に乗ってやってくる。
記憶にある大妖怪や鬼の声ではない。
行くあても無かった私は、その声のほうに向かって歩き出した。
気づかれぬように茂みから声の主を覗く。哨戒任務がいつの間にか諜報任務になっているではないか。
声の主は夜雀の妖怪だった。夜雀は今の状況を分かってか、それとも分からないのか……歌っている。
私からすれば……勝てるか勝てぬか微妙な線の妖怪だ。
はっ! そうだった。今はスペルカードルールは無い。奇襲は有効なのである。先ほどスペルカードルールがないことを嘆いたばっかりだが、今だけはないことに感謝した。
一番手に馴染んでいる剣があることを祈りつつ、『スキマ』からランダムの武器とやらを取り出す。剣ならばいくら夜雀であっても奇襲で勝つことも脅すことも可能であろう。
そのときだった。
「誰かしら? 私の歌を聴いているのは?」
夜雀がこちらを睨んだ。しまった! 気づかれた。
こうなればもう……
こういう経緯で私は夜雀と行動を共にすることに成った。
どうやらこのゲームとやらに夜雀は興味がないらしい。それよりも今夜開く屋台のほうが心配らしい。変わっていると言うか……
とはいえ、霊夢や魔理沙に遭遇したら戦う気満々なのはなんとなく分かった。つまり、独自のスペルカードを持っていない私は眼中にないということなのかもしれない。彼女は鳥目なのだと自分を慰めることにする。
さて、私は今、G-3の道を進んでいる。今思い返せば、警戒心が足りなかったのかもしれない。
キラッキラッと2度ほど闇を照らす月の光が『レンズ』に反射した。
あたい、小野塚小町はついていなかったのだろう。
きっとあたいの人生はあともって3日。もっと短い。
今まで沢山の死んだ人、まぁ幽霊だね。を見てきた。
余命を宣告された末に死んだ人間も沢山見てきた。
あまりにも理不尽な理由で殺された人間も見てきた。
職業柄か……あたいは幻想郷で一番死について詳しいのかもしれない。
今回のような命をコマにしたゲームは知られていないだけで、実際は結構ポピュラーだったりするんだ。
まぁ、実際にあたいが巻き込まれるとは思ってもいなかったけどね。
――あたいだけだったらどんなによかっただろう。
今回はまずかった。四季映姫様が巻き込まれている。
彼女はヤマザナドゥのとおり、幻想郷の閻魔様だ。
彼女が死亡したらヤマザナドゥはどうなるのだ?
死者を裁くものがいなくなってしまう。いずれ代わりが来るとしても、地獄の社会は今寒風が吹き荒れている。代わりが来るのは100年か200年か……その間に幻想郷は大変なことになってしまう。
他にも、白玉楼のお姫様が亡くなられたら、それこそ幽霊が溢れ返るし、八雲紫が死んだら幻想郷は誰が保つのだ。博麗の巫女も同じ……
死なれてはいけない人物が大勢いるのだ。彼女らの命はあたい一人の死神の命よりも何倍も重い。
しかし、ゲームは始まってしまった。生き残るのはお決まりの1人ときた。
この手のゲームはほぼ、脱出は不可能。一度始まってしまっては止めることはできない。
ならば、あたいが出来ることは、一つの優勝者という名の席に、座るべき人物を座らせなければならない。
それが映姫様になるのか、幽々子になるのかは分からない。だが、賢者の全滅のシナリオだけは見たくなかった。
だから……席取ゲームの無駄な参加者を減らす必要が……あるんだよ……ッ!
64式小銃
この『銃』という弾がでる道具の名前らしい。
簡単な取扱説明書がスキマの中に入っていた。取扱説明書のとおりに64式小銃を構えると……なるほど、しっかりと持つことが出来る。スコープといわれる筒を覗き込むと弾が飛ぶ場所が分かるらしい。ああ、なるほどね。この十字に向かって飛ぶのかい?
どうやらこの攻撃方法を『狙撃』というらしい。弾を発射するタイプは単発のタにつまみを合わせた。
このまま引き金を引けば最大で約5町(500メートル)も遠くのものを破壊することができるらしい。
後は壊すものを探すだけだ。
意外にも獲物はすぐに来た。
あたいが待ち構えている場所はG-2の山の中腹。山というよりはちょっとした丘のような場所だった。
獲物は道を歩いている。狼天狗に夜雀……悪いが、席取ゲームの席に座る資格の無い妖怪だ。
64式小銃の取扱説明書に再び目を通した後、丁寧に書かれた図と同じように構える。1町も離れていないだろう。十分射程圏内だった。
意を決して、引き金を絞った。
バン!
思わず耳を押さえそうになった。相当の音である。そして腕に伝わる力……これが銃なのかい?
そうだ、獲物は? そう思って、すぐにスコープを覗きなおした。
天狗と夜雀は足を止めてキョロキョロとしている。どうやら外れたらしい。それでも、こちらに気づいてはいないようだ。まだ攻撃チャンスは続行中である。
落ち着いて瞬きをする。月に照らされる……夜雀の姿が映った。
人差し指に力をこめる。
バン!
これは……火薬の爆ぜる音だろう……
1度目の音が鳴ったときに気づくべきだったんだ。
2度目の火薬の音が鳴る。バン! コーン…… コーン…… コーン……
山岳地帯に火薬の音が降り注ぎ、それを山は山びこという名の反射を行う。
戒めのように火薬の音が頭に2回、3回と流れた。
斜め前にいたミスティアの肩が破壊された。
わけが分かるはずが無い。突然目に見えない何かによってミスティアの肩は破壊されたのだ。
多少の肉片と血液が私の服にかかる。これが鶏肉か……笑えない冗談だった。
肩を破壊されたミスティアは破壊された方の反対の肩を軸にしてクルリと一回転の舞を披露した。そして、バサリと倒れる。
すぐさま私はミスティアに駆け寄った。
「だ、大丈夫か!」
見て分かる、大丈夫な分けない。
「い……痛い……なにこれ……弾幕? 全然見えなかった……」
弾幕? そんなわけない。 不可視の弾幕だって? インチキもいいところだ。
そのとき、三度目火薬の音。
私はビュンという音を聞いた。
目には見えなかった。しかし、何かが通った音を聞いたのだ。
火薬の音と同時に何かが飛んできている。それを理解した。
ここから逃げなければ。ミスティアの壊されていないほうの肩と腕を無理やり引っ張る。
「ぐっ……痛……痛い……」
動かすだけでかなりの激痛が走るらしい。だが、ここから逃げなければ殺されてしまう。
のろのろと3歩ほど歩いたときだ。
「あ!」
ミスティアが声を張り上げた。分かっている……今4度目の火薬の音を聞いた。
肩に急激に重さが加わる。くそっ……ミスティアの右足の付け根から出血している。
重さに耐え切れずミスティアを支えきれなくなった。ミスティアは地面に倒れる。
こうなっては……もう……
頭がサーと冷たくなるのを感じた。頭の中に天使と悪魔がいて、討論を繰り返すって図があるとしたら……悪魔ばっかりだった。
半ば無理やりにミスティアのスキマを奪った。ミスティアから絶望の色が溢れる。頼む、そんな顔で見ないでくれ……
私は一直線に森の方向に走り出した。ミスティアを抱えていた時との自分とはまるで違う。羽になったようだ。
「ま、待って!」
聞こえない……聞こえない……!
「まっ……」
そのとき、5回目の火薬音が聞こえ、ミスティアの声があまりにも不自然に途切れた。
何が起こったかを……想像するのは……あまりにも簡単すぎた。
【G‐2 森の入り口付近・一日目 深夜】
【犬走椛】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]支給品一式×2、正体不明アイテム×(2~6)
[思考・状況]兎に角生き残る。
【ミスティア・ローレライ 死亡】
【残り 52人】
「あー胸糞悪い」
あたいは熱を持った64式小銃を肩に乗せ移動をしていた。
命名決闘法案を美しさの勝負だとしたらこの銃は最悪だ。最低だ。
確かに狙撃のコツもつかめ始めてきたし、あんなに遠くから一方的に攻撃できるかなり強い武器さ。
だけど……
………
「はぁ……」
殺して回る仕事も楽じゃないね……あたいは本当に三途の水先案内人でよかった。今は違うけど……
64式小銃で頭をゴンと殴る。痛い。ちょうど映姫様に叩かれたように。
「さて……次を探すとするかねぇ」
【G‐2 山岳地帯 移動中・一日目 深夜】
【小野塚小町】
[状態]健康
[装備]64式小銃狙撃仕様(15/20)
[道具]支給品一式、正体不明アイテム×(0~2)、64式小銃用弾倉×2
[思考・状況]1.生き残るべきではない人物を排除する。
2.違う方法はないものか……
最終更新:2009年03月24日 23:04