「聞いてるかしら?」
「すんません、聞いてませんでした」
幽々子は「あらそう」と感慨無げに答え、今度は小町の目を見ながら話し始めた。
「この異変について、どう思うかしら?」
異変?と首を傾げそうになったが「この」が付いているなら今話題に上るなりなんなりしているはず。。
という事は彼女はこのゲームを異変としてみているという事か。
まぁその見解もあながち間違いではないだろう。
主催者が人為的に起こしているという点では紅い霧、初夏の雪、満月その他と共通しているし。
「最初は永遠亭のおふざけかとも思ったけど……どうも違うみたいなのよねぇ。
その理由にほら、永遠亭の住人の名前も書いてあるし」
永遠亭という言葉に小町は若干聴き覚えがあった。
確かあれは。
「うさぎの?」
「ええ、うさぎの」
なるほど。つまりこのゲーム(異変のほうが耳障りはいいか)の主催者の少女はいつかのうさぎの上司って所だろう。
一人合点する小町を余所目に幽々子は淡々と自分の考えを述べていく。
「この事件ね、私は何か別の目的があるんじゃないかと思うの」
「別の目的、ですか?」
「ええ、そうじゃなきゃ不死人や幽霊が参加するわけがないでしょ?
たぶん実験か何かだと思う。でもそれにしては方法が雑だし」
ただ、と幽々子はいったん口を噤む。
その表情は出会った時、先ほどのどちらよりも真剣であり、どこか重々しい雰囲気を醸し出していた。
「おかしいのよ」
「はい?」
小町は再び耳を疑った。
おかしいのは今更言われなくてもわかっている。なのにどうして今更改めて言う必要があるのか。
「見てもらえるかしら?」
彼女の疑念を他所に幽々子は手をすっと彼女に見えるように突き出した。
わけも分からずにただ憮然とした表情でその手を見つめる。
すぐに彼女の言いたいことは分かった。
幽霊は死の先に存在するものだ。
一般的に死んだら魂だけになり、閻魔の審判を受け、極楽浄土か地獄へ向かうといわれている。
そんな中で何らかの理由から魂が現世に留まった場合、その魂が不鮮明ながらも実体を持ち、幽霊と呼ばれるものへと変わる。
幽霊とは半実体。専門の武器や道具を使わなければ傷つけることはできない。
「うっすら血が滲んでるでしょ?」
幽々子が見せたかったもの。
それはきっと手の甲に残っている小さな引っかき傷だろう。
見たところはいかにも『木の枝で引っかきました』といった感じの傷だ。
「これもあなたと出会う前に気づいたんだけど、どうも私、実体になってるみたいなの。
あなたならわかるかもしれないけど、幽霊に死の概念なんて存在しない。
でも、もし肉体が存在しているなら話は別。幽霊だって死ぬわ」
幽霊が死ぬ。普通なら聞いただけで嘲笑するだろうが状況が状況。
この異変の中では不死人だろうと幽霊だろうと簡単に傷つけられ、簡単に死ぬだろう。
「つまり、これはたちの悪い実験じゃない、と?」
「……認めたくないけど、ね」
彼女の言いたいことは理解できた。しかしそんなこと、とっくに小町は気づいている。
「となると西行寺のお嬢様はこの異変らしからぬ異変、どう動くんです?」
小町がけだるげにそう問うと、幽々子は目を伏せて歩き出した。
「一番いいのはこの異変を解決する事だろうけど、それには厄介なことがいくつかあるのよね〜」
確かに、この異変は今までとはまるで勝手が違う。
これまでの異変は逃げ場があったし命の保障もあった。
しかし。
今小町の感じている息苦しさが、幽々子の喉元でにび色に光りを放つ輪が突きつけるのはそんな甘い希望を打ち砕く現実。
逃げれば死ぬ。負けても死ぬ。生き残れるのは最後の一人だけだ。
「……癪だけど、主催者の思惑通りに動かなきゃならないんでしょうねぇ。
あたいたちにできるのは……適当な人を残すってところでしょうか」
小町はそれとなく、本当に今思いついた風を装いながら自分の考えをボソリと呟いてみる。
「……」
幽々子は答えない。
それを同意と見たのか、小町はさらに言葉を続けた。
「そりゃあまあ、反逆するなんて道もあるでしょうけどそれで全滅した日にゃあ笑い事じゃあ済まされないし。
その点を考えれば得策は小さな損で大きな利を取るっていう考えかなぁ、っと」
そこで小町は言葉を止めた。先ほどから隣を歩いている幽々子の足音が聞こえないのだ。
「あなた、本気でそう思ってるの?」
振り返ろうとした小町の耳にいやに冷めた声が聞こえてくる。
「つまりあなたは、この異変『殺す側』に乗る……そういうことかしら?」
(しまった、この話は時期尚早だったか……!?)
後悔してももう遅い。一度火のついた導火線は燃えていくだけだ。
今自分への不信感を彼女が消化しきれなければ今この場を乗り切っても後々に大きな傷跡を残す。
(考えろあたい、考えるんだ小野塚小町……この『不信感』、払拭しなけりゃあ『詰み』だ!!)
二人の間に沈黙が流れる。
しばらくお互いに見つめあった後、小町の頭に妙案が浮かんだ。
先ほどの発言を慌てて否定してもそれはさらに不信感をたきつけるだけだ。
それならば得策は一つ。
『先ほどの発言にそれらしい理由をもたせる』だ。
それらしい理由。
たとえば、その話をしなければ主催者に消される、といった理由。
(待てよ、主催者に消される、主催者……首輪……そうか!!)
人間は追い詰められるとその真価を発揮するといわれている。
小町の真価がそうあったのか、はたまた言い訳癖が極まったのかはわからない。
(できた……こじつけに近いが、理由が)
後は幽々子がその理由を信じるかどうか。
小町はすぐに地図と基本支給品の鉛筆を取り出し、裏に文字を殴り書きする。
「だってそうでしょ、戦ったのは良いけど勝ち残ったのが低級妖怪でした。
そんな結末だったら幻想郷には崩壊の道しか残されていないじゃないですか」
幽々子が答える前に地図を突き出す。
『首輪 主催者 盗み聞き 爆発』
単純に四つの単語を書き連ねただけだが、聡明な彼女ならきっとわかってくれるはずだ。
いや、勘違いしてくれるはず。
幽々子は目を丸くしている。当然だ。こんな情報、普通知っているはずがない。
ただ。
小町は再び紙に鉛筆を走らせ、次の文字を書き加える。
『似たような境遇 三途の川』
そう、自分は三途の水先案内人。
閻魔様と同じくらいに他人の人生を見つめてきた。それは目の前の幽々子も知っているだろう。
そんな自分だからこそできる偽り。
どうやら引っかかってくれたらしく、幽々子も地図と筆記具を取り出し、いそいそと何かを書き始めた。
『本当に?』
それは単純な疑問。
(ここで嘘で~す!!なんて口が裂けても言えないよ)
「『あたいは、そう考えるのが妥当なんじゃないかなって思いますよ』」
今度は紙を使わずに口頭で答える。
「主催者は幻想郷の崩壊が狙いかもしれません。
だから武器をランダムに支給した。生存意欲の強い者が賢人を殺せるように。
今言えるのは『支給品は使わないに越した事はない』って事でしょうね」
小町の言葉を聞き、何かを書こうとしていた幽々子が紙面から視線をずらし、彼女のほうを見上げた。
「『どうして?』」
(いい感じだ。完全に信じてきてる…あと少し…)
小町は息を下ろしそうになるのを堪えて彼女の視線に自分の視線を重ねた。
「『最初の方で使い切っちまうと本当に必要な時に使えない』でしょ。
あたいはこの異変に乗る、賢人を、幻想郷を残さなきゃあなんないしね。
でも乗るのは参加者が減ってからで良い。参加者がだいぶ減った後に残った参加者を万全の状態で討つ。それがたぶん一番良い手だ」
「『そう……かもしれないわね』」
幽々子が大きくうなずくのを見て、小町はようやく胸を撫で下ろした。
後のほうは自身の行動方針を言っているだけになったが、とりあえず彼女を騙せたからよしとしよう。
「でも私はあなたの考えにはあくまで反対よ」「へ?」
「一応脱出の方法は探す。もし方法があるならそれにかけてみないとね。
そうね、『
第二回放送までは一緒に脱出の方法を探す』なんてどう?
乗るのはそれからでも遅くないんじゃないかしら?」
幽々子があからさまに語調を強めたのは一番伝えたいのがそこだからだろう。
しかし、と小町は唾を飲み込む。
一緒にではいけないのだ。ここで何とか彼女と別れなければ嘘をついた意味がない。
「一緒には……流石にまずいと思います」
「あらどうして?」
小町の頭の中を先ほどと同じく策がめぐっていく。
彼女は自分がこの異変の何らかの有利な情報を握っていると思ってるのだ。
それならば、彼女はちょっとやそっと自分が拒否したところで無理やり付いてこようとするだろう。
(つまり、何かそのメリットを覆せるほどの要因がいるわけだ)
しかしやはりと言うべきか、今度はいい策は思い浮かんでこない。
「えーっと、その、あの、ですね」
幽々子は首をかしげて小町のほうを見つめている。
小町は考えた。
さきほどよりも、深く深く。それはもう、頭から煙が出るくらいに。
そして……
「そ、そうだ!従者!!あんたの従者がこの異変に乗って殺して回ってるかもしれない!!」