嘘と真実の境界

嘘と真実の境界 ◆1gAmKH/ggU




今、目の前の少女はなんと言った?
「聞き取れなかったんならもう一度いいますよ」
聞き取れなかったわけではない。意味がうまく把握できなかっただけだ。
「アンタの従者……魂魄妖夢、ですっけ」
そうだ、自分の従者である魂魄妖夢の話を彼女が自分に振ったのだ。
そして、
「あの子はこの異変に乗ってると思いますよ」
聞き間違いではないらしい。
それじゃあ、どういうこと?
何で目の前の少女はそんなことを言うの?
わからない。
目の前の少女、小野塚小町は信頼に足る人物だ、現に彼女はこの異変の重大な秘密に気づいていた。
でも今、目の前で自分の一番信頼できる者を否定している。
うるさかった木々のざわめきが一気に聞こえなくなり、視界には少女しか移らなくなった。
まるで世界が自分と少女以外のすべてを消してしまったように。
気が付けば先ほどまであんなに近かったはずの少女はどこか遠く、異質な何かのようにも思え。
思考はかき混ぜられた絵の具のようにぐちゃぐちゃになっていた。
「どうして、そんなことをいうの?」
自分のどろどろになった思考とは裏腹に単純な言葉だけが口から紡がれる。
少女は右手で頭を掻き、少し申し訳なさそうにこう言った。
「あー……それはその、なんだ。あたいの勘なんだけどね」
勘?
勘だけで、目の前の少女はあの子を否定しようとしているのか。
「あなたに」「へ?」
「あなたにあの子の何がわかるの?」
流石にこれには呆れるしかない。
彼女は知らないのだ。自分の信頼している少女がどんな半人なのかを。
「こんなくだらない異変にどうしてあの子が乗る必要があるの?
貴女にはわからないかもしれない、でも私は知ってるわ。あの子は素直で優しいの。貴女と違ってね」
『妖夢が異変に乗っている』……確かに可能性は否定できないわ。
でも、あの子なら大丈夫よ、きっと今頃私の心配をしながら走り回ってるんじゃないかしら?
だから、勘でだろうとそんなことは言ってもらいたくないわ。
あの子の頭が恐怖でうまく働かないようになるとでも思ってるんなら、大丈夫よ。
あの子は見た目以上に強いからね」
少女は動かずに、じっと彼女の言葉を聴き続ける。
そして
「だから、さ」

「アンタは従者を大切にしてるし、大切に思ってる。
同じように従者がアンタを大切にしてるんなら、従者は乗るさ。この殺し合いに」

少女の言葉をきっかけに、途絶えていたざわめきがまた流れ始めた。

小野塚小町が彼女とであったのは偶然であった。
平和な世を残すためにあえて修羅の道にその身を落とし、最後の一人に賢者を残すために殺してまわる。
それが彼女の基本行動方針であったが、残念なことに、その目標は開始から数時間と経たないうちに暗礁に乗り上げた。
広すぎるのだ、この会場は。
「さて、どうしたもんかねぇ」
現在地を把握するために地図を広げてみる。
「今山岳地帯を抜けて森に出た、そして奥には山が見えるから…
F-1、もしくはG-2かな?」
参加者は全部で54、いや自分を抜けば53人か。
それに対してフィールドは7×7の49マス、単純計算で一マスに一人という事になる。
先ほどは運よく一人殺すことができたが、逆に考えればあれは愚考だったかもしれない。
あのまま黙って尾行していればあの二人は間違いなく他の勢力と接触していただろう。
そこで戦闘するなりなんなりのアクションをあいつらが取った後に行動を起こせばあいつらと接触したグループともども一網打尽じゃないか。
「……やっぱり、慣れないことはするもんじゃあないってことか」
とにかく、今は次の獲物を探すのが先決。
そう割り切って歩き出そうとしたときだった。
「慣れない事って何かしら?」
しまったと彼女が思った時にはもう遅い。
背後を取られるという事はこのゲームにおいてどれ程のアドバンテージを襲撃者に与えるか、簡単に想像が付く。
(やられた……ッ!!)
下手に動けば命は無い、いや、今の時点で気づかないうちに自分は銃口を突きつけられているのかもしれない。
小町は必死で策を巡らせた。
なんとかこの状況を打破し、自分が銃口を突きつける側に回らなければ。
しかしそんな小町の策の逡巡も結局意をなすことは無かった。
「御機嫌よう、良い夜ね。えっと…三途の船頭さんだったかしら?」
銃弾の代わりに飛んできたのはまるで道端でであったときのような間の抜けた挨拶。
「……こんな殺し合いの中でなきゃあ、船の上で酒でも飲んでるところだろうね」
「ええ、まったく」
聞き覚えのある声だった。
もっと言えばこのゲームで会いたくない部類に入る女性の声。
「一人で歩き回ってると乗っている人間に襲われますよ?」
振り返ってみると、やはりそこには例の女性が立っていた。
銃声で耳がおかしくなった訳ではないらしい、残念なことに。
「西行寺のお姫様」
目の前の女性、西行寺幽々子は彼女の表情から何かを感じ取ったのか、ニコリと笑って
「だいぶお疲れのようね。無理もないわ、こんな状況ですもの」
と言った。
幽々子を見る限りでは乗っている危険性はなさそうだ、というのが小町の彼女に対する第一印象だった。
しかし油断はできない。
この狂ったゲームで絶対の信頼を置ける人物なんているだろうか?
(NO。たとえ四季様だってあたいの行動について知れば迷わず切り捨てるだろうね)
結局、このゲームでは頼れるのはいつも自分だけなのだ。
「ところで、こんなところで何してるんです?」
幽々子は答えない。
その代わり、と言うべきか。天を指差し、にっこりと笑った。
何かあるのだろうか、と彼女も指の指す側に目をやる。
果たしてそこには星があった。

星。
ただの星ならなんと言うこともなかっただろうが今回は違う。
大きいのだ。周りに存在するそれと比べても、彼女の記憶に存在するそれと比べても、あんなに大きい星はなかったはずだ。
それに、ほかよりも地面に近いように見える。
いや、地面に近いと言うよりは何かの上に星が人為的に作り出されたと言ったところだろうか?
「方角や距離から見ると、博霊神社の上って所かしら」
小町の思考を読み取ったように幽々子が語りだす。
「あなたと出会う少し前に見つけたの。行く当てもなかったし、あれなら見失わないでしょう?」
つまり、あれを目指して移動していたというわけか。
確かにあれならわかり易い。
それに(これはあくまで彼女の予想でしかないが)あの星を作り出したのはこのゲームに乗らない者なのだろう。
なぜそういえるか?
簡単だ。目立った動きをすればその分だけ人は集まる。あの星のサイズから言えばきっと十人くらいは集まるだろう。
それだけの人を集めて何をするか。
殺し合いという線はまず消える。殺すのならば手っ取り早く自分で動いた方が遭遇率は上がるし、力は有限、人集めのために馬鹿打ちすれば逆に殺されるリスクもある。
集団自殺、これも違うだろう。幻想郷においてあれだけの力を有しながらこのゲームで自分の悲運を嘆くような人物は自分の知っている範囲では存在しない。
つまり、あの星の元で天を仰いでいるだろう人物は強い力を持っていて対主催、もしくは知り合いを呼び込もうとしている人物になるわけだ。
まぁ、ゲームに乗るにしろ乗らないにしろ、あの星のもとに行けば楽に他人に会える。
そうと分かっていながら動かない参加者はいないだろう。
しかし、とここで小町は考える。
(あれだけの大きな星、制限された力でどうやって出せるんだ?
制限されてあれだとすると、制限されていなければどれほど…
いや、制限されていない人間が出場しているって考えたほうが妥当かな)
なんにせよ、その『誰か』が本気で動き出せば自分や他の乗っている参加者は間違いなく一捻りだ。
(となると、しばらくの間は博麗神社には近寄らないほうがよさそうだね)
だが、天の意思というものは時に人の意思とは相反してしまうものだ。
「ちょうどよかったわ。あなた、暇なら一緒にあそこに向かわない?」
「はいぃぃいい!?」
小町は耳を疑った。よもやこの狂った舞台の上で、出会って数分しかたっていないのに同行しようと言われるとは。
その上彼女はこれから間違いなく博麗神社に向かうはずだ。もしそこで自分が乗っているとばれてしまったら…
(じょじょじょ冗談じゃない!!なんとかしなきゃ……)
なんとか幽々子の誘いを断ろうと策をめぐらせるが
「旅は道連れ。早く進みましょう」
「きゃん!!わ、わかったから首根っこを掴まないで!!」
結局、逆らうことができずに付いていくことになった。
「あーあ、やっぱりあたいツいてないな……」
隣を歩く幽々子に気づかれないように小町は静かに呟いた。
ここに連れて来られてからというもの、全然思い通りに事が進まない。
唯一良い事があったとすれば銃の支給くらいか。
もしかすると、あそこで運を使い果たしてしまったのかもしれない。
今の自分は最悪だ。
歩き回っても最初の鳥以外の参加者を殺害できていない。
死地であろう神社へと自分の足で向かっている。
おまけに
「何か言ったかしら?」「いいえ、何にも」
守るべき賢者と同行(場合によっては彼女を庇って死ぬなんてことも考えられる、場合によればだが)。
彼女の話を聞くところによれば、やはり彼女は乗っていないようだ。
そんな人間の前ではたとえ過失であろうと参加者は殺せない。
つまり他の人間から襲われた時くらいにしか参加者との戦闘は許されない。
銃というものは難儀なもので、急襲には向いているが迎撃には向いていない。
今自分と同じような思考の人間に出会えば無傷では済まないだろうし、最悪の場合二人揃ってリタイアというのも考えられる。
なんとか幽々子と別れなければ、何か良い方法はないものか。
そこまで考えて、彼女は考えるのをいったん中断した、
どうやら幽々子が自分に話しかけていたようだ。

「聞いてるかしら?」
「すんません、聞いてませんでした」
幽々子は「あらそう」と感慨無げに答え、今度は小町の目を見ながら話し始めた。
「この異変について、どう思うかしら?」
異変?と首を傾げそうになったが「この」が付いているなら今話題に上るなりなんなりしているはず。。
という事は彼女はこのゲームを異変としてみているという事か。
まぁその見解もあながち間違いではないだろう。
主催者が人為的に起こしているという点では紅い霧、初夏の雪、満月その他と共通しているし。
「最初は永遠亭のおふざけかとも思ったけど……どうも違うみたいなのよねぇ。
その理由にほら、永遠亭の住人の名前も書いてあるし」
永遠亭という言葉に小町は若干聴き覚えがあった。
確かあれは。
「うさぎの?」
「ええ、うさぎの」
なるほど。つまりこのゲーム(異変のほうが耳障りはいいか)の主催者の少女はいつかのうさぎの上司って所だろう。
一人合点する小町を余所目に幽々子は淡々と自分の考えを述べていく。
「この事件ね、私は何か別の目的があるんじゃないかと思うの」
「別の目的、ですか?」
「ええ、そうじゃなきゃ不死人や幽霊が参加するわけがないでしょ?
たぶん実験か何かだと思う。でもそれにしては方法が雑だし」
ただ、と幽々子はいったん口を噤む。
その表情は出会った時、先ほどのどちらよりも真剣であり、どこか重々しい雰囲気を醸し出していた。
「おかしいのよ」
「はい?」
小町は再び耳を疑った。
おかしいのは今更言われなくてもわかっている。なのにどうして今更改めて言う必要があるのか。
「見てもらえるかしら?」
彼女の疑念を他所に幽々子は手をすっと彼女に見えるように突き出した。
わけも分からずにただ憮然とした表情でその手を見つめる。
すぐに彼女の言いたいことは分かった。
幽霊は死の先に存在するものだ。
一般的に死んだら魂だけになり、閻魔の審判を受け、極楽浄土か地獄へ向かうといわれている。
そんな中で何らかの理由から魂が現世に留まった場合、その魂が不鮮明ながらも実体を持ち、幽霊と呼ばれるものへと変わる。
幽霊とは半実体。専門の武器や道具を使わなければ傷つけることはできない。
「うっすら血が滲んでるでしょ?」
幽々子が見せたかったもの。
それはきっと手の甲に残っている小さな引っかき傷だろう。
見たところはいかにも『木の枝で引っかきました』といった感じの傷だ。
「これもあなたと出会う前に気づいたんだけど、どうも私、実体になってるみたいなの。
あなたならわかるかもしれないけど、幽霊に死の概念なんて存在しない。
でも、もし肉体が存在しているなら話は別。幽霊だって死ぬわ」
幽霊が死ぬ。普通なら聞いただけで嘲笑するだろうが状況が状況。
この異変の中では不死人だろうと幽霊だろうと簡単に傷つけられ、簡単に死ぬだろう。
「つまり、これはたちの悪い実験じゃない、と?」
「……認めたくないけど、ね」
彼女の言いたいことは理解できた。しかしそんなこと、とっくに小町は気づいている。
「となると西行寺のお嬢様はこの異変らしからぬ異変、どう動くんです?」
小町がけだるげにそう問うと、幽々子は目を伏せて歩き出した。
「一番いいのはこの異変を解決する事だろうけど、それには厄介なことがいくつかあるのよね〜」
確かに、この異変は今までとはまるで勝手が違う。
これまでの異変は逃げ場があったし命の保障もあった。
しかし。
今小町の感じている息苦しさが、幽々子の喉元でにび色に光りを放つ輪が突きつけるのはそんな甘い希望を打ち砕く現実。
逃げれば死ぬ。負けても死ぬ。生き残れるのは最後の一人だけだ。
「……癪だけど、主催者の思惑通りに動かなきゃならないんでしょうねぇ。
あたいたちにできるのは……適当な人を残すってところでしょうか」
小町はそれとなく、本当に今思いついた風を装いながら自分の考えをボソリと呟いてみる。
「……」
幽々子は答えない。
それを同意と見たのか、小町はさらに言葉を続けた。
「そりゃあまあ、反逆するなんて道もあるでしょうけどそれで全滅した日にゃあ笑い事じゃあ済まされないし。
その点を考えれば得策は小さな損で大きな利を取るっていう考えかなぁ、っと」
そこで小町は言葉を止めた。先ほどから隣を歩いている幽々子の足音が聞こえないのだ。
「あなた、本気でそう思ってるの?」
振り返ろうとした小町の耳にいやに冷めた声が聞こえてくる。
「つまりあなたは、この異変『殺す側』に乗る……そういうことかしら?」
(しまった、この話は時期尚早だったか……!?)
後悔してももう遅い。一度火のついた導火線は燃えていくだけだ。
今自分への不信感を彼女が消化しきれなければ今この場を乗り切っても後々に大きな傷跡を残す。
(考えろあたい、考えるんだ小野塚小町……この『不信感』、払拭しなけりゃあ『詰み』だ!!)
二人の間に沈黙が流れる。
しばらくお互いに見つめあった後、小町の頭に妙案が浮かんだ。
先ほどの発言を慌てて否定してもそれはさらに不信感をたきつけるだけだ。
それならば得策は一つ。
『先ほどの発言にそれらしい理由をもたせる』だ。
それらしい理由。
たとえば、その話をしなければ主催者に消される、といった理由。
(待てよ、主催者に消される、主催者……首輪……そうか!!)
人間は追い詰められるとその真価を発揮するといわれている。
小町の真価がそうあったのか、はたまた言い訳癖が極まったのかはわからない。
(できた……こじつけに近いが、理由が)
後は幽々子がその理由を信じるかどうか。
小町はすぐに地図と基本支給品の鉛筆を取り出し、裏に文字を殴り書きする。
「だってそうでしょ、戦ったのは良いけど勝ち残ったのが低級妖怪でした。
そんな結末だったら幻想郷には崩壊の道しか残されていないじゃないですか」
幽々子が答える前に地図を突き出す。
『首輪 主催者 盗み聞き 爆発』
単純に四つの単語を書き連ねただけだが、聡明な彼女ならきっとわかってくれるはずだ。
いや、勘違いしてくれるはず。
幽々子は目を丸くしている。当然だ。こんな情報、普通知っているはずがない。
ただ。
小町は再び紙に鉛筆を走らせ、次の文字を書き加える。
『似たような境遇 三途の川』
そう、自分は三途の水先案内人。
閻魔様と同じくらいに他人の人生を見つめてきた。それは目の前の幽々子も知っているだろう。
そんな自分だからこそできる偽り。
どうやら引っかかってくれたらしく、幽々子も地図と筆記具を取り出し、いそいそと何かを書き始めた。
『本当に?』
それは単純な疑問。
(ここで嘘で~す!!なんて口が裂けても言えないよ)
「『あたいは、そう考えるのが妥当なんじゃないかなって思いますよ』」
今度は紙を使わずに口頭で答える。
「主催者は幻想郷の崩壊が狙いかもしれません。
だから武器をランダムに支給した。生存意欲の強い者が賢人を殺せるように。
今言えるのは『支給品は使わないに越した事はない』って事でしょうね」
小町の言葉を聞き、何かを書こうとしていた幽々子が紙面から視線をずらし、彼女のほうを見上げた。
「『どうして?』」
(いい感じだ。完全に信じてきてる…あと少し…)
小町は息を下ろしそうになるのを堪えて彼女の視線に自分の視線を重ねた。
「『最初の方で使い切っちまうと本当に必要な時に使えない』でしょ。
あたいはこの異変に乗る、賢人を、幻想郷を残さなきゃあなんないしね。
でも乗るのは参加者が減ってからで良い。参加者がだいぶ減った後に残った参加者を万全の状態で討つ。それがたぶん一番良い手だ」
「『そう……かもしれないわね』」
幽々子が大きくうなずくのを見て、小町はようやく胸を撫で下ろした。
後のほうは自身の行動方針を言っているだけになったが、とりあえず彼女を騙せたからよしとしよう。
「でも私はあなたの考えにはあくまで反対よ」「へ?」
「一応脱出の方法は探す。もし方法があるならそれにかけてみないとね。
そうね、『第二回放送までは一緒に脱出の方法を探す』なんてどう?
乗るのはそれからでも遅くないんじゃないかしら?」
幽々子があからさまに語調を強めたのは一番伝えたいのがそこだからだろう。
しかし、と小町は唾を飲み込む。
一緒にではいけないのだ。ここで何とか彼女と別れなければ嘘をついた意味がない。
「一緒には……流石にまずいと思います」
「あらどうして?」
小町の頭の中を先ほどと同じく策がめぐっていく。
彼女は自分がこの異変の何らかの有利な情報を握っていると思ってるのだ。
それならば、彼女はちょっとやそっと自分が拒否したところで無理やり付いてこようとするだろう。
(つまり、何かそのメリットを覆せるほどの要因がいるわけだ)
しかしやはりと言うべきか、今度はいい策は思い浮かんでこない。
「えーっと、その、あの、ですね」
幽々子は首をかしげて小町のほうを見つめている。
小町は考えた。
さきほどよりも、深く深く。それはもう、頭から煙が出るくらいに。
そして……
「そ、そうだ!従者!!あんたの従者がこの異変に乗って殺して回ってるかもしれない!!」

小町の考えはある点で収束した。人を動かすのは、やはり人。
自分の大事な人が危ない状況に陥っていると知れば、きっと動かずにはいられない。
それが、自分の意思に反した状況ならばなおさら。
(頼む、引っ掛かってくれ……!!)

そして場面は冒頭部に戻る。

「つまり、どういうことかしら?」
幽々子は小町のほうをじっと見つめ、聞きなおした。
確かに自分は魂魄妖夢を大切に思っているし、たぶん向こうも大切に思っているだろう。
しかしそれがなぜ、妖夢の殺す原因となりえるのか?
「あたいのこの異変でどう動こうとしてるか、覚えてますか?」
小町が先ほどと同じくらいに真面目な顔をしてこちらに問いかけてくる。
「確か……『最後の一人に賢人を残す』だったかしら?」
幽々子がそう言うと小町は大げさなくらい大きく頷いた。その額にはうっすらとだが汗が滲んでいるのがわかる。
それほどまでに、必死なのだろうか?
ということは何か裏付けがあって妖夢の話をしているということか。
幽々子は自分の体を嫌な汗が伝うのを感じた。
(そんなはずはない。妖夢には乗る理由がない、大丈夫)
しかしそんな彼女の思いは次の小町の言葉であっさりと砕かれてしまう。
「あたいは職業上客観的に死を見つめることを最優先されてきた。
良いも悪いも判断の仕方は人それぞれ、それを法の下へ導くのも船頭の役目だしね。
だから最後の一人に『賢人』を選べる。
でも、判断をする人物が客観的な判断を下せない、忠義を重んじるタイプの奴だったら?
簡単だ、自分の大事な人を生き残らせようとするさ」
幽々子は絶句した。
つまり、妖夢は
「つまりあんたの従者は、あんたを生き残らせるためにこの異変に乗っている可能性があるんだよ」

小町の言葉は続く。
「この異変であんたの従者がおかれているだろう状況は三つ考えられる。
一つ目は乗っている奴に襲われてもう死んでいる可能性。
これについてはあの子の強さを考えればほとんど0に近いから説明はいらないね。
二つ目は狂って参加者を殺しまわっている可能性。
これについても彼女をよく知ってるあんたが「あの子は壊れない」っていうくらいだしほぼ0だろう。
そして三つ目の可能性。これが一番高い。
それが、あんたの事を考えて殺しに走る場合だ」

「たとえば、だ。あんたの従者が誰かに襲われたとする。
まぁ彼女は強い。そんな襲撃者すぐにのしちまうだろう」

「ただ、あんたはどうだ?確かにあんたも強いが、ぬるい。
さっきもあたいが乗っているかどうか確認せずに話しかけてきただろ。
もしあたいが乗っていて、何らかの武器を持っていたならあの瞬間にあんたは死んでた」

「従者も伊達に長年連れ添ってきたわけじゃないから、当然そのことについて考えるさ。
もしあんたが不意を突かれて傷付けられるようなことがあったら。
もしあんたが敵に変な情けをかけてその結果追い込まれるようなことがあったら。
もしあんたが『自分が情けをかけて見逃した敵に、殺されてしまったら』」

「そこまでくればもう後は下り坂さ。疑心が疑心を生み、親愛は狂気と化す。
目に映るすべてが自分の大事な人を狙う敵に見える、耳に聞こえる言葉がすべて自分の大事な人を騙す悪言に聞こえる」
小町の言葉が終わるよりも早く、幽々子は地図を広げた。
小町は唖然としているだろうが、そんなこと今は関係ない。
探すのだ、地図上で自分と妖夢の知っている場所を。彼女の性格上、自分との合流を第一に考えるはずだ。
自分が他人を待つなら、自分のよく知った場所を目指す。そのほうが知人との遭遇率は上がるからだ。
自分をよく知る妖夢ならその考えにたどり着く。
ならば、どこで待つ?
地図をざっと浚って見るが自分や自分の友人八雲紫に関連する場所はない。
博麗神社、永遠亭、三途の川。考えられるとするならばこの三つだが、どれも方角的には別々の位置。
もし自分が判断を間違えばニアミスを起こしてしまう。
そうなると妖夢は命の危険に晒される事になる。
「何処、何処へ向かうのよ……?」
食い入るように見つめていた地図に影が広がる。
「あたいがあんたなら博麗神社に向かうだろうね」
なんと言うことはない、小町が地図を覗き込んでいただけだ。
「現にあんたは神社に向かおうとしていた、違うかい?」
確かに彼女は博麗神社に向かっていた。しかしそれは星に目を引かれたからだ。
あの星を上げたのが誰にせよ、乗っている人間はあんなに派手なアクションは取らないだろうから。
「そしてあたいが妖夢なら、博麗神社には向かわない」
小町が博霊神社を指差し、そこから直線を描き指先を人里へ移した。
これにもやはり幽々子は首を傾げるしかできない。
「私が向かうのは博霊神社、なのにどうして、妖夢は向かわないと?」
「簡単なことさ。神社なら安全だからだ。
星を見ていようがいまいが、神社といえば博麗の巫女。あいつは強いし頼りになる。
それにあそこには何故か強い妖怪が集まるからね。
なら従者にとっての問題はあんたが博麗神社にいない場合、従者はどこを探すかだ」
小町が地図をとんとんと叩く。

この地図が本当なら会場は間を走る山によって大きく三つに分断されている。
三途地域。人間の里地域。そして永遠亭地域。
「一番下はまず無い。敵の本拠地の近くを通るなんて正気の人間はしないさ。君子危うきに近付かずってやつだ。
残るは上、真ん中の二つでしょ?
なら一緒に探すよりも二手に分かれたほうが、ね?」
「それは、そうだけど……でも」
心が張り裂けそうだった。
最初の嘘はまだよかったが、今度の嘘は流石に罪悪感を覚えざるを得ない。
(まさかここまで食いつくとは、予想外だったよ)
もしかしたらこれが本当の主従のあり方なのかもしれないと考え、小町は少し悔しくなった。
自分の上司である四季映姫は何よりも異変解決を目標に動き回るだろう。個を捨て全を取る、そんな人だ。
そんな四季映姫が自分の心配をする余裕があるのか。やはり答えはNOだ。
(あたいが不遇なのか、西行寺のお姫様が過保護なのか……)
小町は大きく息を吐き、もう一度自分の境遇を呪った。
(やっぱりあたいってツいてないのかもなぁ……)

【G-2 森の中/一日目・黎明】
【西行寺幽々子】
基本行動方針:脱出方法を探す
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 ランダムアイテム1〜3
[思考・状況] 1、小町の言った最悪の状況(妖夢が殺し合いに乗る)を阻止するために妖夢を探す
       2、できることなら小町と一緒に行動したい。
       3、紫に会いたい
       4、皆で生きて帰る
[備考]
※小町の嘘情報(首輪の盗聴機能)を信じきっています


【小野塚小町】
基本行動方針:最後の一人に賢者を残す
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 ランダムアイテム0〜2 64式小銃狙撃仕様(15/20) 64式小銃用弾倉×2
[思考・状況] 1、なんとか幽々子と別れたい
       2、生き残るべきではない人物を排除する。
       3、脱出……ねぇ……
[備考]
※盗聴機能については大嘘で本当に付いているとは考えていません
※妖夢が乗っているというのもほとんど口からの出任せです


29:プリンセス天子 -Illusion- 時系列順 32:零れ落ちるモノ
29:プリンセス天子 -Illusion- 投下順 31:灰汁の垂れ滓も空目遣い
西行寺幽々子 46:西行寺幽々子の神隠し
03:19年前の歌声の日 小野塚小町 46:西行寺幽々子の神隠し



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最終更新:2014年05月31日 04:20
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