八雲立つ夜

八雲立つ夜 ◆gcfw5mBdTg




 人生は一冊の書物に似ている、と聞いたことがある。
 もし僕の人生が書物だとすれば、きっと次頁の予想がつかない書物なのだろう。 


 なにせ――蝋燭の灯りの下、読書を楽しんでいただけだというのに。
 いつのまにか、戦場へと招待され、不吉な笑顔の妖怪少女と契約する破目になっているのだからね……。

「僕達はどこへ向かおうとしているんだい?」

 僕を先導している、この娘の名前は八雲紫という。
 幻想的な紫色の色彩のドレスと、見る者を不安にさせる笑顔が、人間離れした雰囲気と可憐さを醸している。
 その知識は外の世界の事象にすら精通し、頭の回転が速く、数々の偉業を成し遂げた、妖怪の賢者とも呼称されるほどの大妖怪だ。

 能力面では非常に優れているのだけれど……昔から彼女の雰囲気がちょっと苦手なのだ。
 何を考えているかがよく判らない上に、どこか見透かされている気がして、近くにいられると非常に落ち着かない。

 とはいえ既に契約したのだから克服したほうが建設的だろう……。
 そう前向きに気持ちを切り替え、会話の種として呈したものが先程の僕の質問である。
 できれば紫からも改善の姿勢を見せてくれると、僕が助かるのだが。

 僕は質問に対して、紫は歩みを止めずに澄んだ声で返す。

「――このような処に来てまずやるべきこと、とだけ」


 なんだって……?
 予想外であり、衝撃的な返事だった。
 紫の回答は、常人ならば煙に巻かれたように聞こえるかもしれない。
 ……しかしこれは失敗ではないのだ。
 むしろ僕の目論見は成功といえるだろう。


 なぜなら。
 ――紫の雰囲気など気にならなくなるほどのメリットがあることを理解したのだから。
 職業柄、外の世界の一端を知り得ていた僕でなければ、この真実には辿り着けなかっただろう。


 順序だてて説明してみよう。
 まず、【やるべきこと】とは知識や情報といった類の入手だろう。
 古今東西、戦と名のつくものでは、なによりも情報が大切だ。
 不意に連れ去られ、与えられた情報が皆無に近い現状では確実といえる。
 主催者の動機、手段、世界、制限、首輪、参加者の居場所。
 永き刻を生きる妖怪少女とはいえ、この全てを理解しているわけがないのだ。

 肝心なのはその手段だ。
 僕はそれを導き出すのには、二つの材料を用いた。
 まずは名簿。
 幻想郷における有力者がほぼ全て集まっている。
 これは幻想郷の人妖ではどうにもできない、ということを主催者が示唆しているのだろう。
 つまり……幻想郷にはないものを用いなければ、感知されてしまう可能性が高い。

 もう一つは、紫が目的地を既に定めているということだ。
 これを考慮に入れれば、位置が判明しており、その場を動かないものであるのだろう。



 ――そこで全ての条件を満たすものが【コンピューター】だ。

 幻想郷の魔法とは別の進化を遂げた、外の世界の魔法系統、【科学】で創造された未知の道具。
 用途は【使役者の命令どおりに動き、瞬時に情報を収集する】という所謂【式神】だ。

 名称と用途を、能力で鑑定したときから、この道具には惹かれていた……のだけれど。
 僕の能力には、ちょっと問題があって……。
 実は名称と用途がわかっても使用方法がわからないのだ。
 道具なんて大抵は用途さえわかれば何とかなるもんだが、外の世界では当て嵌まらないようで……。
 外の世界の文化のあり方を物語っているような異常なまでに複雑な構造と、簡素で面白みのない外見が相手では、解読にはまだまだ遠い。

 よくわからないスイッチは幾つか付いているのだが、押しても何も起きないし。
 ケーブルと呼ばれるものをなにかに繋げるようなのだが、それがなんなのか見当もつかない。
 まぁ、使用方法については、後でわかるのだからどうでもいいか。




 これだけでも完成しつつある説だが、これだけならば、予測の範疇を出ていない。 
 しかし僕の予測には、補強できる材料がまだ残っているのだ。
 昔、【コンピューター】について僅かながらに解明できた事柄が、その材料に多大な影響を与えている。

 【Fとは15を示す】
 【全てがFになった時に最大の値を持つ】
 上記を【非ノイマン型計算機の未来】という外の世界の本で学んだ事が始まりだった。
 僕は思う。【15】のいう数値が力を持つのは当たり前なのだと。
 古くからこの国では【15】は完全を意味していた。
 完全な円である十五夜を満月と呼ぶのも、同じ理由だ。
 この事から、僕の中に【コンピューター】は、東洋の思想と月の魔術を利用した式神なのではないか、という仮説が産声を上げた。

 これは仮説のまま暫く燻っていたのだが、幾年か前の冬の日に転機が訪れた。
 とある出来事を経て、霊夢から譲り受け、魔理沙が順番に並べた【非ノイマン型計算機の未来】の13,14,15巻。
 三冊が仮説を固める重要な閃きをもたらしてくれた。
 13巻、14巻、15巻、この数字を揃えると【131415】、そして頭の1を取れば……。
 そう……驚くべきことに直線を円に変える数値である――【3,1415】となるのだ。
 これも満月を意味しているといえるだろう。

 ――【コンピューター】は東洋の思想と月の魔術を利用した式神である、という説はこのようにして完全となったのだ。

 そして……。

 紫は主催者に知られないように情報を収集しようとしている。
 【コンピューター】は東洋の思想と月の魔術を利用した、情報を瞬時に収集する能力を持つ式神である。
 暗き天を仰げば、幻想郷とは異なる並びの星座と、夜の主役である満月が誘うように浮かんでいる。

 この三つの事柄を繋げれば……。
 紫は【コンピューター】を目指している、というのはもはや疑いようもない。
 既に僕の脳裏では、紫がキーボードを片手に命令を出し、【コンピューター】が情報収集を目的に飛翔していく光景が再生されている。


 残る問題は行き先だけど……【コンピューター】がある場所というのがわかればすぐに答えは見えてくる。
 恐らくは、僕の店である古道具屋『香霖堂』だろう。
 あそこならば、今も不良在庫として積み重なっているはずである。

 何故、外の世界の道具が置いてあるのかというと、仕入先が特殊なのだ。
 幻想郷には『無縁塚』という墓地がある。
 あそこは幻想郷を覆う結界が薄くなっており、別世界の無縁仏や幽霊などが稀に流れ着く。
 僕は無縁仏を供養する報酬として、所有物を拾い、鑑定し、香霖堂の商品としているんだ。
 ……決して墓荒らしではない。



 ……さて、あとは 生きて香霖堂に辿り着き、彼女が【コンピューター】を自在に操るところを拝見するだけだ。
 とうとう僕が【コンピューター】を操れる日がやってきたのか。

 煌々と闇の中で照る向日葵の群れを横目に、僕は感慨に耽りつつ、東方を目指し歩んでいた。
 辺りには、颯と吹く風の音がたびたび鳴り響いている。

「ニヤニヤして何を考えているのかしら?」

 物静かな佇まいを崩さずに紫は問う。
 どうやら顔に出ていたらしい。
 しかし、後ろを見ずに表情をあてるのは驚くのでやめてほしいのだが……。

「いや。支給品とやらを確認するのをすっかり忘れていたな、と思ってね」

 紫の思考を捉えるなどという大それたことをしたことが露見したらまずい。
 ……機嫌を損ね、人類の偉大なる英知の結晶【ストーブ】が使えなくなるのはごめんだ。

「そうでしたか。――私にも見せてくださらない?」

 紫は柔らかな物腰で振り向き、剣呑な光が宿った黄金の眼で射竦める。
 聡明さと性格を考慮に入れると、ただの軽い悪戯のようなものだろう。
 ……まぁ、万が一叛意を持っていると誤解されるよりは、いつものように心を見透かされたほうがよっぽどマシか。
 特に断る理由もないし……ここは従っておこう。

「もちろん、かまわないよ」

 足を止め、スキマを開け中を探る。
 食料、飲料水。 僕に食事の必要は無い。
 名簿、地図。 既に覚えた。
 時計、コンパス。 紫が確認している。
 懐中電灯。 満月の今夜は必要がないし、なにより目立つ。

 ――次に出てきたのは文字が書かれた紙束。
 右上には能力を使うまでもない、ということを示すように自身の名前が書いてある。
 まぁ、僕はこれの購読者なのでそれすらもいらないのだが。

「射命丸文が執筆した新聞のようですね」

「そうだね。これは日付を見るに今日、いや、昨日完成した文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)のようだ。
 しかし……こんなところにまできて購読者に新聞が配られるとはね」

 これも彼女の記者魂とやらの成果なのだろうか。
 僕も紫もやれやれといったポーズをとっている。

 裏付けを取った事柄だけを綴るこの新聞は、内容はともかく知恵をつけるためには良い新聞だ。
 そのため、僕は好んで購読しているのだが……流石に今の状況では読む気にはなれないな。
 お守りの代わりにはなるか……程度の気持ちで文々。新聞を懐へと忍ばせる。

 ――気を取り直し作業を再開すると、道具がまた一つ。
 これは煙草……かな。
 巨大な箱の中に小箱が十二個あり、一つ一つに煙草が詰まっている。
 そういえば、外の世界の無縁仏を供養した際に、この小箱が服に入っていたことがあったな。
 あれは実にうまい煙草だった……。
 ご丁寧に火を点ける程度の能力を持つライターも入っている。
 以前に所有していたライターは早々に機能を発揮しなくなったが、これは大丈夫なのだろうか?

「サービスがいいのね。いい銘柄が揃ってますわ」

「君がそういうのなら、これはいいものなんだろう。
 できれば香霖堂でゆっくりと吸いたいものだね」

 幻想郷で一番外の世界に詳しい妖怪のお墨付きだ。
 この煙草がいいものというのは真実であろう。


 ――煙草を脇に置き、スキマを漁ると、また道具が見えてくる。
 この大きい箱で最後だろうか。
 中にはラベルが貼られた瓶が沢山並び、瓶の中には液体が詰まっている。

「あらあら。新聞に煙草にお酒なんて。
 これは随分と現世を楽しめそうですわね」

 紫は口元に手を重ね、クスクスと笑みを漏らしている。
 たしかに……これは酒だ。
 しかし……新聞に煙草に酒とはね………。

「まったくだ。末期の酒。いや、煙草と新聞も併せて末期の潤い、と言ったところかな」

 もし紫が居なかったら、僕は新聞と煙草と酒で戦場を闊歩していた、というわけか……。
 ずれていたメガネを掛け直し、苦笑いをしてみた。とても掠れた苦笑いだった。

「外の世界で醸された酒。幻想郷で醸された酒。霊夢の醸した酒まであるわ。
 霊夢は今頃どうしてるのでしょうね……」

 ――博麗霊夢。
 幻想郷を守る役割を果たす〝博麗の巫女〟の名前だ。
 普段の傍若無人な行動を見ると本当に巫女かどうか疑わしいのだが、実際に巫女であるのだからしょうがない。
 〝博麗の巫女〟の誕生には紫が深く関わっており、縁は深い。

 僕にとっては、いつもどうでもいい時に訪れ、どうでもよくない時にも訪れる、香霖堂の常連といったところだろうか。
 できるならば、お金をきちんと払う客として訪れてほしいのだが……。

「さぁね。霊夢は君とは別の意味で予想がつかない。魔理沙辺りなら考えるまでもないんだが」

 何事にも囚われない思考を予測できる輩など、この世にいないだろう。
 博麗霊夢とは、そんな人間なのだ。

 もう一人の常連なら簡単なのだけれどもね。
 人を食ったような態度を絶やさないが、内側は真面目な一面を抱えている少女を想起した。
 ちょっと言葉遣いが独特な魔法使いは、恐らく今もどこかで大暴れしていることだろう。

「心配はあまりしていないのかしら?」

 音もなく長いスカートを翻し、静かな口調で尋ねる紫。

「していない、というわけじゃあないけどね。いなくなれば寂しい、悲しいとも想う。
 ――でも人も妖怪も霊も神もいつかはいなくなるものだ。 僕や君、霊夢や魔理沙もいつかはね」

 霊夢や魔理沙が永遠に訪れることがない、僕一人だけがただ黙々と本を読んでいる香霖堂か……。
 彼女達と次に会える時が来ないかもしれない、という嫌な予感を頭の隅に押しのける。

「そう、生と死の境界は万物に存在します。
 寿命が長い存在は忘れがちですが、それは忘れてはいけない大切な事なのですよ」

 蓬莱人は別ですけれど、このような場所ではどうかしらね、と付け加える紫。

「それでも君が死ぬところだけは想像がつかないがね」

 バラバラに引き裂かれても、何食わぬ顔で僕の背後から突然現れる紫が容易に想像できる。

「あら。私だってちゃんと皆のように死ぬのよ。
 ――でも、まだいけないのです。
 私が居なくても幻想郷を維持できるようになるまで、私は生きなくてはならないのだから」

 紫の瞳は切なく遠く――ありし日の幻想郷を見定めていた。
 哀憐の想いには一片の曇りもない。
 本当に心の底から幻想郷を愛しているのだろう。
 それは僕にも利がある話だし……こうしてみようか。

「そうなると僕も嬉しいね。
 ふむ、ではこうしてみよう」

 筆記具をスキマから取り出し、手帳の最後のページを開く。
 紫が怪訝そうに見てくるが、それを無視し、僕はページの右下隅に、


 こうして、幻想郷に平和が戻りました。
 【めでたしめでたし】


 という文を綴る。

「この手帳を、数ページを除き、この戦の歴史書にすると決めた。
 けれども……さっき綴った文により、この歴史書は手帳に逆戻りしてしまったようなんだ。
 未来の不確定な事象や、偽りの出来事を記された書物が、歴史書という名前になることは決してないからね。
 もし、君がそのことに同情してくれるというのなら。
 君が頑張って、歴史通りに幻想郷に平和を取り戻し、この手帳と歴史書の境界線を引き直してやってほしい」

 まぁ、ちょっとしたおまじないのようなものである。
 この戦の中で、暇を見て、少しずつ綴っていくつもりだ。
 もし帰れたとしても、この手帳が出版されることはないだろうけどね。
 書き残すこと自体に意味があるのだ。


 僕の詞を聴いた紫は、ふふふ――と微笑み。

 漆黒の闇夜の中でも、なお色褪せない向日葵の大輪で構成された黄金の壁画を背景に。
 ドレスの袂より覗く白い手で、腰まで流れる煌びやかな金糸を優雅な仕草でたなびかせ。

「貴方らしいまわりくどい誘導ですわね。
 ――いいでしょう。
 八雲紫の名において『手帳と歴史書の境界線を引き直す』ことを約束いたしますわ」

 透きとおるような優しく穏やかな声と、不吉と神秘を奏でる笑顔で、そう応えた。
 さながら絵画の世界と錯覚させるほどに、気高く、高貴で、華麗な佇まい。
 雲間より降り注ぐ青白い月光のラインが、オーロラにように彩り、殊更幻想的な光景を創りだしている。

「期待して待ってるさ」

 これで紫は異変の解決に、よりいっそう尽力することだろう。
 妖怪とは精神が存在を左右する生物である。
 強大な妖怪に自信過剰な輩が多いのはそのためだ。
 妖怪の力とは想いが大きく、重く、多く、輝くほど強くなる。
 目的が同じならば、理由は多いほうがよい。
 おまじないといっても迷信などではなく、そうそう馬鹿にできるものではないのだ。
 なにせ妖怪とは、恐怖や不可解さといった人間の心から産まれたのだからね。

 更には、和洋問わず古来より力を得るのに有効な手段である契約という形式をとっている。
 丸腰で戦場を歩く破目にならなかった代金としては釣り合うだろう。
 僕は古道具屋〝香霖堂〟の店主として、霊夢や魔理沙のようにツケる気は更々ない。

「――あら。ちょっと足りないようなのでお酒を一本頂けるかしら?」

 さも可笑しそうに頬を綻ばせ、穏やかに促す紫。


 はぁ、これだから僕は紫が苦手なのだ。
 僕はわざとらしいため息を吐いた。

 ◇ ◇ ◇


 太陽の畑を通り過ぎてから進路を南に変え、道へと入り随分と歩いた。
 どうやら予測の一部は外れていたようで、地図に謎の家と示された所が見えてくる。
 ここは恐らく紫の家なのだろう。
 よくよく考えれば紫の家にも【コンピューター】があるのは必然である。
 直線で結ばず道を経由したのは、自宅を知る人に会う可能性を高めるためといったところだろうか。
 あとは……ああ、陽の畑から届いた爆音を確認しにいったというのもあるかもしれないな。
 紫との遭遇している最中での出来事だったので、すっかり忘れていた。

 まぁ僕としては、【コンピューター】の使用方法さえわかればどこに行こうとどうでもいいことだ。
 と、ここまで考えたところで突然、紫が立ち止まる。

「お静かに」

 思考を中断し、紫の視線の先を確認する。
 月光に照らされた二階の窓に影が映り、瞬く間に掻き消えた。

「さあ、往きましょう」

 やれやれ……。
 僕は今すぐにでも【コンピューター】が動くところを見たいというのに……どうやら龍神はそれを許してくれないようである。

【B-7 謎の家前・一日目 黎明】
【森近霖之助】
[状態]ちょっとした疲れ
[装備]SPAS12 装弾数(7/7)バードショット・バックショットの順に交互に入れてある
    文々。新聞
[道具]支給品一式(筆記具抜き)、バードショット(8発)、バックショット(9発)
    色々な煙草(12箱)、ライター、箱に詰められた色々な酒(29本)、手帳
[思考・状況]契約とコンピューターのため、紫についていく。

【八雲紫】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]支給品一式、不明アイテム(0~2)武器は無かったと思われる、酒1本
[思考・状況]主催者をスキマ送りにして契約を果たす。
[備考]主催者に何かを感じているようです。


 ◇ ◇ ◇ 

 背中に白い大きな帯のような飾りを備えた紅と黒のドレス。
 少女の頭を包み込むような大きなリボンと、少女の胸元を可憐に飾る小さなリボン。
 そしてそれらに身を包まれる、鮮やかな軽いウェーブをかけた金髪の幼く美しい少女がいました。
 少女は毒林檎を食べてしまった白雪姫のように静かに眠ったまま。
 謎の家と地図に示されている家の二階の部屋のベッドに送られ、ずっと変化する様子を見せずに寝転んでいます。

 ◇ ◇ ◇ 

 そろそろ起床の時間なのか、少女はパチっと目を開けます。
 大事な友達と一緒に眠っていると思っていた少女は、覚醒すると共に困惑の表情を見せていきました。

「スーさんはどこにいったの?
 いなくなっちゃったの?そんなのやだよ……」

 隣で寝ていた、大切な友人であるスーさんが、今はいません。
 それどころか周りを見回したところ、ここは少女の住んでいる所でもないようです。
 少女はそれに気づくと、おろおろ、きょろききょろと紅いリボンを揺らしながらうろたえています。

「もしかしたら、これは現実じゃあないのかもしれないわ……」

 夢だと考え、頬を抓っていますが、それでも夢から醒めません。
 逆に寝てみようとしてみても、スーさんがいない場所では寝る気が起きないようです。
 月明かりだけが差し込む薄暗闇の中、廊下に出て次々と扉を開けていきます。
 部屋の中は薄暗く、何があるかよくわからないと思いますが、少女にはスーさんだけは常闇の中でも見つけることが出来る自信があるみたいです。
 二階の扉を全て開けた後、急いで階段を降り一階の全ての扉を開けていきます。

「スーさーん!どこにいるのー!いたら返事してー!」

 しかし何度叫んでも返事は静寂。
 寂しそうに藁をも掴む思いで、最初の部屋に戻ったところで、初めて袋の存在に気づいたようです。
 スーさんがいないかと手を入れ、ごそごそと色々な物を取り出しては投げ出して行く少女。
 残念ながら、スーさんは入っていなかったようですが、
 頭を悩ませながら、地図とコンパス、窓から見える太陽の畑、
 それらを何回か交互に確認し、なんとか現在地と目的地を把握できたようです。

 そうとなればこんな所に留まる理由はありません。
 愛しのスーさんがすぐ近くにいるのですから。
 これが夢の世界であっても、そうでなくても、どうでもいいといった感じです。

「スーさん、離れちゃってごめんね!今行くからー!」

 少女は先程までとは違う、快晴の笑顔を見せ、
 急いで巻き散らかした物を袋に入れ、懐中電灯だけを手に取ります。
 そして乱暴に扉を開き、懐中電灯を点け、階段を駆け降りていきました。
 スーさん以外は障害物とでもいうような勢いです。

 駆け降りる最中、懐中電灯のおかげで、粒子のような物が飛び散っているのが見え、メディスンは眼を輝かせます。
 それはメディスンとスーさんとの絆だから。
 いつも自分を見守ってくれる優しい優しいスーさんとの愛の結晶だから。



 その粒子は毒。
 どうやらスーさんがいない事で寂しくなり、無意識の内に体から出していたようです。
 少女の正体は持ち主に捨てられた人形が鈴蘭の毒によって蘇った、人間に憎悪を抱く恐ろしい妖怪人形。
 名前はメディスン・メランコリー
 スーさんとは少女の大好きな鈴蘭、人形の目的地、無名の丘は鈴蘭の群生地として有名な場所です。

 メディスン・メランコリーは無名の丘の鈴蘭の海で生まれ、
 外出時以外は、ずっと鈴蘭の毒と共に過ごしていました。
 生まれたからまだ数年という妖怪としては若輩もいいところ。
 ですが人形の持つ毒を操る程度の能力は、体に触るだけで肉が爛れ、妖怪すら怯む毒を放出するほどの力を持っています

 当然、そんなはた迷惑な人形が走り回ったせいで、この謎の家もあっという間に毒の家に変わってしまいました。

 幸いスーさんがいないので、毒性もいつもほど脅威というわけでもありません。
 それにある程度は換気されているおかげで、いつになるかはわかりませんが謎の家に戻る事ができそうです。

【B-7 謎の家一階 一日目・黎明】
【メディスン・メランコリー】
[状態]健康
[装備]懐中電灯
[道具]支給品一式(懐中電灯抜き) ランダムアイテム1~3個
[思考・状況]無名の丘を目指しスーさんに会いにいく
 ※主催者の説明を完全に聞き逃しています。


 ※謎の家の中にしばらくの間スーさんがいない程度のメディスンの毒が撒き散らされました。


17:ケロちゃん殺し合いに負けず 時系列順 20:奇跡のダークサイド
18:泰然自若の花と鬼 投下順 20:奇跡のダークサイド
07:強化プラスチックの悪魔 森近霖之助 50:黒と白の境界
07:強化プラスチックの悪魔 八雲紫 50:黒と白の境界
メディスン・メランコリー 50:黒と白の境界


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最終更新:2009年05月22日 18:04
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