家族が笑うとき

家族が笑うとき ◆Ok1sMSayUQ






 ふんふんふ~ん、と暢気に鼻歌を口ずさみながら石段を登る白い少女、というか幽霊がいた。
 メルラン・プリズムリバー。プリズムリバー楽団のトランペット担当で、三姉妹の次女である。
 表情は晴れやかで、見ている方もつられて笑ってしまいそうなくらいのニコニコとした笑顔である。

 殺し合いという大変な状況なのにどうしてこのような顔をしていられるのか、というとそれは彼女がメルランだから、としか言いようがない。
 メルランは落ち込むことを知らない。悲しみや恐怖というものを知っているのかどうかも怪しい。それくらいいつも陽気だ。
 ここに放り出されたときもメルランは異変が起こっているのだと感じ取ってはいたが、まあ何とかなるだろうと根拠もなく思っていた。良く言えばポジティブ、悪く言えば能天気というところか。

 むしろそんなことは彼女にとってはどうでもよく、気を引いたのは皆の暗く沈みこんだ様子だった。
 メルランにしてみればいきなりこんなわけの分からない事態になって混乱するのは分かるが、別にそれでどうにかなるというわけでもないのだし、だったら笑っていればいいというのが彼女の論理であった。笑う門には福来たる。

 ということで、出会った連中を片っ端から笑顔にしていってやろうというのがメルランの立てた目標だった。後、ついでに姉のルナサと妹のリリカも探す。あくまでもついでに。

「笑顔でハッピー♪ みんなでハッピー♪ らんらんら~ん♪」

 ちなみに歌っているのは彼女の持ち楽器であるトランペットが奪われているからである。彼女の象徴とも言うべきそれを奪われたのは好ましいことではない。
 しかも登っている最中に気付いたのだが、普段なら楽器がなくても演奏出来るはずなのに何故か今は全く音が出せないのだ。
 歌くらいなら歌えるし、リズムの取り方にも特に変調はないことから楽器があれば大丈夫だろうとは思ったものの、演奏できないのには変わりない。
 これについても最初は文句を言っていたメルランだったが、例の如く「まあいいか」で済まして道中どこかで楽器を見つければいいだろうという結論にした。彼女はどこまでも陽気なのであった。

「らんらん♪ らんらん♪ らんらんるー……っと」

 石段を登りきったメルランはそこで一息入れた。普段ならばこんな石段など楽に飛んでこれるはずなのだがどうも体が重く上手く飛べない。きっと調子が悪いのだろうという一言で済ませて、逆に「リズムを取りつつ階段登りも楽しいはず」と考えて歩いてきたのだ。
 実際彼女にとっては思いのほか楽しかったようで、軽く息を弾ませながらもニコニコとした笑みが満開の花を咲かせていた。
 くるりと振り向き、我が身が歩いてきたこれまでの道標を振り返る。

「おーおー、意外と高いのねここ。妖怪の山もよく見えるわ」

 メルランが来たのは妖怪の山にある守矢神社。普段は絶対に行かない場所のうえ、神社で騒ぎ立てていると巫女に怒られるので近づきもしないのだが、今の彼女にはみんなをハッピーにするという崇高な使命があるのだ。
 こんな高いところなら楽器の音だってよく聞こえるはず。これまた根拠のない考えだが彼女は上手くいくと信じて疑わない。

 問題は楽器がないことだ。歌っても良かったが、自分の本領は演奏だ。聞いているだけで楽しくなれる躁の音色を聞かせることこそ最善の手段なのである。どうせなら歌姫でもいればいいと思ったが、生憎ここまでにミスティア・ローレライは見つけることが出来なかった。
 まあいつかは見つかるだろうと思って、すぐに楽器をどうするかという思考へと戻す。

「んーんー、神社なら楽器のひとつでもあるのかしら。三味線とか、琴とか。まあ行けば分かるわよね。あんまり和楽器は得意じゃないけどちょっと練習すれば何とかなるわ。だって私は騒霊だもの」

 こればかりは根拠もない言葉ではなく、メルランの自信に裏打ちされた言葉だった。
 大抵の楽器なら使いこなせる。能力ばかりに頼っているのではなく、ちゃんとした楽器の使い方も知っている。
 仮に全く見たことのない楽器だとしても使いこなせるという自負がメルランにはあった。プリズムリバー三姉妹中で彼女の魔法を行使する力は最強だ。魔法の力を使えばどうとでもなる。

「さて、それじゃ神社の中を」
「どうする気かしら、騒霊のお嬢さん?」

 いきなり頭上からかかってきた声にわっと驚いてその場から飛びずさるメルラン。
 見上げると、鳥居の上に悠然として腰掛けている神様がいた。

 八坂神奈子である。元からいたのか、それともいつの間に移動してきたのかメルランには分からなかった。
 神奈子はひらりと飛び降り、ふわりと髪をたなびかせながらメルランの元へと歩いてくる。

「参拝客……にしては少々間抜けな面構えね。興味本位でやってきた、ってところかしら」

 じろじろと量るように顔を見回す神奈子に、メルランは意味もなく「そうよ!」と胸を張った。
 間抜け面というのは気に入らなかったが、こうして出迎えてくれたということは自分の演奏を聞きに来たのだろうと解釈したのである。

「私の演奏を聞いて、あなたもハッピーになるのね! でも残念ながら楽器はないの。もうちょっと待ってくれないかしら」
「いや別にそういうのはどうでもいいのよ。それよりさ……酒、呑まないかい?」

 ニッ、と笑ってメルランの肩に手をかける神奈子。だが雰囲気は辞退することを許さない強いものがあった。
 一瞬たじろいだメルランだったが別に飲酒は出来ないわけではないし、酔いながらの演奏というのも、また楽しいもののように思えた。
 お酒と音楽でダブルハッピー! 自らの素晴らしいアイデアに神奈子と一緒にはっはっはと笑う。

「そういうことだから、さ、入った入った。楽器は器を箸で叩いてればいいわ」
「ああ! 新しい発想だわ! それは面白そう!」

 何も音は楽器だけから出るものではない。斬新な考えにメルランの心はさらに躍る。
 思わずステップ。一緒に歩く神奈子の歩調も心なしかリズムのいいように思える。

「そういえばあなたなんて名前なの? ここの神様?」
「おや、私の名前を知らないとは……守矢神社の神様、八坂神奈子とは私のこと。この際だから信仰もしてみない?」
「ふーん。まあ考えておくわ。あんまり演奏とは関係なさそうだし」

 そう、と返した神奈子の様子は、落胆した様子もなく平然としたものだった。騒霊であるメルランにとってみれば信仰の力よりも魔法の力の方が信じられるものだったし、特に必要もないと考えていた。それを神奈子も分かっていたのかもしれないとメルランは思った。

「さ、それよりも早く呑みましょうか。神社の中にはたくさんあるから」
「はーい。うん、楽しい宴会になりそうね!」

 神社の中へと向けて楽しげな調子で歩いていく二人。
 それは、とても殺し合いに参加しているとは思えない風景だった。

     *     *     *

 守矢神社の本殿から離れた、普段東風谷早苗や洩矢諏訪子、そして八坂神奈子が暮らしている場所、いわゆる居住区にて二人は大いに盛り上がっていた。
 元々あったのだろう酒瓶は既に何本も空になっていて、酒臭い匂いが部屋中に充満している。
 にもかかわらず神奈子はまるで酔ったそぶりもなく、まだまだ素面という様子で新しい酒瓶に手をつけ始めている。

 対照的にメルランは普段呑むことのない酒を大量に呑んでいたためすっかり酔ってしまっており、顔が真っ赤になっている。
 流石神様は酒豪だなあと酔った頭で考えながら、メルランは神奈子の話に耳を傾けていた。

「……ま、気が付いたらここの神社に飛ばされてきたってこと。見知った場所だったから助かったわ。幻想郷って、正直知らないところも多いからね」

 へぇ、と答えながら盃をチンチンと箸で叩くメルラン。しっかりと演奏の形になっているのは騒霊の為せる業というところか。
 神奈子は言う合間にも酒をぐいと口に入れ、ふぅとため息を漏らした。

「ところで、東風谷早苗っていう巫女を見なかったか? 蛙と蛇の飾りをつけた、それはもう可愛い子なんだけど」
「ううん。私はまだあなたにしか会っていないわ。でも大丈夫、すぐに見つけてその子もハッピー、あなたもハッピーになるのよ」

 そりゃ素晴らしい事ね、と神奈子は笑う。そうなって欲しいという願いが顔から滲み出ていた。
 きっとこの神社の巫女で、神奈子に仕えているのだろうとメルランは想像する。なるほど心配だということか。
 でもそんなの関係ない。だって私がいるのだもの。私は楽しい騒霊のメルラン。心配も不安もすぐに吹き飛ぶわ。
 お得意の『躁』の音色を響かせるように盃を叩き続ける。えへへ、とメルラン本人も笑いながら。

「それがお前さんのやろうとしていることなの? 出会う奴全員を楽しくさせる……」
「ええ。本当ならルナサ姉さんやリリカがいればもっといい音になるのよ。プリズムリバー楽団の演奏はこんなもんじゃないんだから」

 もっとも、一番演奏が上手いのはこの私なんだけど、と付け加えて。
 そういえばルナサやリリカもどこかで演奏しているのだろうか、と思う。しかしルナサは暗い性格だし、きっとどこかでしょんぼりしているだろう。リリカもリリカで姉達がいないのをいいことに好き勝手遊んでいるかもしれない。

 早いうちに合流したほうがいいかも、とメルランは考え始める。やはり三姉妹揃ってのプリズムリバーだ。三人がいればどんなところでも演奏の音色が届くはず。そうしたら聞く人も増えてハッピーがいっぱい。そう思った。

「なるほど、家族、か。家族は大事?」

 不意に、神奈子がそんなことを尋ねてきた。酒を呷りつつもその口調はどこか神妙だった。
 こくりとメルランは頷く。お互いに対抗意識を燃やしてはいるし、反りが合わなかったりすることもある。
 それでも揃ってこその自分達であることは各々が十分に理解していたし、もう腐れ縁を超えた深い絆がある。

 家族にして、自分の一部にも等しい存在なのだと、舌が回らなくなっているのを自覚しながらもそういう意味合いを神奈子に伝えた。
 これにも神奈子は、そう、と返答しただけだった。良く伝わってなかったのかと思い、もう一度言い直そうとしたメルランだったが、呑みすぎたせいか、急に眠気が回ってくる。これから皆をハッピーにしにいかなければならないのに。
 舟を漕ぎ始めたメルランに気付いたらしい神奈子は「眠いの?」と尋ねてくる。

「大丈夫よ、これくらい……」

 そう答えて立ち上がろうとしたが、足がもつれてこけそうになったところを神奈子に支えられる始末だった。

「悪かったわね、ちょっと深酒させすぎたかしら……しばらく寝てなさい。時間が経ったら起こしてあげる」
「う~ん……うん……」

 神奈子に座らせられると、更に眠気が増してくる。
 楽しくさせなければと思いながらもこの衝動にはさしものメルランも打ち勝てなかった。

 こくりと頷き、横になる。神奈子は離れてどこかへと向かうようだった。
 皆に演奏を聞かせるのは後にしよう。そう思って、瞼を閉じようとしたメルランに、再び神奈子の姿が映った。






「そう、そのままゆっくりと休みなさい。……永遠に、ね」







 何故か神奈子の手には緋色の剣が握られていて、どこか艶然とした、しかし暗い笑みを浮かべていた。
 ああ、こんな笑い、なんか嫌ね……ぼんやりと考えたメルランの思考は、そこまでだった。
 ずしん、という重い感触が体の中心から直に伝わり、彼女の命をぷっつりと断ち切った。

「悪いわね……でも、私にも家族がいる……娘同然の子がいるのよ」

 呟いたのは、メルランの胸に緋想の剣を突き刺した神奈子だった。
 酔ったままの表情で、メルランの体はぴくりとも動かない。完全に死んだと判断した神奈子は緋想の剣を引き抜く。
 ずるりという嫌な感触と共に剣が引き抜かれ、赤い刀身からぽたぽたと同じ色の雫が垂れ落ちる。
 まさに今の自分にお似合いだ、と神奈子は低く嘲笑を漏らした。

「こんなやり方、私の好みじゃないんだけどね。
 でも油断は大敵、戦に望まんとすればまず己を知れ。
 私の乾を創造する力は殆ど失われた。
 精々が小手先の弾幕を撃ち出す程度、後は多少岩を破壊するくらいの力があるくらい。
 幻想郷に来る前のことを思い出すわ。
 だから、手段は選んでいられない」

 神奈子の目には強い決意と、どんな行動をも辞さない獰猛さとがあった。
 それはまさに荒ぶる神。戦に臨む姿そのものである。
 今の神奈子はこの程度でしかない。こんなことしか出来ない。だがそれでも、早苗のためにやれることはなんでもやろうと思った。
 これが、その結果だ。

「待ってなさい。早苗だけは私が、必ず」

 そのために、再び諏訪子と争うことになろうとも……
 勝ってみせる。それがミシャグジ様すら下した大和の神々が一、八坂神奈子だ。

【メルラン・プリズムリバー 死亡】



【残り48人】




【A-3 守矢神社・一日目 深夜】
【八坂神奈子】
[状態]健康、少々酔っている(行動に支障はなし)
[装備]緋想の剣
[道具]支給品一式 不明支給品(0~2)
[思考・状況]基本方針:東風谷早苗のために全てを駆逐する
1.殺しには手段を問わない
2.諏訪子と戦うことになっても構わない

※メルランの支給品は死体の側に放置されています(中身は未開封)


18:泰然自若の花と鬼 時系列順 24:ホワイトアウトな奥遠和の監視網
21:となりのリリカと紅魔館事件 投下順 23:揺れる第三の瞳
メルラン・プリズムリバー 死亡
八坂神奈子 49:悪魔の巣

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最終更新:2009年06月28日 01:33
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