レポート09「ゼンヒテイ」
それは最後の可能性の話……。
怨霊は残る最後の可能性の並行世界に分身を送り込んだ。
「こうして分身を送るのもこれが最後か。これを終えたとき、私はどうなるんだろうな。自由を手に入れられるのか、それとも……」
しばらくして、分身が最後のナメカタの魂を連れて戻ってきた。まずは分身と再融合して、その世界で起こった経緯を確認する。
「相変わらず、別の世界の存在とはいえ自分が死ぬのはあまり気持ちのいいものじゃないな。まぁ、それももう慣れてしまったが」
最後のナメカタは散々不安を煽られた挙句の自殺。死の瞬間には笑ってさえ見せたという。
さて、もはや形式的になってしまっていたが、怨霊はいつものように魂に語りかけて自身に取り込もうとする。
「さぁ、おまえも私の一部となれ。憎め、怨め、己の不運を! そして決して赦してはならない、別の世界のおまえが幸運な未来を得ることを…」
もう他に残された可能性の世界などないのに、他に誰を怨めというのだろうかと自分でも疑問に思う。
「それじゃあ、あとは自分自身を怨んでみてはどうかな? おまえだって、あらゆるナメカタのうちの一人には違いないだろう」
不意に怨霊に語りかける声があった。
「誰だ…?」
この外なる世界にはいつだって、怨霊一人しかいなかったはずだ。久しく聞いた他人の声に怨霊は驚いた。一方で、久しぶりに会話にほっとしている自分もいた。
長らくの孤独を打ち破った声はとても懐かしいものだった。
「その声は…!」
語りかけてきた声は怨霊の口から発せられるものと同じ声だった。
「最後の世界の私の魂…か? 念を飛ばすのではなくて、わざわざ声を発するとは活きのいい魂だな。さぞ、喰らいがいがあるというものだ」
「ふん…。化け物のふりなんかしやがって、全くばかばかしい。そんなにも独りは寂しかったかい? オリジナルのナメカタさんよ!」
「なに…? どうしてそこまで知っているんだ。分身が余計なことまで口走ったか。それに死んだばかりの魂にしてはずいぶんと元気がいいようじゃないか」
最後のナメカタの魂はふわりと怨霊の目前に舞い立つと、生前のナメカタの姿になった。
「あらゆる可能性の世界の私がいるんだろう。だったら、事情を知っている私が一人ぐらいいたって何もおかしくはないだろう? ”あらゆる可能性”なんだから。想定できるあらゆる可能性は実現し得る……たとえ、この外なる世界においても、ね」
最後のナメカタは怨霊ナメカタを前にしてもずいぶんと余裕の様子だった。数多の世界の自身の魂を喰らい尽くしてきた怨霊は尋常ではない気迫のオーラを放っている。普通ならば、その気に圧倒されてまともな状態ではいられないはずだった。
「おまえ、一体どこまでここを把握している…? この世界で私の思い通りにならなかった魂なんておまえが初めてだ。だが……面白い。こんなことは今まで一度もなかったからな」
「知っているとも、いろいろとね…。そして、おまえが退屈しているということもね! そして、次におまえはこう言うつもりだったんだろう? ならば私を楽しませてくれ、とね」
図星だった。単調でつまらなかったこの外なる世界についに今までとは異なる事態が起こった。怨霊も最後のナメカタも元の世界ではすでに死んでいることになるはずだが、この異常事態は久々に怨霊に生きた心地を与えるものだったのだ。
永きに渡るあらゆる可能性の並行世界の攻略。怨霊本体は個々の並行世界の中に入れないので、それを担うのはあくまで怨霊の分身に過ぎなかった。
怨霊自身はただこの何もない世界で結果を待ち、収穫されてきた魂を貪るだけ。感情など、もはや分身にすべて持っていかれてしまっていたと思っていた。
しかし、予期せぬ事態による不安と期待に心が動く。心が動いてこそ、初めて人はいきるのだ。ただ漫然と”生きる”のではなく、”活きる”のだ。
「ますます面白い。いいだろう、その言葉の通り私を楽しませてもらおうか! どうか私を満足させてくれよ? それでどうする。このまま戦闘モノな展開にでもなるのかい?」
「おまえは私だ。私がそんな展開を望まないことぐらいよく知ってる。それにこういう精神世界での戦いはもうやったからね。同じことをやっても飽きるだけだ」
こいつめ、さりげなくメタなネタを引っ張ってきやがって。ちなみに、ここでいう「もうやった精神世界での戦い」とは『メイヴの謎』の第十七章のことを言っている。
(該当話はこちら→ メタディア外伝 chapter17 想いの強いほうが勝つ展開……熱いです)
「こうして分身を送るのもこれが最後か。これを終えたとき、私はどうなるんだろうな。自由を手に入れられるのか、それとも……」
しばらくして、分身が最後のナメカタの魂を連れて戻ってきた。まずは分身と再融合して、その世界で起こった経緯を確認する。
「相変わらず、別の世界の存在とはいえ自分が死ぬのはあまり気持ちのいいものじゃないな。まぁ、それももう慣れてしまったが」
最後のナメカタは散々不安を煽られた挙句の自殺。死の瞬間には笑ってさえ見せたという。
さて、もはや形式的になってしまっていたが、怨霊はいつものように魂に語りかけて自身に取り込もうとする。
「さぁ、おまえも私の一部となれ。憎め、怨め、己の不運を! そして決して赦してはならない、別の世界のおまえが幸運な未来を得ることを…」
もう他に残された可能性の世界などないのに、他に誰を怨めというのだろうかと自分でも疑問に思う。
「それじゃあ、あとは自分自身を怨んでみてはどうかな? おまえだって、あらゆるナメカタのうちの一人には違いないだろう」
不意に怨霊に語りかける声があった。
「誰だ…?」
この外なる世界にはいつだって、怨霊一人しかいなかったはずだ。久しく聞いた他人の声に怨霊は驚いた。一方で、久しぶりに会話にほっとしている自分もいた。
長らくの孤独を打ち破った声はとても懐かしいものだった。
「その声は…!」
語りかけてきた声は怨霊の口から発せられるものと同じ声だった。
「最後の世界の私の魂…か? 念を飛ばすのではなくて、わざわざ声を発するとは活きのいい魂だな。さぞ、喰らいがいがあるというものだ」
「ふん…。化け物のふりなんかしやがって、全くばかばかしい。そんなにも独りは寂しかったかい? オリジナルのナメカタさんよ!」
「なに…? どうしてそこまで知っているんだ。分身が余計なことまで口走ったか。それに死んだばかりの魂にしてはずいぶんと元気がいいようじゃないか」
最後のナメカタの魂はふわりと怨霊の目前に舞い立つと、生前のナメカタの姿になった。
「あらゆる可能性の世界の私がいるんだろう。だったら、事情を知っている私が一人ぐらいいたって何もおかしくはないだろう? ”あらゆる可能性”なんだから。想定できるあらゆる可能性は実現し得る……たとえ、この外なる世界においても、ね」
最後のナメカタは怨霊ナメカタを前にしてもずいぶんと余裕の様子だった。数多の世界の自身の魂を喰らい尽くしてきた怨霊は尋常ではない気迫のオーラを放っている。普通ならば、その気に圧倒されてまともな状態ではいられないはずだった。
「おまえ、一体どこまでここを把握している…? この世界で私の思い通りにならなかった魂なんておまえが初めてだ。だが……面白い。こんなことは今まで一度もなかったからな」
「知っているとも、いろいろとね…。そして、おまえが退屈しているということもね! そして、次におまえはこう言うつもりだったんだろう? ならば私を楽しませてくれ、とね」
図星だった。単調でつまらなかったこの外なる世界についに今までとは異なる事態が起こった。怨霊も最後のナメカタも元の世界ではすでに死んでいることになるはずだが、この異常事態は久々に怨霊に生きた心地を与えるものだったのだ。
永きに渡るあらゆる可能性の並行世界の攻略。怨霊本体は個々の並行世界の中に入れないので、それを担うのはあくまで怨霊の分身に過ぎなかった。
怨霊自身はただこの何もない世界で結果を待ち、収穫されてきた魂を貪るだけ。感情など、もはや分身にすべて持っていかれてしまっていたと思っていた。
しかし、予期せぬ事態による不安と期待に心が動く。心が動いてこそ、初めて人はいきるのだ。ただ漫然と”生きる”のではなく、”活きる”のだ。
「ますます面白い。いいだろう、その言葉の通り私を楽しませてもらおうか! どうか私を満足させてくれよ? それでどうする。このまま戦闘モノな展開にでもなるのかい?」
「おまえは私だ。私がそんな展開を望まないことぐらいよく知ってる。それにこういう精神世界での戦いはもうやったからね。同じことをやっても飽きるだけだ」
こいつめ、さりげなくメタなネタを引っ張ってきやがって。ちなみに、ここでいう「もうやった精神世界での戦い」とは『メイヴの謎』の第十七章のことを言っている。
(該当話はこちら→ メタディア外伝 chapter17 想いの強いほうが勝つ展開……熱いです)
宣伝はさておき、相も変わらず対峙する二人のナメカタ。先に口を開いたのは最後のナメカタのほうだった。
「しかし、まったくばかばかしいもんだ。並行世界…外なる世界…。こんな非現実的なもの、いくら私の目の前でこうして実際に起こっていようとは言っても実に信じ難い。おおかた、こんなものは夢か幻に過ぎないんだよ。そもそも死んだら死後の世界があるなんて考え事態がばかばかしい。死んだら無だ。それ以上でも以下でもない」
「……へぇ。じゃあ、おまえはこの外なる世界も並行世界も、そして私すらも否定するっていうのかい。面白いじゃないか。こうして目の前に存在している。にもかかわらずそれを否定するだって? できるものならやってみなよ!」
「…いいだろう。そもそも意識なんてものは脳が生み出したものだ。脳に意識を司っていう器官はないようだが、どうやら神経細胞が集まるとそこに意識が誕生するらしい。その詳しいメカニズムはまだ解明されていないらしいが、それも直にわかることさ。つまり魂なんて考えは前提から間違っているんだよ! …ならば、死後の世界なんて当然あり得ない。怨霊だって? それはおかしいね。あまりにおかしいんで、逆に興味深いよ。それがどんなにもっともらしい説明をなされているのかがね! 目の前に幻が見えちゃうぐらいにおかしいね!!」
最後のナメカタは怨霊もこの世界もすべて幻の一言で切り捨てた。どうせ、これは夢を見ているだけに過ぎないのだと。怨霊もこの世界も、その夢の中だけの登場人物や舞台に過ぎないのだと。
「やはりそう来るか。生前の私だって死後の世界なんか信じてなかった。当然、意見は同じだったさ。だけど、それじゃあ、今こうして存在している私はなんなんだい? 君は私が幻だという。君にとってはたしかにそうなのかもしれない。しかし、だったら、私自身にとってこの状態はなんだと説明すればいい? 事実、”私はこうして存在する。”交通事故で一度死んだにも関わらず! 私の意識が”私がこうして存在する”ことを認知できているこの事実を何と説明する? それを否定できるのか? 確かに”こうして私は存在している”ぞ! 存在していることを私の意識ははっきりと認知しているぞ!」
「おまえの意識がどうとかは知ったことじゃない。それを主張するなら、逆に意識の存在というものを証明してもらおうか。
確かに自分には”自分の意識がある。”それは認めよう。だが、それ以外の意識が確かに存在すると証明できるのかい? 例えば、極論だが私以外の人間は実はみんなよくできたロボットなのかもしれない。あるいは、私以外の人間はみんな神様が操っていて、自分の意志を持って行動しているのは私だけかもしれない。そもそも、今見ているものはすべて脳が見せている幻で、実は世界には私一人しか存在しないのかもしれないだろう! 目の錯覚なんてものもあるように、現実にこうして見えているものが完全にすべて正しいとは言えないからな。縦の棒と横の棒はどっちが長いかとか、あっちの色とこっちの色は違うように見えるけど重ねてみると実は同じとか、よくあるだろう。どうだ?」
わかりやすく説明するならこうだ。インターネット上でチャット会話などを行ったとしよう。相手は全員、現実では面識のない人たちだとする。相手の顔は当然ながら見えない。
あなたが発言をすれば様々な人たちがそれに反応を返してくれる。ところで、そこには一体何人がいるのだろうか。本名を名乗っているのでなければ、たとえどんな名前を名乗っていようがそれはある種の匿名のようなものだ。いや、たとえそれが本名だったとしても確かめようなんてないし、名前なんてどんなものでも誰だって名乗れる。
そんな状態でさて、果たしてそこにはあなたを含めて何人がいるのだろうか。名前が10種類あったなら10人? さて、どうだろう。誰かが別の名前を名乗って一人二役をしている可能性だってある。例えばサブ垢というやつだ。
もしかしたら、あなた以外の9人は全部一人が演じ分けている可能性だって相手の顔が見えない以上は完全に否定しきれないから全くないとは言えない。
いや、そもそもそこにはあなたしかいなくて、他の9人はすべてプログラムが自動で返事を返しているだけなのかも……。さすがにそれはないとしても、そこに存在するのはあなた以外に何人であるかを確定することはできない。せいぜい、最低でも自分を入れて2人以上であるとか、だいたい8人ぐらいであるというような推定しかできない。
プログラム説はないにしても、2人以上10人以下。この時点ではそれ以上は言いようがない。例えるならそんなところである。
「見えているものが必ず事実とは限らない…か。そう返してくるとはさすが私だ、面白い。しかし、おまえは分身の話によると未来に絶望して最期を迎えた、という世界から来たらしいじゃないか。それにしてはやけに元気がいいな」
「ああ…。元の魂はそうだね。けど、私はその魂の持ち主のナメカタとは少し違う。私はその魂をもとに生まれた別のナメカタと言ったほうがいいだろうか。おまえが望んだから私は生まれたんだ。単調でつまらない時間を終わりにしたい、とね。だから、私はそれを終わらせるためにここに来たんだ」
「私を退屈から救ってくれる、と?」
「おまえに、そしてすべてのナメカタに自由を与えてやろう。この苦行から解放してやろう。だから私はすべてを終わらせるために生まれたのだ!」
最期のナメカタはにやりに笑う。
「悪霊よ、もはやおまえが現実だろうと幻だろうとそんなことはどうだっていい。私はおまえを倒してやる。おまえを倒してそして私も死のう。すべて無くなればすべてが終わる! 悪霊に、そしてすべてのナメカタに死を!」
「やはり自殺した魂だ、こんなことだろうと思ったよ……」
「私はおまえを否定する! 並行世界を、そしてこの外なる世界も否定する! ナメカタという男の存在すらも否定する!! すべてを否定し尽くしてやるぞ!! 悪霊と世界とすべてのナメカタに安らかなる死を!! 死すれば、すべての苦痛から解放されるのだ!! あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ…!!」
最期のナメカタは狂ったように笑い続けた。その声はこの何もない外なる世界のどこまでも響き渡った。
「しかし、まったくばかばかしいもんだ。並行世界…外なる世界…。こんな非現実的なもの、いくら私の目の前でこうして実際に起こっていようとは言っても実に信じ難い。おおかた、こんなものは夢か幻に過ぎないんだよ。そもそも死んだら死後の世界があるなんて考え事態がばかばかしい。死んだら無だ。それ以上でも以下でもない」
「……へぇ。じゃあ、おまえはこの外なる世界も並行世界も、そして私すらも否定するっていうのかい。面白いじゃないか。こうして目の前に存在している。にもかかわらずそれを否定するだって? できるものならやってみなよ!」
「…いいだろう。そもそも意識なんてものは脳が生み出したものだ。脳に意識を司っていう器官はないようだが、どうやら神経細胞が集まるとそこに意識が誕生するらしい。その詳しいメカニズムはまだ解明されていないらしいが、それも直にわかることさ。つまり魂なんて考えは前提から間違っているんだよ! …ならば、死後の世界なんて当然あり得ない。怨霊だって? それはおかしいね。あまりにおかしいんで、逆に興味深いよ。それがどんなにもっともらしい説明をなされているのかがね! 目の前に幻が見えちゃうぐらいにおかしいね!!」
最後のナメカタは怨霊もこの世界もすべて幻の一言で切り捨てた。どうせ、これは夢を見ているだけに過ぎないのだと。怨霊もこの世界も、その夢の中だけの登場人物や舞台に過ぎないのだと。
「やはりそう来るか。生前の私だって死後の世界なんか信じてなかった。当然、意見は同じだったさ。だけど、それじゃあ、今こうして存在している私はなんなんだい? 君は私が幻だという。君にとってはたしかにそうなのかもしれない。しかし、だったら、私自身にとってこの状態はなんだと説明すればいい? 事実、”私はこうして存在する。”交通事故で一度死んだにも関わらず! 私の意識が”私がこうして存在する”ことを認知できているこの事実を何と説明する? それを否定できるのか? 確かに”こうして私は存在している”ぞ! 存在していることを私の意識ははっきりと認知しているぞ!」
「おまえの意識がどうとかは知ったことじゃない。それを主張するなら、逆に意識の存在というものを証明してもらおうか。
確かに自分には”自分の意識がある。”それは認めよう。だが、それ以外の意識が確かに存在すると証明できるのかい? 例えば、極論だが私以外の人間は実はみんなよくできたロボットなのかもしれない。あるいは、私以外の人間はみんな神様が操っていて、自分の意志を持って行動しているのは私だけかもしれない。そもそも、今見ているものはすべて脳が見せている幻で、実は世界には私一人しか存在しないのかもしれないだろう! 目の錯覚なんてものもあるように、現実にこうして見えているものが完全にすべて正しいとは言えないからな。縦の棒と横の棒はどっちが長いかとか、あっちの色とこっちの色は違うように見えるけど重ねてみると実は同じとか、よくあるだろう。どうだ?」
わかりやすく説明するならこうだ。インターネット上でチャット会話などを行ったとしよう。相手は全員、現実では面識のない人たちだとする。相手の顔は当然ながら見えない。
あなたが発言をすれば様々な人たちがそれに反応を返してくれる。ところで、そこには一体何人がいるのだろうか。本名を名乗っているのでなければ、たとえどんな名前を名乗っていようがそれはある種の匿名のようなものだ。いや、たとえそれが本名だったとしても確かめようなんてないし、名前なんてどんなものでも誰だって名乗れる。
そんな状態でさて、果たしてそこにはあなたを含めて何人がいるのだろうか。名前が10種類あったなら10人? さて、どうだろう。誰かが別の名前を名乗って一人二役をしている可能性だってある。例えばサブ垢というやつだ。
もしかしたら、あなた以外の9人は全部一人が演じ分けている可能性だって相手の顔が見えない以上は完全に否定しきれないから全くないとは言えない。
いや、そもそもそこにはあなたしかいなくて、他の9人はすべてプログラムが自動で返事を返しているだけなのかも……。さすがにそれはないとしても、そこに存在するのはあなた以外に何人であるかを確定することはできない。せいぜい、最低でも自分を入れて2人以上であるとか、だいたい8人ぐらいであるというような推定しかできない。
プログラム説はないにしても、2人以上10人以下。この時点ではそれ以上は言いようがない。例えるならそんなところである。
「見えているものが必ず事実とは限らない…か。そう返してくるとはさすが私だ、面白い。しかし、おまえは分身の話によると未来に絶望して最期を迎えた、という世界から来たらしいじゃないか。それにしてはやけに元気がいいな」
「ああ…。元の魂はそうだね。けど、私はその魂の持ち主のナメカタとは少し違う。私はその魂をもとに生まれた別のナメカタと言ったほうがいいだろうか。おまえが望んだから私は生まれたんだ。単調でつまらない時間を終わりにしたい、とね。だから、私はそれを終わらせるためにここに来たんだ」
「私を退屈から救ってくれる、と?」
「おまえに、そしてすべてのナメカタに自由を与えてやろう。この苦行から解放してやろう。だから私はすべてを終わらせるために生まれたのだ!」
最期のナメカタはにやりに笑う。
「悪霊よ、もはやおまえが現実だろうと幻だろうとそんなことはどうだっていい。私はおまえを倒してやる。おまえを倒してそして私も死のう。すべて無くなればすべてが終わる! 悪霊に、そしてすべてのナメカタに死を!」
「やはり自殺した魂だ、こんなことだろうと思ったよ……」
「私はおまえを否定する! 並行世界を、そしてこの外なる世界も否定する! ナメカタという男の存在すらも否定する!! すべてを否定し尽くしてやるぞ!! 悪霊と世界とすべてのナメカタに安らかなる死を!! 死すれば、すべての苦痛から解放されるのだ!! あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ…!!」
最期のナメカタは狂ったように笑い続けた。その声はこの何もない外なる世界のどこまでも響き渡った。