ChapterⅣ「それぞれの思惑」
(執筆:日替わりゼリー)
「あ、あれ……。俺、どうしたんすか。ここは一体? あ、王子。それからオットーの兄貴も。おはようございます」
どうやらセッテが目を覚ましたらしい。状況もつかめていないのに呑気な様子なのは、さすが怖いもの知らずのセッテだ。
「よかった。立てるか? 僕の手につかまるんだ」
「無事だったか。心配していたのだぞ」
セッテは炎の魔法の使い手だ。炎は風の魔法に対しては、その風によってさらに激しく燃え上がり力を増すが、水の魔法が相手だと逆に相性が悪い。より強い魔力を得るために自然の理をその身に宿らせる魔導師たちは、相性の良い魔法には耐性がつくが、一方で弱点の魔法には致命的に弱い体質になってしまう。
ユミル国で生まれた王子フレイは土、オットーは風、そしてセッテは火の魔法に長けている。そのため、セッテにとってトロウの洪水の魔法はまさに致命傷にもなり得たのだった。
「すんません、ご迷惑をおかけしまして……。そ、そうだ、思い出したっすよ! あのトロウのやつめ、前からアヤシイとは思っていたけど、まさか待ち伏せして王子を襲おうなどとはなんてやつ!! くそぅ、仕返しっす! 正義と憤怒の鉄鎚を下してやるっすよ!! さぁ、どこっすかトロウは!?」
飛び起きるなり両手に真っ赤な炎の塊を燃え上がらせながらセッテは周囲に睨みを利かせる。
「……それだけ元気があるなら大丈夫のようだな、セッテ」
オットーがやれやれと肩をすくめた。
「そういえばフレイ様、ここはどこなんですか? 見覚えのないところっすねぇ」
「ああ、セッテは知らないんだったな。実は……」
フレイはムスペから来た密偵のアリアスに助けられたこと、王の豹変の件についてニヴルが裏で手を引いているかもしれないということ、ムスペ王からムスペ国に招かれているらしいことを説明した。
ムスペは主に火竜族の暮らす火の国、それに対してニヴルは氷の国だ。
「へぇ…。それはにわかには信じがたい話っすけど、たしかに筋は通りますね。アリアス……俺は会ったことありませんねぇ」
「そういえばセッテは昔ムスペで炎の魔法を修行していたんだったな。アリアスはムスペでもとくに腕利きだと名高い密偵だ。もちろん密偵である以上、素性を知られては仕事にならないから僕も顔までは知らなかったけど……。オットーの魔法をいとも簡単に避けてみせたんだ。少なくともかなりの実力者だということは確かだね」
「王子、その話はもうよろしいではありませんか……」
オットーはまだそのことを気にしているようだった。
それも仕方ないことだ。オットーはユミル国でも、それなりに名前の知れた王宮魔導師なのだ。たとえ相手が腕利きだろうと、王宮魔導師ともあろうものが密偵などに劣るようなことなどプライドが許さない。
「アリアス……。く、屈辱だ」
「もうそのへんにしておけ、オットー。それよりも今はもっと大切なことがある」
「申し訳ありません」
どうも煮え切らない様子ではあったが、とりあえずその場は気持ちを抑えてくれたようだった。こういうところは、さすがユミル王国に仕えて久しいオットーといったところだ。
「それで王子、これからいかがなさるおつもりですか。あのアリアスとやらの言葉を鵜呑みにしてよろしいものか……」
「そうだね。たしかにあの密偵がかなりの実力者であることはわかった。しかし、あれが本物の噂に聞くアリアスかどうかはわからない。助けてくれたのは感謝すべきことだけど、僕たちはこっそり城を抜け出してきたはずだ。それがこうもタイミングよくムスペが使いを寄こすだろうか。それにトロウにも僕たちの行動はばれてしまっていたみたいだったからね」
「トロウもそのアリアスも怪しすぎるっす! これは絶対罠っすよ、フレイ様!」
「うーん…」
フレイは腕を組んで考え込んでしまった。
後々はユミル国を継ぐ王になる存在だとはいえフレイはまだ若い。こういうときは長年ユミル王家に仕えてきた者の知恵が頼りになる。こんなとき、オットーはいつもフレイに助言を与えてきたのだ。
「王子。アリアスの言葉を信用するようで悔しくはありますが、ここは一度ムスペへ向かわれてはいかがでしょう。ムスペの火竜王とは王子も面識があります。よもや、偽物の王に騙されるようなことはありますまい」
「そうっすね。あっちも歴とした国なんですから、まさかムスペ城でいきなり殺されるなーんてことはないはずっす。それにムスペには俺の知り合いもいますから、きっと力になってくれるっすよ!」
セッテもこれに賛同した。こういうときに、セッテの持ち前の明るさはいつでもフレイを元気付けてきた。
「……そうだな。悩んでいても始まらない。それにここはまだユミルの城下街だ。僕たちの生存を知ったトロウが追っ手を仕向けてくるかもしれない。しばらく城には帰れないぞ。二人とも覚悟はいいか?」
「私はどこまでも王子にお供いたします」
「俺もっす! いつかトロウのやつにぎゃふんと言わせてやりましょう」
「ありがとう。そして、僕の勝手な行動のせいで巻き込んでしまってすまない。オットーは最後まで僕を制止しようとしてくれていたのに」
「いいえ、どうかお気になさらないでください。あなたの行動を決めるのはあなた自身、私ではありません。仕える主がそうせよと命じるのであれば、家臣はただ黙ってそれを信じ、喜んで従うのみです」
「そうっす。フレイ様の行動を決めるのはフレイ様自身であるように、俺の行動を決めるのは俺自身っすから! 俺はあなたについていくと決めた。だからあなたの命令に従う。ただそれだけのことっすよ!」
「二人とも…! 本当にありがとう。わかった、どうか僕に力を貸してほしい。行こう、ムスペへ! そして火竜王に会って確かめよう。一体何が起こっているのかを!」
こうしてフレイ王子一行はムスペを目指して進むことになる。これが彼らの戦いへの第一歩だった。
王子たち一行はムスペ行きの魔導船に乗るために、身分を隠してバルハラ城下街港地区へと向かう。
どうやらセッテが目を覚ましたらしい。状況もつかめていないのに呑気な様子なのは、さすが怖いもの知らずのセッテだ。
「よかった。立てるか? 僕の手につかまるんだ」
「無事だったか。心配していたのだぞ」
セッテは炎の魔法の使い手だ。炎は風の魔法に対しては、その風によってさらに激しく燃え上がり力を増すが、水の魔法が相手だと逆に相性が悪い。より強い魔力を得るために自然の理をその身に宿らせる魔導師たちは、相性の良い魔法には耐性がつくが、一方で弱点の魔法には致命的に弱い体質になってしまう。
ユミル国で生まれた王子フレイは土、オットーは風、そしてセッテは火の魔法に長けている。そのため、セッテにとってトロウの洪水の魔法はまさに致命傷にもなり得たのだった。
「すんません、ご迷惑をおかけしまして……。そ、そうだ、思い出したっすよ! あのトロウのやつめ、前からアヤシイとは思っていたけど、まさか待ち伏せして王子を襲おうなどとはなんてやつ!! くそぅ、仕返しっす! 正義と憤怒の鉄鎚を下してやるっすよ!! さぁ、どこっすかトロウは!?」
飛び起きるなり両手に真っ赤な炎の塊を燃え上がらせながらセッテは周囲に睨みを利かせる。
「……それだけ元気があるなら大丈夫のようだな、セッテ」
オットーがやれやれと肩をすくめた。
「そういえばフレイ様、ここはどこなんですか? 見覚えのないところっすねぇ」
「ああ、セッテは知らないんだったな。実は……」
フレイはムスペから来た密偵のアリアスに助けられたこと、王の豹変の件についてニヴルが裏で手を引いているかもしれないということ、ムスペ王からムスペ国に招かれているらしいことを説明した。
ムスペは主に火竜族の暮らす火の国、それに対してニヴルは氷の国だ。
「へぇ…。それはにわかには信じがたい話っすけど、たしかに筋は通りますね。アリアス……俺は会ったことありませんねぇ」
「そういえばセッテは昔ムスペで炎の魔法を修行していたんだったな。アリアスはムスペでもとくに腕利きだと名高い密偵だ。もちろん密偵である以上、素性を知られては仕事にならないから僕も顔までは知らなかったけど……。オットーの魔法をいとも簡単に避けてみせたんだ。少なくともかなりの実力者だということは確かだね」
「王子、その話はもうよろしいではありませんか……」
オットーはまだそのことを気にしているようだった。
それも仕方ないことだ。オットーはユミル国でも、それなりに名前の知れた王宮魔導師なのだ。たとえ相手が腕利きだろうと、王宮魔導師ともあろうものが密偵などに劣るようなことなどプライドが許さない。
「アリアス……。く、屈辱だ」
「もうそのへんにしておけ、オットー。それよりも今はもっと大切なことがある」
「申し訳ありません」
どうも煮え切らない様子ではあったが、とりあえずその場は気持ちを抑えてくれたようだった。こういうところは、さすがユミル王国に仕えて久しいオットーといったところだ。
「それで王子、これからいかがなさるおつもりですか。あのアリアスとやらの言葉を鵜呑みにしてよろしいものか……」
「そうだね。たしかにあの密偵がかなりの実力者であることはわかった。しかし、あれが本物の噂に聞くアリアスかどうかはわからない。助けてくれたのは感謝すべきことだけど、僕たちはこっそり城を抜け出してきたはずだ。それがこうもタイミングよくムスペが使いを寄こすだろうか。それにトロウにも僕たちの行動はばれてしまっていたみたいだったからね」
「トロウもそのアリアスも怪しすぎるっす! これは絶対罠っすよ、フレイ様!」
「うーん…」
フレイは腕を組んで考え込んでしまった。
後々はユミル国を継ぐ王になる存在だとはいえフレイはまだ若い。こういうときは長年ユミル王家に仕えてきた者の知恵が頼りになる。こんなとき、オットーはいつもフレイに助言を与えてきたのだ。
「王子。アリアスの言葉を信用するようで悔しくはありますが、ここは一度ムスペへ向かわれてはいかがでしょう。ムスペの火竜王とは王子も面識があります。よもや、偽物の王に騙されるようなことはありますまい」
「そうっすね。あっちも歴とした国なんですから、まさかムスペ城でいきなり殺されるなーんてことはないはずっす。それにムスペには俺の知り合いもいますから、きっと力になってくれるっすよ!」
セッテもこれに賛同した。こういうときに、セッテの持ち前の明るさはいつでもフレイを元気付けてきた。
「……そうだな。悩んでいても始まらない。それにここはまだユミルの城下街だ。僕たちの生存を知ったトロウが追っ手を仕向けてくるかもしれない。しばらく城には帰れないぞ。二人とも覚悟はいいか?」
「私はどこまでも王子にお供いたします」
「俺もっす! いつかトロウのやつにぎゃふんと言わせてやりましょう」
「ありがとう。そして、僕の勝手な行動のせいで巻き込んでしまってすまない。オットーは最後まで僕を制止しようとしてくれていたのに」
「いいえ、どうかお気になさらないでください。あなたの行動を決めるのはあなた自身、私ではありません。仕える主がそうせよと命じるのであれば、家臣はただ黙ってそれを信じ、喜んで従うのみです」
「そうっす。フレイ様の行動を決めるのはフレイ様自身であるように、俺の行動を決めるのは俺自身っすから! 俺はあなたについていくと決めた。だからあなたの命令に従う。ただそれだけのことっすよ!」
「二人とも…! 本当にありがとう。わかった、どうか僕に力を貸してほしい。行こう、ムスペへ! そして火竜王に会って確かめよう。一体何が起こっているのかを!」
こうしてフレイ王子一行はムスペを目指して進むことになる。これが彼らの戦いへの第一歩だった。
王子たち一行はムスペ行きの魔導船に乗るために、身分を隠してバルハラ城下街港地区へと向かう。
火竜の国ムスペ。正しくは『ムスペルスヘイム』という。
外からは一見ただの厚い雲にしか見えないが、ムスペの国土はその内にある。そう、空でありながら国土なのだ。ムスペは外側から見れば巨大な積層雲だが、そこには大火山を載せた浮島が内包されている。その島がなぜ雲の中にあるのか、どうやって浮かんでいるのか、その理由はよくわかっていないがこの浮島こそがムスペの国土なのだ。
竜族。それは、太古よりこの空の世界に生きてきた種族だ。
かつて人間は地上で暮らしていたが人々は過ちを犯した。地上で暮らすことが事実上不可能になった人々は大樹を登りユミルの国を打ち建てた。
最初は互いに恐れ嫌い合っていた人と竜も次第に打ち解け合い、今では竜族が人々に魔法を教えるようになっていた。かつての地上の精神の研究が魔法の理解に役立ったらしく、人々はすぐに魔法を身につけて竜族ほどではないもののそれを自在に操ることができるようになった。そして、さらにそこに機械や科学を組み合わせて魔導船や錬金術のような新たな文化を生み出しているのである。
人間が空へやってきて既に久しいが、この険しい灼熱のムスペで暮らそうという人間は未だ多くなく、その住民の大部分は竜、とくに火竜で占められている。ここに住んでいる人間は炎の魔法の修行者や学者、研究者ぐらいのものだった。
外からは一見ただの厚い雲にしか見えないが、ムスペの国土はその内にある。そう、空でありながら国土なのだ。ムスペは外側から見れば巨大な積層雲だが、そこには大火山を載せた浮島が内包されている。その島がなぜ雲の中にあるのか、どうやって浮かんでいるのか、その理由はよくわかっていないがこの浮島こそがムスペの国土なのだ。
竜族。それは、太古よりこの空の世界に生きてきた種族だ。
かつて人間は地上で暮らしていたが人々は過ちを犯した。地上で暮らすことが事実上不可能になった人々は大樹を登りユミルの国を打ち建てた。
最初は互いに恐れ嫌い合っていた人と竜も次第に打ち解け合い、今では竜族が人々に魔法を教えるようになっていた。かつての地上の精神の研究が魔法の理解に役立ったらしく、人々はすぐに魔法を身につけて竜族ほどではないもののそれを自在に操ることができるようになった。そして、さらにそこに機械や科学を組み合わせて魔導船や錬金術のような新たな文化を生み出しているのである。
人間が空へやってきて既に久しいが、この険しい灼熱のムスペで暮らそうという人間は未だ多くなく、その住民の大部分は竜、とくに火竜で占められている。ここに住んでいる人間は炎の魔法の修行者や学者、研究者ぐらいのものだった。
ムスペの中央にそびえ立つ大火山の頂上付近にムスペ城はあった。火口の近い危険な場所だが、ムスペに暮らす火竜たちにとってはどうということはない。
「ファーレンハイト様、ただいま戻りました」
ムスペ城の塔に大きく開かれた空洞はそのままムスペ城の広間に通じている。そこを通って一頭の細身の竜が城内へと舞い戻る。ちょうど火竜王が側近とともに通りかかったところだった。
「おお、アリアスか。よくぞ戻った」
アリアスと呼ばれた竜の密偵を迎えたのは、ムスペの火竜王ファーレンハイトだ。
「して首尾はいかがか」
密偵は国王の目の前まで歩み寄ると、跪いて事の次第を報告する。
「都合よくユミル国王子に接触することができ、情報を得ると共に確かに伝えて参りました」
「うむ、ご苦労。詳細を話せ」
「やはりユミルにもニヴルの手が回っています。私の調査したところによりますと、ユミルへ送られたのはトロウという魔導師。かなりの水魔法の使い手の様子。強い魔力を感知しうまくその場に駆けつけることができてよかったものの、危うくユミル国王子の命が失われるところでした。王子の話によるとユミル王は既におそらく…」
「そうか……それは厄介であるな。水だけか? 我が国へ送られた刺客は水だけでなく氷の魔法も心得ていた。それゆえにその弱点を突いて彼奴めを捕らえることが適ったものだが、果たして……」
「申し訳ありません。確認できたのは強力な洪水の魔法を扱っていた姿だけです。あのトロウとやら、不自然なほどに情報が手に入らないのです。おそらくは私と同様、ニヴルの氷竜か水竜あたりが魔法でニンゲンに化けてユミルに潜り込んでいるのでしょうが……一体何者なのか。引き続き調査にあたりましょう」
「相解かった。その後ユミルの王子たちはどうした?」
「ご命令通り、こちらへ向かうよう伝えてあります」
「ふむ…。ユミル王が堕ちた今、ユミル王子に死んでもらってはこちらの計画としても困った事態になる。調査とともに引き続き監視を依頼させてもらおう。王ではなく、こんどは王子をだ。決して敵に掠め取られることのなきように!」
「承知いたしました」
アリアスは深く頭を垂れた。そして、さっきまでの態度とは打って変わって愛想笑いを浮かべながらもみ手で火竜王に問いかける。
「ところでファーレンハイト様。これからの調査と監視の報酬の件についてなのですが……」
火竜王は少し眉をひそめたが、それをアリアスに悟られないようにして答える。
「うむ…。大臣に伝えておく、完遂した後に直接受け取るがよい。ご苦労であったな、もう下がってよい。引き続き、しかと頼んだぞ」
「ありがとうございます。それではこれにて…」
アリアスはにやりと笑うと入ってきたのと同じ場所から飛び去って行った。広間には火竜王と二人の側近だけが残される。
「なんて無礼な! まだ依頼が終わったわけでもないのにもう報酬の話とは」
側近のうちの一頭が不平を口にする。
「まぁそう言うな、あれで腕は確かなのだ。たしかに城に仕える者ではないが、金さえ握らせておけば満足いく結果を出してくれる有能な密偵だ。あれは我が国の計画に必要な存在だ」
「しかし、あのような素性の知れぬ者など……!」
「では、おまえが代わりにやってくれるのか?」
「し、失礼しました! 出過ぎた真似を……どうかお許しください!」
火竜王がその側近を睨みつけると、側近は震え上がって謝罪するのだった。
「ふん、まぁ良いわ。計画さえうまくいけばそれでいいのだ。ニヴルなどの好きにはさせぬ! 昔から代々あの国は我々の邪魔ばかりをする。今度こそ思い知らせてやる、今に見ているがいいわ……!!」
火竜王の口元からは怒りの火炎がちらちらとその姿を見せている。それを見てさらに震え上がる側近たちなのであった。
「ファーレンハイト様、ただいま戻りました」
ムスペ城の塔に大きく開かれた空洞はそのままムスペ城の広間に通じている。そこを通って一頭の細身の竜が城内へと舞い戻る。ちょうど火竜王が側近とともに通りかかったところだった。
「おお、アリアスか。よくぞ戻った」
アリアスと呼ばれた竜の密偵を迎えたのは、ムスペの火竜王ファーレンハイトだ。
「して首尾はいかがか」
密偵は国王の目の前まで歩み寄ると、跪いて事の次第を報告する。
「都合よくユミル国王子に接触することができ、情報を得ると共に確かに伝えて参りました」
「うむ、ご苦労。詳細を話せ」
「やはりユミルにもニヴルの手が回っています。私の調査したところによりますと、ユミルへ送られたのはトロウという魔導師。かなりの水魔法の使い手の様子。強い魔力を感知しうまくその場に駆けつけることができてよかったものの、危うくユミル国王子の命が失われるところでした。王子の話によるとユミル王は既におそらく…」
「そうか……それは厄介であるな。水だけか? 我が国へ送られた刺客は水だけでなく氷の魔法も心得ていた。それゆえにその弱点を突いて彼奴めを捕らえることが適ったものだが、果たして……」
「申し訳ありません。確認できたのは強力な洪水の魔法を扱っていた姿だけです。あのトロウとやら、不自然なほどに情報が手に入らないのです。おそらくは私と同様、ニヴルの氷竜か水竜あたりが魔法でニンゲンに化けてユミルに潜り込んでいるのでしょうが……一体何者なのか。引き続き調査にあたりましょう」
「相解かった。その後ユミルの王子たちはどうした?」
「ご命令通り、こちらへ向かうよう伝えてあります」
「ふむ…。ユミル王が堕ちた今、ユミル王子に死んでもらってはこちらの計画としても困った事態になる。調査とともに引き続き監視を依頼させてもらおう。王ではなく、こんどは王子をだ。決して敵に掠め取られることのなきように!」
「承知いたしました」
アリアスは深く頭を垂れた。そして、さっきまでの態度とは打って変わって愛想笑いを浮かべながらもみ手で火竜王に問いかける。
「ところでファーレンハイト様。これからの調査と監視の報酬の件についてなのですが……」
火竜王は少し眉をひそめたが、それをアリアスに悟られないようにして答える。
「うむ…。大臣に伝えておく、完遂した後に直接受け取るがよい。ご苦労であったな、もう下がってよい。引き続き、しかと頼んだぞ」
「ありがとうございます。それではこれにて…」
アリアスはにやりと笑うと入ってきたのと同じ場所から飛び去って行った。広間には火竜王と二人の側近だけが残される。
「なんて無礼な! まだ依頼が終わったわけでもないのにもう報酬の話とは」
側近のうちの一頭が不平を口にする。
「まぁそう言うな、あれで腕は確かなのだ。たしかに城に仕える者ではないが、金さえ握らせておけば満足いく結果を出してくれる有能な密偵だ。あれは我が国の計画に必要な存在だ」
「しかし、あのような素性の知れぬ者など……!」
「では、おまえが代わりにやってくれるのか?」
「し、失礼しました! 出過ぎた真似を……どうかお許しください!」
火竜王がその側近を睨みつけると、側近は震え上がって謝罪するのだった。
「ふん、まぁ良いわ。計画さえうまくいけばそれでいいのだ。ニヴルなどの好きにはさせぬ! 昔から代々あの国は我々の邪魔ばかりをする。今度こそ思い知らせてやる、今に見ているがいいわ……!!」
火竜王の口元からは怒りの火炎がちらちらとその姿を見せている。それを見てさらに震え上がる側近たちなのであった。
「父上……」
その様子を柱の陰から眺める若い火竜の姿があった。ムスペの王子、セルシウスだ。
「どうして父上もみんなもニヴルをそんなに嫌うのだ。私はもう争いはいやだ…」
「王子よ、火竜王様にもお考えのあってのこと。それにニヴルは初代火竜王様の仇なのじゃ。これは仕方がないことなのですじゃ」
年老いた火竜がセルシウスを諭した。
「ケルビン、そうは言ってももう何千年も昔のことであろう! それをどうして父上たちはいつまでも固執しているのか、私には理解できない!」
「よろしいかの、セルシウス殿。国というものは歴史があってこそ初めて重みが増すのですぞ。然るに、たとえそれが自分の意志に反することであったとしても、時には王として決断を迫られることがありますのじゃ。例えば3代目国王のレオミュール様はのぅ……」
ケルビンの長い昔話が始ってしまった。この老竜はことあるごとにムスペ国の昔話を語り始めるのだ。
「それはもう聞き飽きたぞ! 私は父上や昔の王たちとは違うんだ!!」
しかし、ケルビンにはもう何も聞こえていない。ただただ一人で過去の英雄たちの武勇伝を自慢げに語ってみせるのみ。老竜は自分の世界に陶酔している。
「父上たちの話だと、どうやらユミルの王子がここへ来るらしいな。城の者たちは誰も私の話など聞いてくれない。しかし、他の国の者ならあるいは……」
セルシウスはフレイたちに会ってニヴルと争わずに済む未来をつかむために協力が得られないだろうかと考えた。
「おそらく、父上はユミルの王子と会うことを赦してくれぬだろう。そうなると……ふむ、どうやら少し準備が要りそうだな…。ケルビン、手伝ってほしいことがある。私と来てくれ」
まだ一人で語り続ける老竜を引きずりながら、セルシウスもまた自身の行動を決めたようだった。
国の行動を決めるのは王か、それとも未来の王か。火の国と土の国、ふたつの運命が今まさに交差し始めようとしている。
その様子を柱の陰から眺める若い火竜の姿があった。ムスペの王子、セルシウスだ。
「どうして父上もみんなもニヴルをそんなに嫌うのだ。私はもう争いはいやだ…」
「王子よ、火竜王様にもお考えのあってのこと。それにニヴルは初代火竜王様の仇なのじゃ。これは仕方がないことなのですじゃ」
年老いた火竜がセルシウスを諭した。
「ケルビン、そうは言ってももう何千年も昔のことであろう! それをどうして父上たちはいつまでも固執しているのか、私には理解できない!」
「よろしいかの、セルシウス殿。国というものは歴史があってこそ初めて重みが増すのですぞ。然るに、たとえそれが自分の意志に反することであったとしても、時には王として決断を迫られることがありますのじゃ。例えば3代目国王のレオミュール様はのぅ……」
ケルビンの長い昔話が始ってしまった。この老竜はことあるごとにムスペ国の昔話を語り始めるのだ。
「それはもう聞き飽きたぞ! 私は父上や昔の王たちとは違うんだ!!」
しかし、ケルビンにはもう何も聞こえていない。ただただ一人で過去の英雄たちの武勇伝を自慢げに語ってみせるのみ。老竜は自分の世界に陶酔している。
「父上たちの話だと、どうやらユミルの王子がここへ来るらしいな。城の者たちは誰も私の話など聞いてくれない。しかし、他の国の者ならあるいは……」
セルシウスはフレイたちに会ってニヴルと争わずに済む未来をつかむために協力が得られないだろうかと考えた。
「おそらく、父上はユミルの王子と会うことを赦してくれぬだろう。そうなると……ふむ、どうやら少し準備が要りそうだな…。ケルビン、手伝ってほしいことがある。私と来てくれ」
まだ一人で語り続ける老竜を引きずりながら、セルシウスもまた自身の行動を決めたようだった。
国の行動を決めるのは王か、それとも未来の王か。火の国と土の国、ふたつの運命が今まさに交差し始めようとしている。