第四章「グメーシス」
この一件には精神体が絡んでいる。
精神体は目に見えないので、その姿を確認するのに必要な射影機をマキナへ取りに戻る必要がある。今は機械が暴走する現象が起こっているので地下レールを使うのは危険だ。そこでガイストは徒歩で北上し、地上から潜水艇『鯱』を泊めた地下ドックを目指すことにした。
『私がサポートします』
セイヴが道中をバックアップしてくれる。
人気のないビル街を進んでいくと赤と青の光、精神兵器のレティスとブロウティスが出現。しかし宙に浮かんだままで何もしてこない。
「セイヴ、何をしたんだ?」
『情報によると精神体は音に弱いようです。そこでガイストやヘルツには影響のない超音波をあなたの腕の小型端末から発しています。これでやつらに襲われる心配はありません。例えるなら熊に襲われないように鈴を鳴らすあれです』
熊の例えが適切かどうかはともかく、おかげで攻撃を受ける心配なく道を行くことができた。
そして首都から北へ。街道を抜けて辿り着いた先は港街ゲズィヒトだ。地下ドックはこの街にある。
ここでも大勢の人が倒れている。もちろん息はない。
「なんてこった! こんな酷い有様、俺ですら精神が参ってしまいそうだ」
ヘルツは手で顔を覆った。
「僕の責任だ。こんなことなら精神体なんか研究しなければ……」
前大統領は敵だったが、ヴェルスタンドの人々に恨みはない。なんとしても解決しなければ。
ゲズィヒトをしばらく行くと、そこに意外な姿を見つけた。銀色で流線型の身体と2つの鰭状の手、そして尾を持ち、翼もないのに宙に浮かぶ奇妙なイキモノ。胴体には『罪』の文字が刻印されている。
見覚えのある懐かしいそれは……
「グメーシス!?」
かつての戦争でともに戦った仲間グメーシスだった。ブロウティスやレティス同様グメーシスも精神体から生み出された存在だ。なぜか自我を持つようで、とくにゲンダーにはよく懐いていたのを覚えている。
グメーシスが触れたものは原理は不明だが塩と化してしまい、この能力には何度も助けられたものだ。言葉は通じなかったが、グメーシスも私たちの大切な仲間だった。それがどうしてここにいるのだろうか。
「でもよかった。君がいてくれると心強い。また僕たちに力を貸してくれないか」
「グメェ~」
声をかけるとグメーシスは宙を舞い、ゆっくりとガイストに近づいてくる。
『危ない!』
そのとき突然ガイストの小型端末からレーザーが発射されグメーシスを撃ち抜いた。
レーザーはグメーシスの身体を通り抜けていったが、怯んだグメーシスの動きが止まった。
「な、何をするんだセイヴ!? それに僕はこんな機能付けた覚えはないぞ!」
『ガイスト、気をつけてください。あれは私たちの知るグメーシスではありません』
すると次々とグメーシスが、何匹も姿を現し始めた。
「グメーシスがあんなに!? 複数存在したのか!」
『やつらに超音波は効果がないようです。逃げてください!』
セイヴが忠告するが早いか遅いか、さっそくグメーシスたちが群れをなして襲いかかった。
「グメー!」
「グメメェー!」
やつらに触れたものはそれがなんであれ塩と化してしまう。触ることは決して許されない。
建物の陰に逃げ込むが、壁が白い粉と化して吹き飛び、そこから何匹ものグメーシスが飛び出した。味方にいればこれほど心強いものはないが、敵に回すと非常に厄介だ。
「壁が消えた! それに変なものが浮かんで見える! ああ、やはり俺は精神を病んでいるのか…」
ヘルツが頭を抱え込んでうずくまる。
「立ち止まっちゃだめだ! つかまったら君もあの壁のようになってしまうぞ!」
ヘルツの手を引きながら走る。背後には何匹ものグメーシスが迫っている。
「セイヴ、やつらはどうにかならないのか!?」
『分析中です』
いくらどこかに隠れても、グメーシスたちは壁を粉に変えて突き進んでくる。どんなに隠れてもすぐにグメーシスたちに見つかってしまう。
「なぜだ? どうして居場所がわかるんだ」
港を一気に駆け抜ける。
小型端末で付近の地形を確認する。地下ドックまではもうすぐだ。
「よし、このまま逃げ切れば…」
コンテナが並べられている波止場を走る。
グメーシスたちはコンテナを避けるようにして追ってくる。そのため少し距離が開いた。
「やつら、コンテナは粉にできないのか」
その事実にヘルツが気付く。
「もしかして弱点があるんじゃないか?」
「弱点だって!」
かつて仲間としてグメーシスとともに過ごしていたガイストだが、グメーシスが何かを苦手がるような素振り見せた記憶はない。もしかすると、ガイストも知らない何かグメーシスが苦手とするものがここにはあるのだろうか。
「素材か?」
『コンテナは主に鋼鉄やアルミニウムでできています』
セイヴがすぐに答えた。
鋼鉄が弱点だとは考えにくい。さっきもグメーシスは建物の壁を粉にしてしまったばかりだ。あの建物には鉄筋コンクリートが使われていた。
「ならばアルミニウムだ!」
ヘルツが叫んだ。
だが、まさかそんなものがグメーシスの弱点なのだろうか。
仮にそうだったとして、それが何になるのだろうか。都合良くアルミニウムなんて持ち歩いているようなものではない。
「いや、手はあるぞガイスト。やつらコンテナが苦手なんだったら、俺たちがコンテナの中に逃げ込めばいい。きっと中には入ってこれないはずだ」
目前に大きめのコンテナが見える。
コンテナ正面には扉が設置されており、どうやら倉庫として利用されているようだった。
「でも施錠されているんじゃないのか?」
『そこは私に任せてください』
小型端末からレーザーが発射されると、正確な狙いで前方のコンテナ入口の錠前だけを破壊した。
慌ててそのコンテナ倉庫へと飛び込む二人。扉を閉じて一息つく。
どうやらグメーシスたちは中へは入ってこないようだった。
精神体は目に見えないので、その姿を確認するのに必要な射影機をマキナへ取りに戻る必要がある。今は機械が暴走する現象が起こっているので地下レールを使うのは危険だ。そこでガイストは徒歩で北上し、地上から潜水艇『鯱』を泊めた地下ドックを目指すことにした。
『私がサポートします』
セイヴが道中をバックアップしてくれる。
人気のないビル街を進んでいくと赤と青の光、精神兵器のレティスとブロウティスが出現。しかし宙に浮かんだままで何もしてこない。
「セイヴ、何をしたんだ?」
『情報によると精神体は音に弱いようです。そこでガイストやヘルツには影響のない超音波をあなたの腕の小型端末から発しています。これでやつらに襲われる心配はありません。例えるなら熊に襲われないように鈴を鳴らすあれです』
熊の例えが適切かどうかはともかく、おかげで攻撃を受ける心配なく道を行くことができた。
そして首都から北へ。街道を抜けて辿り着いた先は港街ゲズィヒトだ。地下ドックはこの街にある。
ここでも大勢の人が倒れている。もちろん息はない。
「なんてこった! こんな酷い有様、俺ですら精神が参ってしまいそうだ」
ヘルツは手で顔を覆った。
「僕の責任だ。こんなことなら精神体なんか研究しなければ……」
前大統領は敵だったが、ヴェルスタンドの人々に恨みはない。なんとしても解決しなければ。
ゲズィヒトをしばらく行くと、そこに意外な姿を見つけた。銀色で流線型の身体と2つの鰭状の手、そして尾を持ち、翼もないのに宙に浮かぶ奇妙なイキモノ。胴体には『罪』の文字が刻印されている。
見覚えのある懐かしいそれは……
「グメーシス!?」
かつての戦争でともに戦った仲間グメーシスだった。ブロウティスやレティス同様グメーシスも精神体から生み出された存在だ。なぜか自我を持つようで、とくにゲンダーにはよく懐いていたのを覚えている。
グメーシスが触れたものは原理は不明だが塩と化してしまい、この能力には何度も助けられたものだ。言葉は通じなかったが、グメーシスも私たちの大切な仲間だった。それがどうしてここにいるのだろうか。
「でもよかった。君がいてくれると心強い。また僕たちに力を貸してくれないか」
「グメェ~」
声をかけるとグメーシスは宙を舞い、ゆっくりとガイストに近づいてくる。
『危ない!』
そのとき突然ガイストの小型端末からレーザーが発射されグメーシスを撃ち抜いた。
レーザーはグメーシスの身体を通り抜けていったが、怯んだグメーシスの動きが止まった。
「な、何をするんだセイヴ!? それに僕はこんな機能付けた覚えはないぞ!」
『ガイスト、気をつけてください。あれは私たちの知るグメーシスではありません』
すると次々とグメーシスが、何匹も姿を現し始めた。
「グメーシスがあんなに!? 複数存在したのか!」
『やつらに超音波は効果がないようです。逃げてください!』
セイヴが忠告するが早いか遅いか、さっそくグメーシスたちが群れをなして襲いかかった。
「グメー!」
「グメメェー!」
やつらに触れたものはそれがなんであれ塩と化してしまう。触ることは決して許されない。
建物の陰に逃げ込むが、壁が白い粉と化して吹き飛び、そこから何匹ものグメーシスが飛び出した。味方にいればこれほど心強いものはないが、敵に回すと非常に厄介だ。
「壁が消えた! それに変なものが浮かんで見える! ああ、やはり俺は精神を病んでいるのか…」
ヘルツが頭を抱え込んでうずくまる。
「立ち止まっちゃだめだ! つかまったら君もあの壁のようになってしまうぞ!」
ヘルツの手を引きながら走る。背後には何匹ものグメーシスが迫っている。
「セイヴ、やつらはどうにかならないのか!?」
『分析中です』
いくらどこかに隠れても、グメーシスたちは壁を粉に変えて突き進んでくる。どんなに隠れてもすぐにグメーシスたちに見つかってしまう。
「なぜだ? どうして居場所がわかるんだ」
港を一気に駆け抜ける。
小型端末で付近の地形を確認する。地下ドックまではもうすぐだ。
「よし、このまま逃げ切れば…」
コンテナが並べられている波止場を走る。
グメーシスたちはコンテナを避けるようにして追ってくる。そのため少し距離が開いた。
「やつら、コンテナは粉にできないのか」
その事実にヘルツが気付く。
「もしかして弱点があるんじゃないか?」
「弱点だって!」
かつて仲間としてグメーシスとともに過ごしていたガイストだが、グメーシスが何かを苦手がるような素振り見せた記憶はない。もしかすると、ガイストも知らない何かグメーシスが苦手とするものがここにはあるのだろうか。
「素材か?」
『コンテナは主に鋼鉄やアルミニウムでできています』
セイヴがすぐに答えた。
鋼鉄が弱点だとは考えにくい。さっきもグメーシスは建物の壁を粉にしてしまったばかりだ。あの建物には鉄筋コンクリートが使われていた。
「ならばアルミニウムだ!」
ヘルツが叫んだ。
だが、まさかそんなものがグメーシスの弱点なのだろうか。
仮にそうだったとして、それが何になるのだろうか。都合良くアルミニウムなんて持ち歩いているようなものではない。
「いや、手はあるぞガイスト。やつらコンテナが苦手なんだったら、俺たちがコンテナの中に逃げ込めばいい。きっと中には入ってこれないはずだ」
目前に大きめのコンテナが見える。
コンテナ正面には扉が設置されており、どうやら倉庫として利用されているようだった。
「でも施錠されているんじゃないのか?」
『そこは私に任せてください』
小型端末からレーザーが発射されると、正確な狙いで前方のコンテナ入口の錠前だけを破壊した。
慌ててそのコンテナ倉庫へと飛び込む二人。扉を閉じて一息つく。
どうやらグメーシスたちは中へは入ってこないようだった。
しばらくコンテナの中で様子を見る。窓はないので外の状態はわからない。
「やつら、そろそろ行っただろうか」
「驚いたな。まさかこんなものが苦手だったなんて」
コンテナの中は巨大な冷蔵庫のようだった。船で運ばれてきたのだろう、大きな魚が冷凍されて並べられている。どうやらこれは冷凍コンテナらしい。走って来たので気付かなかったが、そういえば少し肌寒い。
「あまり長居することはできないな」
『アルミニウムが苦手……少し納得がいきませんね』
セイヴは合点がいかない様子だった。
「どうしてだい?」
『グメーシスはあらゆるものを塩、つまり塩化ナトリウムに変えてしまう能力を持っています。塩化ナトリウムがアルミニウムを苦手とするのはおかしいんです。塩化ナトリウムはアルミニウムを腐食させてしまいますからね』
「そうなのか。僕は化学は専門じゃないからなぁ…。つまりどういうことだい?」
『もちろんグメーシスそのものが塩化ナトリウムと同様の性質を持っているとは限りませんが、それを生成する力を持つとなると、仮にアルミニウムを変化させることができなかったとしても、コンテナには他の材料も使われていますから…』
コンテナの壁がじわじわと薄くなっていく。壁を透かして外の光が薄らと見える。
そしてセイヴの不安は的中した。壁に穴が開き、そこから一匹のグメーシスが顔を覗かせる。
「グメ?」
そのままグメーシスは周囲をきょろきょろと見回している。
なぜかコンテナ内のガイストやヘルツの存在には気付いていないようだった。
「我々が見えていない……のか?」
どうやらアルミニウムが苦手だというヘルツの仮説は間違っていたようだった。
しかしここで新たな仮説が浮上した。
『そうか。わかりましたよ! 熱です』
「熱?」
『グメーシスは熱で他の存在を感知しているのかもしれません。今お二人の身体は冷凍コンテナによってコンテナ内部と同様に冷え切っています。だからお二人の存在に気がつかないのかもしれません』
例えるならサーモグラフィのようなものだ。熱いものは赤く、冷たいものは青く。
グメーシスに色が認識できるかどうかはわからないが、温度によってものを認識しているのだとすれば、冷えたコンテナ内部とガイストやヘルツの身体は同じ色として認識される。そのため、身動きを取らなければグメーシスには二人の存在を感知することができないというのだ。
「たしかに蛇みたいな形をしてるからな、あの生き物は。たしかピット器官とかいう……あれと同じか!」
「なるほど。もしそうだとすれば、建物の陰に隠れたのにすぐに僕たちの居場所が突き止められてしまったのは納得できる」
実はかつての戦争の頃にもグメーシスはその仮説を裏付けるような行動を取っていたのだ。
その場にはガイストはいなかったが、ガイストクッペルの地下でゲンダーたちは紫の霧に襲われたことがあった。霧はレティスやブロウティスを次々と生み出してしまう。その霧は蒸気とともに壁のパイプから放出されていた。
グメーシスは誰が頼みもしないのに、その霧や蒸気が噴き出す出口へと向かっては霧を塩へと浄化しゲンダーたちを救った。もしかするとこのときグメーシスは霧ではなく蒸気の熱に反応していたのではないかと考えることもできるのだ。
「だからと言ってずっとここにいるわけにはいかない。凍死してしまうぞ」
『この季節は気温が低いです。加えてここは海が近いので、大気中との温度差からしばらくはグメーシスに見つかりにくくなるでしょう。今のうちに地下ドックへと急いでください』
顔を覗かせていたグメーシスはここには何もいないと判断したらしく姿を消していた。
そっと扉を開き周囲を確認。念のため物陰に隠れながら地下ドックへと進む。慌てて走ったりするのはご法度だ。体温が上昇しすぐにグメーシスに気付かれてしまうだろう。
見上げると上方にグメーシスたちが集まって、周囲を窺っている。まだ諦めてはいないらしい。
グメーシスの動きに注目しながら、慎重にしかし迅速に目的の場所へと足を進める。
だがあまりにもグメーシスに気を取られ過ぎてしまった。
「しまった…!」
その音に気がついたときには既に遅い。足下には空き缶が転がっていた。
「グメッ!」
「グメィェ!!」
「「グーメェー!!」」
同様に音に気付いたグメーシスが一斉に飛びかかる。どうやら音は認知できるようだ。
振り出しに戻ってしまった。グメーシスの群れに追われて港を駆け行く。
すると前方に別のグメーシスの集団。挟まれてしまった。
『バンジー急須ですね。この包囲を二人とも無事に抜けきる可能性は約12%です。不安が残ります』
「ならどうするんだ!?」
『迎え討ちます! ようやく分析が完了しました!』
ホログラムにグメーシスについてまとめた情報が表示される。
『メイヴの記憶の底に精神兵器G-メイシスの資料がありました。先の戦争で入手していたものです。併せて表示します』
資料にはグメーシスの精製方法、特徴、詳細などが記載されている。そこには熱を感知して対象を判別するという仮説を裏付けるデータもあった。さらに様々な角度から見たグメーシスの図も並んでいる。
「ん? このグメーシスは僕が知っているものと少し違うぞ」
グメーシスの胴体には『罪』の刻印がある。しかし、その図のグメーシスには罪ではなく『天』と印されている。
『それです! 本来グメーシスとはそれぞれが自由意思を持つ個体です。精神体から生まれた存在がなぜ……といった問答は今はやめておきましょう』
セイヴが説明を続ける。
レティスやブロウティスと同様に精神兵器として生み出されたグメーシスだったが、それぞれが自由な意思を持つためコントロールが困難であり、一度は失敗作として封印されてしまった。
ゲンダーたちに同行していたあのグメーシスも失敗作としてガイストクッペルの地下に密かに閉じ込められていたのだ。それをゲンダーたちが助けたために、あのグメーシスは恩を感じてか彼らに味方するようになったのだろう。
そんな失敗作だったが、後にG-メイシスには改良が加えられた。
それは先の戦争でガイストが射影機を持ってゲンダーへと届けたときのこと。ガイストは気付かなかったようだが、そのときゲンダーたちは別個体のグメーシスの群れと対峙していた。
改良を加えられたグメーシスは兵器と足る存在へと成長したのだ。そして今目の前にいる個体もそれと同じものだ。
『前大統領は新たなグメーシスを誕生させました。それが天のグメーシスです』
天のグメーシスはそれぞれの罪のグメーシスに命令を出すことができる存在。例えるなら女王蜂のようなものだ。
それぞれが別の個体でありながら、まるでその群れ全体がひとつの個体であるかのように行動することができる。
「聞いたことがあるぞ。たしかHive Mind(集合精神)という現象だ」
「ハイヴ……マインド!?」
『つまり、天のグメーシスが司令塔だと考えてもらえばわかりやすいでしょう。そこを狙えば勝機はあります!』
「天のグメーシスだな。わかった」
飛び交うグメーシスをなんとか避けながらその司令塔を探す。
グメーシスが何匹も入り乱れて胴体の刻印をなかなか確認することができない。
「くそっ、これじゃ探せない」
「落ち着けガイスト! 司令官というのは前線に出たりせずに後方で指示を出すものだ。あれを見ろ!」
ヘルツの指さす先に距離を置いて一匹ぽつんと漂うグメーシスの姿が。その刻印はまさしく『天』だ。
『お手柄ですヘルツ。ガイスト、あれがリーダーです。やつを狙ってください』
言われて小型端末を天のグメーシスへと向ける。
『どうせ効かないでしょうが……食らえ!』
端末からレーザー。天のグメーシスに命中。
しかし最初に遭遇したものと同様に、レーザーはグメーシスの身体を通り抜けてしまう。
「どうするつもりなんだ」
『そのままレーザーを当て続けるようにしてください!』
ガイストと天のグメーシスが一本のレーザーで一直線に結ばれる。
続いてそのレーザーを伝うように周期的な音が流れ出す。音が到達すると突然グメーシスが苦しみ始めた。
すると周囲に浮かんでいた罪のグメーシスの群れもなぜか苦しみ始めたではないか。
「これは!」
『やはりそうか…。どうやらやつら天のグメーシスと感覚をリンクしているようです。個々のグメーシスをあの司令塔が操っていたんです! だから失敗作とされていた罪のグメーシスたちをコントロールすることができる!』
セイヴはレーザーそのものをレーザーポインタとして活用し、同じく小型端末から発せられたパルス波を一点集中させて天のグメーシスへと届けたのだ。パルス波を弱点とする精神体から生まれたグメーシスもまたその音に弱い。
「グメェェエエエエ!!」
天のグメーシスは堪らず逃げ出した。
するとそれに同調するようにすべてのグメーシスたちが逃げ始めた。
そしてついに辺りからはグメーシスたちが一掃されてしまった。
「やった……すべて追い払ってやったぞ! マキナの機械も大したものじゃないか!」
「助かった…。だけど本当にどうやって? こんな機能付けた覚えはないんだが……」
『ガイスト、細かいことを気にしてはいけません。禿げますよ』
かくして危機を脱出したガイストたちは、港を抜けて潜水艇のある地下ドックへと向かうのだった。
「やつら、そろそろ行っただろうか」
「驚いたな。まさかこんなものが苦手だったなんて」
コンテナの中は巨大な冷蔵庫のようだった。船で運ばれてきたのだろう、大きな魚が冷凍されて並べられている。どうやらこれは冷凍コンテナらしい。走って来たので気付かなかったが、そういえば少し肌寒い。
「あまり長居することはできないな」
『アルミニウムが苦手……少し納得がいきませんね』
セイヴは合点がいかない様子だった。
「どうしてだい?」
『グメーシスはあらゆるものを塩、つまり塩化ナトリウムに変えてしまう能力を持っています。塩化ナトリウムがアルミニウムを苦手とするのはおかしいんです。塩化ナトリウムはアルミニウムを腐食させてしまいますからね』
「そうなのか。僕は化学は専門じゃないからなぁ…。つまりどういうことだい?」
『もちろんグメーシスそのものが塩化ナトリウムと同様の性質を持っているとは限りませんが、それを生成する力を持つとなると、仮にアルミニウムを変化させることができなかったとしても、コンテナには他の材料も使われていますから…』
コンテナの壁がじわじわと薄くなっていく。壁を透かして外の光が薄らと見える。
そしてセイヴの不安は的中した。壁に穴が開き、そこから一匹のグメーシスが顔を覗かせる。
「グメ?」
そのままグメーシスは周囲をきょろきょろと見回している。
なぜかコンテナ内のガイストやヘルツの存在には気付いていないようだった。
「我々が見えていない……のか?」
どうやらアルミニウムが苦手だというヘルツの仮説は間違っていたようだった。
しかしここで新たな仮説が浮上した。
『そうか。わかりましたよ! 熱です』
「熱?」
『グメーシスは熱で他の存在を感知しているのかもしれません。今お二人の身体は冷凍コンテナによってコンテナ内部と同様に冷え切っています。だからお二人の存在に気がつかないのかもしれません』
例えるならサーモグラフィのようなものだ。熱いものは赤く、冷たいものは青く。
グメーシスに色が認識できるかどうかはわからないが、温度によってものを認識しているのだとすれば、冷えたコンテナ内部とガイストやヘルツの身体は同じ色として認識される。そのため、身動きを取らなければグメーシスには二人の存在を感知することができないというのだ。
「たしかに蛇みたいな形をしてるからな、あの生き物は。たしかピット器官とかいう……あれと同じか!」
「なるほど。もしそうだとすれば、建物の陰に隠れたのにすぐに僕たちの居場所が突き止められてしまったのは納得できる」
実はかつての戦争の頃にもグメーシスはその仮説を裏付けるような行動を取っていたのだ。
その場にはガイストはいなかったが、ガイストクッペルの地下でゲンダーたちは紫の霧に襲われたことがあった。霧はレティスやブロウティスを次々と生み出してしまう。その霧は蒸気とともに壁のパイプから放出されていた。
グメーシスは誰が頼みもしないのに、その霧や蒸気が噴き出す出口へと向かっては霧を塩へと浄化しゲンダーたちを救った。もしかするとこのときグメーシスは霧ではなく蒸気の熱に反応していたのではないかと考えることもできるのだ。
「だからと言ってずっとここにいるわけにはいかない。凍死してしまうぞ」
『この季節は気温が低いです。加えてここは海が近いので、大気中との温度差からしばらくはグメーシスに見つかりにくくなるでしょう。今のうちに地下ドックへと急いでください』
顔を覗かせていたグメーシスはここには何もいないと判断したらしく姿を消していた。
そっと扉を開き周囲を確認。念のため物陰に隠れながら地下ドックへと進む。慌てて走ったりするのはご法度だ。体温が上昇しすぐにグメーシスに気付かれてしまうだろう。
見上げると上方にグメーシスたちが集まって、周囲を窺っている。まだ諦めてはいないらしい。
グメーシスの動きに注目しながら、慎重にしかし迅速に目的の場所へと足を進める。
だがあまりにもグメーシスに気を取られ過ぎてしまった。
「しまった…!」
その音に気がついたときには既に遅い。足下には空き缶が転がっていた。
「グメッ!」
「グメィェ!!」
「「グーメェー!!」」
同様に音に気付いたグメーシスが一斉に飛びかかる。どうやら音は認知できるようだ。
振り出しに戻ってしまった。グメーシスの群れに追われて港を駆け行く。
すると前方に別のグメーシスの集団。挟まれてしまった。
『バンジー急須ですね。この包囲を二人とも無事に抜けきる可能性は約12%です。不安が残ります』
「ならどうするんだ!?」
『迎え討ちます! ようやく分析が完了しました!』
ホログラムにグメーシスについてまとめた情報が表示される。
『メイヴの記憶の底に精神兵器G-メイシスの資料がありました。先の戦争で入手していたものです。併せて表示します』
資料にはグメーシスの精製方法、特徴、詳細などが記載されている。そこには熱を感知して対象を判別するという仮説を裏付けるデータもあった。さらに様々な角度から見たグメーシスの図も並んでいる。
「ん? このグメーシスは僕が知っているものと少し違うぞ」
グメーシスの胴体には『罪』の刻印がある。しかし、その図のグメーシスには罪ではなく『天』と印されている。
『それです! 本来グメーシスとはそれぞれが自由意思を持つ個体です。精神体から生まれた存在がなぜ……といった問答は今はやめておきましょう』
セイヴが説明を続ける。
レティスやブロウティスと同様に精神兵器として生み出されたグメーシスだったが、それぞれが自由な意思を持つためコントロールが困難であり、一度は失敗作として封印されてしまった。
ゲンダーたちに同行していたあのグメーシスも失敗作としてガイストクッペルの地下に密かに閉じ込められていたのだ。それをゲンダーたちが助けたために、あのグメーシスは恩を感じてか彼らに味方するようになったのだろう。
そんな失敗作だったが、後にG-メイシスには改良が加えられた。
それは先の戦争でガイストが射影機を持ってゲンダーへと届けたときのこと。ガイストは気付かなかったようだが、そのときゲンダーたちは別個体のグメーシスの群れと対峙していた。
改良を加えられたグメーシスは兵器と足る存在へと成長したのだ。そして今目の前にいる個体もそれと同じものだ。
『前大統領は新たなグメーシスを誕生させました。それが天のグメーシスです』
天のグメーシスはそれぞれの罪のグメーシスに命令を出すことができる存在。例えるなら女王蜂のようなものだ。
それぞれが別の個体でありながら、まるでその群れ全体がひとつの個体であるかのように行動することができる。
「聞いたことがあるぞ。たしかHive Mind(集合精神)という現象だ」
「ハイヴ……マインド!?」
『つまり、天のグメーシスが司令塔だと考えてもらえばわかりやすいでしょう。そこを狙えば勝機はあります!』
「天のグメーシスだな。わかった」
飛び交うグメーシスをなんとか避けながらその司令塔を探す。
グメーシスが何匹も入り乱れて胴体の刻印をなかなか確認することができない。
「くそっ、これじゃ探せない」
「落ち着けガイスト! 司令官というのは前線に出たりせずに後方で指示を出すものだ。あれを見ろ!」
ヘルツの指さす先に距離を置いて一匹ぽつんと漂うグメーシスの姿が。その刻印はまさしく『天』だ。
『お手柄ですヘルツ。ガイスト、あれがリーダーです。やつを狙ってください』
言われて小型端末を天のグメーシスへと向ける。
『どうせ効かないでしょうが……食らえ!』
端末からレーザー。天のグメーシスに命中。
しかし最初に遭遇したものと同様に、レーザーはグメーシスの身体を通り抜けてしまう。
「どうするつもりなんだ」
『そのままレーザーを当て続けるようにしてください!』
ガイストと天のグメーシスが一本のレーザーで一直線に結ばれる。
続いてそのレーザーを伝うように周期的な音が流れ出す。音が到達すると突然グメーシスが苦しみ始めた。
すると周囲に浮かんでいた罪のグメーシスの群れもなぜか苦しみ始めたではないか。
「これは!」
『やはりそうか…。どうやらやつら天のグメーシスと感覚をリンクしているようです。個々のグメーシスをあの司令塔が操っていたんです! だから失敗作とされていた罪のグメーシスたちをコントロールすることができる!』
セイヴはレーザーそのものをレーザーポインタとして活用し、同じく小型端末から発せられたパルス波を一点集中させて天のグメーシスへと届けたのだ。パルス波を弱点とする精神体から生まれたグメーシスもまたその音に弱い。
「グメェェエエエエ!!」
天のグメーシスは堪らず逃げ出した。
するとそれに同調するようにすべてのグメーシスたちが逃げ始めた。
そしてついに辺りからはグメーシスたちが一掃されてしまった。
「やった……すべて追い払ってやったぞ! マキナの機械も大したものじゃないか!」
「助かった…。だけど本当にどうやって? こんな機能付けた覚えはないんだが……」
『ガイスト、細かいことを気にしてはいけません。禿げますよ』
かくして危機を脱出したガイストたちは、港を抜けて潜水艇のある地下ドックへと向かうのだった。