Chapter9「狐娘」
桜舞平原にはいつでも春の風が流れている。それはこの平原の年中花を咲かせる万年桜によるものだ。
対して、桜舞から西へ向かった梅原にはいつも秋の風が吹く。梅原の山々はいつでも木々の紅や黄に彩られている。
梅原をさらに西へ進むと海の都「鳴都」があり、そこから出る船に乗るために一行は梅原へと向かう峠を進んでいた。
「ここを越えれば、そろそろ梅華京が見えてくるンだ。鳴都はさらにその向こうだが、さすがに遠いから今日は梅華で宿を探すぜぃ」
コテツが先頭になって峠を行く。ステイとシエラが後に続く。
「梅華京かぁ。おいら、まだエルナトと平牙しか知らないから、他の街は楽しみだな!」
「あたいも興味ある。せっかくだから、お土産いっぱい買っちゃうもんね~」
「土産って……迷子のくせに余裕なやつめ。おめぇら、遠足じゃねぇンだぞ」
呆れた様子でコテツがため息をついてみせる。
もう何度こんなやり取りを繰り返したことか。まるで緊張感の欠片もないやつらだが何を言っても効果がないので、そのうちコテツは説得するのをやめた。この際、旅の足手まといにさえならなければ何でもいい。
「それでコテツは梅華京には行ったことあるの?」
ステイが訊いた。
「平牙と梅華はあまり仲が良くないからなァ。ヘタに厄介事に巻き込まれるのもイヤだし、用がなければ近づかないようにしてたぜぃ。だから、実はオイラも行くのは初めてなンだ」
「梅華京は何が有名なの? お土産で」
「名前の通り梅だな。梅華の梅酒は絶品って噂だからちょっと興味があるンだよなァ」
「なーんだ、コテツだって旅行気分じゃないの」
「なッ、別にオイラは……そうだよ、悪いか!」
「開き直った」
「わんこは嘘がつけないのねぇ」
「うるせェ、ほっとけ!!」
コテツは梅干しのように赤くなった。
梅華京の話題は尽きることなく、何か話題が出るたびになぜかコテツが弄られつつも、一行は峠の道を登って行った。
対して、桜舞から西へ向かった梅原にはいつも秋の風が吹く。梅原の山々はいつでも木々の紅や黄に彩られている。
梅原をさらに西へ進むと海の都「鳴都」があり、そこから出る船に乗るために一行は梅原へと向かう峠を進んでいた。
「ここを越えれば、そろそろ梅華京が見えてくるンだ。鳴都はさらにその向こうだが、さすがに遠いから今日は梅華で宿を探すぜぃ」
コテツが先頭になって峠を行く。ステイとシエラが後に続く。
「梅華京かぁ。おいら、まだエルナトと平牙しか知らないから、他の街は楽しみだな!」
「あたいも興味ある。せっかくだから、お土産いっぱい買っちゃうもんね~」
「土産って……迷子のくせに余裕なやつめ。おめぇら、遠足じゃねぇンだぞ」
呆れた様子でコテツがため息をついてみせる。
もう何度こんなやり取りを繰り返したことか。まるで緊張感の欠片もないやつらだが何を言っても効果がないので、そのうちコテツは説得するのをやめた。この際、旅の足手まといにさえならなければ何でもいい。
「それでコテツは梅華京には行ったことあるの?」
ステイが訊いた。
「平牙と梅華はあまり仲が良くないからなァ。ヘタに厄介事に巻き込まれるのもイヤだし、用がなければ近づかないようにしてたぜぃ。だから、実はオイラも行くのは初めてなンだ」
「梅華京は何が有名なの? お土産で」
「名前の通り梅だな。梅華の梅酒は絶品って噂だからちょっと興味があるンだよなァ」
「なーんだ、コテツだって旅行気分じゃないの」
「なッ、別にオイラは……そうだよ、悪いか!」
「開き直った」
「わんこは嘘がつけないのねぇ」
「うるせェ、ほっとけ!!」
コテツは梅干しのように赤くなった。
梅華京の話題は尽きることなく、何か話題が出るたびになぜかコテツが弄られつつも、一行は峠の道を登って行った。
さて、峠の中ほどまで来たあたりのことだ。
一行の目の前に人だかり、いや犬だかりが現れた。いくつか狐の姿も見える。
「なンだ、何かあったのかァ?」
手近にいる獣に事情を尋ねる。
すると、どうやら岩が崩れて道が塞がれしまったのだという。
「おかげでこうして立ち往生さ。あんたらも梅華に行くのかい? だったら南の海沿いの道から回り込んだほうが早ぇかもしれねぇよ。まったくあんなでけぇ岩、何があったらああなるんだよ…」
見ると行く手の上り坂に巨大な岩が居座っていて完全に塞がれてしまっている。岩というよりもむしろ、山の先端がそのまま切り取られて落ちてきたと言えるほどの大きさだ。これをどけるにしても、穴を掘って通れるようにするにしても、あるいは迂回路を作るにしても、数日やそこらでどうなるようなものではなかった。
身体の小さなシエラから見ればまるで壁のようだ。その岩壁を見上げながらコテツに尋ねた。
「癒ではよくあることなの?」
難しい顔をしながらコテツが答える。
「あってたまるかよ。もしかしたら例の大蛇がここを通ったのかもしれねぇな。さて、どうしたモンか…」
「あたいの魔法でも、岩は動かせないからねぇ。どうする? ステイに飛んでもらうとか」
「あいつ、すぐに疲れるって言うからだめだろ」
二人の視線がステイに集中する。
「なにさなにさ、勝手に決めつけないでよ!」
「お、今日は行けそうな感じか」
「もちろん! ……と言いたいところだけど、大蛇との戦いで翼を痛めてしまってね」
「やっぱりだめなンじゃねぇか!」
「たまたま調子が悪いだけだもん」
「はいはい、喧嘩しない」
シエラが二人をなだめていると、他にも喧嘩の声が聞こえてきた。平牙の犬たちと、おそらく梅華京へ帰るところなのであろう狐たちが罵り合いを始めていた。平牙と梅華京の仲が悪いといわれるのは、この二種族の相性が悪いためだ。
「どうせ、てめぇらが妖術かなんかでやったんだろう。胡散臭いキツネ野郎め!」
「なんだと? 薄汚い犬っコロめが何を言うか。こうして我々も帰れなくて困っているんだ。それをどうして我々がやったと言い切れるんだ。これだから頭の悪いやつは…」
「誰が馬鹿だってェ、おい? 馬鹿って言うほうが馬鹿なんだぜ。てめぇ、表に出やがれ!」
「おやおや自己紹介ご苦労さま。私は一度も馬鹿だと言った覚えはないのだけれどね」
あちこちから罵声怒声が響く。平牙の犬族は気が短く、梅華の狐族はプライドが高い。どちらも退かずおまえが悪いの一点張り。もはや原因が何であるかよりも、意地と意地の争いになっている。犬猿ならぬ、癒の犬狐の仲だ。
「ねぇ、これやばいんじゃないの?」
「ほっとけよ。いつものことだ、わざわざ首突っ込ンで巻き込まれることはねぇさ」
とにかく、この峠を通って梅華京へ行くことができないことはわかった。あの大きさの岩だ、数日やそこらでどうにかなるとも思えない。それならば急がば廻れ、教えてもらったように海沿いの道を迂回して梅華京を目指したほうが早い。
そう考えて踵を返そうとしたときだった。
「やめてください!」
不意に鈴を転がすような声が響き渡った。
「なンだ?」
思わず振り返る。声の主は狐族の若い娘のようだった。
コテツがそうしたように、周囲の視線もその娘に集中する。
「私たちは同じ癒の國に暮らす者同士でしょう。なのにどうしていつもそうやっていがみ合うんですか?」
どうやら娘は喧嘩を止めようとしている様子だった。
「なんだァ、姉ちゃん。おめぇは知らねえみたいだな。昔、おめぇらが俺たちに何をしたのかをよ!」
「何を言うか。あれは貴様たちが仕掛けてきたことだろうが、言いがかりも大概にしてほしいものだな!」
「言いがかりも糞もあるか! ナンだったら、今度こそ決着をつけようじゃねぇか! 今そこ俺たち侍のほうがおまえらより優れてるってことを教えてやるぜ」
「ふん、妖術も使えないくせに何を世迷言を…。返り討ちにしてくれる」
「待ってください、落ち着いてください! そもそも問題なのは岩が道を塞いでいることであって、どっちが優れているかなんてそんなこと今は関係ないでしょう!?」
「うるせぇ、ガキはすっ込んでろ!」
「そんなこと? それでもおまえは我々の一族か! いいかね、我々狐族の誇りというものは…」
「うう……」
狐の娘が何を言おうとも焼け石に水。喧嘩の熱は増すばかりである。
「昔、何かあったの?」
ステイがコテツに問いかける。
「オイラも癒に来て2年ぐらいだから、詳しいことは知らねぇンだよなァ」
「ふーん。でもなんか大人げないよね」
「まぁ、こういうのはヘタに関わらないほうが身のためだぜ…」
呆れるコテツたちを余所に、喧嘩は一向に収まる気配を見せない。それどころかその規模は大きくなりつつある。
数では狐族のほうが劣るが、魔法とはまた異なる妖術を扱える狐族はまるで臆する様子はなく、むしろ余裕そうな表情さえ見せている。
「だ、だめです! 力では何も解決しません!」
狐娘は必死に騒ぎを抑えようとするが、
「やっちまえ!」「気に食わねえハナっ面をへし折ってやる!」「梅酒よこせ」
「愚か者め、我々を散々コケにした報いを受けろ!」「まだ自分の立場がわかっていないようだな!」「だったら平牙の桜酒と交換しろ」
ついに両者は争いを始めてしまい、
「きゃ…!」
娘はその渦の中に呑み込まれてしまった。
「やれやれ、見ちゃいられねぇや」
コテツは騒ぎの中に飛び込むと、その中から娘を引っ張り出した。
一行の目の前に人だかり、いや犬だかりが現れた。いくつか狐の姿も見える。
「なンだ、何かあったのかァ?」
手近にいる獣に事情を尋ねる。
すると、どうやら岩が崩れて道が塞がれしまったのだという。
「おかげでこうして立ち往生さ。あんたらも梅華に行くのかい? だったら南の海沿いの道から回り込んだほうが早ぇかもしれねぇよ。まったくあんなでけぇ岩、何があったらああなるんだよ…」
見ると行く手の上り坂に巨大な岩が居座っていて完全に塞がれてしまっている。岩というよりもむしろ、山の先端がそのまま切り取られて落ちてきたと言えるほどの大きさだ。これをどけるにしても、穴を掘って通れるようにするにしても、あるいは迂回路を作るにしても、数日やそこらでどうなるようなものではなかった。
身体の小さなシエラから見ればまるで壁のようだ。その岩壁を見上げながらコテツに尋ねた。
「癒ではよくあることなの?」
難しい顔をしながらコテツが答える。
「あってたまるかよ。もしかしたら例の大蛇がここを通ったのかもしれねぇな。さて、どうしたモンか…」
「あたいの魔法でも、岩は動かせないからねぇ。どうする? ステイに飛んでもらうとか」
「あいつ、すぐに疲れるって言うからだめだろ」
二人の視線がステイに集中する。
「なにさなにさ、勝手に決めつけないでよ!」
「お、今日は行けそうな感じか」
「もちろん! ……と言いたいところだけど、大蛇との戦いで翼を痛めてしまってね」
「やっぱりだめなンじゃねぇか!」
「たまたま調子が悪いだけだもん」
「はいはい、喧嘩しない」
シエラが二人をなだめていると、他にも喧嘩の声が聞こえてきた。平牙の犬たちと、おそらく梅華京へ帰るところなのであろう狐たちが罵り合いを始めていた。平牙と梅華京の仲が悪いといわれるのは、この二種族の相性が悪いためだ。
「どうせ、てめぇらが妖術かなんかでやったんだろう。胡散臭いキツネ野郎め!」
「なんだと? 薄汚い犬っコロめが何を言うか。こうして我々も帰れなくて困っているんだ。それをどうして我々がやったと言い切れるんだ。これだから頭の悪いやつは…」
「誰が馬鹿だってェ、おい? 馬鹿って言うほうが馬鹿なんだぜ。てめぇ、表に出やがれ!」
「おやおや自己紹介ご苦労さま。私は一度も馬鹿だと言った覚えはないのだけれどね」
あちこちから罵声怒声が響く。平牙の犬族は気が短く、梅華の狐族はプライドが高い。どちらも退かずおまえが悪いの一点張り。もはや原因が何であるかよりも、意地と意地の争いになっている。犬猿ならぬ、癒の犬狐の仲だ。
「ねぇ、これやばいんじゃないの?」
「ほっとけよ。いつものことだ、わざわざ首突っ込ンで巻き込まれることはねぇさ」
とにかく、この峠を通って梅華京へ行くことができないことはわかった。あの大きさの岩だ、数日やそこらでどうにかなるとも思えない。それならば急がば廻れ、教えてもらったように海沿いの道を迂回して梅華京を目指したほうが早い。
そう考えて踵を返そうとしたときだった。
「やめてください!」
不意に鈴を転がすような声が響き渡った。
「なンだ?」
思わず振り返る。声の主は狐族の若い娘のようだった。
コテツがそうしたように、周囲の視線もその娘に集中する。
「私たちは同じ癒の國に暮らす者同士でしょう。なのにどうしていつもそうやっていがみ合うんですか?」
どうやら娘は喧嘩を止めようとしている様子だった。
「なんだァ、姉ちゃん。おめぇは知らねえみたいだな。昔、おめぇらが俺たちに何をしたのかをよ!」
「何を言うか。あれは貴様たちが仕掛けてきたことだろうが、言いがかりも大概にしてほしいものだな!」
「言いがかりも糞もあるか! ナンだったら、今度こそ決着をつけようじゃねぇか! 今そこ俺たち侍のほうがおまえらより優れてるってことを教えてやるぜ」
「ふん、妖術も使えないくせに何を世迷言を…。返り討ちにしてくれる」
「待ってください、落ち着いてください! そもそも問題なのは岩が道を塞いでいることであって、どっちが優れているかなんてそんなこと今は関係ないでしょう!?」
「うるせぇ、ガキはすっ込んでろ!」
「そんなこと? それでもおまえは我々の一族か! いいかね、我々狐族の誇りというものは…」
「うう……」
狐の娘が何を言おうとも焼け石に水。喧嘩の熱は増すばかりである。
「昔、何かあったの?」
ステイがコテツに問いかける。
「オイラも癒に来て2年ぐらいだから、詳しいことは知らねぇンだよなァ」
「ふーん。でもなんか大人げないよね」
「まぁ、こういうのはヘタに関わらないほうが身のためだぜ…」
呆れるコテツたちを余所に、喧嘩は一向に収まる気配を見せない。それどころかその規模は大きくなりつつある。
数では狐族のほうが劣るが、魔法とはまた異なる妖術を扱える狐族はまるで臆する様子はなく、むしろ余裕そうな表情さえ見せている。
「だ、だめです! 力では何も解決しません!」
狐娘は必死に騒ぎを抑えようとするが、
「やっちまえ!」「気に食わねえハナっ面をへし折ってやる!」「梅酒よこせ」
「愚か者め、我々を散々コケにした報いを受けろ!」「まだ自分の立場がわかっていないようだな!」「だったら平牙の桜酒と交換しろ」
ついに両者は争いを始めてしまい、
「きゃ…!」
娘はその渦の中に呑み込まれてしまった。
「やれやれ、見ちゃいられねぇや」
コテツは騒ぎの中に飛び込むと、その中から娘を引っ張り出した。
騒ぎから離れた場所でコテツは娘を休ませることにした。
「関わるなって言っといて、結局コテツっておひとよしなんだよね」
「そンなンじゃねぇよ」
「コテツ、デレた?」
「デレてねぇよ!!」
そんなやりとりを続けている間に、どうやら娘が意識を取り戻したらしい。
「あれ、私は…?」
「大丈夫? 一人であれを止めようなんて無茶するねぇ」
娘に最初に声をかけたのはシエラだった。
「あなたは……私を助けてくれたんですか?」
「まあね。いやー、さっきは危ないところだったねぇ」
「いや、助けたのオイラなンだけど」
「あたいはシエラ。あれがコテツで、あっちにいるのがステイだよ」
「えっ……あの方が!?」
娘は驚いているようだった。
「彼は犬族のように見えますが……。そんな彼がまさか狐族の私を助けてくれるなんて…」
「わんこ嫌いなの?」
「い、いえ、そんな! そうではありませんが、狐族は犬族に嫌われていますからね。少なくともこの國では」
「ふーん。あたいは嫌いじゃないけど好きでもないかな。ところで名前は?」
「私はイザヨイです」
聞くとイザヨイは梅華京へ帰ろうとしていたところを、例の岩によって足止めされていたらしい。
岩の前ではまだ騒ぎが続いている。やつらの罵り合いの言葉に返事をよこすなら、おまえたちこそどちらも馬鹿だ。
「しかし、おめぇも馬鹿なやつだなァ」
そして開口一番イザヨイを馬鹿呼ばわりするのはコテツだ。
「なっ……なんです、いきなり」
「あンなのはただの喧嘩、ここいらじゃよくあることだ。何も体張ってまで止めようとするモンじゃねぇだろうが。どうせそのうち勝手に鎮まるンだから、ほっときゃいいものを…」
「イザヨイ助けたコテツもお節介じゃん」
「ステイは黙ってろ。それで何か理由でもあったのか? 知ってるやつがいたとか」
訊かれたイザヨイはしばらく黙っていたが、ようやく口にした言葉は「それは言えない」というものだった。
「理由は……別にありません。喧嘩を仲裁するのに何か理由がいるんですか?」
「誰かを助けるのに理由がいるかい? はい、どっかで聞いたような名言、いただきましたね」
「いいからステイは黙ってろ。まァ、別に何だっていいけどな。だがもうあまり無茶すンじゃねぇぞ。実力も伴わなねぇのに下手に事に首を突っ込めば、かえって周りに迷惑になるってことは覚えとけ。それだけだ。じゃあな」
それだけ言うと、コテツは踵を返した。
峠の落岩、犬狐の対立、そして狐娘。思わぬ事態に時間を無駄にしてしまった。急がないと梅華京へ着く前に日が暮れてしまう。ステイがはしゃいでまた何かやらかしそうな気がするので野宿は勘弁だ。
「ちょっと待ってよ、コテツ!」
しかしステイがそれを引き留める。
「どうせ梅原京のほうへ行くのは同じでしょ? だったら、イザヨイと一緒に行こうよ!」
いや、既に遅かった。早くもやらかされてしまった。
ステイの目が輝いている。こういうときコテツは嫌な予感しか感じない。
「まァたこれだ……。どうせアレだろ、シエラのときと同じでただ狐もふもふしたいだけなンだろ」
ステイは暇があればよくシエラをもふもふしていた。たまにコテツに矛先が向くこともあるが、コテツはステイにもふもふされるのはあまり良く思っていない。
「誰かをもふもふするのに理由がいるかい?」
「あっさり認めやがった。ちょっと名言っぽく言ってンじゃねぇ!」
「いいじゃないの。旅は道連れ世はNASAなんとかでしょ」
「あと一文字ぐらい思い出してやろうぜ…」
コテツが呆れていると、さらにシエラまでもイザヨイを連れて行こうと提案してくる。
「この子は連れて行ったほうがいいと思うの」
「へぇ…。で、おめぇは何をするのに理由がいらないってンだ?」
「ううん。これは女の勘ってやつね」
「そ、そうか」
峠はもう通れないので別の道を通る必要がある。
梅華京は紫柴南西に突き出た半島の高台の上にあり、その高台へ至る道がこの峠だ。
一方、半島を海沿いに下って高台下に進むとそこには空洞がある。その空洞には伊の里があり、伊を通ってさらに海沿いに半島を回り込むと梅華京の西側に辿り着く。
まずは伊の里へ進み、そこから梅華京へ。そしてさらにそこから西に行けば目的の鳴都にたどり着く。
「しょうがねぇな。まァどうせ遠回りになっちまうンだ。別に好きにしろよ、イザヨイに着いてこられて困るような理由があるかい、ってハナシだな」
「あ、ありがとうございます……ご一緒してくださるんですか?」
「まァそういうことだ。行くところは同じだし、なンかおめぇは見てると危なっかしいしな」
旅は道連れ世は情け。この際もう一匹増えたところで大して変わらないだろう。
どうせ梅華京へ着くまでだ。それにイザヨイは少なくともステイよりはマトモそうに見えた。
「デレた! コテツがデレた!!」
「はぁ!?」
「デレたねぇ。やっぱりコテツはツンデレなのねぇ~」
「またこいつらは……オイラがいつツンツンしてたってンだ」
「さっき説教たれた」
「『別に好きにしろよ(キリッ 』て」
「おめぇら、『別に』って単語に反応したいだけだろ!!」
コテツは再び赤くなった。梅原の紅葉のように。
「…くすっ。仲がいいんですね」
「おめぇまで笑うんじゃねぇぇえええ!!」
こうしてイザヨイを加えた一行は海沿いの道を下り、伊の里を経由して梅華京を目指すのだった。
「関わるなって言っといて、結局コテツっておひとよしなんだよね」
「そンなンじゃねぇよ」
「コテツ、デレた?」
「デレてねぇよ!!」
そんなやりとりを続けている間に、どうやら娘が意識を取り戻したらしい。
「あれ、私は…?」
「大丈夫? 一人であれを止めようなんて無茶するねぇ」
娘に最初に声をかけたのはシエラだった。
「あなたは……私を助けてくれたんですか?」
「まあね。いやー、さっきは危ないところだったねぇ」
「いや、助けたのオイラなンだけど」
「あたいはシエラ。あれがコテツで、あっちにいるのがステイだよ」
「えっ……あの方が!?」
娘は驚いているようだった。
「彼は犬族のように見えますが……。そんな彼がまさか狐族の私を助けてくれるなんて…」
「わんこ嫌いなの?」
「い、いえ、そんな! そうではありませんが、狐族は犬族に嫌われていますからね。少なくともこの國では」
「ふーん。あたいは嫌いじゃないけど好きでもないかな。ところで名前は?」
「私はイザヨイです」
聞くとイザヨイは梅華京へ帰ろうとしていたところを、例の岩によって足止めされていたらしい。
岩の前ではまだ騒ぎが続いている。やつらの罵り合いの言葉に返事をよこすなら、おまえたちこそどちらも馬鹿だ。
「しかし、おめぇも馬鹿なやつだなァ」
そして開口一番イザヨイを馬鹿呼ばわりするのはコテツだ。
「なっ……なんです、いきなり」
「あンなのはただの喧嘩、ここいらじゃよくあることだ。何も体張ってまで止めようとするモンじゃねぇだろうが。どうせそのうち勝手に鎮まるンだから、ほっときゃいいものを…」
「イザヨイ助けたコテツもお節介じゃん」
「ステイは黙ってろ。それで何か理由でもあったのか? 知ってるやつがいたとか」
訊かれたイザヨイはしばらく黙っていたが、ようやく口にした言葉は「それは言えない」というものだった。
「理由は……別にありません。喧嘩を仲裁するのに何か理由がいるんですか?」
「誰かを助けるのに理由がいるかい? はい、どっかで聞いたような名言、いただきましたね」
「いいからステイは黙ってろ。まァ、別に何だっていいけどな。だがもうあまり無茶すンじゃねぇぞ。実力も伴わなねぇのに下手に事に首を突っ込めば、かえって周りに迷惑になるってことは覚えとけ。それだけだ。じゃあな」
それだけ言うと、コテツは踵を返した。
峠の落岩、犬狐の対立、そして狐娘。思わぬ事態に時間を無駄にしてしまった。急がないと梅華京へ着く前に日が暮れてしまう。ステイがはしゃいでまた何かやらかしそうな気がするので野宿は勘弁だ。
「ちょっと待ってよ、コテツ!」
しかしステイがそれを引き留める。
「どうせ梅原京のほうへ行くのは同じでしょ? だったら、イザヨイと一緒に行こうよ!」
いや、既に遅かった。早くもやらかされてしまった。
ステイの目が輝いている。こういうときコテツは嫌な予感しか感じない。
「まァたこれだ……。どうせアレだろ、シエラのときと同じでただ狐もふもふしたいだけなンだろ」
ステイは暇があればよくシエラをもふもふしていた。たまにコテツに矛先が向くこともあるが、コテツはステイにもふもふされるのはあまり良く思っていない。
「誰かをもふもふするのに理由がいるかい?」
「あっさり認めやがった。ちょっと名言っぽく言ってンじゃねぇ!」
「いいじゃないの。旅は道連れ世はNASAなんとかでしょ」
「あと一文字ぐらい思い出してやろうぜ…」
コテツが呆れていると、さらにシエラまでもイザヨイを連れて行こうと提案してくる。
「この子は連れて行ったほうがいいと思うの」
「へぇ…。で、おめぇは何をするのに理由がいらないってンだ?」
「ううん。これは女の勘ってやつね」
「そ、そうか」
峠はもう通れないので別の道を通る必要がある。
梅華京は紫柴南西に突き出た半島の高台の上にあり、その高台へ至る道がこの峠だ。
一方、半島を海沿いに下って高台下に進むとそこには空洞がある。その空洞には伊の里があり、伊を通ってさらに海沿いに半島を回り込むと梅華京の西側に辿り着く。
まずは伊の里へ進み、そこから梅華京へ。そしてさらにそこから西に行けば目的の鳴都にたどり着く。
「しょうがねぇな。まァどうせ遠回りになっちまうンだ。別に好きにしろよ、イザヨイに着いてこられて困るような理由があるかい、ってハナシだな」
「あ、ありがとうございます……ご一緒してくださるんですか?」
「まァそういうことだ。行くところは同じだし、なンかおめぇは見てると危なっかしいしな」
旅は道連れ世は情け。この際もう一匹増えたところで大して変わらないだろう。
どうせ梅華京へ着くまでだ。それにイザヨイは少なくともステイよりはマトモそうに見えた。
「デレた! コテツがデレた!!」
「はぁ!?」
「デレたねぇ。やっぱりコテツはツンデレなのねぇ~」
「またこいつらは……オイラがいつツンツンしてたってンだ」
「さっき説教たれた」
「『別に好きにしろよ(キリッ 』て」
「おめぇら、『別に』って単語に反応したいだけだろ!!」
コテツは再び赤くなった。梅原の紅葉のように。
「…くすっ。仲がいいんですね」
「おめぇまで笑うんじゃねぇぇえええ!!」
こうしてイザヨイを加えた一行は海沿いの道を下り、伊の里を経由して梅華京を目指すのだった。