第五章「ベイクーロ・スヴェン」
調査団一行は亜種の襲撃に遭うこともなく、無事に目的のマキナへと到着した。
そしてこの国の大部分の研究施設がそこを占めているマキナ中層部でその研究所を探す。
「ベイクーロ研究所、か。どうやらここのようだね」
イザールがそれらしき施設を見つけた。どうやら名の通った研究所らしく、マキナの住人に尋ねるとその答えはすぐに返ってきた。またマキナに詳しいエラキスの案内のおかげもあって、こうして道に迷うこともなくまっすぐベイクーロ研究所のもとへと辿り着くことができた。
彼らの目的は、調査団が各地で集めてきたデータや捕獲したグメーシス亜種のサンプルなどを無事にここまで送り届けることだった。なぜなら本部アルバールの研究施設では設備が不足していて十分な研究が行えなかったからだ。
「ベイクーロ博士……どんな人なのかしら」
「俺はベイクーロのことはよく知ってるぜ。以前、あいつの研究を手伝っていたことがあったからな」
エラキスが言うには、彼のフルネームはベイクーロ・スヴェン。かつてマキナ-ヴェルスタンド戦争で活躍したという大型飛行艇『鯨』の設計者であり、実力のあるパイロットでもあったスヴェン博士の孫である。彼の開発した飛行艇はどれもが海の生物をモチーフにした独特なデザインと優れた性能を誇っており、それはスヴェン式という飛行艇の一型式を築いた。
そんなスヴェン博士の血を引くベイクーロは、祖父の後を継いで飛行艇の研究開発に携わっている。エラキスはそんな彼の下で試作飛行艇のテストパイロットをやっていたことがあったのだという。
「気さくで研究熱心なやつだ。心配はいらないぜ」
互いに目指す先は違ったが、あいつの飛行艇にかける情熱は俺にもしっかり伝わって来たとエラキスは語った。
慣れた様子で扉を潜りエラキスは研究所内へ。調査団の仲間たちがそれに続く。
通路を抜けて向かった先は研究所に併設された工場内だった。周囲には様々な形の飛行艇が見える。骨組みだけのものから、ほとんど完成しているもの。いかにも試作段階なのだろうと見える奇抜な形をした機体も目に入る。
見上げると天井は高く、設計中の飛行艇や様々な機具、配線コードや照明が吊り下げられ、高い位置に組まれた足場の上には何人もの技師たちが行ったり来たりしているのが見える。
下にも大勢のスタッフがおり、多数の作業着の者たちが少数の白衣の者の指示を受けて、飛行艇の組み立てや溶接作業などを行っている。
そんな中からエラキスは一人の男の姿を見つけると、まっすぐに近寄っていって声をかけた。
「Hey bro! ご無沙汰だな」
「エラキス!? おまえなのか!」
白衣の男は驚いた様子で目を丸くして、それから懐かしい顔との再会を喜んだ。
彼こそがベイクーロ・スヴェン、通称ベイ博士だ。他の技術者や研究者に比べると幾分か若い印象を与えるが、祖父から受け継いだ確かな技術と知識を誇り、この研究所の所長を務める男。マキナの飛行艇業界の未来を担っていく重要な一人だと言われている。
また彼はあの英雄ガイスト博士の弟子であることも知られている。信頼できる男だ。
ベイ博士は作業員にいくつかの指示を与えた後に彼らを会議室へと通した。
「調査団が研究資料を持ってくるという連絡は聞いていた。だが、まさかエラキス! おまえだったとはなぁ。軍隊の仕事は順調か?」
「おかげさまでな。飛行艇の操縦で俺の右に出る者はいないぜ! これもここでずいぶん無茶させられた成果だな」
「はは、馬鹿を言うな。おまえはもとから無茶をするようなやつだったじゃないか」
「Kind of」
イザールとシルマもそれはもっともだと言わんばかりに頷いた。
「どうやらおまえの無茶は今でも健在のようだな。さてと、本題に移ろうか。後ろにいるのは調査団の仲間だな? アルバールから遠路遥々、遠いところまでよく来てくれた。まぁ、エラキスがついていたのだからあっという間だったんだろうが……それで肝心の研究資料というのは?」
「Here. 紙媒体と情報資料はここに。亜種のサンプルはまだ積み込んだままだ」
そう言ってエラキスからいくつかのフラッシュメモリやディスク、ファイルをベイ博士へと手渡した。
「確かに。サンプルのほうは後で部下に取りに行かせよう。まずはご苦労だった。しばらく休んでてくれ」
ベイ博士は調査団たちの休憩用に一室を充てると、部下たちに指示をよこしてさっそく届けられた資料を確認し、然るべき研究の準備を開始する。休憩室の外からは研究者たちの慌ただしい様子が扉越しに聴こえてきた。
アルバールにマキナ無事到着の連絡を入れると後はベイ博士に従い彼を助けるようにと伝えられたため、調査団たちは彼が戻ってくるまではここで待機することになった。
「それにしても」
とシルマが紅茶のカップを片手に言った。
「ベイ博士ってすごい人だという噂を聞いたけれど、思ったより普通の人なのね。もっと威厳がありそうだと思ったのに。言っちゃ悪いけどなんというかその、あまりオーラのようなものは感じないというか。少しあなたに似ているわね」
「だろ? おかげで俺たちは意気投合だ。そうでなかったら俺はあいつの研究を手伝っていたかどうかわかんねーな。その経験があったからこそ、今はこうしてマキナ兵として、それから調査団としてここにいるんだ。あいつがいなかったら俺の人生はまた変わってただろうぜ」
「前の上司というよりはまるで友達という感じだったね。君にしては美しいじゃないか。僕はそういうのきらいじゃないよ」
彼らはベイ博士を話題にこの時間を過ごした。
会った当初は互いに反りが合わないような様子を見せていたこの三人だったが、任務を共にしてきたことで互いを理解し認め合えるようになっていた。
そしてこの国の大部分の研究施設がそこを占めているマキナ中層部でその研究所を探す。
「ベイクーロ研究所、か。どうやらここのようだね」
イザールがそれらしき施設を見つけた。どうやら名の通った研究所らしく、マキナの住人に尋ねるとその答えはすぐに返ってきた。またマキナに詳しいエラキスの案内のおかげもあって、こうして道に迷うこともなくまっすぐベイクーロ研究所のもとへと辿り着くことができた。
彼らの目的は、調査団が各地で集めてきたデータや捕獲したグメーシス亜種のサンプルなどを無事にここまで送り届けることだった。なぜなら本部アルバールの研究施設では設備が不足していて十分な研究が行えなかったからだ。
「ベイクーロ博士……どんな人なのかしら」
「俺はベイクーロのことはよく知ってるぜ。以前、あいつの研究を手伝っていたことがあったからな」
エラキスが言うには、彼のフルネームはベイクーロ・スヴェン。かつてマキナ-ヴェルスタンド戦争で活躍したという大型飛行艇『鯨』の設計者であり、実力のあるパイロットでもあったスヴェン博士の孫である。彼の開発した飛行艇はどれもが海の生物をモチーフにした独特なデザインと優れた性能を誇っており、それはスヴェン式という飛行艇の一型式を築いた。
そんなスヴェン博士の血を引くベイクーロは、祖父の後を継いで飛行艇の研究開発に携わっている。エラキスはそんな彼の下で試作飛行艇のテストパイロットをやっていたことがあったのだという。
「気さくで研究熱心なやつだ。心配はいらないぜ」
互いに目指す先は違ったが、あいつの飛行艇にかける情熱は俺にもしっかり伝わって来たとエラキスは語った。
慣れた様子で扉を潜りエラキスは研究所内へ。調査団の仲間たちがそれに続く。
通路を抜けて向かった先は研究所に併設された工場内だった。周囲には様々な形の飛行艇が見える。骨組みだけのものから、ほとんど完成しているもの。いかにも試作段階なのだろうと見える奇抜な形をした機体も目に入る。
見上げると天井は高く、設計中の飛行艇や様々な機具、配線コードや照明が吊り下げられ、高い位置に組まれた足場の上には何人もの技師たちが行ったり来たりしているのが見える。
下にも大勢のスタッフがおり、多数の作業着の者たちが少数の白衣の者の指示を受けて、飛行艇の組み立てや溶接作業などを行っている。
そんな中からエラキスは一人の男の姿を見つけると、まっすぐに近寄っていって声をかけた。
「Hey bro! ご無沙汰だな」
「エラキス!? おまえなのか!」
白衣の男は驚いた様子で目を丸くして、それから懐かしい顔との再会を喜んだ。
彼こそがベイクーロ・スヴェン、通称ベイ博士だ。他の技術者や研究者に比べると幾分か若い印象を与えるが、祖父から受け継いだ確かな技術と知識を誇り、この研究所の所長を務める男。マキナの飛行艇業界の未来を担っていく重要な一人だと言われている。
また彼はあの英雄ガイスト博士の弟子であることも知られている。信頼できる男だ。
ベイ博士は作業員にいくつかの指示を与えた後に彼らを会議室へと通した。
「調査団が研究資料を持ってくるという連絡は聞いていた。だが、まさかエラキス! おまえだったとはなぁ。軍隊の仕事は順調か?」
「おかげさまでな。飛行艇の操縦で俺の右に出る者はいないぜ! これもここでずいぶん無茶させられた成果だな」
「はは、馬鹿を言うな。おまえはもとから無茶をするようなやつだったじゃないか」
「Kind of」
イザールとシルマもそれはもっともだと言わんばかりに頷いた。
「どうやらおまえの無茶は今でも健在のようだな。さてと、本題に移ろうか。後ろにいるのは調査団の仲間だな? アルバールから遠路遥々、遠いところまでよく来てくれた。まぁ、エラキスがついていたのだからあっという間だったんだろうが……それで肝心の研究資料というのは?」
「Here. 紙媒体と情報資料はここに。亜種のサンプルはまだ積み込んだままだ」
そう言ってエラキスからいくつかのフラッシュメモリやディスク、ファイルをベイ博士へと手渡した。
「確かに。サンプルのほうは後で部下に取りに行かせよう。まずはご苦労だった。しばらく休んでてくれ」
ベイ博士は調査団たちの休憩用に一室を充てると、部下たちに指示をよこしてさっそく届けられた資料を確認し、然るべき研究の準備を開始する。休憩室の外からは研究者たちの慌ただしい様子が扉越しに聴こえてきた。
アルバールにマキナ無事到着の連絡を入れると後はベイ博士に従い彼を助けるようにと伝えられたため、調査団たちは彼が戻ってくるまではここで待機することになった。
「それにしても」
とシルマが紅茶のカップを片手に言った。
「ベイ博士ってすごい人だという噂を聞いたけれど、思ったより普通の人なのね。もっと威厳がありそうだと思ったのに。言っちゃ悪いけどなんというかその、あまりオーラのようなものは感じないというか。少しあなたに似ているわね」
「だろ? おかげで俺たちは意気投合だ。そうでなかったら俺はあいつの研究を手伝っていたかどうかわかんねーな。その経験があったからこそ、今はこうしてマキナ兵として、それから調査団としてここにいるんだ。あいつがいなかったら俺の人生はまた変わってただろうぜ」
「前の上司というよりはまるで友達という感じだったね。君にしては美しいじゃないか。僕はそういうのきらいじゃないよ」
彼らはベイ博士を話題にこの時間を過ごした。
会った当初は互いに反りが合わないような様子を見せていたこの三人だったが、任務を共にしてきたことで互いを理解し認め合えるようになっていた。
しばらくしてベイ博士が再び彼らのもとを訪れる。
そしてグメーシス亜種のサンプルについては、アルバールと連絡を取って今ちょうど研究を開始したところだという。
スヴェン式の飛行艇はこれまでの常識にとらわれない新しい考え方を重視しており、この研究所には飛行艇の設計に必要なものだけではなく様々な最新の設備が取り揃えられている。
もちろん飛行艇の研究開発が彼らの主な仕事であるが、ここには技術者だけではなく様々な分野の研究者も集まっており、それぞれが別の研究も行っている。そこから新しい飛行艇に応用できそうな研究成果を提供してもらう代わりに、ベイ博士は彼らの研究に支援、援助を行っているのだ。
そのためこのスヴェン研究所は様々な分野の専門家が集まり、飛行艇メーカーとしての顔も持ちながら、総合研究所としての顔も持ち合わせている。マキナではとても有力な研究所のひとつであり、次期首相候補として選ばれるのではとの噂まで立つほどだ。そんな彼らであればきっとグメーシスの亜種の謎を解明してくれるに違いない。
「さっきおれも亜種のサンプルを見てきたところだ。グメーシスのことは知っていたが、こうも種類がいたもんだとはなぁ。おれとしてはミメーシスの特性が面白いと思ったね。それからネメーシスに至っては、この前の火災騒ぎの原因だったんだろう? まったくどこから湧いてきたのか…」
どうやらベイ博士は放っておくと一人で勝手に話し出す性格らしい。「それよりも」とシルマが口を遮ると、彼女は自分たちは次に何をすればいいのかと訊いた。
「ああ。しばらくはおまえたちにやってもらうことはない。また何かあったら言うから、それまではのんびりしててくれ」
「わかりました。ですがベイ博士、わたしたちは任務でここに来ているんです。何もしないでただ待っているなんてできませんわ。何かわたしたちに手伝えることはありませんか?」
シルマは過去の経験から何よりも祖国の人々を大切に想っている。彼女は動き続けたかった。なぜなら立ち止まっていると不安を感じるからだ。
「君は真面目だね。でも待機していろって言われたんだから僕たちはただその命令に従えばいいのさ。そうだ、僕と一緒に愛の詩を歌おう」
イザールが懐から竪琴を取り出してつま弾いた。シルマはそんな彼の誘いを弾いた。
「遠慮するわ。それよりもベイ博士、わたしはじっとしていられないんです! こうしている今も祖国が……いえ、この大陸の人々が亜種の危機にさらされているかと思うとわたしは居ても立ってもいられません!」
「では座っていてくれたまえ。君の気持ちはわからないでもないが、まだ研究を始めたばかりで我々は何もわかっていない。グメーシスにはまだまだわからないことだらけだ。精神体に詳しいガイスト先生でさえ、グメーシスについてはわからないことが多いと言ってたぐらいだからな」
「だそうだよ。仕方ないから、ここに座って僕と一緒に恋人の詩を歌おう」
「拒否するわ。それならばベイ博士。もし差し支えなければ、わたしたちにグメーシスについてご教授いただけませんか?」
彼女ら三人はマキナ-ヴェルスタンド戦争やHiveMind当時にはまだ生まれていないか幼かった頃だ。亜種についてもわからないことばかりだが、原種グメーシスについてもあまりよく知らなかった。
「まぁ、おれの知っている範囲で良ければ…」
ベイ博士はまずマキナ-ヴェルスタンド戦争について話し始めた。
そしてグメーシス亜種のサンプルについては、アルバールと連絡を取って今ちょうど研究を開始したところだという。
スヴェン式の飛行艇はこれまでの常識にとらわれない新しい考え方を重視しており、この研究所には飛行艇の設計に必要なものだけではなく様々な最新の設備が取り揃えられている。
もちろん飛行艇の研究開発が彼らの主な仕事であるが、ここには技術者だけではなく様々な分野の研究者も集まっており、それぞれが別の研究も行っている。そこから新しい飛行艇に応用できそうな研究成果を提供してもらう代わりに、ベイ博士は彼らの研究に支援、援助を行っているのだ。
そのためこのスヴェン研究所は様々な分野の専門家が集まり、飛行艇メーカーとしての顔も持ちながら、総合研究所としての顔も持ち合わせている。マキナではとても有力な研究所のひとつであり、次期首相候補として選ばれるのではとの噂まで立つほどだ。そんな彼らであればきっとグメーシスの亜種の謎を解明してくれるに違いない。
「さっきおれも亜種のサンプルを見てきたところだ。グメーシスのことは知っていたが、こうも種類がいたもんだとはなぁ。おれとしてはミメーシスの特性が面白いと思ったね。それからネメーシスに至っては、この前の火災騒ぎの原因だったんだろう? まったくどこから湧いてきたのか…」
どうやらベイ博士は放っておくと一人で勝手に話し出す性格らしい。「それよりも」とシルマが口を遮ると、彼女は自分たちは次に何をすればいいのかと訊いた。
「ああ。しばらくはおまえたちにやってもらうことはない。また何かあったら言うから、それまではのんびりしててくれ」
「わかりました。ですがベイ博士、わたしたちは任務でここに来ているんです。何もしないでただ待っているなんてできませんわ。何かわたしたちに手伝えることはありませんか?」
シルマは過去の経験から何よりも祖国の人々を大切に想っている。彼女は動き続けたかった。なぜなら立ち止まっていると不安を感じるからだ。
「君は真面目だね。でも待機していろって言われたんだから僕たちはただその命令に従えばいいのさ。そうだ、僕と一緒に愛の詩を歌おう」
イザールが懐から竪琴を取り出してつま弾いた。シルマはそんな彼の誘いを弾いた。
「遠慮するわ。それよりもベイ博士、わたしはじっとしていられないんです! こうしている今も祖国が……いえ、この大陸の人々が亜種の危機にさらされているかと思うとわたしは居ても立ってもいられません!」
「では座っていてくれたまえ。君の気持ちはわからないでもないが、まだ研究を始めたばかりで我々は何もわかっていない。グメーシスにはまだまだわからないことだらけだ。精神体に詳しいガイスト先生でさえ、グメーシスについてはわからないことが多いと言ってたぐらいだからな」
「だそうだよ。仕方ないから、ここに座って僕と一緒に恋人の詩を歌おう」
「拒否するわ。それならばベイ博士。もし差し支えなければ、わたしたちにグメーシスについてご教授いただけませんか?」
彼女ら三人はマキナ-ヴェルスタンド戦争やHiveMind当時にはまだ生まれていないか幼かった頃だ。亜種についてもわからないことばかりだが、原種グメーシスについてもあまりよく知らなかった。
「まぁ、おれの知っている範囲で良ければ…」
ベイ博士はまずマキナ-ヴェルスタンド戦争について話し始めた。
そもそもなぜグメーシスが誕生したのか。
それは20数年前のマキナ-ヴェルスタンド戦争に遡る。
当時、ガイストはヴェルスタンドのガイストクッペルで精神体研究の第一人者として活躍していた。精神体とは生命に宿る意志の力、心のエネルギーだ。
ガイストはこの精神エネルギーを取り出して活用する技術を発明した。エネルギー問題に直面し、電気に取って代わる新たなエネルギーが求められていた当時では、この精神エネルギーはすべてを解決する夢のような技術だと考えられていた。
精神エネルギーとは生命を維持する力でもある。このエネルギーを取り出された生物は死んでしまうが、そのエネルギーはこれまでに用いられてきたどんなものとも比較にならないほど強力で魅力的だった。
研究者たちは実験用の動物から精神エネルギーを得て実験を行っていたが、彼らは人間の精神エネルギーだけは決して手を出してはいけないと暗黙の内に決めていた。それも当然、精神エネルギーを抜き取られた人間も死んでしまうと考えられていたからだ。
こうしてガイストクッペルでは平和的利用のために精神体研究が行われていたが、それは表の顔に過ぎなかった。
当時の大樹大陸三国の情勢はまだ不安定で各地でいくつもの紛争が頻発しており、各国代表はその対策にも追われていた。そこで当時のヴェルスタンド大統領が考えたのは大陸の統一だった。「すべてひとつになればいい。敵がいなくなれば争いも起こらない」そう考えて大統領は秘密裏にガイストクッペルに送りこんだ腹心に精神体を横流しさせて、ガイストの知らないところでそのエネルギーを軍事利用しようとしていたのだ。
その結果、ヴェルスタンドは多数の精神兵器を開発しマキナに侵攻した。これがマキナ-ヴェルスタンド戦争の発端である。
精神兵器にはいくつかの種類があった。ひとつは強力な精神エネルギーをそのまま物理的にぶつける青い光G-ブロウティス。ひとつは物理的干渉を一切受け付けない特殊な性質を持った赤い光G-レティス。それからこの戦争で最も猛威を振るった『鯰』と呼ばれる大量破壊兵器。
『鯰』はもともとマキナのスヴェン式飛行艇の試作機だったが、実用化されずに廃棄されたものだった。それを安く買い取っていたヴェルスタンド大統領はこれを精神兵器に利用したのだ。飛行艇大国が飛行艇から都市半壊という壊滅的被害を与えられる。マキナ-ヴェルスタンド戦争とはそんな皮肉な争いだった。
グメーシスが現れるようになったのもこの頃からだ。当時はG-メイシスと呼ばれ、レティスやブロウティス同様の精神兵器の一種だと考えられていた。ヴェルスタンド側も最初はこれを精神兵器と共に戦争に用いていたが、なぜか自らの意思を持つかのように行動するグメーシスたちは彼らの命令を聞かず、一度は失敗作として封印されていた。
これは戦争が終わってからしばらくしてわかったことだが、すべて破棄されたはずの精神兵器開発資料がヴェルスタンドの閉鎖された研究所で発見されていた。
それによると、グメーシスはある科学者が禁じられていた人間の精神を使っての実験に踏み切ったことが原因で出現したとされているが、根拠になるものが一切残されていなかったためその真偽は定かではない。
では次にグメーシスの亜種はいつ誕生したのか。
マキナ-ヴェルスタンド戦争では活用し切れなかったために頻度こそ少なかったが、グメーシスは実戦投入されていた。その時点ですでに『罪』の刻印を持つグメーシスは触れたものをすべて塩に変えてしまうことがわかっている。そのメカニズムは今になってもなお解明されていない。
戦争から2年後、こんどは精神体が暴走して大樹大陸を襲った。これが後にHiveMindと呼ばれた事件である。
グメーシスは例外的に意思を持つので厳密には精神体とはまた別の存在と考えられていた。それは精神体は基本的には自らの意思というものを持たないただのエネルギー体であるためだ。
にもかかわらず、このHiveMindでは精神体の塊が意思を持って暴走したことが原因で起こった。
それは死んでいった人々の残留思念の影響であるとか、精神体が一定数集まると神経細胞と同様にそこに意思が生じる、そもそも精神体が意思を持っていたのは我々の錯覚で何か別の要因でそれが暴走したなどの様々な説が唱えられている。
このHiveMindにおいてもグメーシスの姿は確認されており、精神体と同様にパルス波などの音を苦手とすることが判明している。また『罪』の他に『天』の刻印を持つ個体が確認され、その個体は『罪』の個体を統率する能力を有することがわかった。
暴走した精神体は最終的にすべて消滅し、それに伴ってグメーシスも消滅したと考えられていた。実際にここしばらく、少なくとも亜種が確認されるようになるまでの20年近くはグメーシスの姿が確認されることはなかった。亜種の姿が確認されるようになったのはつい最近の話であり、亜種は各地で確認されているのに実はこれまでにHiveMind以降で原種グメーシスが確認されたことは一度もない。
原種のグメーシスが全く姿を見せていないので、原種がそれぞれの亜種に変化したのか、それとも姿形は酷似していても特性がまるで異なるので全くの別種であるのか、亜種については様々な憶測が飛び交っている。実際はどうなのかはまだこれからの研究で明らかになることを期待する段階だった。
グメーシスとグメーシス亜種と呼ばれるそれは同種のものなのか、別物なのか。研究は開始されたばかりで、まだ何もわかっていない。
それは20数年前のマキナ-ヴェルスタンド戦争に遡る。
当時、ガイストはヴェルスタンドのガイストクッペルで精神体研究の第一人者として活躍していた。精神体とは生命に宿る意志の力、心のエネルギーだ。
ガイストはこの精神エネルギーを取り出して活用する技術を発明した。エネルギー問題に直面し、電気に取って代わる新たなエネルギーが求められていた当時では、この精神エネルギーはすべてを解決する夢のような技術だと考えられていた。
精神エネルギーとは生命を維持する力でもある。このエネルギーを取り出された生物は死んでしまうが、そのエネルギーはこれまでに用いられてきたどんなものとも比較にならないほど強力で魅力的だった。
研究者たちは実験用の動物から精神エネルギーを得て実験を行っていたが、彼らは人間の精神エネルギーだけは決して手を出してはいけないと暗黙の内に決めていた。それも当然、精神エネルギーを抜き取られた人間も死んでしまうと考えられていたからだ。
こうしてガイストクッペルでは平和的利用のために精神体研究が行われていたが、それは表の顔に過ぎなかった。
当時の大樹大陸三国の情勢はまだ不安定で各地でいくつもの紛争が頻発しており、各国代表はその対策にも追われていた。そこで当時のヴェルスタンド大統領が考えたのは大陸の統一だった。「すべてひとつになればいい。敵がいなくなれば争いも起こらない」そう考えて大統領は秘密裏にガイストクッペルに送りこんだ腹心に精神体を横流しさせて、ガイストの知らないところでそのエネルギーを軍事利用しようとしていたのだ。
その結果、ヴェルスタンドは多数の精神兵器を開発しマキナに侵攻した。これがマキナ-ヴェルスタンド戦争の発端である。
精神兵器にはいくつかの種類があった。ひとつは強力な精神エネルギーをそのまま物理的にぶつける青い光G-ブロウティス。ひとつは物理的干渉を一切受け付けない特殊な性質を持った赤い光G-レティス。それからこの戦争で最も猛威を振るった『鯰』と呼ばれる大量破壊兵器。
『鯰』はもともとマキナのスヴェン式飛行艇の試作機だったが、実用化されずに廃棄されたものだった。それを安く買い取っていたヴェルスタンド大統領はこれを精神兵器に利用したのだ。飛行艇大国が飛行艇から都市半壊という壊滅的被害を与えられる。マキナ-ヴェルスタンド戦争とはそんな皮肉な争いだった。
グメーシスが現れるようになったのもこの頃からだ。当時はG-メイシスと呼ばれ、レティスやブロウティス同様の精神兵器の一種だと考えられていた。ヴェルスタンド側も最初はこれを精神兵器と共に戦争に用いていたが、なぜか自らの意思を持つかのように行動するグメーシスたちは彼らの命令を聞かず、一度は失敗作として封印されていた。
これは戦争が終わってからしばらくしてわかったことだが、すべて破棄されたはずの精神兵器開発資料がヴェルスタンドの閉鎖された研究所で発見されていた。
それによると、グメーシスはある科学者が禁じられていた人間の精神を使っての実験に踏み切ったことが原因で出現したとされているが、根拠になるものが一切残されていなかったためその真偽は定かではない。
では次にグメーシスの亜種はいつ誕生したのか。
マキナ-ヴェルスタンド戦争では活用し切れなかったために頻度こそ少なかったが、グメーシスは実戦投入されていた。その時点ですでに『罪』の刻印を持つグメーシスは触れたものをすべて塩に変えてしまうことがわかっている。そのメカニズムは今になってもなお解明されていない。
戦争から2年後、こんどは精神体が暴走して大樹大陸を襲った。これが後にHiveMindと呼ばれた事件である。
グメーシスは例外的に意思を持つので厳密には精神体とはまた別の存在と考えられていた。それは精神体は基本的には自らの意思というものを持たないただのエネルギー体であるためだ。
にもかかわらず、このHiveMindでは精神体の塊が意思を持って暴走したことが原因で起こった。
それは死んでいった人々の残留思念の影響であるとか、精神体が一定数集まると神経細胞と同様にそこに意思が生じる、そもそも精神体が意思を持っていたのは我々の錯覚で何か別の要因でそれが暴走したなどの様々な説が唱えられている。
このHiveMindにおいてもグメーシスの姿は確認されており、精神体と同様にパルス波などの音を苦手とすることが判明している。また『罪』の他に『天』の刻印を持つ個体が確認され、その個体は『罪』の個体を統率する能力を有することがわかった。
暴走した精神体は最終的にすべて消滅し、それに伴ってグメーシスも消滅したと考えられていた。実際にここしばらく、少なくとも亜種が確認されるようになるまでの20年近くはグメーシスの姿が確認されることはなかった。亜種の姿が確認されるようになったのはつい最近の話であり、亜種は各地で確認されているのに実はこれまでにHiveMind以降で原種グメーシスが確認されたことは一度もない。
原種のグメーシスが全く姿を見せていないので、原種がそれぞれの亜種に変化したのか、それとも姿形は酷似していても特性がまるで異なるので全くの別種であるのか、亜種については様々な憶測が飛び交っている。実際はどうなのかはまだこれからの研究で明らかになることを期待する段階だった。
グメーシスとグメーシス亜種と呼ばれるそれは同種のものなのか、別物なのか。研究は開始されたばかりで、まだ何もわかっていない。
「……とまぁ、こんなところか。いやぁ、まったくわけがわからんな。だが興味深くもある。研究のやりがいがあるというものだ。憶測だらけと科学者たちは嘆くがおれは違う考えだ。というのはすべての理論はまず仮定から始まり実証を経て成るものだ。たかが憶測だと言って目をそむけちゃあいけない。もしかしたら、その中に答えがあるかもしれないからな。君たちはどう思う?」
「は、はぁ…。まぁ、なんというか、いいんじゃないですかね」
熱く語るベイクーロに一同は生返事で答えた。
「君たちには少し難しかったか。まぁ、それは仕方ない。ここはその手の専門家であるおれたちに任せておいてくれ。君たちは君たちの専門分野に注力してくれればそれでいい……おっと、そうだ。この研究成果も飛行艇開発に活かせないだろうか。触れたものを切断する飛行艇トメーシス号! これは強そうだ。フィーティン軍が喉から手を出して欲しがるに違いない。まずは切断のメカニズムを解明して…」
一人大きな声で独り言を続けるベイクーロを無視してシルマが話し始めた。
「何もしないよりは、と思って聞いてみたけど思ったより複雑だったわね…。一度聞いただけで理解するのはちょっと大変ね」
「そうか? こういうのは要点だけつかんどきゃいいんだよ。要は昔グメーシスの原種が誕生して一度消滅したと思われたんだが、最近になって亜種が出てきたって話だろ。つまり原種と亜種は結局のところ関係あるのかねーのか、っていうのが問題だ」
「さすが慣れてるわね」
「機械の説明書と同じだぜ。ポイントだけ絞って読みゃあいい。あんなもん馬鹿みたいに全部読むもんじゃねーよ。……おまえはくそ真面目に隅から隅まで読みそうだな」
「それよりも二人とも、彼の話を聞いてみなよ! トメーシス号だなんてかっこいいじゃないか。風を切り、雲を切り、そして敵を斬り裂き空を行く。そこに吹き抜ける銀色の風になびくのは僕の金の髪。ああ、絵になるねぇ……素晴らしい」
「はぁ…。これだからフィーティン人は」
「Hey hey, 一緒に括らないでくれ。俺もフィーティンだ」
そんなとりとめもないことを話していると、突然ベイクーロが叫んだ。
「それだ!! イザール君、そのアイデアはいただきだ」
シルマは「これだから男は」とでも言いたそうな顔でため息を吐いた。
しかし、ベイクーロが賛同したのはイザールのトメーシス号の妄想ではない。彼の言葉だった。
「そうだ。おれとしたことがうっかりしていた。盲点だった。君に気付かされたぞ」
「え。ぼ、僕ですか? 何か変わったことでも言ったかな…」
「ああ、名案だ。『空を行く』さ。そうか、そうだったんだ。たしかにそれもそうだな。おれたちは各地に現れた亜種に気を取られ過ぎていたんだ。そもそも我々が求めているのはそれがどこから来たのか、だ。いない場所だからこそ、いる可能性がある」
一体この男は何を言っているんだ。と、その顔に一同の視線が集中する。
しかしベイクーロは気にせず続けた。彼の話を要約するとこうである。
亜種たちは大樹大陸の地上各地で見つかった。それも何の前触れもなく突然湧いてきたように。
研究者たちはそれらの亜種を調べることで、まずその特徴を捉えて対策を立てた。そのため、それらの亜種を調べることだけに意識を向けてしまった。地上各地に亜種が出現したが、上空ではその存在は一切確認されていない。そのため彼らは空に亜種はいないと判断して、早々にそこから目をそむけてしまった。
だがベイクーロはそこにこそ答えがあるかもしれない、とそう言うのだ。
「そうと決まったら善は急げだ! 君たち、お待ちかねの任務を与えよう。すぐに空へ向かってくれ。できるだけ高く……そうだな。雲の上までだ。無茶を言ってるのはわかるが、エラキス。おまえの腕ならたぶん大丈夫だろ。ああ、それからついでに大樹の頂上がどうなってるのか見てこい。個人的にちょっと気になってる」
ベイクーロは一気にまくし立てた。この男、閃いたらすぐに試してみないと気が済まない性質である。
「空! それも大樹の上だって!?」
信じられないといった様子でイザールが驚いた声を上げた。なぜなら、今まで誰もこの大陸から天へと伸びる大樹の頂上を見たことがなかったからだ。
いくらマキナに優れた飛行艇技術があろうとも、誰もが一度は思っても、それを実際にやろうとする者はいなかった。雲の上は未知の世界。未知の領域。そこでは何が起こるかわからないし、無事に帰って来れるかどうかもわからない。
計算上では上空に行くほど気温が下がるので、エンジンが凍りついて墜落する可能性が高いこともわかっていた。だから誰もそんな無茶をしてまで空の上へ行こうなどと馬鹿なことは考えなかったのだ。だがこの男は違った。
「さっきは普通の人みたいと言ったけど、あれは取り消すわ…。この人やっぱり普通じゃない……どこかおかしいわ!」
「うーん、雲の上か。ジャックと豆の木の童話を思い出すよ。たしかあの物語には金の竪琴が出てきた。実在するならちょっと触ってみたいね。でも、いくらなんでもおとぎ話だということは僕でもわかってる。空の上には黄金も巨人もない。雲があるだけさ」
二人は否定したが、エラキスは反対しなかった。シルマの言葉を借りるなら、さすが慣れている。
試作飛行艇のパイロットとしてベイクーロを手伝っていた彼にとっては、ベイクーロの『突然の思い付き』はよくあることだった。そんな無茶な要求、普通のパイロットであればすぐに反対していただろう。だがこの男も普通ではなかった。エラキスはそんな無茶な要求にいつも応えてきたのだ。そして今回も。
「Fine. それならガーネットスターの出番だぜ。俺の飛行艇で雲の上までひとっ飛びさ」
「正気なの!? だったらあなた一人で行ってよ! あなたの危険運転に巻き込まれるのはもう嫌よ」
「そ、そうだね。僕も遠慮しておこうかな…。そういえばこの前、小隊の仲間から高所恐怖症をうつされたんだった」
「イザール、それうつる病気じゃないぜ。俺たちはチームだろ。そしてこれは任務だ。あとはわかるだろ?」
エラキスは両手で二人の肩を抱き寄せるとにやりと笑ってみせた。
「Be crazy, guys!」
言ってエラキスは空へ向かうために、自分の飛行艇を準備しに向かった。
観念した様子でイザールは、まだ駄々をこねるシルマを伴って彼に続くのだった。
「は、はぁ…。まぁ、なんというか、いいんじゃないですかね」
熱く語るベイクーロに一同は生返事で答えた。
「君たちには少し難しかったか。まぁ、それは仕方ない。ここはその手の専門家であるおれたちに任せておいてくれ。君たちは君たちの専門分野に注力してくれればそれでいい……おっと、そうだ。この研究成果も飛行艇開発に活かせないだろうか。触れたものを切断する飛行艇トメーシス号! これは強そうだ。フィーティン軍が喉から手を出して欲しがるに違いない。まずは切断のメカニズムを解明して…」
一人大きな声で独り言を続けるベイクーロを無視してシルマが話し始めた。
「何もしないよりは、と思って聞いてみたけど思ったより複雑だったわね…。一度聞いただけで理解するのはちょっと大変ね」
「そうか? こういうのは要点だけつかんどきゃいいんだよ。要は昔グメーシスの原種が誕生して一度消滅したと思われたんだが、最近になって亜種が出てきたって話だろ。つまり原種と亜種は結局のところ関係あるのかねーのか、っていうのが問題だ」
「さすが慣れてるわね」
「機械の説明書と同じだぜ。ポイントだけ絞って読みゃあいい。あんなもん馬鹿みたいに全部読むもんじゃねーよ。……おまえはくそ真面目に隅から隅まで読みそうだな」
「それよりも二人とも、彼の話を聞いてみなよ! トメーシス号だなんてかっこいいじゃないか。風を切り、雲を切り、そして敵を斬り裂き空を行く。そこに吹き抜ける銀色の風になびくのは僕の金の髪。ああ、絵になるねぇ……素晴らしい」
「はぁ…。これだからフィーティン人は」
「Hey hey, 一緒に括らないでくれ。俺もフィーティンだ」
そんなとりとめもないことを話していると、突然ベイクーロが叫んだ。
「それだ!! イザール君、そのアイデアはいただきだ」
シルマは「これだから男は」とでも言いたそうな顔でため息を吐いた。
しかし、ベイクーロが賛同したのはイザールのトメーシス号の妄想ではない。彼の言葉だった。
「そうだ。おれとしたことがうっかりしていた。盲点だった。君に気付かされたぞ」
「え。ぼ、僕ですか? 何か変わったことでも言ったかな…」
「ああ、名案だ。『空を行く』さ。そうか、そうだったんだ。たしかにそれもそうだな。おれたちは各地に現れた亜種に気を取られ過ぎていたんだ。そもそも我々が求めているのはそれがどこから来たのか、だ。いない場所だからこそ、いる可能性がある」
一体この男は何を言っているんだ。と、その顔に一同の視線が集中する。
しかしベイクーロは気にせず続けた。彼の話を要約するとこうである。
亜種たちは大樹大陸の地上各地で見つかった。それも何の前触れもなく突然湧いてきたように。
研究者たちはそれらの亜種を調べることで、まずその特徴を捉えて対策を立てた。そのため、それらの亜種を調べることだけに意識を向けてしまった。地上各地に亜種が出現したが、上空ではその存在は一切確認されていない。そのため彼らは空に亜種はいないと判断して、早々にそこから目をそむけてしまった。
だがベイクーロはそこにこそ答えがあるかもしれない、とそう言うのだ。
「そうと決まったら善は急げだ! 君たち、お待ちかねの任務を与えよう。すぐに空へ向かってくれ。できるだけ高く……そうだな。雲の上までだ。無茶を言ってるのはわかるが、エラキス。おまえの腕ならたぶん大丈夫だろ。ああ、それからついでに大樹の頂上がどうなってるのか見てこい。個人的にちょっと気になってる」
ベイクーロは一気にまくし立てた。この男、閃いたらすぐに試してみないと気が済まない性質である。
「空! それも大樹の上だって!?」
信じられないといった様子でイザールが驚いた声を上げた。なぜなら、今まで誰もこの大陸から天へと伸びる大樹の頂上を見たことがなかったからだ。
いくらマキナに優れた飛行艇技術があろうとも、誰もが一度は思っても、それを実際にやろうとする者はいなかった。雲の上は未知の世界。未知の領域。そこでは何が起こるかわからないし、無事に帰って来れるかどうかもわからない。
計算上では上空に行くほど気温が下がるので、エンジンが凍りついて墜落する可能性が高いこともわかっていた。だから誰もそんな無茶をしてまで空の上へ行こうなどと馬鹿なことは考えなかったのだ。だがこの男は違った。
「さっきは普通の人みたいと言ったけど、あれは取り消すわ…。この人やっぱり普通じゃない……どこかおかしいわ!」
「うーん、雲の上か。ジャックと豆の木の童話を思い出すよ。たしかあの物語には金の竪琴が出てきた。実在するならちょっと触ってみたいね。でも、いくらなんでもおとぎ話だということは僕でもわかってる。空の上には黄金も巨人もない。雲があるだけさ」
二人は否定したが、エラキスは反対しなかった。シルマの言葉を借りるなら、さすが慣れている。
試作飛行艇のパイロットとしてベイクーロを手伝っていた彼にとっては、ベイクーロの『突然の思い付き』はよくあることだった。そんな無茶な要求、普通のパイロットであればすぐに反対していただろう。だがこの男も普通ではなかった。エラキスはそんな無茶な要求にいつも応えてきたのだ。そして今回も。
「Fine. それならガーネットスターの出番だぜ。俺の飛行艇で雲の上までひとっ飛びさ」
「正気なの!? だったらあなた一人で行ってよ! あなたの危険運転に巻き込まれるのはもう嫌よ」
「そ、そうだね。僕も遠慮しておこうかな…。そういえばこの前、小隊の仲間から高所恐怖症をうつされたんだった」
「イザール、それうつる病気じゃないぜ。俺たちはチームだろ。そしてこれは任務だ。あとはわかるだろ?」
エラキスは両手で二人の肩を抱き寄せるとにやりと笑ってみせた。
「Be crazy, guys!」
言ってエラキスは空へ向かうために、自分の飛行艇を準備しに向かった。
観念した様子でイザールは、まだ駄々をこねるシルマを伴って彼に続くのだった。