三番星「うわばみ」
突然、目の前にあった大蛇の頭が遠のいた。
いや違う。遠のいたのは俺自身だ。いつの間にか地面が沈下して身を隠せるような穴がぽっかり空いている。みーぎゃの能力の仕業だろう。大蛇が穴の外から恨めしそうにこちらを覗き込み、血のように赤い舌をちろちろと垂らしている。あの巨体では入ってこれまい。ちびすけグッジョブだ。
続いてこんどは、閃光が走ったかと思うと目の前にあった大蛇の舌が発火して黒い煙を上げた。こんどはあーぎゃの能力の為せる業か。怯んだ大蛇が穴の中から見える範囲より姿を消した。
「この痴れ者が! なにをぼけーっとしておるのだ。大蛇にひと呑みにされるところだったぞ」
あーぎゃの怒気をはらんだ声が聞こえてくる。あれ、俺もしかして今トカゲに説教されてる。
「ふりーど、だいじょーぶなの? ここはボクたちがなんとかするから、そこでかくれてて」
みーぎゃも近くにいるようだ。俺に退治させると言っておきながら、結局は自分でなんとかするつもりだったようだ。なんて便利……じゃない、なんて健気な子だろう。
よしわかった。本当は俺が戦ってもいいんだが、そこまでいうならおまえに任せよう。べつに俺でも勝てる相手だけど、おまえの成長のためにここは敢えて一歩退くことにする。よっ、みーぎゃ先生、お願いします。俺はここから全力で応援させてもらうぜ。念のために言っておくが、断じて怖気づいたわけじゃないんだからな。
いや違う。遠のいたのは俺自身だ。いつの間にか地面が沈下して身を隠せるような穴がぽっかり空いている。みーぎゃの能力の仕業だろう。大蛇が穴の外から恨めしそうにこちらを覗き込み、血のように赤い舌をちろちろと垂らしている。あの巨体では入ってこれまい。ちびすけグッジョブだ。
続いてこんどは、閃光が走ったかと思うと目の前にあった大蛇の舌が発火して黒い煙を上げた。こんどはあーぎゃの能力の為せる業か。怯んだ大蛇が穴の中から見える範囲より姿を消した。
「この痴れ者が! なにをぼけーっとしておるのだ。大蛇にひと呑みにされるところだったぞ」
あーぎゃの怒気をはらんだ声が聞こえてくる。あれ、俺もしかして今トカゲに説教されてる。
「ふりーど、だいじょーぶなの? ここはボクたちがなんとかするから、そこでかくれてて」
みーぎゃも近くにいるようだ。俺に退治させると言っておきながら、結局は自分でなんとかするつもりだったようだ。なんて便利……じゃない、なんて健気な子だろう。
よしわかった。本当は俺が戦ってもいいんだが、そこまでいうならおまえに任せよう。べつに俺でも勝てる相手だけど、おまえの成長のためにここは敢えて一歩退くことにする。よっ、みーぎゃ先生、お願いします。俺はここから全力で応援させてもらうぜ。念のために言っておくが、断じて怖気づいたわけじゃないんだからな。
「そういうわけだから、あーぎゃ。いっしょにがんばろうね」
「フン、余計なことを。この程度の相手、私だけでも十分であったわ。これで私に恩を売ったつもりだろうが、私はそうは受け取らぬからな。褒美なぞ期待せぬことだ。それから何度も言うが、私はあーぎゃではない。アーガイルだ!」
みーぎゃには少し難しくてあーぎゃの言っていることはわからなかったが、ひとつだけ、あーぎゃも大蛇と戦うつもりであることだけは理解できた。
そのとき、黒い影が仔竜たちの上を覆った。さっきの大蛇がもう戻ってきたのだ。
「クク……愚カナ。生贄カト思エバ、マダ我ニ歯向カウ者ガイタトハ。我ハ天ヨリ偉大ナル能力ヲ授カリシ者ナリ。スナワチ我ハ神ニモ等シイ存在。我ニ逆ラウハ、神ニ逆ラウモ同義。愚カ者ニハ天罰ガ下ロウゾ」
あーぎゃよりもさらに難しいことを言っているので、みーぎゃが理解できたのはただひとつの単語だけだった。
「みぎゃ!? 神さまだって。どうしよう」
「世迷言だな。我らムスペルスの火竜は神など信じない。信じるのは己が実力のみ。自ら神を名乗る者ほどうさんくさいやつはおらぬからな。私に敵対するような無礼者は誰だろうとねじ伏せるのみよ」
「良カロウ。ナラバ我ガ生贄トナレ」
大蛇が大口を開けて勢いよく頭を突き出した。
仔竜たちは左右に飛び退いてこれをかわす。大蛇はそのまま後ろの岩にかぶりついた。噛み付かれた岩は簡単に砕け散ってしまった。あんなのに噛まれたらひとたまりもない。運よく噛まれなかったとして、あれほど大きな大蛇だ。あっという間に丸呑みにされてしまうだろう。とても強大な相手だ。
しかし大きいからこそ、そこに弱点がある。あまりに大きすぎて、首から下の胴体は遠くにあるのかその姿がまるで見えなかったが、大木のように太く鞭のようにしなる大蛇の首は大振りで小回りが利かない。
大蛇の首の下を駆け抜けて死角に入ると、みーぎゃはその頭に向かって強く念じる。植物が生えて大蛇の身体を縛り付けて動きを止める光景をイメージする。と、大蛇の頭上に一本の小さな樹が生えた。いや、それは決して小さな樹ではなかったが、あまりにも大蛇が大きすぎてとても小さく見えた。
樹は次第に枝葉を伸ばし、その隣にまた一本の樹が。そして一本、また一本と連なるように数を増やしていくと、しだいに大蛇の背を植物が覆っていく。
しかしそれだけだった。そこからさらにツタを伸ばし大蛇を縛り付ける算段だったが、胴体にツタが撒きつく前に次々と千切れてしまう。大蛇の動きを封じるにはツタでは力不足だったようだ。
「だったらこれは!」
ならばと黒砂蟲を貫いたときと同様、大地を隆起させて尖った岩を突出させる。ここは山道、岩なら周囲にいくらでもある。
だがこれもだめだった。突き出た岩は大蛇の硬い鱗に当たって砕けてしまった。
「んうう……ボクの力じゃだめみたい」
「だから余計なことを、と言ったのだ。お主は下がっておれ」
代わってあーぎゃの攻撃。一瞬赤い閃光が走ったかと思うと、次には大蛇の頭が燃え盛る炎に包まれた。
しかし大蛇が首を一振りすると、その炎もたちまち消えてしまった。燃えたのは頭の上に生やした樹だけだ。
「汝ラモ能力ヲ授カリシ者カ。ダガ我ガ能力ニハ劣ル。我ニ傷ヒトツ負ワセラレヌトハ憐レナリ」
大地と炎、どちらの力も大蛇には全く効果がなかった。大蛇の能力はもしかして完全防御なのだろうか。
そんな様子を穴から頭だけ出してフリードは窺っていた。
「やれやれ。ちびすけたちじゃ敵わない相手みたいだな。どれ、ここでひとつ俺が活躍してやってもいいが、俺は無益な殺生は好まない性質なんでね。あんな大蛇、食ってもうまくなさそうだし。ここはやっぱり隙を見て逃げ出すか、あるいは……」
スサの村から運ばれてきた台車が目に入った。フリードを運んできたものだったが、運ばれてきたのは彼だけではない。
突撃する大蛇の頭に翻弄される仔竜たちを呼び寄せてフリードは言った。
「おい、ちびども! ちょっと耳を貸せ」
「ミミ? とれないからかせないの」
「馬鹿は放っておいて……なんだ、野蛮民族。おとなしくイケニエになる覚悟でも決まったか」
「あーぎゃ。おまえの火の能力だが、こういうことはできるのか?」
「フン、余計なことを。この程度の相手、私だけでも十分であったわ。これで私に恩を売ったつもりだろうが、私はそうは受け取らぬからな。褒美なぞ期待せぬことだ。それから何度も言うが、私はあーぎゃではない。アーガイルだ!」
みーぎゃには少し難しくてあーぎゃの言っていることはわからなかったが、ひとつだけ、あーぎゃも大蛇と戦うつもりであることだけは理解できた。
そのとき、黒い影が仔竜たちの上を覆った。さっきの大蛇がもう戻ってきたのだ。
「クク……愚カナ。生贄カト思エバ、マダ我ニ歯向カウ者ガイタトハ。我ハ天ヨリ偉大ナル能力ヲ授カリシ者ナリ。スナワチ我ハ神ニモ等シイ存在。我ニ逆ラウハ、神ニ逆ラウモ同義。愚カ者ニハ天罰ガ下ロウゾ」
あーぎゃよりもさらに難しいことを言っているので、みーぎゃが理解できたのはただひとつの単語だけだった。
「みぎゃ!? 神さまだって。どうしよう」
「世迷言だな。我らムスペルスの火竜は神など信じない。信じるのは己が実力のみ。自ら神を名乗る者ほどうさんくさいやつはおらぬからな。私に敵対するような無礼者は誰だろうとねじ伏せるのみよ」
「良カロウ。ナラバ我ガ生贄トナレ」
大蛇が大口を開けて勢いよく頭を突き出した。
仔竜たちは左右に飛び退いてこれをかわす。大蛇はそのまま後ろの岩にかぶりついた。噛み付かれた岩は簡単に砕け散ってしまった。あんなのに噛まれたらひとたまりもない。運よく噛まれなかったとして、あれほど大きな大蛇だ。あっという間に丸呑みにされてしまうだろう。とても強大な相手だ。
しかし大きいからこそ、そこに弱点がある。あまりに大きすぎて、首から下の胴体は遠くにあるのかその姿がまるで見えなかったが、大木のように太く鞭のようにしなる大蛇の首は大振りで小回りが利かない。
大蛇の首の下を駆け抜けて死角に入ると、みーぎゃはその頭に向かって強く念じる。植物が生えて大蛇の身体を縛り付けて動きを止める光景をイメージする。と、大蛇の頭上に一本の小さな樹が生えた。いや、それは決して小さな樹ではなかったが、あまりにも大蛇が大きすぎてとても小さく見えた。
樹は次第に枝葉を伸ばし、その隣にまた一本の樹が。そして一本、また一本と連なるように数を増やしていくと、しだいに大蛇の背を植物が覆っていく。
しかしそれだけだった。そこからさらにツタを伸ばし大蛇を縛り付ける算段だったが、胴体にツタが撒きつく前に次々と千切れてしまう。大蛇の動きを封じるにはツタでは力不足だったようだ。
「だったらこれは!」
ならばと黒砂蟲を貫いたときと同様、大地を隆起させて尖った岩を突出させる。ここは山道、岩なら周囲にいくらでもある。
だがこれもだめだった。突き出た岩は大蛇の硬い鱗に当たって砕けてしまった。
「んうう……ボクの力じゃだめみたい」
「だから余計なことを、と言ったのだ。お主は下がっておれ」
代わってあーぎゃの攻撃。一瞬赤い閃光が走ったかと思うと、次には大蛇の頭が燃え盛る炎に包まれた。
しかし大蛇が首を一振りすると、その炎もたちまち消えてしまった。燃えたのは頭の上に生やした樹だけだ。
「汝ラモ能力ヲ授カリシ者カ。ダガ我ガ能力ニハ劣ル。我ニ傷ヒトツ負ワセラレヌトハ憐レナリ」
大地と炎、どちらの力も大蛇には全く効果がなかった。大蛇の能力はもしかして完全防御なのだろうか。
そんな様子を穴から頭だけ出してフリードは窺っていた。
「やれやれ。ちびすけたちじゃ敵わない相手みたいだな。どれ、ここでひとつ俺が活躍してやってもいいが、俺は無益な殺生は好まない性質なんでね。あんな大蛇、食ってもうまくなさそうだし。ここはやっぱり隙を見て逃げ出すか、あるいは……」
スサの村から運ばれてきた台車が目に入った。フリードを運んできたものだったが、運ばれてきたのは彼だけではない。
突撃する大蛇の頭に翻弄される仔竜たちを呼び寄せてフリードは言った。
「おい、ちびども! ちょっと耳を貸せ」
「ミミ? とれないからかせないの」
「馬鹿は放っておいて……なんだ、野蛮民族。おとなしくイケニエになる覚悟でも決まったか」
「あーぎゃ。おまえの火の能力だが、こういうことはできるのか?」
大蛇は見失った生贄たちを捜していた。その図体に見合った大きな眼をもっているが、視力自体はそれほど良くはないらしい。目視よりも臭いで敵の位置を探ることに長けていたが、さっきのあーぎゃによる炎のせいで、コゲ臭さばかりで敵の位置を正確に判別することができなくなっていた。
「恐レテ逃ゲ出シタカ」
ごとり。と、左前方の岩陰から不意に物音が聞こえた。
首をもたげて岩陰のほうに目をやると、そこに見失っていたフリードの姿があった。隣にはその生贄とともに運ばれてきた大きな酒樽がある。大蛇にとっては簡単に丸呑みできる程度の大きさでしかなかったが、隣に立つフリードの身体がすっぽり入ってしまいそうなほどの大きさがある酒樽だった。
一人、仁王立ちしていたフリードは大蛇がこちらに気付くや否や、すぐに膝をついて地に伏した。
「こ、降参ッ! 降参します、大蛇様! 俺が間違ってた。とても敵う相手じゃなかったんだ」
「クク……愚カナ弱者ヨ」
「そ、そうさ。俺は弱かった。痛感したぜ。俺もなれるならあなたのように強くなりたい。大蛇様、どうか弟子に……いや、下僕でかまいません! あなたのために一生尽くすと誓います! だからお願いです。どうか命だけは…」
フリードは大蛇を前に服従の姿勢を見せた。ふたつの大きな眼がこの憐れな男の姿を見下ろす。
「無様ナリ」
「ふりーど、どうして! うらぎるの!?」
どこかから、みーぎゃの悲しそうな声が聞こえた。
「馬鹿、おまえは黙ってろ」
「我ハ絶対的存在。下僕ナド不要。必要ナノハ畏怖ト崇敬、ソシテ供物ノミ」
「そうか…。それなら仕方ない。だったら俺を生贄にしてもらってかまわない。だからどうか、あのちびたちだけは見逃してやってほしい。スサの村のやつらは……まぁどっちでもいいかな」
「良カロウ。ナラバソノ決意ノ証明トシテ我ガ面前ニテ自ラ命ヲ絶チ、ソノ血ヲ捧ゲテ見セヨ」
「ふえっ!? ……わ、わかった。だが俺だって死ぬのは怖いんだ。景気づけに一杯、酒をもらってもいいか」
言って隣の酒樽に視線をやる。無論、素直に生贄になってやるつもりは毛頭なかった。
まさか目の前で死ねと言われるとは想定していなかった。おかげで賭けのリスクは跳ね上がったが、しかしフリードには確信があった。自らを神として認めさせようと要求する強欲な大蛇のことだ。供え物として用意された酒を、たかが生贄の分際で手を出すことなど許すわけがないはずだと。
「ナラヌ! 其ハ我ガ酒ナルゾ。トク血ヲ捧ゲヨ」
予想は当たった。待ってましたと言わんばかりにフリードはわざと大蛇に聞こえるように呟いた。
「チッ、ケチな神さんだぜ。そんなに大事なら俺に盗み飲まれる前にさっさと平らげちまえばいいのに」
酒樽にあからさまに手を伸ばしてやると、慌てて大蛇は樽ごと酒を呑み込んでしまった。
それを見てフリードがにやりと勝ち誇った笑みを見せた。
「樽ごと飲んだ酒がうまいのかは知らんが……ところで化け物よ。さっきの酒にちょっとばかし細工をさせておいてもらったぜ」
「グ……グクゥゥゥ!!!?」
黒い煙が大蛇の口から漏れたかと思うと、その口から、そして目から鼻から、ごうごうと燃え盛る炎が勢いよく噴き出した。
火を操るあーぎゃの能力。触れなくてもものを燃やすことができるが、その範囲はあーぎゃの視認できる領域だけに限られるという。しかしただ単にものを発火させるだけがあーぎゃの能力ではなかった。任意のものを発火性の物質に変化させることもできる。つまりフリードはあーぎゃの能力を利用して、酒が時間差で発火するように事前に魔法をかけていたのだ。表面は燃えなくても、舌がその炎に焼かれていたのをフリードはあの穴の中で見ていたのだ。つまり内部からならこの大蛇を焼き殺すことは可能。たとえどんなに頑丈な鎧を身に着けていても、内側が軟らかいことに変わりはないのだ。
内側から焼き尽くされた大蛇の首は大きな音を立てて倒れこんだ。
「蛇の蒲焼き、一丁あがりだぜ」
大蛇が動かなくなったのを確認すると、隠れていた仔竜たちも姿を現しフリードのもとへと駆け寄った。
「すごい! ふりーど、やっつけちゃった」
「なァーに。俺はそのへんのやつらとはココが違うのさ、ココが」
そう言って誇らしげに自分のこめかみを指先でつついてみせる。
「もっとも、この私の助けがなければ今頃こやつめ、大蛇の腹の中だろうけどな」
「もっとも、みーぎゃの助けがなければ今頃おまえ、大蛇の腹の中だったんじゃないのか」
「ム。こ、この程度の作戦、私にも考え付いたわ。だからあれほど私だけで十分だと言ったろうに」
「ちぇっ、素直じゃないやつ。みーぎゃと違ってかわいくないねぇ」
「私は王族だぞ。可愛さなど不要。必要なのは畏怖と尊敬だ」
「大蛇と同じようなこと言ってるぜ…」
「恐レテ逃ゲ出シタカ」
ごとり。と、左前方の岩陰から不意に物音が聞こえた。
首をもたげて岩陰のほうに目をやると、そこに見失っていたフリードの姿があった。隣にはその生贄とともに運ばれてきた大きな酒樽がある。大蛇にとっては簡単に丸呑みできる程度の大きさでしかなかったが、隣に立つフリードの身体がすっぽり入ってしまいそうなほどの大きさがある酒樽だった。
一人、仁王立ちしていたフリードは大蛇がこちらに気付くや否や、すぐに膝をついて地に伏した。
「こ、降参ッ! 降参します、大蛇様! 俺が間違ってた。とても敵う相手じゃなかったんだ」
「クク……愚カナ弱者ヨ」
「そ、そうさ。俺は弱かった。痛感したぜ。俺もなれるならあなたのように強くなりたい。大蛇様、どうか弟子に……いや、下僕でかまいません! あなたのために一生尽くすと誓います! だからお願いです。どうか命だけは…」
フリードは大蛇を前に服従の姿勢を見せた。ふたつの大きな眼がこの憐れな男の姿を見下ろす。
「無様ナリ」
「ふりーど、どうして! うらぎるの!?」
どこかから、みーぎゃの悲しそうな声が聞こえた。
「馬鹿、おまえは黙ってろ」
「我ハ絶対的存在。下僕ナド不要。必要ナノハ畏怖ト崇敬、ソシテ供物ノミ」
「そうか…。それなら仕方ない。だったら俺を生贄にしてもらってかまわない。だからどうか、あのちびたちだけは見逃してやってほしい。スサの村のやつらは……まぁどっちでもいいかな」
「良カロウ。ナラバソノ決意ノ証明トシテ我ガ面前ニテ自ラ命ヲ絶チ、ソノ血ヲ捧ゲテ見セヨ」
「ふえっ!? ……わ、わかった。だが俺だって死ぬのは怖いんだ。景気づけに一杯、酒をもらってもいいか」
言って隣の酒樽に視線をやる。無論、素直に生贄になってやるつもりは毛頭なかった。
まさか目の前で死ねと言われるとは想定していなかった。おかげで賭けのリスクは跳ね上がったが、しかしフリードには確信があった。自らを神として認めさせようと要求する強欲な大蛇のことだ。供え物として用意された酒を、たかが生贄の分際で手を出すことなど許すわけがないはずだと。
「ナラヌ! 其ハ我ガ酒ナルゾ。トク血ヲ捧ゲヨ」
予想は当たった。待ってましたと言わんばかりにフリードはわざと大蛇に聞こえるように呟いた。
「チッ、ケチな神さんだぜ。そんなに大事なら俺に盗み飲まれる前にさっさと平らげちまえばいいのに」
酒樽にあからさまに手を伸ばしてやると、慌てて大蛇は樽ごと酒を呑み込んでしまった。
それを見てフリードがにやりと勝ち誇った笑みを見せた。
「樽ごと飲んだ酒がうまいのかは知らんが……ところで化け物よ。さっきの酒にちょっとばかし細工をさせておいてもらったぜ」
「グ……グクゥゥゥ!!!?」
黒い煙が大蛇の口から漏れたかと思うと、その口から、そして目から鼻から、ごうごうと燃え盛る炎が勢いよく噴き出した。
火を操るあーぎゃの能力。触れなくてもものを燃やすことができるが、その範囲はあーぎゃの視認できる領域だけに限られるという。しかしただ単にものを発火させるだけがあーぎゃの能力ではなかった。任意のものを発火性の物質に変化させることもできる。つまりフリードはあーぎゃの能力を利用して、酒が時間差で発火するように事前に魔法をかけていたのだ。表面は燃えなくても、舌がその炎に焼かれていたのをフリードはあの穴の中で見ていたのだ。つまり内部からならこの大蛇を焼き殺すことは可能。たとえどんなに頑丈な鎧を身に着けていても、内側が軟らかいことに変わりはないのだ。
内側から焼き尽くされた大蛇の首は大きな音を立てて倒れこんだ。
「蛇の蒲焼き、一丁あがりだぜ」
大蛇が動かなくなったのを確認すると、隠れていた仔竜たちも姿を現しフリードのもとへと駆け寄った。
「すごい! ふりーど、やっつけちゃった」
「なァーに。俺はそのへんのやつらとはココが違うのさ、ココが」
そう言って誇らしげに自分のこめかみを指先でつついてみせる。
「もっとも、この私の助けがなければ今頃こやつめ、大蛇の腹の中だろうけどな」
「もっとも、みーぎゃの助けがなければ今頃おまえ、大蛇の腹の中だったんじゃないのか」
「ム。こ、この程度の作戦、私にも考え付いたわ。だからあれほど私だけで十分だと言ったろうに」
「ちぇっ、素直じゃないやつ。みーぎゃと違ってかわいくないねぇ」
「私は王族だぞ。可愛さなど不要。必要なのは畏怖と尊敬だ」
「大蛇と同じようなこと言ってるぜ…」
ともあれ問題は解決した。これでスサの村も落ち着いたはず。寄り道してしまったが、ようやく落ち着いて隕石についての情報を集められるはず。と、山道を下って村へ戻ろうとするその道中のこと、妙な視線を感じてフリードは何度も後ろを振り返った。
「なんだ。まだ怖がっておるのか? 野蛮民族とは名ばかりだのう」
「べつに野蛮民族を名乗った覚えはないが……なんだろうな。ずっと誰かに見られてる気がする」
「それを臆病風に吹かれるというのだ」
しかし何度振り返ってみても、遅れながら一生懸命あとをついてくるみーぎゃの姿以外には誰も見当たらない。ごつごつした岩肌むき出しの歩きにくい地面のほかには雑木林に囲まれているだけで、鳥や獣の姿さえ目に入らない。
そういえばやけに静かだった。さっきまで大蛇が暴れていたとはいえ、山道というのはこんなに静かなものだったろうか。そろそろ夜が明け始める頃なので、起き出してきた鳥の声が聞こえてきてもおかしくない時間のはずだった。
「なんだろうな、この違和感」
足を止めて少し考えていると、やっと追いついてきたみーぎゃが叫んだ。
「このじめん、なんかヘンだよ!」
「地面が?」
岩がきれいに並んでいる以外は、とくにこれといって目立った点はない。しゃがみこんで手で岩肌に触れてみる。すると、山の岩にしてはまるで川辺にころがっている石のように、表面がつるつるしている岩であることに気がついた。
「ねぇ。さっきボクがへびのせなかに樹をはやしたとおもうんだけど、これって…」
あーぎゃの炎でその樹は燃えてしまったはずだ。しかし、確認したのは大蛇の頭と首だけだった。まさか……
そんないやな予感に反応したかのように、そのとき大地が揺れた。地震のような規則的な揺れではない。もっと緩慢な、大きなものが動くような、そんな揺れ方だ。
「嘘だろ? だって大蛇の頭は確かに焼き殺したはずなのに…」
岩肌のように見えていたのは鱗。あまりにひとつひとつが大きいので岩のように見えたのだ。
周囲に広がる雑木林は不自然な林。なぜなら木々がしっかりと地面に根付いていない。根がまるでしがみつくかのように鱗をしっかりとつかまえている。この樹はみーぎゃの能力で無理やり生やしたものだ。
いつから山道を歩いていると錯覚していたのか。ここは山道なんかじゃない。ここは、
「大蛇の胴体の上か……!?」
そこでついに妙な視線の正体に気がついてしまった。
空を見上げると、ぎらぎらと光る眼がなんと14個も浮かんでいた。
「なんだ。まだ怖がっておるのか? 野蛮民族とは名ばかりだのう」
「べつに野蛮民族を名乗った覚えはないが……なんだろうな。ずっと誰かに見られてる気がする」
「それを臆病風に吹かれるというのだ」
しかし何度振り返ってみても、遅れながら一生懸命あとをついてくるみーぎゃの姿以外には誰も見当たらない。ごつごつした岩肌むき出しの歩きにくい地面のほかには雑木林に囲まれているだけで、鳥や獣の姿さえ目に入らない。
そういえばやけに静かだった。さっきまで大蛇が暴れていたとはいえ、山道というのはこんなに静かなものだったろうか。そろそろ夜が明け始める頃なので、起き出してきた鳥の声が聞こえてきてもおかしくない時間のはずだった。
「なんだろうな、この違和感」
足を止めて少し考えていると、やっと追いついてきたみーぎゃが叫んだ。
「このじめん、なんかヘンだよ!」
「地面が?」
岩がきれいに並んでいる以外は、とくにこれといって目立った点はない。しゃがみこんで手で岩肌に触れてみる。すると、山の岩にしてはまるで川辺にころがっている石のように、表面がつるつるしている岩であることに気がついた。
「ねぇ。さっきボクがへびのせなかに樹をはやしたとおもうんだけど、これって…」
あーぎゃの炎でその樹は燃えてしまったはずだ。しかし、確認したのは大蛇の頭と首だけだった。まさか……
そんないやな予感に反応したかのように、そのとき大地が揺れた。地震のような規則的な揺れではない。もっと緩慢な、大きなものが動くような、そんな揺れ方だ。
「嘘だろ? だって大蛇の頭は確かに焼き殺したはずなのに…」
岩肌のように見えていたのは鱗。あまりにひとつひとつが大きいので岩のように見えたのだ。
周囲に広がる雑木林は不自然な林。なぜなら木々がしっかりと地面に根付いていない。根がまるでしがみつくかのように鱗をしっかりとつかまえている。この樹はみーぎゃの能力で無理やり生やしたものだ。
いつから山道を歩いていると錯覚していたのか。ここは山道なんかじゃない。ここは、
「大蛇の胴体の上か……!?」
そこでついに妙な視線の正体に気がついてしまった。
空を見上げると、ぎらぎらと光る眼がなんと14個も浮かんでいた。
To be continued...