第3章「Mave Mind(機械と精神)」
二人は無言のまま、ドームの中枢を目指して進んでいた。
稼動していないコンベアロードを歩きながら、もしこのベルトがちゃんと動いていればもっと移動が楽だったのに、と恨めしそうに地面を見つめるゲンダー。機械なので疲れることはないが、同じような灰色の風景をただただ歩き続けるというのは精神的にくるものがある。
隣を見るとメイヴは全く平気そうな顔をしていた。と言っても、表情が変わる構造ではないので、内心どう思っているかはわからないが。
二人は同じ機械ではあったが、メイヴとゲンダーにはひとつ、根本的に違うところがあった。
それは『感情』の有無だ。なぜかゲンダーは機械でありながら、感情を持っていた。
ゲンダーにはひとつシステム上の欠陥があった。
残された時間があまりなかったヘイヴ博士は、不具合を承知の上でゲンダーを完成させた。それが原因なのか、ゲンダーには人間でいうところの『感情』に非常によく似たものが芽生えていた。淡々としているメイヴに対して、ゲンダーがこんなにも怒ったり喜んだり不満を口にしたりするのはそのせいだ。
メイヴも冗談を言ったりはする。だがそれはあくまでメイヴに搭載された人工会話システムが優秀であるからに過ぎない。メイヴは感情を持っていない。
(メイヴは今どんなことを考えているんダろう)
そう思ってメイヴの顔を見上げる。もちろん、そこには変わらない憎たらしいスマイルが張り付いているだけだ。
どんなことを考えているのか。その発想自体が実は正しくないのかもしれない。あくまでメイヴはデータと状況から判断するだけだ。そこに意思があるわけでもなければ、気持ちがこもっているわけでもない……はずだ。
ふとゲンダーは寂しさを感じた。
(結局、オレはプログラムと擬似的な会話を交わしてるダけに過ぎないのかな。そりゃあ、オレも基本はプログラムで動いているんダろうけど。でもオレは自分で考えて、自分で判断して動いてるつもりダ。ヘイヴの任務を遂行しているのダって、それをヘイヴに命令されたからダけじゃない。尊敬するヘイヴの最期の頼みダからこそ、その望みを叶えてやりたいと思って行動してる。この想いは決してプログラムの命令なんかじゃない! オレ自身が感じ、考え、そして決めたことなんダ)
そして再びメイヴの顔を見上げる。
(メイヴはどう思ってるんダろうか…)
地下研究所で初めてメイヴに会ったとき、メイヴはすでにすべてを理解していた。それはメイヴのデータベース内にあらかじめ、役目が来たときに何をするべきかが記録されていたからだ。
メイヴは内部にあるデータベースに従って行動する。状況に応じて臨機応変に対応を変える柔軟さも持ち合わせているが、あくまでデータベースの情報に従って判断を下す。だからこそ、常に的確な判断を下すことができるが、データベースに情報がない場合に機転を利かせるといった方面には弱い。
例の赤と青の球体との戦いを思い出してみてほしい。敵を退けたのはたしかにメイヴの攻撃だったが、霧を散らせば敵も消えるのではないか、と咄嗟に閃いたのはゲンダーだったではないか。そこにゲンダーとメイヴの決定的な違いがあった。
『私の顔に何かついてますか?』
視線を感じたのか、ふとメイヴが聞いた。
「いや、なんでもない…」
すぐに会話は途切れた。
なんだか気まずい。ゲンダーはそんな気がした。そして同時にメイヴもこの気まずさを感じているのかと疑問に思った。
メイヴの憎たらしいスマイルは相変わらずだ。研究の助手兼話し相手として開発されたゲンダーにはある程度の表情を変化させる機能が備わっているが、ヘイヴの研究データを守るために開発されたメイヴにはそういう機能は必要なかったためか搭載されていない。そもそも顔が必要なのか、という疑問はとりあえず置いといて、だ。
表情が変わらないからこそ、メイヴが考えていることはゲンダーには全く読めなかった。
(というかそもそも何かを考えてるのかな、こいつ。それともただプログラムの判断に基づいて動いてるダけなのか)
感情がなければ心もないのだろうか。では心がなければ何も考えていないのだろうか。そして何も感じないのだろうか。遠隔モニタを通じて会話するメイヴはあくまでプログラムが返した反応であって、それはメイヴの考えではなく所詮はただの文字の羅列に過ぎないのだろうか。
メイヴは何かを考えているのか。いないのか。
メイヴは自分と同じように感じているのか。いないのか。
同じ考えばかりが頭の中をぐるぐるとまわる。メイヴに言わせれば、非効率的な思考演算なのだろう。
こういった場合「おそらくこうだ」という自分なりの結論は実はすでに出ていることが多い。しかしそれを認めるのが怖くて、同じ問い掛けばかりを頭の中で延々と繰り返すのだ。
それでもとうとう、たまらずゲンダーはこう訊いた。
「なあ、メイヴ。おまえは……メイヴはメイヴ、ダよな?」
すると返って来た答えはこうだった。
『はて? そうですよ。私はメイヴですが……何をわけのわからないことを言ってるんですか、ゲンダー。あまりにも退屈なんでおかしくなりましたか』
「オレはオレ、ダ。じゃあやっぱりメイヴもメイヴ、なんダよな? うん、そうダよな」
『理解不能です。まぁ、何なのかは知りませんが、納得したのでしたらそれでいいです』
考えるのはよそう。自分は自分だし、メイヴはメイヴ。それ以上でもそれ以下でもないのだ。
「すまん、なんでもない。ちょっと疲れたダけさ」
『そうですか。では安心してください。退屈な時間はここまでです。見てください、前方にとくに立派な建物があります。ここに決めましょう』
ずっと俯くか、メイヴのほうばかり見て歩いていたので気がつかなかったが、いつの間にか灰色のビル群を抜けて工場のような建物が立ち並ぶ区域に差し掛かっていた。その中にある一際大きな建物が目立つ。
近づいてみると、入口のプレートには【ガイスト0番ラボ】と記されている。どうやら研究所らしい。
「0番?」
『入ってきたドアが6番ゲートと呼ばれていましたね。おそらく区域の識別番号だと思うのですが、0番だなんていかにも中枢って感じではありませんか。おそらく、ここで間違いありません。ここでこのドームのことがすべてわかるはずです』
このドームは何なのか。ここはどこなのか。そしてどうやってここから脱出すればいいのか。
この中枢と思われる研究所で情報を得れば、きっとメイヴが正しい判断をしてくれるだろう。ときどき滅茶苦茶に思えるようなことをするが、それでも今のところ結果的に間違った判断はしていない。それならメイヴを信じてみよう。ゲンダーはそう考えることにした。
(ただのプログラムなのかどうかなんて関係ない。オレにとって、メイヴはメイヴなんダ)
研究所の扉を調べてメイヴは言った。
『入口がロックされているようですね。まあ、当然と言えば当然ですが』
「どうやって入ればいい?」
『そうですねぇ……電子ロックなら私がハッキングして、ちょちょいのちょいでオシマイなんですが…………ふむ。どうやらこれは鍵が必要みたいですね。今時ずいぶんとアナログでレトロチックな仕様です。で、この鍵をどうするかなんですが』
「なるほどわかった。メイヴ、一発よろしく頼む」
『おや、理解が早いじゃないですか。よろしく頼まれました。ではリクエストにお答えして、と』
頭のアームを一旦格納させ、再び出てきたその手にはしっかりと銃が握られている。グレネードランチャーだ。
『もっと離れて離れて……はい、撃ちまーす。チーズサンドイッチ!』
撃ち出された榴弾は、ガイスト0番ラボの正面玄関をいとも容易く木っ端微塵に吹き飛ばした。
物理的な鍵がほとんど使用されなくなってもう何十年経っているかわからない世の中だが、それが用いられなくなったのは技術の進歩によって物理的な鍵のセキュリティ性能がほとんど期待できないことが証明されてしまったからだ。にもかかわらず、こんな古い型の鍵が用いられているところを見ると、この建物は相当な年代モノということになる。
メイヴにかかればキーピッキングも容易だっただろう。しかしメイヴの性格が下した判断はこれだった。
『どんな強固なセキュリティだろうが、ぶっこわしちまえば何てことないんですよ』
「なんというゴリ押し。機械が言うような台詞とはとても思えん」
『さあ、道ができました。行きましょう』
稼動していないコンベアロードを歩きながら、もしこのベルトがちゃんと動いていればもっと移動が楽だったのに、と恨めしそうに地面を見つめるゲンダー。機械なので疲れることはないが、同じような灰色の風景をただただ歩き続けるというのは精神的にくるものがある。
隣を見るとメイヴは全く平気そうな顔をしていた。と言っても、表情が変わる構造ではないので、内心どう思っているかはわからないが。
二人は同じ機械ではあったが、メイヴとゲンダーにはひとつ、根本的に違うところがあった。
それは『感情』の有無だ。なぜかゲンダーは機械でありながら、感情を持っていた。
ゲンダーにはひとつシステム上の欠陥があった。
残された時間があまりなかったヘイヴ博士は、不具合を承知の上でゲンダーを完成させた。それが原因なのか、ゲンダーには人間でいうところの『感情』に非常によく似たものが芽生えていた。淡々としているメイヴに対して、ゲンダーがこんなにも怒ったり喜んだり不満を口にしたりするのはそのせいだ。
メイヴも冗談を言ったりはする。だがそれはあくまでメイヴに搭載された人工会話システムが優秀であるからに過ぎない。メイヴは感情を持っていない。
(メイヴは今どんなことを考えているんダろう)
そう思ってメイヴの顔を見上げる。もちろん、そこには変わらない憎たらしいスマイルが張り付いているだけだ。
どんなことを考えているのか。その発想自体が実は正しくないのかもしれない。あくまでメイヴはデータと状況から判断するだけだ。そこに意思があるわけでもなければ、気持ちがこもっているわけでもない……はずだ。
ふとゲンダーは寂しさを感じた。
(結局、オレはプログラムと擬似的な会話を交わしてるダけに過ぎないのかな。そりゃあ、オレも基本はプログラムで動いているんダろうけど。でもオレは自分で考えて、自分で判断して動いてるつもりダ。ヘイヴの任務を遂行しているのダって、それをヘイヴに命令されたからダけじゃない。尊敬するヘイヴの最期の頼みダからこそ、その望みを叶えてやりたいと思って行動してる。この想いは決してプログラムの命令なんかじゃない! オレ自身が感じ、考え、そして決めたことなんダ)
そして再びメイヴの顔を見上げる。
(メイヴはどう思ってるんダろうか…)
地下研究所で初めてメイヴに会ったとき、メイヴはすでにすべてを理解していた。それはメイヴのデータベース内にあらかじめ、役目が来たときに何をするべきかが記録されていたからだ。
メイヴは内部にあるデータベースに従って行動する。状況に応じて臨機応変に対応を変える柔軟さも持ち合わせているが、あくまでデータベースの情報に従って判断を下す。だからこそ、常に的確な判断を下すことができるが、データベースに情報がない場合に機転を利かせるといった方面には弱い。
例の赤と青の球体との戦いを思い出してみてほしい。敵を退けたのはたしかにメイヴの攻撃だったが、霧を散らせば敵も消えるのではないか、と咄嗟に閃いたのはゲンダーだったではないか。そこにゲンダーとメイヴの決定的な違いがあった。
『私の顔に何かついてますか?』
視線を感じたのか、ふとメイヴが聞いた。
「いや、なんでもない…」
すぐに会話は途切れた。
なんだか気まずい。ゲンダーはそんな気がした。そして同時にメイヴもこの気まずさを感じているのかと疑問に思った。
メイヴの憎たらしいスマイルは相変わらずだ。研究の助手兼話し相手として開発されたゲンダーにはある程度の表情を変化させる機能が備わっているが、ヘイヴの研究データを守るために開発されたメイヴにはそういう機能は必要なかったためか搭載されていない。そもそも顔が必要なのか、という疑問はとりあえず置いといて、だ。
表情が変わらないからこそ、メイヴが考えていることはゲンダーには全く読めなかった。
(というかそもそも何かを考えてるのかな、こいつ。それともただプログラムの判断に基づいて動いてるダけなのか)
感情がなければ心もないのだろうか。では心がなければ何も考えていないのだろうか。そして何も感じないのだろうか。遠隔モニタを通じて会話するメイヴはあくまでプログラムが返した反応であって、それはメイヴの考えではなく所詮はただの文字の羅列に過ぎないのだろうか。
メイヴは何かを考えているのか。いないのか。
メイヴは自分と同じように感じているのか。いないのか。
同じ考えばかりが頭の中をぐるぐるとまわる。メイヴに言わせれば、非効率的な思考演算なのだろう。
こういった場合「おそらくこうだ」という自分なりの結論は実はすでに出ていることが多い。しかしそれを認めるのが怖くて、同じ問い掛けばかりを頭の中で延々と繰り返すのだ。
それでもとうとう、たまらずゲンダーはこう訊いた。
「なあ、メイヴ。おまえは……メイヴはメイヴ、ダよな?」
すると返って来た答えはこうだった。
『はて? そうですよ。私はメイヴですが……何をわけのわからないことを言ってるんですか、ゲンダー。あまりにも退屈なんでおかしくなりましたか』
「オレはオレ、ダ。じゃあやっぱりメイヴもメイヴ、なんダよな? うん、そうダよな」
『理解不能です。まぁ、何なのかは知りませんが、納得したのでしたらそれでいいです』
考えるのはよそう。自分は自分だし、メイヴはメイヴ。それ以上でもそれ以下でもないのだ。
「すまん、なんでもない。ちょっと疲れたダけさ」
『そうですか。では安心してください。退屈な時間はここまでです。見てください、前方にとくに立派な建物があります。ここに決めましょう』
ずっと俯くか、メイヴのほうばかり見て歩いていたので気がつかなかったが、いつの間にか灰色のビル群を抜けて工場のような建物が立ち並ぶ区域に差し掛かっていた。その中にある一際大きな建物が目立つ。
近づいてみると、入口のプレートには【ガイスト0番ラボ】と記されている。どうやら研究所らしい。
「0番?」
『入ってきたドアが6番ゲートと呼ばれていましたね。おそらく区域の識別番号だと思うのですが、0番だなんていかにも中枢って感じではありませんか。おそらく、ここで間違いありません。ここでこのドームのことがすべてわかるはずです』
このドームは何なのか。ここはどこなのか。そしてどうやってここから脱出すればいいのか。
この中枢と思われる研究所で情報を得れば、きっとメイヴが正しい判断をしてくれるだろう。ときどき滅茶苦茶に思えるようなことをするが、それでも今のところ結果的に間違った判断はしていない。それならメイヴを信じてみよう。ゲンダーはそう考えることにした。
(ただのプログラムなのかどうかなんて関係ない。オレにとって、メイヴはメイヴなんダ)
研究所の扉を調べてメイヴは言った。
『入口がロックされているようですね。まあ、当然と言えば当然ですが』
「どうやって入ればいい?」
『そうですねぇ……電子ロックなら私がハッキングして、ちょちょいのちょいでオシマイなんですが…………ふむ。どうやらこれは鍵が必要みたいですね。今時ずいぶんとアナログでレトロチックな仕様です。で、この鍵をどうするかなんですが』
「なるほどわかった。メイヴ、一発よろしく頼む」
『おや、理解が早いじゃないですか。よろしく頼まれました。ではリクエストにお答えして、と』
頭のアームを一旦格納させ、再び出てきたその手にはしっかりと銃が握られている。グレネードランチャーだ。
『もっと離れて離れて……はい、撃ちまーす。チーズサンドイッチ!』
撃ち出された榴弾は、ガイスト0番ラボの正面玄関をいとも容易く木っ端微塵に吹き飛ばした。
物理的な鍵がほとんど使用されなくなってもう何十年経っているかわからない世の中だが、それが用いられなくなったのは技術の進歩によって物理的な鍵のセキュリティ性能がほとんど期待できないことが証明されてしまったからだ。にもかかわらず、こんな古い型の鍵が用いられているところを見ると、この建物は相当な年代モノということになる。
メイヴにかかればキーピッキングも容易だっただろう。しかしメイヴの性格が下した判断はこれだった。
『どんな強固なセキュリティだろうが、ぶっこわしちまえば何てことないんですよ』
「なんというゴリ押し。機械が言うような台詞とはとても思えん」
『さあ、道ができました。行きましょう』
0番ラボ内部は静まり返っていた。
ゲンダーの足音や、メイヴのキャスターが擦れる音が建物の奥の奥まで響き渡る。
照明はすべて落ちており、外のコンベアロードなどと同様に電力は来ていない様子。機能していないゲートに阻まれては、それを破壊しながら先へと進む。道がなければ作ればいいじゃない。そこのけそこのけメイヴが通る。
エレベータも止まっており、またメイヴの足では階段を上り下りすることができないので、とりあえず移動できる範囲内で一階部分の探索を行った。
まずいくつかの端末を見かけたが、機能停止しているためアクセスして情報を得ることはできなかった。また何か情報が掲示されてはいないかと壁にも目を配ったが、掲示板などはすべて電子化されている様子で、壁面パネルの類はどれも真っ暗だった。
「入口は古臭かったくせに、中はしっかりと整えられてやがる」
『電力を復旧させるしかないようですね。まぁ、このテの廃墟探索にはある種お約束の展開です』
「で、配電室に着いたら後ろから怪物か何かに襲われるところまでテンプレなんダろう?」
『そういう配電室は地下にあるパターンが多いです。しかし困りましたねぇ。私は階段を降りられないので』
変わらない憎たらしいスマイルがゲンダーの顔を見つめた。
「例のプロペラで低空飛行して降りれば」
『さすがに屋内で使うには狭すぎます。今後も滞空システムを活用させる場面があると想定するなら、ここで破損させてしまうにはまだ早いかと。というわけなので、ゲンダー。お願いします』
「やれやれダ。地図ぐらいは提供してくれるよな?」
『もちろんですよ。このためにサーチを行っていたんですから』
一階探索中にメイヴは頭上で頻りにパラボラを回し続けていた。超音波の反射とX線の投射を併用することで、一階を中心とした近隣の階の地形を立体的に把握することができる。
その調査結果をヘイヴの遺言が記録されていたホログローブにダウンロードして、立体地図を映す球体のできあがり。さらにそこにメイヴが手を加えてセットアップ完了だ。
ホログローブには地上3階と地下2階までの地形が表示されており、いくつかの情報が文字や記号で記されている。ゲンダーが手にするホログローブの立体映像を直接指しながら、メイヴが使い方を説明してくれる。
『ゲンダーの中にある動力装置が発している電磁波をキャッチして位置情報を取得するようにしました。この赤で点滅している点がゲンダーの現在地です。その隣の緑のが私ですね。それから動体センサーの簡易プログラムをインストールしておきましたので、私たち以外の動くものの位置も半径20メートル程度の範囲内までなら感知できます。これは黄色い点で表示されます。あとはだいたい見ればわかるはずです。何か質問はありますか?』
「大丈夫ダ、問題ない。赤がオレで、緑がメイヴ。その他が黄色ダな」
『最後にもうひとつ。構造から推測して配電室と予想される部屋をいくつかチェックしておきました。青く光っている場所がそれです。それらの中に正解があると断言はできませんが、それらの部屋から調べてみるのがいいでしょう』
「至れり尽くせりダ。こういうところはさすが有能ダな。それじゃ、ちょっくら行ってくる」
『離れ過ぎなければ、遠隔モニタでの会話も継続可能です。何かできることがあれば言って下さい』
ホログローブを片手に、もう一方の手を挙げて背中で返事を送る。
そしてメイヴに見送られながら、ゲンダーは0番ラボ地下への階段を下った。
ゲンダーの足音や、メイヴのキャスターが擦れる音が建物の奥の奥まで響き渡る。
照明はすべて落ちており、外のコンベアロードなどと同様に電力は来ていない様子。機能していないゲートに阻まれては、それを破壊しながら先へと進む。道がなければ作ればいいじゃない。そこのけそこのけメイヴが通る。
エレベータも止まっており、またメイヴの足では階段を上り下りすることができないので、とりあえず移動できる範囲内で一階部分の探索を行った。
まずいくつかの端末を見かけたが、機能停止しているためアクセスして情報を得ることはできなかった。また何か情報が掲示されてはいないかと壁にも目を配ったが、掲示板などはすべて電子化されている様子で、壁面パネルの類はどれも真っ暗だった。
「入口は古臭かったくせに、中はしっかりと整えられてやがる」
『電力を復旧させるしかないようですね。まぁ、このテの廃墟探索にはある種お約束の展開です』
「で、配電室に着いたら後ろから怪物か何かに襲われるところまでテンプレなんダろう?」
『そういう配電室は地下にあるパターンが多いです。しかし困りましたねぇ。私は階段を降りられないので』
変わらない憎たらしいスマイルがゲンダーの顔を見つめた。
「例のプロペラで低空飛行して降りれば」
『さすがに屋内で使うには狭すぎます。今後も滞空システムを活用させる場面があると想定するなら、ここで破損させてしまうにはまだ早いかと。というわけなので、ゲンダー。お願いします』
「やれやれダ。地図ぐらいは提供してくれるよな?」
『もちろんですよ。このためにサーチを行っていたんですから』
一階探索中にメイヴは頭上で頻りにパラボラを回し続けていた。超音波の反射とX線の投射を併用することで、一階を中心とした近隣の階の地形を立体的に把握することができる。
その調査結果をヘイヴの遺言が記録されていたホログローブにダウンロードして、立体地図を映す球体のできあがり。さらにそこにメイヴが手を加えてセットアップ完了だ。
ホログローブには地上3階と地下2階までの地形が表示されており、いくつかの情報が文字や記号で記されている。ゲンダーが手にするホログローブの立体映像を直接指しながら、メイヴが使い方を説明してくれる。
『ゲンダーの中にある動力装置が発している電磁波をキャッチして位置情報を取得するようにしました。この赤で点滅している点がゲンダーの現在地です。その隣の緑のが私ですね。それから動体センサーの簡易プログラムをインストールしておきましたので、私たち以外の動くものの位置も半径20メートル程度の範囲内までなら感知できます。これは黄色い点で表示されます。あとはだいたい見ればわかるはずです。何か質問はありますか?』
「大丈夫ダ、問題ない。赤がオレで、緑がメイヴ。その他が黄色ダな」
『最後にもうひとつ。構造から推測して配電室と予想される部屋をいくつかチェックしておきました。青く光っている場所がそれです。それらの中に正解があると断言はできませんが、それらの部屋から調べてみるのがいいでしょう』
「至れり尽くせりダ。こういうところはさすが有能ダな。それじゃ、ちょっくら行ってくる」
『離れ過ぎなければ、遠隔モニタでの会話も継続可能です。何かできることがあれば言って下さい』
ホログローブを片手に、もう一方の手を挙げて背中で返事を送る。
そしてメイヴに見送られながら、ゲンダーは0番ラボ地下への階段を下った。
電気が来ていないため、照明のない地階は闇の中だった。
手にしたホログローブが放つ青い薄ぼんやりとした光だけを頼りに、恐る恐る地下を進んでいく。
一寸先はまさに闇。今にも物陰から何かが飛び出して襲ってきそうな不安を感じるが、ホログローブの動体センターには赤い点がひとつ点滅しているだけだ。
「まるで肝試しダ。オレにもメイヴみたいに色んな装備がついてたらよかったのになぁ。目がライトになるとか、暗視バイザーとか。それか発電装置とか。自分で発電できるなら、わざわざ配電室なんか探さなくてすんダかもしれないのに」
一人愚痴をこぼしていると突然目の前に青い光が現れた。
驚き慌ててホログローブを確認する。黄色い点は表示されていない。
『残念ながら私にも発電装置までは搭載されていませんね。プロペラを回せば発電できるかもしれませんが、さすがに電力が弱すぎます』
光の正体は遠隔モニタだった。
「なんダ、おまえか! お、驚かすなよ」
『何を驚いているんですか。ああ、なぜゲンダーの呟いたことを私が知っているか、ですか? 遠隔モニタでの会話が成り立つように、ホログローブに集音装置を着けておいたんですよ。それがそちらの声を拾って…』
「いや、そういうことじゃないんダが……まあいいか。メイヴ、何か新しくわかったことはないか」
『まだ何も。そちらの探索が頼りです。状況はいかがですか』
「真っ暗で何もわからん。これから最初の青い場所を調べるところダ。今着いた」
目の前には動かない自動ドアがある。開かなければ壊して入るまでだ。
汁千本でドアを吹き飛ばすと、壁一面に書架が立ち並ぶ部屋が現れた。中央にはデスクがいくつか置かれ、コンピュータの類も散見できるが、もちろんどれも電源は落ちている。さしずめ資料室といったところだろう。
配電室でないなら用はないな、と背を向けようとしたところで、何か見覚えのあるものを見たような気がして振り返った。
ホログローブの光がちらりと入口すぐ傍のデスクを照らした。近づいてよく見ると、山積みにされたファイルの中から一枚の紙切れが少し角を覗かせている。それだけならば興味はなかったが、その紙切れに印刷されている図には興味深いものがあった。
「これはもしかして、オレたちを襲ってきた…」
紙切れを引き抜くと手にとって隅々まで目を通す。
そこには3つの図と、それに関する詳細が記されていた。
手にしたホログローブが放つ青い薄ぼんやりとした光だけを頼りに、恐る恐る地下を進んでいく。
一寸先はまさに闇。今にも物陰から何かが飛び出して襲ってきそうな不安を感じるが、ホログローブの動体センターには赤い点がひとつ点滅しているだけだ。
「まるで肝試しダ。オレにもメイヴみたいに色んな装備がついてたらよかったのになぁ。目がライトになるとか、暗視バイザーとか。それか発電装置とか。自分で発電できるなら、わざわざ配電室なんか探さなくてすんダかもしれないのに」
一人愚痴をこぼしていると突然目の前に青い光が現れた。
驚き慌ててホログローブを確認する。黄色い点は表示されていない。
『残念ながら私にも発電装置までは搭載されていませんね。プロペラを回せば発電できるかもしれませんが、さすがに電力が弱すぎます』
光の正体は遠隔モニタだった。
「なんダ、おまえか! お、驚かすなよ」
『何を驚いているんですか。ああ、なぜゲンダーの呟いたことを私が知っているか、ですか? 遠隔モニタでの会話が成り立つように、ホログローブに集音装置を着けておいたんですよ。それがそちらの声を拾って…』
「いや、そういうことじゃないんダが……まあいいか。メイヴ、何か新しくわかったことはないか」
『まだ何も。そちらの探索が頼りです。状況はいかがですか』
「真っ暗で何もわからん。これから最初の青い場所を調べるところダ。今着いた」
目の前には動かない自動ドアがある。開かなければ壊して入るまでだ。
汁千本でドアを吹き飛ばすと、壁一面に書架が立ち並ぶ部屋が現れた。中央にはデスクがいくつか置かれ、コンピュータの類も散見できるが、もちろんどれも電源は落ちている。さしずめ資料室といったところだろう。
配電室でないなら用はないな、と背を向けようとしたところで、何か見覚えのあるものを見たような気がして振り返った。
ホログローブの光がちらりと入口すぐ傍のデスクを照らした。近づいてよく見ると、山積みにされたファイルの中から一枚の紙切れが少し角を覗かせている。それだけならば興味はなかったが、その紙切れに印刷されている図には興味深いものがあった。
「これはもしかして、オレたちを襲ってきた…」
紙切れを引き抜くと手にとって隅々まで目を通す。
そこには3つの図と、それに関する詳細が記されていた。
◆G-ブロウティス(青い球体の図が添えられている)
蒼い外見をもつ比較的温厚な兵器
主な構成成分は氷に近く火や熱の影響を受けやすい
明解な構造で低コストかつ量産が容易であり主力として期待できる
精神体の物質世界への干渉を実現させた可能性ある研究成果の結晶
蒼い外見をもつ比較的温厚な兵器
主な構成成分は氷に近く火や熱の影響を受けやすい
明解な構造で低コストかつ量産が容易であり主力として期待できる
精神体の物質世界への干渉を実現させた可能性ある研究成果の結晶
◆G-レティス(赤い球体の図が添えられている)
赤い外見をもつ好戦的な兵器
主な構成成分は化学式では示せないが強いて言えばプラズマに近い念動体
物質世界に存在しないために管理や制御が困難だがあらゆる物理的干渉に対して無敵
高コストで精製効率も低いため生産工程の定期的な見直しが必要
赤い外見をもつ好戦的な兵器
主な構成成分は化学式では示せないが強いて言えばプラズマに近い念動体
物質世界に存在しないために管理や制御が困難だがあらゆる物理的干渉に対して無敵
高コストで精製効率も低いため生産工程の定期的な見直しが必要
◆G-メイシス(見たことのない生命体のような図が添えられている)
黒い外見をもつ天真爛漫な兵器
主な構成成分は現在調査中
物質世界に存在しないにも関わらずG-メイシス自体が通過した物質に影響を及ぼす効用を確認
自我が強すぎるためか指示を無視したり逃げ出そうとする傾向が見られるため要厳重管理
※研究員が何人か犠牲になっている。管理には細心の注意を払うこと
黒い外見をもつ天真爛漫な兵器
主な構成成分は現在調査中
物質世界に存在しないにも関わらずG-メイシス自体が通過した物質に影響を及ぼす効用を確認
自我が強すぎるためか指示を無視したり逃げ出そうとする傾向が見られるため要厳重管理
※研究員が何人か犠牲になっている。管理には細心の注意を払うこと
『何か面白そうなものを見つけたようですね』
「例の赤と青の球の正体が少しわかったぞ。たぶんここで開発された兵器ダ」
ホログローブは映像を拾うことはできないので、ゲンダーが紙切れの内容を読み上げてメイヴに聞かせた。
『最後の黒い兵器とやらはまだ遭遇していませんね。自我が云々ということは生物兵器か何かでしょうか』
「かもしれんが、赤いのと青いのにも温厚とか好戦的とか書いてあるぞ。コストがどうとか書かれてるから機械か何かなんダろうけど、それならなんで機械に性格みたいな記述がされてるんダ? よくわからん用語もある。物質世界とか精神体とか」
自分と同じように感情を持つ機械が他にもいるのだろうか。そして、あの赤と青の球がそうだというのだろうか。
しかし、それにしては例の兵器は無機質な感じだったとゲンダーは思い返していた。動きも単調だったし、こちらの反撃に対して動揺したりなどの素振りも見せなかった。
『比喩のようなものなのでは? 青は扱いやすくて、赤は扱いにくいけど強力とか』
「そんな感じか。しかしここに発電機はなさそうダ。次の場所へ向かう」
資料室を後にして、ホログローブの示す他の配電室候補の部屋を順に廻る。
地下一階、地下二階と怪しい場所を調べ尽くしたが、配電室は見つからなかった。
各部屋を廻る過程で下りの階段が見つかったので、まだ下の階層があるらしい。
「地下なのは間違いないんダろうか」
『絶対とは言えませんが、安全面を考慮するなら地下に設置するのが一般的です。万が一トラブルを起こし漏電した場合でも、上階にあるよりは地階にてアースから電気を地中に逃がし、事故の可能性をできる限り少なくするのが賢明というものです』
「そうか。それなら地図はないが、この下も調べてみよう」
地下三階へと階段を下りながら返事をよこす。
『気をつけてくだ…い。何…起こ……わか…ませ…から。ここ…慎重に…………で………か…………すぐ……………………………』
一段下るごとに遠隔モニタにノイズが走り表示が乱れていく。通信距離の限界のようだ。
(ここからはメイヴのサポートは期待できそうにないな)
地下三階に降り切ったときには、もう遠隔モニタ自体も現れなくなった。
もともと音声を発するものではないので、ずっと静かだったことには変わりはないが、より一層しんと静まり返ってしまったように感じて、思わず心細くなった。
(へ、平気さ。もし例の兵器が湧いて出たって、もう対処法はわかってる。霧さえ何とかすれば消えてしまうんダ)
そう自分に言い聞かせて心を落ち着かせようとするが、G-メイシスとかいう黒い兵器についてはまだほとんど何もわかっていない。メイヴの助けもない今、その黒いやつに遭遇するのはまずい。滅多なことはないはず、と信じてただ遭遇しないことを祈るしかない。
言いようのない緊張感に包まれながら、なんとか地下三階の探索を終えた。収穫はとくに無かった。
さらに下って地下四階。ちらちらと何度もホログローブを確認しながら、周囲に何もいないことを確かめる。
(四階……4か。縁起のいい数字じゃないな。何も起こらないといいんダが)
顔を上げて、じっと見つめていたホログローブから正面へと視線を移す。と、
「!?」
遠く通路の先の暗闇の中で、何かが一瞬白く光ったような気がした。
「なんダ今の……赤でも青でもない……ゆ、幽霊? は、ははっ。まさかな。そんなもん居るわけが…」
そのとき視界の端に、こんどは黄色いものが映った気がした。
「ゲッ……う、嘘だろ!?」
気のせいではなかった。
視線を手元に落とすと、ホログローブには黄色い点が表示されている。
それもひとつではない。自分を示す赤い点の周りにその黄色い点はいくつも表示されている。10……いや、20はあるだろうか。そのどれもが自分の周囲を動き回っている。
「おいおい、マジかよ」
地下三階以下はスキャンされていないので、立体地図は表示されていない。ただ手元の球には中心に赤い点があって、その周囲を取り囲むように黄色い点が蠢いているだけだ。それが壁の向こうにいるのか、それともすぐそこにいるのかさえもわからない。
(お、お、おお落ち着けオレ。何かいたからって、それが敵とは限らない。まして幽霊とかそんなものであるわけがない)
こんな廃墟のような古びた建物なのだ。虫やネズミなんかが棲み付いている可能性だって十分にある。そうだ、これはそういったものが反応しているだけに違いない。メイヴは簡易の動体センサーと説明していた。簡易版ならたとえメイヴの用意したものでも性能が良くないこともあり得る。
(つまりは小さすぎて反応する必要がないものの動きまで拾ってしまっていて……いや、それはそれで高性能なのかもしれないが。とにかく無駄に慌てる必要はない。こういうのは正体がわからないから怖いと思うダけさ)
黄色い点のひとつが自分のほうにまっすぐ向かってくる。もうすぐすれ違うだろう。
(物陰に隠れてやり過ごそう。そして正体を見極めてやる)
大山鳴動してネズミ一匹。どうせ大したことのないものに違いない。
そう祈りながら、息を呑んでその黄色い点が横を通り過ぎていくのを待つことにした。
すぐ近くの部屋に隠れて、僅かに扉を開けてその隙間から様子を伺う。ホログローブと隙間の向こうを交互に何度も見比べた。
そしてついに黄色い点が赤い点に重なり、そして通り過ぎていった。
ゲンダーはその瞬間、扉の向こうの天井から床から、見える範囲すべてを凝視していた。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。黄色い点の正体は何でもなかった。
「例の赤と青の球の正体が少しわかったぞ。たぶんここで開発された兵器ダ」
ホログローブは映像を拾うことはできないので、ゲンダーが紙切れの内容を読み上げてメイヴに聞かせた。
『最後の黒い兵器とやらはまだ遭遇していませんね。自我が云々ということは生物兵器か何かでしょうか』
「かもしれんが、赤いのと青いのにも温厚とか好戦的とか書いてあるぞ。コストがどうとか書かれてるから機械か何かなんダろうけど、それならなんで機械に性格みたいな記述がされてるんダ? よくわからん用語もある。物質世界とか精神体とか」
自分と同じように感情を持つ機械が他にもいるのだろうか。そして、あの赤と青の球がそうだというのだろうか。
しかし、それにしては例の兵器は無機質な感じだったとゲンダーは思い返していた。動きも単調だったし、こちらの反撃に対して動揺したりなどの素振りも見せなかった。
『比喩のようなものなのでは? 青は扱いやすくて、赤は扱いにくいけど強力とか』
「そんな感じか。しかしここに発電機はなさそうダ。次の場所へ向かう」
資料室を後にして、ホログローブの示す他の配電室候補の部屋を順に廻る。
地下一階、地下二階と怪しい場所を調べ尽くしたが、配電室は見つからなかった。
各部屋を廻る過程で下りの階段が見つかったので、まだ下の階層があるらしい。
「地下なのは間違いないんダろうか」
『絶対とは言えませんが、安全面を考慮するなら地下に設置するのが一般的です。万が一トラブルを起こし漏電した場合でも、上階にあるよりは地階にてアースから電気を地中に逃がし、事故の可能性をできる限り少なくするのが賢明というものです』
「そうか。それなら地図はないが、この下も調べてみよう」
地下三階へと階段を下りながら返事をよこす。
『気をつけてくだ…い。何…起こ……わか…ませ…から。ここ…慎重に…………で………か…………すぐ……………………………』
一段下るごとに遠隔モニタにノイズが走り表示が乱れていく。通信距離の限界のようだ。
(ここからはメイヴのサポートは期待できそうにないな)
地下三階に降り切ったときには、もう遠隔モニタ自体も現れなくなった。
もともと音声を発するものではないので、ずっと静かだったことには変わりはないが、より一層しんと静まり返ってしまったように感じて、思わず心細くなった。
(へ、平気さ。もし例の兵器が湧いて出たって、もう対処法はわかってる。霧さえ何とかすれば消えてしまうんダ)
そう自分に言い聞かせて心を落ち着かせようとするが、G-メイシスとかいう黒い兵器についてはまだほとんど何もわかっていない。メイヴの助けもない今、その黒いやつに遭遇するのはまずい。滅多なことはないはず、と信じてただ遭遇しないことを祈るしかない。
言いようのない緊張感に包まれながら、なんとか地下三階の探索を終えた。収穫はとくに無かった。
さらに下って地下四階。ちらちらと何度もホログローブを確認しながら、周囲に何もいないことを確かめる。
(四階……4か。縁起のいい数字じゃないな。何も起こらないといいんダが)
顔を上げて、じっと見つめていたホログローブから正面へと視線を移す。と、
「!?」
遠く通路の先の暗闇の中で、何かが一瞬白く光ったような気がした。
「なんダ今の……赤でも青でもない……ゆ、幽霊? は、ははっ。まさかな。そんなもん居るわけが…」
そのとき視界の端に、こんどは黄色いものが映った気がした。
「ゲッ……う、嘘だろ!?」
気のせいではなかった。
視線を手元に落とすと、ホログローブには黄色い点が表示されている。
それもひとつではない。自分を示す赤い点の周りにその黄色い点はいくつも表示されている。10……いや、20はあるだろうか。そのどれもが自分の周囲を動き回っている。
「おいおい、マジかよ」
地下三階以下はスキャンされていないので、立体地図は表示されていない。ただ手元の球には中心に赤い点があって、その周囲を取り囲むように黄色い点が蠢いているだけだ。それが壁の向こうにいるのか、それともすぐそこにいるのかさえもわからない。
(お、お、おお落ち着けオレ。何かいたからって、それが敵とは限らない。まして幽霊とかそんなものであるわけがない)
こんな廃墟のような古びた建物なのだ。虫やネズミなんかが棲み付いている可能性だって十分にある。そうだ、これはそういったものが反応しているだけに違いない。メイヴは簡易の動体センサーと説明していた。簡易版ならたとえメイヴの用意したものでも性能が良くないこともあり得る。
(つまりは小さすぎて反応する必要がないものの動きまで拾ってしまっていて……いや、それはそれで高性能なのかもしれないが。とにかく無駄に慌てる必要はない。こういうのは正体がわからないから怖いと思うダけさ)
黄色い点のひとつが自分のほうにまっすぐ向かってくる。もうすぐすれ違うだろう。
(物陰に隠れてやり過ごそう。そして正体を見極めてやる)
大山鳴動してネズミ一匹。どうせ大したことのないものに違いない。
そう祈りながら、息を呑んでその黄色い点が横を通り過ぎていくのを待つことにした。
すぐ近くの部屋に隠れて、僅かに扉を開けてその隙間から様子を伺う。ホログローブと隙間の向こうを交互に何度も見比べた。
そしてついに黄色い点が赤い点に重なり、そして通り過ぎていった。
ゲンダーはその瞬間、扉の向こうの天井から床から、見える範囲すべてを凝視していた。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。黄色い点の正体は何でもなかった。
何でも無かった。
「まさか!? 確かにそこを通り過ぎた。オレは瞬きもしないでしっかりと見ていた。なのに何も無かった! 何も通らなかった! 何もいなかった!! 確かにいるのに、いなかった!!」
何もいないのならそれでいい。
しかしホログローブはしっかりと何かが『いる』ことを黄色い点で示している。
『いる』はずなのに、何もいなかった。その姿を見ることができなかった。
ホログローブの故障や不具合ならそれでいい。しかしメイヴに限ってそんな失敗をするだろうか。
そこに存在するのに目に見えない存在。それじゃあまるで……
「う、うわぁぁああああぁぁあぁあぁあぁっ!!」
頭が混乱していた。
叫んで走り回れば、その謎の存在に自分の居場所がばれてしまう。なんてことにさえ考えが回らなかった。
ただどうしようもなく恐ろしくなって、背後からありもしない視線を感じて、とてもではないがその場に留まっていられなくなってしまっただけだ。気がついたら叫んでいた。走っていた。
何もいないのならそれでいい。
しかしホログローブはしっかりと何かが『いる』ことを黄色い点で示している。
『いる』はずなのに、何もいなかった。その姿を見ることができなかった。
ホログローブの故障や不具合ならそれでいい。しかしメイヴに限ってそんな失敗をするだろうか。
そこに存在するのに目に見えない存在。それじゃあまるで……
「う、うわぁぁああああぁぁあぁあぁあぁっ!!」
頭が混乱していた。
叫んで走り回れば、その謎の存在に自分の居場所がばれてしまう。なんてことにさえ考えが回らなかった。
ただどうしようもなく恐ろしくなって、背後からありもしない視線を感じて、とてもではないがその場に留まっていられなくなってしまっただけだ。気がついたら叫んでいた。走っていた。
ひとしきり走ってようやく気持ちが収まってきた。どれだけ走ったのだろう。
どこをどう走ったのかも覚えていない。階段は通っていないから、地下四階であることには違いないはずだが。
一息ついて、辺りがすっかり真っ暗になっていることに気がついた。
「しまった! ホログローブをどこかに置いてきてしまった」
地図は表示されていないが、周囲の動く存在を察知できるのは危険を回避するために必要だ。それにホログローブの発する薄ぼんやりとした僅かな光だけが、この暗闇の中では頼りの綱だ。あれがないと困る。
今は右も左もわからない。自分の手さえも見えない闇の中。
こんな暗い中をよく明かりもなしで走り回ったものだと、半ば感心しながら壁伝いになんとか足を進める。
目に見えない謎の黄色い点の正体が非常に気がかりだったが、立ち止まってはいられない。待っていればいずれ明ける闇夜とは違って、地下の闇はいくら待っても明けることはない。怖くても勇気を出して進むしかないのだ。
(なぁに。こんダけ暗ければ、黄色い点のほうもオレが見えないに違いない…)
もともと暗い中を動き回っている存在なので、暗視が効くのかあるいは闇の中で周囲を把握する術を持っていることが十分に考えられるが、敢えて自分に都合のいいように考えておくことにした。
このままでは配電室を探すどころではない。明かりがなければ戻ることすらできない。
(ホログローブを見つけるしかない!)
暗闇の中、ただひとつの球を見つけるのは途方もないことにも思えたが、幸いにもあの球は薄っすらと光っている。光るものを探せばきっと失くしたホログローブにたどり着くはずだ。少なくとも、砂漠の中でたったひとつの米粒を探すよりは大分マシだ。この階にあるのは間違いないのだから。
壁を伝い、床を這い、そうして真っ暗闇の中をしばらく彷徨った。
時間の感覚がわからなかったが、ずいぶん長い時間探し回っていたように思う。
しばらくして、少し先に白く淡い光を放つ物体を見つけた。
ついにホログローブを見つけたと期待を抱くと同時に、幽霊と見間違えた謎の白い光のことも思い出した。
(ど、どっちダ? しかし悩んでる時間はない)
目を凝らして白い光を見つめる。
光は球のように丸い、気がする。
光はじっと動かない、気がする。
大丈夫だ。あれはきっとホログローブだ。そう信じて光のもとへと駆け寄る。
屈みこんで床にある球を眺めた。球体だ。間違いない、ホログローブだ。
「よかった……一時はどうなることかと…」
安心してその球体に手を伸ばそうとすると、なんと球体はひとりでに宙に浮かび上がった!
「いッ!?」
さらによく見ると、球には何か記号のようなものが映っている。
いや、文字のようだ。『罪』という文字がそこにはあった。
慌てて後ずさったそのとき、この暗闇の中で初めて自分のもの以外の声を聞いた。
どこをどう走ったのかも覚えていない。階段は通っていないから、地下四階であることには違いないはずだが。
一息ついて、辺りがすっかり真っ暗になっていることに気がついた。
「しまった! ホログローブをどこかに置いてきてしまった」
地図は表示されていないが、周囲の動く存在を察知できるのは危険を回避するために必要だ。それにホログローブの発する薄ぼんやりとした僅かな光だけが、この暗闇の中では頼りの綱だ。あれがないと困る。
今は右も左もわからない。自分の手さえも見えない闇の中。
こんな暗い中をよく明かりもなしで走り回ったものだと、半ば感心しながら壁伝いになんとか足を進める。
目に見えない謎の黄色い点の正体が非常に気がかりだったが、立ち止まってはいられない。待っていればいずれ明ける闇夜とは違って、地下の闇はいくら待っても明けることはない。怖くても勇気を出して進むしかないのだ。
(なぁに。こんダけ暗ければ、黄色い点のほうもオレが見えないに違いない…)
もともと暗い中を動き回っている存在なので、暗視が効くのかあるいは闇の中で周囲を把握する術を持っていることが十分に考えられるが、敢えて自分に都合のいいように考えておくことにした。
このままでは配電室を探すどころではない。明かりがなければ戻ることすらできない。
(ホログローブを見つけるしかない!)
暗闇の中、ただひとつの球を見つけるのは途方もないことにも思えたが、幸いにもあの球は薄っすらと光っている。光るものを探せばきっと失くしたホログローブにたどり着くはずだ。少なくとも、砂漠の中でたったひとつの米粒を探すよりは大分マシだ。この階にあるのは間違いないのだから。
壁を伝い、床を這い、そうして真っ暗闇の中をしばらく彷徨った。
時間の感覚がわからなかったが、ずいぶん長い時間探し回っていたように思う。
しばらくして、少し先に白く淡い光を放つ物体を見つけた。
ついにホログローブを見つけたと期待を抱くと同時に、幽霊と見間違えた謎の白い光のことも思い出した。
(ど、どっちダ? しかし悩んでる時間はない)
目を凝らして白い光を見つめる。
光は球のように丸い、気がする。
光はじっと動かない、気がする。
大丈夫だ。あれはきっとホログローブだ。そう信じて光のもとへと駆け寄る。
屈みこんで床にある球を眺めた。球体だ。間違いない、ホログローブだ。
「よかった……一時はどうなることかと…」
安心してその球体に手を伸ばそうとすると、なんと球体はひとりでに宙に浮かび上がった!
「いッ!?」
さらによく見ると、球には何か記号のようなものが映っている。
いや、文字のようだ。『罪』という文字がそこにはあった。
慌てて後ずさったそのとき、この暗闇の中で初めて自分のもの以外の声を聞いた。
「グメェェェェーッ!!」