Chapter06「第五竜将ヴァルト」
魔導船の前に突如として現われ行く手を遮る巨竜、ヴァルト。
トロウの命令で来たと自ら言っていたので、刺客であることは間違いないのだろう。しかし、もう追手が来るとはなんて早い。いつかこうなることはフレイも想定していたが、こんなにも早く襲撃されるとは考えていなかった。
トロウの命令で来たと自ら言っていたので、刺客であることは間違いないのだろう。しかし、もう追手が来るとはなんて早い。いつかこうなることはフレイも想定していたが、こんなにも早く襲撃されるとは考えていなかった。
(どういうことだ。エインヘリアルたちが報告したにしても早すぎる。それに彼らはシレスティアルへ向かったんじゃなかったのか。先に王城へ寄ったのか、それとも……まさか情報が漏れている? 僕たちの中にスパイが?)
オットーとセッテは旧知の仲だ。そんな二人が自分を裏切るとは考えにくい。
となればクルスが怪しいか。エインヘリアルたちに襲われていたのも芝居のうちで、すべては我々を油断させる罠だったというのか。
だがそれなら、その場で捕えればいいだけのこと。それにわざわざこんな船まで用意して、芝居が大掛かりすぎるのではないか。
となればクルスが怪しいか。エインヘリアルたちに襲われていたのも芝居のうちで、すべては我々を油断させる罠だったというのか。
だがそれなら、その場で捕えればいいだけのこと。それにわざわざこんな船まで用意して、芝居が大掛かりすぎるのではないか。
そんなことを考えていると、前方から再び突風が襲い掛かった。
見上げるとヴァルトが翼を大きく羽ばたかせている。先ほど船を襲った突風もつまり奴の仕業ということだろう。
見上げるとヴァルトが翼を大きく羽ばたかせている。先ほど船を襲った突風もつまり奴の仕業ということだろう。
「くッ……なんて、風圧……! ま、前が……目が、開けて、いられない…」
フレイは身を低くして、吹き飛ばされないように耐えるだけで必死だった。
風に殺傷力はないが、一人の人間の身動きを封じるには十分すぎる威力だ。
このままではまずい。
風に殺傷力はないが、一人の人間の身動きを封じるには十分すぎる威力だ。
このままではまずい。
ふっと突然風が止んだ。と思って目を開けると、もう目の前には音もなく距離を詰めたヴァルトの鉤爪が迫っている。
(やられるッ!)
咄嗟に手で顔を庇うも、こんなものでどうにもならないことはわかっている。
手痛い一撃をもらうか、と覚悟を決めかけていると、鈍い衝撃音が響いて迫る威圧感が止まった。
目を開けると、クルスが竜の姿に戻ってヴァルトを食い止めている。
手痛い一撃をもらうか、と覚悟を決めかけていると、鈍い衝撃音が響いて迫る威圧感が止まった。
目を開けると、クルスが竜の姿に戻ってヴァルトを食い止めている。
「クルス……!」
はっとしてフレイは先ほど浮かんだ疑惑を打ち払った。クルスは身を呈して自分を守ってくれたのだ。そんな彼女が裏切り者のはずがない。となると居場所がばれて待ち伏せされていたのではなく、偶然見つけられてしまっただけなのか。
「馬鹿もの! なにをぼーっと突っ立っておる。狙いはどうやらお主じゃ。下がっておれ!」
「す、すまない」
「す、すまない」
言われてフレイは数歩後ずさる。そこで改めてクルスとヴァルトを見比べるが、やはりヴァルトはクルスの数倍は大きかった。竜はどれも大きいものだと思っていたが、ヴァルトはまるで規格外だ。こうして並ぶとクルスが子どものように見える程だ。
(いや、人間に変身してるときの姿があれだから、実際にまだ子どもなのか? となるとクルスもまだ大きくなる可能性が……)
クルスが鉤爪を押し返す。
ヴァルトは空中に投げ出されるが、翼を持つ竜にとって、それも飛ぶことにより特化した風竜にとってはまったくどうということはない。そのまま後方に宙返りしてバランスを取ると、しげしげと歯向かってくる地竜を眺める。
ヴァルトは空中に投げ出されるが、翼を持つ竜にとって、それも飛ぶことにより特化した風竜にとってはまったくどうということはない。そのまま後方に宙返りしてバランスを取ると、しげしげと歯向かってくる地竜を眺める。
「ほォォう? なんだおまえは。竜のくせにニンゲンに味方するのかァ?」
「ふん。そういう貴様こそ、トロウの命令で来たのじゃろう」
「あー、まあなんだ。別にオレ様はあいつのことは好きじゃねえんだ。だが面白いものを見せてやるって言われてなァ。で、こうして来てみたってわけだが……なるほど。たしかにおまえは面白そうだなァァァ」
「ふん。そういう貴様こそ、トロウの命令で来たのじゃろう」
「あー、まあなんだ。別にオレ様はあいつのことは好きじゃねえんだ。だが面白いものを見せてやるって言われてなァ。で、こうして来てみたってわけだが……なるほど。たしかにおまえは面白そうだなァァァ」
風竜はにやりと嗤った。
「なんじゃと?」
「よく見りゃァァァこれは貴重な地竜じゃねえか! おまえら、最近見なかったが絶滅したんじゃなかったのかァ? がはは、こいつァいいぜェ! 地竜とはヤり合ったことがねえからなァ。ちょっとおまえ、オレ様を楽しませろォォォ!」
「よく見りゃァァァこれは貴重な地竜じゃねえか! おまえら、最近見なかったが絶滅したんじゃなかったのかァ? がはは、こいつァいいぜェ! 地竜とはヤり合ったことがねえからなァ。ちょっとおまえ、オレ様を楽しませろォォォ!」
再び羽ばたいて突風を起こすヴァルト。しかしクルスは全く動じない。
「聞いておればずいぶんと勝手なことを。良いじゃろう。馬鹿は少し痛い目を見ねばわからぬか」
クルスが手で空中をなぎ払うと、船を飾っていた木の葉が刃となり、風を切り裂いてヴァルトに襲い掛かっていく。
竜たちが戦いを始めたその後ろで、騒ぎを聞きつけたオットーとセッテも合流して魔道士たち三人は顔を揃えた。ちょうどクルスが壁になってくれているので、ヴァルトの突風を受けて身動きが取れなくなることもない。
今のうちにと、オットーが呪文を唱えて三人の身体に光の膜を張った。
防風障壁だ。
今のうちにと、オットーが呪文を唱えて三人の身体に光の膜を張った。
防風障壁だ。
「これで奴の突風にある程度は耐えられます」
「よし、クルスを援護しよう。翼を怪我して飛べないから、飛び回る敵に対しては不利だ。だが人数ではこちらが勝っている。勝機がないわけじゃない」
「おれたちの力でどこまで竜に通用するかわかんないっすけどね。さーて、修行の成果の見せ所っすよ!」
オットーの風の刃が、セッテの火球が、そしてフレイの蔦がそれぞれヴァルトに向かう。
それを翼の一振りで簡単にあしらってしまうと、ヴァルトは思い出したように三人に告げた。
「よし、クルスを援護しよう。翼を怪我して飛べないから、飛び回る敵に対しては不利だ。だが人数ではこちらが勝っている。勝機がないわけじゃない」
「おれたちの力でどこまで竜に通用するかわかんないっすけどね。さーて、修行の成果の見せ所っすよ!」
オットーの風の刃が、セッテの火球が、そしてフレイの蔦がそれぞれヴァルトに向かう。
それを翼の一振りで簡単にあしらってしまうと、ヴァルトは思い出したように三人に告げた。
「おっと、オレ様の楽しみを邪魔するんじゃァァァない! おまえたちはそっちの相手でもしてなァァァ!!」
その言葉を合図にドスンと衝撃。少し船が揺れる。振り返ると、そこには人型をした黒い塊を先頭に土塊の人形が何体も並んでいる。
「これは……ゴーレムか!?」
ゴーレムとは媒体に魔力を練り込んで作り上げた人形のことを言う。
土塊で作られたゴーレムが最も安定するので一般的だが、火や水など不定形のものでも魔力で固定することでゴーレムにすることができる。そしてその魔力人形は自らを生み出した者の命令を、その身が朽ちるまで遂行し続ける。
リーダー格であろう黒いゴーレムが喋った。
土塊で作られたゴーレムが最も安定するので一般的だが、火や水など不定形のものでも魔力で固定することでゴーレムにすることができる。そしてその魔力人形は自らを生み出した者の命令を、その身が朽ちるまで遂行し続ける。
リーダー格であろう黒いゴーレムが喋った。
『我ガ名ハ、ファントムトロウ。トロウ様ノ分身ナリ。貴様ラヲコノ海ニ投ズ』
ファントムトロウが両手を天に掲げると闇の粒子が渦となって集まり、その手にそれぞれ剣を形成した。
「げっ。あいつしゃべるっすよ! ゴーレムのくせに知能があるんすかね。なんか気持ち悪いっす」
「それに武器の召喚術を操るゴーレムというのも聞いたことがない。王子、ご注意を! あれは只者じゃありません」
「用心してかかったほうがよさそうだ。まずは背後の土人形を叩く。数を減らして不意打ちを防ぐんだ!」
「それに武器の召喚術を操るゴーレムというのも聞いたことがない。王子、ご注意を! あれは只者じゃありません」
「用心してかかったほうがよさそうだ。まずは背後の土人形を叩く。数を減らして不意打ちを防ぐんだ!」
三人は散開して土のゴーレムの対処にあたる。フレイやセッテの魔法はほとんど効果がなかったが、オットーの風の刃はゴーレムの体を容易く切り裂いた。風を受けたゴーレムは乾燥してすぐにボロボロに砕けてしまう。自分たちの魔法が効果的でないとわかったあとの二人は、蹴ったり押したりしてゴーレム同士をぶつけてみると、意外にもこんな程度のことでもゴーレムたちは砕けてしまった。
「なんだ。弱っちいじゃないっすか。楽勝楽勝」
「どうやらヴァルトの起こす風がゴーレムを弱らせているようです。部下との相性は最悪ですね」
「よし。この調子でどんどん行こう!」
「どうやらヴァルトの起こす風がゴーレムを弱らせているようです。部下との相性は最悪ですね」
「よし。この調子でどんどん行こう!」
三人はあっという間に土塊の人形たちを一掃してしまった。残るはあの黒い人形だけだ。
フレイたちが土のゴーレムに応戦している間、黒いゴーレムは隙を突いてくるでもなく、ただじっとこちらの様子を窺っているだけだった。
フレイたちが土のゴーレムに応戦している間、黒いゴーレムは隙を突いてくるでもなく、ただじっとこちらの様子を窺っているだけだった。
「攻撃範囲に入らなければ動いてこないタイプっすかね」
「来ないならこちらから行くまでだ。行くぞ、セッテ!」
「来ないならこちらから行くまでだ。行くぞ、セッテ!」
勢いよく兄弟魔道士が飛び出した。
右からはオットーの風が、左からはセッテの火がファントムトロウを襲う。
右からはオットーの風が、左からはセッテの火がファントムトロウを襲う。
『貴様ラ如キ、我ノ敵デハナイ』
双剣の一振りで、左右からの攻撃は瞬く間にかき消される。
だがこれで終わりではない。今、左右からの攻撃を防いだことで、奴の正面はがら空きだ。
だがこれで終わりではない。今、左右からの攻撃を防いだことで、奴の正面はがら空きだ。
「くらえッ」
その隙に詠唱を終えていたフレイの攻撃が迫る。
大地から離れた空の上では、大地の魔法は活躍が難しい。それは媒体になる土や植物が少ないためだ。空気さえあればどこでも発現させられる風や火とは勝手が異なる。その代わりに、媒体次第では少ない魔力でも大きな規模の魔法を扱えるのが大地の魔法の特徴でもある。
今や、周囲には砕けたゴーレムの破片がいくつも散らばっている。これだけあれば十分だ。フレイは砕けたゴーレムの破片を岩石の刃と変えて、雨のように降り注がせる。
大地から離れた空の上では、大地の魔法は活躍が難しい。それは媒体になる土や植物が少ないためだ。空気さえあればどこでも発現させられる風や火とは勝手が異なる。その代わりに、媒体次第では少ない魔力でも大きな規模の魔法を扱えるのが大地の魔法の特徴でもある。
今や、周囲には砕けたゴーレムの破片がいくつも散らばっている。これだけあれば十分だ。フレイは砕けたゴーレムの破片を岩石の刃と変えて、雨のように降り注がせる。
『小癪ナ』
ファントムトロウは口から黒い霧を吐き出した。
霧は飛来する石刃を弾く闇の壁となった。
霧は飛来する石刃を弾く闇の壁となった。
「闇の防壁か。漆黒の闇はすべての衝撃を吸収してしまうというが……」
「物理は無駄っすね。闇は光で払うのが一番と聞くっす。まあ光ほどうまくはいきませんが……おれに任せるっすよ!」
「物理は無駄っすね。闇は光で払うのが一番と聞くっす。まあ光ほどうまくはいきませんが……おれに任せるっすよ!」
セッテが両手を前にかざして炎の塊を勢いよく飛ばす。
炎はやはり闇の中に吸い込まれていったが、防壁の炎を吸い込んだ部分が薄くなり、向こう側が見え始めた。火もまた暗闇を照らす灯りとなるのだ。
セッテが開けた穴を狙ってオットーが風の魔法を放つ。渦巻く旋風が闇の防壁を消し飛ばした。
炎はやはり闇の中に吸い込まれていったが、防壁の炎を吸い込んだ部分が薄くなり、向こう側が見え始めた。火もまた暗闇を照らす灯りとなるのだ。
セッテが開けた穴を狙ってオットーが風の魔法を放つ。渦巻く旋風が闇の防壁を消し飛ばした。
「フレイ様!」「王子!」
「よし。今だッ!!」
「よし。今だッ!!」
二人の掛け声を合図に狙い済ました石刃の一撃が煌き、ファントムトロウの体を貫いた。
『ヌウッ』
闇の人形が呻き声を上げる。その胴体にはたしかに貫かれた穴が開いた。
手ごたえありか。そう期待したのも束の間、すぐに穴は閉じてしまい、奴も何事もなかったような顔をしている。
手ごたえありか。そう期待したのも束の間、すぐに穴は閉じてしまい、奴も何事もなかったような顔をしている。
「くそっ。効果なしか」
土のゴーレムのようにしっかりとした実体を持つものは安定性は高いので作りやすいが、それを崩してしまえば簡単に機能しなくなってしまう。一方で、火や水のゴーレムのように不定形のゴーレムは形を固定するのにそれなりの技術を必要とするが、物理的な衝撃で崩されにくいので長持ちすると言われている。もっとも、火のゴーレムなら水をかければすぐに消えてしまうように、それぞれにもしっかりと弱点はある。風のゴーレムに至っては、風が吹いている間しか存在できないので、最も不安定だと言われる程だ。
「闇のゴーレムの弱点はなんだ?」
「そりゃあやっぱり光でかき消してしまうか……あるいは、もっと大きい影の中に沈めてしまうか、っすかね。夜まで待ってれば自然と消えちゃうんすよ」
「さすがに待ってられない。どこかに大きな影はないか?」
「そりゃあやっぱり光でかき消してしまうか……あるいは、もっと大きい影の中に沈めてしまうか、っすかね。夜まで待ってれば自然と消えちゃうんすよ」
「さすがに待ってられない。どこかに大きな影はないか?」
影になるものを探して見上げると、頭上を舞うヴァルトの巨体に目が止まった。
クルスは苦戦を強いられていた。
突風は痛くも痒くもない。敵は騒がしいだけで、これと言って効果的な攻撃はしてこない。
突風は痛くも痒くもない。敵は騒がしいだけで、これと言って効果的な攻撃はしてこない。
(なんじゃあいつ。もしかして竜のくせに魔法が使えんのか? それとも何か秘策を隠しておるのか…)
ヴァルトは魔導船の周囲を飛び回ってときどき思い出したように強風を浴びせて来るだけで、とても本気を出しているようには見えない。しかしクルスのほうも翼を負傷していて飛べないので、空中にいるヴァルトには有効な攻撃を繰り出すことができなかった。
「お主、飛び回ってばかりおらんで降りて戦わぬか! とんだヘタレじゃのう」
「がははは! 言ってくれるなァァァ。それならおまえも飛んで追いかけてくればいいだろォォォ!?」
「がははは! 言ってくれるなァァァ。それならおまえも飛んで追いかけてくればいいだろォォォ!?」
舌戦だけが飛び交う。互いに出方を窺って腹を探り合っているといった状況だ。クルスが考えているのと同様に、ヴァルトもまたクルスの行動を観察していた。
(一向に追いかけてこねえ。さてはあいつ、飛べねえんだな。よォォォし……)
旋回していたヴァルトは角度を変えると、急降下して船上のクルスに接近する。
「いいだろう! そこまで言うなら降りていってやろうじゃねえかァァァッ!!」
そしてそのままクルスに体当たりして、船から突き落とそうという魂胆だ。
飛べないというのなら、これほど致命的な攻撃はない。船上のニンゲンたちにもクルスを引き揚げるほどの力はないだろう、と考えてのことだ。
飛べないというのなら、これほど致命的な攻撃はない。船上のニンゲンたちにもクルスを引き揚げるほどの力はないだろう、と考えてのことだ。
二竜の距離が迫る。体格差ではヴァルトのほうが圧倒的に有利。そして急降下により勢いもついている。このままクルスを突き落とすのは、テーブルの上の空き缶を片手ではたき落とすぐらい簡単なことだ。
「墜ちろ! そして死ねェェェ!」
しかしそのとき、突然クルスの姿が目の前から消えた。
「なにィィィ!?」
否、そうではない。クルスは例の店でフレイたちが初めて会ったときと同様の人間の姿に変身していた。身体が軽くなった結果、風圧でクルスの身体は吹き飛ばされ空高く舞う。
飛べないのなら、飛ばされればいい。
今や、クルスの身体はヴァルトよりも上空にあった。
そしてタイミングを見計らって竜の姿に戻る。落下するクルスのちょうど真下にヴァルトの背中が来た。
飛べないのなら、飛ばされればいい。
今や、クルスの身体はヴァルトよりも上空にあった。
そしてタイミングを見計らって竜の姿に戻る。落下するクルスのちょうど真下にヴァルトの背中が来た。
「もう放さんぞ。ちょこまかと逃げ回りおって!」
そのまま滑空するヴァルトの背中にしがみつくと、背後から首筋に噛み付いた。
「グアァァァァッ! おまえ、いつの間に!? や、やめろォォォ」
身を翻して抵抗されるが、振り落とされる前にクルスは飛び降りてなんと空中に着地した。
いや、よく見ると魔導船から石の階段が伸びて足場になっている。距離が足りないと見るや、咄嗟にフレイたちが破壊したゴーレムの破片を使った。ヴァルトと戦いながらも、周囲の状況の把握をクルスは怠っていなかったのだ。
いや、よく見ると魔導船から石の階段が伸びて足場になっている。距離が足りないと見るや、咄嗟にフレイたちが破壊したゴーレムの破片を使った。ヴァルトと戦いながらも、周囲の状況の把握をクルスは怠っていなかったのだ。
地竜の巨体を石の階段は支えきれず、クルスが乗るなりそれはすぐに崩れ始めたが、その上を滑り降りることで問題なく魔導船の上に飛び乗ることができた。着地の際に尻餅を着いてしまったが上出来だ。
すると尻の下から断末魔の叫びが聞こえてきた。
尻尾を持ち上げると、その下でファントムトロウが持っていた闇の粒子を固めた剣だけが落ちている。
すると尻の下から断末魔の叫びが聞こえてきた。
尻尾を持ち上げると、その下でファントムトロウが持っていた闇の粒子を固めた剣だけが落ちている。
「やった! うまく行ったっすよ」
セッテたちは落ちてくるクルスの下にうまく敵を誘導して踏み潰させてしまったのだ。闇のゴーレムは影の中へと飲み込まれて消えた。
『我ヲ倒シタカラト良イ気ニナルナ。ヤガテ我ガ兄弟ガ貴様ラヲ殺ス。我ラトロウ様ノ影。トロウ様アル限リ我ラハ不滅――』
どこからともなくファントムトロウの最期の言葉が聞こえてきたが、それっきり何も聞こえなくなった。
「ふむ。お主らのほうもうまくやったようじゃのう」
「本当はヴァルトを落として下敷きにするつもりだったんだけど、まあ結果オーライってところか」
「残るは奴のみ。気を引き締めて行きましょう、王子!」
「これで4対1っすね。ヴァルちゃん、降参するなら今のうちっすよ」
「本当はヴァルトを落として下敷きにするつもりだったんだけど、まあ結果オーライってところか」
「残るは奴のみ。気を引き締めて行きましょう、王子!」
「これで4対1っすね。ヴァルちゃん、降参するなら今のうちっすよ」
首筋に噛み付かれたヴァルトはふらつきながらも、なんとか滑空を続けていた。しかし体力を消耗しているのは目に見えて明らかで、その高度は徐々に下がりつつある。
「私の予想が正しければ、奴は魔法が不得手のはずじゃ。となれば魔力に頼らず飛行しているはず。いくら力自慢だとしても、あの巨体を飛ばすには相当の力が要るじゃろうて。急所を攻撃されては、体力もそう長くは持つまい」
しかしその予想に反して、ヴァルトは力強く羽ばたくと高度を取り戻して再びクルスたちに対峙した。
その顔色は疲労に満ちていて、最初のような余裕に満ちた笑みはもう浮かべていないが、それでもまだ闘志は失っていない。
その目はフレイではなく、真っ直ぐにクルスを見据えていた。
その顔色は疲労に満ちていて、最初のような余裕に満ちた笑みはもう浮かべていないが、それでもまだ闘志は失っていない。
その目はフレイではなく、真っ直ぐにクルスを見据えていた。
「よくもやってくれたなァァァ……。こうなりゃァ、オレ様も本気を出させてもらうぜェェェ! どうせ魔法が使えないとでも思ってんだろォ? 半分当たりだが、半分外れだァ。オレ様はちょいとばかし魔力のコントロールが苦手でなァ。どうやっても一気に放出しちまって暴走しちまう。だァァァが、そんなことはもうどうでもいい!! クルスとか言ったか。おまえは……おまえだけはオレ様の全力をかけてでも倒ォォォす!!」
怒りに満ちた目でクルスをにらみ付ける。飛べない地竜に追い詰められたことがよほどプライドを傷つけたとみえる。
「お主は馬鹿か。そんなことをすれば、この船ごと吹き飛ばしてしまうぞ。フレイを捕らえに来たのではなかったのか。それに魔力を使い切れば、お主も力尽きて空の底へ真っ逆さまじゃぞ」
「知ったことかァァァ! オレ様はおまえを倒すッ! それだけだァァァ!!」
「知ったことかァァァ! オレ様はおまえを倒すッ! それだけだァァァ!!」
どうやらもはやトロウの命令は頭にないらしい。後先考えず、目の前の自分に一泡吹かせた憎い敵を倒すことだけを考えている。
ぶち切れた馬鹿は、どんな馬鹿よりも怖い。
ぶち切れた馬鹿は、どんな馬鹿よりも怖い。
「いかん。怒りで我を忘れておるのか。フレイ、セッテ、オットー! なんでもいい。魔法障壁を張れ! 少々属性が違ってもかまわん。何もないよりはマシじゃ。とにかく船を守れ! でないとあやつめ、何をしでかすかわからんぞ!」
「そんな急に言われても船全体を覆うような障壁なんて、おれ自信ないっすよ?」
「いや、正面だけでもかまわん。とにかく奴の攻撃を受けさえしなければいい!」
「そんな急に言われても船全体を覆うような障壁なんて、おれ自信ないっすよ?」
「いや、正面だけでもかまわん。とにかく奴の攻撃を受けさえしなければいい!」
まずクルスが大地の魔法障壁を張った。だが土の壁が風に弱いということはゴーレムの例からも明らか。これだけでは不十分だ。
続けてそこに三人はそれぞれ大地、火、風の障壁を張るために詠唱を始める。
ヴァルトは風竜なので風の魔法を暴走させるに違いない。となれば最も頼りになるのはオットーの防風障壁だ。だがそれでも竜の魔力にオットー一人の力で対抗するのは不可能。そこでさらにクルスが重ねて防風障壁の詠唱を始める。
続けてそこに三人はそれぞれ大地、火、風の障壁を張るために詠唱を始める。
ヴァルトは風竜なので風の魔法を暴走させるに違いない。となれば最も頼りになるのはオットーの防風障壁だ。だがそれでも竜の魔力にオットー一人の力で対抗するのは不可能。そこでさらにクルスが重ねて防風障壁の詠唱を始める。
「無駄な足掻きだ。おまえたちはこれで終わりだァァァ!!」
ヴァルトが叫び、その身体が眩い光に包まれる。
「だ、駄目じゃ。とても間に合わん……!」
するとそのとき、突然ヴァルトの目の前に炎の波が押し寄せてきた。
炎の波はまるで生きているかのように空を舞い、渦巻きながらヴァルトを呑み込もうとする。
炎の波はまるで生きているかのように空を舞い、渦巻きながらヴァルトを呑み込もうとする。
「何ィィィ!? この炎は……それにこの臭い、火竜かッ! ぬゥゥゥ、こりゃァ分が悪い。この勝負、一旦預けさせてもらう! 覚えてろよ、クルスゥゥゥ!!」
そう言い残すと、ヴァルトは慌てて撤退していった。
何が彼をそこまで慌てさせたのか。そしてあの炎は一体誰が。
その答えはすぐに明らかになった。風竜の去ったあとには、代わって今度は火竜が現れたのだ。
何が彼をそこまで慌てさせたのか。そしてあの炎は一体誰が。
その答えはすぐに明らかになった。風竜の去ったあとには、代わって今度は火竜が現れたのだ。
魔導船に舞い降りる見知らぬ火竜にフレイたちは警戒したが、セッテはその姿を見るなり嬉しそうに声を上げた。
「セッちゃん……!? もしかしてセッちゃんっすか!!」
火竜は静かに頷いた。
「いかにも。私はムスペルス王子のセルシウス」