Chapter10「第一次魔法戦争」
雲に包まれた空間に燃え盛る岩石が飛び交う。それはまるで隕石のように炎と破壊と衝撃波をもって、その攻撃を行った魔道士を止めるべく集まってきた火竜たちをいともたやすく蹂躙する。
その男、金魔将ヴィドフニル。血に塗れたように赤いローブを身にまとう、トロウが差し向けた刺客。
「なんだ。竜というからどれほど手強い相手かと思えば、大したことないではないか。ドローミの開発したグレイプニルだかなんだか知らないが、そんなものに頼らずとも私一人で制圧できそうなものだが」
周囲の火竜を一掃すると、空中に浮遊した状態でヴィドフニルは遠方へ走り抜けていくフレイたちの姿に視線を移す。
「フレイの血さえ手に入れば生死は問わない。邪魔になる前に王子様ご一行には死んでもらおうか」
まだこちらの存在には気付かれていない。狙うには絶好のタイミングだ。ヴィドフニルは両手をフレイたちのほうにかざして呪文の詠唱を始めた。
さすがに焼き殺してしまっては、血も蒸発してしまうだろう。それではトロウ様に叱られてしまう。ならば炎はいけない。岩石だけ飛ばして圧死させるか。
そう考えて、魔法で持ち上げた溶岩を固めて岩石を形成する。黒い炎をまとわせない代わりに、フレイたち三人をまとめて押し潰せるほどの特大の岩石だ。
さすがに焼き殺してしまっては、血も蒸発してしまうだろう。それではトロウ様に叱られてしまう。ならば炎はいけない。岩石だけ飛ばして圧死させるか。
そう考えて、魔法で持ち上げた溶岩を固めて岩石を形成する。黒い炎をまとわせない代わりに、フレイたち三人をまとめて押し潰せるほどの特大の岩石だ。
「おまえたちは何が起こったのかもわからずに死んでいくのだ。くらえッ!!」
力いっぱいありったけの魔力をこめて岩石を射出する。
こんなものをまともに食らっては、たとえ防御魔法を展開したとしても普通の人間では太刀打ちできないだろう。
こんなものをまともに食らっては、たとえ防御魔法を展開したとしても普通の人間では太刀打ちできないだろう。
しかし、その射線上に大きな影が飛び出してきて、身を呈して岩石を弾き飛ばした。たしかに普通の人間なら手も足もでなかっただろう。
だが竜であるなら話は別だ。
だが竜であるなら話は別だ。
「一体おまえが何者かは知らないが、我が友を背後から狙うような卑劣極まりない行為は見過ごせんな」
飛び出したのはセルシウスだった。ユミルとムスペルスの関係を考えて、到着したフレイたちにはあえて一切干渉せずにいたが、それでも心配に思って密かに様子を窺っていたのだ。
岩石が黒い炎をまとっていなかったことも幸いした。ムスペルスは火山に溶岩、マグマに囲まれた国で噴火も日常茶飯事。本来、火竜はその熱を遮断する鱗も相まって炎には強い耐性を持つ。
だがあの黒い炎は普通ではない。炎に強い火竜でさえも焼き尽くしてしまう特殊な闇の炎で、熱とはまた別の仕組みで対象を燃やす。火竜たちがあっさりと打ち負けたのもそのためだ。
だがあの黒い炎は普通ではない。炎に強い火竜でさえも焼き尽くしてしまう特殊な闇の炎で、熱とはまた別の仕組みで対象を燃やす。火竜たちがあっさりと打ち負けたのもそのためだ。
ヴィドフニルはおそらくトロウから何らかの力を授かっている。黒い炎、すなわち黒の力を。黒い魔力を。
炎に強い火竜に対してわざわざ炎の使い手をよこすだけあって、余程の自信があるのだろう。下手に氷の使い手を送って熱気で力が弱体化してしまうよりは、あえて環境も利用して攻める算段なのだ。
事実、ムスペルスの高い外気温と周囲の溶岩やマグマがヴィドフニルの攻撃をより強力なものとしている。
両手に黒い炎を燃え上がらせながら、ヴィドフニルは冷徹な様子で言った。
炎に強い火竜に対してわざわざ炎の使い手をよこすだけあって、余程の自信があるのだろう。下手に氷の使い手を送って熱気で力が弱体化してしまうよりは、あえて環境も利用して攻める算段なのだ。
事実、ムスペルスの高い外気温と周囲の溶岩やマグマがヴィドフニルの攻撃をより強力なものとしている。
両手に黒い炎を燃え上がらせながら、ヴィドフニルは冷徹な様子で言った。
「私の邪魔をするなら死ね。ただそれだけだ」
こんどは黒い炎をまとわせた岩石を放つ。それも中央、弧を描いて左右から、さらにそれらの岩石に気を取られている隙に下方にも一発打ち出し、背後からの不意打ちも狙う。
するとセルシウスは炎を吐きながら急旋回。黒くとも炎は炎。そして炎とは燃えるという現象。ぶつかり合った炎は融合しより大きな炎へと変わる性質を持つ。ゆえに炎は炎で飲み込んでしまえばいい。
黒い炎がセルシウスの炎のブレスに埋もれて消えてしまえば、あとは扱い慣れた自分の炎と岩石が残るのみである。拳を突き出し、あるいは尾で打ち払い、これを破壊する。
黒い炎がセルシウスの炎のブレスに埋もれて消えてしまえば、あとは扱い慣れた自分の炎と岩石が残るのみである。拳を突き出し、あるいは尾で打ち払い、これを破壊する。
「ほう? おまえは他の火竜とは一味違うようだな」
「なめるな。これでも将来この国を背負って立つ身。力無くして未来の王は名乗れぬ」
「王族か。だが関係ないことだ。おまえが王族を名乗れるのも、火竜がこの国を治めているからに過ぎない」
「それはどういう意味だ」
「果たして火竜王が倒れればどうなるかな」
「なめるな。これでも将来この国を背負って立つ身。力無くして未来の王は名乗れぬ」
「王族か。だが関係ないことだ。おまえが王族を名乗れるのも、火竜がこの国を治めているからに過ぎない」
「それはどういう意味だ」
「果たして火竜王が倒れればどうなるかな」
ヴィドフニルが言うと同時に火山のほうから爆発音が聞こえてきた。城のほうからだ。あの音は噴火ではない。
「貴様、一体何を!?」
「始まったようだな。まさか私一人だけだとでも思ったか?」
「くッ……父上!!」
「始まったようだな。まさか私一人だけだとでも思ったか?」
「くッ……父上!!」
わき目も振らず王城へ急行しようとするセルシウスの背中をヴィドフニルが捉えた。
「竜族は戦術を知らないのか。敵の目の前で背後を晒すことがいかに愚かな行為か知らないと見える……」
一方その頃、セルシウスの陰の活躍によって難を逃れたフレイたちは、クルスの待つ魔導船グリンブルスティのもとへとたどり着いた。
雨のように降る岩石、あちこちで起こる爆発、それに伴って荒れ狂うマグマの川から吹き上げるのは火柱と熱風。ただでさえ人間にとっては過酷な環境が、今ではまるで地獄のような有様だ。
雨のように降る岩石、あちこちで起こる爆発、それに伴って荒れ狂うマグマの川から吹き上げるのは火柱と熱風。ただでさえ人間にとっては過酷な環境が、今ではまるで地獄のような有様だ。
「まずいっす! 何が起こってるのか知らないっすけど、温度が上がりすぎてるっすよ! 耐熱魔法が破れるのも時間の問題。そうなったら、おれたち一瞬で燃え尽きて消し炭っすよ!!」
「誰がこんなことをやっているのか、不意打ちがどうとか火竜たちが言っていたのが気になる。まさかもうトロウが……」
「いえ王子。このままでは危険すぎます! 今は撤退しましょう! トロウを止めることはもちろん重要ですが、我々が倒れてしまっては、それもかなわなくなります!」
「誰がこんなことをやっているのか、不意打ちがどうとか火竜たちが言っていたのが気になる。まさかもうトロウが……」
「いえ王子。このままでは危険すぎます! 今は撤退しましょう! トロウを止めることはもちろん重要ですが、我々が倒れてしまっては、それもかなわなくなります!」
早く船に乗り込めとクルスも手で合図している。
耐熱障壁が環境の急激な変化に耐え切れず破損し始めている。それによって船がダメージを受けている。船を失えばここから出る手段も失ってしまう。そうなれば普段のムスペルスでさえ人間にとっては長くはもたない環境だというのに、今の状況ではセッテの言うように命に関わる問題だ。
耐熱障壁が環境の急激な変化に耐え切れず破損し始めている。それによって船がダメージを受けている。船を失えばここから出る手段も失ってしまう。そうなれば普段のムスペルスでさえ人間にとっては長くはもたない環境だというのに、今の状況ではセッテの言うように命に関わる問題だ。
「くっ……僕にもっと力があれば……!」
悔しさに奥歯を噛み締めながらフレイは船に飛び乗る。全員が乗り込んだことを確認すると、クルスは大急ぎでブリンブルスティを発進させた。
遠ざかっていくムスペルスの大地。その中央の火山で歴史的な事件が起こっていることをフレイたちはまだ知らない。
遠ざかっていくムスペルスの大地。その中央の火山で歴史的な事件が起こっていることをフレイたちはまだ知らない。
ちょうどその頃、ムスペルス王城では突然湧いて現れた数多くの魔道士たちに火竜たちが手を焼いていた。
いつの間に侵入を許したのか、魔の軍勢が列挙して玉座の間を目指して突撃をかける。外でのヴィドフニルの騒ぎはあくまで陽動に過ぎず、本来の狙いはこちらだったのだ。
気付いたときにはもう遅く、駆けつけた火竜が応戦するも、中庭の攻防はあっさりと突破され、城内でもすでに数の暴力に押され始めている。
いつの間に侵入を許したのか、魔の軍勢が列挙して玉座の間を目指して突撃をかける。外でのヴィドフニルの騒ぎはあくまで陽動に過ぎず、本来の狙いはこちらだったのだ。
気付いたときにはもう遅く、駆けつけた火竜が応戦するも、中庭の攻防はあっさりと突破され、城内でもすでに数の暴力に押され始めている。
「おのれ、ニンゲンどもめ。奴ら一体どこから」
「強力な転移魔法の使い手がいるらしい」
「馬鹿な!? 俺は船など見なかったぞ。まさか大樹から直接送り込まれて来たとでも言うのか。そんな長距離の転移なんて竜の魔力をもってしても不可能だ! ましてニンゲン如きにそんな芸当ができるわけがない」
「詳細はわからん。だが侵入を許したのは事実だ。領内に入られた以上、そこから玉座の間まで再転移するのは造作のないことかもしれん。火竜王様が危ない! 我々もすぐに向かい、お守りするのだ!」
「だがこの敵の数……。くそッ、なかなか前に進めん」
「強力な転移魔法の使い手がいるらしい」
「馬鹿な!? 俺は船など見なかったぞ。まさか大樹から直接送り込まれて来たとでも言うのか。そんな長距離の転移なんて竜の魔力をもってしても不可能だ! ましてニンゲン如きにそんな芸当ができるわけがない」
「詳細はわからん。だが侵入を許したのは事実だ。領内に入られた以上、そこから玉座の間まで再転移するのは造作のないことかもしれん。火竜王様が危ない! 我々もすぐに向かい、お守りするのだ!」
「だがこの敵の数……。くそッ、なかなか前に進めん」
ある魔道士の隊は耐熱防壁を展開する。これによりムスペルス特有の強力な熱気を遮断。これで氷の魔法が弱体化することなく力を発揮できる。
そこで別の部隊が火竜の弱点でもある氷結魔法で攻め立てる。さらに別の部隊は雷の魔法を操り火竜たちを痺れさせる。動きを封じた後、弱点を突いて確実に一体ずつ潰していく戦術だ。
そこで別の部隊が火竜の弱点でもある氷結魔法で攻め立てる。さらに別の部隊は雷の魔法を操り火竜たちを痺れさせる。動きを封じた後、弱点を突いて確実に一体ずつ潰していく戦術だ。
次々と膝をつき、倒れていく火竜たちの間を漆黒の影が通り抜けていく。
「おやおや……これは大変、大変ですねぇ。必死に抵抗する赤いトカゲ。しかし敵は自分たちの苦手な魔法で襲ってくる。炎しか扱えないのは不便でしょう。そこで私から提案があります。我々に降伏しなさい。軍門に下ると誓うなら、あなたたちの嫌いなニヴルの氷竜も簡単に殺せるような魔法を教えてあげますよ」
トロウは甘い声で誘惑する。しかし、誇り高い火竜たちはニンゲンの誘いになど決して乗らない。当然この提案は退けられる。それはトロウも承知の上で言ったことだ。そして想定通り火竜がこれを断ると、待っていたと言わんばかりにトロウが叫ぶ。
「くはははは、馬鹿め! 大人しく従っていれば苦しい思いをすることもなかったものを。ならば力でねじ伏せるしかありませんねぇ。おまえたち、やれッ!」
号令とともにさらに増援の魔道士たちが転移魔法で現れて火竜たちを苦しめる。しかも現れた増援の中には例のドローミの失敗作、竜くずれの姿もあった。まさにドラゴンゾンビともいえるその姿を見て火竜たちは戦慄した。
「な、なんなのだあれは……」
「同胞か……!? だとすればなんて惨い……」
「同胞か……!? だとすればなんて惨い……」
操られた竜くずれはためらうことなく火竜に攻撃を仕掛ける。一方で火竜側は敵だとわかっていながらも、同胞である竜くずれに攻撃するのをどうしてもためらってしまう。ただ存在するだけで、明らかにそれは火竜たちの戦意を削いでいた。
次第に火竜たちは次々に倒れていき、とうとうトロウの目の前に立ち塞がる者はいなくなった。
トロウが合図すると、配下の魔道士たちは用意していた鎖を解き放つ。ドローミが研究していたあのリングを繋ぎ合わせて鎖状にしたものだ。
鎖は蛇のようにうねり、まるでそれ自体が意思を持つかのように倒れた火竜たちに襲いかかる。そして抵抗する力を失った火竜たちは次々と拘束されてトロウの手に落ちていった。
そしてこの魔鎖グレイプニルに縛られ、手も足も出なかったのは彼も例外ではない。
トロウが合図すると、配下の魔道士たちは用意していた鎖を解き放つ。ドローミが研究していたあのリングを繋ぎ合わせて鎖状にしたものだ。
鎖は蛇のようにうねり、まるでそれ自体が意思を持つかのように倒れた火竜たちに襲いかかる。そして抵抗する力を失った火竜たちは次々と拘束されてトロウの手に落ちていった。
そしてこの魔鎖グレイプニルに縛られ、手も足も出なかったのは彼も例外ではない。
「くッ……貴様らァ! ニンゲン如きの分際で、よくも!」
玉座の間。トロウの軍勢は火竜王ファーレンハイトでさえもあっさりと打ち倒してしまった。
「やはりそうか。それこそが貴様らニンゲンの本性なのだな。竜との共存だと? 笑わせるな! 体よく取り繕って我らから魔法の技術を盗みながら、腹の底ではいつかこの空の世界を支配してやろうと企んでいたのだろう。他の竜の目は誤魔化せても、我が目は欺けんぞ。王の座を継いだときよりずっと、我は貴様らが怪しいとにらんでおったのだ。そして見ろ、この有様を。とうとう本性を表したな、卑劣なニンゲン共め!」
力強く咆えて見せるも、身体にはまるで力が入らず思うように動けない。鎖に囚われたファーレンハイトはトロウの前に無様にも這いつくばっている。王としての威厳はすでにそこにはなかった。
そんな火竜王をトロウは満足そうに見下ろした。
そんな火竜王をトロウは満足そうに見下ろした。
「ふふふ、おしゃべりが過ぎますねぇ。あなたは私の計画の邪魔なんですよ。もう御託はいりません。とっとと死んでください。滅びゆく国の哀れな王として相応しい最期を迎えさせてあげましょう」
「おのれ、覚えておれ! 我がムスペルス王国は永遠に不滅! このファーレンハイト敗れようとも、いつか必ず我が息子セルシウスが……そして我が同胞たちがこの恨みを晴らしてくれようぞ! それまで恐怖に震えながら、せいぜい偽りの平穏でも貪るがいい――」
「おのれ、覚えておれ! 我がムスペルス王国は永遠に不滅! このファーレンハイト敗れようとも、いつか必ず我が息子セルシウスが……そして我が同胞たちがこの恨みを晴らしてくれようぞ! それまで恐怖に震えながら、せいぜい偽りの平穏でも貪るがいい――」
そのとき、トロウの両手から漆黒の瘴気が放たれる。闇が瞬く間に火竜王を呑み込んだ。そして彼を包んでいた闇が晴れた頃にはすでにファーレンハイトは息絶えており、そこに残るのは物言わぬ火竜の白骨だけだった。
「さようなら、火竜王様。今まで散々邪魔をしてくれたお礼に、最後の餞別として教えておいてあげましょう……。貴様の同胞はすべて我が手中に収めた! 貴様の国はすでに我が手に落ちた! そして貴様の愛する王子も我が部下の手にかかって今頃はおそらくもう……。くっくっく。はっはっははははぁ!!」
静まり返ったムスペルスの王城に漆黒の魔道士の高笑いが響く。
後に『第一次魔法戦争』と呼ばれることになるユミルとムスペルスの戦いは、火竜王ファーレンハイトの死とムスペルスの陥落によって幕を閉じた。
後に『第一次魔法戦争』と呼ばれることになるユミルとムスペルスの戦いは、火竜王ファーレンハイトの死とムスペルスの陥落によって幕を閉じた。